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高校浪人すると言っていた私が「死点」を乗り越えた母との話
2026-06-30 20:11

高校浪人すると言っていた私が「死点」を乗り越えた母との話

私にとって母はずっと目標です☺️

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サマリー

このエピソードでは、パーソナリティのりこさんが、自身の母親の誕生日を祝うとともに、仏教書『正法眼蔵』から得た「死点」という概念について語ります。人生における苦しい時期や迷いを乗り越えることの重要性を説き、自身が中学時代の受験勉強で経験した「死点」と、それを乗り越えるきっかけとなった母親の言葉について振り返ります。そして、現代においては、オンラインコミュニティなど「仲間」の存在が、苦しい時期を乗り越えるための支えになると結論づけています。

母への感謝と仏教書からの学び
おはようございます。りこです。このラジオでは、AIとSNSについて働き方を変えた元社畜ママが、AI時代をしなやかに生き抜くためのマインドやAI活用法についてお届けしております。
はい、ということで皆さんおはようございます。6月30日ですね。あ、今日は私の母の誕生日ですね。お母さん本当にお誕生日おめでとうございます。はい。
母がいてくれたから今の私はいますんでね。いや本当にありがとうございます。そうか今日は母の誕生日だったか。なんかあの本当はね今日ちょっと朝仏教の話をしようと思って。
本を読んでたんですけど。あ、でもそうだな。それとちょっと母の話をしましょうか。せっかくなんで。
何の話しようかなっていつも思いながら何をお届けしようかなというふうに考えたりしてるんですけど。せっかくなんでね。今日はちょっとマインドっぽい月末ですしね。お話をしていこうかなというふうに思います。
はい、ということで今日朝またあの教諭書を読んでたんですね。でも最近やっぱりあのちょっと生き方とか与え方について考えることがやっぱりすごく好きで。
なんかこうどういうふうにね生きていこうかなみたいなことを考えている中で、今日はねちょっと仏教の中でもこれさちょっと読めないんですよ。
あ、これ読めた。あった。正法幻像。知ってますか。聞きたくないですよね。正法幻像っていう本の名前なんですけど、これは道元さんっていうね方ですね。
総統州の階層です。1200年から1253年に来た方なんですが、正しい方法で眼球の関節に食らって書いて正法幻像。正しい釈迦の教えをまとめた知恵っていう本ですね。
で、なんかこの人ね道元さんってねなんかこう修行13歳で出家した。貴族の出身なんですけど両親が亡くなって13歳で出家したんですが。
とある時先輩のねお坊さんたちに聞くんですって、人は生まれながらにして仏の心を持っているっていうふうに言ってるのに、じゃあなんで人は仏になるために厳しい修行しなければいけないんですかっていうすごい根本的な質問にぶち当たったと。
確かにもともと仏の心を持っているに、なぜ厳しい修行しなければ仏になれないのかというですね、すごくこう真っ当な疑問を持つんですけど、周りの僧という人たちが答えられないということで僧に渡ってね、当時僧が仏教の中心地ですから僧に行って修行していくわけですね。
でそこで持ち帰ってきた、で書いたのがこの正眼像正しい方法でね、仏の釈迦が正しい釈迦の教えを求めた知恵っていう本なんですけど。
でその中にもいろいろ話が出てくるんですけど、なんかすごく、そうだよなっていうふうに思ったところが、えっとですね、ここか。悟りを得ても迷いは消えない理由っていうところがあるんですよね。
「悟り」と「迷い」の本質
本当にいろいろ書いてあって、すごく面白いんですけど、自分を忘れる。要はその悟りっていうのは、なんか私は今すべてを悟ったみたいな、もう心は明強失意の気持ちですっていうわけではなくて、なんかそういうことは絶対ないんだけれど。
自分っていうものは実は皆さん本当もともと物事の道理っていうことはわかっているんだけど、子供の頃ってのは実はそういうものをちゃんと思ってるんですが、大人になってくるといろんなエゴがすごい分厚い殻で自分を覆ってしまうわけですよね。
例えば自分は偉いんだとか、自分が正しいんだとかみたいな。そういう物事の道理みたいなのを自分の殻で見えなくなっちゃってる。
まず自分のことを忘れるところからスタートしましょうみたいなことを言っていたりとか。
ハイディガーとかニーティーでも言っているように、今ここを生きる。要は過去こうすればよかったとか、未来はこうなるかもしれないっていう不安はあるんだけど、でもそれっていうのは今私たちが影響を与えられるのは今この瞬間だけなんだから、今ここを生きるっていうことを言ったりとかもしているわけですね。
あの黒澤明さんの映画に出てきてた俳優さん、山崎努さんの話でも、この天国と地獄っていう映画が自分にとっての出世作なんだけど、今から見たら、要はその俳優さんとしてデビューしていろんな仕事を成し遂げた、今から見たらあの時の演技なんてめちゃめちゃ下手くそだし、本当に荒いし全然ダメなんだけど、
青臭さとか、この何というかがむしゃらな感じっていうのは、25歳の時の自分にしか出せなかった。だからもうあの時はあれでいいんですよねっていうセリフが出てくる。そういうことなんですよ。要は過去から見たら過去の時は、今から思えばあの時の過去の自分はそれよかったしとか、未来のどうなるか分からないっていう不安はあるけど、でもどっちにしても今ここにしか自分の影響を与えられないから、今ここで一生懸命やるしかないんだよねっていう話が、
ありながらもですね、まあこの悟りを得ても迷いは消えない理由っていうところがあるんですよね。
今私たちが迷ったり悩んだりしていることが悟ることによってなくなることはない。
迷いながらも悩みながらもそこから逃げないことが、そもそも日々の修行なんですよっていうことなんですよ。
さっき言ったみたいに、仏の心があるんだったらなぜ修行をしなければいけないのかっていうのはそうではなくて、そういう心は持っているんだけれども、日々毎日の修行で、その修行をしていくことで、
その自分の中の道理みたいなものと一体化していくことが、最終的に仏に近づいていくというか、悟っていくことなんですっていうことを言っています。
名を醍醐するは諸仏なり。悟りに大名するは主上なり。これ難しいですね、言葉がね。要はこんな本本当に読めますよね。
だからこういうのって入門書から読まないとわからないんですけど、迷いの真の姿を見極めて悟ることができるのが仏。悟りの言葉。悟りのことばっかり考えて迷うのは本人。
だから、悟りっていうのがそもそも難しい気もするんですけど、悟るって自分は本当の自分はこうだみたいな。
今の自分じゃない本当の自分がどこかにいて、本当の自分はこうだみたいな。これが真実だみたいなことをずっと探し続けるのは本人だということですね。そんなものはないと。
今自分が迷っていることとか悩んでいるということが一体何なのかっていうのを逃げずにちゃんと見極めることが仏というか、私たちが目指しているべき姿ですよっていうことなんですよ。
「死点」とは何か
で、じゃあこれをこの迷いとか悩みから逃げないところっていうのをなんていうかっていうと、死点。死ぬ点って書いて、死点って読むんですけど。
例えば、どんなスポーツにもね、これねあのこの商法願像っていう本を何ページだったかな。めちゃめちゃ長いんですよこれ。
3412ページもあるんですけど、これを研究して入門書にしたタザト先生という方がいらっしゃって、そのタザト先生の言葉を借りるとね、スポーツってどんなスポーツにも死点があるんですよ。
で、これは競技とかその囲碁とか商品の世界とかもそうだと思うんですけど、その稽古を始めてしばらくするとものすっごい苦しい瞬間がある。
例えばどんなに練習しても伸びないとか、どんなに練習しても勝てないとか、めちゃめちゃしんどくて苦しい時期っていうのがあるんだけど、もうこれ以上無理、これ以上耐えられないみたいな。
で、思う時が死点で、勝負の世界っていうのはこの死点を乗り越えて先にしかない。ここを超えた人だけが勝てるっていう表現があるわけですよね。
で、これそうなんだよなって思うことがありまして、今日はその死点の話と、ちょっと長くなりましたけど、母の話をねちょっとお届けしようかなと思うんですけど。
受験勉強と「死点」
あの私も人生であんまりなんかめちゃめちゃ頑張ったことじゃないんですけど、あまりないんですよ。
なんかね、気後にこなしちゃうんです。だからそれで言うとずっと死点から逃げ続けてるんですよね。
だからその、例えば書道とかも、毛筆は8段いって、鉱筆は18段いったんですけど、やっぱね、その先っていうのは本当に書道を極めたい人じゃないと進めないんですよ。
で、私はもう辞めちゃったんですよね。受験があったから。で、ピアノとかも、なんかある一定の頃からもっと練習しないとうまくならない時期ってあるんですよね。
それが嫌だったんですよ。多分ね、ピアノも好きなんだけど、何か他のこと比べたときにそれを選べるほど好きじゃなかったんでしょうね。
ピアノもショパンの簡単なものは弾けるぐらいまでは弾いたけど、まあでもそれももう受験で辞めたんですよ。
で、私が唯一多分この死点に近いものを乗り越えたのはいつかって言ったら、中学校3年生の時の受験勉強なんですよね。
で、これね、明確にあって、私正直賢かったんですよ。中学校3年生の時はね。
めちゃめちゃ勉強しました。で、この勉強があったから、今賢いとかそういうわけではなくて、ただ、とにかく勉強した時期ってのがあるんです。
で、本当に朝6時に起きて学校行く前に勉強して、で、学校でも授業の勉強して、これ悪いですけど授業の勉強して、で、帰ってからもうすぐに塾に行って、9時まで勉強して。
たぶん1日、本当に8時間から10時間ぐらい、学校に来る間に一応勉強してるから、8時間から10時間ぐらい勉強してた。
でも全く、全くじゃなかったというか、やって当然だったんですよ、私の中で勉強。
それがやっぱり和田実業っていう学校に置かれたかったんですよね。
なんですが、ものすごく成績が上がらなくなった時があるんですよ。
たぶんね、今思うとやりすぎてたんでしょうね。
で、土曜日とか日曜日もずっと勉強してたから、
なんかね、1回ね、模試の勉強を受けた時に、数学の問題を解いてたら、100人近い知ってる人の声が、
とか言って、いわゆる幻聴ですよね。
試験中に聞こえるっていうことがあったんですよ、2回ぐらい。
やばいですよね。
で、なんだけど、そんなの出てきちゃうぐらいだいぶ追い詰めてたんですよね、自分のことをね。
もう中学校3年生のたぶん秋ぐらいだったと思うんですけど。
でも私は本当に和田実業学校にしか行くつもりがなかったから、
母親にね、もう私絶対高校浪人するみたいな、
早朝に受からなかったら高校浪人して絶対早朝に受かるまで浪人するからみたいなアホなこと言ってた。
今思うとね。
でもそれぐらいたぶん周りのことも見えてなかったし、
すっごい勉強しすぎてて、
本当にね、そうなると成績上がんないんですよ、不思議と。
うまく点数の点数が取れなくなっちゃって、
普段だったら取れた点数も取れなくなったし、
クラスの中で順位っていうか総合点みたいなのが落ちちゃって、
ゆくゆくは慶応女子に受かった一人幼馴染がいるんですけど、
の子よりも点数下がったりとか、
普段だったら私のが全然良い子よりも下がったりとかして、
苦しかった。
勉強しても下がるからさ。
でも勉強しないと受からないって思ってて、
みたいな時に、
母親の言葉と人生の転機
母親に言われたんですよね。
母はね、ずっと、
もともと薬剤師で、
私たちを産むまでは結構バリバリ仕事してて製薬会社でね、
小さな製薬会社でバリバリ製の仕事してたって言ってたんですけど、
私たちを産んだ後は、
たぶん私の祖母が社長で、
戦後間もなくのアクセサリーショップを、
関東を中心に3店舗とか経営しているような社長だったんですよね。
本当に家にいなくて、
母をはじめとした兄弟たちは、
私の言ったから祖祖祖母っていうんですか、
母の祖母、おばあちゃんに育てられた。
だから、たぶんその反動があったんでしょうね。
私と弟のことは、
弟がたぶん小学校3年生くらいになるまではもう仕事辞めてて、
ただ薬剤師という資格があるのでね、
その後普通に薬局に勤め始めてっていう形で働きながら育ててくれたんですけど、
仕事が本当に生きがいみたいな人でしたね。
母もね、仕事始めてからはね、
仕事が趣味みたいな。
仕事するの大好き。
それはやっぱり祖母にいたんだろうなと思います。
我々は女3人、めちゃめちゃ仕事が大好きな人間なんですけど、
そんな母にですね、
私は高校浪人するみたいな感じで、
テストの手数も上がらなくて、
現聴聞こえたとかって言ってるときに、
ふと言われたわけですよ。
分かる。
頑張ってるのは分かるし、応援したいと思うけど、
人生ここで終わらないからみたいな。
これで別に壮絶に受からなかったからって言って、
壮絶に受かることがゴールではないでしょって。
私そのときは早稲田に行って、
小学校の先生になりたかった夢があったんですけど、
当時はもうちょっとやめちゃいましたけどね。
中学校の先生が好きじゃなさすぎて、
中学校の先生になる夢は諦めましたが、
早稲田に行きたいっていう夢があったから、
別に壮絶に行かなくたって、
早稲田の受験は挑戦できるし、
急遽早稲田に行けなくったって、
別にそこで人生が終わるわけではないから、
高校受験ってあくまでもスタートだから、
大丈夫だよって言って。
壮絶に受かるだけがあなたの人生じゃないよ、
みたいな反射をしてくれたんですよ。
そのときにでも、
そうだよな、みたいな。
確かに。
私の中で壮絶に合格するってことが、
1個ゴールだったんですよね。
でもね、
それ以外の道がないと思ってたんですけど、
でも確かに、みたいなね。
それぐらいでは、
そういうのすら気づかないぐらい、
自分をいつめてたんですけど。
別に壮絶に受からなくても、
早稲田に行く道はあるし、
その先にきっと、
その先に仕事とかいろんな人生があるから、
そこからだから人生って言われて。
今思えば、本当にそうですよね。
若干14歳。
若干14歳。
23年前の私。
そこから人生23年ありますから。
そりゃそうだわ。
今と今なれば思います。
だけど当時はそれが全てだったんでしょうね。
そこからでも肩の力抜けたんですよ。
だから勉強は続けるんだけど、
でも、
自分の、
ある意味だから、
自分を忘れるってところですけど、
壮絶に受からないとダメっていうエゴは、
いわゆる、
それの先に人生があるっていう道理。
当たり前の道理。
道を全く見えなくしてたわけですよね。
でもそうじゃないってことに気づけて、
それを捨てられたから、
たぶんスーッと、
要は勉強は続けるんだけど、
でもすごく楽になった。
めちゃめちゃ楽になった。
で、
普通の有名、
埼玉の私立の特大生とかの合格も取れたし、
掃除室も受かった。
っていうので、
たぶんあの時が始点ですね。
たぶん。
母親への尊敬と影響
私の中で一回、人生の一回目の。
で、その時やっぱり助けてくれたのが
母だったんですよ。
で、なんか、
私あんまり思ったより反抗期みたいなのはなくって、
なんか母のことはすごく大好きでね、
いつも尊敬してる、
たんですけど、
なんか、
やっぱり結構母の働く姿っていうのが、
今の自分のね、
この働いて頑張ってる姿にも重なるところは、
結構あったりとか、
します。
だからそのもともと母みたいな、
母親になりたいなと思って、
あの、
子供が欲しかったっていうか、
なんか私の中でやっぱり働きながら、
子供を育てる姿っていうのが、
ものすごく自然だった。
でもそんな母がかっこいいと思ってたし、
なんか、
なんでしょうね、
やっぱ誰かの役に立ってるっていうことが、
すごく素敵だった。
で、
母親も優しかったしね、
厳しい時もあったけどね、
厳しい時もあったけど優しかったんで、
あんな母になりたいなと思って。
で、今はね、ちょっとどうでしょうね、
そんな母に近づけてるか、
分からないですけど、
まあでもあの、
やっぱあの時に母が話してくれたことが割と、
その後の人生も支えてる気がしますよね。
要はなんかだから、
今に集中することはすごく大事なんですけど、
でもやっぱその先の未来っていうのは、
もう全然、
分かんないっていうか、
それで終わんないよっていうことを、
当たり前なんですけど、
でもすごくこう、
すごく狭まってた視野を広げてくれた時の、
やっぱああいう風に支えてくれたことが、
まあ一つやっぱ人生で大きかった気がします。
だから、
「仲間」の重要性
なんか迷ったり、
だから迷ったり逃げたり、
迷うこととか悩むこととかは逃げない。
なんとかしてそれを解決しようとするということはすごく大事。
で、それがどんなにすごく苦しい時があると思うんですよね。
で、そういう時にでも、
逃げないために、
じゃあどうやって立ち向かっていくかというか、
勝つためにどうしたらいいかっていうと、
それがなんか私やっぱ仲間だと思うんです、今。
私にとって、14歳の私にとって、
その時はオンラインとかもなかったし、
塾の仲間たちはどっちかっていうとね、
ライバルだったから、
母がそばにいてくれたように、
今はこう、生き方とか働き方に、
迷ったり悩んだりしている、そこのあなた。
を、その迷いとか悩みっていうものから逃げずに、
なんとか立ち向かって、すごく苦しい時に、
でも、這いつくばって、
越えていくために、
大事なこと。
で、多分、仲間とか、
そういう時だからこそ、
何か一言をくれる人の存在、
すごく大事なんじゃないかと思います。
で、それは今、
リアルだけではなくて、実は、
オンラインで、
繋がった繋がりで、
獲得できる時代じゃないかなと。
私本当にAIラボとかは、
昨日クレアカのね、みんなと
オフ会で会ってましたけど、
この人たちがいるから頑張れるなって、
めっちゃ思いますもんね。
支えられてるし。
もちろん知識とかノウハウを得ることも、
すごく大事なんだけど、
何かそれ以上に、
迷ったり悩んだりとかした時に、
あ、でも、
ここに来たら何か頑張れるな、
みたいな場所でありたい。
ここに来たら誰かの、
何か、
考えとかに触れられて、
新しいことに挑戦できるなと、
思える人で、
思える場所を作りたいなと、
すごく思いました。
そういうお話でございました。
ちょっと長くなりました。
20分も喋ってる。
長くなりましたが、
何か皆さんのヒントになれば嬉しいです。
最後まで聞いてくれてありがとうございました。
20:11

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