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sleepover radio // スリープオーバー・ラジオ、喋ってるのが瀬島です。 // ジョージです。
松本です。これ言わない方がいい。 // もうネタバレになりましたが、初めてのゲスト回ですね。
そうですね。ゲスト回だし、冒頭挨拶なども作った。
今まで僕がかなり挙動ってて嫌だったんで、決まったやり方でやるっていうふうにしました。
今回は、Rhetoricaの松本っていうか、全員Rhetoricaなんだけど、
自分らであんまりやるとあれなんで、とりあえずゲストを呼んで、松本を中心にRhetoricaの今作ってるRhetorica5っていう最新号の雑誌がどういう感じ?みたいな話とかをいろいろやろうと。
そういう回でございます。 // まあそうですね、前回までは準備会みたいな感じで、今回がついに第一回スタートって感じですかね。
で、この雑誌とかジョージが言ってるRhetoricaって何なんだって多分何も説明してないと思うので、松本君とかと一緒に何となく紹介できたらなっていう感じです。
そうね。で、マッツがどういう人なのかっていうのを、ちょっとジョージに何となく紹介してもらうといいかなという。
まあマッツ、ちょっとね、いろいろむずいけど、人が何かをしてるのを観察するのが好きすぎて、それが講じて、今では韓国のアイドルや中国のアイドルなんかについて書くライターみたいな仕事をしている人。
なるほどね。 // それいいね。 // いい整理だね。 // 何を観察してきたんですか。
松本君は最近なんか記事を2つ、Webで1個、もう1個は紙というか同人誌だけど、原稿書いてますよね。なんかそれへん軽く紹介してもらえると。
1個は、シンラっていうWebメディアで、中国のアイドルサバイバルオーディションっていう、何て言うんだろうか。なんかこうアイドルが、なんかデビュー前のアイドルがサバイバルしてデビューを目指すみたいな番組の記事を書きました。
同人誌の方は三葉さんの大恋愛っていうところに、アイズワンっていう、同じようにそれもサバイバルオーディションでデビューした日韓のアイドルについてのお気持ち文章みたいなのを書いたっていう感じです。
人オタクみたいなのはなんかすごい最近自覚するようになって、というか人からすごい言われるようになって、そうなのかと思ってて、なんかもともと普通に本が好きなというか、文学部で大学院とかまで行って本が好きだっていうアイデンティティだったんだけど、普通途中からただのアイドルオタク、アイドルのほうが全然面白いなと思うようになって。
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まあだからブッキッシュじゃなくてアイドリッシュだったってことだね。
そうそうそう、ヒューマンナードだったっていうことで、でなんかまあ、ただそのそれまで好きだった批評とかも別になんていうか、あと自分の研究対象とかも明らかになんかその本っていうよりは、その本を作ってる人間とかなんか本を作るサークルみたいなのが、なんかどうなってるかみたいな。
その18世紀のフランスの百科全書派とか、なんかわけわかんない本をゲリラで作ってた集団みたいなのを研究したんですけど、なんかまあそういう関心自体は昔から変わんないかなと思ってて。
とにかくあれですね、まあ難しいこと考えてても、あの難しいこと考えてなくても、だいたい小難しく考えてる人だってことだね。
そうで、そう考えてることは全部その人、最終的には人に吸い寄せられてるっていうことですね。
まあそういう感じの人で、でまあ直近は原稿2本書いてて両方アイドルと。
それともアイドル。三葉さんって言って、多分三葉さん通用しないと思うけど、小澤美由紀さんって人ですね。
かわいいウルフに。
海峡第一号。
海峡第一号大恋愛っていう。
っていう雑誌に、こいつらもアイドル論を書いている松本さんが来てくれました。
やばいなあ。やばいね。
いや、あのー。
いっつも喋ってる人だから、で、今回その、僕と松本がすごい頻度としてはめっちゃ喋ってて、だから、俺と松本でこう、さっきみたいな紹介とかやると、ちょっと身内すぎるから、若干もうちょっとだけ喋ってる頻度が少ないジョージが言うことによってこう、エフェクトを作ろうと思ったから、ジョージに紹介してもらったんだけど、出てきたエフェクトとしてはアイドルの人っていう。
何も変わらない。
いやでも、俺が言ったらね、もうちょっとマイルドになってた。つまり、いやこっちが客観的だと思う。だって日本共アイドルなんだもん。
まあそうですね。アイドルライターという。
まあまあまあ。今の松本を敬意をするならこうなるかなっていう。
まあまあそうですね。
でも意外と、まあ研究してた頃から関心領域が変わっただけで、なんか目の付けどころはそんなに変わってませんよってことでしたね。
変わってないっすね、たぶん。だから、まあでも当時からというか、アイドルについて実際に書くようになったのは、外国の、韓国とか中国のアイドルに触れるようになってからなんですよね。
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なんか国内の、それこそ1年間に本当に150とか200とか現場行ってた地下アイドル見てた時期は、見すぎてて、なんか書くことももうないみたいな、なんていうんだろう。
もうこのどこにも行かない文化について書いてもしょうがないみたいな気持ちになってて。
まあだから勝手に見とってたってことでしょ。
そうそうそうそう。でもなんか自分は静かに終わっていくのかなみたいな感じだったんだけど。
なんかまあその、海外っていう軸がひとつ挟まったことによって、なんかフィールドワークみたいな、というかフィールドワークに価値があるかのような感じになって。
まあだから18世紀フランスを見てたのと同じように21世紀中国韓国を見れるようになったってことね。
そうそうそう。そういうこと。
まあ日本だったらね、みんな日本は見てるわけだから、やっぱりこう、付加価値を作るの難しいからね。
そうそうそうそう。
まあ出てる感じで松本はそういう人です。
うん。そんで、本題としては次とりあえず作るレトリカが、まあ多分さっきの話と微妙に関係してるっていうか、対象がかなり人間の集団とかを扱う雑誌になりそうっていうか、まあ前からそうだけど、余計そうなりそうだから、
まあ関係してるっちゃしてると思いつつ、ちょっとだいたいこういう感じの雑誌にしたいとか、そういう話をちょっともらえるといいかなと。
そうですね。前回が4で、4号で、前回はスミカっていうテーマにしてて、
ようやく結構難しいですけど、割と地域とか、地理的なこととか、生存条件みたいなこととか、いろんなメタファーをそこに混ぜ込んでスミカっていうテーマにしていて、
で、その横軸があって、縦軸は0年代をある種解剖するみたいなことが一つテーマとしてはあったのかなと思ってて、結構総括的な内容だったと思ってて、その4号までの期間。
半分は、2000年代のいろんなスミカっていうのを見ていくよっていうやつと、箱に入ってて2冊あったっていうわけわかんない分量だったから、半分はそれで、
もう半分はインスタのコミュニティっていうか、インスタの中での表現とか、どういう人たちがやってるのかみたいな、現代のスミカの話っていうので、一応2分冊になってた。
そうそう。
で、結構あのとき、見るべきものはある程度騒乱してやったかなっていう感じで、
一旦一区切り感というか、もうやることないな感みたいなのもありつつの2年間だったかなと思ってて。
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で結局、まあいろいろあってというか、何だろうな、その批評っていう言葉が、批評っていう言葉を使うのが適当なのかみたいなことも、いろいろ考えるようになってて。
まあだから一応補足しとくとあれだよね、レトリカっていうのは一応批評師っていうことになっていたんだよね。
そう、でもこの定義は結構、定義っていうか批評っていう言葉を使いたいか使いたくないかとか、どこまで意識するかとかっていうのは人によって本当に全然違ってたから、
繊細な言葉だね。
そうそうそうそう。でまあなんか、その時々によって使ったり使わなかったり、あとこいつはめっちゃ使ってるけどこいつは使わないとかまあいろいろあったんだけど、でまあなんか、
まあでもホームページに今でも書いてあるからさ。
そうそうそうそう。まあだから言ってるし、まあそうだと言われても別に否定はしないみたいな感じなんだけど、
で結局なんか批評って言葉をそんなに使わなくなってる理由は、一つは批評っていうのが一つのジャンルだとしたときに歴史があるわけだから、
その歴史に対しての配慮とか意識みたいなものをどこまでするかっていうことがあると思ってて。
だからまあ、他の人たちが例えば批評師ですってふうにポンって出てきたときに、それがなんかこう、どういう文脈から出てきてるのかっていうのがわかんないとやっぱりこっちとしては気持ち悪いなって思うし、
それと同じことが多分自分たちにもあったかなと思ってて。そこはまあ結構いつも悩んでて。
で、もう一方では批評っていうのはアプローチの名称でもあるから、
その手法でもあるわけだから、なんかこう、手法としては明らかに僕らは批評ってことを結構意識してるなと思ってて。
批評的であることというか、クリティカルであることっていうか、
一つのジャンルの輪回転だったりとか一つの運動の輪回転だったりとか、なんかどういうふうにそのものがアクチュアルなのかみたいなところを抽出するみたいな。
それはまあ批評的な行為だと思うから、それは多分やってたかなと思ってて。
で、なんかその2つのジャンルとしての批評とアプローチとしての批評っていうのがごちゃごちゃ混ざるのもなんかめんどくさいなみたいな感じになって、
まあもう言わなくてもいいかみたいな感じになっているっていうのが。
まあだから、ジャンルとしての批評っていうものが抜け落ちてアプローチがかなり濃くなってきたのに、
この批評ってアプローチを謳ってることによって、ジャンルとしての批評に組み込まれちゃうことがちょっとめんどくさいなってことですよね。
ああ、まあそうっすね。
いやだから、ロックとかのミュージシャンとかが雑誌とかにジャンルとか作られてるときにすごい抵抗するのと基本的にはあんまり変わんないっていうか、なんかこう。
まあだから印象派って別に、そもそも別称だよねみたいなのと同じ。
そうそうそう。
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そうね、究極外からどう見られるかはまあいいんだけど、自分たちとしてそこにもう、
あ、つまり読者としてその批評の人たちってのを全く想定しなくなってるなって思って。
ああ、それは大事だよね。
他の集団の人たちに対して具体的に送り先がいっぱい出てきたから、なんか批評って言葉を使うことによって伝わりづらくなることとかは避けたいっていうのが結構気持ちとしてはある。
これ聞いてる人ちょっとね、どれぐらい実感としてあるかわかんないですけど、一応ね、日本にはなんか批評って言ったら、純批評って言った感じのジャンルみたいなものがあるんですよ。
で、もうとにかくこの系列に連なったものだけを読んで、で、そのことだけを考えていたいっていう人がたくさんいて、で、前はある程度そっちも意識していたけど、
それとはまた違うような読者層ってのを見えてきて、どっちかというとそっちにアプローチするのが楽しそうだなってことになりつつあるってことだよね。
そうですね、それはもう明らかになんかこの2、3年というか、3号以降かな、3号、4号やっていく中で結構そういうふうに見えてきたものがあって、個々人の活動が結構バラバラになってきたこととかも多分関係してて、
なんか一人がある場所で出会った集団とか人とかを他のメンバーが見て、なんか面白いと思うとか、なんかそういうことが起きてきて、その共通言語だった批評っていう集団とか界隈とかとあんまり関係ないところで読者が出てきたかなと思ってて。
っていうのもあって、なんか今回は文化と集団っていう、ちょっとフラットな言い方に変えてるっていうのは多分、ただ個人的には文化と集団っていうのは色がないというかフラットだなと思ってはいて、
なんかそのクリティカルであるっていうこと自体は大事にしたいなという気持ちは結構強いんだけど。
ちょっと外側の話っていうか、ぼやんとしてるから、もうちょい具体的にどういう記事が載るとか、そういう経緯だとどうですか。
具体的には、一個はまず、これ具体的な中身を言ってっていいんだっけ。
まあどういうものにしていきたいかって。
テーマ的に一個は、順番的にこの順序でいいかわかんないけど、
なんかマジョリティーの相対化みたいな、てかマジョリティーの自己解体みたいなのを結構やりたいっていうか、ずっとここ2年ぐらいみんな関心あるテーマだと思ってて。
具体的には、急速に男女比率が改善されてるみたいなこととか、あれとりかないの。
集団としてっていうか、仲間うち自体が、うちらの編集部の構成とか普段しゃべる人とかが、前は男ばっかだったけど、最近は結構いろんな人が入ってきてるっていう。
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そうですね。個人的なあれでいうと、アイドルに結構興味を持つようになってた過程で、フェミニズムとか男性学とかは自分で関心を持って、結構面白いなっていう感じで、とりかない人にも喋ったりしてるっていう背景があって。
ある意味では、この辺のテーマって今は流行りのテーマというか、にわかに盛り上がってるテーマではあるわけだけど。
ジェンダーとかフェミニズムについて喋る人とか、めっちゃ具体的なツイッターのプロフィールとかにそういう言葉を書く人はすごく増えたと思う。それは多分すごい数増えたんじゃないかな。
し、男性学の記事とかも去年ぐらいから結構増えてきていて、なんか盛り上がってるなっていう感じがあり。
それこそ、僕が記事を書いたりしてる韓国の文学とかも、韓国フェミニズムみたいなのがかなり盛り上がったりしていて、そういうのも背景にはあると思うんだけど。
そのことと、とはいえ、マジョリティがマジョリティのままで純粋に自己会議を突き詰めていくみたいな方法でやってるのって、そんなにまだ十分にないなとは思ってて、それをやれるといいかな。
それはコンテンツとかの話としてもそうだし、例えば美容とかの話からもそうだし、集団のコミュニケーションみたいな話からでもそうだし、具体的な運動の話でもそうだし、そういうのを取り上げていくっていう感じになるんじゃないかな。
大つかみに補足として状況についての認識を言うと、さっきちょっと言ったけど、いろんな性的なマイノリティの人とか、いろんな思考を持ってる人が自分の思考を表明するようになったりとか、そもそも表明するかどうかとか、いろんなディスカッションをする人が増えてきました。
で、なんだけど、じゃあ他方で、フェミニズムの視点から見てでも、ジェンダーの視点から見てでも、すごいマジョリティーにあたるような異性愛の男性が、自分のことをどういうふうにしていけばいいのか、つまり、そういう人たちがハラスメントの事件を起こした、それがもう良くないことだ、あるいは今まではそういうふうに言うことすらできなかったのが少なくともおかしい。
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って言えるようになって、例えば良かったとか、良かったとか改善したっていう、みたいなこととかを見て、強い言い方をすると同胞っていうかね、僕は異性愛男性であることを別に隠してないので、僕からしたら同じ思考性を持ってる人たちが、自分のことを他人事ではなくて、自分もそういうことをやっちゃうかもしれないとか、
やらないまでも、じゃあそういう奴がいたときにどうやって言ってあげたらいいかとか、そういう、男性が男性としての自分をどう考えるかっていうコンテンツは、さっき男性が増えてきたって、増えては来てるけど、
僕個人の意見としては、あんまり良いなって思うものは一般の雑誌の中にはまだまだ少ないと思ってて、おかしいなちょっとこれは、例えば男だって辛いんですよみたいな感じの記事とかね、そういう話ではないんだよな、俺がしたいことはっていう感じに思うことが、専門誌では別、研究者とかの書いてるものでは良いものもあるけど、
一般的なレベルではやっぱり、男も大変ですとか、頑張ってるんですとか、私は男だけどフェミニズムに賛成していますとか、なんかこう、それはそうでしょうよみたいな感じっていうか。
大事なのは、倫理の話だけをしたいわけじゃなくて、美学とか、快楽、欲望の話とかを避けがたいと思ってて、結局、あと恥の感覚の話とか、今の男性学っていうか、マジョリティ反省仕草みたいなやつって、基本的に名誉女性みたいな言い方もあるけど、
ある種の言い訳としてしか機能しないとか。
そうね。だから結局、男に多くの男性っていうのが、いろいろな問題を持っていると。その問題は、とてもじゃないけど、受け入れられない、変えないといけない。ここまで行くのは誰でもできる。
だけど、一瞬だけ我慢するとかできるかもしれないけど、ずっと、本当は違う、すごい良くない考えとか思ってても、それを隠すっていうのをずっとやり続けるっていうのは、僕、現実的にそもそもできないと思ってて、やっぱりどっかでやっちゃう。
やっぱり欲望を否認しながら、良き振る舞いをするっていうのは無理なので、それができないって諦めがあるから、そもそって崩れないわけだけど。
だからとりあえず怒らないように、隠しときましょうみたいな話になっちゃう。
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それはやっぱ無理があるよね。
分かる分かる。それが無理ってことが重要で、隠しきれないと思うんだよ、俺。運良く隠せるかもしれない。
人狼とかみんなそんな上手くないみたいな話だよね。
そうそうそうそう。嘘つきでずっといけば無理なんで、やっぱり自分たちがどういうことを感じてるかとかを率直に語りつつ、だけど変えていくっていうようなことをやりたい。
だから、その、ほもそ美学みたいなものと正面から取っ組み合うっていうのは結構体力がいるし、それなりに考えないといけないし、やる価値あるかなっていうところで。
今までやってきたもので言うと、さっきのサバイバルオーディションのやつで、日本で男性版のアイドルサバイバルオーディションがやってたんですけど、
それについての記事を書いたときに、男が男同士を学ざすっていうことみたいな、まさにホモソーシャルを題材にした話を書いて、
それは結構反響もあったりしたんだけど。
それは媒体は?
はしんらく。
これは貼っときます、概要欄に。
まさに倫理の話をしたいっていうよりは、それが一番、ある意味コンテンツの際立つ部分というか、いびつなものが露出しやすい部分というか、
まだ既存の枠組みで面白さが認識できないものが出てきてる部分みたいなところもあると思ってて。
そうね、だから、もちろん自分が言ったような、まずい部分っていうのを指摘するってことは、これは当然やる必要があるんでやるけど、
主眼としてはどっちかっていうと、違うものが結構出てきてますよっていう、それのポジティブな紹介はかなりやりたいよね。
現象の方が結構先に来てるから、それをむしろどっちかっていうと、現象を感知する能力の方が衰えてると思ってて、
まずい振る舞いをしちゃうっていうこと以上に、アラサー以上ぐらいの男性で考えたときに、認識がまずいっていうよりはアンテナが落ちてるっていう方が正しいなって思うことが多くて。
そうね、だからその結果として古い、古いっていうかあるんだけど、あまり思考できない、受け入れがたいような道徳観みたいなものが結果的に保持されてしまうっていうふうに考えてるってことだよね。
それが一番出やすいのが芸能、アイドルとか、ルッキズムとかめっちゃ露出するようなジャンルとか、
あとお笑いみたいな、コミュニケーションの力学で相手をやり込めたり笑い物にしたりするジャンルっていうのが結構一番そういうのが出やすい。
日常のコミュニケーションに応用されやすいっていうか、ロールモデルにされやすいジャンルだから、それは結構枠組みを作ってるなと思ってて。
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そういう話ができたら面白いんじゃないかなっていう感じ。
それと同時に、フェミニズムの担い手たちも結構変化してるなと思ってて、
例えばアイドル系でフェミニズム研究してる人たちとかも結構いて、そういう人たちは基本的には生の商品が全部ダメっていう立場には絶対に立てないわけだよね。
人間が人間を消費するっていうことをどういう条件で肯定するかとか、あるいは肯定できないにしてもそれは何なのかを分析するとか、そういうことをやっていて、
それはなんかこう、いわゆるツイフェミって揶揄されるような、例えば表現規制問題とかで揶揄されるような人たちとは全然立場が違っているわけで。
だから、女性でしかも明確にフェミニズムに対して賛成って思ってるんだけれども、普通に好きなものがどう見てもむしろこれ表現規制ではみたいな感じの味方があるようなものが好きだったりして、
しかもそれをただ単に分けてる、隠してるっていうことじゃなくて、込みでフェミニズムにコミットメントするってどういうことかって考えてる人たちだよね。
そうそう。で、さっき言ってた批評とかのジャンルの人じゃなくても届けたい人がいるっていうのは結構ファンダムのファンの子たちとかに関してはすごく思ってて、
っていうのはやっぱりアイドルが好きだと、明らかにジェンダー的な構造とかがそのアイドル自身に不利益をもたらしたりとか、最悪死んじゃったりとかするわけですよ。
そういうことに対して何も思わないでファンでい続けることってやっぱり難しくて精神的に。そこから自分のこのモヤモヤをどうしたらいいかわかんないみたいな人たちって結構いて、
で、その中にはすごい勉強した人と同じぐらいロジカルにそういうことが分析できるようになってるノラジェンダー研究者みたいな人たちも結構いるなと思ってて、
10代とかでも。そういうのを目の当たりにするにつけ、今まで見てきた世界と全然違うなみたいな感じがあって、そういうところに届けたいっていう、今の一例だけど。
いやでもそれの話はさ、本当、前回の回で僕がちょっと昔話っぽい話したんで、そういう感じのことをちょっと言うとさ、自分が、僕今29歳だけど、自分が10代の時で、
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オタクっぽいもの好きで、これってなんでこんな魅力があるんだろうとか考えてたら、なんとなくそういうものを考え始めるっていうのが、自分が見てて本当に一群のグループとして、そういうふうに考えるパターンがあるんだなって、自分もそこに入ってったみたいな感じで本とか読み始めたところがあるから、
まあ本当それのなんか違うバージョンで、今のバージョンで。
まあだからさ、批評って言っても、だからさっき言ったジャンルとしての批評と、アプローチとしての批評っていうことを分けたけど、アプローチとしての批評ってわけではないかもしれないけど、
あの、ある種の何か、既にあるコンテンツか何かについて考えるための言葉を作り上げるってことも批評がやってきたことの一つなわけだよね。
そうね、そうね。
批評誌って言うと、だからさ、創始者に小林秀夫ってやつがさ、置かれて、で、以前たぶん僕らが喋ったときにさ、日本の批評ってどこから始まりましたかっていうことをね、3人で喋ってたのよ。
で、そのとき、たぶんマッツとセシモは、あの、えーと、あれね、何だっけ。
さまざまなる衣装。
さまざまなる衣装っていう、まあいわゆるこのジャンルとしての批評を小林が始めた文章が日本の批評のスタートだって言ったんだけど、僕はこれちょっと意見が違って、というかもう別に何か否定したいわけじゃないんだけど、僕はだからモーツァルトだって言ったんですよ、小林秀夫。
あー、それは正しいね。
そう、だからある種の。
作品ってことね。
そうそう、すでにある、自分が出会ってしまった何かに、言葉を、説明する言葉が自分にも世界にもないから、それについて、あの、頑張って言及していくっていうのが、まあ、あの、そのジャンルとしての批評と、また別で、コンテンツについて何か、
自分の未知なものについて何かを追求していくっていうスタイルとしての批評っていうのが、多分日本走ってるんだと思うんで。
まあ、創作したりもするわけだけど、おそらく、今のなんか、アイドルとかを見ていて、まあ、ある種、まあ何かいろんな矛盾とかに付き合ったったりするわけじゃん。
理論的にはおかしいこととかいっぱいあるっていう、まあ、さっき言ったことだけど、で、それについて考えるための言葉を、えっと、求める人もいるし、まあ、与える人もいて、で、まあ、それらの人に対しても、なんか、まあ、届けるものができたらいいなってことですよね。
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そうですね。だから、まあ、現実の方が変わると、やっぱり考えることも当然変わるっていうか、まあ、実論自体の構造も変わってるみたいなところもあるから。だからまあ、今の、なんか、自分らより年下の人たちが考えてることは、まあ、面白いなと思うし、その、国が違うとやっぱ面白いなと思うし、その辺のことがまあ一つの、なんか、モチベーションとしてはあるっていう感じ。
そうね。あと、だから、まあ、ちょっとだけその今の批評の話で言うと、結局、だから、なんかの対象をすごい深く好きになったり考えたりしたときに、やっぱりそれをなんか言葉にしたいし、それのためのなんか理論、まあ、理論って言うとちょっと言葉が強いけど、まあ、なんか、違う、そのコンテンツについて一般的に語られてる、語り方、語られ方とかとは、なんか違うようなものを、
から、そのコンテンツについて考えるとか、またさっきので言えばアイドルとフェミニズムとかね、別にアイドルってフェミニズムから機械的に導かれたものじゃないっていうか、まあ基本的にはあんまり関係ないところから出てきてると思うんだけど、
なんか、アイドルのすごいファンをしてたら、普通の、なんだろう、アイドル誌とかに出てくるアイドル語りとかだけじゃ満足できなくなって、なんか違う、
そもそも性をこうやって、ある種消費するとか何なんだろうみたいな感じで、別のところにたどり着いちゃうみたいな、まあそういうのはなんか、まあ割かし一般に批評ってそういうところがあると言っていいと思うんだけど、
だからそういう点では、まあ、批評的なことがやりたいっていうのはあるよね、この雑誌。
そうだね。まあ、アイドルって別になんかすごい限定されたジャンルってわけでもなくて、むしろ、今の現代人のコミュニケーションのめっちゃ起きそうな反映みたいなところもあるから、
なんかまあ、そんなに閉じた話でもないというか、そう。だからなんだろうね。
まあそれとあとは、この前ちょっと話したことだけど、なんかこう、その、今の、なんて言ったらいいかな、まあ日本がめっちゃローカルな、日本自体がもうなんか全体としてめっちゃローカルな国になってるっていうのはなんかすごい実感としてあって、
そのなんかこう、なんかメタワースみたいな話をしたじゃないですか、この前。なんか、なんて言うんだろうな、もう一個のグローバルプラットフォームでめちゃめちゃコンテンツとか流通しあってると、
なんか特にその、中国、韓国、東南アジアとかでバーって流通してて、そこに欧米圏がめっちゃ入ってるみたいな感じで、なんかエコシステムができてるところで、日本は結構違うロジックでいまだにいってるのが、まあ面白くもあり古くもありみたいな感じだなっていうふうに最近すごい思うようになってて、
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なんかどう説明していいか難しいけど、なんかこう、要するに、なんて言ったらいいかな、日本って意外とやっぱ文化資源がめっちゃあって、そのサブカルが成立してるとか、なんか逆張りが成立してるとか、そのカウンターでなんか違うものをボコボコ作って、そこでメインストリームでやりたくない人はそっちでちょっとやるみたいなことがまあ結構できてるんだなと思っていて、
で、諸外国だとそれがもっと全然可視化されてないっていうか、やっぱりその一個の市場の中に、どれだけその中でポジションを取れるかみたいな感じになってるなと思っていて、しかもそれがもう国をどんどんまたぐ方向に発展していってると、
例えばまあレトリカとかも全部最初からもう英語で、英語メインですって、日本語はなんか後から出すみたいな感じの順序になるみたいなことがまあいろんなところで起きてるなと思ってて、で、なんかそのことに対してはやっぱりすごく思うところがあって、なんか、なんて言うんだろう、っていうのは、なんか日本は日本でそのもう一つの、なんかこう、ある種のアテンションカルチャーみたいなものがもう完成していて、
なんか、今、もうなんか、なんて言ったらいいかな、まあこれつまんない話だけど、なんかその、どうやってこの文カルチャーが今盛り上がっていることになっているかとかが全部なんか構造的にわかって、で、それも全部しょっぱい話だなみたいになるみたいなことがあるわけじゃない。
誰かがなんか出てきたなぁと思ったけど、なんかまあこの人がRTしたからね、みたいな、そういうレベルの話で。
で、まあそのなんかしょっぱさみたいなのはまあ仕方ないことではありつつ、なんかこう、新しい固有名詞が全く関係ないところから、面白いものとして出てくるってことがまあすごい減ったなと思ってて、
で、それがなんかこう、なんか最近よく言ってる、フォローする、フォロワー数が多いやりもフォロー数が多い方が偉いのではないかみたいな話を最近よくしてるけど、なんかこう、ディグることへのなんかこう、意欲とか、その期待値みたいなのがめっちゃ減ってるのは良くないなと思ってて。
そうね、俺なんかそれで言うとさぁ、なんかGoogle検索が明らかにダメになってきてるっていうのがある気がしてて、なんかあの、これなんか一般的に多分言われてる話だと思うけど、なんか何年前かぐらいかわかんないけど、なんか、こう、なんていうのかな、なんか個人でめっちゃ頑張って書いてる情熱的なウェブサイトみたいなやつとか引っかかりづらくなってる気がしてて、なんか、
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ああ、またこういう感じのサイトか、みたいな、なんかどのキーワードでググってもだいたい同じような感じのサイトが出てきて。
まあだから、じゃあ俺のYouTubeチャンネルなんて絶対引っかかんないでしょ。Googleさんに乗っかってやってんのにさぁ。
いやだから、なんかわかんないものが引っかかんない。
これはなんかすごいつまんない話なんだね。日本も結局、その有名なものが有名になっていくシステムで、基本的にはもうなんていうか、世界的にそうなってるから、もうその流れって抗えないと思ってて。
一応だから補足すると、これやっぱ全然日本だけの問題じゃなくて、例えば10年ぐらい前まで短編アニメーションを発表する作家たちが、ウェブにあげればある程度アテンションを集められていたのが、
やっぱりGoogleのアルゴリズムが洗練されすぎたことによって、同じようなクオリティで発表したところで絶対引っかかんなくなってしまったんだって。
それによってまた別に上映会の価値が上がったりとか、そういうのはあるんだけど、少なくとも草の根で出してればなんとかなるみたいな、牧歌的な時代は完全に終わりましたよね、みたいなことは言われてたりしますね。
うーん、それはまさにそういう例だよね。だから上映会の価値が上がるっていうのも一個分かりやすいっていうか、なんか違うルートで接種する、発表するっていうことが基本になってる割に、
だから、ウチらがやってるみたいな雑誌みたいなので、そういう違うルートから発掘してくるみたいなのをやろうっていうモチベーションを持ってる人がそんなにいない。
てか、いたら別にそういうメディアが増えてそれを見ればいいわけだから、解決するわけだから、なんかそれの一翼を担いたいっていうか、
要するになんか、ツイッターとか、ノートとかYouTubeとか、日本語で検索するっていう前提で言えば、なんかそういうところでパッと引っかかるのじゃないものをなんだけど、これもっと紹介された方がいいでしょみたいな人とかものとかプロジェクトとかをいっぱい引っ張ってきて見つけるみたいな、雑誌ってそもそもそういうもんですよねっていう気がするんだけど、
改めてそういうのやるの大事だなっていうふうになってきてるっていうのはあるよね。
そうそう。だからなんか、今ジンとか独立系の出版とか、個人商店みたいなのってある種のブームになってて、それは個人である程度やっても、SNSでうまくやれれば結構フォロワーがつくからっていうことだと思うんだけど、
でもそうじゃなくて、本当に単に草の根でやってるものとかも、僕ら最近フォローシップみたいなのを大事にしてるから、めっちゃ探すとあるはあるじゃない。これなんなんみたいな、でもめっちゃ中身は面白いみたいなものってまだ結構あるはあって、そういう変な人の数は総数としてはたぶんそんな変わってないのかもしれないじゃない。
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まあそうだよね。やっぱり人がおかしいことをやってしまうっていうのは、人類には変えられないから。
そのおかしさみたいなのを、フォロワー10人とかの謎のヤバいアカウントとか謎のメディアとかあるからね。
そういうので、そういうもののほうが様々なコンプライアンスなどが破られていて、すごいものがあったりとかするっていうか、そういうロマン、まあロマンなんだけど、でも実際今それ大事だなと思っていて、そういうものをなるべく収集していけるといいかなみたいなのがなんか。
だから一般的にはフォロワーが多い方がかっこいいアカウントかのような、SNSをうまく使えているかのような感じになってるけど、フォローが多いことが倫理なのだみたいな感じでいきたいなみたいな。
というかやっぱりさ、みんなから見られてる人が面白いかどうかわかんないけどさ、めっちゃいいものちゃんと見てた人って別に、まあおもろいかって言われたらわかんないけど、まあなんか少なくともまともではあるし、変なものいっぱい見てたらまあだいたい変な人だからね。
やっぱり、アテンションを集めるっていう意味でのアテンションエコノミーは僕質をあんまり保証しないと思うんだけど、アテンションをすごい振り向けてるっていうのはやっぱ何かの質は保証すると思ってて。
だからやっぱめっちゃ面白くてめっちゃ変なものを一生懸命調べてたらやっぱり、だってそもそもその情熱どっから来てるのって話だし。そうなるとやっぱり面白いの出てくるから、結構ベタにそういうものを発掘して出すっていうのはやりたいよね、普通に。
それはまあ一個やりたいっていうのと、さっきメタバースの話をしたのは、グローバルメタバースみたいなものに対してアクションを取ったりとか、そっちに向けて抵抗をしたり、アクションしなきゃって思ってるような集団みたいなのは結構面白いと思ってて。
っていうのはやっぱり海外とか、特にアジアのものを見てると、そこでの文化の摩擦みたいなものが結構面白い。つまりメタバース自体結構面白いなと思ってるから。
メタバースの解説を一応すると、これは記事貼っとくけど、オフトピックっていうめっちゃいいスタートアップ系のラジオがあって、そこの人が言ってて、僕はそれで知りました。
で、フォートナイトとか、ゲーム、一個のゲームとかそのエンジンとかが世界の全部になってるっていうか、オフにならない。その中で経済も行われているし、イベントとかもそこであったり、いくらでも行ってるし。
42:15
その間はあれだよね、フォートナイトでライブがあったよね。
あれ典型ね、あれめっちゃわかりやすいよね。
すごいわかりやすく言うと、
フォートナイトはゲームね、ちなみに。
フォートナイトはゲームです。
中国はミレニアル世代、つまり30何歳から以下、つまり自分たち以下ぐらいの若者の人数が日本の国民の人口よりも多いわけよ。
そういう消費者のカテゴリーが膨大なカテゴリーがあって、
で、韓国とかは明確にそこの市場を取るために質の高い文化を輸出しようとしていて、
で、タイとかは日本、韓国、中国のカルチャーをフラットに吸収して独自の文化を作って、逆にそれが今タイの文化めっちゃ日本で流行ったりとかしてるけど、
そういうことが起きてる中で、
日本の人口の構造とか、それに紐づいたカルチャーのしょっぱさみたいなのと全然違う生態系になってるから、
そこを考えたいなみたいな。
てかそこを見ていくと結構面白いものがあるんじゃないかっていうのもあるし。
だからさ、普通に日本でディグってるとさ、コスパ悪いよねっていうのは多分。
そうそうそうそう。日本は本当なんか先に探す感じでやんなきゃいけないけど、
なんか、そのメタバースの方はジャングルでとりあえず危険だけどなんかいっぱい持ち帰れるみたいな。
いっぱいパパイヤとかナッツとかさ、こっちはさ、
謎の果実がいっぱいあるみたいな。
汚いビーチで先に探してるみたいなことがある。
そうそうそうそう。
僕のさ、だからさ、ちょうど昨日、僕チャンネルでゲーム実況とかしてんだけど、
インドネシアのゲームやったのよ。
へー。
A Space for the Unboundっていうゲームなんだけど、
ドット絵で深海誠みたいな表現を目指したっていうアドベンチャーゲームって、
これめっちゃまだプロローグしか出てないんだけど、
これだから世界的にも注目されてて、
だからこの世界的に注目された何かをまず見る方が、
明らかに日本で先に探すよりも全然コスパ良くて。
世界さんは本当にグローバルで良いものを勝手に探しててくれるんで、
そいつらの意見を聞く方が絶対コスパ良いんだよ。
だからあれだよね、図式的に言うならばさ、
先に死ぬほど探すっていうさ、
スーパーローカル、日本の中のスーパーローカル、
面白い人みたいなの探す作業っていうのが一面としてあって、
45:00
もう一個の面として、
世界中で注目されてるんだよってさっきのジョージの言い方に現れてるけど、
その中に俺ら入ってない説みたいな。
いや、入ってない入ってない。
そうそう、なんかね。
この2つがあるわ。
すごい複雑で、
韓国、中国の若者向けの文化を見ていて、
思ったよりも共通した実存だなって思う部分が半分。
思ったよりこんなめっちゃ話通じるんだみたいな感覚。
具体的には例えばどういう気持ちのこと?
例えばなんだろうな、
上下世代に関するシニカルな感覚とか、
ラップとか見てるとそう思うし、
わかりやすく言えばギャグセンスとかにそういうところを感じたりとか、
ファンコミュニケーションのミームの使い方とかからそういうことを思ったりとか、
あと文学だね。
韓国は完全に文学。
日記文学。
韓国文学は読んでて全然わかりやすい。
めっちゃ同じじゃんだって。
入ってるOSが同じだなってめっちゃ思うなと思ってて。
それがある一方で、
もう半分はやっぱり、
じゃあ自分が好きだった日本の地下アイドルとかを思い出したりとか、
ゼロ年代秘宝を思い出したりすると、
あれはあれでめっちゃ変だったというか、
これはこれでめっちゃ、
逆に海外からかなりいびつなものとして面白がある可能性あるなとか、
自分としてもその面白さって結構消えないなとか思ったりして、
ナロウ系の分析とかをめっちゃ平井さんとかがやってたりするけど、
そういうのもそれはそれで結構面白いなって思ったりもするんだけど、
それはいずれにせよ日本の文脈から一回外に出して、
外の文脈とぶつけないと、
その面白さが際立たないかなとか、いろいろ思ったりするんだけど。
さっきのインドネシアのゲームを、
新海誠の影響を受けてるって言ったけど、
新海誠って言って、
多分日本人がイメージするのと、
インドネシア人がイメージするのと全然違くて、
海外の人から見たら、
要するにデスクトップ1個でアニメを作ったすごい人みたいなことなわけ。
要するにそれと同じように、
俺もパソコン1台でゲーム作って売って出るんだ、
みたいなことで。
表彰としては結局影響を受けてるから、
絵的にも新海誠っぽくなるんだけど、
そもそも見てる視点っていうか、物が全然違うんだよね。
なるほどね。
タイとか東南アジアは本当に面白いね。
もともと日本のBLが好きで、
BL愛好家がめちゃめちゃいて、
それが韓国のK-POPファンダムの文化、
男性アイドルの文化とガッチャンコされて、
48:01
扶助師たちが立ち上がって、
実写BLドラマを作るって言って、めっちゃ作って流行って、
それが今日本でめっちゃ流行ってるみたいな。
それはかなり服装的すぎて、
全然単純に着れない問題っていうか。
そういう話を直接するかわかんないけど、
そういう背景があって、
今じゃあそれで何やると意味あるのかな、
みたいなことを考えてるって感じ。
この話、普通に聞いてるとカルチャー誌だよね、マジで。
さっき言った男性学っていうのは、
レトリカ5では一応今のところ第一部に入るっていうことだったんだけど、
今話してたようなことはどちらかというと、
第2部で今のところはやろうかなって思ってることに近いね。
いろんな集団を集めて。
いろんな集団、そしてプロジェクトがいっぱい知れる。
とにかく他の媒体では出てこないこういう名詞をいっぱい、
いかに並べられるかみたいなことはすごい大事にしたいなと思います。
単語をいっぱいググれるやつにしたいよね。
ググっても日本語が出てこないみたいなのにしたい。
そうだね、てかウチらしか出てこないとか。
そうそう、僕らしか出てこないみたいな。
そういえばこのラジオ半公開企画会議っていう側面があることを思い出したけど、
キーワードみたいなやつつけたいね。
原稿につけなくてもいいけど、ウェブでこう。
確かにね。
いわゆる普通のゲームとかそういうのは当たり前だけど、
そこで自分らが知れて、
このキーワードで検索するとめっちゃいっぱい出てきますよみたいな。
面白いのが。
言語はね、日本語は難しいかもしれないけど、
英語なり韓国語なり中国語なりがサイトとかに置いてあって、
これで検索すればめっちゃ知れますみたいな。
そうしたい。
それは楽しい気がする。
そうだね。
本当はね、
現地行って取材したり話したりしたいとか思ってたんだけど、
そういう状況じゃなくなったので。
逆に言えば予算の問題じゃなくなったからさ。
別にメールしたり電話したり。
まあね。
ジジェックだって世界中でズームしてYouTubeで。
年末に韓国のK-POPジャーナリストの人にメールインタビューしたりとかしたんですけど、
そういうのとかもっとやりたいなみたいな感じですね。
なんかさ、第2部集団についてっていうことだけどさ、
集団についてって言っても多分聞いてる人あんまりイメージわからないと思うんですけど、
どういう紙面になるんですかね。
51:01
紙面。
紙面。雑誌の紙面。
なんか集団についてって、例えばどんなことなんですか。
今言ったようなことじゃなくて、
こういう名詞がバーっと。だからインタビューなのかコラムなのか。
だから何かしらの実践をしている人たちについての情報がバーっといっぱい載ってるってことなのかな。
になるのかな。
僕もね、多分あんまりイメージついてないんだけど、
多分僕がついてなかったら聞いてる人もっとつかないかなと。
まあだからこのコンセプト、
それをどういう単位で、
どういう切り口で選ぶかっていう話と同じことだと思うんだけど、
これはちょっと具体的にどういう人たちがいるかっていうのを
もっと突き詰めていかないといけないっていう一般論はあるとして、
まあ暫定的に言えば、
例えば、何か作ってる集団、作ってるプロジェクトなんだっていうのはすごい大事だと思ってて。
まあすごい普通、あまりにも普通の話で恥ずかしいけど、
読んだ人がどういう気持ちになってほしいかって言った時に、
自分も何かを作ってみようかなって思えるとか、
そこまでは大変だとしても、
何か作って頑張ってるなっていう人を応援しようみたいな。
インディーのゲームが紹介されたらダウンロードして遊んでみようとか、
それが仮に高かったら少なくとも紹介してる記事をツイートしてみようとか。
そうね。
そういうきっかけにするっていうのはめっちゃ、
あまりにも素朴だけどやりたい。
まあいいですね。
あとさ、ここからちょっとスルッと、
締めるにあたってもいけると思うんだけどさ、
第3部で一応レトリカブックスっていうのをやろうと思ってるんだよね。
そうね。
ザ・レトリカブックス過去仮に。
レトリカブックス100選。
で、おそらく、なんていうのかな。
この第3部では第2部で行われてることの理論編みたいなのを、
僕らが理論を提出するわけじゃないけど、
その理論編になるような本を紹介するようなコーナーになるんじゃないかなって、
なんとなく今聞いてて思ったんだけどどうですかね。
そうですね。
集団と政策についての考え方とか、
さっきの批評と批評的みたいなのの考え方とか、
そういう話を自分たちが何を読んで形成してきたのかみたいなのが分かるといいかなと。
っていうのは、よくイベントとかでも話すけど、
レトリカだんだん再現性なくなってきてる問題みたいなのがあって、
最初の方は作れないことの憂鬱みたいな話をよくしていて、
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何にも別にスキルも経験もないけど、どうやったら作れるのかみたいな。
自分たちが作れるんだったら他の人も作れるよねみたいな論理で、
他に変を励ませたらいいなみたいな感じだったわけだけど、
だんだんレトリカも10年近くやってて、
完全に既得権域化してきてるというか。
完全に魔改造された自作PC。
魔改造された自作PC感は高い。
既得権までいったら嫌だけど。
せめて魔改造自作PCは全く民主的でないので、
せめてiPhoneぐらいにして、
どのアプリをどういうふうに使うとうまくできるかぐらいに落とせればいい。
自分たちがなんでこうなったのかっていうことを説明できるような感じにしたい。
直接思い出話とかじゃなくて、
こういうのからこういうふうに参考にしましたみたいな、
本の名前とちょっとした感想、コメントみたいなのがついてるやつを
100個とか50から100ぐらいめっちゃ並べるっていうのを最後の方に置きたいなと思う。
それこそ大文字の批評文化みたいなものにコミットしなくなったっていう話と、
裏腹なことでそういう文脈が途絶えてしまうと、
それはそれで自分たちは継承してきたわりに、
下には何も残さないのかみたいな話になっちゃうから。
僕とかが10代の時だったら、
批評のこれ読めみたいなやつとかを見て、
別に批評文程、普通の意味では何かを作ることをエンパワーメントするために作られてるものじゃないっていうか、
むしろやる気なくなるような文章が多いけど、
そういうのから学んでたけど、
もうそういうジャンルとも自分らでは思ってないわけだから、
自分らの切り口でこういうのを読むと、
作るぞってなるマインドセットとか、スキルもそうだし、知識とか、
そういうので良くなるぞっていうやつをいっぱい紹介したい。
そうですね。道具箱的に。
いいツールをいっぱい。
頭出し的にどういうの入ります?
つまりこの段階ではまだ入るかわかんないけど、入れたいやつ。
固い本も入った方がいいかなと思ってて。
書名言えばこのラジオの価値になるからとりあえず。
えー、何だろうな。川北二郎のパーティー学とか、
川北二郎とか梅沙男とか、新京都学派とかの人たちとか。
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俺は入れないですね。
あとは、もっとプラグマティズムの理論的な話で言うと、
書名難しいな。
山内四郎先生っていう、僕は慶恩のとき教わってた倫理学の先生がいるんだけど、
その人が中世のスコラテズ学の研究をしてる人で、
ただすごい変な人で、
プラグマティズムっぽいこととかもかなり消化しながら、
そういう議論を作ってる人で。
あと普通に読むとつまんないダジャレとかがいっぱい書いてある。
いっぱいでかなり不穏な気持ちになる。
そのつまんないダジャレとかによって読まれなくなっていってるので、
やっぱりすごい人なんだっていうか、普通に読んだほうがいいので。
滑ることもあるけど、本質はすごいから。
それこそね、君の名はが出たときに、
それに付け込んだ自己啓発みたいなのを書いてめっちゃ滑ってる。
クッソダサい、そんなにダサい形で言及できるんだみたいな感じで、
サブカルチャーに言及しがちっていう特性がある。
だけどめっちゃ面白い。
あとはさっきの小林秀夫みたいな話で言うと、
主要的な文章をヨーロッパの方にルーツを求めていくと、
個人的にはジンメルとか、
あとボードレールの現代生活の画家とか、
ああいう対照記述的なエッセイっていうのは、
西洋圏だとあんまりちゃんとジャンル名としてあるわけではないんだけど、
ああいうエッセイ、バルトの明るい部屋とか、
そういうのは入れたいなと個人的には思ってて。
僕も言います。
僕はですね、松本と被ってるのは結構半分ぐらいあると思うんだけど、
被ってないやつで言うと、
例えば、
プラグマティズムかぶりだけど、
バーンスタインっていう人が書いているプラグマティズム関連の本、
手すり無き思考ってやつもいいんだけど、
とにかくバーンスタインの話に入れたい。
とか、もっと変えたほうがいいな。
これプラグマティズムじゃん、プラグマティズムだけど、
ドナルドショーンっていう経営学者、
経営のことなども言ってる人なんだけど、
この人の政策的実践とは何かっていう。
デザイナーとかが仕事の時にどういうこと考えてるのかみたいなのを、
哲学っぽい感じで考えたみたいな。
あと、弁護士とかが仕事してる時に何考えてるかみたいなのを、
今の紹介から想像もつかない文体っていうか、
漢字で書いてるってめちゃくちゃ面白いんで、
ショーンは入れる。
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あと、キャス・サンスティーン、
インターネットは民主主義の敵か。
これも今読むと本当に全部その通りでございますみたいな感じで、
これも面白いので、これも多分入れる。
あと小説だけど、カート・ボネガット・ジュニア、
スローターハウスファイルってこれも多分入れる。
で、クラウス・クリンペンドルフっていうデザイン学者みたいな、
社会学っぽいデザイン学者。
この子の意味論的展開っていう。
これ訳がハイパー読みづらいんだけど、
なんかね、変なパワポンみたいな図がいっぱいあって、
それ見るだけでも結構面白いんで、これも入れる。
うんぬんみたいな。
あと、国文講一郎・暇と退屈のビニュー、これ入れます。
たぶん入る。
これたぶん、一応ね、
多数決っていうか、全界一致で決めようと思ってるんで。
なんとなくね、10から22ぐらいいて、
全界一致の定義とかは操作していくけど、
全界一致だったことにして、
自民党か?
自民党的な意味での全界一致でいこうと思って。
解釈拝見。
でも、俺ら公共性ないからさ、
自民党しても別に問題ない。
あと、理論的な本だけじゃなくて、
理論っぽいものを天然でナチュラルに実践しちゃってるタイプの本とかも結構入れたいなと思ってて、
なんか、今パッと本棚見て浮かぶのは、
イランっていう韓国のミュージシャンの悲しくてかっこいい人って日本語で出た?
イラン?まあいいや。
イランはいいと思いますよ。
あとは何だろうね。
あと僕あれですね、映画だけど、
ホドロフスキーのデューンとか。
これ入ります。
それが重要。
ジョン・バフローのシェフとか、この辺はね。
入ります。
これ入ります。
僕わかんないけど、作るの最高ってなるんで、
まあこの辺なんかいいんじゃないかなと思います。
宮崎駿、風の谷の直しか漫画版入ります。
いや、もう全開一致、それで崩れました、今ここで。
ここで崩れました。
リジェクトです。
いやでも、これは自民党付きの全開一致になってない。
あとは…
森博、ミステリー工作室入ります。
それは僕はOKです。
のだつとむのブラックマシンミュージックとか入りたいですね。
のだつとむブラックマシンミュージック、自民党付きの全開一致に乗って入る可能性があります。
あと福島和喜と学習の生態学、これ…
あー重要。
俺もう阿部ちゃんって感じで入ります。
自民党内も割れてるけど入ります。
複数の阿部が誕生する可能性がある。
複数の阿部が誕生するね。
たぶん最終的な、アドビのファイルとかに近い人ほどより阿部ちゃんである可能性があるね。
1:03:00
とにかくこういう感じでワイワイやりながら決めるっていう点は確か。
そうだね。
これすごい楽しいよね。
これ決めるのはね、一番原稿としてもそんなに負荷ないから、ただ選ぶだけだから。
ここはすごい楽しいと思う。決めてて。
読む側もね、とにかく本いっぱい知れるの楽しいから。
そういう感じで、第1部が男性学的な何かが来て、そして第2部はいろんなのを紹介するやつが来て、
第3部はいろんな本とかコンテンツ。
本中心にしようかなと思ってるけど、一部違うメディアもあるっていうのが入るという感じですね。
で、じゃああれですね。とりあえず締めたいんで、最後にマッツにレトリカ5こういうのなんでよろしくみたいな、
読みたくなる気持ちになる言葉をやってそれで取りましょう。
いやー5はだから、今あれですね、人々のモヤモヤに言葉が追いついてきてないと思っていて、
そこに追いつくといいかなっていう、そういう本を目指したいと思います。
あと最後にもう1個宣伝とかも入れていいよ。
宣伝はね、前半にちゃんとなんかごちゃごちゃ話してたみたいな、
なんかアイドルと実音と男性学とフェミニズムみたいな話は、
新羅の連載でかなり深く掘ってると思ってて、
あとまあちょっと有料になっちゃうんだけど、
カイユープレミアムっていう有料のメディアで、
韓国のバラエティ番組とか、謎のものの分析とかを結構していて、
それも結構いい分析になってると思うので、
その辺読むと、今日の話したことは結構面白くわかるんじゃないかという気がして。
まあそうね、具体例みたいな感じで読んでもらえるといいかなと。
で、まあちょっとテーマ的に、これすごい今頑張ってやってるんで、
ちょっと盛り上がって長くなっちゃいましたが、
まあ大体こんな感じで終わりたいと思います。
ちょっとジョージさんお便りの宛先的な話を最後にやってもらって。
我々スリープオーバーラジオは常に既にお便りを募集してます。
常に既に。
おそらくいつも来ておりません。
久々に聞いたよ、常に既に。
来てない。
来てないので。
常に既に来てない。
常に既に来てないはまずい。既に来てないし、これから来てました。
なので、僕のDMかセシモン君のGメールアドレスか、
もしくはメールフォームを確か彼が作っていると思うので、
彼のTwitterを参照してください。
あと僕も宣言するとさっき言ったゲームの実況がそろそろ上がると思うので、
Earth Space for the Unboundですね。
よかったら見てください。
はい、じゃあそんな感じで次回もまたよろしくお願いします。
1:06:03
ゲスト松本さんありがとうございました。
ありがとうございました。
お疲れ様でした。
お疲れです。