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AIは私たちの筋肉を鍛えるのか、それとも奪うのか
2026-06-02 21:01

AIは私たちの筋肉を鍛えるのか、それとも奪うのか

おはようございます。今日オードリー・タンのSubstackの最新記事を読んで興味深かったのと自分の考えに通ずるものがあったのでPodcastにしました。

私のSubstack➡️ https://substack.com/@takashihagiwara

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おはようございます。こんにちは。こんばんはかな。 Local AI Works の萩原たかしです。
今日はちょっと思想的な、ちょっと哲学的な話をしたいと思います。
さて、AIは私たちを賢くしているのでしょうか、それとも少しずつ弱くしていっているのでしょうか。
オードリー・タンの一番新しい最新の記事ですね。6月1日に更新されたもの。それを読んで、そんなことを考えました。
オードリー・タンって誰?という方もいらっしゃるかもしれませんけれども、オードリー・タン、台湾の元デジタル担当大臣。現在はサイバー大使として活動している人物です。
台湾のデジタル民主主義、オープンソース、市民参加型の政策づくりなどでもよく知られている方で、日本でも名前を聞いたことがある人は多いかもしれません。
本も出てますし、面白いですよ。考え方。
ただ、彼女のオードリー・タンの面白さというのは、デジタルに詳しい政治家というところだけではないと思っていて、テクノロジーを単なる効率化の道具として見ていないんですよ。
AIを単なる便利なチャットボットとして見ていない。彼女の言葉にはいつも、人々が自分たちで直せるか、という問いがある。
今回の記事でもその問いが中心になりました。
AIがどれだけ賢いか、どれだけ早いか、どれだけ人間の代わりに働けるのか。
そういう話じゃなくて、むしろAIを使った後に、私たちの側に何が残るのか。
考える力は残るのか。直す力は残るのか。
人と話し合う力は残るのか。
社会の問題を自分たちで引き受ける力は残るのか。
そこが問われているのが、今回の記事の中心です。
さて、この記事の最初の方でですね、オードリー・タンは自由ソフトウェアという思想から話を始めています。
ソフトウェア、自由ソフトウェアというと、ちょっとテクニカルに技術的に聞こえるかもしれませんけども、
ソースコードが公開されていて、誰でも使えて、誰でも改良できる。
そういう説明を聞くと、エンジニアの世界の話に聞こえるんですけども、
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でもオードリー・タンはそれをもっと広い意味で捉えているんですよね。
大事なのはソフトウェアが完璧であることではない。
壊れたときに誰かが直せること。
問題が起きたときに当事者が中身を見られること。
使う人たちがただ受け身になるんじゃなくて、自分たちの手で修復に参加できること。
つまり、自由ソフトウェアという言葉の本質は、修復できることなんだということなんですね。
これはAI時代にとってもめちゃくちゃ重要な視点だと思っていて、
私たちはよくAIに完璧な答えをまとめます。
正確に答えてほしい。早く答えてほしい。きれいにまとめてほしい。
もちろんそれは便利です。
でも、もしAIが間違えたとき、私たちはそれを見つけられるんでしょうかね。
もしAIが社会の大事な判断に関わるようになったとき、私たちはその仕組みを問い直せるでしょうか。
もしAIが私たちの生活に深く入り込んだとき、
私たちはそれをただ受け入れるだけでなく、直す側に守れるでしょうか。
この問いはかなり重いと思います。
記事の中で特に印象に残った考え方が、
道具には人間の力を育てるものと、逆に弱らせるものがあるという話でした。
例えば、筋トレするジムの例が出てくるんですね。
ジムに通うとする大盛りバーベルとかがある。
ランニングマシンがある。
そこにトレーナーもいる。
それらの道具を使うことで、自分の筋肉が少しずつ育っていく。
体力がつく。
姿勢が変わる。
ジムの中で人との繋がりができることもある。
これは良い道具の使い方だと思います。
道具を使った後に人間の力が残っている。
でも別の例も考えられる。
ジムに自分のカードを持ったロボットを送り込む。
ロボットが代わりに大盛りバーベルとかを持ち上げる。
記録は伸びますよね。
ロボットですから。
いくらでも調整効きますから。
数字だけ見ればすごい成果が出ているように見える。
でも自分の筋肉は全く育っていない。
だってロボットがやっているから。
むしろ何もしていないじゃないですか。
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ジムでのUGMできないし、体も変わらない。
これは道具が人間の力を育てていない状態ですよね。
AIにも同じことが言えると思うんです。
AIを使って文章を書く。
その後、自分の言葉は育っているだろうかということ。
AIを使って英語を考え、整える。
その後、自分で話す力は少しでも残っているだろうか。
AIを使って仕事を効率化する。
その後、自分で判断する力は強くなっているだろうか。
もし、AIを使うたびに自分の力が少しずつ育っているなら、
それは良い使い方だと思います。
でも、AIを使うたびに自分の考える力が減っていくなら、
少し危ない。
便利になっているように見えて、
人間側の筋肉が落ちている可能性があるから危ないわけですね。
これは英語学習にもよく当てはまる話だと思っていて、
AIは英語をとてもきれいに直してくれます。
不自然な表現を整えてくれるし、
丁寧なメールにしてくれるんですね。
難しい日本語を読みやすい英語にしてくれますし、
もうそれは本当に助かります。
自分も何度も助けられています。
でも、最近、ポッドキャストでも話しましたけども、
英語のAI面接官にかなり痛い目に遭いました。
ボッコボコにされました。
AIに英語を作ってもらうことはできる。
でも、面接の場でその英語が自分の口から出てくるかは別の問題だった。
書類の上ではきれいな英語が書かれている。
でも、自分の身体の中に入っていなければ話せない。
そこではっと気づくわけですね。
AIで英語を整えることは大事。
でも、それによって自分の英語の筋肉が育っているのかということ。
それとも、ただAIに持ち上げてもらっているだけなのか。
ここを見ないといけない。
AIに直してもらった英文を読む。
声に出してみる。
短く言い直す。
自分の経験と結びつける。
次に同じような場面で自分の口から出せるようにする。
そうすれば、AIは英語の筋肉を育てる道具になるわけです。
でも、AIに作ってもらって終わりっていうことにすると、
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英語は紙の上だけに残って、自分の中にはあまり残らないという形になる。
これは英語だけじゃないです。
他の文章も同じだし、仕事も同じだし、学びも同じです。
AIを使った後に自分の中に何が残っているか、
これを問うことがかなり大事なんだなと思います。
そして今回のオードリー・タンの記事の中に、もう一つ大事な言葉が出てくるんですね。
それがシビック・マスオです。
マスオ。
何回言い直してもあまり発音がよくならないですね。
直訳すれば、市民、シビック、マスオ、筋肉、市民の筋肉。
少し言い訳するんだったらば、
社会が自分自身をケアし、修復し、話し合い、判断していく力のこと。
こういうことなんだと思うんですね。
AIを社会に入れるとき、私たちってつい、
AIが何をしてくれるのかなって考えがちだと思うんです。
AIが問題を解決してくれる?
AIが議論をまとめてくれる?
AIが行政を効率化してくれる?
もちろんそれは大事なことなんですよね。
でもオードリー・タンの視点では、
AIが主役になりすぎてはいけない。
大事なのは、AIを使うことで、
市民の側の力が増えるかどうかということなんです。
人々がよりよく話し合えるようになるのか?
違う意見を持つ人たちが共通点を見つけられるようになるのか?
問題が起きたときに、上からの命令を待つだけじゃなくて、
自分たちで直す方向に動けるか?
AIがどれだけ賢いかではなくて、
AIによって人間の共同作業が強くなるか?
そこが大事なんだと思います。
また面白いことも書いてありまして、他にもですね、
台湾の事例、台湾のデジタル大臣でしたから、
台湾のことをよく知っているし、
台湾でのデジタル政策をものすごく進めた人なんですよね、オードリー・タンって。
で、新フェイクを使った作技広告が広がったときに、
簡単な答えとしては、検閲をするっていう行為だったかもしれない。
危険な広告を全部消す。
12:03
上から強く規制しちゃえばいい。
でも台湾では、市民が参加する仕組みを作ったんですよ。
ランダムに選ばれた人々が集められて議論して、
どんな対策がいいかを考えたんです。
これ、今の日本ではなかなか作れない仕組みだと思うんですよね。
じゃあ、AIはその場で何してたの?っていうのかっていうと、
議論を整理して記録し、発言の機会を整える役割を担ったのがAIです。
AIが答えを決めたんじゃない。
人々が話し合うための環境を助けたんです。
AIが市民の代わりに決めるのではなくて、
AIが市民が決める力を支える。
なんかすごい言いづらいですね。がが二つ続くとね。
AIが市民が決める力を支える。
これはAIの使い方としてはかなり健全だと思いますね。
AIを入れることで人間側が考えなくなるのではなくて、
むしろ人間同士の対話が少し良くなる。
AIが判断するんじゃなくて、人々が判断するための補助戦になる。
これがAIによって市民の筋肉を鍛えるということなんだろうと。
シビックマッスルという言葉の意味なんだろうと思います。
この話、国家や政治だけの話じゃないと思っていて、
職場でも学校でも家庭でも、もしくは小さなチームでも、
個人の発信でも同じ問いが成り立つんですよ。
このAIは私たちの力を育てているのか、
それとも私たちの力を奪っているのか。
職場でAIを使う。議事録を自動で作るようにして、
資料をまとめさせて、分析の助手席代を作らせる。
それ自体は便利なことです。
でもその結果、チームの中で話し合う力は増えているかなというところが疑念点なわけですね。
AIが作った資料をそのまま、いいんじゃない、通すだけになって、
そんな環境はまずい話なんです。
学校でAIを使う場合も一緒。
AIでレポートを書く。
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AIで発表の原稿を作る。
その後、学生の中に何が残るのか。
問いが残るのか。
自分の言葉で説明する力が残るのか。
間違えたときに直す力が残るのか。
これもちょっと前のポッドキャストで、
教授の前で本音をぶっちゃけてきたみたいなタイトルのポッドキャストでも、
教授たちが懸念した問いっていうのはこういうことなんですね。
AIは便利です。
でも便利さだけでは、良いAIかどうかはわからない。
AIを使った後に人間の関係が少し良くなっているのか、
人間の力が少し育っているか、そこを見る必要があるんだと思います。
実は私が最近よく考えていることもこの話につながるんです。
AIのハウトゥーは大事。
AIで作業を楽にする方法、
AIで英語を書く方法、
AIで発信を続ける方法、
それらには全部価値があります。
でもハウトゥーだけじゃ足りないんです。
なぜかというと、ハウトゥーはどう使うかを教えてはくれるけれども、
使った後に自分がどう変わるかまでは教えてくれないから。
AIで記事を早く書けるようになった。
じゃあ自分の思考というのは深くなっているのか。
AIで英語のメールが書けるようになった。
では自分で話す力は育っているのか。
AIで発信が続くようになった。
では自分の問いというものは育っているのか。
ここまで考えないと、
AIはただの加速装置。
もう早く早く早くっていう、
前に進むだけの装置、マシーンなんですね。
そしてこのマシーン、加速装置というのは、
方向を間違えるとかなり危ないですよね。
バイクや自動車を考えれば、
よくわかる話だと思います。
逆走していたら危ないでしょ。
ちょっとでもハンドル切って、
アクセル踏み込んだら変な方向に突っ込んでいく。
早く進むことと、
余裕方向に進むことは同じことじゃない。
AI時代に必要なのは、
AIを拒むことではないですよ。
もちろんね。
むしろ、AIをどう使えば人間側の力が育つのか。
それを考えることだと思うんです。
AIに任せることで、考える時間を取り戻す。
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AIに整理してもらうことで、自分の問いを見つける。
AIに英語を直してもらうことで、
自分の表現を少しずつ学ぶ。
AIに議論をまとめてもらうことで、
人間同士の対話を深める。
そういう使い方なら、
AIは私たちの筋肉、マッスルを鍛えてくれるんです。
でも、AIに全てを任せる。
AIの答えをそのまま使う。
AIがあるから自分で考えなくていいと思う。
そうなれば、今度はAIは私たちの筋肉を奪っていきます。
同じAIでも、使い方によっても全く違う。
道具の問題であると同時に、
これはAIに対する態度の問題であるとも言えますよね。
でも、オールリータンの今回の文章を読んで、
改めて思いました。
AIの未来は、AIだけじゃ決まらないんだなって。
私たちが、AIをどんな仕組みの中に置くのか、
どんな関係の中で使うのか、
どんな修復の回路を残すのか、
そこによって変わっていきます。
AIがすごい答えを出すことよりも、
私たちが問題を見つけ、話し合い、直し、
次の人に渡せること、
その力、その筋肉を失わないこと、
これがAI自体のかなり大事なテーマになる気がしています。
AIは、私たちの筋肉、マッソを鍛えるのか、
それとも奪うのか、
その答えは、AIの性能だけじゃ決まらない。
私たちがAIをどう使うか、
そして、AIを使った後、
何を自分たちの中に残すのか、
そこにかかっています。
便利さの先に、修復する力が残るか、
これからAIと付き合っていく上で、
この問いを忘れないようにしたいなと思ったのが、
今回のオードリータンの6月1日の最新の記事なんですね。
これを聞いてくださった方に、
記事の方にはリンクを貼っておきますので、
ぜひぜひ読んでみてください。
ということで、今日はそんな話でした。
ちょっと長くなってしまいましたね。
それでも聞いてくれてありがとうございます。
それではまた次回。
ローカルAIワークスの萩原敬でした。
それではね。バイバイ。
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