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おはようございます。コーヒーでも飲みながらゆっくり考える時間の朝の言葉ラジオパーソナリティ-タカーシーです。
今日は、ヘーゲルの有名な言葉を取り上げてみたいと思います。
法の哲学に書いてあるんですけども、ミネルヴァの梟は黄昏に飛ぶという言葉です。
この言葉、聞いたことがある人いるかもしれませんね。
ミネルヴァの梟は黄昏に飛ぶ。
でも最初に聞くと少し不思議な言葉なんですよね。
ミネルヴァの梟。黄昏。飛ぶ。
一体何の話をしているのか。
ちょっとここで解説を入れると、
ミネルヴァというのはローマ神話の女神で知恵の象徴です。
そして梟もまた知恵の象徴として語られています。
つまりここで言われているのは、ざっくりざっくり言えばですよ。
知恵や哲学は黄昏になってから飛び立つということです。
前半部分はわかりましたよね。
後半部分ですよ問題は。
では黄昏とは何でしょうか。
黄昏とは一日の終わりの時間です。
物事がすでに進み、すでに起こり、一つの形をほぼ終えた後。
そういう時間です。
ヘーゲルが言いたかったのは、
哲学は物事が始まる前に先回りして未来を設計するものではなくて、
ある時代の出来事が一つの姿をとった後で初めてそれを理解する。
こういうことなんですね。
つまり哲学は朝の仕事ではなくて、
黄昏の仕事、終わりの仕事、
世界が一通り進んだ後であれは何だったのか。
そこにはどんな意味があったのか。
私たちは何を生きてきたのか。
そういうことを後から考える。
こういう意味があるんですね。
でもこの言葉ちょっと寂しさがありますよね。
知恵っていうのは何かが終わりかけた頃にやってくる。
その最中、出来事の最中にはよくわからなかったことも、
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後になってようやく輪郭っていうものが見えてくる。
そういう時間差の感覚があります。
でも同時にとても本当のことを言っている気もするんですよね。
私たちは生きている最中にはなかなか意味をつかめません。
その場ではただ必死だったり、迷っていたり、わけがわからなかったり。
でも少し時間がたってから、
あの出来事にはああ、ああ、ああ、こういう意味があったのね、
あの苦しさをここに繋がっていたのかもしれない。
そんなふうに見えてくることがあります。
つまり、理解っていうものはいつも少し遅れてやってくる。
それがこの言葉の大事なところなんだと思います。
今の時代とっても早いです。
すぐに意見を求められる。すぐに評価が出る。
すぐに意味を言わなければいけない。
仕事でも、なる早で、なんていう言葉がありますね。
私一番嫌いな言葉です。なる早で。
話を戻すと、何かが起きたその日に結論まで出そうとする。
そういう早さがあります。
でも、ヘイゲールのこの言葉、
ミネルバのフクロウは黄昏に飛ぶ、
この言葉、少し違う時間感覚を持ち込んでくれる。
本当にわかるのは後かもしれません。
本当に考えるのは少し遅れてからかもしれません。
今すぐにはまだわからなくてもいいのかもしれない。
これはある意味でとても優しい言葉でもありますよね。
理解できない。自分を責めなくてもいい。
生きている最中には意味が見えなくてもいい。
黄昏になって初めて見えるものがある。
そして、この言葉は哲学の役割についても教えてくれます。
哲学って言うと難しく考えることだったりとか、
何でも先に答えを出すことではないんです。
むしろ過ぎていくものの中に意味を見つけること。
終わりかけた時代の中にかすかな輪郭を見つけること。
そういう静かな仕事なんだと思います。
だから、ミネルバのフクロウは黄昏に飛ぶという言葉は、
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知恵とは何かを語ると同時に、理解とは何かを語っている。
理解は先取りすることではなくて、後から受け取り直すこと。
世界をもう一度見直すこと。
そういう営みなんですね。
この言葉を個人の時間に引き寄せて考えてみても結構面白いかなと思います。
人生の中にも黄昏のような時間、こういうものがあります。
一つの出来事が通り過ぎた後、何かを失った後、
何かをやり切った後、あるいはもう戻れないとした後、
その後でようやくわかることがある。
あの時、自分はこう考えていたのか、
あの時間はこういう意味だったのか、
知るということはいつも少し遅いです。
でも遅いからこそ見えるものもあるんです。
だから今はまだわからないことがあっても、
あんまり急いで意味を決めなくてもいいのかもしれません。
理解には理解の時間がある。
フクロウは朝には飛ばない。
黄昏になって初めて飛び立つ。
まあそんな感じで、
今日はミネルバのフクロウは黄昏に飛ぶという
法の哲学からヘイゲルの言葉を取り上げてみました。
知恵とは何かをすぐに言い当てることではなく、
過ぎていくものの中に後から意味を見つけることなのかもしれません。
もしそうなら考えるということは答えを急ぐことではなくて、
世界が語り終えるのを少し待つこと、
そういうことなのかもしれませんね。
ということで今日はこのあたりで終わりにしようかなと思います。
またね、コーヒーでも飲みながら
ゆっくり考える時間を一緒に持っていたら嬉しいです。
朝の言葉ラジオ、パーソナリティ高橋でした。
それじゃあね、またね、バイバイ、サヨナラ、いってらっしゃい。