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お聴きの皆様、お運んばんちは、現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
前回のおいたちシリーズが、まあまあな反響ですね。
ありがとうございます、というか、うちの母親はダメな親ですが、私はカエルの子はカエルです。
私の親はダメですが、私の親はダメな親です。
これは、親を急断する話ではないんですよ。
これまでの話は、とにかく元のおいたちの話からして、最後の話がいつまで続くかわからないですが、
最終的には、私の家族論、家族に関する考え方を総括しようと思っています。
それまでは、何だこいつらとか、なんだかんな、お前そんなことやるのかとか、いろいろね、
苛立ちや、違う意見もあると思うんですが、ちょっとね、我慢してね、聞いていただけたらと思います。
高校時代の下宿生活
でね、下宿に行くわけですよ。
この下宿がね、前回も話したように、未亡人が、今思うとそんな年じゃないと思うんです。
せいぜいね、65歳前後だったんじゃないでしょうかね。
一応、子供2人成人させて、家にも子供がいない状態だったということはね、
若くてもそれぐらいだったかなと思うんです。
まだまだ元気で、老人のような生活じゃなくて、まだまだ働けるというような人でした。
この人のうちに厄介になることになって、3人、私を含めて3人住んでいたうちの1人は、
私と同じ高校に通う女子高生で、私の1校学年が上の先輩でした。
すごく優等生な、貧困法制な、真面目そうな人でしたね。
もう1人は、近所のどこか会社で勤めているOLさんだったんですね。
20代半ばぐらいの人だったと思います。
この3人でいたんですが、このおばさんはもちろんね、
おそらく旦那を早く亡くして、遺族年金および保険とかね、そういったものでおそらく食べていて、
こうやって下宿の人を住まわせることで、いくばくかの収入になればということで、
そういう自分の家を下宿として開放してたんだと思うんですね。
だからとても賢薬家だったとは思うんです。
週に1回しか風呂を焚いてくれないうちだったんですよ。
生活環境の影響
時はくどいんですが、バブル前世紀です。
高校生といえども、かなり私の世代は派手な世代でした。
みんなオシャレしてね、髪の毛もクルクルパーマかけたりね。
中学までは厳しい世代だったんですが、高校は比較的、
そこそこ、それほどめちゃくちゃ厳しくはなかったんで、
かといってもっと自由な私立の学校とかあったんですが、
例えば私服で行けるとかね、そこまで自由ではなかったですし、
制服もあったんですが、細かな校則にそこまで厳しくない学校だったんですよ。
だからみんなパーマかけたりね、結構制服着ながらも、
隠れたところにオシャレしたり、上に着るものはちょっと贅沢したりね。
そんなことしてたんです、みんなね。
そんな時にですよ、週に1回しかお風呂に入らないとかってありえます?
年頃で、まだ思春期で、今私この年ぐらいになってくるとだんだん枯れてくるんで、
そんな体臭も臭くなくなってくるし、いろんなものが汗もかかなくなるしね。
だんだんそれほどメンテナンスが大変じゃなくなりますが、
高校1年生ぐらいの女子は男子ほどじゃないにしても、まあまあ臭いし、
ニキビも出るし、髪の毛も1日洗わなかっただけで油っぽくなるしね。
何よりそろそろ異性の目が気になる年齢でもあってね。
何より異性だけじゃないですよ。
同性同士で、あの子ダサいだ、あの子あれだわとかって言われて、
そういういろんな人たちの目が気になる年頃の時に週に1回しかお風呂に入ってくれないんですよ。
もちろんシャワーとかそんなこともできません。
私は耐えられなくて、そんなね、おじいちゃんとおばあちゃんの家にいたら、
昔からもちろん当たり前ですけど毎日お風呂に入れていたんですよ。
それが週に1回しか入れなくて、
あ、思い出しました。冬が週に1回。
で、夏はさすがに週1回じゃかわいそうだということで、週に2回入らせてもらってたんですけども。
でね、で、周りに銭湯なんかなかったんですよ、そのエリアはね。
で、で、まあこの2階のこのキッチンがあったんですよね。
で、その2階のキッチンで髪の毛洗ってました、私ね。
2階で、だからキッチンの洗い場で髪の毛洗ったり、
でね、この脇とか、そういうね、匂いが気になるようなところをゴシゴシ洗ったりとかして、
で、洗濯機とかももちろん使わせてもらえません。
なので、自分たちで週に1回家に帰った時に持ち帰るか、
身の回りのね、下着類とか気になるんで、手洗いしてたんですよ。
で、私はね、まずこのキッチンで、週に1回しかお風呂入れないっていう時点で、
どうしようかなと思って本気で悩んだんですよ。
で、そうすると、その1個上の先輩がこの洗い場でいろんなやってたんですね。
やっぱ髪の毛洗ったりとか、下着を洗ったりとかしてて、
で、正直ここは食事を作るところでしょ。
で、キッチンで下着洗ってるのとかってどうなのかとか思わなくはなかったんですけど、
おばさんの目が届かないところで水を使える場所ってここしかないんで、
そうなるわなと思って、私もね、だから自分の肌につけるものはここで洗濯し、
髪の毛も洗ったりしてたんですよ。
そしたらね、こともあろうにある時ね、呼び出されたんですね。
このおばさんにね、「ちょっといい?」って言って、「なんですか?」って言って下降りて行ったら、
あんた、あそこキッチンで髪の毛洗ってるっていう風に、他の部屋の人たちから苦情が来てると言われたんですね。
で、だからあそこでそういうことするのやめてくれないかと言われたんですよ。
で、「いや、じゃあどこで洗えばいいんですか?」って言って、「そんなの知るかよ!」みたいな
おばさんとね、いい争いになったんですよね。
うーん、だけどそこはもうとにかく、どうしたんだったかな、私。
どうしたのかね、その辺の記憶はちょっと覚えてないんですけど、
おそらくね、どっかまでね、だからその下宿と学校の界隈には銭湯なかったんで、
多分どっか探したと思いますね。
うん、どっか探して、最低、だから週の毎日はいけないんで、
週のうち1回はね、だからおばさんのとこで入らせてもらえる日以外にもう1日、
どっかの銭湯に行ってたと思いますね、お小遣いの中からね。
で、あとはやっぱり黙ってね、おばさんにバレないように、
あとその先輩たちがいないタイミングで髪の毛洗ったりとかしてました。
人間関係の葛藤
やっぱり髪の毛洗わずにはいられませんもん。
で、そういうことをしてて、で、まあちょっと今でもね、
このちくった先輩がどういう意図があったのかわからないんですが、
今、あのね、もうこれ本当に昔の嫌な記憶なんで、
自分の中で封印してたんですけどね、もう1つ思い出したのが、
この先輩ね、この当時私が高1で、彼女は高2ですよ。
で、この人がね、なぜかね、バリー・マニローのファンだったんです。
皆さんバリー・マニローってご存知ですかね。
この頃、ちょっとね、甘いラブソングを歌う歌手なんです。
まだ生きてるかな、バリー・マニローは。
で、明らかにね、この高校生が好むような音楽じゃないんですよ。
今でこそね、夏メロンみたいな感じで、
なんかね、アダルトコンテンポラリーみたいなね、カテゴリーで、
たまにスポティファイなんかでも聴けると思います。
ですけども、そんな高校生が聴くような音楽じゃないんです。
で、私は当時、もうとっくにマイケルとかマドンナとかが登場してます。プリンスもね。
もうみんなもうすごい、もうキラボシのごときスターたちがみんないて、
もうポップスやロックや、で、そういうのもR&Bとかめっちゃ聴いてて、
はぁ!?みたいな。でも、やっぱその下宿に入って、
で、私バリー・マニローが好きやね、みたいな先輩からね、言われて、
あ、そうなんですかって言って、ちょっと困惑してて。
よかったらね、今度コンサートがあってね、当時大阪にまだあったフェスティバルホールだったと思うんですけどね、
今フェスティバルホールあるんですけど、建て替えちゃったんですよ。
建て替えちゃってね、昔ほどよくなくなってるんですけど、
当時のフェスティバルホールでコンサートあるからよかったらチケット1個余ってるから一緒に行ってくれないと言われて、
でね、そりゃバリー・マニローは、でね、いやぁと思って、
いやぁ、この下宿で人間関係を子供心にうまくやっていかなきゃいけないなと思って、
はっきり断れなくて、ちょっと考えさせてくれと。
で、親の了解ももらわなきゃいけないとかって嘘ついてね、
親の了解もクソも、当時母親なんてもうね、走り回ってて、
そんな細かいところでそういうコミュニケーション取り合うような親子関係じゃなかったんですけども、
適当に親を出しに、ちょっと一旦ね、保留したんですね、個体をね。
で、しばらく返事をしないでいたら、コンサートの日にちがね、
例えば2週間前くらいになって、どうするの?カンナちゃん行ってくれるの?どうなの?っていう風に詰められまして、
ごめんなさい、ちょっとやっぱり親の許しがおりなかったんで、
ちょっと申し訳ないですけども、ちょっと辞退させてくださいと、
せっかくのお誘いをすいません、みたいな感じで一応謝って断ったんですよね。
で、多分ね、私が思うにはこれがきっかけだったと思うんです。
これがバリー・マニロ事件ですよ。
私の人生の中のバリー・マニロのフェスティバルホールでのコンサートを断った結果、
おそらくこの優等生の先輩から嫌われたんですね、私。
あっ、その時はっきり彼女の顔色がさっと曇ったのに気づいたんですね、私ね。
で、嫌われて、そこからね、いろんなこと作られたんですよね。
で、当時私もこの高校、またこの高校の話は詳しくまたね、改めてしますが、
もう全く合わなかったんですね。
まあまあね、いい家の子供が多かったんですよ。
ただでさえこの時代ってね、バブルの時代なので、
みんなね、そこそこ裕福な家ばっかりだったんですよね。
だから8割ぐらいの日本人は結構裕福で、
どこのお家の子供も悠々と大学行かせてもらっているような時代だったんです。
今だったら信じられないでしょうけどね。
でも私たちの親の世代ってそんな感じだったんですよ。
で、まあ別に特別、普通のサラリーマンのお家でも、
ちゃんとそれなりに私立の学校行かせてもらったり、
あとそこそこいい学校行くためには一浪、二浪させてもらったりとかね、
そういうことみんなしている時代だったんですが、
そんな中でもね、結構さらにね、さらに富裕層の子供が多いように思いました。
だからお医者さんの子供とか、自営業をやって儲かっている会社のご子息とかね、
そういう人がすごく多かったんですよ。
で、全く話が合わなくて、
こいつらの話ってね、
例えばもううちのパパはクラウンに乗ってるから、
クラウン以下の車にしか乗れないような人とは絶対にお付き合いできないとかね、
でもそろそろ高校生になってきて、だんだん色気づいてくるんで、
誰と付き合う、どんな男がいいかとか女の子がいいかとか、
そういう話になるじゃないですか、異性の話とかになって、
で、まさに参考っていうね、価値観がちょうど武田はだった時代なんです。
参考ってお分かりになりますかね、
男性を見る時に背が高い、そして収入が高い、
で、高学歴っていうね、この3つの高いがないと、
もうそんな人とは付き合う値打ちありません、みたいな価値観の時代だったんですよ。
で、パパがクラウンだとか、しょうもないこと言ってて、
あと高校生なんですが、今だったら多分NGですよね。
大学とのコンパとかも結構あったんですよ。
でも、カンカン同率の大学生とのコンパとかっていうと、
すっごい熱心にやってたんです、みんなね。
で、私とかもよく借り出されていきましたけども、何回かはね、
もうくっそしょうもなくて、でも私もほとほと絶望したんですよ。
だって一応ね、関西で私立でカンカン同率って言っても、
カンカン同率って言っても感学とかね、同志者とかっていうのは、
それなりに優秀な人がいる学校だと思ってたんですが、
もうアホばっかりですよ。
もう女の子とセックスのことと、女の子にモテることとかしか考えてない、
もうほんとクソみたいな男しかいなくて、絶望しましたよね、ほんとに。
そんな男とのコンパとかに明け暮れてるのはバカばっかりで、
でもほんとに嫌でしたね、この頃。
そこそこみんな容量いいんでね、結構勉強とかもちゃんとやって、
だから今で言うカンカン同率レベルの学校以上はちゃんとぬかりなく受かるようにしてて、
優等生への嫌悪感
かつ隙間見つけてはそうやって大学生とのコンパに行くような女の子ばっかりいてね。
男は男で、お坊ちゃんとかでね、医者の息子とかも嫌いでしたね。
私のこういう、一般的には勝ち組っていうか、当時のバブルの時代の勝ち組とされてるようなものに、
ことごとく拒絶反応を持ってるんですよね、その時から。
もうこいつらみんなフェイクだ!みたいな、全部偽物だって思ってて。
かつ私はこのひどい下宿でね、この優等生の1個先輩の人にちくられて、バリー・マニローのコンサート断っただけ。
多分ね、他にも私のそこでいろいろ嫌なこといっぱいあったのかもしれないんですけど、
それ以来、とにかくそれまで多少可愛がってくれたこの先輩が私に風当たり強くなって、
私の一挙手一投足を全部この下宿のおばさんにちくるようになって、
でもどんどん私の居心地は悪くなっていったわけなんですけど、
私ね、この先輩とかも結構優秀な人でした。1個上でね。だから優等生も大嫌いなんですね、この頃からね。
はっきり言います。優等生は大嫌いです。
でもね、これは私、誤解をしないようにしていただきたいのは、
頭がいい人とか勉強ができる人とか、そういうのは全然、そういうことを言ってるんじゃないんです。
私はもちろん頭がいい人が好きに決まってますよ。優秀な人が好きに決まってます。
そうじゃなくて、この優等生っていうのはね、何でも率なくやるっていう人たちのことなんですよ。
別に彼らは特に頭がいいとか関係ないんです。もちろん優等生の中に本当に頭がいい人もいるでしょう。
優等生の定義ってね、結局人のその時一番評価される基準に自分を合わせて行動する人のことなんですよ。
学校では先生からこういう行動をとると褒められるとか、親にはこういうふうにしておけば怒られないとか、
そういう他人軸で動いて、他人軸で評価されるようにしか動けない人のことを優等生って言うんですよ。
大嫌いなんですよ。バリー・マニロ、いまだにバリー・マニロを見るとスポティファイとかでうっかりこういうのが目に入るとすぐ消して興味ない、興味なしなしなしなしってボタンを押したりとかして、
学校に行かない理由
バリー・マニロを見るとこの優等生だった1個上の先輩を思い出すし、後この高校の時の同級生たちとかも全員大嫌いでしたね。
もう言ってやりましたよ。で、学校も滅多に行かなかったんですよ。もうこの頃から本当にゴミみたいな学校だと思って、本当に馴染めなくてね。
で、もう学校ほとんど行ってなかったんですね。で、この学校をサボってね、実は学校行ったフリして、
でね、駅のね、あの学校行ってきますって言って学校行ったフリして、で、駅、あの学校の最寄駅のトイレで制服から私服に着替えるんですよ。
で、そっからあの街に行ったりね、したり、あの映画見に行ったりね、まあしてたんですよ。
まあだから、やっちゃいけないと言われるようなことも言ったりね、色々して、で、夕方ぐらいになってちょうど学校終わるタイミングみたいな時にまたしれっと帰ってくるみたいなことやってて、
で、ある時ね、たぶん近所の駅で、このおばさんがね、この家が下宿の近辺のね、近隣の人とかに、たぶんね、私が私服で遊んでるところとかね、目撃されてるんですよ。
で、またまたチクられてね、だからこのチクる人とかも、近隣住民とかね、ご近所付き合いとか、そういうのも私はもう本当に意味嫌ってましたね。
で、まあとにかくそういうので、なんとなく私が実は学校行ってないんじゃないかとか、そういうことも全部バレていき、まあ本当にこの下宿ではかため狭い思いをしたんですよね。
もう一つね、思い出した事件がありましてね、当時、この学校ね、行くのに、下宿は近いと言ってもね、徒歩で行くと約30分ぐらいかかる場所だったんですよ。
だからバスがありましたが、バスに乗るにはね、ちょっと不便だったんですね。バス停に行くには、一旦その家よりも遠いところまで行って、で、またそっち行くっていう感じなんで、一番ね、やっぱり都合が良かったのは自転車なんですね。
ですが、私の先輩も徒歩で学校行ってましたんで、なんとなくまあ私も徒歩で行けるんだと思ってね、何の用意もなく下宿に入ってみたところ、まあまあ遠いわけですよ。
で、そこからね、毎日のように痴漢に会うようになるんです。それはもう一人じゃないんです。全員毎日違う痴漢に会うようになりました。
で、これ高校1年生でしょ。で、ある時、あの知らないね、歩いてスタスタ朝学校に行く時に、音もなく、あのそばに自転車で近づいていた、まあ男子中学生か高校生かわかんないですけども、
それがね、そっと私が知らない間に後ろに来ていて、バッとスカートの中に手を突っ込まれて、お尻をギュッと握るとかね、あのパンツの中に手を突っ込まれて、バーッと私が気づいてびっくりすると、そのままシャーッと自転車で逃げていくとかね。
で、そういう痴漢に会ってすごい怖くてね。しかも時間帯が夕方とかならなお怖かったでしょうが、朝でもお構いなしなんですよ。朝こんな目にあってね、ちょっとすごい怖くて。
で、まあそこから今度帰り道にはまた全然違う人に、また正面から歩いてくる人に胸をバシッとこう、いきなりね、なんか近づいてくるなと思って避けようとしてたんですが、避けきれず、何か私の正面の方にぶつかるようにして近づいてきたと思ったら胸をバシつかみにされて、すっごい胸がもう痛いくらいギュッと握られたりとかね。
で、そういう痴漢に会ったりとか、あともう毎日のようにそういう嫌な目にあって、あとはね、この結構竹矢部っていうんですかね、この学校のそばのあたりにちょっとしたちっちゃな公園で植栽があるわけですね。そこの陰に、もの陰になんか男が立ってるんですよね。
で、なんか変な人おるなと思って、で、コアゴア通っていくと、なんかボソボソボソボソ一人ごと言いながら何かやってるんですよ、一人でね、とかね。そういうこととかもいっぱいあって、ちょっとね、あまりにも毎日毎日頻発したんで怖くなっちゃって、今思うとそのね、私の1校への先輩がなぜ無傷だったのか。
彼女も同じ制服着て歩いてるんでね。そいつは何もなかったのかちょっとわかんないんですけど、そいつはちゃんと毎日、まあ多分節約もあったんでしょうかね。毎日徒歩で行ってました。ただちょっと怖くなったんで、母親にちょっとこういう被害に遭ってるんで、自転車買ってくれって言ってね。
で、まあいいけど、自転車を置かせてもらう許可がいるよねっていう話になり、この下宿のおばさんにね、とにかくちょっといろいろ危険なんで、自転車通学したいから自転車を置かせてくれって言ったんですよ。で、このおばさんの家には使われていない駐車場があるんですね、家にね。
そこにまあスペースあるから自転車を置かせてくれって言ったら、また嫌な顔されてですね、ここはまあ息子たちがね、帰ってきた時に車止めるから開けておきたいのよねとかって言われて、普通に悠々と1台止めれるスペースあって、この子供たちが帰ってくるつっても、
ぼん、ぼんくれ、正月とか年に言っても2回多くて2回しか帰ってこない子供たちのために駐車場開けときたいとかって言うんですよ。困ったなぁと思ったんですが、まあでも金出してくれるんだったら置いてやってもいいよって言われて、でまあそれ確か自転車置く分のお金を母ね、どれくらい払ってたんでしょうね。月何千円か多分払ってたと思いますよ。
でも、何?と思って一応下宿でね、預かってる女子高生が結構通学途中で痴漢にあって危険な目にあってるっていうので、同情するより金をくれってくるんですよ。なんだこのババァと思って。でもね、本当に嫌だったんですよねっていうこの下宿の嫌話でちょっと丸々喋ってしまいましたけどね。はい、また通知は次回といたします。ごきげんよう。