食べ物の世界を探求する食べ物ラジオの 掛茶料理むとう・むとうたくろうです。
むとうたろうです。
このラジオは、少し変わった経歴の料理人兄弟が 食べ物の知られざる世界をちょっと変わった視点から学んでいくラジオ番組です。
はい、では前回からの続きです。で、今回は
アメリカの躍進を支えた食。
アメリカの躍進を支えた食。
前回の労働者の食生活を言い換えただけですね。
ここから本格的にハンバーガー登場の流れですね。
ヤクシン様ではなかった。
ヤクシン様ではなかった。
前回は背景を話したんで。
今回はついにどんな風にこの食べ物が変わっていったのかっていう具体的なところに行きますね。
まず工場労働者の食生活とご案内をもう一度しておきますね。
通ってますよとランチボックス持参ですよっていうのがあって
現地調達に切り替わっていくんですけど
この現地調達になる時にその場で食品を買うっていうのもありましたが
同時に寮生活みたいなのもあってですね。
特に若い女性なんかが多いんですけど
工場の横に寮があってそこで集団生活をしてるっていうのも結構多かったんですよね。
結局工場と住居は近づけたのね。
近づけたんですよ。
近づけたんですけどまた集団生活もなかなかストレス溜まりますし
同じものをみんなで食べるようになっていくんですよね。
それが毎日繰り返されていく。
これもなかなかストレスあったらしくて
基本的にパンとビスケットとかコーンブレッドみたいなね。
ああいうので終わりとか。
ちょっと肉がつきますよ。塩漬けのハムがつきますよとか。
そんなような感じだったのが
だんだんだんだんちょっとずつスープがつくようになったりとか
季節によってはリンゴがつくようになったりとか。
飲み物はビールとかいうのが元にあったんだけど
これ産業革命のビールのシリーズも出てきましたね。
労働者のエネルギー源ビールだったのが
油絵柄つってだんだんコーヒーとか紅茶が一般化していくというような感じになっていくわけですね。
この中で1日2食じゃなくて
毎日3食食べるのが当たり前だよねっていう新しい常識が確立していきます。
ここで3食に変わるんだ。
変わっていく。これは日本でも一緒ですよね。
で、あと労働時間は基本的に1日12時間から14時間くらい。
12時間から14時間。
まあまあ長いね。
いやだいぶ長いですよ。今8時間でしょ。
うちみたいだね。
まあね僕らはちょっと2足のわらじなんでね。
しょうがないと思いますけど。
当時の工業スタイルっていうのはだいたい12時間から14時間。
工場で12時間から14時間はつらいね。
なかなかね。
小器使われるくらいでしょ。
まあそうですね。
この辺の時代普通ですからこれが。
へえそうなんだ。
この後だんだんと、まあイギリスのが先ですけど8時間労働に減っていく。
8時間労働、8時間余暇、8時間休息みたいな。
寝る時間8時間、遊びの時間8時間、働く時間8時間だっていう運動が始まって。
イギリスを皮切りにね。
これが世界中に広がっていくっていう感じですけど。
イギリススタートなんだね。
まあね一番ひどかったからね。
いやまあそうね。だいぶだもんね。
これこそマルクスもエンゲルスも怒るわけだわっていうような時代がありますから。
まあまあそういう感じですよ。
せめて食が良ければいいけど食もだいぶヤバいからね。
そうなんですよね。
すくいがないよねなんかね日常に。
やっぱね飽きるからちょっと違うものを食べたいなみたいなのもあるし、
通いの人もあるんで外食作業へっていうふうに目が移るんですけど。
もともとニューヨークとかああいう都市を中心にデリカ鉄線っていうのができ始めていたんですよ。
デリカ鉄線なんかすげえよく聞いたキーワードだけどなんだっけ。
デリカ鉄線っていうのはもともと食品店です。
ただのグロッサリー。
今でいうマーケットみたいなところ。
スーパーマーケットみたいなところのちっちゃいバンみたいな感じなんですけど、
ルーツはドイツ。
ドイツ。
ドイツの高級な輸入食材店なんですよね。
チーズがあってワインがあってパンがあってハムがあってソーセージがあってみたいな。
輸入雑貨を売ってるような食材店みたいな感じ。
そこでそんなもの売ってるもんだからそのまま食べられる加工食品とかをその場でちょっと簡単に作ってね。
お惣菜として販売しますよみたいなスタイルがドイツで始まるわけですよ。
これがドイツ人移民とかドイツ系ユダヤ人の移民とかがたくさんやってきてましたから、
これがアメリカに移っていくわけですね。
だってニューヨークとフィラデルフィアってドイツ人めちゃくちゃいっぱいいましたから。
そのリトル東京的な感じでリトル東京には和食の店ができるようなイメージでドイツ人街にはドイツ系のお店がいっぱい出てくる。
結構言ってればそうなるよね。
これはもう今でも世界中いろんな国や地域でありますよね。
あるね。
新大久保には韓国人街ができるとか。
そしたら韓国料理のお店ができるって普通じゃないですか。
マレーシアにも今吉野家あるらしいからね。
日本人街に。
日本人街にね。
この間なんだっけ。
相乗りでやってたわ。
そんな感じの流れでニューヨーク界隈にドイツ系のデリカ鉄店が出てくると。
そうするとその場で加工食品を買ってお惣菜を買って食べるっていう文化がすごいできますよね。
近所にデリカ鉄店があれば工場から出てってそこでランチを買って食べるっていうのが出てくるわけですよ。
特にユダヤ系資本のユダヤ人がやってるデリカ鉄店ってのもあるわけね。
これはユダヤ人全員が金持ちなわけじゃないから一部が突出してるだけで普通に労働者会議にもいますから当たり前ですけど。
まあそうだよね。
その人たちの中で工舎って言ってユダヤの中で考えられてるこれが清い食べ物でこれは食べちゃダメみたいなのがあって。
細かく言うとすごい長いのでやめますけど。
その中にこういうの使っていいよダメだよみたいなのがあってその中の一つにベーグルがあって。
ベーグルね。
なんか揚げちゃダメとかって詳しく読んだけどよくわからなかったんだよね。
パンを焼くんじゃなくて茹でるみたいなのをやるんでしょベーグルって。
そうらしいね。
そういうところから出てきて読んだらなんか微妙に俺それ本当かな大丈夫かな違うんじゃないかなと思うんだけど。
でも結局結果的にはユダヤコミュニティの中でベーグルっていうのが流行るわけですよ。
どっかで限定化なんかでベーグルの話しましょうね。
ベーグルの話ね。
いろいろ種類あるもんね。
ベーグルもね今僕らが食べてるベーグルは本物じゃねえみたいな話もあるんですけど。
そうなんだ。
レシピ見たら確かに違うわってなってたけど。
そこの辺はちょっと。
とりあえずデリカ鉄線でベーグルが売られてたのでベーグル&ロックスみたいなねサーモン挟んだやつがそこで売られるようになっていくっていう経緯なんですよ。
普通においしそうだけどね。
結果何が言いたいかっていうと労働者がランチを買う場所としてデリカ鉄線っていうのが固定化していくわけじゃないですか。
これが文化としてできますよとこれが大前提なんですね。
昼間働いてる人たちはデリカ鉄線があるのでご飯を外で買うことができるんですが夜勤が困るわけですね。
夜勤か。
実はこの時代に夜勤ができるんですよ。
夜勤はできたんだこの時代。
元々ね結構遅くまで働いてはいるんですけど一つの要因は電気ライト照明の発明発展ですよね。
電気ね。
もう本当第2回のフィラデルフィアの万博あたりではもう本当に光光とライトがつきまくってるみたいな時代になってきますから。
そういう発明もあったしテスラが交流電気の発明をして社会実装していくってこともありましたし。
あとですね工業生産量を増やそうと思ったら当時機械の発明っていうのはそんなに西日本でバンバン進んでいくというわけじゃないので。
生産量を上げようと思ったら効率を上げるだけじゃなくてそもそも時間数を増やすって発想もあるわけじゃないですか。
創業時間を増やせば生産量増えるよねって。
まあそれはそうだね。
24時間体制でやりますよねみたいな。
工場も面積決まってるからいきなり倍の面積増やせないんで。
じゃあ昼と夜2回転させれば倍になるじゃんみたいな感じで夜間創業っていうのはこの時代に始まってくるわけですよ。
もうほとんど現代と一緒だね。
全く。っていうか現在はここの延長時にあるわけです。
これが1880年代から1900年頃の話。
このね夜勤の人たちが飯困るの。
あーご飯か。
夜勤の人たちのランチ。ランチランチ?
まあまあ暗い時にまあだからしょうがないランチにはなるね。
ランチ的な存在。夜の昼食的なやつを買おうと思ったらやってないじゃん街。
やってないね。
21時とか22時の時点で当時真っ暗ですからね。
誰も起きてないからこんな12時とかに飯だって言われてどうすんのよって話になるじゃない。
まあ確かに。
ランチボックス持ってくぐらいしかないですよね。
しょうがねえなーって夜勤やだなーみたいな感じなんですよね。
あとはねこれ日勤の人もさっき言ったように14時間とか働いちゃうと朝9時から始業して終わったら12時間だったら21時じゃん。
うん。
14時間だったら23時なわけでしょ。
そうだね。
グローサリーやってないじゃん。
まあ夜はやってないだろうね。
帰って晩飯どうしようってならない。
ああ確かに。
買い物困っちゃうんだよね。
そっか買い物も困るんだ。
そうだからランチもディナーも難民化しちゃうんですよ。
でこれは困ったなーって言っていたところこれもしかして需要あるんじゃね。
ここビジネスやったら儲かるかもって思いついた人がいるんですね。
ロードアイランド州プロビデンスという街にいたウォルタースコットさん。
ウォルタースコットさん。
この人ね自宅でサンドイッチ作ってゆで卵をゆでてパンにバター塗ってパイも焼いたのを積み込んでコーヒーもポットに入れて手押し車でリアカーみたいなやつね。
手押し車でガーって行って毎晩8時ぐらいになると新聞の印刷工場に行くんですよ毎晩8時に。
そうするとみんなお腹空かしてるから夜勤のランチ的な人と仕事が終わって日勤で帰る人たちがうわって出てくるの。
そうするともうむちゃくちゃ飛ぶように売れていくわけ。
砂漠の水を押しつつみたいな。
そうそんな感じ。
しょうがないねもうそれしかないんだもんね。
デリカ鉄船のミニバン作って出張しますみたいなやって。
むちゃくちゃもう買ってこの人大儲けするんだけど。
でもこの人ね商売が苦手だったのかどうか知らないけどあんまり拡大しようとしないんだよね。
そうなんだ。
このウォルタースコットさんが作った手押し屋台のことをパイオニアワゴンとかって言われてて。
パイオニアね開拓者。
そのままだね。
この後出てくるランチワゴンキッチンワゴンみたいなの第一号この人だからパイオニアなのこの人。
本当にパイオニアなんだ。
本当のパイオニアなの。
このパイオニアワゴンの成功を見た同じプロビデンスの街のルーエルジョーンズっていう人がこの人はもともと実業家のビジネスマン。
ウォルタースコットさんは労働者でちょっとアイデアマンになった人。
このルーエルジョーンズがこれめっちゃ儲かるじゃん。
あいつなんか1台でやってるけど大きな屋台にすれば儲かるし何台も出せば絶対儲かるでしょ工場いっぱいあるし。
って言って資金調達して屋台買って労働者雇って市内の何箇所にもそのキッチンワゴン出すわけ。
そうするとすげえ儲かるじゃん。
でもあっちこっちに需要あるから。
でこのルーエルジョーンズさんが別の町のサムジョーンズっていう人にこれめちゃくちゃ儲かるしめっちゃ需要あるからお前もやれよって教えてあげるのよ。
マサチューセッツ州のウスターっていう町でね。
ルーエルジョーンズさんが教えた相手がサムジョーンズさん。
どっちもジョーンズさんじゃん。
おいっこなんだわ。
おいっこ。
おいっこに教えたんだ。
ルーエルのおいっこのサムに教えてあげたの。
町違うし州も違うから別に競合しないでしょ。
お前もやったらいいよってなっていいねおじさん僕もやるよよしやろうって言ってウスターでやったら本当だめちゃくちゃ売れるめちゃくちゃ忙しいんだけどすごいんだけどってことになって。
そのうちサムはね自分で屋台を引いたりとかもしてたらしいんだけどお客さんの声を聞いたりしていてコーヒーが足りないとかあったかいスープがないのかとかそんなようなことを言われてるうちにやっぱ夜だし寒いしマサチューセッツちょっと北の方だからねあったかいものが欲しいんだっていうニーズが出てくるわけですよ。
まあまあ確かに。
あったかいもの欲しいのねじゃああったかいものを用意しようかそうかでも家で作ってきたら冷めちゃうよなサンドイッチのあったかいのかそうかもともとあったかいお肉とか挟んだサンドイッチって人気だったもんなそうかグリル積んじゃおうって言ってキッチンにグリル積むんだよそこで物温めてやれれば売れるじゃない。
まあ確かに。
でこの時代もうガスグリルが出始めてるからガスボンベ積んでいけばできるわけじゃんここでね肉焼き出すんだよ。
肉焼いちゃう外で。
肉焼いて挟んで売ったらいいじゃんみたいな感じになってくわけね。
まあ焼きたて美味しいもんね。
これがグワーってグワーって広がってく感じ。
そうかなんかホットサンドとか言い方するけどあれも焼いて出すもんねもう1回。
そうだね。
温めるために。
やっぱあったかいって重要なんだね。
まあねだって今収録時点で寒いですけどここも冬場ですからこんな時にキンキンに冷えたザルそばよりはあったかいそばの方がいいもん。
まあそれはそうだね。
食べた後になんか歯がガチガチ鳴るもんキンキンのやつ。
まあそうね臓器が冷えるからね。
さっきあの残ったそばを冷たいまま食べたけどもうお椀いっぱい食べ終わった頃にはなんか体冷えたもんね。
だろうね。
俺もさすがにこの時期は冷えた飯は飯だろうやっぱ1回レンジにするもんね。
そうだよね。
熱々まで1回。
やっぱあったかいもの食べた方がいいでしょうよ。
まあだろうね。
そんな感じでねあったかいものが売れますよっていうのが広がっていくわけですね。
この流れの中でハンバーガーがだんだんと浸透していく。
そうかよハンバーガー焼けるもんね。
そうだからねハンバーガーは焼きたてが当たり前ってことになるんですよ。
でしょ今でもそうでしょ。
今もそうだね。
くくりおきってよりはあったかいのを食べるのが当たり前っていう状態ですよ。
元々のサンドイッチから考えてごらんなさいよ。
イギリスで貴族が食べていたようなサンドイッチですよ絶対冷たいでしょ。
冷たいね。
サンドイッチ伯爵ジョン・モンタギューが食べていたサンドイッチと思えば全然違いますよね。
確かに今の現代のサンドイッチは多分レンジで温めたら微妙にまずくなりそうな気もするもん。
そうかもね。
冷えてる前提のものな気がしている今は特に。
これねちょっと脱線したんだけどこのハンバーガーがサンドイッチから独立していく様っていうのは実は我々日本人からするとちょっとすごいことで
このハンバーガーシリーズの第1回の時に参考情報として砂糖のシリーズとかお寿司のシリーズを聞き直しといていただくといいですよって話したじゃないですか。
ということでこの流れを一度寿司に置き換えて考えてみてくださいよ。
お寿司屋さんに行きますよね。
お寿司屋さんに行ったらいろんなバリエーションの寿司がありますね。
マグロだ、イカだ、サーモンだ、マスだ、なんかいろいろ並んでますよね。
寿司を食べに行くといえばいろんなバリエーションの寿司が並んでいてお好みで選んで食べるっていうのは普通じゃないですか。
でオンタギュー伯爵が食べていたような貴族の社交会のサンドイッチもそうですよね。
いろんなサンドイッチがちっちゃくカットされて並んでます。
ワイン買ったてにキャッキャフフしながらこれをつまみあれをつまみという感じですよ。
ところがこのハンバーガーというやつは1種類だけは抜き出して肥大化させてネタを変えたわけですよ。
やりますか。
寿司屋さんの中のてっか巻きだけを取り出してちっちゃいなってでかくしてマグロのてっか巻き専門店にしちゃったわけね。
ハンバーガー屋さんというのは。しかも冷たいのは嫌だからって言ってあったかいやつに変えちゃったんだ。
なんだこれってなってるでしょ。
今のところカルフォーニアロールになっちゃったけど頭の中で。
例えば最近近年だと巻き寿司の天ぷらみたいなのありますよね。
あるね。
あんな感じですよ。その専門店これ。
そういうこと?
それをデリカ鉄線みたいなところとか飲食店ではなくて屋台でやってる。
それが労働者にバカ受けっていう状態ね。
だいぶ変わったね。
これは前回のお話でもありましたけどこのシンギュラーポイントによってベクトルがグって動いたじゃないですか。
いろいろ食べるっていうの。
寿司とかサンドイッチみたいな原型からちょっと違う方向に発展を進めたんですよね。
日本でもありますよ。もちろんスケロクのお稲荷さんとかサバ寿司。
京都の傍聴のサバ寿司とか大阪のバッテラとかあれも単体で売ってたりしますんで。
今ではスーパーで納豆巻きだけのやつとかも売ってますけど。
そういう近代工業的な発展の仕方をし始めた時代にたまたまこのサンドイッチが入ったから
ハンバーガーがサンドイッチから独立して単体の料理になっちゃったっていうふうにも見ることができるかなと。
そういうことか。
思うんですよね。
確かにね。
もう一つは近代的ランチですよね。
今日のお話の中ですけど、弁当じゃなくて外食に行くっていうのもやっぱり外食産業が発達しやすい環境があった。
つまり工場という人がギュッと集まるポイントができたから同じ時間に行けば絶対売れるわけじゃん。
この環境が成立しない限りは外食産業って無理なわけですよね。
そうね。食べる人がいなきゃね。
これが農業大半のところだったらどこに持ってっていいかわかんないじゃん。
それはそうだね。
いいとこマーケット市場とかに持ってくぐらいしかないし、交絡の、例えば日本で言うと神社とかお寺とかね、そういう参拝客が来るようなところ、お祭りの屋台とか、こういう限定的なイベント屋台だったわけですよね。
これが工場という毎日発生するイベントによって毎日出せる、毎日売れるっていう状況ができたことで弁当じゃなくて近代的外食ランチっていうのができて、
その流れの上に乗っかったのがハンバーガーでもあるということですよ。
もちろんホットドッグとかも同じ流れで乗っかってきますけどね。
この流れの中でもちろん、エブリデイ発生する仕事という工場というイベント会場ではなくて、いわゆるイベント、野球とかサーカスとかあるじゃないですか。
そういうスポーツイベント、博覧会的なイベント会場にも当然この屋台は人気になるわけですよね。
その屋台で例えばソーセージを売ってます。焼いて売ってます。
カトラリーないからさ、お皿とか持ってくるとゴミになるし、コストもバカにならないし、大変じゃん。
だからフランクフルターソーセージなんか棒で刺したりするわけでしょ。
今でもね、刺さってるよね。
ああいう風になっていって、とにかくゴミが出ないというか、パッと食べやすくて、なおかつ売る側からしてもコストが下がる方法を探していくわけ。
そうすると、食器めんどくせえな、棒もめんどくせえなってなって、ある時誰かが、これパンに乗せりゃいいんじゃね?ってなるよね。
言ったら手が汚れないためのパン、つまり食器としてのパンだよね。
そしたら食器ごと売れるし、食器ごと食べてくれるわけだからゴミゼロじゃん。
みたいな感じになっていって、19世紀後半、1870年になる頃には、フランクフルトソーセージ専用のパンまで発明されるようになる。
発明というか普通に考えてみんなやりだすんだよね。それがあの長いパンなんだよ。
そこで長くなるんだ。
長くなるの。ちょうどいいサイズ。なんでこんなにソーセージとパンのサイズが一緒なの?ってなるけど、ソーセージのサイズに合わせてパンを作ってるんだあれは。
そういうことか。
スタート時点から。
そうなんだ。
フランクフルトソーセージサンドイッチか。だからフランクフルトソーセージサンドイッチっていうのが正式名称ね。
フランクフルトソーセージサンドイッチ?めっちゃ長いね。
でしょ?ハンバーグステーキサンドイッチだからフランクフルトのソーセージのサンドイッチ?
まあまあそうだろうか。
ところが我々は今そんな名前で呼びませんね。何と呼んでますか?
ハンバーガー?
なんでやねん。フランクフルトソーセージだって。今ちょっとハンバーガーから外れてるんだから。ソーセージの話してるんだよ。
ソーセージね。そしてフランクフルト。
フランクフルトソーセージをパンに挟んだ長いやつ。
ホットドッグ。
ホットドッグですよね。ここからホットドッグに名前変わっちゃうんだよ。
ホットドッグの要素どっから来たんだ。
これね諸説あってよくわかんないんだけど一番よく言われてるのは、
俺フランクフルトソーセージサンドイッチ安いのは嬉しいけどこれなんで安いの?これ何の肉?もしかして犬の肉とか使ってるんじゃねえの?
って言って諸説ありますが例えばイエル大学の学生たちが犬ワゴンだよって。
ドッグワゴンだあいつらって。うまいから買うけどさってなって、夜のナイトワゴンで売ってるドッグワゴンだからホットドッグあったかい犬みたいなギャグでね。
言い出してそれが定着したんじゃねえの?みたいな。
ブランド感はあるよねホットドッグというブランド感。
それが一番言われてるんだけど本当かよみたいな感じだけどね。
あとは野球チームの名前から来たとかね。
やっぱり同じような理由で野球場でビールガールみたいな人いるじゃん。
ビールサーモンって売ってる。あんな感じでソーセージ売ってたんだって。
そしたらやっぱり同じように手が汚れたりとかゴミが出て球場のゴミだらけになって大変だとかいうのがあってパンに挟んじゃえっつって。
なった時のチーム名がレッドドッグだったとかそういうね。
逸話もあります。
どれがホントか分かりませんが一般的に一番よく語られるのはこのイエル大学の学生たちがつけたあだ名だと言われてます。
あるかもね。いろいろ流行って変なところから生まれたりするしね。
これなんでこの話したかっていうと結局この安い肉ってなんで安いかが不安なわけで消費者からすると。
安すぎるとね。
僕らなんでもそうじゃん。洋服買いに行ってなんかこいつ妙に安いんだけど。
だから季節外れで何割引きは説明しなくても季節外れだからだなとか在庫処分だなとか理由が分かるじゃないですか。
そうだね。春先にジャンバーのやつ売りしてたらまあ冬終わりだしと思うもんね。
そうだよね。だけど冬のハイシーズンの時に防寒具が何の理由もなく急に安くなって落ちたらこのワゴンだけなんか安いんだけどさ。
なんでって言って傷があるんじゃねえかとかサイズがなんか変なサイズなんじゃないかとかって一回見るよねみんなね。
XXLじゃないかとかね。一回見るね。
ちっちゃすぎるでかすぎる問題とかさ。どっかほつれがある美品なんじゃねえかとか。
つまり安いものには理由が欲しいんですよ。理由がないとみんな不安になっちゃうから。
だからイエル大学の学生たちは犬肉でも使ってるんじゃねえのっていうダジャレで済ませてくれたんだけど。
やっぱり世の中はそうはいかなくて。安いからには理由が欲しいよねみたいなことになって。
実際はステーキに使えない骨にこびりついた肉をそぎ起こしてミンチにしたからみたいなのがあるんだけど。
元の源流からするとね。これは何回か前のシリーズでちょっとお話ししましたよね。ミンチ肉の話をしたときにね。
なんだけどやっぱそれだけではなんか不安だったみたいなのでこの不安を払拭しないといけない。
そうすると一番手っ取り早いのは目の前で作ってみせることよ。
ここでサム・ジョーンズのガスグリル付きランチワゴンが活躍するわけ。
目の前でミンチ肉を作って見せて焼いてほらどうよって出せばうまいしあったけーし安いし安心じゃんみたいなことで
ここからガスグリル搭載ランチワゴンで目の前で焼いて出すっていうのが出てくる。
でこの時に何の肉なのっていう不安だからもうソーセージじゃ無理じゃんね。
ソーセージって長詰めだからもっともっと作り置きしておかなきゃいけないから。
ハンバーガー以外にやりようがないんだよ。
結果みんなハンバーガーステーキサンドイッチになってくんだよね。
このほうが安心だし安いしうめえしって。
たしかに長詰めしちゃったら何入ってるか分かんないもんね。
そういうことです。
そっかミンチが目の前でできるというものがね。
うんなんとなくね安心感ありますよね。
若干そこででも実際見たらやっぱちゃんとミンチしてるなって思うんだろうね。
そうね今日はねホットドッグの中から犬の肉だったりしてみたいなねジョークが入りましたけど
実際犬の肉使ってたハンバーガー屋さんもあるし
その場合はさもう肉の塊になっちゃってるから何の肉使ってるか分かんないわけ。
だから目の前で作ってもだから何って話になっちゃうんだけど
この当時みんなが一番心配してたのは混ぜ物です。
混ぜ物か。
小麦粉混ぜてるとかさかさましだよね豆混ぜてるとか
そういったことを一番心配してるわけですよね。
これまた次回出てきますけど放射、放酸。
白い毒薬の中に出てきたやつですよ牛乳に入れられてた防腐剤。
有毒のやつ。
理科の実験室で見るやつね。
それそれそれ。
よく置いてあるけどね。
ああいうのが混ぜられたりとかね。
それはやばいね。
そういうのをみんな心配してるわけなのでだから大丈夫だよって見せる。
肉の種類ではなくね肉以外のものね。
そうねこれは本の中で特にアメリカ人が書いた本では
犬の肉や猫の肉なんてびっくりまくみたいな感じで書かれてましたけど
それはやっぱり我々日本人も現代人だとえってなるし
アメリカの人も当時見てやっぱりえってなったみたいなんだけど
よくよく考えたんですよ17世紀18世紀世界中のいろんなところで犬肉は食用ですから
何にも不思議じゃないんですけどね。
感覚から言えば別に豚とかと変わんねえなって思ったりするよね。
そうですね。
日本はねもう典型的なショウロヤワレミの例でガツンと変わりましたけど。
鹿とか食ってるしね。イタチはあれだけどタダキ食ってるしな。
その延長線って言われても別に違和感はないよね。
そういう感覚がもうなくなってた時代だから犬なんてみたいなね。
そうなんだね。
割と早かったねその辺は。
早いったってあれだよもう明治だよ。
終わり頃よ。
まあ日本はね。
日本だとの時代の話なんで多分日本人もちょっと上ってなってたかもしれない。
まあ日本の場合はちょっとね賢いとかね頭がいいとかで食べる食べないって判断するとこあるからね。
そうもう日本は犬の肉を食べなくなってからすでに何年経ってんだ150年から200年ぐらい経ってますからねこの時点で。
まあいろんな食文化ありますからね。
まあまあその辺の表記を見てうーんまあねってちょっと思ったりなんかしました。
まあそうね。
まあ傷んでないことが目の前でわかってればいいよね。
ミンチになっちゃったらまた紫色のとかね緑色の肉もわかんないわけだから。
そうですね。
そういう心配もあるかもね。
かもしれない。
今回はねやっとハンバーガーが誕生したという話なんですがこれ一つだけ注釈を入れておかなければいけなくて。
このシリーズ僕すでにどっかで言ってるかもしれませんが今回僕が採用しているハンバーガー発祥ルーツに関しては自然発生っていう立場を取っています。
自然発生。
今回までにお話ししてきたようにサンドイッチという概念これはイギリスで発祥したというよりはもともとあったものがイギリスのサンドイッチ伯爵のところで一つのフォーマットになりました。
で流行しましたみたいなのがあったり。
ハンバーグステーキというものがハンブルクからやってきてこういろいろと変形をしながら土着していきましたっていう経緯があったらこれ混ざったら誰とは言わないけどもちろんキーマンはいるけどなんとなくコロコロ転がってるうちにそれっぽいものが徐々に形成されていくよねっていう立場です。
これはなぜそう僕がそう思ったかというと江戸時代の握り寿司の発展過程を見ていくと同じように見えるからですね。
ただ世の中にはそうじゃない立場をとっている人もたくさんいてですね。
それはアメリカにはハンバーガー発祥の地というのが何ヶ所あるんだ。
1,2,3,4,5,6,7重たったもので7ヶ所あるんです。
あれも言ってたね7ヶ所か。
はい揉めとるんです。
揉めてるんだ。
揉めてるというかうちこそがって言い張ってます。
セントルイス万博説、テキサス州のアセンズ説、テキサスでフィッチャーデイビスの軽食堂で出したというのがあって
2006年の会員議員でハンバーガー発祥の地の決議書を出して2007年に州で可決されましたと。
言っちゃったよ根拠もないのにと僕は思ってますけど、彼らは本気です。
あとウィスコンシン州シーモア説とかね、アイオワ州クリランダ説、ニューヨーク州エリーグン説。
これはグンだね、カウンティのフェアでサンドイッチワゴンの売れ行きが悪くて豚のソーセージが品切れしてしょうがないからソーセージが作れないんで
近所の肉屋さんからミンチ肉だけ買ってきて長詰めしてる暇がないからミンチ肉のままサンドイッチにして売ったのが始まりだっていう説ね。
あとコネチカット州ね、このワゴン系食堂でお客さんから急いでるから走りながらでも食べられるようなもの作ってくれって言われて
しょうがないからまかないようなビーフパティをパンで挟んだみたいな説。
これもなんか米国議会図書館により米国初のハンバーガー提供と記録され生誕地認定されましたって書いてあるね。
まあ何せ製法自体は簡単だからね。
こんなのがいっぱい出るほどだということは僕から見ると誰でも考えつくはずなんですよ土壌さえ揃えば。
ということは自然発生したと考える方が僕は合理的でかつ自然だなと思ってます。
なのであえてこういう今回の話もそうですけどデリカ鉄線からワゴンになっていく。
バイオニアワゴンが出てきてワゴンにグリルが搭載されていく。
その背景にはハンバーガーステーキとサンドイッチがある。
それを後押しする生活スタイルの変化というのがあるっていうふうに捉えたほうがいいんじゃないかなと思ってこの話し方をしています。
これを信じるか信じないかはあなた次第です。
でもそうだよね食文化っていろんな要素あるけどそう言って周りが固めちゃうこともあるからね。
あくまでこれは僕説ですからね。
鵜呑みにしないでいただきたいっていうのは実際研究を専門にしている方がさっき言った発祥説のどれかを支持している場合があるのでそれは僕には判断がつきません。
僕は違うんじゃないかと思ってこれを言ってるので皆さんもタローの言ってること違うんじゃないかと思いながらも聞いてください。
そういうことを言っておきますね。
たべらじ説ですあくまで。
あくまで。
すごいねあくまで諸説あります。
じゃなくてあくまでたべらじ説ですっていうような注意書きを入れる日が来るとは思わなかったけど。
そう割と俺僕は無党タロー説をバシバシ出して都度タロー説ですとかタローの妄想ですって言ってます。
まあそうね確かに。
はいこの番組ではメッセージも募集しております。
Xやインスタグラムホームページからも感想とお送りいただけます。
ということで今回はこの辺で終わりたいと思います。
ありがとうございました。
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