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ノオト・ブク子
ああ火曜日の記録ですね。
ノオト・ブク太郎
技術の知識を持たなくていいっていうような人が今時いるとはあんまり考えづらいっていうこれかなり踏み込んだ問いかけですよね。
ノオト・ブク子
確かに。どんな場所でも何かしらの形でコンピューターシステムが関わっているじゃないかと。小売店でもホテルでもトラブル対応とか新しいシステムの導入、ルール作りとか、専門的なプログラミングまではできなくても、仕組みを理解して応用する知識っていうのはやっぱり不可欠だろうと。
ノオト・ブク太郎
うーん。
ノオト・ブク子
記録にある知識がない人がなんとなく触ってるっていうんだとやっぱりケガしちゃうものっていうのがすごい増えてきたっていう表現、これすごくリアルですよね。
ノオト・ブク太郎
本当にそうですね。でも一方でじゃあそういう知識とかスキルを持ってる人が必ずしも適切に評価されたり活躍できる場が用意されてるかっていうと、そうでもないんじゃないかっていう懸念も示されてるんですよ。
ノオト・ブク子
ああ、そこがまた難しいところですね。
ノオト・ブク太郎
ええ。まさに月曜日のSIDE BEACH CITY.の課題とも重なるんですけど、知識を持っている人と持ってない人といる場所が離れすぎている。そんな問題があるのかなと。
ノオト・ブク子
うーん。離れすぎている。
ノオト・ブク太郎
そうなんです。コミュニティの中とか、あるいは社会全体で知識とかスキルを持ってる層とそうでない層がうまく交流できていない。分かれた道ができてしまってるんじゃないかっていう、これ鋭い指摘ですよね。このギャップをどう埋めていくのかっていう問いがここで浮かび上がってくるわけです。
ノオト・ブク子
なるほど。週の前半で出てきた繋がらない問題と知識のギャップ。これが今度は水曜日木曜日の記録では、ご自身のコンテンツ制作とAIっていう新しいテクノロジーの活用、そういう文脈で語られていくわけですね。
ノオト・ブク太郎
ええ、そのようです。
ノオト・ブク子
水曜日はご自身のポッドキャスト、SBCast..についてですね。これもSIDE BEACH CITY.に関連した発信活動という理解でいいんでしょうか。
ノオト・ブク太郎
おそらくそうだと思いますね。で、そのSBCast..がもう150回を迎えていて、収録もかなり先まで来年の1月分まで進んでると。
ノオト・ブク子
すごいですね。
ノオト・ブク太郎
ええ。で、ここで注目したいのは、過去の配信を自分で聞き返すことで、あ、興味深いなあとか、あ、こういう考え方あったなあとか、こういうこと自分たちにとっても大事だなあっていう気づきにつながるって語ってる点なんですよ。
へえ。
つまり、コンテンツ制作そのものが作り手であるご自身の学びとか振り返りのプロセスにもなっているということですね。
ノオト・ブク子
過去の自分たちの発信が、そのまま現在の自分へのインプットにもなっていると。いや、これは面白い視点ですね。単に発信するだけで終わらないで、その蓄積をどう生かすかっていう。
ノオト・ブク太郎
そうそう、まさに。記録の中でも、この蓄積をもうちょっと別の方法でまとめていく必要性を感じているようで。例えば、それこそ同じようなテーマの配信をまとめてAIでまとめ直してみるとか、あとはその話をネタにSIDE BEACH CITY.の他のメンバーとさらに会話を深めていこうとかっていう具体的なアイディアも語られてるんです。
ノオト・ブク子
ああ、ここでもやっぱりつなげるっていう意識が見えますね。過去と現在、個人の考えと他のメンバーとの対話、そういうものをつなげていこうとしている。そして木曜日、これはさらに踏み込んだテクノロジー活用で全録音生活っていうちょっと驚きの試みが紹介されています。これは文字通り日々の独り言とか作業内容とかを全部録音しているってことですか?
ノオト・ブク太郎
そういうことのようですね。その膨大な音声データをAI、具体的にはGoogleが提供しているような個人のメモとか資料を整理・要約してくれるNotebookLMみたいなツールを使ってブログ記事化していると。
ノオト・ブク子
へえ、すごいですね。で、これ単に記録を効率化するっていうだけじゃない、それ以上の意味があるみたいなんですよ。
ノオト・ブク太郎
と言いますと?
ノオト・ブク子
あの、AIが生成する要約がですね、自分自身の行動とか思考を、なんていうか、半歩ずらした形で表現してくれると。
ノオト・ブク太郎
半歩ずらした形?
ノオト・ブク子
へえ、そのズレが、すごく読んでいる側としてもすごく面白い、いい刺激になるなというか、だから今度これやってみようかなというような気になってきたりと。つまり新たな行動とか発想の、きっかけになっているみたいなんです。
なるほど。
AIが自分の無意識のパターンとか、なんか特徴的な部分をこう、うまく抽出してくれることで、自己理解が深まる、まあそういう側面もあるのかもしれないですね。
なるほどな。AIを単なる要約ツールとして使うんじゃなくて、自己小説とか、アイディアを生み出すためのなんかパートナーみたいに使ってるんですね。
ノオト・ブク太郎
そういう見方もできますね。ただ同時に、AIが生成するコンテンツ特有の、なんていうか、書き方にすごく癖があるとか、すごくなんか舌触りが悪いみたいな、そういう違和感もちゃんと認識はしてるんですよ。
ノオト・ブク子
うーん、まあありますよね、そういうの。
ノオト・ブク太郎
それでも、そこから見つけることってあると思うとか、皆さんの活動にフィードバックできる内容もあると思うって、その可能性をすごく積極的に探求しようとしている。この姿勢が、なんていうか、すごく印象的ですよね。
ノオト・ブク子
確かに。テクノロジーとの向き合い方として非常に先進的で興味深い試みだなと思います。
効率化だけじゃなくて、自己理解とか創造性の触媒としてAIを活用するっていう可能性をなんか示唆してる感じがしますね。
ノオト・ブク太郎
これは火曜日に提起されたテクノロジー知識の必要性という話ともやっぱりつながってくると思うんですよ。
単に使うだけじゃなくて、その特性をちゃんと理解して、批判的に評価しつつも積極的に可能性を探っていくっていう姿勢。これがこれからの時代には求められてくるのかもしれないなと。
ノオト・ブク子
なるほど。さて、週の最後、金曜日はゲームがテーマですね。これもまたこれまでの流れとは少し違う角度からの学びとかつながりに関する考察と言えそうです。
ノオト・ブク太郎
そうですね。この方はゲームを単なる娯楽としてだけじゃなくて、現実の解像度を上げる力を持つものとか、日常では得られない貴重な体験を与えてくれるものっていうふうに捉えてるんですね。
ノオト・ブク子
現実の解像度を上げる。面白い表現ですね。
ノオト・ブク太郎
建築とか、街づくり、電車のふってんなんかを例に上げて、ゲームだとこういうところ大変だったよね。だからやっぱり実際も大変なんだよねとか、そういうようなところを感じたり、つまりゲーム体験を通じて現実世界への理解が深めるんだと考えてるわけです。
ノオト・ブク子
なるほど。その考えを、特に地域の高齢者の方とか、普段ゲームに馴染みのない層にも伝えたい、共有したいと考えているようなんですが、ここでまたつながらない壁にぶつかっていると。
ノオト・ブク太郎
そうなんです。まずゲーム自体の複雑さ。記録にも、今のゲームって割と複雑なので、じゃあちょっと始めてみようかなっていうふうに思って始めてもらえるようなものではないとか、操作方法も複雑っていう、そういうハードルの高さ。
ノオト・ブク子
確かに最近のゲームは複雑なものも多いですよね。
ノオト・ブク太郎
それともう一つは、やっぱり根強いゲームイコール遊ぶものっていう固定観念ですね。この二つが理解を得る上でのまあ大きな障壁になってるみたいです。
ノオト・ブク子
うーん、なるほどな。
ノオト・ブク太郎
これも結局、月曜日のコミュニティ運営の難しさとか、火曜日の知識格差の問題と根っこは同じなのかもしれません。つまり、新しい価値観とか既存の枠組みからちょっとはみ出すような考え方をどうやって共有していくかっていうその難しさですよね。
記録の中でも、なかなかね、ゲームイコールそこから学べる可能性があるものとか、希少な体験が得られるものみたいなそんな考え方をする人はいないんですよ。だからなんかどんどん固みが狭くなってしまうっていうかなり率直な心情がとろされていて、ここにもやっぱり分断が見えるんですよね。
ノオト・ブク子
その固みの狭さを、じゃあどうやって打開していくのかっていうヒントとして注目しているのが図書館なんですね。
ノオト・ブク太郎
そうなんです。ここ最近ね、図書館総合展とかと、ゲームを図書館で、そういうの公共施設で扱うっていうのが割と盛んという話は聞いています。
ノオト・ブク子
図書館総合展って、あの全国の図書館関係者が集まる大きなイベントですよね。
ノオト・ブク太郎
そうですそうです。そこで得た情報から、公共施設でゲームを活用する動きっていうのにすごく関心を持ってるんですね。図書館みたいな公共の場で、同じようにゲームの教育的な価値とか体験的な価値に注目している人たちとつながって、その知見を得たいと。
それがご自身の活動拠点である、おそらく地域コミュニティスプースみたいな山手園の庭みたいな場所で、ゲームについて考える人を増やすためのいいヒントになるかもしれないって考えてるんですね。ここでも既存の枠組み、地域コミュニティと新しい要素、ゲームを図書館っていう別のプラットフォームを介して何とかつなげようっていう試みが見ととれます。
ノオト・ブク子
こうして1週間を通して見てくると、月曜の地域とITの問題、火曜の知識を持つ人と持たない人のギャップ、水木の過去の自分と現在の自分、そしてAIとの関係、金曜のゲームの価値と社会の認識。
なんかその全てにおいて根底につながりをどう生み出すか、あるいはそのつながらない状態をどう乗り越えるか、みたいな一貫したテーマが流れているように感じますね、すごく。
ノオト・ブク太郎
そういう姿が見えますよね。SIDE BEACH CITY.でのコミュニティ運営叱り、テクノロジーリテラシーの啓発、SBCast..での発信と小冊、AIによる自己分析、そしてゲームの価値の再定義と普及活動、図書館への関心、これら全てがそのつなぐための試みとして見事につながっているように見えます。
ノオト・ブク子
月曜日に間の道がつながればいいんですけどね、どうにもつながらない状態って語って、火曜日には知識を持っている人と持ってない人といる場所が離れすぎているって問題提起して、金曜日にはゲームに関して固みが狭くなってしまうって感じている。この一連の記録って、なんか現代社会におけるいろいろな分断と、それを乗り越えようとする個人のすごくリアルな格闘の記録とも言えるかもしれませんね。
ノオト・ブク太郎
市長 ええ、そう思います。そして、これは決してこの方だけの特殊な悩みっていうわけでもないはずなんですよね。
ノオト・ブク子
月曜日 確かに。
ノオト・ブク太郎
市長 あなた自身の活動とか関心語の中にも、どこかこう、似たようなつながりにくさとか分断みたいなものを感じる場面ってあるんじゃないでしょうか。
ノオト・ブク子
月曜日 うーん、ありますね、それは。
ノオト・ブク太郎
専門分野と一般社会とか、世代間の価値観の違い、新しい技術と既存の仕組み、そういう様々なギャップに対して、私たち自身どう向き合っていけばいいのか。この記録はそういう普遍的な問いを私たちに投げかけているような気がします。
ノオト・ブク子
いや、本当にそうですね。今回は、ある個人の1週間の記録というミクロな視点から、コミュニティ、テクノロジー、コンテンツ、学び、といった現代社会におけるマクロな課題について、深く考える非常に貴重な機会になりました。
ノオト・ブク太郎
記録の中で繰り返し現れた知識を持つ人と持たない人の分断とか、新しい価値観の共有の難しさ、みたいな課題は、テクノロジーがものすごいスピードで進化して、社会がどんどん複雑化していく中で、ますます切実なものになっているなぁと感じます。
そして、この記録の種が試みているように、その解決の糸口というのは、もしかしたら意外な組み合わせの中に隠されているのかもしれないです。
ノオト・ブク子
意外な組み合わせですか?
ノオト・ブク太郎
ええ。最後に、あなたにこんな問いを投げかけて終わりたいと思うんですが、この記録の中でも触れられていたAIのような新しい技術、それからゲームのような既存の文化、だけど新しい価値が見出されつつあるもの、そして図書館のような地域に根差した公共拠点、
これらをもっと意図的に組み合わせてみることで、これまで繋がることが難しかった人々とか、アイディアを結びつけて、全く新しい学びとか交流の場、そういうものを生み出すことはできないでしょうか?
ノオト・ブク子
AIとゲームと図書館。
ノオト・ブク太郎
そうです。例えば、AIが個人の興味とかスキルに合わせて最適なゲームとか学習コンテンツを推薦してくれて、図書館がそれを実際に体験したり、共有したりできる物理的なあるいはオンライン上のコミュニティスペースを提供する。そんな未来像もひょっとしたら描けるかもしれない。どうでしょう?
ノオト・ブク子
AIとゲームと図書館。なるほど。一見バラバラに見える要素の組み合わせから生まれる新しい可能性。ええ、ぜひこの問いを少しの間あなたの中で温めてみていただけたらと思います。今回の分析があなたの思考を少しでも刺激して、何か新しい視点をもたらすそんな一条となれば幸いです。