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この間、話をしている中で、メニューの作り方がわからないよっていうね、トレーニングメニューの作り方がわからないよっていうね、話をしてて、僕もね、それには共感したんですよね。
わかりづらいよなぁと。
で、コーチはある程度成功体験を持ってると思うんですよね。
で、その成功体験、こんなことをしたから強くなったとか、結果が出たっていうのは、わりかしそれは定義とかじゃなくて、その子が結果を出たのはこんな練習だったっていうことが大体の答えになるんだけども、
ついついね、それを全体を通しての成功パターンな気がして、次の年もやってしまうっていうのはあるあるだし、そんなに失敗はしないんですよ。大きな成功はしないけど、そんなに失敗はしない練習として使っていくと。
でもそれを繰り返しているとね、なかなか飛び抜けた何かっていうのを生み出すことができなくなっちゃうんですよね。
僕が考えるメニュー設定っていうのは、ディナーみたいな感覚で考えてます。前菜があって、最後デザートが来るまでの間、メインディッシュが来るまでの間にいろんな流れがあって、その中でそれぞれの目的があって、最終メインディッシュにたどり着き、最後はデザートね、クールダウンで終了していくと。
そうやって流れを組もうかなって考えたら、僕はそうしたいって思ってるけど、そのメニューだけをポンって紙に出して渡しても意外と伝わらないんですよね。
目の前にいる中高生、大学生っていうのは、「うわ、またこれかー!」とか、「うわ、このメニューしんどいなー!」とか、「よっしゃ、調子がいいからコーチが言われてたタイムより上げて泳いだろうから!」とか、「めっちゃ調子悪い、今日無理、もう誰々行こう!」とか。
そうやってやると、出した目的に対して返ってくるものがそれぞれまちまちなんですよね。それは計画上はこのメニューはいいはずだって思ってても、実際目の前にいることの対話がいろいろあるじゃない。
学校が上手くいかない、好きな人に詰めたくされたとか、そんなんだけでモチベーションガーン下がってそのまま練習に入ってきたりしたら、結局どんなメニューを用意してもやる側もそれがちゃんと意図して伝わってない。
もしくはやる側のコンディションも含めてあまり良くない状態だと、結局はいい練習ができないわけなんですよね。
だから、じゃあ計画は作らなくていいのかというとそういう意味ではないと思うんですね。
あらかじめ計画は年間は最低作って、半期ごととか3ヶ月、1ヶ月、2週間、1週間、当日ぐらいは作るべきだと思うんですよね。
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作るんだけども、じゃあ目の前がその状況であれば、今さらに追加で何が必要なのかっていうのをちゃんと説明する時間を取るのか、もしくはもう大胆にメニューを変えちゃうのか。
それも含めて今日はこれをする日っていうのさえ決めておけば、それができたらクリアだと。
で、結局ダラダラしてもクリアできないメニューとかも結構あると思うので、それを考えるとテーマはちゃんと持ちつつ、その日、目の前にいる人にちゃんとそれを提供できるかどうかっていうのを考え続けていく作業が必要なのかもしれませんね。
あとはね、僕もスポーツ経験者として、またこれかというメニューはあるんですよね。
またこの練習とか、それは強度が下がるというよりは、あの時嫌やったからだとかしんどかったからだとか、いろんなネガティブな要素が入ってきてくると、なかなか頑張りきれないところもあります。
ですので、なるべく難しいけど、提供する側としては珍しいけど、新しいメニューの提供っていうのはあらかた必要。これどんぐらいやればいいのかなとか、そういうのも考えて、それが飽きが来ないように回していけるような作業っていうのはすごく大事かなって考えてます。
あとはね、ちっちゃい子とか、僕はあんまりたくさんの量を泳がしたりとか、ものすごい鬼の行走でプールサイドに立って、行けーやれーとかっていうのはやらないかなと思ってます。
それは、発育発達っていうのもあるし、例えばその子が、そうだね、小学校5年生、12歳、11歳とかね、それぐらいの子が、じゃあ5年後、高校1年生、2年生とかになって、水泳楽しめてるかなっていう、そういうベースをちゃんと作ってあげた方がいいんじゃないのかなと。
やっぱね、楽しそうにやってる子は練習も頑張るし、結果も出るんですよ。嫌々でやってる子はなかなか結果出すの難しい。何かのきっかけがあったら成長するかもしれんけど、そのきっかけっていうのは、偶発的に起こることが多くて、なかなかこちら側がコントロールできないんですよ。
何か頑張ってなくて、みんな結果出たけど自分だけ出なかった。それが嫌で頑張り始めた。それは良い結果があった。変わるためのチャンスがあった。だけど、例えばそういうのがないまま、何となく自分もちょっとだけベスト出て、みんなも出てて、何となく一緒に進んでる気がしてとかでいくと、なかなか変われなかったりするんですよね。
偶発的に訪れるのを待つっていうのも何かもったいないじゃないですか。だからできるだけせっかくやるんだったらちゃんとやろうかなっていう雰囲気づくりというかね。そういうのが大事なのかなというふうに思ったりはします。
メニューなんかね、正解ってあんまでもなくて、だからオリンピック選手がやってるメニューを手に入れて、よし今日はこれをやろうってやっても、そのオリンピック選手用にカスタマイズされたメニューだから、それ以外の人がやっても意外と狙った強度であったりとか効果っていうのは出ないんですよ。
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だから、最高のメニューが最高の選手を育てるというよりは、目の前にいる子のためにカスタマイズしていったメニューっていうのがやっぱり結果出ると思うんですよね。で、じゃあカスタマイズするためには何が必要なのかっていうと、作る側の知識はすごい必要だと思うんですよ。
ということは、勉強はある程度しないといけない。こっち側はね。で、経験をバカにはしちゃダメなので、やっぱ何かでいい結果が出たっていうのは直感とか感覚値とかでそれを抑えれるので、何かいい気がするっていうのも大事なポイントだし、それとは別に、昔に30年前と違うのはやっぱり科学的にこれがいいとされているってことが比較的はっきりしているようなことに関しては、
それを正解というか、科学的には正解だっていう知識を持っておいて、それで元で作ったメニューを直感とかである程度こう危機回避しながら動かしていくのが今僕がやっている感覚かなというふうに思っています。
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これをやろうとしてももしかしたら難しいのかなと僕は思っちゃったりします。皆さんはどうでしょうか。