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2025-07-25 46:00

#49 耳で旅する じゃず喫酒 Dorothy ゲスト:大堀さん

福島県会津若松市のミュージックバー「じゃず喫酒 Dorothy」の大堀さんと、お店のことやジャズについて話してきました。

じゃず喫酒な理由/無尽でコンサートしてた70年代会津/メモメモ/サントリー大学/26歳で店/どんな音楽聴いているの?


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大堀さん@Dorothy


✈ じゃず喫酒 Dorothy

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耳で旅する週末-ミミタビ-

働くあなたの週末に、耳で楽しむ非日常のひとときをお届けします。毎週金曜日の18時更新、飲んだ帰りの電車の中で、ちょっとゆっくり過ごしたい土曜日の朝に、忙しい日常の合間に、耳から始まる物語を。

サマリー

このエピソードでは、会津若松市のミュージックバー「じゃず喫酒・ドロシー」のマスターである大堀さんがゲストに迎えられ、ジャズ文化やお店の特性についてお話しされています。特に、重量感のあるジャズレコードの歴史や、ジャズ喫茶が日本で生まれた背景に焦点が当てられています。エピソードでは、東京でバーテンダーとしてのキャリアを始めた大堀さんが、音楽と酒の関係について語り、ジャズ喫茶への思いを深く掘り下げています。また、ジャズの歴史と文化、特に80年代におけるジャズ喫茶の重要性についても触れられています。ポッドキャストでは、大堀さんがジャズ喫茶Dorothyでの経験やレコードコレクションについて語っています。特に、当時の東京生活や起業の経緯、レコード選びの楽しさと苦労について述べられています。また、「じゃず喫酒 Dorothy」におけるお客様のリクエストの多様性や、音楽に触れる楽しさについても紹介されています。さらに、リクエスト方法やお店の流れに合わせた楽しみ方が述べられ、ジャズに興味を持つ方へのアドバイスも行われています。

じゃず喫酒・ドロシーの紹介
耳で旅する週末-ミミタビ-のお時間です。この番組は、旅と旅行が好きなサラリーマン、Ryotaが、働くあなたの週末に耳で楽しむ非日常のひとときをお届けします。
音で、声で、耳で、次の休みに行きたくなる、そんなエピソードをお楽しみください。Ryotaです。
今日はゲスト会です。今日は、会津若松市のミュージックバー、じゃず喫酒・ドロシーのマスター、ドロマスこと大堀さんにお越しいただいています。
大堀さん、どうぞよろしくお願いします。
こんにちは。よろしくお願いします。
今日は、じゃず喫酒・ドロシー、僕から簡単に説明させていただくと、福島県の会津若松市で、ジャズをメインにおよそ2500枚のレコードを取り揃えているミュージックバーになります。
僕は9年前くらいかな、そろそろ10年近くになるんですけど、ドロシーに好きで居心地がよくて、すごく好きなお店でよく通っています。
今日は、大堀さんにジャズのことだったり、お店のことだったりというのを色々聞いていきたいなと思って、今日ゲストに来てもらいました。
ということで、どうぞよろしくお願いします。
ありがとうございます。
お招きいただいて。
今日撮っているのはドロシーで撮らせてもらっていて。
そうですね。お招きじゃないですね。ようこそ。
お店はね、ドロシーのお店でね、普段は夜8時30分以降じゃないとね。
だから深夜の時間帯にしか会うことがないんだけど、しかも初めて昼にちゃんと会うかも。
ジャズと日本文化
店内にいると早々光が入らないんで、夜の照明具合も今ちょっと明るいかな。
気分は早々変わんないよね。
こうも変わんないですね。いい雰囲気で今撮れるなって思っています。
よろしくお願いします。
最初、お店のこととか、あと大堀さんのこととかちょっと聞きたいなと思ってて。
じゃず喫酒って言ってるじゃないですか。
じゃず喫酒ドロシーっていう店名で、ちょっと先に想像すると、ジャズ喫茶っていう言葉もあるし、ジャズバーっていう言葉もあって。
どちらでもじゃず喫酒っていう、間ぐらいのところなのっているなって。
これって雑語なんですか?大堀さんの言葉なんですよ、じゃず喫酒。
結構ね、ジャズ喫茶まで見て、ジャズ喫茶ってもう見ちゃう人の方が多くて。
流れでね、ジャズ喫茶って。
よく店に来てから気づいたりして、っていうお客様が多いね。
酒、茶じゃなくて酒ってなってるのことだよね。
そこを結構見逃しちゃう人が多いね。
やっぱジャズ喫茶って思ってくると、コーヒーとかお茶をメインにレコードを聞くイメージ。
そうだね、昔ながらの本当にジャズ喫茶っていうと、そうだね。
まあでも、うちらら若い頃もね、ビールとかジンライムぐらいは置いてるジャズ喫茶が多かったけどね。
ビールは置いてあるようなもんだね。
これジャズバーでない理由ってなんですか?
ジャズバーはやっぱり昼間、あ、ジャズバーでもないってこと?
そうそう、ジャズバーにしないでじゃず喫酒にして。
ジャズバーっていう、なんかね照れくさいね、それ。
ジャズバーってどうだ?みたいなね。
いや俺、ホームページ、来る前にいろいろ見てて、なんかジャズバーって書いてないですよ。
ミュージックバーとしか書いてなかったから。
だから俺もさっき紹介の時にジャズバーじゃなくてミュージックバーって紹介したんですけど。
実はね、あのホームページ、ちょっと俺の後輩がね、ちょっとプロデュースしてくれて、
あそこの文面は僕の紹介でいいですか?って言って、俺の言葉じゃないよね。
ミュージックバーって言わせしめたのは、ジャズ以外も書かない。
ジャズだけでないっていうのはね、よく話してたから。
ジャズ、ブルース、ソウルミュージックとかね。
広いのはジャズって言っても、どこまでジャズか。
ジャンルでね、どこらがジャズだとか。
ブラックミュージックっていうカテゴリーの中のジャズっていう捉え方。
かといってブラック以外書けないわけでもなく。
ジャズ、ほとんどね、ここにあるレコードのほとんどは1950年代、60年代の、
いわゆるジャズのドストライクなところ。
モダンジャズって言われるところなんだけども、
あんまりそのジャズジャズってこう、当初はねあんまり、
ジャズもほらカタカナでもなく、英語でもなくひらがなにしたのね。
実は。
なるほど。
あれ?今ですか?
気がついた。
気がついた。
あ、俺気がつかなかった。
ひらがなだよ。
確かにそうだ。
うん、そう。
ジャズ。
あー、そういうことなんだ。
まああとは、話長くなっちゃうけど、前も店やってたから、
その前のテイストとちょっと変えたいなっていうこともあって、
まあちょっと奥行かしく、ひらがなで、ジャズ。
前はジャズバーってやつなんですか?
前はね、ウイスキー&スイングボックス。
ウイスキー&…
スイングボックス、オーズバーって店だったんだけどね。
スイングってのはジャズのスイング?
まあそうだね。
ウイスキーって、あ、お酒のウイスキー。
あ、ウイスキー。
ああ、なるほど。
お酒とまあ、揺れながら飲もうぜみたいな感じで。
まあその横文字テイストは卒業した。
ちょっとひらがなで。
ひらがなと漢字で。
そうそう。
砂の漢字で。
砂の漢字。
でもジャズバーって結構日本の文化ですよね、きっと。
ジャズ喫茶とか、ジャズバーとかって。
そうね、歴史的にはジャズ喫茶は日本で発祥っていう。
ジャズ喫茶っていうその考え方自体が、
こういう飲み物、コーヒー飲ましてレコードをかけるっていうね。
確かにそういう意味だとね、日本で生まれたものだから和のものともいえる。
和と洋が出会ってるものとも。
かけるものはアメリカのものなんだよね。
やっぱね、当時はレコードもね、高価なもんで。
なかなか例えば学生とか若者が小遣い貯めて買うような感じだったから。
パッと買えるものじゃないっていうイメージがあるかな。
ちょっと安いものじゃない、ちょっと高い小遣いで買うもの。
だからやっぱりレコード買えない人がジャズ喫茶に行って聞くっていうそういうこともあったんで。
今みたいな著作権なんかも結構ね、根深く関わってくるんだよね。
結局、レコードかけてお金取るみたいなことがあって。
それでもね、そこに行けば聴ける。
買って聴けないからそこに行って聴くっていう感じの場所だったね。
そこで文化を重要視するわけじゃないけど、音楽とかに触れる。
そうっすよね。個人でね、全部揃えて。
ジャズ喫茶の歴史
そもそもいいスピーカーで聴くって言ったらそれなりの音量で聴かなきゃいけないし。
時代はそういう時代だったよね。
本当に音をつかみに行くっていうかね。
そこで人が集まるからまた新しい文化が生まれるみたいな。
ただ人が集まるんだけど、みんな子で集まるから。
みんなそれぞれの世界で音だけ聴いてるわけ、こうやって。
何も今の曲いいねなんてね、語り合うわけでもなく。
一人の世界に没頭してこっち、聴くっていうような、異様な世界。
俺そこそんなガチガチャとか行ったことないな。
それが1970年代、80年代。
なんとだんだんジャズ喫茶もね、下火になっていくんだけど。
行くと大人の人たちが、当時若かったからね。
じーっと聴いて、体を揺すって、タバコ吸いながら。
わけわかんないものが聴いてる。
そのわけわかんない世界にちょっと憧れてね。
だっていう、そういう場所かな、ジャズ喫茶って。
なるほど。
でまぁ、おほれさん今、藍澤若松でお店やってて。
出身も藍澤若松じゃないですか。
あれ、何年生まれてたんですかね、1962年生まれ。
そうすると、多分70年代から80年代に
10代、20代を過ごしたことになると思うんですけど。
なんかね、東京とかのイメージってあるじゃないですか。
ジャズって聞くと大都市。
結構イメージあって、お店もいっぱいあっただろうし。
そういったところに行くと、
ジャズ喫茶とかでそういうの聞けるイメージはあるんですけど。
当時の藍澤若松で、
そのジャズが当時好きだった10代、20代の人たちは。
さすがにね、10代、
俺がジャズに触れたのはやっぱり10代後半。
後半、うん。
高校卒業するかしないかぐらいから。
気になってきた音楽っていう感じかな。
それまではね、どちらかと言うと、
ゴリゴリのクラシック派だったんで。
あれ合唱部だった?
あ、そうですそうです。
合唱部でクラシックで。
あれ、ご両親が?
ああ、そうね。
そう、音楽系だったんで。
まあ、小さい頃からね、家にピアノがあったりしてね。
音楽に触れるその感じはね、あったけども、
クラシック。
ジャズのジャの字もないし。
反動かな?
反動だったんですね。
無料の音楽だったんですね。
でもね、当時、藍澤家松には結構いっぱいジャズ機さんあった。
それも知ってたし。
ただ、足を踏み入れる場所じゃないなと思ってたのでね。
ほんとね、つい最近その話題に触れる機会があって、
というのは、SNS上で、
昔の30年40年前のジャズ喫茶で、
当時10軒ぐらいあったのかな、ジャズ喫茶。
10軒あったんですか?
10軒ほど。
ジャズ喫茶って言われるのは、7、8軒かな。
名前連ねてもね、あれだけども。
で、そのお店のマスターたちが、
今で言う無人みたいな。
ちょっと間違ってるかもしれない。
アイズジャズユニオンクラブって言うのかな。
オーナーの方たちの集合体。
で、今みたいな無人スタイルでお金をつき、
みんなで貯め合って、
ある程度ミュージシャン呼べるような金額になると、
ミュージシャンを呼んでた。
アイズ市民会館、旧市民会館とか文化福祉センターとか。
その度にね、担当が変わっていくわけで、
呼びたいのをそこのオーナーが、
俺今度この人呼びたいって言ったら、
持ち回りでやってたっていうのを聞いてて、
で、そのポスターがSNS上に、
懐かしいなみたいに上げた人がいて、
今のポスターと同じ、これこれしかしか、
ここでこういう人がやります。
で、下に各店舗の広告が出たの。
うわーってそれ見て懐かしいなーって。
ほんとつい、後でお見せしますけど、
ほんと懐かしいなーって思って。
すごいですね。
今日の実験ぐらいをみんなでミュージシャン呼んで。
そうそう。ほんとね、えーって。
ここにあるレコードの有名な巨匠なんかも聴いてた。
1980年代ぐらいってことですか?
そうだね。
多分、昔のポスターだからさ。
日付とか。
日付しか書いてない。
何年とか書いてないんだよ。
多分想像するに、
1980年代初頭とか70年代後半か。
そのぐらいかなーって。
お割さま当時はお客さんとしてコンサート見に。
そのポスターのは行ってないけども、
アイズジャズユニオンクラブが呼んだやつは一回行ったことあるね。
じゃあ結構アイズ若松にいても、
結構いいジャズというか、
そうだね。
触れる機会が。
ちょうど70年代、80年代に大人だったような人たちなので、
我々の10個とか一回り上の人たちの時代だよね。
40年代とかね、その辺。
そもそもやっぱ無人っていいですね。
無人なんでね、大人なんだそれって感じ。
いい無人の使い方ですよね。
今だってほら、出資しあって。
文化としてはね、あるけど。
ただの飲み会になってる場合、固まるはあるじゃないですか。
それこそうちの同級生無人の固まると旅行。
旅行いいですね。
旅行ってそんなにね、いいとこ行けないね。
どんぐらい積み立てるかね。
そんな感じで、おおりさんもジャズ喫茶に行き始める。
そうね。
バーテンダーとしての始まり
地元のとこ、最初。
それはやっぱ大人になってから。
ただほら、俺の経歴であれだけど、
高校卒業するとすぐ東京に出ちゃったから。
そうなんですね。
このバーテンダーの道は東京で覚えたっていうか、
東京で片手間にサントリーの系列のお店に入ったのね。
で、そこがね、きっちりこう、
お酒とは何ぞやってことを教えてくれたお店だったから、
これお酒の世界もいいなってバイトで入ったんだけど、
本職になっちゃって。
最初はお酒なんですね。
そうなんですよ。
ジャズが先出るかはどっちかというとお酒から。
お酒に興味があってそのお店に入ったわけじゃないんだけど、
ちょうど家が近くで時給もいいし、
夜の世界?わからない世界かな。
ドキドキしながら。
麗しい世界かなって思いながらね。
行ったらまあ、
そう、サントリー系のお店で、
結構真面目なお店だったんで。
まあ、毎月こう、
陣底、原料は何?みたいな感じでね。
お酒のこと自体を教えてくれたから、
面白くて。
ずっとお酒の世界に行っちゃってね。
じゃあそっからバーテンの道に行くんですよね。
それと並行してジャズも気になってたんで、
ジャズの魅力と喫茶文化
ジャズ喫茶も通うようになる。
いろいろジャズを掘り始めたのは東京時代?
そうだね。
こっちにいる間もまあまあ、
でもそのわからない世界、
ちょっとわからないまま?
ちょっと触れたけど、
なんだこれ?っていうまま。
僕今30代、37歳になるんですけど、
俺らぐらいの世代で高校生の時って、
ジャズってもうオールディーズとか、
スタンダードとかの方のイメージで、
大堀さんの世代だとどんなイメージ?
高校生が一般的に持ってたジャズへのイメージ?
そうだね。だいたいね、
うちら世代は小学校、中学校まで、
歌謡曲、昭和歌謡って言われるところで育って、
そこからなんだかちょっと色気が出て、
洋楽に行くわけ。
当時だとカーペンターズとかね、
うちら世代だと、サイモント・ガーバンクルとか、
そっちに行きつつ、ちょっとトッポイイのは、
当時クロスオーバーなんて言われる。
今で言うフュージョン?
大人のジャズテイストな音楽に電気音楽が入って、
ウェザーリポートとか。
ウェザーリポートまで行くと結構ジャズ色強くなる。
また手前の聴きやすいライトな、
そういうのに大人の感じ?みたいな感じでね。
聴き始めて、だんだんこう、なんだろうこの音楽って、
辿っていくような感じの方。
ルーツとかを?
それが新しいんじゃなくて、その前があるんだっていうことで、
辿っていくような音楽。
そのドストライクなモダンジャズを聴いて、
これなんだって。
まして、それが普段流れないのよ。
さっき言ったように、ジャズ喫茶とかいう特定の場所じゃないと流れてないから。
もっとこう、なんていうの?
普段聴けない音楽だったっていう感じ。
そうっすよね。
触れないし、触れるためにはつかみに行かなくちゃいけないし、みたいな。
今だったらね、スポットファイとかいうセブンもあるし、
俺らの時代でもステアのレンタルCDとかあるけど、
そういうのも一切ないから。
お茶の間にも流れないし。
ちょっとわけわからない。
普通の人は聴かない。
ちょっと頭いちゃってる人じゃないの?
あんなわけわからないの聴くの?みたいなイメージといえば、
生じっかクラシック聴いてた時に、
クラシック路線じゃない、
言ってみれば音と音がぶつかる。
不協和音の連発みたいな。
ノイズミュージックみたいな。
そういうイメージがあったね、最初。
歌いたくなったっていうコンサートは覚えてるから。
先輩に誘われて行って、
それがね、今で言う山下洋輔さんっていうね。
当時前衛のフリージャズっていう。
こっちはわかんないからさ、ジャズのカテゴリー。
日本で有名なジャズピアニストさんが来るから行ってみない?
つってついて行ったら、肘でガーンとかやったり。
もう全てがわからないわけよ。
ジャズっていう音楽の形式もわからないし。
今で考えるとピアノ、ドラム、ベース、サックスがいてね。
そのサックスの人もまた強烈な、当時のね、日本の梅津和時さん。
あ、知ってます知ってます。
ドワーってやる。
前衛の方なんですね。
どっちかっていうね。
一時そういう方向に行ったっていう。
最初からそれやってるわけじゃなくて。
ちゃんとね。
モダンジャズをやった上でそこに行き着いたっていうようなイメージかな。
フリージャズってことね。
七尾旅人っていう歌詞が好きで。
一時期梅津さんと一緒にやってて。
それで知ったっていう感じかな。
ライブ見たことがある気がするね。
音源とかあるのかな?
音源にはなってるかわかんないですけど。
ライブでは何度かやってるはずですね。
この七尾さんのライブに?
あ、そうですそうです。
ミキサーがサックス弾いてるみたいな。
何でもやっちゃうからな。
ミュージシャンもジャズだけの人と。
いろんなジャンルに顔出してやっちゃうタイプといるからね。
梅津さんなんかそういうかもしれないね。
でも結構その強烈なライブって印象に残りそうですね。
もう後にも先にも何個かあるけど
ジャズっていうものをあんまり体験ないままに行ったコンサートとか
余計、これダメだ、いたたまれない、帰ろうみたいな。
席を立とうとしたみたいな。
そういうミュージックっていう出会いはね。
そんなね、ビビッと。
これだ俺の音楽はなんていうそんなかっこいい出会いではなかった。
なんじゃこれはダメだこれ。
そんな感じ。
そっからちょっとそのジャズ愛に向かうきっかけがまた別に出てくる。
それはね、やっぱね、ジャズ喫茶っていう空間がね。
なんかその浮世離れした。
そこに逃げ込むとはなんか全部忘れられるっていう。
異空間。
ただ分かんないんだよ。
分かんないんだけども、そこに行ってなんか時間潰したいみたいなとこから
その訳分からなさを分かりたい欲求がこうだんだん出てきた感じだね。
当時のジャズ喫茶って東京だったとも全然珍しくないですか?
珍しくなかったね。
結構その辺に駅降りれば1個ぐらいあるぐらいの。
でも俺がいてこっち帰ってくる80年代中盤ぐらいはもう
のきなみジャズ喫茶がなくなってきた時代。
その時代から少なくなってくる。
レコード屋との出会い
よくこうね、音楽の歴史上語られるんだけど、日本の音楽史上。
他の音楽が出てきた。そっちに目が行く。
ヒップホップとかだってそのいう時代に生まれてくるし。
そもそもマイナーだったのに、なおさら他の音楽が出てきたからみんなそっちに行く。
じゃあいいギリギリのタイミングっちゃタイミングだった。
東京にジャズ喫茶があるのが当たり前の時代をギリギリ経験したみたいな。
もうないっていうお店もまだ全部あったような時代に。
本当にそのお店がなくなる偶然の灯火の最後の頃がね、体験できた。
そこでジャズ喫茶が強烈に。
毎日どんぐらい行ってた中野にいたから名店があったんだけど、
本当にね、俺がこっち帰ってくる直前に辞めちゃって。
ビアズレっていうお店があったんだけど、関東で一番枚数持ってたっていうお店ね。
そこ行くと黒板があってね、みんなリクエストを。
黒板で書いてくるんですね。
こっち取ると書くものもわからないです。
ただそこ行って言うと勉強してたみたいな。
お客さんが書いて、これがジャケットが飾ってあって、メモメモみたいな。
そんな感じでのめり込むように。
いいなと思ったらね、そこ出た後にレコード屋に行って買ったりとか。
覚えて。
今みたいにほら、そこで聞き逃すともう何だったかわかんなくなっちゃうから、本当に。
手帳持ってて、ちゃんと持って。
レコード屋行って、ジャケットを。
当時はレコード屋に行くとレコード屋の店員さんがもう全てを知ってる。
パッて言うと、あ、それは誰々ですねって。
それがレコード屋さんだったね。
ちゃんと、ただ置いてるだけじゃなくて。
そうじゃないと、多分ね、今考えられないけど、
当時を振り返ると、行ってわからないと、え、なんでわからないの?ってなっちゃうわけ。
笑われちゃうみたいな。
調べるものもだって、本とかしかないからさ、レコード屋さん。
で、新風なんて言ったら、もっとアンテナは張り巡らしてるわけよ、レコード屋さんは。
こっちは自分で、今はね、情報つかんでから行くけど。
昔はね、レコード屋さんに行けば安心。これって言えば、はい。
で、届くのも早くて1週間。
あ、その場で買うわけじゃないですか。
あるやつあるけど。
ジャズだから。
当時って、オールジャンルのレコード屋とか、ジャズ専門のレコード屋とかもあるんですか?
ジャズ専門もあったけど、オールジャンル、近場だったのはオールジャンルの普通のレコード屋さん。
街のレコード屋さん。
個人とかがやってる?
うーん、そうだね。
俺は行かなかったな、そのディスクユニオンとかそういうとこに行かずに。
個人でやってるところ。
街の本屋さんみたいな感じで。
そんなところだと思う。
そんなんもうちゃんと知ってる。
すごい、すごい時代だね。
だから普通にほら。
教養の時代っすよね。
音楽も、そうそう、だから80年代洋楽ってあのぐらいからじゃない?いろんなのが出てきた。
まあ、りょうた君も。
ハードロックとかもそういう時代?
ハードロックは古典のロック以外のいっぱいあるけども、
なんかね、もう決まったものっていう、その本当にきめ細かく出始めたのが、
邦楽史だり、80年代、90年代。
その以前は、どっちかっていうとミュージシャンの名前言うとパッとわかるような人たちが多かった。
今はもうね、誰それ?っていう人もいっぱいいるけどね。
そんな時代だったんで、ジャズのレコードなんかもね、すぐ手に入れられて。
ただ、その情報を見逃すと大変なんだよ。
一回情報落としちゃうと。
あったともう、店の人にも聞けないし。
ずっとあれなんだっけっていうのが残りの方が。
そこに留まってられないからまた次々といって、
なんだっけなっていうのが出てくるのが2年が経ったから。
また?
これだったよこの間のみたいな。
そんな感じだよ。
これね、うちら世代みんなそうだから。
見逃すと、ジャズはさすがにないけども、
普通の洋楽とかだと、店員さんに向かって歌うの。
これ何ですかって聞くと、店員さんちゃんとわかるんだよ。
すごいな。
すごいレコード屋さんはすごいと思う。
実際、会津若松にいたレコード屋さんもすごい人いっぱいいた。
会津若松もレコード屋がもちろん当然あるわけだったわけですよ。
こっち戻ってきてからも、
もうわからないって言わせないって。
例えばうちらがお酒言われて、
何?ってこうなっちゃいけないわけじゃん。
そういうプロフェッショナル感があったね、昔のレコード屋さんは。
今はだって調べればすぐ出てくるから、
それを把握してなくていいのよ。
今だったら、自分で覚えなくても、
スマホとかが一回聴いた音楽を記録したりしてくれるんですよ。
本当にレコード屋さんに行くと逆に音楽情報を取れるっていうか。
確かに全部履歴に残るからね。
YouTubeだったら全部履歴に残っちゃう。
ジャズ喫茶での学び
逆にね、今思い出してきたけど、
例えばビル・エヴァンスのね、ワルツ・フォー・デビュー。
それ買うとするんだよ。
この前のこのシリーズを持ってるもんだって言われて。
えっ、そんなのあるんですか?みたいな。
そういう情報を取れたり。
このレコードに付随する情報がそこから。
それをレコード屋さんに逆に教えられたり。
いや、これよりこっちだよ、先に言われたりとかね。
そういう知識がもう、すごかったね。
昔のレコード屋さんはね。
そこに行って会話しながら学んで。
今だとだから肥やしになったっていうかね。
メモメモもそうだね。
楽しくやってるわけですからね。
起業の経緯
聞き逃しちゃまずいっていう緊張感があったよね。
ほんとに。
ボーっとするんじゃなくて、
なんだこの音楽はって思ったらもう、
そこでキャッチしなかったらもう、
これ3年後にならないとわからないわけでね。
次出会うんだね。
真剣にもう。
再会したみたいな気分になる。
今はもう、より鈍余分にこう、掴みにいく感じだったね。
じゃあ当時バーテンやりながら、
ジャズ喫茶とかレコード屋とか、
そういう東京生活をじゃあ、
そうだね。
エンジョイして、
そっからじゃあ会津に。
4年と10ヶ月かな。
意外と4年ぐらいなんですね。
5年弱よ。
俺の中では、
サントリー大学行ってきたみたいな。
4年。
大学行く代わりにジャズ喫茶とサントリー。
大学、お恥ずかしながら2年浪人したんですけど。
そうなんですか。
結局ね、大学に行かず。
で、よくお客様と喋ってて。
東京行ったって言ってたから。
以上高校も新学校だったし。
じゃあ就職しなかったんですか?
なんて言われて。
サントリー大学行ってきました。
はい。
4年サントリー大学行ってきました。
そんな感じで。
でもそこで人生の2つの要素に。
そうなんですね。
じゃ戻ってきた時もまだ20代半ば?
戻ってきたのは24。
全然若いっすね。
でね、親が音楽系だったんで。
帰ってきたら、
勤める先決まってたの。
楽器屋だったの。
なんか昔喋ってた。
L楽器っていうね。
与太くんもなんかブラスやってたから。
L楽器にお世話になってたって話。
高校時代、ブラスバンド部だった。
そこで2年間働いて。
である時にね、店やるチャンスがあって。
無謀にも。
最初のお店の独立が?
それから2年後に25間で。
そんな早いんですか。
今考えたらね。
すごいな。
今26でお店やるなってなりますよね。
当時でもちょっと早い感覚はありますよね。
当時結構いたよ。
20代。
居酒屋さんとか。
スナックも20代のままいたし。
ただその後ずっとね、やってるかっていうと。
女性の方は結婚なさったりして。
引退するし。
そうかな。
まあまあ若いっちゃ若いね。
店やるっていうか、
起業したっていうね、
カッコつけて言えば。
すごくて起業したよ。
それが最初のオーズバー。
当時でもレコードって結構ある状態なんですか。
当時はね、始めた頃は100枚弱だね。
そんでもね、これかけてればいいかと思って。
厳選した100枚ですもんね。
厳選したっていうか、まだ知識もないまま集めた100枚。
レコードの収集とリクエスト
あとはやりながら増やしていけばっていう感じがあったけどね。
そんでも当時はね、
若象がレコードかけてジャズをかけて
店始めたぞなんて噂が広まって。
自分の親みたいなコアなジャズファンが集まってきて。
はい!みたいな。
それしかないのかもレコードをなって言われて。
鍛えられたね。
はい!とか言って。
そうすると、まったく何持ってんだなんてね。
見せてみろなんて。
しょうがねえなって、次100枚くらい持ってくる。
これを聞けよって。
貸しちゃうからみたいな。
いやだなとか思いながら。
ペース乱されるとか思いながら。
でもやっぱり勉強になったね。
すごい。
この針で聞いてみるなんて。
いろいろあるんですね。
勉強になった。
そっからだね。
これはちょっと枚数揃えにはいかんなって思い始めて。
それ枚数始めてからやろうってたって多分。
いつなんだって話ですもんね。
その頃にやりたいと思ってかどうかが問題ね。
最初どっちかっていうとバーテンダー、
バー的な感じで出す要素が多かったから。
ジャズじゃなくてね。
そのBGMとしてちょっと100枚もあればそれかけてればいいかみたいな。
8割バーテンダー、2割ジャズみたいな感じで。
バーテンダーが8割?
そう。
酒グッと並べて。
やっぱりね、サントリー大学で。
そうそうそうそう。
そっちの方でまだ会津若松に早々カクテルバーショットバーって言われるのがなかったから。
そうなんですね。
それもね、お老舗のバーの親みたいな世代の方々に、
なんか若造が東京のあれ持ってきてなんか始めたぞみたいな。
ちょっとね、そんな感じで見られる。
まだね、カクテルがね、そろそろ普及してなくて。
なるほど。
カクテルなんて頼むと、何かっこつけてんだみたいな、そういうか。
人じゃなくてビール焼酎みたいな。
まだアイズの日本酒だってそんなまだ全国的に知名度上がる前ですよね。
まだ1級酒、2級酒の時代で。
まあ大手のね、末廣、栄川、花春とかそういうのがあっても、今みたいなのはなかったし。
まあスナック文化だね、やっぱね。
ボトルキープ置いてカラオケと。
カラオケなんかも早々出始まった頃だ、まだ。
その頃ね。
歌のない歌謡曲って言ってた。
あー、言葉がない、カラオケって言葉がなくて。
そこにこう合わせて歌ってるっていうのがカラオケの始まりね。
やっぱそれでガーッとあの時代広がったんじゃないかな。
当時そのお店始めて、いろいろ大変だったと思うんだけど。
その店やるって大変だったと思うんですけど。
ただまあ今2500枚まであるわけじゃないですか、レコード。
やっぱその地元のレコード屋とか。
それがね、やっぱなくて。
それだけはね、今でも覚えてるけど。
東京行って、あの石丸電機ってね、秋葉原の。
あそこってこう、今はどうなってんのかな。
まあクラシック界とかね。
トップス界、ロック界、ジャズ界ってね。
界でこうレコードが。
電気屋がね。
専門。
それでね、最高10万円分くらい仕入れに行って、車で行って。
1枚3000円とか。
そうだね。
中古っていうのがね、中古市場っていうところまでまだリサーチできてなくて。
新品ばっかり。
とりあえずこう名番って言われるのをピックアップしてて。
それも、でも行ったらもう買ってきて。
今それ、届いて送ってくださいなんていう発想がなかったから。
もう行って、それ持ち帰ってくるっていうね。
ないのはすっ飛ばして。
結構それで、物の本に書いてある名番って言われるようなやつは、
でもまあすっとだろう。ちょっと揃ったっていうのは大したまだまだ。
それでどのくらいになったの?500万円くらいになったのかな。
そんなイメージ。
じゃあ、ここからこれだけ増えて、
これはあとは、
いつまでの流れがまだまだ。
徐々に徐々に、月に2、3枚ずつ買ってた時期もあるし。
またあるときガッとか。
あとこっちにね、中古レコード屋さんが、コロナ禍の前かな。
有名な中古レコード屋タイムっていうのがあって。
最近まだあったんですか?
まだある。まだあるけども、日本市場じゃなくて、今海外市場に行っちゃった。
今ね、海外ですごいレコードの人気あるって。
そこの人と交易してる、こっちのジャズ親父がいて。
で、呼ぶんだよ。
そうするとね、数万枚持ってきて。
3日間ぐらいやるのね。
でもそれジャズだけじゃなくて、クラシックもあったり。
そういうとこに情報網が、秘密結社の情報網がある。
行くと怪しい親父がいっぱいいて。
ダンボール1個とか。
そのダンボールも売り物かなって思ってた。
それ俺買ったやつだなって。
下にゴロゴロダンボールが。
パチンコの玉並べてるでしょ。
すごいマニアが。
先輩方がまだいっぱいいます。
あいつはかもしれない。
そこで出会えるからいいですよね。
自分でコでもミスやってても、人と出会う。
仕入れになるのか、仕入れになるのかわからないけど。
最近はね、あまりコレクター的な感じではあんまり集めないかな。
集めたくないんだけどね。
ここが空いてる。
ライブラリーの中間が空いてるっていうとね。
そこ埋めたくはなんだけど。
果たしてそれを聞くのかっていう。
聞きたいのかっていう自問自答すると。
そんなことしてる場合じゃない。
集めるのが目的になってるかなって。
今あるやつをもう1回聞かなくちゃみたいな。
今もう人生もとっくに折り返してるから。
そういう段階ですね。
2000枚超えてたら10年聞いてないのだって。
もちろんあるしね。
本当、手を触れないレコードもあるかもしれないなと思うと。
時々だからね、なるべく入れ替えるようにしてるのよ。
あ、そうなんですか。
ここ以外にもあるってことですか?
そう、そっちにもあるし。
あ、なるほど。
そっちのほら、カウンターの奥の方はなるべく手が届かないところにある。
あ、そっかそっか。
普段立ってる背中側がメインじゃないけど。
リクエストはありそうだなっていうのを置いてあるんだけど。
たまにね、とはいえ上の段の端の方とか。
優先順位で真ん中辺がかかると。
でもこっちも、あ、いいなこれな。
こういうリクエストあったらかけれるなみたいなのが出てくるから。
こう入れ替えたり。
もう手の触れないレコードになるのがかわいそうだから。
そういうこと最近やってる。
リクエストの話が出たので教えて欲しいんですけど、
ジャズバーとかレコードを流すようなミュージックバーをやったことない人って
どうリクエストするか結構難しいなって思って。
というのも、レコードって基本頭出しできないじゃないですか。
曲の頭出しってできないから、
A面B面の1曲目になる?
あの、昔から反目の了解でリクエストっていうと、
A面かB面か、その片面をかけるっていう。
ああ、やっぱそうなんですね。
その1曲だけって、まあ俺もよっぽど最近暇なときはやるけども、
やっぱそのアルバムとして聴いて欲しいっていうのがあって。
かといって両面っていうとやっぱ時間がかかるから、
次のリクエストする人をお待たせしちゃうから。
片面をかけるっていうのがセオリーだね。
リクエストするときって、ざっくりミュージシャン名でお待たせの人もいるだろうし、
レコード指定の人もいれば、レコードでかつA、Bみたいな感じですか?
そうだね。ただそれも、なんていうの?
気持ちとして、いつも聴いてるけどここで聴きたいっていうリクエストをする人もいるし、
聴いたことないから聴きたいっていう人もいるし。
そうですよね。普段聴いてる曲をそこでいい音で聴きたいって、
バック音で聴きたい人もいるし。
ほんとね、必ずここに来たらこれリクエストするっていう方もいるね。
リクエストの楽しさ
たまにリクエスト率、ちょうど目の前に貼ってあるから、
ワルツポーデビーっていうのはものすごく多くて、
かけすぎてレコードダメになっちゃって、
今それを言ったらお客様が、
え、そうか、今あんのかって言ってくれて、その場で調べてくれて、
あるぞあるぞって言ってその場でポチッとやってくれたお客様が、
持ってきたやつが今一番新しくて。
そのぐらいもうね、何回もかけるから擦り切れるっていう魔法をして、
また何年来てもそれをリクエストするから、
たまに違うんじゃませんって言って、
ビル・エヴァンスのリバーサイドってこと?
リバーサイド4枚組って言って、
ビル・エヴァンスの名盤があるから、
そっち聞きませんか?なんつってね。
あとはいつもA面だからB面にしませんか?って。
そうやってなるべく違うのを書けようとするんだけど。
別にここに来たらそれ聞きたいって言うならそれ書ければいいんだけど。
でもわかりますよね。
お酒飲みながらじっくり自分の好きなアルバム、
好きで1回2回聞きたいなって。
ジャズドってお客様を振り分けるのはあるんだけど、
よく職余中級上級なんて言っちゃうけど、
上級の人はまたこれ困るんだよ。
めんどくさい。
めんどくさいっていうか、聞きたいのはわかるけど、
今の雰囲気に合わんでしまう。
お店の流れとか。
そうそうそうそう。
そこの空気も40℃っていうのをリクエストしてくれる人もいるし。
ただそうするとリクエストってあんまり意味がなくて。
しかも難しくなっちゃう。
で、これリクエストしない。
達人の方がリクエストしない。
ここのマスター何かけるのかなって見てるっていう。
DJとってきたりとかでしょ。
結局マスター一番好きなのかけてとか、
マスター好きなのでいいよっていうのが達人。
一番緊張するな。
飲み物なんかもそのまま。
お任せみたいな。
知ってる人ほどドライマティーニーなんて言わない。
そういう心理があるよね。
俺も旅先で行ったお店で、
リクエストってこうね、できないね。
そういう雰囲気じゃないなって思う。
もし聴いてる人がドロシーってリクエストできないんだと思われると困るんだけど。
そういう側面があるってこと。
どんどんリクエストしてもらいたい。
本当にジャズのミュージシャンの名前とか全然知りませんって方が来てくれて、
何かリクエストしたいなって思ったらどうすればいいですか?
どうするっていうか、
でもジャズはなんとなく気になって聴いてみたいな、
ジャズに触れたいなって方だと思うから、
やっぱ楽器で聴いたり。
好きな楽器?
好きな楽器って言われてもパッと出ないから、誘導してあげる。
ピアノ、ベース、ドラム、トランペット、どれいい?
ギター?どれ?って言ってくれるから。
楽器もピアノぐらいしか知らない人だとピアノって言っちゃうから。
そうするとね、あれだね。
普段何聴いてんの?どういう音楽聴く?
それで自分がピーンと来たら、
じゃあこれかなーってね、そういう感じでかけたり。
そっちの方が面白いね。
それこそ腕が止めされる。
俺も聴きたいのよ、どういう音楽聴いてるか。
それが自分が知らない音楽だったら、
メモメモして、なんだそれ?聴いてみたり。
ちゃんとメモメモって。
でも今ほら、スポーティファイで聴いてるから、
ほんとその場で聴かせてもらったり。
そういうコミュニケーションするね。
それが邦楽の全然わからないロックバンドでも何でも、
なるべく聴くようにして。
それがね、聴いたりすると、
かっこいいっていうのがあるんだよ。
それを聴いて、
これってジャズのあのイントロみたいだなっていうのから、
きらめいてかけたりもあるのよ、本当に。
回り回って影響されてるってのがあるかもしれないから。
そうですよね、音ネタとかにされてたり。
もしかすると、えぇーって始まりの、
いきなり歌じゃなくて、
ホームセクションで入ったりすると、
なんだこれ?ってこうなったり。
そういうの嬉しいですよね。
それで普段聴いてる自分の曲の、
ある種の源流というか、
もしあればすごい。
共通点がもし見出されば、
音楽との交流
すごいなっていうのがあるね、本当に。
ありがとうございます。
ということで、一旦第1回目はここで切らせていただいて、
また2本目に続いていきたいなと思います。
ごめんね、なんか喋りすぎてな。
止まらなくなっちゃって。
2回目までいろいろ喋りたいことあるんで。
ぜひぜひ。
いやいや、帰って。
じゃあ一旦ここで切ります。また来週お願いします。
お疲れ様でした。
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46:00

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