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生きたいって当たり前?|プロジェクト・ヘイル・メアリー Ep.010
2026-03-30 16:49

生きたいって当たり前?|プロジェクト・ヘイル・メアリー Ep.010

「生きたい」は当たり前?『プロジェクト・ヘイル・メアリー』をきっかけに、人類存続を最優先する物語の前提や違和感をたどり、私の当面の向き合い方まで言語化します。
 
安楽死/生存本能/悲観主義/人間中心主義/生命倫理/地球外生命体/科学技術/不老不死/アストロファージ/エリディアン
 
▼今回お話したコンテンツ
- 書籍:プロジェクト・ヘイル・メアリー(アンディ・ウィアー)
 
▼その他参考コンテンツ
- 書籍:LIFESPAN: 老いなき世界(デビッド・A・シンクレア/マシュー・D・ラプラント)
- 書籍:Why We Die 老化と不死の謎に迫る(ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン)
- 書籍:殺人出産(村田沙耶香)
 
▼パーソナリティ
しおり|おひとりさまを楽しむ30代女
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▼この番組
podcast『ジュエリーボックスにメリケンサック』
本や映画、ドラマなどの物語をきっかけに、恋愛や結婚、女友達、孤独、働くことなど「女の人生」をゆっくり考えるポッドキャスト。
作品の感想というより、物語から人生を考えるエッセイのような番組です。
 
▼もう1つの番組
podcast『大丈夫じゃなくて大丈夫』
“立場は違っても、女同士だからこそ分かり合える話ってあるよね。”
おひとりさまを楽しむ女&子育てを楽しむ一児の母で日々のモヤモヤを話します
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サマリー

本エピソードでは、小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』をきっかけに、「生きることは当たり前か」という問いを掘り下げます。語り手は、人類存続を最優先する物語の前提に疑問を感じ、人類が争う未来なら安楽死を選ぶという自身の悲観的な視点を語ります。また、地球外生命体アストロファージや知的生命体ロッキーとの関わりから、人間中心主義や生命倫理について考察し、科学技術への過度な楽観論にも警鐘を鳴らします。最終的に、積極的に「生きたい」と思えない自分を受け入れ、その理由や他者の「生きる理由」について問いかけます。

「生きたい」は当たり前?プロジェクト・ヘイル・メアリーとの出会い
こんばんは、しおりです。今日はプロジェクト・ヘイル・メアリーをきっかけに考えたことを話します。
皆さんは、なんで生きていたいって思うのが当たり前なんだろうって疑問に思ったことありますか?
なんか急に重たい話始まったなって思ったかもしれないんですけど、自分としては全然重たく考えてない話なので気軽に聞いてみてもらえると嬉しいです。
それでは今回のコンテンツを紹介します。プロジェクト・ヘイル・メアリーは2021年5月に出版されたアメリカのSF作家アンディ・ウィアーのSF小説です。
一人きりの主人公が人類の危機を救うために奔走する話になっています。 実は本人はあんまり、世界を救うぜっていうタイプではないのに、
なぜか宇宙で目が覚めてっていうところで、なぜ宇宙に来てしまったのかっていう理由が段々謎解きされていくような話になってるんですけど、
最終的には前向きでポジティブな話になっています。 この作品初めて読んだ時に思ったことなんですけど、この話って人類を救うために宇宙に飛び出していっているんですけど、
基本的に人類は生き延びるべきであるという前提で話が進んでいくんですよね。 フィクションにこんなことを言うのは野暮だと分かった上でちょっと話させてほしいんですけど、
この作品すごく楽観的で、私悲観的な人間なので、読んでてそんなにうまくいくわけないだろうよみたいに思っちゃったんですよ。
人類存続の前提への違和感と安楽死の選択肢
なんかね、具体的に私が何を思ったかっていうのを話していくと、私がこのプロジェクトヘルメアリーの世界にいたら、きっと宇宙に飛び出して成功率が低い作戦であっても、
人類を救えることに希望をかけようみたいに思わずに、どうやって人類みんなで安楽死するかみたいなことを考える人間になるだろうなって思ったんですよ。
プロジェクトヘルメアリーって名前の通り、神頼みの成功率のすごい低い作戦で、
地球に残されている人間は残っている食料とか、今後少なくなっていくエネルギーを争って過ごさなきゃいけないわけですよね。
だから物語の中でも、みんなが協力しあって過ごしたら人類の4分の1が死ぬので済むけど、
絶対に国同士が協力なんてしないし、争いあって戦争が起こったりするだろうから、半分は人間が死ぬだろうみたいなことが出てくるわけですよ。
私はそんな世界になるぐらいだったら、幸せの生活を送れる希望って全然なさそうだし、
じゃあみんなで安楽死した方が良くないみたいに思っちゃったんですよね。
この作品自体はすごく前向きなメッセージを持ってて、今ね、希望が持ちにくい世の中になってきてるから、
そういう世の中の中で前向きな作品っていうのは、すごい多くの人に必要だと思うし、
前向きな作品であることによる予算みたいなのもすごくあるんですけど、
それによって、読んでる自分の悲観的加減というか、ネガティブ加減みたいなのをすごく自覚させられて、
私って本当にいつも最悪のケースを想像してるなっていうのを感じちゃったんですよね。
そんな家計に出るとかしたくないな、思っちゃって。
前回ね、同じプロジェクトヘルメアリーの話をしたときに、結構ポジティブな感想を話したから、
この話をするとちょっとびっくりされるかもしれないんですけど、
私がこの小説を読んで一番最初に思ったことはこっちで、
私だったら絶対暗黒死するわ、みたいに思っちゃったんですよね。
地球外生命体アストロファージと人間中心主義
なんでそういうふうに思ったのかな、みたいなのを少しね、
いくつか理由を説明していこうと思うんですけど、
まず最初の方のパートは、アストロファージっていう地球外生命体が、
どうやら太陽のエネルギーを食べていることによって、
太陽がだんだん暗くなっている、それによって地球の温度が低くなってしまって、
食料が作れなくなったり、寒くなったりして、
生き残ることができなくなっちゃうんじゃないかっていうところから始まるわけですけど、
そのアストロファージについてちょっと研究した人間は、
アストロファージってエネルギー源としてめっちゃ使えるじゃん、みたいなことに気づくわけですが、
私これをね、読んで、地球外生命体を使ってまで人類の存続を試みるなんて、
すごい人間って豪欲だな、みたいに思っちゃったんですよ、すごいなと思っちゃって、
なんか人間が生き延びるのが一番大事って前提で考えられてるけど、
それって当たり前のことなのかな、みたいにちょっと思って、
他の生き物の生態系みたいなものを壊してまで生き延びたいって、
あんまり私は思えてないんですよね。
アストロファージを止めないと地球の生き物はおそらく絶滅しちゃうわけですけど、
じゃあ逆にアストロファージを殺しちゃった時に、
宇宙全体の生態系ってなんか壊れたりしないのかなとか思うわけですよね。
地球の中でも何か外来種が来たりとか、
人間が何かを取り過ぎたりとかすると、生態系が壊れて絶滅する種が出たりとかするわけですけど、
宇宙全体を考えた時にアストロファージを勝手に人間が殺したら、
宇宙全体のバランスって何かしらの形で壊れて、
何かしらの形で別の生き物が死んだりとかしないのかな、みたいに思ったんですよね。
あと結構、人間のことだけとか地球のことだけとかを考えていたら、
アストロファージの動きを止めることって大事なことだけど、
宇宙全体で見たら正しいことなのかちょっとわかんないですよね、というふうに思ったんですよね。
知的生命体と単細胞生物の扱い方の対比
それからアストロファージの点でもう1個思ったのが、
知的生命体、ロッキーはコミュニケーションが取れる地球外生命体なわけですよね。
同じ目的があるから、ロッキー側もアストロファージの動きを止めたいという目的があるせいも、
主人公のグレスとロッキーは協力して仲間になっていくわけですけど、
知的生命体とは仲間になる一方で、単細胞生物であるアストロファージは害のあるものとして扱ったり、
利用するべきエネルギーとして扱ったりしていて、
同じ生き物のはずなのに、知的な生き物かどうかみたいなところで差がついているのも、
どうなんだろうとか思いながら読んでしまって、
別にこの作品に限ったことじゃなくて、人間って普段から発光みたいな、
発光食品とかで微生物みたいなのを利用したりしている一方で、
知能の高そうな生き物、ペットとかに、犬とか猫とかを飼って、友達だと思ったりするわけなので、
普段私たちがしていることの反映ではあると思うんですけど、
これって本当に人間の都合なんだなっていうのを改めて感じさせる対比でもあったなというふうに思ってしまったんですよね。
今回はロッキーが同じ目的を持っていたから仲間になれたわけですけど、
もしロッキーが敵だったらどうなっただろうな、みたいなことも考えたりはしました。
ソンタイとか他のSFはそういうものを描いてたりとかするから、
今回のプロジェクトヘイルメアリーはそういう話じゃないんだっていうのは分かった上で、
ただどうしても私はそういうのを考えながら読んでしまうんですよね。
科学技術への楽観論と倫理的問題
どうしても科学ってすごい、科学って楽しいみたいなものを読んでいると、
一方でそれって問題ないのかなみたいなことをずっと考えちゃう性質が私にはあって、
前にライフスパンおいなき世界っていう、デビッド・エーシンクレアーが書いた本があるんですけど、
その本では近い将来、医療の発展によって人間は老化しなくなるみたいなことが書いてあるんですけど、
あまりにも技術、テクノロジーに希望を持ちすぎてて、
大丈夫そう、いろんな問題置き去りにしてないみたいなふうに思ったんですよ。
実際に、Why We Dieっていう、老化と不死の謎に迫るっていう本を読んだときに、
その本でライフスパンの批判がされてて、いろんな問題があるよね、
技術自体そんなに万能じゃないし、それに伴っていろんな倫理的な問題とかも発生するよねみたいなことを言うてて、
これこれ私が思ったこと、みたいに思ったんですけど、そういう感じで、
希望のあるSFというか、前向きのSFに没頭しきれないのは、絶対この横でいろんな問題起きてるじゃん、みたいなふうに思っちゃうからなんだなっていうのを改めて思いました。
積極的な「生きたい」理由の不在
こういうふうに話してきて、もう皆さんお分かりだと思うんですけど、私すごく最悪のケースを考えたり、
すごくなんか、悲観的に考えちゃう人間なんですよ。
だから、プロジェクトヘルメアリー読んでるとき、もうグレイスは宇宙に出てるのに、私は残された地球は一体どのようなひどい状態になっているんだろうか、みたいなことばっかり考えちゃって、
作説の中では最後の方にね、ストラトが歴史学の人間で、人間はすごい今まで協力せずに争ってきたんだよ、みたいな話をしてるところがあるんですけど、
本当に協力とか、人間全然しないし、成功率の低い作戦にかけるよりも、
もうちょっと現実的で高確率で対処できる、人間が幸せになる方法みたいなのないのかな、みたいに考えちゃうわけですよね。それがもう極端な例でいくと、安楽死とかになるわけですけど、
あとね、私すぐに安楽死とか考えちゃうのが、多分そんなに私、どうしても死にたくないみたいな考え方を持ってないんですよ。
人類滅亡みたいな話とか、不老不死みたいな話とか、読むたびに毎回思うんですけど、なんでみんなそこまでして生き延びたいと思ってるんだろうって、ちょっと不思議に思っちゃうんですよね。
なんかその安楽死といえばなんですけど、村田沙耶香さんの短編小説に、余命っていう作品があるんですけど、殺人処子さんっていう本に収録されてるので、気になる方読んでみてほしいんですが、
医学の発展によって、死ぬっていうことがなくなった世界が書かれてるんですけど、病死とか老衰とか事故で死ぬとかがなくなって、自分が生きたいだけ生きられるみたいになった世界なんですよ。
そういう世界では、自分がそろそろかなって思った時に自分で死ねるみたいなのが書かれてるんですけど、
私この世界に乗ったら割とすぐ死ぬかもみない思ったのをすごい覚えて、そんなに積極的な理由で生きてなくて、長く生きたいとか死にたくないみたいに思ってないんですよね。
じゃあ今なんで生きてるかって思った時に、死ぬのって痛そうだし苦しそうだから、じゃあ生きてよっかなみたいな、すごい消極的な理由で私は生き続けているんですけど、
でね、この私があんまり積極的に長く生きてたいなって思えないことには多分ね理由があって、ここまで喋ってきたから皆さんわかってくださると思うんですけど、
ネガティブ思考と日常の過ごし方
私普通に生活してると自然とネガティブなことを考えちゃうんですよ。
多分これはおそらく気質的なものだと思うので、生まれつきもしくは小さい時の経験とかからそういう風になってるんだと思うんですけど、
同じことを見てても他の人と比べてネガティブに受け取りやすいから、普通に生活してたらめちゃくちゃネガティブな気持ちになりやすいんですよね。
で、私が毎日たくさんの本読んでたりとか、映画見たりドラマ見たりしようとしてるのは、たくさんやることがあるとネガティブなこと考えなくて済むんですよ。
気を晒してるだけなんですよね。
ずっとぼんやりしてるとネガティブな考えとか、最悪なケースだったらこんなことが起きるに違いない、どうしようみたいなことが頭からずっと消えなくなっちゃうので、
そんな状態が長く続くんだったら別にそんなに長生きしたいと思わないよなっていう感じなんですよね。
私はちょっと極端なことを言ってるかもしれないんですけど、私事じゃなくてもちょっと似てる考え方の人もいるんじゃないかなと思って、ちょっと今回はこの話をしています。
多数派の「生き延びたい」理由と社会への問いかけ
でね、私は世の中の多数派と違って、あんまり長生きしたくないとか、そこまでして生きてたいと思わないみたいなふうに思うから、それってなんでだろうって考えるわけですけど、
逆に世の中の多数派の人ってなんでそんなに長生きしたいとか、生き延びたいみたいに思うんですかね。
私も暫定的に生き続けてるのは痛いとか苦しいのが嫌だからなんですけど、皆さんはそういう感じですか?
それともなんかみんな周りの人たちがそういうふうに言うからですかね、死ぬっていうのは怖いものだっていうふうに周りの人が言ってるからですかね。
なんかその、ちょっと1回そういうのを考えてみる機会があってもいいのかなっていうふうに思って、皆さんがこういう理由で自分は生き残りたいんだっていうのがあったら教えてください。
あとね、ちょっと余談になっちゃうんだけど、プロジェクトヘイルメーリーの人類のためにみたいなのがちょっと私が共感しきれないのは、なんだろうな、
そんなに人間ってみんなのためにみたいな立派的というか、優しい生き物なんですかねみたいなふうにも思ってるからで、
プロジェクトヘイルメーリー読んでると結局家族ってすごい面白い、サイエンスって面白いとか、なんか単純な知的好奇心で知りたい新しいことを知りたい面白いみたいな気持ちをすごく感じるから、
単純にそういう私は単純な知的好奇心でタウス地について知りたいからこのプロジェクトに参加するんですって言われる方がなんか私的にはまだしっくりくるっていうか、
社会のためにとか言われてもなんぼかんみたいな感じなんですよね。
ただね、なんか自分も研究の仕事とかしていると感じますけど、論文とか書くときに絶対に社会的意義とか書かされるの。
これは社会のどういうことに役に立って、だからこの研究には意味があるみたいなことを書かされるんだけど、
それを書くことにみんな慣れすぎて、これは世の中のためだ、人類の存続のためだみたいな、本当にそれって大事ですかみたいなことを書くことに意外と抵抗がなくなっちゃってるのかなみたいなふうにも思いました。
現状の自分を受け入れ、他者との共有を求める
はい、ということで、あんまりまとまりのないことをしゃべってしまったんですけど、私はね、ちょっと当面このままでいたいなと思ってて、
なんか生きたい、生き残りたいって思えてない自分もそのままにしておこうかなっていうふうに思っています。
ただね、さっき話した村田沙耶香さんの本みたいに、自分の気持ちに寄り添ってくれるみたいな本もあったりするから、そういう悩みも救われるなって思うので、
もし私と同じタイプの人がいたら、この本おすすめだよっていうのがあったら教えてください。
今日はプロジェクトヘイルメアリーをきっかけに、そんなに生き延びたい気持ちがない自分について話してみました。
感想はXでハッシュタグ10aメーリーをつけてつぶやいてもらえたら覗きに行きます。
それではまた次回。しおりでした。
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