1. 志賀十五の壺【10分言語学】
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2020-02-17 06:01

#2 夏目漱石『夢十夜第一夜』朗読 from Radiotalk

#落ち着きある #朗読 #小説
幻想的で美しい。
00:01
こんな夢を見た。
腕組みをして枕元に座っていると、仰向きに寝た女が、静かな声で、「もう死にます。」と言う。
女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな売り座寝顔をその中に横たえている。
真っ白な頬の底に暖かい血の色が程よく差して、唇の色はむろん赤い。
到底死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、「もう死にます。」とはっきり言った。
自分も確かにこれは死ぬなと思った。
そこで、「そうかね。もう死ぬのかね。」と上から覗き込むようにして聞いてみた。
死にますとも、と言いながら、女はぱっちりと目を開けた。
大きな潤いのある目で、長いまつげに包まれた中は、ただ一面に真っ黒であった。
その真っ黒な瞳の奥に自分の姿が鮮やかに浮かんでいる。
自分は透き通るほど深く見えるこの黒目のツヤを眺めて、これでも死ぬのかと思った。
それで年頃に枕のそばへ口をつけて、「死ぬんじゃなかろうね。大丈夫だろうね。」とまた聞き返した。
すると女は黒い目を眠そうに見張ったまま、やっぱり静かな声で、「でも死ぬんですもの。仕方がないわ。」と言った。
「じゃあ、私の顔が見えるかい?」と一心に聞くと、「見えるかいって、そりゃそこに映ってるじゃありませんか。」とにっこり笑って見せた。
自分は黙って顔を枕から離した。
腕組みをしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
しばらくして女がまたこう言った。
「死んだら埋めて下さい。大きな真珠が枝穴を掘って。
そうして天から落ちてくる星の影を墓印に置いて下さい。
そうして墓のそばに待っていて下さい。
また会いに来ますから。」
自分はいつ会いに来るかね、と聞いた。
日が出るでしょう。
それから日が沈むでしょう。
それからまた出るでしょう。
そうしてまた沈むでしょう。
赤い日が東から西へ、東から西へと落ちていくうちに。
「あなた、待っていられますか。」
自分は黙ってうなずいた。
女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年、待っていて下さい。」
と思い切った声で言った。
「百年、私の墓のそばに座って待っていて下さい。
きっと会いに来ますから。」
自分はただ待っていると答えた。
すると黒い瞳の中に鮮やかに見えた自分の姿がぼーっと崩れてきた。
静かな水が動いて映る影を見出したように流れ出したと思ったら、
女の目がパチリと閉じた。
長いまつ毛の間から涙が頬へ垂れた。
03:03
もう死んでいた。
自分はそれから庭へ降りて神社外で穴を掘った。
神社外は大きな滑らかな縁の鋭い貝であった。
土をすくうたびに貝の裏に月の光が射してキラキラした。
湿った土の匂いもした。
穴はしばらくして掘れた。
女をその中に入れた。
そうして柔らかい土を上からそっと掛けた。
掛けるたびに神社外の裏に月の光が射した。
それから星の欠けの落ちたのを拾ってきて、
軽く土の上へ乗せた。
星の欠けは丸かった。
長い間大空を落ちている間に角が取れて滑らかになったんだろうと思った。
抱き上げて土の上へ置くうちに自分の胸と手が少し温かくなった。
自分は茎の上に座った。
これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら腕組みをして丸い墓石を眺めていた。
そのうちに女の言った通り日が東から出た。
大きな赤い日であった。
それがまた女の言った通りやがて西へ落ちた。
赤いまんまでのっと落ちていった。
ひとつと自分は感情した。
しばらくするとまたからくれないの天堂がのそりと上ってきた。
そうして黙って沈んでしまった。
ふたつとまた感情した。
自分はこういうふうにひとつふたつと感情していくうちに赤い日をいくつ見たかわからない。
感情しても感情してもしつくせないほど赤い日が頭の上を通り越していった。
それでも百年がまだ来ない。
しまいには茎の生えた丸い石を眺めて自分は女に騙されたのではなかろうかと思い出した。
すると石の下から端に自分の方へ向いて青い茎が伸びてきた。
見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来てとどまった。
と思うとすらりと揺らぐ茎の頂に心持ち首を傾けていた細長い一輪のつぼみがふっくらと花びらを開いた。
真っ白な百合が花の先で骨に答えるほどに寄った。
そこへ遥かの上からポタリと梅雨が落ちたので花は自分の重みでふらふらと動いた。
自分は首を前へ出して冷たい梅雨の滴る白い花びらに切符した。
自分が百合から顔を離す拍子に思わず遠い空を見たら
暁の星がたった一つ瞬いていた。
百年はもう来ていたんだなとこの時初めて気がついた。
06:01

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