やっていきましょう。
興味深いテーマですよね。今回の例に出してもらった人は、お子さんが入院して云々っていうことだったので、
僕はそういう経験は、経験こそないですけど、やっぱり子供ができて、妻も働いてた。
妻も大企業の総合職で、結果的に駐在して僕のことを帯同して連れて行くぐらいにはバリバリ働いていたわけなんだけれども、
子供ができたときは3級1級で家にいて、多分その時って同じようにアイデンティティのことを悩んでいたんだろうなって思いますし、
つきもの、子供で会社を離れるタイミングがあると、自分のアイデンティティを見直さなければいけないってあるあるだよねみたいに簡単に流されている部分と、
深刻に受け止めている部分と、そういうふうに社会が多層化している気がするんだよな。
そうですよね。私も今息子が4歳でしょ?4月で5歳になるから、だいぶ子育てもなれたし、子供も大きくなってきて、
そういえば、息子が0歳とか1歳とか、あのぐらいのときの大変さ、うちも息子がニューヨークで入院をしたことがあるんですけど、
あのときの大変さを経験したけど、あれをなんか忘れていたなって自分も気づいたんですよ。
だから同じように子育てをしてきた人、今最中の人もそうだと思うんですけど、大変なことってのど元すければ熱さ忘れるじゃないですけど、
人間ってとても何だろうな、適応できるし、意図して楽観的、楽天的にもなれる動物だから、忘れちゃうんですけど、
でもやっぱりその当時すごく大変だったし、悩んだしってことって、10日で少ないからみんなあるんじゃないかなって思うんですよね。
なんかその、のど元すぎればの話って、進化心理学的な説明としては、長期的なしんどい経験っていうものは短期的にはつらい過去だけれども、
中長期的にはそれがあったからこそみたいにポジティブに転換されやすいらしいですね。
というのも、人間悲しいことでずっとくよくよしてるとしんどいので、そういうものを良かった面だけ思い出せるように、頭の中でポジティブ変換するらしいんですよ。
一方で未来に対する思考っていうのはどちらかというと不安が支配しがちで、その方が自分の行動を生き延びる確率が高い方向に誘導しやすいからっていうことで、
なので、のど元すぎればって古いことわざの根拠あるぜっていう話ですよね。
だから、私が若い頃はね、みたいな話とかは、基本的には当事者に響かないようになってるんですよね、構造的に。
確かにそうだよね。その人の記憶の中が補正されて話してる部分は多いですからね。
基本的に補正されているものと考えたほうが良くて、時代も違ければ前提も違うっていう、そもそもポジティブに良い思い出として認識しているものを経験談として、私も分かるよって言われてしまってもね、っていうのがね、補正的になりますね。
今回、メディアのメンバーの方でいらっしゃったのが、今まで、今もね、めちゃめちゃバリバリ働いている方で、育休というか、そういう感じでちょっと今、ブレイクタイムを取られている方なんですけど、
今後も、これまで育休、産休に入る前と同じように働いていいのか?果たしてそれが、自分にとって、子供にとっても幸せなんだろうか?っていう、結構大きな命題なんですよね。
私も、実は2025年の1年間は、このバリバリ働く自分と、ちょっと自分の余裕を持って生きるという生き方のグラデーションの中にいた1年間だったなっていうのを、すごく今思い返して考えていて、
というのも、2024年の12月にシンガポールに来て、それまでは会社で、総合職で働いていたわけですけれども、そこから自分で仕事をするにしても、でもやっぱり基本的には、なんだろうな、会社にいたときのような、1日8時間以上出社して何かをするみたいな働き方ではなくなって、自分で自由にデザインをするような働き方、生き方になったんですよね。
それは、私は家族として見たときに、それが一番の最適解だと思って、シンガポールにも来たし、働き方をデザインをして、自分で能動的になったわけだけど、やっぱり去年1年間は、これでいいのかなとか、このまま会社で働く自分はもういなくなって、それでも私の価値は今後続いていくのかなとか、
思ったりしたんですよね。
だから、この質問してくださった方の気持ちをすごく共感するし、全く同じではないにせよ、今までの自分一人が働いていく、生きていくっていう考え方と、
自分の命以上に大事なものができたときに、その命をどう大切にしたいかとか、どう扱いたいかっていうことの難しい価値観の狭間にいる感覚は、とっても理解できるんですよね。
分かるな、分かる部分がたくさんあるし、まず、この勤め人としてキャリアをスタートし、その中で十分な収入を得られるようにレベルアップしていくって考えたときに、
それって、自分の箇所分時間が減った場合に、そのパフォーマンスを保てるかどうかっていう問題にいつかぶち当たる考え方なんだけども、それは一つのフレームですよね、考え方でありゲームであり、
それに参加した時点でそれを認識していたかどうかっていうのは結構大事なことだと思うんですよ。
僕がやってるのは、多くの場合そこで認識しないで、突入してしまっている。だから、ライフステージが変わったときに、このままでいいんだろうかって悩んでしまう。
そういう意味では、勤め人になるにしても、そこから抜け出せるような準備っていうのが、本来は望ましかったけど、僕には誰も教えてくれなかったし、
教えてもらえるチャンスがあっても、あんまり取り合ってなかった気はするなって思うんですよ。
それは僕は、消費者マン辞めて、リクルート行って、それも辞めて今主婦として、専業主婦も経験して今フリーランスをやってる身からすると、
15年後にこうなるって分かってた場合の準備と、実際に僕が辿ってきた道でだいぶ違ったものになったろうなっていうふうには思ったりする。
会社員のときは、会社員として働いていくことで、結構精一杯じゃないですか。
24時間中の3分の1、道々に働くでしょ。残業もあるし。
だから、それ以外の道について、考えようにも考えが行ききらないみたいなところは絶対あります。
基本的に考えてる場合じゃないんだもん。
もうやんなきゃみたいな感じですもんね。
時間が余ってるならもっとやれよっていう話だし、リクルートの場合は達成率が150%とかなるとハイ達成っていうことで、
加点要素があって、ボーナスの査定とかも150%以上じゃないと、S、最高評価がなり得ないっていうところで、
基本的にはいつでも伸びしろやる余地があるみたいな制度になっているから、
それって案に時間が余ったら100%達成した上で、他は自分の好きなことに使いなさいみたいなことは会社としては言わないっていうことであり、
となってるし、そういうふうに駆動してますもんね、会社組織っていうのは。
だから、だいたい子供ができたタイミング、最初は結婚して2人の時間を作るみたいなところにおいて、
どこで折り合いをつけるかっていうのが最初の壁で、
次に子供ができて、小さい子供を育てるためにどうしても箇所分時間が今までとは全く違う考え方になるっていうことで。
別に会社員辞めろって言ってるわけじゃなくて、
自分がイライラしてるのは会社のせいにしてないかみたいなところに目が向くと、
イライラしてても息子とのコミュニケーションは自分で選べると。
大らかに対応することもできるし、厳しく言うこともできる。
これ選択の問題だったんだと。
でも、いろいろなものに追い立てられてしまうとっていうのはあったりしますよね。
確かにな。そうなんだよな。
結局、何が自分の人生の中で一番大事かなって考えると、
私は今、前もどっかのタイミングで話したかもしれないですけど、
自分の人生ってよりも、次の世代を育んでいる感覚にもすごく強いです。
子供がいるからっていうのもあると思うんですけど、
そうなったときに、今この子が自分の人生が大好きって思えるような大人とか、
自分はこれができるとか、自分はこういう価値があるって思えるような大人に、
この子を育てること以上に、私の人生の中で重要なミッションというか、
重要なことって何ひとつないなって、けっこう本心で思っていて、
それに必要な、例えば、経験を与えるためのお金を稼がなくちゃいけないとか、
時間をとか、そういうことを考えたときに、今このうちの家族の中では、
私が自分の英語で、今までのようにバリバリすごい時間を働くっていうことは、
特策じゃないって思えたんですよね。
かつ、さっきリサさんがおっしゃってた、どういう感情で家族と接したいかとか、
幸せって結局何で、自分の人生にとって一番何が大事でっていうところに、
舞い戻ってこれた感覚があって、
なので、子供が生まれてから働き方を変える女性ってすごく多いですよね。
それはとっても、私も含めてそうだと思うし、
それをして叱る、それを選択しても悪じゃないし、死にはしないなって、
すごい思うんだよな。
そうですね、だから価値観って、
その時々何を一番優先するかっていう話と密接につながると思うので、
この価値観と、価値観何を優先するかというものと、
自分の理想と自分の行動が重なってると、人は心地いいというか。
自分で選択して生きている感覚が特に持てるかもしれないですね。
得られますよね。
だからそういう意味では、もしそういう自分が今の状況、
仕事も頑張りたいけど家庭もっていう状況においては、
改めて自分の価値観というものを整理してみて、
それを大事にする、一番上に来るものを大事にする生き方って、
自分にとってはどういうことなんだろうと。
今の自分にとっては、今月の自分にとっては、
今年の自分にとっては、そういう単位で見直してみるっていうのが、
もしかしたら、さゆほさんみたいに舞い戻ってくる。
自分の価値観のところに舞い戻ってくるための一歩目としては、
ちょうどいいかもしれないですね。
そうですよね。