女性の自由と選択肢の変化
お聞きの皆様、おはこんばんちは、現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
家事というテーマで、女性のいろんな歴史を、戦後の80年を主に話をしてきたんですけれども、ことほど左様に、女性たちが徐々に、戦後の80年の間にだんだん生きる自由、選択肢が増えて、
好きなように生きれるようになった。よって、好きなように生きる、キャリアを追い求めたければ追い求め、好きじゃなければ、自分が望まなければ、結婚もしないし、子供も産まないというふうに、だんだん自由に生きれるようになったかというと、全然実はそうではなくて、
何だかんだ言って、世の中の流れとか、女性はやはり生きさせられて、男性もそうですね。国民はみんな、何だかんだ言って、多くの人が、時の流れに身を任せて生きているに過ぎないんだということを、絶対に忘れてはいけないなと私は思っていて、
いらないと、なんとなく今の少子化になっている、今の現状というのが、女性が自由を得て、子供を産まなくなったり、結婚しなくなったことが原因だというような論調で語られるのが、いまだに多いのが、やっぱり許せないんですよね。
いや、違うでしょうと。今50代の私は思いますよ。私にだって、もし機会があったなら、普通にあのまま私は25歳で最初の結婚したので、そこそこちゃんと早い段階で結婚していたので、普通にあのまま結婚生活が持っていれば、子供も作っていたでしょう。
その場合は、でもあの時代にもし私が子供を産んでいたら、もう多分仕事をすることはできなかったと思うんですよね。だから専業主婦のまま私はずっといたと思います。
途中でね、子供の手がかからなくなって、第2の人生でね、どこかにまた仕事に出たりとかっていう可能性はありますが、今の私のようなこんなバリキャリーみたいなことは、40、例えば半ば過ぎぐらいから始めようと思っても、多分できなかったと思いますよ。
それぐらい今と違って、私たちの世代は一部の女性にも働きやすいような職種というのが一部ありますよね。前にお話しした学校の先生とか、あとは看護師さんとかね、そういう比較的女性が多くて、女性が結婚したり子供を産んでもね、戻ってきやすい専門職みたいなね、そういう一部の職種を除いては、
会社員とかね、そういう職業に就いている場合には、もうまず結婚したと同時にね、肩叩かれましたし、あの時代はね、ましてや子供なんかもできちゃったら、もういつ辞めますかっていう、あなたはね、これからお母さんとして立派にいいお母さんになりなさいなんて言われて、もう辞めさせられることをね、
庵にもう圧力かけられてね、結局、仕事をね、続けられなくさせられてきたんでね。だから、私の世代の中でも、みんな専業主婦になった同級生たちいっぱいいましたが、彼女たちがどこまでね、その本気で仕事辞めたかったかっていうのは分からないですよ。
でも、あの頃はもう辞めるのが当たり前だったんで、辞めていたっていう感じはありますよね。で、一方の、ずっとキャリアを続けている側、私の場合はたまたまだから離婚したので、離婚してなければそのまま普通に専業主婦になってたと思いますし、離婚したんでね、働かなきゃいけないっていうことで、20代後半から仕事を始めたっていう感じなんですよね。
今思うと驚きですよね。この2つはまるで人生が違うんでね。だから、私はやっぱり離婚してよかったなと思いますけどね。
ただ、一方のね、生涯独身で今もずっとバリキャリアで働いている私にはね、同級生の友達も他にいますけれども、彼女たちの働き方とか見たら、これはもう男性と全く同じなんでね、朝から晩まで社畜となって働くしかないじゃないですか。
今みたいなホワイト化になる前なんでね、どんな職種もどんな会社もみんなそうじてブラックだった時代だったんでね。たまの日曜日もゴルフ行ったりね、仕事の帰りは必ず職場のみんなと飲みに行ったりとかね。
そういうことで、そういうの1個でも断ったりすると、もう次から声がかからなくなるか、自分がいないところで自分の悪口言われたりとかしかねないんで、ありとあらゆる行事とかそういう場があれば全部出なきゃいけなかったし、そんなのね、プライバシーなんてないですよ。
だから、あの時代だから、男の人としてはそういう状況でもね、奥さんと結婚できて、奥さんが家のことを全部やってくれてるから、会社のそういうことに全部身を投じることができたでしょうけれども、女性はやっぱり難しいですよ。やっぱり独身だからこそできていたんだと思います。
もちろん一部の女性でしなやかに結婚もして、夫と子供がいてもバリキャリーで頑張ってやってた女性っていうのは一部ですけど、いたと思いますが、なかなか難しかっただろうなと思うんですよね。
だから、あの時代に私たちが子供を産まなかったことは、いやー勘弁してくれよと思うんですよね。私たちが自由だったかって言ったらとんでもないですよ。またね、私たちの世代は男性たちもみんなそうしてこのバブルが崩壊して就職ができなかったんですよね。
会社っていうのはだからもうその時雇用している、今現在いる社員たちを守るために新規採用を絞ってたっていう時代なんですよね。なのでね、男性もあの正社員になれてない世代だったんですよね。
だから女の人もこの当時は契約社員とか派遣社員とかそういったものが出始めて、だから正社員みたいにある程度安定した状態で雇用されている人がすごく少なかったんですね。
ただね、皮肉なことでね、こうやってすごい不景気でね、デフレで、就職もそんなちゃんとした就職ができないっていう時代だったんですが、これと並行してね、逆にもしかしたらこういう時代だったからこそかもしれないんですけれども、サブカルっていうね、サブカルチャーですよね。
これがね、すごく流行するんですよね。で、これによってね、オタク文化であったりとか、そういうサブカルチャーってつまりカルチャー文化で、普通の主流とする文化っていうのは文学とか芸術とかね、そういったことではなくて、もっとその大衆的なそれほど芸術とかほど評価されないけれども、やはり文化の末端にあるようなものと思われてたもんですよ。
これはこれで私は十分な芸術だともちろん思うんですけれども、まあでもオタクの人が好むようなもの、例えばアイドルであったりとかね、あとそういうアニメとかね、そういった漫画とか、こういったものがね、すごく人気が出るんですよ。
家事と育児の責任
こういったね、だから要するに独身でいる人たちが楽しめる文化がすごく主流になってくるんですよね。これによってね、だから家庭に家族を持たなくても結構一人で楽しく生きていけるっていうようなね、なんていうかな、ライフスタイルが形成されていったんですよ。
むしろ自分でまあ大して給料を稼げないわけですね。どっちにしてもね、パートでアルバイトとかその契約社員とかね、そういう形でしか働けてないんで、そのでも幾泊間の給料を自分のためだけに使えれば、しかも親元にずっとね、住めるんでね、大抵の人はね。
親元で暮らしてるんで、大して生活費にお金も取られないし、なおかつそういう趣味のサブカルとかがあると、自分の少ないお金をね、自分の好きなことだけ使えたらハッピーっていうのでね、なんとなくこれで気が紛れて、ずっとその後ね、独身で生き続けている人をね、大量に生み出している世代でもあったんですね、私たちの世代っていうのはね。
で、今もその人たちはずっと今も独身でいると思うんですけども、でもこれがね、まあでも、だからすごくその結局この人たちは結婚しなくて子供を作らなかったせいだっておっしゃいますがっていうね、上の人たちはね、おっしゃいますが、いや、そうしぶけられたからしょうがないじゃんっていうふうに思うんですよね。
私たち世代に、この時その結婚をして子供も作って、なおかつキャリアも追い求めるほど恵まれた環境にはいなかったんですがって言いたいんですよね。もちろん同じ世代に恵まれた人いっぱいいますよ。私の同級生にもいますよ。
大手企業で働く旦那様と、年収は旦那ほどではないけれども旦那の半分ぐらいですけども、それでもね、ちゃんとした正社員として大手企業で働き続けている女性とかいます。で、子供も2人いて、で、おじいちゃんおばあちゃんの援助を受けてね、だからちゃんと夫婦とも働きだけれどもちゃんと子供も育ててちゃんとやってるっていうね、まあまあなパワーカップルみたいな同級生もすごい少ないですけどいますよ。
でもこれはめっちゃ運がいいし、彼らの学歴が良かったりとか就職できた会社が良かったりとかしたおかげでね、あとその協力的な親がいるとか、そういったことで実現できているんであって、こんなに恵まれた人っていうのは正直この世代ではまあ少なかったですよ。
それは私たちの個人的な努力が足りなかったからだって言われてもね、いや無理だろって。だってまず正社員で働けなかったし、大して給料も良くなかったし、なおかつ独身でいるしかなかった人が大量に出た世代なんでね。
その人たちがでも、そんな人たちが幸せになる権利がないかって言ったらそんなことなくて、この時代にいっぱい出てきたサブカルとかで適当に気が紛れてね、孤独を紛らわす術がいっぱいあってね、楽しく過ごすことができて、そこの中に埋没してしまった人たちのことを全員を、あんたたち全員落語者だって言われてもね、落語者かもしれないですけど、これはやはり時代が生み出した落語者だと思うんで、
一人一人にやはり時代を先読みする能力がなかったって責めるのは岡戸時代違いだと私は思うんですよね。
今ね、歌詞のテーマで話してたんで、もう一回戻しますと、この1580年だけのね、そこに絞って話をしてるんですが、女性たちね、あり余るエネルギーをね、持て余してるような女性たちを結局狭い家族のね、各家族の中にね、押し込めたっていうことの弊害が全ての主な原因のね、一番大きな理由だったんじゃないかっていうか、
やはり総括できるのかなって自分で喋りながら思ってたんですよね。だからごく一部の女性を除いて、大半の女性たちはやはり結婚したら専業主婦になって、企業戦士としてフルで働かなきゃいけない夫を支える。
そして子どもたちを育てて、ちゃんと教育するのは全てお母さんの役割だっていうことをね、国策としてやったも同然ですよね。だからもう女性たちの選択肢をもう鼻からぐっと絞ってですね、家庭に押し込めた結果、もちろんね、この専業主婦でいることがとても向いていて、それに幸せを感じる女性ももちろんいますよ。
このライフスタイルを否定しているわけじゃなくて、ただそうじゃない女性もおそらくいっぱいいたはずなんですよね。もっと私だってできたはずだっていう思いがね、どっかに残っている女性たちがいっぱいいたし、この世代っていうのはもうみんなそうじてすごい学歴主義で、
もうすごい国立大学ね、特に国立大学出てちゃんといい会社に就くんだとかね、国家公務員になるんだとか、医者になるんだとか、弁護士になるんだっていう、もう強烈なエリート主義みたいなものをね、信奉している人がすごく多かった世代なんでね。
だから、この有り余るエネルギーを持て余している母親が、ガーッと子供にね、めっちゃ自分のね、勢力のすべてを傾けて、もう何にも、だからもう家事もやらせないし、何にもさせないで、ひたすら勉強に専念させるようなことをして、だから生活能力ない人いっぱい、男女をともにいっぱい作って、
ただね、そうやってね、めっちゃ母親がね、主婦が何でもやってくれたっていうね、幼少期の母親に対する記憶みたいなものは強烈に植え込まれているわけですね。私たちみんながね。
だから、男性はね、それは当たり前だと思って享受していたと思いますけども、女性はね、今度自分が家庭を持ったりとかね、子供ができたりすると、自分の母親がやってくれたぐらいのことはしなきゃいけないと思い込んでいたっていうね、私の今回のこの配信でコメントくださっている人の中にも何人かそういうコメントをくださっている人がいらっしゃいました。
すごいわかります。だからね、もう母親がやってくれたことは自分もやらなきゃいけない。だけども、母親がお母さんやってた時代と今の世代の人たちがお母さんやってる世代とは全然置かれている状況も環境も違うんだっていうことをまず忘れてしまってるんですよね。
前の私たちのお母さんの世代が暇だったとは言いませんが、専業だったわけですよ。専業で妻業と母業をやってた世代が、もう隅々まで家のことやってくれてたことを今の40代以下の人たちっていうのはもう仕事もしながらやってるわけでしょ。
それはやっぱり自分の母親たちの世代がやってくれたようなことができないからって苦しんでる人いっぱいいますけど、それは無理ですよ。
それと今喋っててもう一つ思い出したのが、私は早くに両親が離婚してるのでシングルマザーとジジババに育てられたんですが、多くの私のまだ世代は離婚してるうちの子供っていうのはほとんどいないんですよね。
家庭環境の影響
今もって自分の両親が離婚している友達っていうのはあんまりいませんが、実は今になってわかることが、私はだから自分自身の老いたちには何の何かコンプレックスもなく、幸いみんなが父親はいないけれども他の母と祖父母に大事に育てられたんでね、その父親がいないっていうことを意識して育ったことはないんですが、
ただやはりねサラリーマンのお父さんと専業主婦のお母さんがいる家庭っていうのは全然自分ちと違うっていうことの何か違うなっていう違和感みたいなものは常に子供の頃から抱いていたんですよね。
だからこれをコンプレックスと言えなくもないんですけれど、ただ今になってねやっぱり同級生だった友達だって話してると、両親の仲が悪いうちがほとんどなんですよね。
だからこれはね結局やはりねもうずっと家庭を帰り見なかったというよりは帰り見ることができないぐらい働かされてきた父親の世代と、そしてもう一手に家族の面倒だけを見てきた母親とで話が合うわけないですよね。
だからね夫婦関係が冷え切っている両親を見てる子が非常に多いんですよ。夫婦仲がいいっていう友達はね実は非常に少ないですね聞いてるとね。
外で父親はおそらく婚外恋愛もしていた時期もあるでしょうし、あと風俗に通って性的処理をしたりね。一方の母親っていうのはもうあり余る自分のエネルギーを子供に傾けるしかないっていうような状況でやっているので、それは夫婦関係がうまくいくはずもないですよね。
そうした両親を見て育っているので、私の世代が結婚しない人がすごく多かったのはこれも原因かなと思っています。だから先ほど言ったように結婚するとキャリアが事実上両立しにくかったんで、私たちの世代っていうのは結婚を選べば専業主婦、結婚を選ばなかった場合はキャリアウーマンになるみたいなね。
そのどっちかっていうことが多いっていうこともある一方でね、男も女も結婚してない人がすごく多いのは、自分の親を見て、とてもね、これが幸せな結婚だというふうに思えなかったと。
いずれね、自分も結婚して父親になったり母親になったりしていくっていうね、未来の姿っていうのを思い描けない人がすごく多かったんだと思うんですよ。もう私の自分の世代のことなんですごくよくわかるんですけれど、私たち特に日本ではそんな特にウーマンズリブみたいな女性の平等とか権利とか、また男性もね、
独身主義を貫く何かその社会的背景っていうのは特になかったんですね。独身を奨励するようなことが別にあったわけでもない。だからあったことっていうのはただただ非常なデフレで、就職氷河期で、経済的に恵まれなかったっていうことと、
あとそのサブカルがとても盛んになったことによって一人でやり過ごせる娯楽が増えたということと、あとは自分の両親の結婚生活が全然いいように見えなかったと、この3つの条件があるんですよね。3つの状況があって、おそらく結婚を選ばなかった人がたくさん出たんじゃないかなと思うんですよね。
これはね、だから全然ね、なんかこの、能動的に選んだというふうに言えます?これ。私はね、そうじゃないと思いますよ。消去法で選んでいった結果、独身を選んだという人がね、圧倒的に多いんじゃないかと思うんですよね。
自分、結婚してね、こんな口うるさい奥さんができるとか、全く家を帰り見ない夫がいるとか、そんな状況で子供を持って、しかも経済的には昔みたいに右肩上がりで仕事していれば年功序列で給料が上がっていくっていう時代じゃなくて、いつ首を切られるかわからない働き方をしているね、我々が。
いやー、そんなしんどい思いまでしてね、結婚したりね、子供を持つのは無理だなっていうか、経済的な理由で結婚を選ばなかったっていうふうによくテレビでは言われてますよ。でもね、それだけじゃないと思います。それだけじゃなくてね、自分の両親見ててね、とてもそこに幸せがあるとは思えなかったっていうのもね、一つの答えだと思うんですよね。
世代間の変化
また皮肉なのが、我々の世代の次の、私にとっての岡田社長の世代ですね。彼らも私たちの世代以上の空前の就職難の世代、超氷河期世代なんですが、彼らは逆に結婚してる人すごい多いんですよね。
独身率低いんじゃないでしょうかね。これはこれでね、我々の世代見て、独身の人とかがね、ちょっと惨めに見えてたりとかしたんじゃないですかね。あの先輩なんかずっと独身でいて、なんかかわいそうみたいなね。
だから大抵ね、振り戻しなんですよね。こういう世代ってね。前の世代がみんなめっちゃ結婚してたら、次の世代は独身の人が増えたりね。今度独身の人が多いと、今度の次の世代はまた結婚した方がいいって思ったりとかね。
そういうふうに、やはりね、両極端に行くとね、両極端になるっていうのがあって、私たちの世代が独身をたくさん生んだんですが、逆に次の世代の人たちは比較的みんな結婚を選ぶなって。同じようにね、経済的に良くない状況であっても、逆に今は女性も働けるんで。
2馬力で、私たちの世代であったら夫が一人で稼いでた分を夫婦で2馬力で稼ぐっていう方針でね、家庭を作って子供を作るという人も増えてきてるんでね。
だからこういう感じで、強い意志が働くというよりはね、やはりなんとなくね、自分たちの周囲、前後左右見ながらね、その中で限られた選択肢の中からどうやって生きていこうっていうのをね、なんとなくみんな考えて生きてるもんなんじゃないかなというふうに思った次第です。
なので、多くの人がね、自分はやはりうまくできてないなとね、妻として母としてとかね、夫として父親としてうまくできてないなって、生きづらさを感じてる人っていうのはもちろんいっぱいいると思うんですけれども、よく考えてみたらね、そんなにおのおのができることは限られているし、自分がよくよく考えてやってるように見えても、実際はその時代の空気とか
社会的な背景の中でしかね、人間は結局、ものを見てないところがあるのでね、もし自分が生きづらいんだとすれば、それは自分がダメだからとか、自分が失敗してるからっていうことではなくて、やはり置かれている環境とか社会のせいであることが十分に考えられるんでね、別にだから環境のせいにしろっていうわけじゃないんですよ。
ただ、環境を見ずして自分を責めたりとか、自分が選択を間違ったんじゃないかと思う前に、もうちょっと世の中を広く見て、少なくとも自分の母親がどうやってたかとか、自分のおばあちゃんの世代がどうだったかぐらいのことはね、ちょっと見渡してみたときに、あ、なるほどなというふうにね、ちょっと世界がね、もう少しだけ広く見えるんじゃないかなと思ったりしたということでね、
ちょっと一旦このシリーズは終わりにしようと思います。はい、それではごきげんよう。