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Epi. 043│怒りの底にあったのは愛だなんて
2026-07-01 30:23

Epi. 043│怒りの底にあったのは愛だなんて

sen
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母について考え行きついたことを話してみました。

頭の中だけで考えていたことを声に出して耳で聞くということは、ずっしりとした重量感があって、大きな荷物を一つ置くことができました。
これぞボイスジャーナリング。

  • ダブル台風で満身創痍
  • 内省で行きついた母に対する想い

引き続きガラガラ声 / 雨音混じりでお送りしております / 千早史上最も邪悪だった中2 / 常に喧嘩腰コミュニケーションだった小学生時代 / 母への怒りを分解してびっくり / だが許す気はない / 家族への執着 / 怒りすら湧かない父 / 中学卒業して実家出てから私の人生が始まった / 洗面台の鏡は直りました✌

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サマリー

このエピソードでは、パーソナリティのchihayaさんが、長引く体調不良と外出自粛期間中に内省を深め、母親に対する複雑な感情と向き合った経験を語っています。幼少期から両親に認められず、特に母親からの否定的な言動に傷つき、中学時代には激しい怒りや反抗的な態度をとっていた過去を振り返ります。母親の生育環境や、自身の感情をうまく消化できずに子供にぶつけてしまう姿を見てきた経験から、母親への怒りを抱えていましたが、内省の末、母親が幸せになってほしいと願う気持ちに気づき、自身が母親を愛していたことに衝撃を受けます。この気づきは、長年抱えていた怒りや家族への執着といった重荷を下ろし、精神的な解放感をもたらしたと語っています。父親に対する諦めとは異なり、母親との関係性にも変化が訪れることを予感し、今後の自分自身の変化に期待を寄せています。

体調不良と内省の始まり
淡い夜のふちどり。こんばんは、chihayaです。 この番組は、曖昧なままにしてきた私のふちどりをなぞって、自分を見つけていくボイスジャーナリングです。
こんばんもお付き合いください。 台風が来たじゃないですか。
ダブル台風。 多分その影響だと思うんですけど、
また、日中でさえも
外出がままならないぐらい、 喉の調子が悪化しましてですね。
1週間まるまる出社できずという、 週を過ごしました。
いやー、もう、いつになったら治るんですかね、ほんと。
またもね、 またもというか、
なんか前よりも、 ガラガラ声度が増していると思うんですけど、
でもそれでも私は喋りたいので、 この声のまま、
配信は残すんですけど。 そう、
12月の末に受けたカウンセリングで、 心理師の方から、次は母のことを考えてきてくださいと言われて、
嫌だなーっていう。
嫌だなーと思っていたら、
年明け早々、風邪をひいて、
で、その後、仕事忙しくって、
で、やっとちょっと、 ちょっと落ち着いたなって思ったら、
また風邪ひいて、 今に至るわけなんですけども、
母のこと嫌だな、考えたくないな、というのと、
体調と仕事の忙しさにかまけて、
もう、2026年は、半年を終わろうとしているんですけど。
で、最近、まともに外を出歩けていないので、
調子良い時には、ふっとちょっと出かけたりとかはしているんですけど、
まだね、人と会って、ご飯食べよう、みたいな、
体調には慣れていなくて。
で、私は思考をし続けているタイプなんですけど、
愛対する人に思考を巡らせるっていうところに、
リソースが裂かれるんですけど、
こうも誰とも会わずに、
ずっと家に引きこもっているような状態が続いているとですね、
仕事はしてるんですけど、
おのずと思考の行き先っていうのが、
自分自身になるんですね。
で、その一環で、
私が母に対してどういうことを感じて、
どういうことを考えてきたのかっていうのが、
だんだんだんだん形になってきて、
喉の調子が良くなったら、
カウンセリングに行って話そうと思っていたんですけど、
こうもね、3歩進んで2歩下がるみたいな、
一歩ずつは進んでいるなっていう状態だったのが、
5歩後ろに戻って停滞みたいな状態になっちゃって、
でもこうやって思い立ったこと、考えたことっていうのは、
私は吐き出さなければいけないタッチなので、
それじゃあここはね、一応自分を見つけていく、
ボイスジャーナリングと歌っている場所なので、
ここでちょっと一人なんですが、
母について話していこうかなと思います。
幼少期から中学時代の怒りと反抗
最近、母のことを考えると、
すごい思い出される光景があって、
あれは中2ぐらいかな?
私中学2年生の頃が、
一番人間として邪悪な時だったんですけど、
小学生の頃はまだ、
お前はダメだって言われて育ってきて、
小学生の頃はまだね、
私はダメなんだ、もっと頑張らないといけないんだって、
気投げに頑張って優等生やってたんですけど、
でも、いくら頑張っても、いくら結果を出しても、
私の両親は、私に否定の言葉しか投げかけてこなかったんですね。
小学生の頃の勉強ってね、
私にはそんなに難しいことは何もなくて、
それでもなんか、
クラスで100点取ったのが、
3人しかいませんでした。
その3人の中に私が入ってました、とか、
そういう瞬間はやっぱ嬉しいわけよ。
で、このテスト、
3人しか100点いないんだけど、
私も100点だったんだよって言っても、
そういうふうに自慢げに言うのやめたほうがいいよ、とか。
ひどいよね。
そういうこと言われるんだよね。
で、中学生になって、
もう中2になる頃にはもう、その、
なんで認めてくれないの?なんで褒めてくれないの?
なんで否定ばかりしてくるの?っていう、
この私の中のフラストレーションが、
すごい溜まりに溜まっていて、
なんかその当時、
仲良かった友達にも、
すごいひどい言葉をいっぱい言っていたし、
ひどい態度をとっていたし、
私は100点取っても褒められもしなければ、
なんかご褒美的なのもないんですよね。
で、なんか友達が、
こないだテストで90点以上取ったから、
何々買ってもらったんだ、みたいな話を聞くと、
なんていうんだろう、
なんかすごいドス黒い、
ドロドロした感情にすごい飲まれていって、
嫌味なことを言ったりさ、してたんですよ。
いやー、私小学6年生に上がる頃に、
今の実家があるところに引っ越して、
転校しているんですけど、
小学5年生まで住んでいたところっていうのが、
めちゃくちゃ口が悪い地域で、
なんて表現したらいいんだろうな、
常に喧嘩越しで喋ってるみたいな感じだったの。
例えば、ちょっと離れたところに、
これから一緒に遊びたいなっていう、
サキちゃんっていう女の子がいるとします。
で、そのサキちゃんを呼ぶときね、
え、サキ、お前今何やってるば、
さっそく来い、今からこれやるよみんなで、
みたいな感じで喋るような地域だったの。
これは別に、サキちゃんのことをバカにしてるとか、
下に見てるとかじゃなくて、
みんなに対してこういう喋り方をするみたいな感じだったの。
で、そういう地域で喧嘩をするときってどうなるかっていうと、
喋り方はもちろんさらに悪くなるんだけど、
いかに一言でその人にダメージを与えるかっていう、
その応酬になるので、
私は小学6年生になる頃には、
悪口のバリエーションがめちゃくちゃ多かったんですよね。
これ言ったら完全に私が悪者になるっていうラインからはちょっと外して、
その人が一番傷つくってあろうという言葉を狙って、
悪意を持って、その人を傷つけようと思って、
めちゃくちゃ言ってる時期が中学2年生だったんです。
で、そんな大荒れの時期にですね、
母親との関係性と怒りの根源
もちろん親とうまくコミュニケーション取れるはずもなく、
たぶん母は母なりにいろいろ考えて、
思春期の子供との向き合い方みたいな本を読んでたんですよ、
私の目の前で。
そういうのはさ、もうちょっと隠れて読めよって今でも思うんだけどさ、
その時はもうそれがめちゃくちゃ腹立って、
こいつは私の言うことをずっとまともに取り合ってこなくて、
私はこれが嫌だとか、これがしたい、あれがしたいっていうこと全部否定してきて、
私の話も聞かないのにこんなの読んでどうにかなると思ってんの、
意味わかんないみたいなこと言ったの。
その時、母は何も言わずに黙ってたんだけど、
次の日ぐらいに父に呼び出されて、
ちょっと怖いみたいな、
前母さんにあんなこと言ったんだってって言われて、
母さん泣いてたよ、そんなこと言うなよって怒られて、
もっとさらにイライラするみたいな。
その本を読んでる母の姿と、
それを見てすっごいイライラしたこととか、
その時何も言い返さなかったくせに父には愚痴って、
父に嫌だったっていうことを言わせたっていう、
この一連の記憶が何回も何回も出てくるんですよ。
その時に感じた怒りっていうのが、
今もすごく痛定してあるなって思っていて、
なんだろう、この怒りをちょっと言葉にしてみようと思って、
沖縄戦ですごい数の人が死んで、
その戦後の貧しい時期にとりあえず人を増やそうという意識で、
私の祖父母はすごいいっぱい子供を作って産んで、
いっぱいいる兄弟の末っ子が母だったんですよね。
貧しい中育ってきて進学するにも、
母の父、私の祖父にあたる人のお酒を飲んで、
機嫌がいい時を狙って、
どこどこに進学するお金を出してくださいってお願いをして、
やっと進学させてもらって、
家のこともやりたくないからやらないっていう選択肢は最初からなくて、
女は当たり前にやらなければいけない、
いろんなもう何でやってるのか意味もわからない用事を
やらなければいけないからやるっていう、
その一点だけで侮辱にずっとやり続けている人だったんです。
で、母はそれがすごく嫌で嫌でたまらなく見えたんです。
嫌々やってるように見えたんです。
でも嫌っていうことを許してもらえない環境にいたから、
自分でその嫌っていう感情すら受け止められていなくて、
でも心の奥底には、そういう嫌だなっていう気持ちがすごくあるから、
それをどうにか消化しよう、解消しようって思って、
吐き出す先っていうのが長女である私だったんですよね。
末っ子である母から見る長子っていうのは、
一番上のお兄さんお姉さんっていうのは、
何でも新しいものを買ってもらえて、
でも母はお下がりしかもらえない。
そういうこともよく言われてたんだよな。
お前は恵まれてる、恵まれすぎている。
もっと親に感謝するべきだ、みたいなことめっちゃ言われてたんだよな。
知らねえよって。
知らねえよ、お前らが私を一番先に産んだんだろうって思ってたんだけど、
そこも、そういう母がちゃんと自覚していない、
ぐちゃぐちゃになったものを、
全部私に投げつけてきているっていう感覚が、
私はそれが許せなかったんですよ。
そこを自分自身を見つめて、
自分がどうしたいかっていうのを考えて、
人に対するのはそっからだろう。
なんでそれをそのまま私に投げつけてくるんだよって思ってたんですよ。
筋がちげえだろう、みたいな感じ。
大人なのになんでそんなこともできないのって思ってたんだよな。
それをさ、つけ焼き場のごとく、どういう経緯で知ったのかわからないけど、
そういう育児本を読んで、
その本には向き合うべき、お前自身もいないし、私もいない。
なんでそんなことするの?っていう、そういう怒りだったんですよ。
母親への愛と執着の発見
一応言っとくけど、今は、
母は母で、私をはじめとする子供たちと向き合おうとして、
その本を手に取ったんだろうなって思うし、
その行動は、今は肯定的に思ってるんです。
頑張ってたんだなって。
で、母がそういうふうに私に接してきたのも、
母の生育環境を思うと、
まあそうなるよな、とも思うし、
だからといって、私が傷ついてきた事実っていうのは、
そんなことでは、帳消しにできないんですよ。
それで、ここからは、
この風邪をひいて咳喘息にかかって、
外に出られなかったこの3ヶ月の間に、
たどり着いたんだけど、
私は、母が自分自身を幸せにする方向に、
努力しない、ということにも怒りを感じていたんです。
嫌だと思うことがあるんだったら、
嫌だって言えよ。
自分の中にある感情とちゃんと向き合って、
自分自身をちゃんと愛してあげて、
大切にしてあげなよ。
それは、私に自分がされた嫌なことを形成することで、
癒されるものじゃないよ。
ちゃんと自分自身を大切にして自分を愛しなよ。
幸せになれよ。びっくりしたんです。
私は、母から受けた傷が深いから、
こんなに母のことが許せないんだってずっと思ってたんだけど、
そうじゃなくて、
それが幸せになってほしいとか、
自分自身を愛してほしいとか、
そういう感情にたどり着いたのが、
マジで超びっくりしてて、今。
あんなに傷つけられたのに、
こんなに嫌いなのに、
心から愛していて、
幸せになってほしい人の一人だったなんて、
思いもしなくて、
それがね、今、
すげームカつくんだよな。
でもそのムカつくって感情は、
今まで感じてきた、
ヌメーっとした、ドローっとした嫌な感じじゃなくて、
私って母のことを愛してたんだって、
気づいて、
すごいムカつく事実なんだけど、
気づいてからは、
そのムカつくって感情がすごいカラッとして、
自分の中に落ちてくるようになって、
私のことをよく知ってるお姉さんに、
昔ね、千早ちゃんは、
家族への執着がすごい強いよねって、
言われたことがあって、
私は家族に対しては、
憎しみしかないと思ってて、
なんなら、
もう諦めて、
いい距離感を取ってるもんだって思ってたの。
でもなんでこんなにイライラするんだろうなとか、
なんでこんな、
心乱されるんだろうなーって、
なんとなく思ってて、
で、執着するっていう言葉って、
愛からくるものじゃん?
嫌いな人に対しては執着するって、
言う言葉あんまり使わないし、
そもそも愛と憎しみっていうのは表裏一体なので、
憎しみを感じていた分、
愛があったということではあるんだけど、
家族が嫌いで、
妹だけは好きなんだけど、
だからもう深く関わらなくていい?
この距離感が一番ちょうどいいんだって。
そこに執着があるなんて、
意地も持ってなかったんですよ。
それ言われた時、
え?執着なんてしてないですよ、
どういうことですか?みたいな。
言ったら、
いやいやいやいや、
ジャージャンの家族に対する、
その感情は執着だよって、
言われたことを思い出して、
確かに執着だなって、
今になって思うんだけどね。
姉さんの言ったこと正しかったです。
なんかそれは、
なんだろうね、
なんかここに、
その結論に行き着いてから、
ちょっとだけ楽になった気がするんだ。
その事実がまたちょっとムカつくんだけど、
そのムカつくって感情さえも、
ちょっとカラッとしてて、
前よりも着実に前進したというか、
受け入れられるようになったっていう、
それがすごく衝撃的でした。
母には幸せになってほしいとかさ、
これから先、
絶対思わないだろうなって思ってたのに、
そう思える日が来て、
しかもそれを軽やかに受け止めてる私がいて、
すごい不思議な気分です。
実際、母が私に対して、
自分の中にあったフラストレーション、
ぶつけてきたとか、
その辺りは私の妄想なので、
実際のところどうかは分かんないんだけど、
そこはどうでもよかったなって、
どうでもいいところをすごくずっと、
見つめ続けてきたんだなって思いました。
変化と解放感、そして未来への展望
去年は慌ただしくて、
寄生できなかったんですけど、
今年は寄生するつもりでいて、
今のこの状態で、
母と会った時に、
私はどうなるんだろうって、
想像できないんだけど、
なんかちょっと楽しみですらあるんだよな。
怖い。
そこにたどり着いたのが怖い。
自分が怖い。
ちなみに父にも散々なこと言われてきて、
あいつも私は許してないんだけど、
でも父に対しては諦めがあるんだよね。
もう今さらどうでもいいっていうか、
私に変なこと言ってきたら、
それ職場の若い女の子に絶対言うなよ。
セクハラでクビになるぞって言って、
そんだけのこと言ってるからな。
気をつけろよみたいなことを言えるんですよ、父には。
もうムカつくけど、
どうしようもねえなこいつみたいな感じ。
母もそこに近いところに今いる気がしていて、
どうなるんだろうね。
楽になれるといいな。
びっくりだよ。
本当に私はびっくりしている、今。
なんか話したくないな、
嫌だなって思いながら撮り始めたんですけど、
今すごく爽快な気分です。
編集しながら、また最初からこの録音を聞き直すんですが、
最初と最後の落差がやばそう。
一つ大きな荷物をやっと下ろせた、そんな気分です。
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それでは、今晩もいい夢みてね。
30:23

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