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#842 【古代日本】熊襲・隼人は南方から来た?オーストロネシア説 from Radiotalk
2026-03-14 11:35

#842 【古代日本】熊襲・隼人は南方から来た?オーストロネシア説 from Radiotalk

主要参考文献
崎山理 (2017)『日本語「形成」論: 日本語史における系統と混合』東京: 三省堂.

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#落ち着きある #ひとり語り #豆知識 #雑学 #教育

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サマリー

本エピソードでは、古代日本に存在したとされる熊襲・隼人の言語が、南方系のオーストロネシア語族に由来するのではないかという説を解説する。日本語の系統は未解明な点が多いものの、オーストロネシア語族との音韻構造の類似性や、当時の記録に見られる通訳の必要性から、この説の根拠が示唆される。最終的に、日本語の形成においてオーストロネシア系言語が混合した可能性についても言及している。

古代日本の統一と反抗勢力
日本史の大きな流れとして、大和政権が日本列島を統一して、そこから律令国家が始まるというか、
その律令国家の仕組みっていうのも、当時の中国大陸から輸入したものですけど、いずれにせよ大和政権が日本を初めて統一して、
そこがある意味で奈良時代の始まりと、そういうふうに教わると思います。 ただ、列島を統一したと言っても、
その中には反抗した民族っていうのもいて、 代表的なのは北海道から東北にかけてのアイヌ民族ですよね。
時代としては奈良時代よりずっと後の話ですけど、 釈迦院の戦いというアイヌ民族の日本側から見れば反乱っていうのがあったりもしました。
今回お話しするのは、 クマソウとかハヤトウと呼ばれる人々です。
彼らは奈良時代に大和政権が列島を統一していた頃、九州南部にいたとされる人々です。
記録上も日本初期なんかにも登場する人々で、 大和政権に対する反抗的な部族みたいな感じで捉えられることもあると思います。
今回のテーマは、このクマソウやハヤトウと言われる人々が話していた言語です。
彼らの言語は南の方の、南方系のオーストロネシア系の言語だったんじゃないかという説があるんですね。
オーストロネシア語族とは
BGMです。
始まりました。4月15日のツボ。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。ピンクフロイドです。
ラジオトーク宛にギフトとお便り頂いております。
エピックさんからギフト、そしてメッセージも頂きました。ありがとうございます。
シャープ839でお話しした、移動表現のタルミーという先生についてね、 かなりパーソナルなお便り頂きました。ありがとうございます。
さて、今日テーマにしているクマソウやハヤトウと呼ばれる人々の言語がオーストロネシア系の言語だったんじゃないかという話が今日のテーマですが、
そもそも前提として、日本語の系統関係はよくわかっていません。
九州南部のクマソウ、ハヤトウの言語に限らずですね、今我々が話している日本語の系統関係というか、どこからやってきた言語なのかっていうのはまだ定説はありません。
これが前提の一つ目で、もう一つの前提としてオーストロネシア系という言葉ですね。
オーストロっていうのは南、ネシアは島ですので、オーストロネシアで南の島ということになります。
具体的な地名で言えば、台湾の先住民の言語、フィリピン、インドネシア、マレーシア、そういう東南アジア、東植ですね。
あとは太平洋の島々の言語、パプラニューギニアは別ですけど、フィジーとかトンガとかサモアとか、もっと遠いところだとハワイとかニュージーランドもそうです。
あとはモアイのいるイースター島のラパヌイ語なんかもオーストロネシア語族の言語です。
その名の通り南の島で話されている言語がオーストロネシア語族と言われる言語のグループですね。
これは台湾でもともと話されていたオーストロネシア祖語に遡れるというか、共通の祖先の言語を持つ言語の集まりです。
日本語の系統関係とは対照的にこのオーストロネシア語族というのはもう定説になっちゃっているというか立証されていて、
オーストロネシア祖語、祖先の言語が台湾で話されていて、そこからフィリピンに南下して東南アジア、東植に広がり、太平洋に広がりという段階的な言語と人の拡散というのが
その言語学的な証拠だけではなくて、考古学的な裏付けもあって確かめられているものです。
熊襲・隼人の言語とオーストロネシア語族の関連性
確かに台湾というのは地理的に見れば日本に近いですよね。
台湾でもともと話されていた言語が、あるいはその言語を話していた人々が最終的にハワイとかニュージーランドとか、あるいはアフリカのマダガスカルまで到達しているということを考えると、
それは九州というか日本に来ていたっておかしくはないですね。地理的な近さを考えれば、常識的に考えてオーストロネシア系の言葉を話す人々が九州にやってきていたとしてもおかしくはないです。
言語学的に見てみても、オーストロネシア系の言語は特にポリネシア系の太平洋の東の方の言語は日本語と似ているところもあります。
ハワイ語とかもそうですけど、単的に言えば音節構造が似ていて、一つの詩音につき一つの母音みたいな、そういう仕組みになっているんですね。
例えば英語みたいに詩音が連続したりとかしないし、猫のキャットみたいに詩音で音節が終わるみたいなことがありません。
詩音が出てきたらその後母音が続くみたいな。母音の数もあ、い、う、え、おの5母音なので、オーストロネシア系の言語の中には音の側面で日本語と非常に似ているものもたくさんあります。
ですが、こういう音節構造が似ているとか音の仕組みが似ているっていうことは、言語が同系統であるということの証明にはあんまり使えないと思います。
伝統的な歴史言語学では、2つの言語の系統関係、要は親戚関係であるということを確かめるためには規則的な音対応っていうのを見つけなきゃいけないんですよね。
ある言語で決まって、例えばPの音で出てくるところで、別の言語では規則的にFの音で出てくる。つまりある言語でパパと言っているところが別の言語でファファとなっていて、
このPとFの対応が至るところで観察されるとなれば、2つの言語は同系統であると言えるんですが、日本語とオーストロネシア系の言語でそのような規則的な対応っていうのはまだ十分には提示されていないと思います。
部分的にはそういうことが主張されていて、オーストロネシア系の言語でよくメっていうのはマタっていうふうに言うんですけど、このマタのマっていう音が日本語のメに対応していて、特にまぶたとかまつげっていうときにマという音が出てきますけど、これが語源が一緒なんじゃないかということが言われたりするんですけど、この辺についてはまだまだ研究が必要なところではないかと思います。
日本語の系統と熊襲・隼人の言語
クマソウやハヤトが話していた言語がオーストロネシア系、南の方から入ってきた言語だったかどうかは一旦置いといて、奈良の大和政権の人々が話していた言語、一旦これを日本語と呼んでもいいと思うんですけど、日本語とは別の言語だったことは確かなようです。
というのが、薩摩のハヤトを制伐した将軍や通訳者に功績に応じて位を与えるみたいな記述があるんですね。
なので通訳者が必要だってことは、やっぱり別個の言語をハヤトとかクマソウと言われる人々は話していたんだろうと考えられます。
考えられるシナリオとしては、南九州のハヤトとかクマソウと言われる人々の方が先に日本列島にいて、ある意味先住民的な立ち位置で、
大和政権を立てたのは大陸からやってきたトライ人で、その言語も異なる2つの集団の間で衝突があったと考えるのが妥当かなという気はします。
その先住民的な立ち位置のクマソウとかハヤトという人々が、もしかしたらオーストロネシア系の人々で台湾、ないしフィリピンとかその辺りから船を使って南九州にやってきたという説もあるというお話でございました。
その南の方から入ってきたオーストロネシア系の言語と、北の方から入ってきたいわゆるアルタイ系の言語が混合して日本語が成立したんだという説もあるんですね。
その説にのっとればですね、日本語はオーストロネシア系の言語とは強くは主張できないけど、日本語が形成されていくその材料の1つになったということになります。
もしかしたら南九州のハヤトとかクマソウと言われる大和政権に最後まで反抗していた人々がオーストロネシア系の言語の話でだったかもしれません。
というわけで今回のエピソードはここまでということで、また次回のエピソードでお会いいたしましょう。
番組フォローまだの方はぜひよろしくお願いいたします。
お相手はシガ15でした。
またねー。
11:35

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