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こんにちは、おはなし屋なおとです。今日はですね、 4日ぐらい空いてしまったんですけど、
前回、対談が2本挟んでると思うんだよな。 その前の前の収録で撮った、僕の情報発信史ですね。
新規集客が苦手だった、自分が情報発信で飯が食えるようになるまでの シリーズの今日はね、後編を撮っていきたいと思います。
皆さん、お待たせいたしました。 ちょっとね、私生活でいろいろあったりだとか、対談の収録の予定があったりとかね。
ちょっと僕ね、昨日体調を崩してたんですよね。 1日寝たら治ったんですけど、体強いんで。
そういえば、後編を撮る撮ると言いながら撮ってなかったということで、 ちょうどね、今日もお皿が溜まってますんで、お皿を洗いながら
お話をしていこうかなと思います。 情報発信史ですね。
前回の放送も、何話したかなっていうことが頭から抜けてるので、 さっき確認しましたところ、僕がコーチングハンマーの教科書を打って地方移住したタイミングまでか、
を前回話してたと思うんですけど、そこからですね、今日のテーマが狙って売れるから、 狙わずとも売れるようになるまでっていうところになるのかなと思ってます。
これはね、実際に売れたからこそある苦悩というか、 情報発信から仕事が取れるとか、
一つ、販売の教科書の話もしましたけど、 プロモーションを仕掛けられるのは一つの武器じゃないですか。
多くの人が多分そこを目指すと思うんですけど、 僕もやっぱそこを目指してそこができて、
やっしゃクリアや!地方移住進んで!っていうことで、 地方移住したんですけど、やっぱそこからね、さらに
自分にとって課題が出てきたというか、 そこについてちょっとね今日はお話しできればなぁと思うので、
皆さんお付き合いください。はい、皿洗いスタート! 始めていきまーす!ってね、
ちょっと時系列遡っていくんで、 ちょっとまとまってないかもしれないですけど、
コーチング販売の教科書を売りまして、売れまして、 プロモーションに次ぐプロモーションを掛けまして、
本当もうこの辺になってくるとね、普通のその発信をしている人と考え方ってもう全く違うと思います。
自分のプロモーションを掛けるっていうことですよね。 自分の売りたいサービスがあったりするものを、
自分のその視聴者とかリスナーとか、 市場に向けて仕掛けるみたいな意識で、
僕はそのビジネスをしてきました。 地方移住ができてからですね、ちょっと振り返っていきます。
あの時、地方移住するというのが一つの目的だったわけなんですね。
地方移住ができたのも、やっぱりこう狙って売り上げを上げるっていうところが、
僕の中でのその一つなんか達成できたところかなのかなぁと思うんですけど、
やっぱりね、その狙って売り上げが立てられてもですね、 だんだん今度は狙うのがきつくなってきたっていうのがあるんですね。
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ここから結構、話上ではパパーンと行くけど、結構ね、しんどかったんですよ。
それがやっぱりその、狙って売り上げは立てられるようになりました。 自分でYouTubeなり公式LINEなりいろいろ使って、
ノートの販売とか使って、どうすれば自分が売っているコンテンツに対して人々が熱狂してくれるだろうかとか、
どうすればね、言うてい僕も一個人ですから、一個人が作っているコンテンツですよ。
それをね、やっぱり何百万円と売っていくっていうのは、
答えを知っているわけじゃなくて、いろんな賭けに出るわけですよね。 ここでこういう反応が取れるんじゃなかろうか、よしやってみようみたいな感じでどんどんどんどん仕掛けていくわけなんですけども、
だんだんその仕掛けるっていうのもね、ちょっと僕の中できつくなってはくるんですよ。 なんできつくなったのかなぁ
あの時のことをちょっと思い返してみると、 僕はその
何て言うのかな、 自分の情報発信で自分のセッションサービスを売ってました。
そのコーチング販売の教科書っていうコンテンツがね、ちょっとあそこをどうやって売ったかっていう話はまたこれちょっと別で一本取れるぐらいの厚さになるから、ちょっとここでは割愛するんですけど、
自分が狙って売り上げを立てるっていうことは本当にできるようになってきたわけですね。 まあそれがしたかってずっと頑張ったんだけど、
まあでもさ、ビジネスって営みだから、 やっぱり良い時も悪い時もやっぱり続くわけじゃないですか。
続けていかなければいけないことで。 ってなった時に、僕はその地方にね移住をしてね、まずその最初に思ったのが、
やっぱり何にも起きないんですよイベントが。 その時2020年でね、もう本当東京ももうコロナで大変だったじゃないですか。
当時のねことを振り返ってみると、 ちょっとね、当時僕東京いたから、東京以外のコロナの状況って知らなかったんだけど、
僕がいたその葛飾の街ではもう公園にさ、その黄色いキープアウトの殺人現場とかで貼られるようなテープみたいなのが貼られたりだとか、
もう本当にこうもう外を絶対歩いてはいけないみたいな感じだった。 どこもそんな感じだったのかなと思いますけど、
そういう感じの状況で福岡にやってきたわけですから、
やっぱり外には出れないですよね。 だからオンラインが自分の世界の全てになるわけです。
そうやって自分はね、一つ販売の教科書ということを売ることを通して、ネットの世界を通じて人々に自分の売りたいサービスを手に取ってもらうということができるようになってたわけなんですけど、
それである程度落ち着いて、そこでスタイフとかも始めたりするんですけどね。
そうやってずっと発信を繰り返して、売り上げってどういうタイミングで出るかというと、やっぱり仕掛けた時に一気にバンって出て、
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それでまたその次の仕掛けに向かって準備をしていくみたいな、そういう流れになってくるわけなんですけど、
なんかね、自分の中でね、その仕掛けていくっていうことがちょっとね、なんか噛み合わなくなってくる感じがしたんですよ。
当時僕はもう、その時から自分のサービスをね、100万円くらいの単価で売らせてもらってたんで、お客さんももちろんついてるし満足してくれてるんだけど、
やっぱりこう、どこかで自分が売り込みに行くみたいな感覚ってやっぱり脱げなくて、
元から僕はね、対面で商売をしていたわけだから、やっぱり自分のことをね、何も知らないというか人伝いにしか聞いてない僕に、
ちょっと会ってみたいかなって言ってくれた人に対してサービスを売るような営業スタイルをしていたわけなんで、
やっぱりこう、自分のところに来てくれた人とかに、まあ提案をかけていくわけなんですけれども、
まあなんていうのかな、公式LINEに発信を通じて人が集まる状況とかを作るわけですね。
で、そうしてある程度溜まったら、こっちから自分でこのプロモーションをかけてというか、
今僕がやってるみたいな通話企画やりましょうとかじゃなくて、
もうしっかりこう何かを企画を作り込んで、そこで人を集めて一気にセールスするっていうことをやってたんですね。
で、まあそれをすることでやっぱり単価も高いですから、いいお客さんにはやっぱり出会えてました。
で、そこでそうだな、福岡に戻ってきて、
で、自分でまたそのコーチング販売の教科書に付随したプロモーションをちょっと自分なりに考えて打って、
で、それでまた100万、200万ぐらいの契約金が出ましたぐらいでその年は終わった気がするんですけど、
そんな感じでさ、やっぱりこう自分で仕掛けて、自分で高単価なサービスを販売して、
で、それで何ヶ月かまた仕込んでみたいな状況が続いたんですよね。
で、その時はもうホントコロナで外にも出れないし、
でね、ありがたいことにやっぱりこっちに戻ってきて半年ぐらいで上野子を妻が妊娠してくれたんで、
あ、ホント良かったねっていうことで、
まあもう基本的にはその家でずっとこうパソコンとにらめっこしながら、
そのリストって言われる公式ラインの人数を貯めていってっていうことをやってました。
で、やっぱり僕もそのさらにね単価を上げて120万円ぐらいのプロデュースを作ったんですよね。
で、その時そのプロデュースを売るための動線みたいなのをいろいろ考えて、
で、よしここで売ろうってことで売っていくらかな。
月に360万出たんですよ。最高月収ですね。今でもその月収は超えてなくて、
やっぱりこう自分で狙って売り上げを出すっていうことがある程度できるようになって、
ここってまあぶっちゃけビジネス目指してる人からのしたら最終到達点じゃないですか。
自分一人で情報発信してお客さん集めて、で、自分でプロモーションをかけて、
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で、そこで自分の提案する商品を買ってもらうっていうことができるようになったわけですよね。
で、僕もやっぱりそうなりたかったから、いやーこういう状態になれたーみたいな、
おっしゃーみたいな感じだったんですけど、なんかね不思議とねどんどんね、
なんかね仕事がちょっと嫌になっちゃってるというか、
なんかそういうこう、自分の中で仕事に対する熱量みたいなものが、
なんかお客さんに対して下がってるとかはないんだけど、
なんかこのさ、自分がこう売り上げを上げるために、
まあ1ヶ月2ヶ月本気で仕掛けて、で、なんか結果良かったねみたいな、
あ、なんとか今回も売れたわーみたいなスタイルがね、ちょっときつくなってきたんですよね。
ちょうどその時に、僕はその毎月ね、そのマイコーチのテツさんとコーチングセッションするっていうことも、
まあコロナの中でも一応そのオンラインとかね、使いながら続けてはいたんですけど、
そこでテツさんにもうちょっときついっすみたいな話をしてたのはすごい覚えてます。
やっぱりこうもう1回の契約単価が高いから、正直そんなにたくさん働かなくてもいいんだけど、
やっぱりそのね、なんかこう大きい金額を取り扱ってるから、
なんか大きい金額をなんかこう得られたら、
ああ良かった今年も生きていけるみたいな。
で、そのまた何もない日が続いて、
それこそだからね、僕がその年間プロデュースっていうものを初めて売った時ね、
覚えてます?5月だったんです、それが。
自分でプロモーションをかけて、その時は何だったかな、
なんかブログの添削企画みたいなのをかませて、
で、最終的に自分のサービスを買ってくれるお客さんに出会って、
提案をさせてもらってっていうことで3人の方に買ってもらって、
もう本当にこの順の売り上げが360万みたいな感じだったんだけど、
結局その年はそこで360万稼いで、
そこから長期の新規は一件も取らなかったんじゃないかな。
なんかね、5月の時点で、
もうこんだけ売り上げてたら今年年収1000万ペースやわみたいな風に思ったけど、
結局その後もう全然、
その単発のお客さんとかこっち来てくれて、
その1回のサービスで30万単価のサービスを買ってもらったとか、
そういうことはあるんだけど、
どうもなんか僕のビジネススタイルが一発狙いにいって、
当たった、よかった、よし、また半年ぐらい何もしなくていいなみたいな風になってて、
お客さんと高い金額で買ってもらって、
その深いサービスをするっていうところは今も変わらないんだけど、
だんだん自分が仕掛けないと生きていけないみたいなのがきつくなってきたんですよね。
お客さんたちも本当にいい人たちが揃ってくれててありがたい。
いい人じゃないと買えないよ。
僕の単価のサービスは本当に心から信頼関係できないと買えないから、
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そういう意味では単価が高いっていうところに救われてたのかもしれないけど、
やっぱね、この人たちと出会うのに本当に僕が今やってるようなプロモーションとか、
仕掛ける感覚って必要なのかなっていうことを結構悩んでた気がしますね、こっちに帰ってきて。
売り上げは作れるんですよ。
ただ、僕の財務状況というか、なんて言ったらいいのかな、
経営、月産省がもうね、売り上げのグラフがガタガタやね。
5月360万、パーン、そこからゼロ、ゼロ、30、10、ゼロ、ゼロ、みたいな感じの毎年の売り上げで、
なんかすごいきつかったんですよね。
でもやっぱりその時、自分が仕掛ける以外のやり方が分かんなかったから、
高単価で売れてるから自分は生き残れてるんだっていうのはやっぱりすごく自覚があったので、
どうしたもんかなみたいな、でもなんか低い単価のサービスをやるのもな、
自分ではなんか違う気がするし、やっぱり単価が高いってことの恩恵は本当に計り知れないんだけれども、
やっぱりこの生活続けるのはちょっときついなみたいな。
何ヶ月かに一回ギア入れて200万、300万稼いでみたいなのが、
正直一生続けられる形じゃなかったなみたいなふうに思うんですよね。
その時テツさんに相談して言われてたのが、
そろそろトリプルアクセルを飛ぶようなビジネスっていうのは、
なんかもう卒業のタイミングなのかもねみたいな。
トリプルアクセル飛ばなくても生きていけるような状態にする必要があるのかもねみたいな。
でも今ちょっとコロナだから、
そういう土壌を耕すみたいなこともできないし、
今のスタイルはこれで食っていかなきゃいけないから、
これでしばらくはやるけど、みたいなところが結構続いてたんですよね。
だからその時期って結構自分でプロモーションをね、
半年に一回くらい大きいプロモーションを自分で仕掛けてみたいなことをやってたんだけど、
実際自分で作ってはいたけど表に出さなかったセールスペースとか、
その時めちゃくちゃあるんですよ。
なんか書いて書いて書いて、10日分くらい書いてボツにしたとか、
そういうことをめちゃくちゃやってた気がするし、
そのクライアントさんたちにも必要以上に動画コンテンツとかを提供して、
それをGoogleドライブにまとめて入れて、
共有できるようにしたりとか、
めちゃくちゃいろんなことをやりまくってましたね。
売上げを上げるっていうことはクリアしてるんだけど、
やっぱり構造上どっかで頑張らないと生きていけないみたいな感じなのがやっぱりきつくて、
高単価でやってるからね。
普通にやってる人よりはかなり商談数も少ないし、
セッションしてる時間も少ないし、
やっぱり高単価で買ってもらえてるわけだから、
これ以上望んでいいのかなっていう気持ちと、
自分のスタイルは本当にここが最終到達点なんだろうかっていうような悩みがあって、
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一応一時期ちょっと値段を下げて提案してみたりもしてたんですよ。
半年間いくらみたいな感じで。
ちょっと単価帯を下げたサービスとかも準備して、
それもやっぱり僕は仕掛ければ売れるんで、
仕掛けて売れたこともあったし、
それが結果として長く続けてもらって、
年プロと同じくらいの収益になったよっていうことは結局あったんですけど、
だから当時はすごく自分のスタイルに疑問を感じて模索をしていたというか、
前回の放送でも言いましたけど、
やっぱり情報発信で食えるようになりたい人が圧倒的に多いから、
食えるようになった後の悩みってほとんど出てこないと思うんですよ。
だって僕が発信始めた時、
情報発信で食えるようになった人の話がそもそも少ないと思ったところから、
やっぱりコーチングの売り方みたいなところで、
僕はここはいけるなと思って仕掛けた部分があったから、
なおさらないよね。
食えるようになった後の悩みみたいなのってなくて、
そこが結構きつかったな。
でも何がきつかったのか分からなかったんですよ。
1,2年ぐらい。
だし実際食えてたしね。
それでね、やっぱり500万600万ぐらいは、
それでも地方でコロナで外とかほとんど出れなくて、
何もできないみたいな状態でもやっぱり情報発信を通じて、
日々コミュニケーションをとって、
半年に1回ぐらいちょっとデカめのプロモーションをする。
そのコーチング販売の教科書をちょっと値下げして売ったりだとか、
それで体験セッションを一緒に受けさせてもらって、
そこから長期のサービス提案していくとかね。
そういうことは結構やれてたので、
コーチビジネス的にはかなり合理的なスタイルを
もう突き詰められてたんじゃないかなと思うけど、
僕的には売ろうとしないと売れないっていうのが結構きつくて。
表にはそういうところをあんまり出してない気がするんだけどな。
でもそういうのがすごくもっと改善の余地があるんじゃねえかっていうことに気づいたというかね。
それが決定的だなと思ったのが、
ちょっと発信でもちらちらどっかで喋ってますが、
一昨年の夏にそういう感じで売り上げを狙いに行くかということで、
去年か!去年だ!去年の夏にプロモーションをかけたんですよ。
これが実質、おはなしアナウンドがかけたプロモーション。
最終プロモーションになります。
僕はそこからプロモーションを一度もやってない。
何が起きたかというと、
僕の今まで培ってきたコピーライティング、セールスライティングとか、
プロモーションの書き方とかを総動員にして、
壁打ちセッションっていう企画をやったんですね。
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なんで企画をやったかって言うと、そろそろ稼ぎ時だと思ったから。
企画をやって、結局それで15人くらいの人が申し込んでくれたんです。
15人くらいの人と話したんですよ。
そこで契約になったのが2人だったんですね。
うち1人はちょっとその時期は1回断ったけど、
その後日、やっぱり直人さんがいいということで、
申し込んできてくれたっていう方だったんですけど、
15人セールスして2件しか売れなかったんですね。
僕の中では。
それでもやっぱり売上自体は、
僕100万円超える単価でやってたんで200万以上出てるんですよ。
ただ僕の中で限界感じたんですよ。
プロモーションをかけて売っていく。
見込みのお客さんをLINEとかに貯めといて、
日々メッセージで、教育って言われたりしますけど、
自分の価値観を提供して、
最終的に借り取っていくみたいな。
ビジネスがプロモーションスタイルのビジネスだと思うんですけど、
それでお客さんが結局2人しかつかなくて、
なんかすごい、僕の中ではですけど、
あんまりいい時間じゃなかったんですよね。
そのお客さんに対して提案して、
無料で提案して何人も何人もあって、
1人3回話したとか人もいたからね。
3回とか話して。
で、なんかこう、やっぱりなんつーのかな。
こっちも売りたいから、
なんとか売れるようにしようみたいな感じで。
で、向こうもただで壁打ちしてくれるんだから、
って申し込んでる人たちが結構いて。
で、その中には僕のガチファンというか、
本当にお花茶なおとさんの発信を見てて、
本当に尊敬しててみたいな言ってくれる人もいたけど、
なんか僕の中で逃げ切らないものがあったんですよね、当時。
それはすごい覚えてるな。
なんかこんだけ時間かけて、
こんだけ日々発信してて、
こんだけ時間かけてプロモーションして、
こんだけ熱量高い俺がやって2件か!みたいな。
なった時に、
なんかこれは根本的に変えなきゃいけない気がするな、
っていうのをなんか思ったら覚えてて。
ちょっと時系列前後するんですけど、
そのプロモーションをかける前にも、
いろいろ試行錯誤自体はしてるわけなんですね。
僕がその、えっとなんだっけ、
そのコロナがだいぶ落ち着いてきた時に、
当時神奈川にクライアントさんがたくさんいらっしゃったんで、
でね、神奈川県に出張に、
何回も行かしてもらって、
そこでセミナー開いたりとか、
セミナー開いたのはその初だったかな、
ちょっと覚えてないけど、順序が。
なんかセミナー開かしてもらったりとかして、
大阪にクライアントさんがいた時とかは、
そのクライアントさんと酒飲むためだけに、
日帰りで大阪新幹線で行ったりとか、
そういう出来ることとかをいろいろ模索しながら、
あとあれだな、
YouTubeをちゃんとしたところで撮ろうと思って、
会議室を借りて、
YouTubeをまとめて何本か撮影したりとかもしてましたね。
ほんといろいろ試行錯誤する時期が、
やっぱ2,3年続いたんですよね。
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売上はやっぱり500万、600万っていうのをキープさせてもらいながらですけど、
それはやっぱり僕の爆発用プロデュース力があったからなんで、
年に2,3回くらい、
よっしゃ行くぜっていう時にバッとやって、
100万とか200万とか、
出る時は300万とか、
稼いで、それ以外の月はほぼ収入ゼロでっていうのがずっと続いて、
試行錯誤をずっとしてたんですよね。
だからコロナが落ち着いてきた時に、
僕が出張行き始めたタイミングですね、
森会議っていうコンテンツはその時にできて、
僕と森を歩きませんか?っていうことで、
ちょっとコロナも落ち着いてきたんでね、
ちょっと検温とかお互いしっかりやった上で、
ちょっと対面で会う良さとかを、
なんかやりませんか?みたいな感じで、
僕が地方に移住したっていうことを、
なんか上手く使ってできないかなと思ってね。
やっぱり僕都会から北九州の方に来てるんで、
その都会に住んでる人が死ぬほど欲しい、
田舎の景色っていうのをやっぱり知ってるんですよね。
東京にいる時に死ぬほど感じたから、
あ、東京の緑は四角いんだよなーみたいなことをね、
空が四角いんやーって思ったりとかしてたんで、
そういうのを上手く使えないかなっていうことで、
そういうのを模索していろいろ活動をしたりはしてました。
その時に天気になったのはいつだっけかなー、
だからそのプロモーションか、
売ろうと思っても全然売れなくて、
売れたけど、売れたけど、
自分の感覚的には全然売れなくて、
そういう時代じゃねえのかなと思ったんですよね。
僕自身がやっぱり、
僕のその根本的な考え方として、
お金を稼ぎたいとかではなく、
生きているだけで、
必要なお金がちゃんと手元にあるみたいな。
ココラヤさんっていう、
ココラヤ・ジンヌスケさんっていう方がいらっしゃって、
心理カウンセラーでよく本とか書かれてるんですけど、
その人がね、存在給っていう概念を言ってたんですよ。
その存在するだけで、
自分にはいくらの価値があると思いますか?みたいな。
そういうところが好きだから、
この世界に入ったっていうのもあったので、
そう考えるとね、
自分の存在給ってそんなに高くないんじゃないかなーみたいな。
今は自分のスキルとか腕とか、
経験で飯を食ってる。
それはもうね、過去の自分からしたら、
本当に喉から手が出るくらい欲しいことではあったんだけれども、
なんとかならんかな、この生活みたいな。
マックス自分が極めたはずなのに、
どっかしんどいみたいな。
なんかこうね、
一番あれかな、まとめた売上が出たら、
僕は、やったー!これでクライアントさんとの関わりが!とか、
やったー!まとまったお金が入ったー!よっしゃー!とかじゃなくて、
ほっとするんですよ。
あ、よかった。これでビジネス続けられるわ。
みたいな自分がいて。
で、3,4ヶ月したら、
ちょっとやべーなって焦り出して、
種まいて1,2ヶ月でまたお金稼ぐみたいな感じだったから、
24:01
なんかそういう自分は好きな自分じゃないなーと思ってね。
確かにオンラインで地方移住して、お金稼いで、
確かに自分からバンバン売って売れることがクッソ楽しい時期もあったんですよ。
あったし、それはやっぱ嘘じゃない。
本当にガツガツ売り込みに行くから、
出会えてたお客さんっていうのも、
そういう売り込まなかったら出会えなかったお客さんっていうのが、
たくさんいたのも事実で、
なんか自分でやってたことに疑いはなかったんだけれども、
これからもずっとこれ続けていくのかなーみたいな、
なんか迷いみたいなものはね、
やっぱ地方帰ってきて2年ぐらいはあった気がするな。
でも地方移住して本当に良かったなと思うのが、
やっぱ生活費が思いっきり落ちたんですよね。
その家賃が5万円台で、
車持っても駐車場代8000円もかかんないし、
僕は当時乗ってた初代オハナシゴも今乗ってるベルファイアも、
基本的に僕は現金一括で買えないものは、
自分に分不足だと思うタイプなので、
現金で買ってるんですよ。
だからローンの支払いとかもなくて、
東京とかだとね、
安いスーパーってのがなんか、
僕の見つける力がなかったのかもしれないですけど、
あんま見つけれなくて、
まとめ買いできないんですよ、車がないから。
だからこっち戻ってきて、
まあ安い家賃で、
バカ安スーパーでね、
まとめ買いするようになって、
ゴリッと落ちて、
で、やっぱこう、
地方の安い金額帯、
しかも僕が住んでる北九州って、
別にガチ田舎じゃないですから、
新幹線停まる駅から車で15分でね、
行けるような位置に、
やっぱりこう、引っ越してたんで、
適度に都会で、
別に何も困ることないし、
実家近いし、
実家に世話になりながら、
で、それでも、
何ていうのかな、
東京にいる時と変わらない、
東京価格で取引させてもらってた、
みたいなところがあったので、
生活は一気になくなったんですね。
東京にいる時の、
こんぐらい稼がないと生きていけないじゃん、
っていうのが、こっちに帰ってきて、
なくなった。
いい意味でも悪い意味でも、
棘がなくなったんですね。
稼ぐ理由がなくなって、
ってなった時に、
やっぱこんなにお金必要なのかなとか、
やっぱこう、当時はさ、
外に行くこととかも、
あんまりできなかったから、
お金使う道もなくて、
お金を稼ぐということが、
そんなに必要なのかな、
みたいな感じになったんですよね。
生活費が落ちると、
生活に対して、
安心できるんだけど、
安心できる反面、
ハングリー精神も結構なくなっていくというか、
だからこの、
どんどんどんどん、
地方に移住して、
悪くなった自分と、
その自分が、
稼ぐ手段が、
コーチの言葉を借りるなら、
トリプルアクセルを飛ぶ。
27:01
一気に仕掛けて、
がっつり稼ぐ。
半年分くらいの生活費用を、
もう1、2ヶ月でバコンと稼いで、
みたいなカニ漁師よね、もはやね。
カニ漁師みたいな稼ぎ方して。
っていうのが、
自分の中で結構疑問に思い始めてた。
別にそれぞれが悪くないんだけど、
組み合ってなかったんですよね。
東京にいる時とかは、
明確に、
東京で生き残っていくためには、
金が必要だ、みたいなところだったり、
地方に移住したい、
東京から脱出したいから、
お金がいる、売上がいる、
オンラインで食っていくだけの力がいる、
っていう目的で稼いでた時は、
自分がプロモーションをやって、
ゴリッと稼ぐやり方が、
すごい自分に合ってたんですよ。
だけどこっちに帰ってきて、
安全安心な世界ができて、
明を妊娠しましたけど、
それが8月に帰ってきて、
妊娠が発覚したのが、
2月とかだったので、
それまでは妻も働いてたから、
別に経済的に困ることなんかないわけですよ。
生活費もめっちゃ下がってるでしょ。
ってなると、
自分からどんどん牙が抜けてって、
純粋な気持ちとして、
クライアントさんと関わらせてもらう、
っていう感じになった時に、
自分のプロモーションでゴリッと売る感じが、
合わなくなってたんだな、
っていうのは思います。
ここに関してはあんまり外に出してこなかったからな、
そういう感じだったんだって、
思う人もいるかもしれないけど、
僕は結構そこの狭間で揺らいでた、
1,2年を過ごしたな、
っていう感じですね。
だんだん明が生まれて、
子供ができたでしょ。
子供ができて家族を守らなきゃいけない。
だけどやっぱり子供が生まれて、
しかも初めての子育てだったから、
やることめちゃくちゃあって、
で、子育てに
暴殺されるというか、
してる間に、
気づいたら、
前のでかい売り上げから
4,5ヶ月経ってて、
やべえな、
今年全然稼げてねえじゃん、みたいな。
で、焦って2,3ヶ月やって、
稼げちゃうんだけどね、
日頃から発信を積み重ねてるから、
いざプロモーション掛けようと思った時に、
待ってましたっていう風に、
来てくれる人がいる。
本当ありがたいことなんですよ。
だからもう全員に言えるんだよ。
情報発信はずっとやっとけっていうね。
ずっとやっとくことで、
僕は一度もやっぱお金には困らなかったんですけど、
ただお金に困らないの中でもやっぱグラデーションあるよね。
自分の今やってるスタイルが、
その時の価値観とか生活に合わないっていうことが、
やっぱ全然あり得るなあっていうので、
僕は結構揺らいでました、
その時。
だからいろんなこと試したっすね。
それこそ1回30万円で
単発セッションを売ってみたりだとか、
森会議っていうのを始めてみたりだとか、
後払いのセッションみたいなものも
何回か試してみたり、
今日の学びに付随するお金を
ちょっと支払ってほしいみたいなね、
話をしたりだとか、
すっごいいろいろ試しましたね。
半年契約でずっと更新していく形の
30:00
セッションスタイル。
で、ちょっと値段を落として
やってもらって、
平行して年間120万円か、
今はもっと高いんですけどね。
最初売り始めた時は120万円だったんで、
今はもっと高いんですけど。
そういう超高単価なサービスを
出してみたりとか、
そういう、
ほんといろんなこと試しましたね。
いろんなこと試して試して、
何年?もう3年ぐらい
模索してたんじゃないかな。
この感覚から抜けたのって
ほんとここ1年で、
なんか自分が
ちっちゃくまとまってるなぁ
みたいな。
ちっちゃくまとまってるんだけど、
生きてはいける。
生活費下がったから。
生きてはいけるし、
家族のこと大変だし、
それでね、
1人目の時はまだ良かったんだけど、
2人目を妊娠して、妻がね。
元々妻が
1人目
授かる前に、
本当は
会社で勤めながら
育休、産休をフルでもらって、
僕が基本家にいるからいいよね
みたいな感じで、
2馬力で行こうと思ってたんだけど、
ちょうど妻が
帰ってきた年の
8月、9月からすぐ勤めて、
12月で仕事辞めちゃったよね。
そこで僕も妻が
本当は辞めたいんだけど、
この職場が合わないから辞めたいんだけど、
でもやっぱり育休とか産休とか
もらいたいから辞められない。
だって子供を作るの遅くなるのやだし、
年齢もあるから、
最初の子は早い段階で見たいって言ってて、
いやもうそんなこと気にしなくていいよ
みたいな。
育休産休とか調べたらだいたい1回の
200万くらいもらえるんですよね、全部合わせたら。
200万くらい損するけどいいよ
つって。もうマリちゃん稼がなくていいよ。
俺が稼ぐから。つって。
言って、育休産休とかもらう前に
もう辞めちゃって。
授かった瞬間からマリちゃん
フル育休ですよね。フル産休か。
妊娠1か月目から産休もらうって
何?って話だけど。
なんかそういう感じで、生活自体が
ミニマムになってたから別に僕の売上だけでも
生きていけるんじゃないかみたいな感じで
やってて。1人目は全然それで余裕だったんですけど
2人目ですね、葵の妊娠が
分かってから
それで1休産休の取りこぼしが
×2になって400万くらいになるわけですよね。
そもそもそのマリちゃん自身の
収入もないから、やっぱ僕1人で
稼がなきゃいけないってなった時に
稼ぐ理由がどんどんでかく
なってくるけど
自分のスタイルが
蟹寮
ドリプルアクセル蟹寮
だったんで
とりあえず今は
生きていけるけどなぁ
みたいな感じでね。
お客さんとのコーチングとかに対して
不満を持ったことは1回もないんですよ。
僕はそここだわり持ってるので
クライアントさんに対して高く買ってもらって
その高く買ってもらった分
以上の価値が渡せたらいいなっていうのは
変わらないから、クライアントさんに対して
悩むことはあんまりないんだけど
やっぱそのビジネススタイルですよね。
33:00
がなんか
自分で合わなくなってるなぁっていうのは
やっぱここ3年ぐらい感じました。
でもやっぱ地方でね
移住をして
自分の事業でオンラインで
食ってるっていう意味では
これ以上ないぐらい幸せというか
ほぼほぼ
完成形だろうと思ってたから
なんかどうにかしたいんだけど
どうにかしようとも思わないみたいな
感じの時期が
続いたかなぁ
あの時はね結構きつかった
なんか今振り返ったらきつかったんだなっていうような
感じがありますね。
お、マリちゃん起きてきた?
サンタ業務すか?
そろそろ起きんとね
サンタ業務できないよって
起こしに行こうかなって思ってたんだけど
声聞こえた?
すいませんね、皿洗っときました?
もう寝る?そのまま
はいはい
そうなんですよ
今日クリスマス24日なんで
あかりがピクミンのパジャマを
欲しいってサンタさんに電話してたんでね
それを
準備せずに親が寝落ちしてしまったら
もう一生恨まれるだろうから
そろそろマリちゃん起こそうかなって思ってたんですけど
起きてきましたね。
まあいいや。
そうやって色々悩んではいたけど
答えは出せずにいたというか
でもだからその
去年の夏のプロモーションで
全然売上が
思ったより立たなくて
そこでなんか
自分の中で
力入ってるんじゃないかなって思い始めたんですよね
結局
プロモーションをかけた中で
来たお客さんとかを分析すると
最終的に買ってくれた2人って
もともと僕のことを
すごい見てくれてる
1人はもう激ラジオユーザーだったし
もう1人は
前に僕のセッションを
1回買ってくれたことがあってっていう
そこからずっと
見てくれてるっていう
人だったから
まあだからなんか
本来プロモーションで集まった人が
ほとんどが
かすってるというか
今までの関係性とか
ラジオずっと聞いてくれてたみたいな
人だけ集めたら
別に15人いたうちの13人に
何時間も何時間も
何時間も何時間も
使う必要なかったし
その時の13人とは全く関わりないし
ひょっとしたらラジオ聞いてるかもしれないけど
全くそこから後日連絡します
って言ったら連絡してこなかった人とか
何人もいて
結局信頼関係なんだなと思った時に
本当に
関わるべき人って
向こうから連絡してきてくれるなみたいな
こっちからプロモーションかけたから
せっかくの機会だからって出会うこともあるけど
そうじゃないなっていうことを
思い出して
去年かこれが
去年の売上が550万くらいだったんですよ
やっぱそのプロモーションで一回
こけたってのがあったんで
ちょっと売上出なくて
最後12月くらいに一件契約が取れたから
36:00
ぼちぼちかなっていう段階で
っていう感じで
終わりましたね去年がね
またちょっとブレイクできたのが
今年からでして
今年に入ってですね
その中でもずっとフラストレーションが
溜まってたというか
トリプルアクセル完了をやらないと
生きていけない自分っていうのが
今の課題でどうにかならんかな
みたいな風には思ってたんだけど
そこでやっぱ
自分でずっと考えてたことって
答えが出るもんで
その時ね継続して受けてた
クライアントさんとちょっと
お話をした時に
直人さんって正解を
当てるのが上手なんじゃなくて
そういったことを正解にできる人なんじゃないですか
つって
それってそのまま弾いてるのって直人さんらしくない
と思いますってクライアントさんの方から
フィードバックしてくれたんですよね
それを聞いた時に
そうやと思い出して
守りに入っている自分を思ったなみたいな
最初は
いけるかわからんけどいくわーみたいな感じで
売り上げを売ってるのは分かりやすいからね
ぐわーって売り上げ狙って
出せるようになりましたってなったら
狙って出せるようになった
その中で
上手く回すようになってて
いつの日かちっちゃくまとまってたな
みたいな自分に気づいて
いっそのこと
売り上げを狙って
出せるという自分に不満があるんだったら
狙わなかったらどうなるんだっていうことが
やってみたくなったんですよね
それが今年の始めです
今年は売り上げのこと考えねえ
っていう風に
決めたんですよ
逆に何考えるかっていうと
使い方
毎年毎年経費の少ない
個人事業を
ちゃんとやってたおかげで
お金、キャッシュですよね
自体はちゃんと残ってるわけなんですよ
キャッシュがちゃんと残ってるから
そのキャッシュをどういう風に
回していくかっていうのが
ビジネスでは大事
お金を稼ぐことばっか考えるんじゃなくて
お金を使うこと考えようと思って
もうBluetoothキット受け大丈夫よ
使うこと考えようと思って
そこから年始めに
今年はお金を使うっていう
目的を立てて
お金の稼ぎ方は考えない
なぜなら稼ごうと思っても
稼げるレベルに来てて
狙って稼げるということに
満足してはいけないと
狙わないということをしたらどうなるんだろう
と思って
思い出予算を組んだんですよ
300万円
今年は300万円使うって決めて
ワクワクすることとか
思い出になること
やろうと思って
いろいろ変化を求めてたんですね
自分の中では完成してるけど
これ以上ないぐらい
合理的にはやれてるけど合理的すぎてつまらんと
合理的すぎて
今の枠を飛び出せないっていう風に
思ったっていうのが
情報発信の歴史からは
だいぶずれてるんですけど
でもあれだな
39:00
プロモーションをかけるっていうやり方から
卒業したいっていうのがありました
プロモーションかけて売り上げを出すんじゃなくて
お客さんの方から
声かけられるような自分になりたいというか
実際声かけられてはいたんだけど
でも自分でプロモーションして仕掛ける
っていうところから
抜け出せてなかったというか
仕掛けることでこのお金の不安とか
今の持ってる不安を
乗り越えようと思ったら
桁一つ違う売り上げが必要になる
3000万とか5000万とか
そういうのを売り上げる方を
目指していくっていうのがセオリーなのかもしれないけど
僕は違ったんですよね
自分の生活ありきだし
子供と妻と一緒に家族で
仲良く過ごしたいっていうのがやっぱりあったので
自分の中でどうなるかは分からんけど
いつもと違うところに
力点を置くような
1年にしたいと思って
お金を稼ぐことではなくお金を使うことを考えようと
思い出予算というのを具体的に300万
準備して経費になるならない
関係なく
自分がやりたいことにお金を使って
それで実際お金がどうなるのか
稼ぎがどうなるのか
見てみようということで
今年に入りました
今年やったことは
300万円の使い道を常に考えて
動いた
結果
6月に北海道に
行き
北海道で
30万くらい使ったのかな
でもそこでやっぱり
安取屋さんのところに
安取屋さんの奥さんと息子ちゃんと
うちの家族4人で
北海道のおいしい
お寿司屋さん連れて行ってもらったりとか
そこでたまたま
レンタカーで
借りたミニバンの
ボキシがものすごく良くて
ちょっとなんかでけえ車でも買うか
そういや思い出予算が300万ある
あと270万あるじゃねえかと思って
いろいろ調べてたら
新型のボキシで500万くらいするから
新型買うくらいだったら
ちょっとカタオチで
ベルファイヤとかアルファードとか狙ったらいいんじゃねえみたいな
これでセッションしたら面白くねえみたいな
風になって結局
僕は今の2代目お花師号を買っちゃった
っていうねそういう経緯
なんですよそれで
ベルファイヤ買ったわーいわーいつって
いろいろやってたら結局
僕の売上どうなってるかと言うと
今年が歴代で最高売上だったんですよね
意味わかんないよね
一回もプロモーションかけてないのに
今までよりも売上上がっちゃった
なんで上がっちゃったかと言うと
やっぱり自分が仕掛けないって決めてるから
仕掛けなくても
どうやったらお客さんが
自分から声かけたくなるだろう
っていうことを徹底的に
考え抜いたんですよね
発信もこういう風に
お客さんに受けるだろうっていう風に
狙ってアクセス取るんじゃなくて
お客さんに対して
どういう風に見られたいか
売れることが
ゴールなんじゃなくて
僕のことを追いかけたくなるような
この人のサービスを
買うことが自分にとって
一つ達成したいゴールなんだ
42:00
みたいな風に思ってもらえるように
って自然と考えるようになったな
と思います
自分の立ち振る舞いとか
お客さんと関わる時の態度とか
そういうものから
構築し直したような
感覚がやっぱりありまして
自分から提案
しないって
自分に決めたので
問い合わせがあった人を
体験に誘導したりとか
お客さんに気持ちよく買ってもらえるような
トークをしたりとかも
一切しなくなって
基本的に問い合わせ来ても全部スルーするし
体験セッションないですかとか言われても
全部ないですって言っちゃう
だって僕は自分から売らないって決めた
自分のサービスを
欲しいと思ってくれてる人だけでいいや
狙って売上げの金額を出すみたいなところに
フォーカスかけるのやめたから
そういうことをし始めると
基本的に
相手をする問い合わせが少ないので
自分の時間もあくし
自分の人生を
どうやって良くするかみたいなことに
自然とフォーカスが
やっぱり行くようになって
発信のスタイルも
ちゃんと毎日大量に投稿する
っていうところだけは抑えて
自分の今の
超高単価な人間としての
在り方だけ整えて
お客さんが
声をかけて
来やすいように
こっちだから声をかけるんじゃなくて
お客さんの力を
上手く使えるように
説得とかはせずに
もし買いたい人がいるんだったら
こっちの道に行った方が
いいかもよ
みたいな感覚で
ヘンデルとグレーデルじゃないですけど
目の前にパンをシュンシュンシュンと置いてきて
最後のパンをかじった人だけ話をする
みたいなスタイルに
これは狙ってやったんじゃなくて
自然となっていったっていう感じなんですよね
だから変な下心とかが
なくなったのかなと思います
超高単価な人間の
作法として
ちゃんと触れられる場所を作っておく
日常からしっかり発信を
積み重ねておくのも
自分からサービスを売ってほしいって
言わないから
壊してくれって言われるよね
根本的な原理原則みたいなところを
煮詰めるようになったら
自然と
問い合わせ自体は減ったんだけど
本当に問い合わせてくれる人の
熱量の高さがやっぱり
去年とか一昨年と
比べたら尋常じゃないくらい熱いというか
勝手に
与えて与えて与えて付けたら
その中で育った人が
向こうからたまらず
声をかけてくるみたいなね
今年はだから公式LINEで
プロモーションも一回もしなかったし
実際に僕が売上げを出すために
何をやってたかというと
前回の対談とかでも話しましたけど
日々ラジオを撮って
とにかく自分のやってることとか
45:00
考えてることを共有する
とにかく共有して
公式LINEに
いてくれてる人に
時間がなかなか空かないんですけどね
二人子育てしてるから時間も空かないけど
空いたタイミングで
通話企画やりますよっていうのを
今年も多分通話企画
合計で10回も
やってないと思うんだよな
7回とかしかやってない
と思うんだけどもうその時点で
サービス
買わせてくださいとか
サービスどうしても売ってほしいですっていう
姿勢が整った人が
ゲリラ企画に
応募してきてくれて
話したら向こう側から
もっと関わる方法ないですか
単発セッション受けたいんですけど
長期のサービス受けたいんですけど
どうしたらいいですかって声をかけてもらった時だけ
追加の案内をする
っていうスタイルをとってたら
一人当たりの顧客単価が
エグいんですね
その状況で入ってくる人なんで覚悟決まってる人だし
その人にとっても
僕のセッション受けるってことは
すごく意味があることなんですよね
こういう意味があるんじゃないですかって
こっちから言うんじゃなくて
お客さんの方から買いたいと思ってました
チャンスを伺ってました
って言ってくれるような人しか
相手にしなくなったので
そうすると多分
相手にしてもらえなかった人たち
その言い方はちょっと過度立つかもしれないけど
中でも
こういう立ち振る舞いが
こいつのクライアントになるには必要なんだ
っていうことを自分で気づいて
立ち振る舞いを変えた人もきっといただろうし
なんかもういいよと
別にお客さん欲しいわけじゃないから
もういいっていう
態度を取った方が
なんか知らんけど儲かったな
だから今年はね
かなりその
売上が今までで一番出たっていうのはそうなんだけど
売上の内訳がめちゃくちゃ良かったですね
もう新規のお客さん
もう全然数取ってないし
でもやっぱ今まで継続してくれた人が
さらに継続してくれたり
もちろん卒業してた方もいましたけど
そんなに激しい人の出入りが
あることもなく
基本的に街の姿勢で
お客さんと出会えるようになったっていうのは
ここ3,4年ぐらいの
情報発信の歴史の中で
一番でかかったかな
やってることは変わんないんだけど
多分僕のマインドが変わってるんですよね
なんか借り取るっていう
マインドじゃなくて
一方的に与えて与えて与えて
お腹いっぱいになった人が
コンコンコンコンって
別のコースを出してもらっていいですか
言ってくれるまで待てるようになった
感じがするな
だからなんか自分はセールスが得意だったけど
もうセールスしてないし
必要なくなったし
別に僕は売上が出た出ないで
自分の生活判断するタイプじゃないから
ある程度あれば別に良くないって
思うタイプだから
もういいや!
いいや!って言ったら
帰ってお客さんが増えちゃったな
本当にあるんだそういうことっていうのは
なんかね
今年になって必死感じてるというか
48:00
あんまり売上に
頓着がなかったから
ちょうどさっきね
今年の売上とかを全部集計して
節税対策がね
できるのって
今月いっぱいなんで
12月31日過ぎて
新年になっちゃうとね
もう来年の経理になっちゃうから
個人事業主は
今年いっぱいしか節税できないんだけど
あれかなって思ってたらね
1ヶ月前に締め切り終わってましたね
節税できなかった
節税失敗した
なんかそのぐらい
売上を狙ってなかったら
今年が一番やっぱり売上が
良かったので
そういうことってあるんだなと思って
だからといって全く売上を狙わずに
売上が出るかって言ったらそんなことないと思うんだけど
僕の中で
トリプルアクセルは飛ばないと
売上が出ないっていうのがやっぱり一つ
でもそうやって狙って取らないと
できないっていうのがやっぱり一つ
悩みだったし
今年はやっぱり狙って売れるから
狙わずに売れるに
かなりシフトできたかな
っていうのは思いましたね
今まで9年目
今回が9回目の確定申告になるんだけど
一番気持ちよかったですねこのスコア出すのに
頑張って頑張って頑張って
この金額だったら来年もっと稼ぎたいな
って思うと思うんですけど
なんか今僕の中で
頑張らなくてもこんなに稼げるんだったら
自分の都合で
売る占いとかじゃなくて
もっとクライアントさんたちの成功とか
もっと妻も含めですけど
僕の周りにいる人たちの幸せとか
考えられるなとか
そういうことをすごく考えたり
したので
売上を追うっていうフェーズから
売上に追われるみたいなね
売上が自分のことを追ってきてくれるみたいな
ステージに入れたのは
今年1年でよかったかな
と思います
今日も50分しゃべりましたけど
これが僕の
ビジネス振り返りとか情報発信史ですね
最初
売上を狙って出す
ってところからアルバイト生活
したところから始まって
売上が取れるようになって
売上が取れるようになったから
地方移住したけど
次に引っかかったのは狙わないと出ない
狙っても出なくなった
どうしようってなった時に
狙うのやめてみようって
狙うのやめてお金を稼ぐじゃなくて
使うにフォーカスしたら
収入が増えました
今の自分の実力的に
別にもう狙わなくても
出るんだから狙わなくてよくないみたいな
自分の売上がどうこうって
自分がフォーカスしてるポイントなんで
もっと本質的なのは
お客さんの満足であったり
お客さんがどんだけ自分のサービス使って
成長できるかっていうところがやっぱり
大事なポイントになってくるかなと思うので
この感じで
来年も本当に
お客さんをどんどんどんどん
一緒に成長させてもらって
それで自分のビジネスも
一緒に成長できたらいいかなとか
いうのは思ったりしてますね
僕もやっぱり売上を狙って出すとか
51:00
そういうことに関してはめちゃくちゃ考えてきたんで
クライアントさんに自分がやってきた
ノウハウとか経験とか売れ方みたいなものですよね
っていうのはやっぱり
伝えられることいっぱいあるんで
そういうところをやっていきながら
ビジネスをやっていけたらなと思います
ちょっと長くなりましたが
今日は後編
私の情報発信師ということで
情報発信を
どうやって付き合ってきたか
みたいなお話をしました
僕もちょっと喋りながら思い出してた部分があるので
まとまってない部分もあると思うんですけど
こんな感じで
僕は企業9年目ですね
情報発信をしております
来年どうなんだろうなもうわかんねえ
でも狙った自分より狙わない自分の方が
調子がいいということがわかったので
来年もまあ狙うことはないだろうね
でもなんか
別なところでフォーカスしたいなと思いますね
クライアントさんがやっぱね
今日のバキスリ午前中撮りましたけど
ハナさんとか
案内やって
クライアントさんに対して正しい方向に導くみたいな
クライアントさんの行きたいね
僕がブレイクポイントになるみたいな
そういう関わり方ってやっててすごいやりがいあるなと思うし
ハナさんも言ってくれてたけど
プロデューサー的な目線って
すごい大事だなって思うので
どんどんクライアントさんたちに
僕が関わるっていうことを
もっと還元できたらなと
大事な気づきを得るみたいなことは
もちろん大事なことはずっとやっていくんだけど
僕を起点に売れっ子になってくれる人が
増えたりすると面白いので
そういうことをプロデューサー業みたいなものを
もっとやっていきたいなという風に
思っておりますと
そんな感じで終わります
前編後編聞いた人ね
よかったらいいねとかしてほしいなと
思いますし
これも明日あたり公式LINEにまとめて流そうかな
と思っているので
ひょっとしたら公式LINEから来てね
ここまで聞いたよっていう人もいるかもしれないので
最後まで聞いた人はね
感想でも僕に送りつけてもらえたら
全部読めますんで
そんな感じでコミュニケーションを取っていけたら
嬉しいなと思います
長い間お付き合いいただきありがとうございました
以上ですご静聴どうもありがとうございました