JAT GPTとの出会い
こんばんは、夏海すももです。
早いもので、2025年ももうすぐ終わりが近づいていますね。
私は今年からJAT GPTを使い始めまして、毎日便利に使わせてもらっているんですけど、
調べ物で使うこともありますし、割合的には自分の頭の思考の整理に使うことが多くて、
JAT GPTに何でもこうこう考えてるんだけど、どう思うとか、あと予約してほしいとか、
そういったことをお願いして使ったりしています。
そういうわけで、私が1年いろいろ考えてきたことがJAT GPTの中にメモリーされているのかなと思って、
試しに1年のまとめをですね、お願いをしてみたんですけど、
自分で1年を一生懸命振り返って書き出すよりも早く正確に整理をしてくれまして、
面白いなぁと思っております。
1年通して私の中でいろんなテーマはあったんですけども、
今日は人間関係で感じたことに絞って一つお話をしたいなと思います。
今年1年、私の人間関係を振り返ってみて、ものすごく忙しかったわけじゃないんですけども、
一言で言うと疲れたなぁというのが正直な感想でした。
何で疲れちゃったのかなって考えたんですけど、
人のサポートばっかりしていた1年だなと思いました。
相談ばっかりされてたわけではないですけど、相談が多かったんですけども、
相談以外にも人から怒りとか不安とか寂しさとかをぶつけられることが多くてですね。
相手はただ単に聞いて欲しかったんだと思うんですけど、
聞いてくれてありがとうで終わればいいんですけども、どんどんエスカレートしていくんですよね。
相談を受けた日終わって翌日以降にも定期的に私の方にDMが来たりだとか、
話しやすいというか頼られやすいというかちょっとよくわかんないんですけども、
感情のケアを引き受けてしまっていたのかなと思いました。
相談された時に相談してくる方っていうのはどうしたらいいと思うっていう聞き方をすることが多くて、
問題の解決方法を知りたくて聞いているのかなと思って、
一緒に考えたり相談してきてくれた方の気持ち、こういうことなんじゃないのかなっていうふうに精神的に考えたり、
ヘリを手伝ってみたり、あまりにもアドバイスするのは私は好きじゃないので、
寄り添う気持ちを持ちながらこうしてみたらどうかなっていうふうに解決になりそうなことを提案してみたり、
自分なりに相手のことを思って、相手のためを思って受け答えしていたつもりだったんですけども、
なんか問題を解決していたというよりかは、相談してくる方の気持ちの置き場になっちゃってたのかなと思いました。
ちょっと話が抽象的なので、具体的な例を1個挙げるんですけど、
今年1年、クマが人を襲うニュースがよく放送されてたじゃないですか。
クマって怖いよねーと、雑談のネタベースで話してきている分には、
そうだね怖いねーで終わればいいんですけども、クマは怖くて旅行に行けない、外出できないとか言ってくるんですね。
すごい怖いよねークマ、どうすればいいと思う?って私に聞いてくるんですよ。
私、別にクマに詳しいわけじゃないですし、正直知らんがなーと思ったんですけど。
その人も共感もしてほしくて話してるんでしょうけど、その人が持っている不安な気持ちまでこちらに共有をしようとしてきて、
解決策もこっちに聞いてくるんですよね。
これはね、具体例で言うとライトな方の例なんですけれど、他にももっと込み入った相談をされることが続いた1年でありまして。
自律的な方っていうのは、相談だとか会話をしてても私全然負担に感じないんですね。
その相談してくる方がある程度自分の考えを持った上で聞いてきたり、全く何にも知らないからちょっと教えてって言ってきたり。
こちらに全部考えることまでは丸投げしてこないので、負担には感じないんですけど。
依存傾向のある方々っていうのは、自分の不安に向き合うっていうこともしなくて、不安をどう処理するかまで含めてこちらに頼ってくる傾向にあるなと思います。
どうもそういう依存傾向のある人から頼られることの多かった1年だなと思いました。
それは私自身の受け答えだとか聞く姿勢もちょっと改善していく必要があるのかなという気づきを得ましてですね。
どうしても話の内容に共感をしやすい立ちであるのもあるんで、なんかこう無意識に相手の気持ちとか不安を背負ってしまったり、相手が話しててこの人つらいんだなということが伝わってきてしまうと、なんかこうケアをしてしまうところがあるんだなと思います。
依存的な方たちって解決策を提案したところで行動しないんですよね。
なんか多分解決してほしいんじゃなくて、なだめてもらったり励ましてもらったり、そういうことを求めて話してきてるんだなと。
言葉ではどうしたらいいと思うっていうふうに表現をするんですけど、その言葉の背景にはただただ聞いてほしいっていうだけなのかなと。
そういう方たちにあまり解決策を提案しても、分かったやってみるって言って結局やらずに、また数日後に同じような相談をしてくるっていうことが繰り返されたりしていて。
私自身の対応の仕方も、解決をしようとするんじゃなくて、相手の相談してきてる方が立ち直れるようにヒントになるようなことをお伝えする程度にとどめるだとか、
なんかもうちょっと聞く力っていうのを来年はつけていく必要があるかなと思いました。
まだちょっとあんまり言語化できてないんですけど、私自身が聞いていて疲れてしまうっていうことは改善する必要があるんだなと思います。
もちろん依存的な頼り方をしてきてしまうのは相手の方の課題だと思うんですけども、私自身が変われば相手が依存的な聞き方をしてきてもしんどくならないはずなので、
しんどいと私が感じてしまっているということは、それは私の課題なのかなと思いました。
ランニングの始まり
前回の放送で、ランニングを始めたという話をしたんですけども、
振り返ると、今年1年に限らずなんですけどね、人の感情とか不安のケアを引き受けがちなところがあって、自分のことが後回しになることが多いんですね。
なので、大きな目標っていうんですかね、自分の人生を編み直すことになるような大きな目標に向けて、ちょっと頑張ってみたいなって思ったのもあって、急にランニングを始めたというところもあります。
走っている間は誰の問題も引き受けていないですね。
あと20分走れるかなとか、ちょっと息が上がってきてつらいなとか、自分の体だとか頭の中から聞こえてくる声だけを聞いて走っているので、なんだかすごくすっきりするんですね、走っていると。
繰り返しますが、走るのは嫌いなんですけど、走り終わるとすっきりしている自分はいます。
過去2回ランニングは挫折していまして、靴だけ買って1回走って終わりとか、でもその時は走る目的が痩せたいとか、なんとなく健康になりたいっていうもやっとした思いから始めたんですけど。
今回、長崎県の後藤でフルマラソンを走り切るということを目標に掲げていて、後藤にまた行きたいということも一つ前回お話ししましたが、
このフルマラソンを走り切る練習をしている過程そのものが、私自身の人生を編み直している過程でもあるのかなと思っていて、
まだ初めて1週間ぐらいしか経っていませんけど、今のところ1日おきに走ることができております。
ちょっとうまく言葉にならないんですけど、来年は今年よりも人のサポートばっかりする時間は減らして、もうちょっと自分の人生に集中して過ごせたらなと思っております。
今日はここまでにします。夏美相桃でした。