自分の会社の名前がついたスタジアムなのに、そのロゴを隠してください。
そう言われた会社がとんでもない切り返しをした。事例解説します。
5分でわかるSNS、始まります。
スマートシェア株式会社、SNS研究所所長の沼田です。
今日のテーマは、制約をユーモアで武器に変えるという事例の話です。
ワールドカップなど大きなイベントでは、権利が非常に厳しいんですね。
SNSで発信することもそうですけれども、スタジアムでネーミングライツを獲得していても、
そのイベント自体に協賛していない場合は、ロゴを全部隠せとか、非常に厳しい制約がある。
その中でいかに面白く話題を作るかという、非常に参考になる事例があります。
REVISEですね、ファッションブランドですけれども、
こちら、アメリカのサンタクララにあります、
REVISEスタジアム、ネーミングライツを獲得してロゴも掲出しているんですが、
これ、FIFA、世界サッカー協会のルールで、公式スポンサー以外の企業ロゴというのは、
ワールドカップでは隠さなければいけないことになっています。
なので、場所の名前ですね。サンフランシスコベイエリアスタジアムという名前で、
スタジアムが今回のワールドカップでは使用されています。
これは日本でも同じなんですね。
味の素スタジアムがワールドカップの予選では、東京スタジアムという、
ネーミングライツがない状態でのスタジアムとして扱われる。
他のスタジアムでも同じですね。
これ、ロゴをでっかく看板出しているんですけど、
これ隠さなきゃいけないよとなったときに、
リーバイスはなんと、そのリーバイスのロゴの形のまま看板を隠したんですね、白い布で。
リーバイスのロゴって赤い背景にリーバイスとアルファベットで書いてあるんですが、
ロゴの形が独特で、下の部分がグイッグイッと山のような形になっていて、
上がスーッとこうなっている。
ちょっとすみません、わからない方はググっていただければと思うんですけれども、
その独特の形を残した状態で布で隠している。
つまり、白い状態でロゴの形だけが浮かび上がっているというふうになっているんですね。
スタジアムでそれを見た方っていうのは、リーバイスじゃんという感じで写真を撮ったりする。
スタジアムだけじゃなくて、世界中のリーバイスの店舗で同じようにロゴを隠して、
それをインスタグラムで投稿して、ユーザーもたくさんそこに遭遇したら、
そのロゴの隠されている様子の写真を撮って投稿すると、そういう事象が起こりました。
普通であれば、なんでゲーミングライツを払ってこういう時に露出させるためにお金を払っているのに、
悔しがるところをそこにめげずに、
公式インスタグラムのプロフィール画像もその白い布で覆われたロゴに変更したりして、
しっかりとユーモアで話題化を狙ったわけです。
投稿のテキストでも、Welcome in the world to the P2 Stadium。
ここで不正字を使って、PEスタジアムへ世界をお迎えしますっていうような文言を使ったりしてたと。
つまり言ってはいけないよと。
権利に触れるからこのスタジアムの名前は言えないんですっていうようなちょっと欧米風のジョークで、
このネーミングライツを隠されたっていうことを伝えているわけですね。
では何でこの言ってがこんなに話題になって聞いたのかっていうのをちょっと紐解いてみますと、
制約が発生したときにそれを投げかずに自分たちから話題にする、ネタにする、ユーモアにするっていうことをやったと。
そしてRevisのロゴはもともとこういう分かりやすい形だった、特徴的な形だったということですね。
四角いロゴとか丸いロゴっていうような普通の形であればそんなに意味はなかったかなと思うんですけれども、
これ隠してもRevisだって分かるんですよ。
それが大事だということです。
そして公式スポンサーじゃない、お金払ってないわけですね。
ネーミングライツは払ってるけど、それはあくまでも普段の運用に対してであって、
FIFA、ワールドカップに関しては払ってない。
でもそこがお金払っているオフィシャルのスポンサー以上に話題になってるっていう構図自体が、
我々一般消費者にとっては面白い構図だよと。
逆手にとってるよっていう構図自体が面白いというふうになっているわけです。
どんな場面でも使えるものではありませんし、すごくいろんなところに怒られる可能性もあるような、
かなりキワッキワのジョークではありますけれども、制約が発生したときに
じゃあどうするかっていうことを考える、非常に大きな学びになるんじゃないかなと思います。
こういった大きなイベントでの制約とは別に、日々細かな事象っていうのはいろんな企業さんに起こっていると思います。
何かがないとなったとき、何かができないとなったとき、
じゃあ代わりにこれをやりましょうとか、代わりにはならないんだけど、
こういうふうにちょっと発想を転換しましょうっていうようなやり方っていうのは、
すごくクリティカルなカウンターを埋める可能性があります。
ただ嘆いて、じゃあやめちゃおうっていうふうに思うよりは、
その状況を利用した何かを返せると一つ選択肢として広がりますよという話ですね。
むしろこの制約があったからこそ生まれた施策っていうことで、
より良い結果になるっていうのも全然考えられますので、