2025-01-18 10:36

追悼 #297

デビッド・リンチ監督が、亡くなりました。

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お聞きの皆様、おはこんばんちは、現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
ここ最近ですね、スタイフボイシー界隈で、パリテキサスという映画が話題になってますね。
パリテキサス、とてもいい映画なんですけれども、ここで、はるき先生がロードムービーとおっしゃいました。
ロードムービーといえば、私がどうしても忘れられないというか、最も自分の生涯のベスト映画っていうのがあって、
これが、でもベスト映画だからといってですね、5本とか10本の範囲で収まらないんですよね。
たぶんね、私、生涯1好きな映画っていうのが、たぶん500本ぐらいあると思うんですけども、
それぐらいどれもコーツつけがたいぐらい好きな映画になります。
そのうちの、でも青春の一作、私のある意味ですね、一番多感な時期に、本当にね、なんて言うんですかね、
生き方を決めてくれたと言っても過言じゃない映画、これもロードムービーなんですよね。
これをご紹介したいと思います。
その映画のタイトルは、ダウン・バイ・ローと言います。
これはね、ジム・ジャムシュっていうね、アメリカ人のインディーズ映画監督出身の人なんですよね。
本当にね、今もコンスタントに、過作ながらもね、ちょこちょこといい映画を撮り続けている映画監督になります。
でもですね、やっぱり私は初期のね、パーマネント・バケーション、あとはストレンジャーさん・パラダイス、そしてダウン・バイ・ローとね、この初期の3本が特に好きですね。
最近だとですね、オンリー・ラバーズ・レフト・アライブっていうね、なんかそのまんま棒読みみたいな、もうちょっとなんか放題良いのつけられなかったのかなと思うんですけれど、
これはね、ヴァンパイアのカップルが、あのヴァンパイアっていうのはね、あの吸血鬼ですよね。絶対死なないんですよね、彼らね。
血を吸い続ける限りね。なのでずっとね、何世紀にもわたって恋愛関係にあるヴァンパイアのカップルの、ちょっとしたね、ちょっとコミカルなゴシック、なんだろうあれは、ゴシック・ロマンス・コメディ映画みたいなね、本当に独特の映画で、
これはね、私が大好きなティルダ・スウィントンっていう、まあ両性固有のようなあの俳優、女優。
トム・ヒドルストン、この人はですね、マーベルの、あのあれです、マイティ・ソウというね、雷神ですね、雷さんの、神様のアメコミヒーローなんですけれど、
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これの弟のロキをやったことでも有名な、大変美しい男優さんなんですよね。この2人が、あの吸血鬼のカップルを演じていて、まあ本当にね、面白いし、美しいし、クスッと笑えて、でもちょっと怖いみたいなね、本当に素晴らしい映画でした。
で、これ、でもこの絵、今見たら2013年ですね。ジム・ジャームッシュってね、本当に私、だから自分がちょうど憧れて、憧れてね、好きで、あのずっとね、この人の作品はいつも楽しみに見てた人なんですけれど、そうか、ジム・ジャームッシュ71歳ですね。
そういえばですね、そういえばというか、本当はね、この話題を一番に持ってきた方が良かったのかもしれないんですけれど、デビット・リンチ監督が亡くなりましたね。で、私はね、デビット・リンチ監督に関しては、あまり正直ね、得意じゃないんですよ。
あの、デビット・リンチの世界観とか、映画とかっていうのはね、すごい苦手意識があって、意外だと思うんですけれどね、最初に見たのが、イレーザーヘッドですね。イレーザーヘッドってのは消しゴム頭っていうね、意味なんですけれど、この映画がね、本当に謎すぎてですね、全く理解できなかったんですけれど、
その当時、私の付き合っていた彼がですね、多分世界で一番好きな映画監督がデビット・リンチだったんじゃないでしょうかね。だからね、感覚が合う人にはね、ピタッてハマるっていうね、これはデビット・リンチ本人がインタビューで語っているのを読んだことがあります。
最初にこのイレーザーヘッドをね、満を持して、自主制作して作ったわけですよね。で、劇場で公開したら、本当に真腹にしか人が入ってなかったらしいんですよね。
で、それでもまた翌日も様子を見に、また劇場に見に行ったら、またしても、もう本当に2,3人とかね、多くて5人ぐらいしか入ってなかったらしいんですよ。
でもなんだよっていうね、もう大失敗じゃねえかっていうことで落胆してたんですけれども、3日目も4日目も一応見に行くと、毎回ね、劇場には何百人も入れる劇場に、もう片手で数えるぐらいしか人が入ってないということで落胆してたんですけれども、
おやおやと思ってね、よく見てみると、その来ている3,4人とかね、4,5人の観客がね、毎回同じ人だったって言うんですよね。これを見てね、あ、いけるかもしれないと思ったそうなんですよね。
つまりね、ピタッとね、このデビッド・リンチの世界観にハマる人は何回でも見に行っちゃうと、魔薬のようにね、取り憑かれて好きになっちゃうというね、そういう作風だっていうことをね、自分でね、あのまあ感じたんですよね。
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だからもうここでよっしゃ、俺は映画監督になるで、みたいなんで、そのままもう独特のね、独自の路線で映画を作り続けたというね、まあ偉大な偉大な映画監督だと思います。
あの青春の、なんていうのかな、大きな映画監督の一人として、やはりね、この人もいるなとは思うんですよね。もうその当時付き合ってた彼氏に引っ張られて、もうリンチ作品が公開される度に見ましたし、
あのあれですよ、一番流行ったツインピークスね、あれもちょうど私が青春期にテレビドラマでみんな見てたんですよね。アメリカの大学生ってね、ああいう世界観がわかる人ってそんなにいないと思い込んでたんですけれど、意外にねファンは多くて、みんなね、これがあの
ツインピークスが放映される時間がね、誰もどこにも出かけず部屋で見ていたと記憶しています。そんなデビット・リンチですけれど、78歳だったんですね。
ちょうどだから段階世代ですよね、日本で言うとね。でも本当に寂しいんですけれど、なんていうのかあまりにもね、見事な一生で、なんかこんなにね、いい人生を送った人も珍しいんじゃないでしょうか。
まずですね、この人はだからもうそういういわゆる商業映画のハリウッドの映画制作とは完全に一線を隠して、自分の撮りたいように好きなように映画を制作し続けてですね、お抱えのね、自分の好きなスタッフメンバーがいて、俳優がいて、自分が起用した多くの女優さんとは恋愛関係で、別れた後もずっといい関係で、
彼がピンチになると女優たちがみんな集まってきて、彼を応援したりとかするっていうようなね、そういう多分とても魅力的な人だったんでしょうね。映画監督として才能があっただけじゃなくてですね、人としても魅力があったんだろうなと思いますね。
最後にですね、このデビット・リンチを私は見れたのが、フェイブルマンズっていうね、スティーブン・スピルバーグの自伝的な映画が2、3年前にありました。これは子供時代のスピルバーグがどうして映画監督になったかというね、あの映画でこれもね、本当にいい映画だったんですよね。
ここで若き子供のスピルバーグに将来のね、映画の大きなヒントをくれるジョン・フォード監督ね、実在の映画監督なんですけれど、このジョン・フォード監督の役にデビット・リンチを起用したんですよね。
ここはね、本当にわずか数分間のシーンなんですけれど、私号泣しましたね。今はね、改めて考えるとスピルバーグとデビット・リンチって同い年なんですよ。
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全くタイプが違うね。片谷ハリウッドで大作を撮る、大監督になったスピルバーグとどこまでも我が道を行く、自分のやりたいように、自分の撮りたいものだけを撮り続けたデビット・リンチ監督っていうね、どちらも偉大な監督で、でもねスピルバーグは本当にリンチのことを尊敬してたんだなぁと思うとね、胸が震えましたね。
フェーブルマンですね。これもいい映画でした。はい、なのでね、デビット・リンチね、ちょっとこの機会にね、また色々見てみようと思います。
なんかロードムービーとも、当初のジムジャム州ダウンバイローとも関係なくて、最後デビット・リンチの話になっちゃいました。すいません。
なんかでもいろいろ考えさせられる昨日、今日でしたね。半身大震災から30年、あとはね、こういう私が青春時代にずっと、ずっといて当たり前だった人がまた一人消えていったなという寂しさ、なんかいろんなちょっとことを思いながらね、今日はこれで終わろうと思います。ごきげんよう。
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