1. 志賀十五の壺【10分言語学】
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2020-02-17 05:08

#3 夏目漱石『夢十夜第二夜』朗読 from Radiotalk

00:01
こんな夢を見た。
和尚の室を下がって廊下伝いに自分の部屋へ帰ると、暗灯がぼんやり灯っている。
片膝を座布団の上について、刀身を掻き立てた時、花のような蝶児がぱたりと朱塗りの台に落ちた。
同時に部屋がぱっと明るくなった。
襖のような武装の筆である。
黒い柳を濃く薄く、おちこちと書いて、寒そうな漁夫が傘を傾けて土手の上を通る。
床には懐中文字の軸が掛かっている。
焚き残した線香が、暗い方で未だに匂っている。
広い寺だから神官として人気がない。
黒い天井に差す丸暗灯の丸い影が、仰向く途端に生きているように見えた。
縦膝をしたまま左の手で座布団をめくって右を差し込んでみると、思ったところにちゃんとあった。
あれば安心だから、布団を元のごとく直して、その上にどっかり座った。
お前は侍である。
侍なら悟れぬ筈はなかろう、道章が言った。
そういつまでも悟れぬところを持ってみると、お前は侍ではあるまい、と言った。
人間の屑じゃ、と言った。
ははあ、怒ったな、と言って笑った。
悔しければ悟った証拠を持って来いと言ってぷいと向こうを向いた。
けしからん。
隣の広間の床に据えてある置時計が、次の時を打つまでにはきっと悟ってみせる。
悟った上で今夜また入室する。
そうして和尚の首と悟りと引き換えにしてやる。
悟らなければ和尚の命が取れない。
どうしても悟らなければならない。
自分は侍である。
もし悟れなければ辞人する。
侍が恥かしめられて生きている訳にはいかない。
きれいに死んでしまう。
こう考えた時、自分の手はまた思わず布団の下へ入った。
そうして取材屋の担当を引きずり出した。
ぐっと束を握って赤い鞘を向こうへ払ったら、冷たい歯が一度に暗い部屋で光った。
凄いものが手元からスースー逃げて行くように思われる。
そうして事ごとく喫茶家へ集まって殺気を一点に込めている。
自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮められて、
くすんゴムの先へ来てやむを得ず尖っているのを見て、
たちまちぐさりとやりたくなった。
体の血が右の手首の方へ流れてきて、握っている束がにちゃにちゃする。
唇が震えた。
担当をさえ収めて右脇へ引き付けておいて、
それから善我を汲んだ。
城主曰く、無と。
03:00
無とは何だ?
クソ坊主めと鋼をした。
奥歯を強く噛み締めたので、鼻から熱い息が荒く出る。
米噛みがつって痛い。
目は普通の倍も大きく開けてやった。
掛物が見える。
暗鈍が見える。
畳が見える。
和尚のやかん頭がありありと見える。
ワニ口を開いて嘲笑った声まで聞こえる。
けしからん坊主だ。
どうしてもあのやかんを首にしなくてはならん。
悟ってやる。
無駄、無駄と舌の根で念じた。
無駄というのにやっぱり線香の匂いがした。
何だ、線香のくせに。
自分はいきなり原骨を固めて自分の頭を嫌というほど殴った。
そうして奥歯をギリギリと噛んだ。
両脇から汗が出る。
背中が棒のようになった。
膝の継ぎ目が急に痛くなった。
膝が折れたってどうあるものかと思った。
けれども痛い、苦しい。
無はなかなか出てこない。
出てくると思うとすぐ痛くなる。
腹が立つ、無念になる。
非常に悔しくなる。
涙がほろほろ出る。
一思いに身を大岩の上にぶつけて、
骨も肉もめちゃくちゃに砕いてしまいたくなる。
それでも我慢してじっと座っていた。
堪えがたいほど切ないものを胸に入れて忍んでいた。
その切ないものが体中の筋肉を下から持ち上げて、
毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦るけれども、
どこも一面に塞がって、まるで出口がないような残酷極まる状態であった。
そのうちに頭が変になった。
安堂も武尊の絵も畳も違いなのもあってないようななくってあるように見えた。
と言って無はちっとも厳然しない。
ただいい加減に座っていたようである。
ところへ忽然、隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。
はっと思った。
右の手をすぐ担当にかけた。
時計が二つ目をチーンと打った。
05:08

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