はじめに:エジプト考古学の危機とキム・カーダシアン
いちです。おはようございます。今回のエピソードでは、エジプト考古学の危機とキム・カーダシアンという話題でお届けをします。
このポッドキャストは、僕が毎週メールでお送りしているニュースレターSteamニュースの音声版です。
Steamニュースでは、科学、技術、工学、アート、数学に関する話題をお届けしています。
SteamニュースはSteamボードの取り組みのご協力でお送りしています。
というわけでですね、今回のエピソードSteamニュース第283号から、エジプト考古学の危機とキム・カーダシアンについてお届けをしていきます。
世界を動かすのは思いがけない行動と、そしてSNSの力、キム・カーダシアンの投稿が遠いエジプトの遺産を取り戻す奇跡を生んだ実話についてご紹介していきたいと思います。
エジプト考古学の危機について、個人的な体験についても番組後半でご紹介したいと思います。
改めましてイチです。このエピソードは、2026年5月21日に収録しています。
今回のエピソードSteamニュース第283号から、Steamニュースというのは僕が毎週お送りしているニュースレター、メルマガと一緒なんですけれども、ニュースレターの第283号でお送りした内容に、少し音声コンテンツならではのバイブを乗せてお届けしようかなと思っています。
キム・カーダシアンと盗まれた棺の返還
メールでお送りしたのはちょうどゴールデンウィークの期間中だったんですが、僕の勤務する長崎大学ではゴールデンウィーク、完全なゴールデンウィークではなくて、中日と言いますかね、カレンダー通り平日は講義があって、その日はお休みではなくて、
学生さんにも申し訳ないけど大学に出てきてもらったという日だったんですが、その期間中にSteamニュースレター、メールマガジンの方もお送りをさせていただきました。
その中で少し過去の思い出話みたいなことも含めてご紹介させていただいたのが、エジプト報告枠の劇とキム・カーダシアンというタイトルで、これ何かというとキム・カーダシアンの彼女がというわけではないんでしょうが、
SNSユーザー全般に言えることなのかもしれないんですが、その自己承認欲求が結果としてエジプトの文化遺産の危機を救ったという話から、自己承認欲求というのも100%非難されるべきものではないという話を書かせていただきました。
早速本文の紹介をさせていただきたいと思います。
2021年、アメリカのファッション系ブログ、ザ・カットという記事にこんなニュースが掲載されたんです。
キム・カーダシアンが盗まれた棺のエジプト返還に貢献した。
最後にハテナマークがついています。
少しよくよく込めて読むと、キム・カーダシアンが盗まれた棺のエジプト返還に貢献したという感じですかね。
最後にハテナがついています。
記事はこんな風に続きます。
リアリティスターであるキム・カーダシアンが盗まれた古代エジプトの棺をエジプトに返還するきっかけを作った。
この棺は2011年の革命、アラブの春の混乱期にエジプトから盗まれ、その後アメリカのメトロ美術館、通称METに展示されていた。
カーダシアンさんが2018年にMET柄、これも祝賀祭ですかね。
メトロポリタン美術館のお祭りMET柄に出席した際、この棺が展示されているのを見て写真を撮り、SNSに投稿し話題になった。
その写真が専門家の目に留まり、エジプト側が調査を開始したことで棺が盗品であることが判明し、2019年にエジプトへ返還された。
というニュースだったんですが、これは事実です。
カーダシアンさん、キムカーダシアンがきっかけだったのかというと、これは若干疑問がつきます。
正直わからないです。イエスとも言えないし、ノーとも言えないです。
先ほどご紹介したザ・カットも見出しにハテナをつけていて、日本でいうとトスポとかインチキ臭い記事に、宇宙人を見たとかいう記事にハテナって目次につけるんですけれども、それと一緒と思ってもらっていいかなと思います。
ハテナをつけていて、ぼかして書かれてはいます。
ただし、この棺、メット、メトロポリタン美術館に収蔵されていたエジプトの棺が盗品であったこと、盗まれたものであったこと、そしてエジプトから不正に輸出されたこと、
そしてマンハッタン地方検事局によって、欧州ではないですね、返還しなさいというふうに指示されたことについては事実です。これはマンハッタン地方検事局のホームページに掲載されています。
なおかつ最終的にエジプトへ返還されたということも事実です。一時期、エジプトの市民文明博物館、シビライゼーションミュージアムに展示をされていたそうです。現在は博物館の貯蔵庫の方で調査されていると思うんですが、一時期展示もされていました。
この一件はセレブですね、キムカダシアンというセレブの影響力が文化財返還という意外な形で発揮された事例として注目されています。
また、美術館などが収集した美術品の由来、取得経路について、より慎重に検討する必要性を示された出来事です。
美術館というのはね、オークションとかで作品を入手することも多いんですが、元の持ち主は合法的にそれを処置しましたかとか、政府が輸出を禁止しているものについて輸出されたものではないですかということをね、美術館も確認しないといけないということです。
2011年エジプト革命と考古学遺産の危機
日本の浮世絵が海外でよく見られるというのは仕方ない事情があるんです。明治政府が浮世絵の価値をあまり理解せずに、当時は外貨が必要だったという事情もあるでしょうし、浮世絵なんていくらでもあるわと思ったところもあると思うんです。
かなりの作品が海外へ流出していきました。中には日本の輸出品のパッケージング、墨紙として使われたという説もあって、今の新聞紙みたいなものですかね、梱包材として使われたということもあって、海外に多く流出したということも言われています。
それでも地球上のどこかにあれば我々は見ることもできるし、燃やされたとか破壊されたとかでないのであれば、日本のものが日本になくてもいいのかなと僕個人は思っています。
この2011年、このエジプト国学の危機というのがあったんですが、そこに関して少し思い出話も交えてご紹介をしたいなと思います。
2011年というとね、日本で言うと3月に東日本大震災があった年ではあるんですが、2011年1月にエジプト革命というものが始まっています。
このエジプト革命、エジプト国学にもそして僕たちエジプト調査隊にも大きな影響を残しました。
革命の中心地というのがカイロのタハリール広場だったんですが、目の前にカイロ博物館というエジプト国学博物館があるんですね。
革命に乗じても大混乱でしたから、博物館からお宝を盗もうとした泥棒もいたようです。
それはツタンカーメンのマスクが収められている博物館なんですよ。
ツタンカーメンのマスクですよ。もうエジプトの観光収入の大半がそのツタンカーメンのマスクが生み出していると言われている黄金のマスクです。
黄金の価値だけでも高いんだけれども、美術品としてでも、歴史的価値としてでもめちゃくちゃ高いわけです。
おそらく他のファラオたちもマスクを作らせていて、それはもう素晴らしいものだと思うんですが、
お墓の規模としては小さい方だそうです。なので手つかずに残っていたということで、かの有名なマスクも残っていたということになるんですが、
本当残ってたことだけでも奇跡ですよね。他にもっと豪華なマスクがあったかもしれないですね。
それでも残っていたというのが奇跡で、それを狙った泥棒もたくさんいたわけです。もちろんツタンカーメンのマスクだけじゃなくて、
エジプトの財宝、国宝と言ってもいいでしょうし、人類の司法と言ってもいいと思うんですが、
それらが博物館一箇所に収められていたので、それを狙った泥棒が何人かいたということですね。鍛冶場泥棒というんですかね。
他にピラミッド周辺、エジプトにはピラミッドがたくさんあるんですけれども、
その周辺、まだまだお宝が眠っているんじゃないかということで、一般市民が勝手に掘り返して穴を掘ったということもいくつも報告されています。
僕自身も掘られた跡を見に行ったことが何度もあります。
グレイブデンジャー・キャンペーンと支援活動
僕たちは、エジプト調査隊ですね。
僕たちはネット上でキャンペーンを実施しました。
グレイブデンジャーというキャンペーンを実施しました。
英語なのは主にアメリカ、ヨーロッパの人に関心を持ってもらいたくて、
グレイブデンジャーという英語の漢用句で、絶望的な危機という意味なんですが、
単語で言うとグレイブというのはお墓で、デンジャーズの危険で、お墓が危険にさらされているという意味も込めて、
グレイブデンジャーというキャンペーンを実施させていただきました。
中では、カイロの博物館から盗まれた遺物の情報であるとか、見つかった場合は見つかったよという連絡を入れさせてもらったりとか、
あと寄付を呼びかける、Tweet and Treatという、当時まだXじゃなくてツイッターだったので、
ツイートしたら寄付になるよというキャンペーンをさせていただきました。
僕が1000ドルを用意して、1回リツイートすると1ドル寄付したことになるというキャンペーンで、
1000人集まれば1000ドル寄付するというキャンペーンを実施させていただきました。
その後、マイクロソフトが最初から1000ドル寄付しろと炎上したのを見たんですけれども、
僕たちは小さな団体だったので、そこは炎上せずに最終的に1000ドルを寄付させていただきました。
今と違って当時の1000ドルは結構大きな額でしたからね。
日本円にすると20万ドルとかですかね。
かつ日本製のカメラがそんなに高くなかったんですよ。
今だと本当に円安の影響があるんでしょうけれども、
100万ドルまでいかなくても80万ドルとかする時代なんですが、
当時20万ドル出すとニコンのいいカメラを買えたんですよ。
ということで、ニコンのいいカメラ、一眼レフを買わせていただいて、
エジプトの考古学者に寄付をさせていただきました。
本当に政府がなくなっちゃって、みんなもう例えばピラミッドの周辺とかを勝手に掘っていくので、
せめて写真記録だけでも残そうと警備員雇ったりとか、
お宝の代わりにお宝掘るぐらいだったらちょっとこれあげるよとお金渡すとかも全然できない状況だったので、
せめて現状を維持、現状を記録するという意味で、
エジプト人工考学者にデジカメ、デジカメというか一眼レフですね。
しっかりした記録を残せるようにニコン製の一眼レフを寄付させていただいて、
本当に感謝していただきました。
SNSを通じた情報発信と孫正義氏の支援
特に3月11日に日本で大きな地震があって東日本大震災があって、
そのニュースは世界中駆け巡ってましたから、
こんな時期に、こんな時にエジプト人に助けてくれるんですかというので、
すごく感謝をしていただきました。
これも僕一人の力では全然なくて、
エジプト工学者の河幸則先生であるとか、
それからエジプトに死者の三井物産のご協力であるとか、
現地の日本人たちとか、もちろん日本の皆さま、
そして僕のツイートをリツイートしてくれた皆さまのおかげ、
そしてそのリツイートに反応してくださったソフトバンクの孫正義氏、
今当時社長のおかげというのは非常に大きかったです。
エジプトの様子って日本で2011年当時全然報道されてなくて、
革命の後、久米博さんがニュースステーションで、
こんなことだったらもっと報道しておけばよかったというふうに
後悔の念を喋られたんですが、それはちょっと後の祭りで、
本当に大きな実験事故が起こっていたのに、
アルジャジーラ以外はあまり報道していなくて、
僕と河合ゆきのり先生、ゆきさんとが、
現地入り組と日本財、僕が後発組で、ゆきさんが先発組で、
先にエジプトに入られていたので、別れ別れになったんですが、
エジプト革命がSNSを中心に起こったので、
エジプト政府がネットを遮断したんですよ。
ネットを遮断して連絡が全くつかなくなって、
唯一通じたのが日本のソフトバンク現地のボーダフォン、
日本から持ち込んだソフトバンク携帯だったんですね。
ただし通じると言っても電話も通じないし、ネットも通じないし、
使えたのがショートメッセージだけ、ほぼ150字ですかね。
日本語で150字いけたのかな。半分だったかもしれないです。
75文字だったかもしれないです。
スイッターが140字というのはSNSから来ているので、
アルファベット150字というのがSNSの限界で、
ただしいつ100円かかるんです。
現地から送ると100円、日本から送ると100円。
1日100通ぐらいやり取りしていたので、
1日1万円ずつかかっていた感じなんですけれども、
その時に当時のツイッターで僕が孫さんに呼びかけて、
エジプトからのSNS、SMSですね、
ショートメッセージ無料にしてもらえませんかって呟いたところ、
なんと当時、孫さんやりましょうっていうのが、
名文句でネットで騒がしていたわけなんですが、
やりましょういただきまして、
これは今でもソフトバンクのホームページに載っています。
僕は1日1万円飛んでいく、10日で10万円飛んでいくっていう、
それも結構痛かったんですけれども、
それよりも誰も何か理解してもらえない、
テレビでは報道されていない、新聞にも掲載されていないネットで、
ツイッターだと多少エコーチェンバーなところもあるから、
僕の言葉に耳を傾けてくれる人とか、
エジプト関係の人とかいたんですけれども、
孫正義さんってエジプトとは特に関係のない方がやりましょうって、
影響力のある方がやりましょうって言ってくれたことって一気に広まって、
でもそれが見てくれてる人がいたっていうのが嬉しくて、
やりましょういただいたときに、当時のツイッターでやりましょういただいたときに、
僕たまたま大阪と京都の間の阪急京都線に乗ってたんです。
確か快速急行かな、乗ってたんですけれども、
結構混んでたんですって、僕立ってたんです。
ドアの前で立ってたんですけれども、それ見た瞬間に、
電車の床に膝をついて号泣しました。
もうほんと文字通り号泣しました。
もうありがとうという感じで、ただにしてくれたっていうのが嬉しかったんじゃなくて、
それも嬉しかったんだけど、見てくれる人がいたっていうのが嬉しかったです。
本当精神的に追い詰められてもいたと思うんですね。
SNSと自己承認欲求の功罪
もうこれ倒れるなと思って、
エジプトの様子をね、現地から送られてくる、
ユキさんから送られてくるエジプトの様子を、
ショートメッセージで送られてくる様子をツイートしてたんですけれども、
もう倒れるなと思って、もし僕が倒れたらお願いしますってね、
調査仲間のアコさんという方にお願いをしていたんですけれども、
幸いに僕が倒れる前に、当時のムバラク大統領が大統領を辞任して、
なんとかね、最後革命まで見届けることはできたんですが、
そんなことがあったということで、
孫さん、皆さんありがとうということがありました。
で、この子でお届けしたかったのは、
当時ね、ツイッターの上ではバカッターって流行ったんですよ。
バイトテロとかね、過度な自己承認欲求が、
本人の身を滅ぼすというね、事件が相次いだわけなんですが、
最近聞かないでしょうね。あるんですかね。
バカッター事件。
キムカダシアンさんの件に関して言うと、
これ実はご本人が自撮りしたわけではないんです。
プロのカメラマンが、
エジプトの火継とキムカダシアンさんの写真を撮って、
インスタにアップしたんですが、
ただ、アップしたということは本人がね、
私撮って、これ使っていいよと言ったということなので、
一種の自己承認欲求かなと思うんです。
その自己承認欲求、SNSというものが、
最終的に巡り巡って、
社会正義に結びついたという事例だったんです。
だから一概にね、SNSが悪いとか、
自己承認欲求が悪いというわけではないというね、
お話をお送りをさせていただきました。
というわけで、