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2021-01-31 08:00

#259 葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』朗読 from Radiotalk

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#落ち着きある #朗読
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松戸四蔵はセメント開けをやっていた。
外の部分は大して目立たなかったけれど、
頭の毛と鼻の下はセメントで灰色に覆われていた。
彼は鼻の穴に指を突っ込んで、
鉄筋コンクリートのように鼻毛をシャチこぼらせているコンクリートを取りたかったのだが、
1分間に実際ずつ吐き出すコンクリートミキサーに間に合わせるためには、
とても指を鼻の穴に持っていく間はなかった。
彼は鼻の穴を気にしながらとうとう11時間、
その間に昼飯と3時休みと2度だけ休みがあったんだが、
昼の時は腹の空いているために、
もう一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、
とうとう鼻にまで手が届かなかったの間、
鼻を掃除しなかった。
彼の鼻は石膏細工の鼻のように硬化したようだった。
彼が姉妹自分にヘトヘトになった手で移したセメントの樽から、
小さな木の箱が出てきた。
何だろうと彼はちょっと不審に思ったが、
そんなものに構っていられなかった。
彼はシャブルでセメントマスにセメントをはがり込んだ。
そしてマスカラ船へセメントを開けると、
またすぐその樽を開けにかかった。
だが待てよ、セメント樽から箱が出るって方はねえぞ。
彼は小箱を拾って、腹かけのどんぶりの中へ放り込んだ。
箱は軽かった。
軽いところを見ると、金も入っていねえようだな。
彼は考える間もなく次の樽を開け、
次のマスを測らねばならなかった。
ミキサーはやがて空回りを始めた。
コンクリが済んで、就業時間になった。
彼はミキサーにひいてあるゴムホースの水で、
ひとまず顔や手を洗った。
そして弁当箱を首に巻きつけて、
一杯飲んで食うことを専門に考えながら、
彼の長屋へ帰ってきた。
発電所は八分通り出来上がっていた。
夕闇にそびえるエナさんは真っ白に雪をかぶっていた。
汗ばんだ体は急に凍えるように冷たさを感じ始めた。
彼の通る足元では木曽川の水が白く泡を噛んで吠えていた。
やりきれねえなあ、カカアはまた腹をふくらかしやがったし。
彼はうよよしている子供のことや、
またこの寒さをめがけて生まれる子供のことや、
めちゃくちゃに産むカカアのことを考えると、
全くがっかりしてしまった。
一円九十銭の日当の中から、
日に五十銭の米を二将食われて、
九十銭できたり済んだりべらぼうめえ、どうして飲めるんだい。
が、ふと彼はどんぶりの中にある小箱のことを思い出した。
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彼は箱についているセメントをズボンの尻でこすった。
箱には何も書いてなかった。
そのくせ頑丈に釘付けしてあった。
思わせぶりしやがら釘付けなんぞにしやがって、
彼は石の上へ箱をぶっつけた。
が、壊れなかったので、この世の中でも踏みつぶす気になって、
やけに踏みつけた。
彼が拾った小箱の中からは、
ぼろに包んだ紙切れが出てきた。
それにはこう書いてあった。
私はNセメント会社のセメント袋を縫う女工です。
私の恋人はクラッシャーへ石を入れることをお仕事にしていました。
そして10月の7日の朝、
大きな石を入れるときに、
その石と一緒にクラッシャーの中へはまりました。
仲間の人たちは助け出そうとしましたけれど、
水の中へ溺れるように、
石の下へ私の恋人は沈んでいきました。
そして石と恋人の体とは砕けあって、
赤い細い石になってベルトの上へ落ちました。
ベルトは粉砕塔へ入っていきました。
そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、
細かく細かく激しい音に呪いの声を叫びながら砕かれました。
そうして焼かれて立派なセメントとなりました。
骨も肉も魂も粉々になりました。
私の恋人の一切はセメントになってしまいました。
残ったものはこの仕事着のボロばかりです。
私は恋人を入れる袋を縫っています。
私の恋人はセメントになりました。
私はその次の日、この手紙を書いて、
この樽の中へそっと仕舞い込みました。
あなたは労働者ですか。
あなたが労働者だったら、
私をかわいそうだと思ってお返事ください。
この樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか。
私はそれが知りとうございます。
私の恋人はいくたるのセメントになったでしょうか。
そしてどんなに方法へ使われるのでしょうか。
あなたは左官屋さんですか。
それとも建築屋さんですか。
私は、私の恋人が劇場の廊下になったり、
大きな邸宅の塀になったりするのを見るに忍びません。
ですけれど、それをどうして私に止めることができましょう。
あなたがもし労働者だったら、
このセメントをそんなところに使わないでください。
いいえ、ようございます。
どんなところにでも使ってください。
私の恋人はどんなところに埋められても、
そのところどころによってきっといいことをします。
かまいませんわ。
あの人は気性のしっかりした人ですから、
きっとそれ相当な働きをしますわ。
あの人は優しいいい人でしたわ。
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そして、しっかりした男らしい人でしたわ。
まだ若うございました。
二十六になったばかりでした。
あの人はどんなに私をかわいがってくれたか知れませんでした。
それなのに、私はあの人に強肩びらを着せるかわりに、
セメント袋を着せているのですわ。
あの人は館に入らないで、
開店窯の中へ入ってしまいましたわ。
私はどうしてあの人を送って行きましょう。
あの人は西へも東へも、
遠くにも近くにも葬られているのですもの。
あなたがもし労働者だったら、
私にお返事くださいね。
そんなかわり、私の恋人の着ていた
しごときの着れをあなたにあげます。
この手紙を包んであるのがそうなのですよ。
この着れには石の粉と
あの人の汗とが染み込んでいるのですよ。
あの人がこの着れのしごときで
どんなにかたく私を抱いてくれたことでしょう。
お願いですからね。
このセメントを使った月日と、
それから詳しい所書きと、
どんな場所へ使ったかと、
それにあなたのお名前も、
ご迷惑でなかったら、
ぜひぜひお知らせくださいね。
あなたもご用心なさいませ。
さようなら。
松戸与三はわきかえるような
子供たちの騒ぎを身の回りに覚えた。
彼は手紙の終わりにある住所と名前を見ながら、
茶碗についであった酒をぐっと一息にあおった。
へべれけに酔いてえなあ。
そうして何もかもぶち壊してみてえなあ。
とどなった。
へべれけになって暴れられてたまるものですか。
子供たちをどうします。
細君がそう言った。
彼は細君の大きな腹の中に
七人目の子供を見た。
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