ネタがないという気づき
おはようございます、まーくんでーす。
今日は11月18日火曜日ですね。
まーくんコーチの屈伸チャンネル始めていきまーす。
今日のテーマは、「ネタがないが教えてくれるもの」というお話でーす。
今日はネタがないんでこういう話するんですけど。
ネタがない!ネタがないんですよねー。
最近確認したらこのラジオのチャンネル420回とか放送回数行ってたんですけど、
その中で何回か2,3回ネタがないっていう回があるので、
その都度その都度ネタがないについて語ってるので、
ご興味あればちょっと遡って聞いてみるのも面白いかもしれない。
同じこと言ってんのかな?
今日はネタがないってこういうことだよなーっていうちょっと気づきがあったので、
お、ネタあるじゃん!
ネタがないが教えてくれるものということでお話するんですけど、
ネタって何でしょうね。
結構スタイフ聞いてくださる方ってスタイフで配信してる方が多かったりするんで、
多分これを聞いてるあなたも何かしら配信をしてるんじゃないかなと思うんですけど、
ネタがないってあります?
逆にネタがあるときって何話してます?
それぞれの配信スタイルがあると思います。
僕は結構日頃の生きてる中での気づきをコーチングの知見から解釈をして、
お話しするみたいなスタンスで放送している。
だからネタがないっていうときは気づきがないんですよね。
日常の生活の中で。
これは人によるとどういうネタを配信してるかによってネタがないの質が違ってくると思うんですけど、
僕の場合はそんな感じ。日頃の気づきがない。
そうするとネタがなくなるんで。
そうすると、あ、やばい最近自分あんま気づきがないんだみたいなことに肌と気づくわけですよね。
こうやってネタがないってなると。
あれ、そうすると気づきがないっていうことは何をしてるんだっけな自分っていうような。
ちょっと日頃の時間の使い方の反省ができたりしますよね。
ネタがないっていうことを取りがきっかけにして、
あれ、何やってるっけ最近っていうことができる。
ネタがないが教えてくれるってそういうタイミング?
自己反省と挑戦の重要性
振り返りのこういうきっかけかもしれないなって思ったりしています。
自分に関して振り返ってみると、
最近すごいね、ビジネスの根幹からまた作り直そうとして、
すごい自分自身の棚下ろしをしてたんですよね。
自分自身の棚下ろしをする中で、
自分ってこういうのが得意なんだとか、
自分ってこういう人にコーチングをしたいんだとか、
こういう形で貢献ができそうだなとか、
こういうふうにやっていったらよさそうだなとかいう、
気づき自体はそこにはある。
けど、この放送の届けたい内容とあまりマッチしないんで、
気づきが今ちょっとなくなっている感覚があるんだなっていうのを改めて感じた。
棚下ろしによる気づきって出そうと思えば出るんですけど、
さっき言った通りあまりマッチしないんで話してないんですけど、
あえてそこから何か話を引き出すとしたら、
やっぱり喋ること好きなんだなっていうのは、
すごく棚下ろしをしていて感じたんですよね。
昔は本当に人前で話すとか全然ピンとこなかったんですけど、
やっぱり人前で話すの好きなんだなっていうのを感じている今日この頃ですね。
振り返れば落語をやってたりしたし、
こうやってスタイフ話すのも楽しいし、楽しいからこうやって続いてるし、
無茶振りされて、きょきょやれみたいなことを言われても入ってやって、
その終わり即興でステージに立ってお経をするみたいなのができちゃったりとか、
それでうまくいってすごく楽しいとかよかったとか、
そういう時すごく自分の中で楽しい、やっててよかったみたいな感じるんですよね。
結構その辺って大事なんだろうなって思ったりとか。
棚下ろしをするとこういうことが出てきますっていうのがあったりしますね。
逆に言うと棚下ろし以外最近やってないんで、
それ以外のネタが出てきづらい状況だよなっていうのは確かに、
今振り返ると感じる。
読書も若干最近滞ってんだよな。
振り返りの方に脳のリソース、棚下ろしの方に脳の意識がそっち向いてるんで、
あんまり読書もできてない。
とりあえずインプットを増やすと気づきが出やすいですよね。
インプットを増やしてみるかな。
あとは何だろうな。
自分の難しい言葉を使いますけど、
コンフォートゾーンとかラーニングゾーンとかあるじゃないですか。
自分の中の安全領域って言い方をすることもありますけど、
自分ができることしかやってない。
自分がある程度楽に、あんまり努力せず、
これまでの自分と同じことの繰り返しでできる。
それがコンフォートゾーンかな。
有識者の方、変なこと言ってたら指摘してください。
それがコンフォートゾーンだと思ってるんですけど、
コンフォートゾーンの中で暮らしてると、
なかなかネタは出づらいよなとか、
そこから何かしらラーニングゾーン、ストレッチゾーンと言ったりもしますけど、
少し難しいことをやる、挑戦的な、
ちょっと努力しないとできないなとか、頑張らなきゃみたいな、
そういう活動をすると、そこで気づきとか出てくるよなって感じるんですよね。
そういう点で今コンフォートゾーンの中で暮らしてるなっていうのも、
ネタがないっていうことをきっかけに振り返るとそんな気もする。
その値かな?
1つ。
最近あんまりインプットをしていない。
2つ。
なんかコンフォートゾーンで暮らしてる気がするな。
この2つかな。
その2つ。
なるべくインプットも増やしたいし、
なるべくチャレンジングなことをして生きていきたいっていうのはある一方で、
意識的にそういうのをやらないとなかなかね、
どうしても人は屋敷に流れがちなので、
今僕は屋敷の中にいるなっていうのを、
ネタがないをきっかけにして改めてそういう気づきを得た。
今日この頃でございます。
話しながらなんかね、今、
あ、あ、ちょっと自分最近屋敷に流れていたな。
頑張ろうみたいなことを感じております。
だからなんかね、ネタがないとき、
発信とかしていて、スタイフに限らずですけど、
ネタがねえなって思ったときに、
ネタがないをまず需要してみましょうっていうところですかね。
なんかネタがないとそれを、
ネタがないのは良くないって感じますよね。
ネタがないのは良くないって思いがちですけど、
だからネタがない状況、好ましくない状況を
自分の中で許せないとか、
ちょっと隠したいとか、
ネタがあるように見せたいとか、
ネタを無理やりひなり出すとか、
そういうのももちろん大事なんですけど、
ネタがねえなっていうのを認める、
それについて考えてみるっていうのも、
有益なんだろうなって思うので、
ちょっとご提案でございます。
ネタがないが教えてくれるものということで、
ちょっとお話ししてみました。
何か参考になれば幸いです。
この放送面白いとか思っていただける方は、
いいね、フォロー、コメントといただければと思います。
ではまた明日。さよなら。