00:01
皆さん、おはようございます。 日本一わかりやすい不動産相続の学校【10分間の朝礼】スタートしてまいります。
私、校長みっちゃんでございます。 今日も聞いてくださってありがとうございます。
はい、それでは今日のテーマです。 結局考え方です。
結局考え方ですというお話をさせていただきます。 昨日の朝はですね、
私、倫理法人会というところで勉強しておりまして、 そこのモーニングセミナーと、朝6時からの勉強会に参加してきました。
実際はですね、5時過ぎから朝礼があり、そしてリハーサルがありというね、 そんなことをしながら6時からのモーニングセミナー、7時までのモーニングセミナーに参加をしたと、こんな流れでございます。
ここでの学び、今回はですね、本当に壮絶な過去苦労を乗り越えてこられた社長さんがね、 講話者として来られてたんですけども、
まあまああの旗から聞いても大変ですねと、 よくそんな状況を乗り越えられましたねっていう状況なんですけども、
じゃあ、どういう心持ちで今それを消化しているかっていう話です。 これが本当考え方によるなということなんですけれども、
このね、解説を僕はできない、する立場にないので、 僕が感じたところのお話をしていこうかなと思うんですけれども、
あの本当ね、 確かに僕自身のこれまでを振り返ってみても、
だいたいいいことと悪いことっていうのは何か、 繰り返し繰り返し重なったりしながら起こっているんですね。
まあ幼少期を振り返るとあんまり僕記憶がないんですけども、 そんな大変と思ったことないよなっていう。
特段苦労もなく、大変でもなく。 なんかあったのかな大変なことって。
兄に言わせると僕はすごく怒られてたらしくて、 そこまで言わんでいいのにっていうぐらい、
父は僕に厳しかったらしいんですね。 ところが僕からするとそんな記憶全くなくて、
むしろなんか兄の方が結構なんやかんや言われて可哀想やなと、 長男って大変やなって思ってたぐらいで、
僕自身はあんまり記憶がないですよね、そんな怒られたっていう。 そんな幼少期を過ごし、
大学もね、のほほんとおばかちゃんの大学生活を送り、 割愛しすぎですけどね、遊んでましたと。
就職してそこからですね、最も頭を打ったっていうのは そのもう仕事の中でだと思います。
でもそれまでね、なんとなくこう目立つ存在みたいな感じで、 人前で話すのだって別に嫌いじゃないしみたいなところで、
自分がその不動産の仕事に就いたからってなると、これ売れるだろうと。 家ぐらい売れるわいと思って入ったわけですけど、
03:07
まあ売れなかったんですね。そう、本当に売れなかったんです。 この放送ね、過去でも何度かお話してますけども、
約3年に渡って全然売れないという時期を過ごすんですね。 そう、でもアホやボケやと言われてですね、
もうひどい、あのね、当時まだ昭和の名残のある空気感でしたから、 まあなかなか厳しい扱いを受けですね。
当たり前ですよね。営業会社で売らないんだから、もう荷物でしかないと。 そう、なんであんな奴宿ったんやみたいなね、そんな空気が流れ、
もう居づらいし、そう、なんかそんな本当ね、 めちゃくちゃしんどい3年間を過ごし。
でもね、あるタイミングであれ、こうかもと、 人の気持ちってこうなのかもとかっていうのを思い出してからですね、
少しずつ成果が出るようになり、売れるようになっていきます。 で、
大体20、いくつだろう、28歳の時に住宅のね、その一つの展示場の店長を任せされる、任せていただけるようになって、
そこからはずっとね、店長あるいはマネージャーっていう感じで、 何だろうな、各お店とか各部門のリーダーっていうのを任されるようになっていきます。
で、そっからもですね、まあ営業としては売れるようになりましたと。 で、自分でね、自分の食い口を稼ぐのは全然問題なくなったけれども、
じゃあ、部下の育成ってなるとですね、まあできないわけですよ。 そんなの教わったことないし、
理不尽は理不尽の中で、でも実力主義という環境でね、僕は新卒から育っているので、 それ以外の接し方を知らないんですね。
じゃあ、良いところを見つけるとかね、今みたいに感謝をするとか、 何だろうな、その承認をするとか、そういうのとはもう無縁の世界で育っているので、
パワハラとセクハラとモラハラと、何ハラかわからない、いろんなあるハラとね、 いろんなハラの無限のハラの中でですね、
こう打って勝ち残った奴だけが強いみたいな、そういう世界だったので。 まあ、そんな感じで接するわけですよ。
じゃあ、28歳、29歳の若僧のお店に来た50代のお父さんぐらいの年の営業マンからしたら、
当然面白くないですよね。ある人はもう、僕は詰めすぎて泣いてましたよね。
本当にもう最低な人間ですと。で、そんなことをしているもんだから誰も売れるようにならないし、みんな辞めていくんですね。
もうある年なんてね、いざ新規出店をしたお店の店長を次やってくれって言われてね、 肝入りで奈良県で一番大きな展示場に出店するね、
その店長を任せていただいてやるぞって1年間やったんですけども、その1年で入ったスタッフ全員辞めましたもんね。
その時はもう本当さすがにしんどかったですね。 もう全く売り上げは上がらないし。
06:05
そう、だから、
もう全体調例ね、1月1日翌年1月の全体調例、まあしんどかったですね。 全然売れてんよなーって社長からも言われですね。
そこからまた店長として、マネージメント職としての苦難と、それからまた回復があっていうのがね、ありましたね。
というふうに本当にアップダウンを繰り返しています。 当然このね、開業するまでの学びの中でも、そうアップダウンを繰り返しているし、
実際開業してからもですね、なかなか苦難があれば、本当にピンチという時にまた新たなチャンスが生まれみたいなね、そういうことを繰り返しながらですね、ようやく今に至っているみたいな感じなので、
自分自身のね、人生を振り返っても確かにと、なんだかんだアップダウンがあるなと。 でも、まあ本当にね、
世に言う、もうあの人は不幸な人みたいなぐらいの、とんでもないね、災難というのは僕には来てないんですね。
で、これなんでなんだろうと思ったんですよ。結局この苦難のマイナスが大きい方がプラスも大きいのかなとか、ちょっとちょっと本当にそうかみたいな、
ちょっとね、そんな思いが湧いて話を聞いてたらですね、講和の社の方がですね、こうおっしゃったんですね。
例えば、いや、わし今までそんな不幸になったことないけど、幸せやでっていう人たまにいますと、それは非常にありがたいことなんですけども、
じゃあ、なんでその人はそうなんだって思うとね、そこはもっと長いスパンで見た方がいいと。
これは例えばご先祖様とか親御さんとかが、その代にめっちゃ苦労をしてそれを乗り越えている、
あるいはすごい徳を積んできているみたいなものを、自分はその貯金で暮らさせてもらっていると思った方がいいよって言ってあったんですよ。
おお、なるほどと。そういう考えもあるのねという。これも考え方ですよね。だからこそ先代先々代、もっと先の祖先の方がずっと徳を積んできてくれたおかげで、
僕のところに不幸がたまたま来てないだけだと。じゃあ、僕がその積んできた徳みたいなものを、仮に今の世代で何も考えずにわーって浪費、使い果たして俺は何も考えなくてもハッピーってやっちゃうと、
今度はそれは次の世代にその徳が引き継がれなくなっちゃうので、何かね、お子さんやお孫さん、そういったところに苦難が行くかもしれないよってこんな考え方なんですよ。
これが事実なのかどうなのかは、もう全く僕はどっちでもいいなと思ってて、でもそう考えるこの考え方っていいなと思ったんですね。
今僕がとんでもない不幸に見舞われていないのは、ご先祖様、親やおじいちゃんおばあちゃんやご先祖様が徳を積んできてくれたからなんだと、そう思うとご先祖様に対する感謝の気持ちも湧くし、
09:04
そして自分の子世代、孫世代に良い、そういう意味では苦難を降りかからないようにするためには、僕がこの今余裕がある苦難に見舞われていない時点でしっかり徳を積んでおくことをすれば、
ゆくゆく将来は良いことが起こるかもしれない。まあ見れないけどね、その時代は。じゃあそう考えていくと、今僕、良い生き方を選べるんですよね。
その考え方そのものが僕はいいなと思ったんです。僕が良い生き方をする理由になりますもんね。それとも考え方一つなので、
その考え方一つで良い人生を選べるのであれば、僕はそっちを選びたいなっていうふうに思いました。これって本当素敵ですよね。事実関係ないですよ。
自分がどう捉えるかで生き方、物事の捉え方が変わるよっていう、そういうお話でございました。
お役に立ちましたら、いいね、フォロー、コメント頂けると嬉しいです。それでは今日も素敵な一日をお過ごしください。いってらっしゃいませ。