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スピーカー 1
よっちゃんもね 心配していただいたようでありがとうございます
これって人に言ってるようで自分に向かって言ってるんじゃないかなと思いました
これも多分同じようなことですよね 自分に何でもかんでもっていうか
例えばファーストフードとか甘いものを割と普通に与えてるような人がいたとして 僕にそういうのも買ってあげなよって言ってるわけですから
それを自分に言うって言うと ちょっとよく分からない話になっちゃうんだけども
スピーカー 2
正当化ってことかな 自分を正当化
スピーカー 1
結局そういうことだと思う なんていうか内容云々じゃなくて
自分自身が自分の子育てとか教育方針とかに満足ができていないというか 確固たる自信がない 不安があったりとか迷っていたりとか
いいのかなこれとか自分は妥協してるんじゃないかとかって思ってしまっているからこそ それを正当化っていうか
自分は間違っていないんだっていうことを 人を間違っているっていうふうにいうことで感じたくなってしまってるっていうこと
スピーカー 2
なるほどね
スピーカー 1
なんじゃないかなって思いましたね
まあでも別に僕はこうやって僕が言ってたことに賛同してくださる方がいるのはもちろん嬉しいんですけど
でも冷静に意見だったら別に逆の意見でも全然いいんです
スピーカー 2
でも僕はそのことで責められたくない
スピーカー 1
娘のことを思って僕らはやってることだから
そうだから全然別の意見あったらまた引き続きいただけたらそれはそれで嬉しいですね
ただその意見に対して僕も違うなって思えば
いやでもこれこれこうじゃないですかっていうふうに多分言うと思うしね
でももちろんその上でそういう考え方も確かにありますねともなるだろうしね
結構コメントで今回多かったのが
僕が反論のコメントするじゃないですか
そうするとこの人は全く人の意見を聞き入れないから何言っても無駄だねみたいなコメント結構聞いてたんですよ
だけどそれは自分の方針と違うことをよっちゃん言ったみたいにそれをかざして正そうとしてきたら
いや僕はそう思わないしそこはそうじゃないんじゃないですかって反論するに決まってるのに
それをもってして聞き入れないって言われても全然話がかみ合わないっていうか当たり前ですよね
まあだから無機になってしまったからそう見えてたのかもしれないですけど
投げ捨てるようにこの人ダメだわみたいな感じのコメントが多くてそれはそれで残念でしたね
ああそういうふうに思ってるんですねちょっと僕とは考え方全然違いますわだったらまだいいんだけど
でね昨日これ配信してから僕ほら編集するのに一通りまた聞いたんですけど
なんか言いたかったことを1個だけ言えなかったなと思って改めて思ってたんですけど
これはいつも思ってることなんですけど結局こうやって人と結果的に対立してしまったりとか
まあそれはの人としてということじゃなくて意見がね対立してしまったりとか趣味思考が合わないとかそういうことも全部ひっくりめてるんですけど
それがどうであっても昨日は相手の立場に立ってって言ったけども
それ以上にその慈悲の心というか相手のことを思いやる気持ちは常に忘れたくないなっていうふうに思いましたね
要するに忘れてたっていう話なんですけど
僕がその慈悲の心をしっかりと持っていた上でコメントの返信とか反論とかしていたとしたら
なんかどういう伝え方とか言い方とかいうことがあったと思いますか
スピーカー 2
伝え方?
スピーカー 1
伝え方でもいいしどういう気持ちで対応したらよかったんじゃないかとかっていうのも含めて
まずは相手の主張を一旦受け取る受け入れるって言うんですか
スピーカー 2
それは自分の心の気持ちの問題ってこと?
自分の気持ちでは受け入れられなかったとしても言葉では一旦受け入れるような言葉をまず置く
スピーカー 1
それはちょっと言葉悪いかもしれないけどそういうポーズを一旦取るってこと?見せるってこと?
スピーカー 2
で、その上で何か誤解をされてるようなのであれば
スピーカー 1
その誤解をまず解くような形で本当はこういうふうに伝えたかったんですよっていうことを伝えてあげる
スピーカー 2
それでも相手がその言葉を受け取らないのであれば残念だなって思う
スピーカー 1
そうねそんな感じかな
まあそのポーズを取るっていうのは僕すごくすごく苦手なんですよね
自分がそう思えていないことをそのポーズを取るっていうのはもう本音でも何でもないけども相手の気持ちを考えてポーズを取るってことじゃないですか
相手の気持ちを考えてあげたいけど僕変なところでバカ正直みたいなところがあるから
そこを思ってもないこと言いたくないみたいな気持ちが働いて昔からそうなんですけど働いてしまうんですよね
まあでもそれが必要それは必要だよっていうことですかね
スピーカー 2
なんか多分直接相対していたら顔と顔を合わせていてそういう他人同士だったらそんなふうにぶつかることはないんだろうと思うけど
他人同士だったら
だから顔と顔を合わせた場合の他人同士だとそこまで言えないでしょ面と向かっては言えないでしょ
スピーカー 1
まあ普通の人は言えないね僕どっちかって言えちゃう
スピーカー 2
そうですね多少遠慮しながら言ったりとかすると思うんだけど
面と向かっていないからそういうふうになっちゃうんだと思うんですよね
言おうと思ったことがわかんなくなっちゃった
スピーカー 1
じゃあもう一回俺のターンに戻しちゃうね
でポーズを取ってその後に何て言ったっけまゆかさん
スピーカー 2
相手が誤解しているようであれば
スピーカー 1
ああそういうことかそのパターンも結構あってまあ細かいことはいろいろと僕も問題があるんだと思うんだけども
いやでもですね実際僕は何でもかんでも買い当たり買わないって頭ごなしにしてるわけじゃなくて
あんまりこれは買ってあげたくないな
子供にとってよくないなって思ってもその状況によっては
例えばさわかりやすいところで言うとなんか頑張ったから
ご褒美じゃあ今日はもう買ってあげようみたいな感じのこともするし
みたいなことを言ったら全部そのさっきのこいつは何聞く耳を持たないからダメだというようなその類のコメントの場合は
何言ってもでもいやしかしって全部言うもんねこいつはみたいな感じになっちゃうわけ
だからなんか発砲塞がりじゃないけどさ
なんか要するにその人は結局あれかなその人たちはもう僕がひれ伏さないと納得がいかないんじゃないですか
そのとおりだと思いますすいません気をつけますって言わないともうダメなんじゃない
結局自分の意見が聞き入れられなかったらダメってことでしょって
何言ってもダメだとかでもですねでもとかしかしとかいらないからみたいな結構ね多かったのはなるほどですね
そういう考えもありますね
参考にしますでも僕はこう考えてるのでみたいなことは多かったんですよ
でもそのでもはいらねえって言われるわけですよ
僕は参考にしますでいいって言うんですよね
まあそれはまた一つの大人の対応かもしれないけど
でもそれってもうなんかまあいいのかそれで
まあきっとどっちにしてもそのデモのことを言っても僕も自分のエゴっていうか意見を主張したいっていう
そうね分かったそこだね結局まあ僕も自分の意見を主張したいっていうところが根底にあるから
ほんのわずかだけこの人がわかってくれたらこの人のためになるんじゃないかっていう気持ちもあるんだけども
もうそれ以上にわかんないだろうけどとかこれを他に見てる人から見た時に
僕の方がより説得力のあることを言っているって思われたいみたいなエゴみたいなね
そういうこともあるだろうから言う必要ないんですねやっぱりね
でもなんかその僕が今まりこさんに聞きたいっていうか意見を求めているのは
じゃあそれでもうそれ以上何も言わなかったとしても言ってもしょうがないからとか
それ以上エスカレートしても意味がないからとかね消極的な感じに見え感じがするんですよ
だけどそうではなくて慈悲の心を持った場合にどういう自然と思えることってどういうことなんだろうなっていう
スピーカー 2
なんかそういう慈悲の心を持って接するようなことができるのであれば多分そういう投稿はしてないと思うな
無理やりそういう心を持とうとしても多分もうその引き金を引いたのは自分だから無理なんだと思う
スピーカー 1
あのどうぞもう言いたいこと言ってもらっていいよ
思ってること
スピーカー 2
慈悲の心ってなんだと思います
スピーカー 1
どういうふうに思うことだと思います
上手に説明はできないんだけど
対象物があって存在してる言葉だと僕は思ってるんだけど
もう単純に一言で言えば
相手に対する愛をもって接するみたいな感じのイメージで捉えてるけど
ちゃんと慈悲っていうものが辞書に何て書いてあるかは僕は分かってないです
スピーカー 2
愛ってどういう愛ですか
スピーカー 1
いろんな愛があると思うんですけど
スピーカー 2
どういう例えば誰に対する気持ちと同じですか
慈悲の心
スピーカー 1
僕にとってってこと
誰にとってっていうか自分が大切に思うものとか
大切に思う人に対して思うような気持ちで接するのを
気持ちで接していることが慈悲の心で接していることと
ほぼ一緒かなって思ってるよ
で今言ってるのはそれを大切だって直接的にね知らない人とか
はたまた知ってても嫌いだって思う人とか
そうやって攻撃対立する立場になってしまった人たちに対しても持つべきだよね
っていうものがその慈悲の心なんだろうなって思ってるよ
ちょっと慈悲の心の説明とは今ちょっとそれだけど
イメージとしてはそういうふうな概念っていうかと思ってるけど
スピーカー 2
なんかそのコメントをくれた人で批判するようなコメントを見た時に
スピーカー 1
その人の背景とかどうしてこの人こういうふうな言い方するんだろうとか
スピーカー 2
その人の言葉以外で言葉以外のものを思う思いやって
こんなこと言わせてしまったな申し訳なかったなって思うのが
ここで言うと慈悲なのかなと思うんですよね
自分が悪かったなってこんなこと言わせてしまったなみたいな
申し訳なかったなっていう気持ちそういうなんか怒りじゃなくて
この人にこんな言葉を出させてしまったっていう
なんかそういう気持ちを
スピーカー 1
いい?ありがとう
それだから俺聞いてたの最初から
どういう慈悲の心を持ってたとしたらどういうふうに思えばよかったと思うって
最初から質問したんだよ
今言ってくれたことが俺が欲しかったっていうか
そうかって思ったしだったんだよ
だけどさっき無理じゃないもう慈悲の心がないんだから
最初からないんだからって言って
だから俺ちょっとグサッと来てしまった
スピーカー 2
だからそういう気持ちを持てるとしたら
最初からそういう書き方にならないと思うんですよ
スピーカー 1
それはさ人だからさ
その僕ですから
それはまりこさんでもそうだと思うし
だって僕はってまりこさんの言ったことに傷つくことってあるよ
そしたらみんなね慈悲の心ないのみたいな話になっちゃうじゃん
だから僕も反省したところあって最初から言ってるじゃん
良くなかったところもあったんだろうなって思うけど
でも投稿してしまいました批判の話が来ましたってなった時に
その向きになって自分のエゴで対抗してしまったのが
一番良くなかったかなって思うんですよ
そこは正せると思うんですよ
変えれると思うんですよ意識したいんだけど
ただSNSっていう手軽なね
半分遊び感覚っていうか楽しんでやってるもので
ついゆっかりそういうところを見落としてしまって
深く考えずにもちろん悪気なくしてたよ
どちらかというと良かれと思って書いたものがそうなってしまったことに
そこを責めてもしょうがないじゃんだって
その後だよね僕は慈悲の心を持ってすれば
だってその対応次第でそんなに荒らさなくても済んだわけじゃん
燃えなくても済んだわけでしょ
火の不始末っていうかその火種は作ってしまったかもしれないけど
それは多分言ったらだからよく言う感情は起こるものは仕方がない
だけどそれをどう扱うかが一番大事ですよって言うじゃない
それと同じでそういうふうにミスしてしまって
つい人を怒らせてしまうことがあったりとか
そういうことがあってもその後の対応
それが慈悲の心を持って接することができれば
誰もそんなに苦しめたりとか嫌な思いをしたりしないで済むんじゃないか
でもそれがどうしたらいいのかがあんまり分からなかったから
その慈悲の心を持って接するとしたらその時どうしたら良かったんだろうね
スピーカー 2
それを教えてほしいってさっき聞いたんですよ
スピーカー 1
そういうことね
まあだからもう話まとめますけど
この慈悲の心を持っていれば
まあこれ三味先生とかにもよく言われるんだけど
やっぱり相手の僕も持ってるんですよ普段は
でもやっぱりついつい忘れることも多いし
今も聞いたのは
まりこさんから分かってて引き出そうとしたわけじゃなくて
慈悲の心で接したらどうしたら良かったんだっけっていうのが
やっぱりまた分かんなくなったんですよ
だけどまあ改めて聞けば
普段からよく聞いてることだけども教えとしてね
相手の背景とかそれを引き出させてしまったっていうこと
それが自分にも原因があるっていうことを考えれる
まあそれが慈悲の心っていうことなんでしょうね