1. 哲学の楽しみ方を探求する〜それ哲ラジオ
  2. #437 地動説並みの大発見?フ..
#437 地動説並みの大発見?フロイトが見出した「無意識」とは
2026-07-05 41:59

#437 地動説並みの大発見?フロイトが見出した「無意識」とは

▼「それ哲ラジオ」おたよりフォーム

ラジオのご感想やコメントなど、お待ちしております!

https://forms.gle/ThJocrLap77ELG7B7

▼「それ哲公園」とは?

それ哲フォーラム(掲示板)を中心に、それ哲カフェ(オンライン哲学カフェ)も開催しています。参加をお待ちしています!

https://www.soretetsu.com/

▼それ哲ラジオ 公式X

更新案内や、番組の周辺の話など。

https://x.com/soretetsu_radio

▼哲学事務所ルディクレア

https://ludicrea.jp/

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:11
はい、それ哲ラジオ。今日も始めていきたいと思います。 よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今回フロイト第2回ということでやっていきたいと思います。
はい、前回ですね、フロイトさんの経歴というところで、 若い時はね、いわゆる神経学者みたいなロブスターとかウナギとかを解剖して、
生命の本当に構造だよね。 全部が物理的に説明できるというところからそういったことをやってたんだけれども、
そこから精神科というか、ヒステリーとか神経症みたいな、 どう考えても病気というか不調なんだけれども、
いわゆる解剖学的なことではその原因がつかめないみたいなものが実際にあった時に、ある種心というか精神だよね、
というものをいかに扱ってその病を治すかという臨床化として活躍しているという話をしたかなと思うんですよね。
話をめっちゃ聞くと少し改善したみたいな、そういう話だったよね。
そうそうそうそう。その前はね、催眠術とかを使って治療してたとかって話もしたと思うんだけど、
フロイトさんはね、催眠があんま上手くなかったらしくて。
なるほど、別に否定してたわけじゃなくて、ちゃんと当時そういうものがあったものをちゃんと勉強した、で実践しようとしたみたいな感じではあったんだ。
だけど上手くかかんなくて、しゃーないっていろいろお話してもらったら、これでもいけるじゃんってなって、
そういう自由連想法というか思いついたことをとにかく喋ってもらうみたいなところごとやってたっていう感じだったんですけど、
今回からですね、いわゆる医者というか臨床的なことよりは思想というか、
彼の発見したものっていうのをいろいろ見ていきたいんですけれども、今回早速クライマックス感あるんですけど、無意識ですね。
これをやっていきましょうと。
無意識って前回も言ったけど、すごい日常的に使うじゃないですか。
使う使う。
なんか無意識にやっちゃったんだよねとかさ、
それって無意識に避けてないみたいな感じでさ、確かにそれ言われてみれば避けてたかもなんて普通に繋がると思うんですけど、
前回も聞いたけど、じゃあ無意識って何?って言われたら結構答えられなくないですかって話があると思うんですよね。
確かに。
しかも当時、だから無意識っていう言葉が一般化したい時代なんですよね、フロイトの時代って。
03:08
で、一部の科学者とかは使ったらしいんだけれども、その意味で言うと、いわゆる本当は意識がない、それこそ気絶してるとか、
例えば寝てる間って意識があるのかないのかみたいな、結構そういう本当に意識がない状態のことを無意識って言ったらしいんですよね。
なるほど。
なので、無意識があるみたいなものとか、無意識が何か我々、僕らの判断とか行動に影響を与えているみたいな発想っていうのは、
このフロイトから広がっててというか、彼がやっぱり広めていったものっていうような感じなんですよね。
なるほど。
しかもこれはちょっとイメージしていただきたいんですけれども、当時って理性中心主義なんですよ。
フロイトとか前回やったベルクソンもそうで、やっぱり記号とか分析とかをして、当時自然科学万能時代なので、
世界を観察して分析していけば全部が理解できますみたいな。
はいはいはい。
人間の理性っていうものは、カントが言ったから、もちろん理解できないものとか理性の外であるものっていう発想自体はあるんだけれども、
その後やったみたいに、でもなんとかそれを乗り越えられないかとか、
なんとか人間の理性というもので全てを解き明かせないかみたいな、そういうことがやっぱり続いているわけなんですよね。
なるほど。全てには法則だったりとか因果関係みたいなものがあるし、それが分かるはずだみたいなイメージですね。
そうなんです。これは実はフロイトが面白いのは、無意識というものを立てることで理性が及ばないもの、
要は理性的ではない人間の本能的なものを見出したとも言えるし、
ヒステリーとか当時の神経症みたいな、なんとなく理性では捉えきれなさそうなものにも、
実はこの無意識みたいなそういうものが影響しているんだっていう、それを扱えるようにしたんだっていう両方の観点があるんですよ。
つまり理性では及ばないものがあると理性で捉えたみたいな、なんかこの二重構造わかるかな。
二重構造?二重構造って言われるとわかんないかも。
言葉があるかな。つまり、僕らの普通の感覚でも無意識ってコントロールできないものとか、
06:01
自分ではどうしようもないものって感じだと思うんですよね。
今のうちらの感覚で。
そうそう、今の僕らの感覚で。なのでそれって多分理性の外なんだけど、
でもそれがあるということによって、自分の説明できない行動とか欲求にも、
無意識という説明ができちゃうじゃないですか。
つまりその無意識という理性の外のものことで、逆にそれも説明できちゃうようにしたみたいな。
はいはいはいはい、なるほどね。
昔だったらそれこそヒステリーとかも悪魔、前回も言ったけど悪魔がついているとかさ、
そういう霊的なみたいな、それはそれで一個の説明なんだけれども、
理性的っていうよりはちょっと宗教的というか、そういった説明で落ち着かせたわけではね。
それをフロイトは無意識っていう、人間の構造に織り込まれているもので説明しようとしているっていう。
だからフロイト自体はそういう理性万能主義に反発したっていうことよりも、
理性だけでは捉えられないものもちゃんとあるっていうことを説明しようとしたみたいな、
そういうねじれがあるよっていうのが、さっき僕二重構造って言っちゃったんだよね。
二重構造ね。そういう言葉使われると一気に分かんなくなるからね。
ちょっと難しい言葉使うとね。
多分3文字以上の漢字が重なると思うと敵反応を示すのかもしれないね。
四字熟語禁止ね。無意識でギリギリぐらい。
無意識までOKみたいな。
OKOK、気をつけます。
あれなんで、インドでいうゼロの発見みたいな感じに近いのかな。
ないものをちゃんと定義して扱えるようにしましたみたいな。
そうだね、確かにそれに近いかも。
っていうのがあるので、フロイト自身は科学者として、
そういった心とか無意識っていうものを探求してきたっていうふうに言っていると。
でもそれが本当に科学なんでしたっけっていうのは、この後のテーマで扱いたいとは思ってるんだけれども、
今日はフロイトが広めていった無意識というものが何なのかという話をしていくんですと。
ちょっと前置き長くなっちゃったんですけど。
この無意識っていうものをフロイトの発想でいうことで言うと、
ある種、僕らが自分自身認めたくない抑圧された欲望みたいなもの。
しかもそれがあるっていうだけじゃなくて、葛藤を起こしている場なんですっていうふうに言うんですよ。
09:05
どういうことかっていうと、
抑圧された欲望っていうもので今言ったんだけれども、
ここに二つあって一つは欲望だよね、もちろん。
欲望っていうものと抑圧されるっていう、外からの力ってこの二つが関わってるって言うんですよ。
欲望の方は割とシンプルで、身体的な快楽。
だからそれこそ性欲とかもそうだし、何か近づきたいとか守られたいとか、
結構生き物は根本に持ってるような欲求みたいなもの。
食べたいでも寝たいでもいいんだけど。
そういうものがまず人間にはもちろんありますよね。
それが抑圧されてるっていうふうに言うんですよね、フロイトは。
それ何でかっていうと、僕らって社会的な生き物じゃないですか。
っていう時にただただ自分の欲望を垂れ流していると、
なんかダメかもみたいな。
衝突するよね、絶対どっかで。
衝突するし、例えば家族においても、
そんなたくさん食べてはいけませんとか、
いつまでもダラダラ寝ててはいけませんとか、
そういうこと言われた時に、
自分の欲望を抑えるってことを学ぶわけですよね。
っていう時にこれはただ実は欲望を抑えてるだけじゃなくて、
もちろんそういう自分はちゃんとした社会的な存在だと認められたいとか、
ちゃんと相手、特に親の言うことを聞く良い子供だと思われたいとか、
そういう別の欲求・欲望があるんですと。
この人間には動物的なそういった身体的な快楽を求めたいっていう欲望と、
でも周囲とか社会から認められたいっていう欲望の両方があって、
これは根本的にお互いを縛り合うというか、
まさに押し付け合うというか、
身体的な欲求の方がぐんぐん伸びてくるんだけど、
それを社会的・人間的なものが抑え込むっていう、
こういう構造があるんだよっていう風に言うんですよね。
面白いね。だから、
個人的なというか本能的なのかわかんないけど、
そっちの欲望の視点から見ると、
社会的な欲望の方に抑え付けられてるねみたいな感じだし、
どうなんだろう、社会的な欲望の方が主要になることはないのか。
そっちがメインで、
そっちをやりたいのに本能的な欲望に抑え付けられてるってことは少なそうだね。
12:04
抑え付けられるのはないかな。
どっちかっていうと、
例えば最近ニュースでも不倫とかそういう関係性のニュースってあると思うんだけど、
本当はやらない方が社会的にはいいはずなのに抑えられないとかあるとするじゃん。
するとどっちかっていうと社会的なものが払いのけられるとか、
そういう関係性にはなっちゃうかなと思うね。
まあそっか。
どっちかというとそういう単純な綱引きとか押し合いとかではなくてって感じだね。
つき上げと上から覆うっていう、結構そういうふうな発想がフロイトでは強いかな。
なるほど、分かりました。
思った時にこれをずっとその葛藤を抱え続けるってやっぱ辛いわけですよ、当然。
普段から食べたい、でも食べちゃダメだってずっと思ってる人って、
まあそれこそダイエットの人とかいると思うんだけれども、
それが結構心に来て精神的に疲れ果てるとかってやっぱあったりするわけじゃない?
っていうのがあるので、その葛藤ってものを要は見ないようにするというか、
蓋をするっていうことを僕らはするんですと。
これあくまでフロイトの発想ね。
実際にそうかどうかってことはちょっと一旦置いといて、フロイトはそういうふうに捉えましたと。
なので僕らはその葛藤っていうものを、
ある種普段使ってる意識とか日々過ごしている理性の領域からある種締め出して、
見えないところ、自分の関係ないところに追いやっちゃうんですと。
そういうようなことを考えるんだけれども、
これってやっぱ無くなるわけじゃないんですよね。
イメージがわくと思うんですけど、
じゃあその無くならなかった欲望の葛藤がどこにあるのっていうのが無意識っていうものなんですと。
無意識っていうのはさっき言ったように意識がないとか、
なんとなく自分の扱い知らないものがあるっていうことじゃなくて、
その人体的にその動物の本能的に快楽を得たいっていう欲求と、
社会的にちゃんといい人間を得たいっていうそこの葛藤が、
追いやられたものがぐつぐつ溜まっている、
なんか空き溜まりみたいな。
そういうふうなものなんだっていうふうにフロイトは捉えるんですよね。
なるほど、イメージできるね、そう言われて。
そうそうそう。
逆にこの葛藤がある意味でエネルギーになるというか、
人間を突き動かすポンポン的なガソリンみたいなものになるんだよっていうふうにフロイトは考えるんですよ。
リビドウとかって聞いたことあるかな。
15:01
なんか衝動的な感じだったかな。
まさに欲動とか衝動っていうんだけれども、
これがそのまさに身体的な快楽を求めるようなエネルギーだったりとか、
またその葛藤によって生まれる動きっていうものをリビドウとかって言ったりします。
そうなんだ。
なんかコンプレックスを場でにして頑張るとかさ、
いうのがまさにこのフロイトに言うところのイメージってこと。
そうだと思うな。
だからその境界的に認められたいっていうものと、
でも自分にはその力がないとか、
それに見合うものがないっていう時にやっぱりなくそうって思ってやるみたいな。
それはかなり意識化されてはいるけれども、
その根源的な欲動としてのイメージとしては近いかなと思うよね。
そうなんだ。
へー。
そうそうそう。
なので、僕らが普段無意識無意識って言っている、
要は意識に昇らないものっていうぐらいの意味だと思うんだけれども、
フロイトはそこにこの欲望の葛藤というか、ある対立みたいなものを見てるんです。
ここからは面白いんだけれども、
やっぱり無意識が意識に上がってくると、さっき言った通り結構きついわけですよ。
ああ、そうか。
教えてたものが意識に上がってくるのは嫌だってことなの?
そうそうそう。
辛いと。
辛いので、
基本的には意識の方ではそれを見ないようにするというか、
上がってこないようにする仕組みがあるんだと。
それによって不謹慎と言われる、
社会的に良くないと言われるとか、
例えば、
わかりやすいけど、
暴力的な欲望とかだよね。
誰かを殴りたいとか、
そういう欲望を持つ人がいたとき、
破壊衝動ってあるじゃん、人間は。
壊したい、このお皿を割りたいとか、
それはそのまま出しちゃうと良くないわけですよ。
我々理性的な人間はそれを抑えるんだけれども、
無意識の方も黙っちゃいないわけよ。
つまり、この欲望あるのに何で見ないようにしてるんだよとか、
もっとこれ発揮したいじゃんとかって考えた無意識さんたちはですね、
ある作戦を立てるんですよ。
何かっていうと、
僕の持ってる欲望ってそんな悪いもんじゃないですよみたいな、
わりと歪曲する?変装する?
っていう風にして、
何とか意識の側に上がろうとするっていう、
そういうことをフロイトは考えるんですよね。
つまり、無意識の葛藤様を出すわけにはいかないから、
18:02
無意識側がちょっと我がしこくって、
いや、そんな悪くないですよって言って、
意識の方に追いやってきますと。
なるほど。
これが実は現れるのが夢なんだっていうような話をするんですよね。
ああ、夢なんだ。
そうそうそう。
現実、起きてる間は意識の働きが強いので、
なかなか人を殴りたい、物を壊したいという欲望を出すわけにはいけません。
でも寝てる間はどうやら意識が弱まっているというか、
その検閲機能みたいなのが緩んでいるので、
その間に無意識がシュッて表舞台に出ようとするんだよね。
だからこそ夢には本当の自分の願いとか欲求とかが現れてるんだっていうことを
フロイトは考えるんですよ。
すごい、そのストーリーわかりやすいね。
そうそうそうそう。
ただこれは本当に気をつけた方がいいのは、
だから夢には本当に欲望が現れてるんだって思うのは間違いというか、
証明できないんですよね。
今も証明はされてないのかな?
どうやるっていう問題があって、それを。
起きて夢を報告してもらって、バーッと喋って、分析して、
あなたの本当の欲求はこれですねって言うときに、
そうですとか違いますって、そういう人は主観でしか言えないじゃん。
現状そうなんだね。
今のレベルだとそうなんだね。
そうだね、確かに。我々今の20世紀の科学レベルだとそこまでなんですよ。
証明できないんだよね。
フロイトはそれをいろんな患者さんとか、あるいは自分自身の夢とかも色々分析してるんだけど、
そういうものから色々考えた結果、やっぱり夢っていうのは普段見えない、
無意識の方に抑圧されている欲望が出てくるんだと。
だからこそ夢っていうのは思理滅裂の内容とか同情的なシンボル、
要は欲望がそのまま出ちゃうと、結局意識の方に抑圧されるというか、
牽引されて、それなかったものにされちゃう。
あえて分かりにくくしてるんだと。
なるほど。
夢の複雑さとか思理滅裂らしさっていうものも、それは無意識の策略なんだっていうふうに捉えるんですよね。
そんな話があります。
僕は夢の話なんだけど、夢って大体変てこなことが多いじゃないですか。
21:03
まあまあそうね。
筋が繋がっているような繋がっていないようになった時に、
僕らがある種、起きた時にはこんな夢見たなとか、こういうことだったなって覚えているもの、
これを捉えるとは実は顕在内容っていって、ある種表層だっていうふうに捉えるんですよ。表の層。
ほうほうほう。
裏に潜在隠された、さっき言った本当の無意識が持っている欲望とか、
夢に変装する前の真実の欲望っていうものがあって、夢っていうのはこの二層構造なんだっていうふうに捉えるんですよね。
なるほど、確かに。これも説明からするとそうなるよね。
だって変装してるから、変装したものを見て、こいつの正体がこれだなとかってなるはずってことだもんね。
例えば実際に本でも紹介されてたんだけれども、フロイトのある女性の患者さんが夢を見た時に、
女友達がいて、その人を晩御飯に招待しようとしたんだって。
でも冷蔵庫開けたら材料がなくって、買い物に行こうと思ってもお店も閉まってるし、材料が手に入らないから招待できませんわみたいな、
そういうふうな夢を見ましたと。
なんかありそうな。
そうそう、話なんだけれども。
フロイトさんはその夢を手がかりにいろいろ聞いてて、夢を見たその日、寝る日か何がありましたかって聞いたら、
女友達の人が家に来てて、いつまた晩御飯呼んでくれますかっていうふうに、次の予定を聞くみたいなことがあったんだって。
はいはい、次はいつ遊ぼうってね。
その中で、自分の旦那さんが女友達の人を褒めていたみたいなことがありましたという時に、
この夢っていうのは、女友達の人に家に来てほしくない。
つまり、表情では次いつにしましょうかまた連絡しますねとかってやりとりしてたとしても、
本当はこの人に家に来てほしくない。
もっと言うと、旦那さんがその人に取られるかもしれないみたいな、
そういう懸念とかあるいは欲求、この女性とはもう関係を深めたくないみたいな、
そういうことを表してはいって、これはすごくわかりやすい例だけれども、
24:02
そういったことが隠された夢なのだ、みたいなことを言ったりします。
いう時に、今みたいな話ってどんなふうに感じる?
今だと普通の会話というか、ありそうだよね。
さあ夢見てさあ、みたいな。
それってそういうことじゃない?みたいな。
面白いのは、本当の欲望、これはわかりやすい例だけれども、
無意識に抑えられているのは、その女性と会いたくないとか、
その女性をもしかしたら傷つけたくないとかもあるかもしれないけれども、
あれ自分も傷つけたくないとかっていうのがあるんだけれども、
やっぱり夢に出てくると、なんかちょっとお店閉まってて買えなかったんだよね、みたいな、
そういう理由が外に出てるじゃないですか。
つまり自分が、自分の中にあるその人のことが嫌だとか、
旦那さんを取られたら困るとか、そういうことを無意識の方は変装させて、
会えない理由、会わなくていい理由を作った夢にしてあげてるみたいな、
そういうことをある種、その表装と潜在っていうことで考えるんだね。
なるほど。
なので、やっぱりこれって言われれば確かにと思ったりもするし、
そういったもっと複雑な夢というか、もっと知り抜き的なものでもそういうことをやったりしているんだけれども、
わかるような気もするし、でもそれって言われたからそう思うんじゃない?みたいな。
そうだね。
やっぱり占いとか、悪く言うわけじゃないけれども、
なんかこうスピリチュアルとか占いっぽいかなーみたいな、
悪い人にやられたら嫌だなーみたいなね。
ちゃんとした人にね、親身になってそういうことされたら意味は言いそうだけど、
悪い方にも使われたら嫌だなーみたいなふうに思ってたね、本当に。
やっぱりそういった意味での、わかりやすさと使い方の危なさというか、そういうのもあるんだけれども、
夢と、あともう一個よくフロイトで言われるのが、
言い間違いとか書き間違いみたいなもの。
なんか聞いたことないですけど、言い間違いに実はその人の本音が出るんだみたいな、
なんかそういう話って聞いたことないかな。
いやー、ないね。あるんだ。
時々言われるんだけれども、それも元々はフロイト的な発想ですと。
27:00
それは別に真実でもないし、別に嘘でもないみたいな両方だよって話なんだけれども、
よくある例としてあるらしいんだけれども、
ある会議の場で議長とかファシリテーターがいるじゃないですか、
っていう人が、今から始めるぞっていう時に、ただいまより議会を閉会しますって言っちゃいましたと。
始めなきゃいけないのに。
そういう人は言い間違えちゃって笑ってるんだけれども、
フロイトさんに言わせると、
なるほど、この議長は実はこの会議を始めたくないという欲望を持っているのだってなるんだよね。
つまり本当にそういう気持ちがないとしたら、会会と閉会ってことを言い間違えるだろうかと。
だから議長さん、あなたは今この会議に対してすごく後ろ向きですねみたいな、そういうことを思うわけなんだよね。
怖いねそれは、なるほど。
どう思うこれ。
思ってもらうのは自由だけれども、
それがもし真実だとして見なされる。
ということはこの議長は後ろ向きなのだっていうふうに、みんなが思われちゃうとかわいそうだなとは思うけどね。
本当に思ってたとしてね、無意識でね。
これは非常にわかりやすいね、さっきの夢の話もそうだし、言い間違えた例も。
やっぱり僕らは普段ね、自分もするし周囲でも見聞きするから、わかりやすいし、確かにそこに隠れた欲求が姿を現してるんだとかって言われたら、そんな感じもしちゃうじゃないですか。
そうね、じゃないとそんな言葉出てくるわけがないとかね、そんな振舞いするわけがないって言われたら、自分としてはそれを証明する手段もない。
向こうも証明する手段がないんだけど、こっちも証明できないから、すごい辛いよね。
兄貴はさっき言った通り、現代の我々のそれはもう限界であって、未来の人類はそれを超えてるかもしれないけれども、
少なくとも今の僕らにおいてはそれを確かめる術がないけれども、プロイトはこれを無意識と意識みたいな、
そういう構造によって、その間に全意識っていうのが入ったりする、そういう三層構造を考えたりするんだけれども、
そういったものである種、説明できるというか、それに捉えたらより理解できるんじゃないかって、そういうことを考えるんですよね。
で、これやっぱり面白いのは、科学的にどうかって正直わからないんだけれども、
30:02
やっぱり一個人間存在の重要な本質っていうか、やっぱり心理を射抜いてるなって感じがあって、
つまりさっきの言い間違えとか、悪いは精神的な病気でもいいし夢でもいいんだけれども、
やっぱりそれって、ある種プロイト以前の理性とか分析とか自然科学とか、
それだともうどうにも立ち打ちできない状態なんですよね。
人間の理性が本当に正しく使えられるのであれば、言い間違いとか言葉をミスるとかって本来ないはずじゃないですか。
まあ確かにね。
それをこれまでは理性の、例えば扱い方が下手だとか、見分かれてないとかってあったのかもしれないけれども、
いやいや、そんなことじゃないんだと。
そんなことじゃなくて、実は言葉を扱うとか、そういった理性の奥には全然違うメカニズムの無意識っていうふうな構造があって、
それが人間に影響を与えているから、夢とか言い間違いとか、そういうことが起きるんだよっていう別の物語というか、説明をある種作っちゃったんですよね。
確かにそれを加えると結構、すごいことを作ってるね。
そうそうそうそう。
数学の、それこそ1個しかないと思った証明なんだけど、それを全然違う証明で解いちゃいましたみたいな。
そしたら世界変わって見えるんですけどみたいな。
本当そんな感じだよね。
はいはいはい。
っていうのがあるので、やっぱりそれによって起きたこととして、僕ら人間っていうのはある種理性的で自由に物事を、自由っていうのは自分たちがコントロールできる。
この世の中っていうのは人間の一定コントロール感におけると思っていたんだけれども、そもそもそう思っている自分自身が全然コントロールできないじゃんみたいな。
みんなそれ分かってるでしょ?なんで見ないふりしてるの?みたいな。
そういうことを突きつけたっていうのが、このフロイトさんの無意識っていう発想ですというふうな話なんだろうね。
すごいね。そっかそっか。
なるほど。
理性のある意味限界というか、現場で理性運用とした時にもうみんな知ってると。
ちょっと上手くいってないよと。なんか違う部分あるよみたいな。
なんだか感覚的に分かってたところを、あれにバシッと出るのは発見じゃないけれども、
無意識みたいな感じで、それこそ言語化じゃないけれどもね、扱えるようにしてくれたみたいな感じなのか。
33:08
たぶん今のストーリーを、今日の話ってたぶん、今は当たり前だからスッと入ってくるけれども、
当時の人もこれこれみたいな感じで、もしかしたらスッと入ってきちゃうかもしれないよね。
当時は結構けんけん極悪な感じ。そんなものは人間にない、動物的なものなんていう話もあれば、
ある種確かに言われていれば、そういった議論が出るような感じだったらしいんだよね。
前回お伝えしたと思うんですけど、いわゆる人間中心主義を引き剥がした3つのものがあるって話ちょっとしたかな、前回。
前回はちょっとさらっと言ってしまったんだけれども、要はその当時の時代からちょっと前ぐらいって、
要はもともと人間中心主義っていうものが段階的にどんどん解体された時代なんですよ。
例えばコペルニクスの太陽じゃなくて地球が回ってるみたいな、これも地球っていう不動の大地というかね、
星っていうものがあって、その周りを他の星が回ってると思ったのにそうじゃなかったみたいな話とか。
あとはダーウィンの進化論もそうだよね。
人間っていうものは神から作られた他の生き物とは違うある種存在だと思ってたのに、猿から進化したとか言われて、
人間って特別じゃなかったの?みたいな。
そういう意味で地球も特別じゃないし、人間という種族も特別じゃないし、
その当時の人たちは人間というものには理性というか自我みたいなものがあって、
まずデカルトの我を思うゆえに我あり。
この我を思うっていうことが人間の中心にあるんだと思ってたんだけれども、
フロイトこれに対してやや無意識っていうのがあってね。
この無意識っていうのが我の意識っていうのにめちゃめちゃ影響を与えてるから、
そんな我の意識なんて大したもんじゃないよっていうふうに言うわけだよね。
ここで地球、人類、私の意識っていうこの3つがどんどんどんどん解体されたみたいな、
そういう風な流れがあったような感じなんですよね。
その1つに数えられるんだ。
そうそうそう。
それぐらいなので結構衝撃的なことというか、
フロイトって哲学者っていうよりは神経学者、精神学者か、精神学の領域なんだけれども、
哲学的なものへの影響というか、もっと言うといろんな人間理解とか表現活動とか、
36:05
あらゆるものに影響を与えていったっていうのはそのぐらいのインパクトがあったからなんだよね。
そういうふうな話がある中で、今回無意識というものをお伝えしていきましたよと。
なので、我が無意識ってさっき一言で言うとって言った通り、
ある種エネルギーの葛藤というか、身体的な快楽を求めたいっていうものと、
社会的、人間的にちゃんとしていたいっていう、それの葛藤ですって話なんだけれども、
これ自体を理解するというよりも、それの発見されたというか、それを名付けてあげたことによる衝撃。
それによって無意識という、これまでは見過ごされていたとか、うまく言葉にできなかったものが語れるようになって、
無意識ってもしかしてこんなことに影響を与えてるんじゃないかとか、
もしかして我々は無意識というものに支配されてるんじゃないかとか、例えばね。
いうようなことがどんどんどんどん言われるようになったというところが、
フロイトが投げ込んだ爆弾というか、そのぐらいインパクトがあるものだったっていうような話なんですよね。
確かにそうだよね。自分とは何かみたいな問いに対する考え方が全然変わるよね。
理性で説明できていたものが、今回の話でいうと、
例えば、むしろ主語がやっぱり大元の本能みたいな方?
こっちが主語で、ある意味理性というか社会的な?
は、それをむしろ抑圧するものであると。
そうすると自分が抑圧するっていうところに対してはコントロールして生きてるけれども、
そうなると本当の自分を殺してる?あれ?あれ?ってどっち?みたいなさ。
あと、この社会的な理性、理性って敵なの?自分の?みたいなさ。
ちょっと混乱しちゃうかもね。
前から文人という話の中で、本当の自分ってあるのないの?みたいな話をしたと思うんですけど、
何か言ってくれた通り、フロイトの構造で言うと、より根本にあるのは動物的な本能とか、
身体的な快楽なんですっていう話が前提としてあるから、
それをやっぱりどう扱いますかとか、どう向き合いますかっていうことがすごく大きなテーマになってくるんだよね。
実はこれが次回やりたい話で、
39:01
なんでフロイトはそれをより根本のものとして置いたのかとか、
そういう葛藤が生まれるかっていうことを考えたかっていうと、
素朴に人間の発達、要は赤ちゃんから幼児期を経て子どもから大人に至るみたいな、
そういう観察の中で、だって人間ってもともとこういった身体的な快楽の方から育ってるじゃんみたいな、
そういうことを考えるんですよ。
それがね、フロイトの批判の対象になってるんだけれども、
そこと欲求、もっと言うと性欲みたいなものをめちゃめちゃ結びつけるんですよね。
なるほど。
そういうのがあるので、次回まさにこの兄貴が言ってくれた、
この2つの欲望ってどういう関係があるのか、なんで人間は湧き上がって押さえつけるっていう総構造になっちゃうのみたいな話をお話しする中で、
この無意識っていうもののさらに構造的な理解というか、
奥にあるメカニズムっていうものを捉えていきたいと思っています。
そうなんだ、そっかそっか。今回こういうお話がある意図じゃなくて、
フロイトはちゃんとこのストーリーに対して、ちゃんとした理由付けというか、
その構造みたいなものをフロイトなりに作ってたんだ、ちゃんと。
フロイトなりにね、ちゃんとって言われても難しいとかいろんな批判はあるんだけれども。
フロイトなりにちゃんと。
そうそうそうそう。
だし、やっぱり説得力は一定あるなと思うので、
ちょっとこれまた次回ちゃんと話すけど、読んでも全然納得できない、何言ってるんだこいつって思うところもあれば、
確かにこれはイメージ枠かなっていうことは両方もあるので、
次回そのある種の根枠というか、それも含めてちょっとお話しする中で、
フロイトってこういうこと言ってたんだとか、だから無意識っていう発想がこんなに力強くフロイトは打ち出していったんだみたいな、
ということもちょっと感じていただけるとうれしいなと思っておりますというふうな感じですね。
分かりました。じゃあ次回はこの無意識というものを見つけましたと。
多分フロイトとは逆だけれども、この無意識ってものがフロイトをどういうふうに作っていったかとか、強化したかみたいなね、その行動っていうね。
そこを見ていくというところで、楽しみにしていきたいと思います。
では次回も引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。
41:59

コメント

スクロール