おいしい野菜と勇気を君に。
はいどうも、有機農業系ポッドキャスト小農ラジオです。 今日は1月19日に京都大原で行われたイベントの音源を配信したいと思います。
「里とか移住とか農とか」というタイトルで、 ポッドキャスター4人で話したんですけれども、
司会にですね、京都オーガニックラジオの鈴木健太郎さん、 そして今回主催の大原ジョーの高田純一郎君、
そして、滋賀の里音柱ラジオの加地玄太君と、僕ですね、小農ラジオ。
この4番組のポッドキャスターがですね、 いろいろ里山で暮らす小さな農についてですね、いろいろお話をしてきました。
ぜひ聞いてほしいんですけど、ちょっと音源が悪くてですね、 かなりいろいろ調整しているので聞きづらいところもあると思いますけれども、
最後はですね、野良倉の萩原さんからもコメントをいただいたりというのもありますので、 ぜひ最後までお聞きください。それではどうぞ。
これ今日は純君から出されたお題のひとつですね。 そもそも世の中は今、有機であれ観光であれ大規模化していくのがトレンドになってきている中で、
我々、僕は農家じゃないんですけれども、我々小さな規模でやっている農家は、 やっていく意味があるのか、何のためにやっているのかということを悶々と尋問しているという。
ずっと考えていって、ずっと考えていって、それは。
こちら会場には農業関係者の方々もたくさんいらっしゃると思うので、 本当に簡単に名前を出させていただくと、つい何年か前にひさまつたつおさんという、
茨城のすごい農家さんが、農家はもっと減っていいという非常にラディカルなタイトルの本を出されて、
その本を読んでいる農家は、みんな、例えば僕らみたいな実際の農家は、
そうか、じゃあ僕たちはどうやって生きていこうか、みたいな悩みを持っていると思うんです。
突きつけられていると思うんです。
例えば有機農業って闇雲に本当に環境に負荷を与えないのか、みたいなところって実際やっていると、
こんなにマルチを使って捨てているのに本当にそうなんとか、
実際作ってみたけど、もう廃棄率がめちゃくちゃ多いなら、ちょっと除草剤や農薬を1回使って、
100%に近い形で野菜を届ける方がいいんじゃないの、みたいな、そういう疑問はずっと持っていて、
そんなことだけじゃないけど、いろんなことを非常に論理的に本に出してくださって、
多くの農家が、そうそう、というふうになっているわけですよね。
ここほんと数年、僕も有機野菜ですって言い切れない部分が、ちょっとどこかにちょっとひけ目を感じているところがあるんですけど、
そんな中で、それでも自分はこういう形で農業をやはりこういう場所で生きていくことを選んで、
里をこんな小さい場所で生きていくことを選んでいる。
この農地なんてひょっとしたらどんどん廃れていってしまう方が、
人口が減っていくこの日本においては正しいんじゃないの、みたいなところもあったりしつつ、
でもなんでやってるんでしたっけ、みたいなのがずっと疑問であったり。
というのが今回、ゆーちゃんやげんちゃんやけん太郎さんとお話ししたかった隠れたテーマなんですけど。
去年の1月は野党の震災があったじゃないですか。
あれは本当に悲しいことでしたけども、
あの時に結構、もうその村をなくしてしまえばいいみたいな話と、どうやって残していくかみたいなので結構論争というか、
割と僕はツイッターというかXを見るんですけども、すごいバチバチの議論が交わされてて、
もう入っていくつもりはなかったんだけど、これは確かに今被災した野党の問題ではあるんだけども、
自分たちのことでもあると思って見てて、ここを残していく意味っていうのを、
どうせ正当性を持っているのは、何が正当なのかわからないんですけども、
久松さんの本なんかはそういうのをすごい、もう俺に指差していっているんじゃないかみたいな感じで、
多分受け止めた人結構多いんじゃないかなと思うんですけども、
お前はどうなんだというふうに僕はすごく感じて、
でも文化とかの話もそうですけども、一回亡くなっちゃうと取り戻すことができなかなか難しくて、
だから里山みたいなのがすごく生産性とかで見るとものすごく低いし、
本当に補助金を例えば出してインフラを整備しているんだとしたら、
もしかしたら亡くなってもいいのかもっていうふうに感じちゃうかもしれないけど、
いやそうじゃないだろうと僕は思っていて、
ただそこをちゃんとそれほど明確に絶対にあった方がいいということは言えないんだけども、
みんなが気づいた時にもう亡くなっていないように守っていきたいなみたいなのが、
今のところ未来のために、未来の資産というか資源としてやっぱり里山ちゃんと残ってほしいなというので、
やってますけど、本当に全部が残るとはとても思えないです。
たぶん亡くなっていく里山というのはこれから出てくるから、
例えばここに大原とか、
大和じゃねえや、大洲とか、市役町とかですね、
いろいろ面白いことをやっている人たちがいるところは何か残りそうだなという気がしていて、
結局最後は人間みたいになると、そういう人育てるというのも里山の面白いところというか、
魅力なのかなと思ってやってます。
なので、あまり割り切れないものではあるんだけども、
それを大事にしたいなという、消費者も増えているので、
買って応援してもらっているのもそういう意味だろうと思っているし、
その里山というものについて、もうちょっといろんな深い話をしたいなと思って、
今日もこういう話をしているという感じですね。
そうですね、本当に僕もしょっちゅう考えているんですけど、
やっぱりもう本当に維持が難しいなというのはすごい感じますね。
今、りゅうちゃんがおっしゃっているように、やっぱり伝統とか文化、
本当にそこで考える人がいなくなったりとか、やる人がいなくなったら本当に無くなるなと思っていて、
田んぼとかもやっぱりそうで、田んぼを整備する人とか水路を掃除する人とかもいなくなったら、
たぶん1年田んぼ全部終わるんでしょというような、そんなふうに思ったりとかもするんですよ。
本当は消えるのは本当は簡単で消えると思うけど、
でもそこに住んでいる人たちって、何か別に決していると思っているわけではないと思っているし、
残せないなら残したいと思う。
何ならその場所を使ってやれることをやりたいと思う人も多分いると思うんですよね。
何かそれを見つけきれていなかったりとか、そこの手助けみたいなのが僕はやっぱりできていないなという感じが自分の中ではあってですね。
だから何かもうちょっとそこら辺を探れるような場というか機械みたいなのは作っていかないといけないかなというふうに思っていて、
僕は日本人が本当はみんな強いなって本当は思っていてですね、
本当に危機になった時とかはすごい力があるんじゃないかなとはずっと思ってですね。
何かそういう課題とかを本当の意味でちゃんと共有して、こういうふうにやっていこうというふうにあったりとかしたら、
例えばその行政の水道とか海浦関係のこととかでも、
元々は行政がやる場合は全部地域というか民間がそういうのを管理とかもしてましたし、
そういうのもあったけど、でも今は全部税金使って公共でやってもらうのが当たり前でみたいなという、
そういうふうな考えになってしまっているから、
でもほんまやったら昔の人は自分たち自力でやってたんやったし、じゃあできるよねという、そういうのもある可能性があるから、
まだまだ方法はあるんじゃないかなとは自分は思っていてですね。
農村をそういうふうに基盤を支えているのも、やっぱり工作を給与する人、
昔は農民がいたけど、その農民をもう一度たくさん作っていくこと自体にすごい限りがあるんじゃないかなとは思っていて、
本当はちょっとシェアファンみたいな感じなんですけど、
とにかく土から離れすぎた人たちをもう一度好きに触れるようなダンスを作ればいいかなと思って、
カジ君、さっきの話を聞いてて、シェアファンとか福祉とかやってるじゃないですか、
結構やっぱり積極的に行政とかいろんな人と関わるようにしてますか?
関わるようにしてますね。
こっちから行くというよりかは、マルシェとかやってるとやってくださったりする。
そもそもマルシェやること自体も人と関わっていかないとできないですね。
そうですね。
別に得意じゃないんですけど。
でも農業やったら別に人と関わらんでやろうと思えばできる。
できるけれども、やっぱそこは溢れる何かがあって、
こうしたいって思ってるビジョンがあるというか、
こうなったらいいのにみたいな感じで動いてる感じですか?
そうですね。
まちというのが、いいまちって何だよなっていうのはよく考えてたことがあって、
できれば地球できるようなところ、自分たちのところで何でも作り出せて、
そこで消費できて、何でもそれは物質的なものもそうだし、
見えない考えた知恵とか、そういう無形的なものもあるので、
やられて、それが地域の中でできれば自分たちでできればいいかなって思ってる考えがよくあるんですけどね。
それが別に中央集権的な感じで、どこかの国家の中央集権的な感じで、
そこが統率するようになっても、それぞれが実質して動き出せれば、
本当の意味で強い国が最終的にはできるんじゃないかなって思えるような考えがしてるんですけども、
元々は国っていうのは後から作ったものでしたから、
元々はそういう風な感じでまちって何かって言ったと思うし、
そういう意味では、統率することは大変やけど、
でもそれぞれがバラバラで動いてる方が本当の意味では強い国になるんじゃないかって思えるような考えがあるんですけども。
革命王。革命王とか。
敵大会みたいなね。
それぞれがどれぞれの領域に動いてほしいって目標を持つわけですね。
だから自分たちの地域っていうのを自分ごとで捉えてもらえるようなことだとかするんじゃないかと思ってるんです。
そこは熱意がすごいなって思います。
でもなんかすごいその話面白くて、非常に自主的に動く人たちが出てきて、
自立分散型の地域がどんどんできていくみたいなイメージなんでしょうけど、
逆に僕なんか15年、16年いると、地域のハブ的ななんとなく役割というか、
上の世代の人たちの非常に飲むのはこうやからこうしたらええねみたいな、
暗黙の了解みたいなのがいっぱい農村にはあるわけじゃないですか。
それを例えば言語化して言葉にしてやってきた人に、
これはこれこれこういう理由でこういう動きをしたらちょっとまずいよみたいな話をしたりする。
例えばこの動きをしてしまったらちょっとあのおじいちゃん嫌がるかもしれんし、
畑貸してくれへんようになるかもよみたいなのがどんどんどんどん見えてくるじゃないですか。
そういうのをちょっと伝えたりしているんですけど、
そうするとちょっとこう押し付けがましい話にもどんどんなってきて、
自分がそういう立場になってきたってことですか。
たぶんそうです。
でもそういった言われたことが移住してきた人に、
なんていうのかな、そういうことをミイラトリがミイラになって、
私たちに同じようなことを押し付けてきやがると、
なるほど、そういう考え方もあるのかと思って、
この地域でやっていくにはこういう雰囲気がいいんじゃないですかと思うけれども、
フェアじゃない自分っていうのはどういうこと?
いやなんかやっぱり、その村に入って、じゃあその村はもう、
すごいわけわからないルールいっぱいあるじゃないですか。
階段はこの順番に回して次こうみたいな、この人飛ばすとか、
何だったっけ、上回りか下回りとかあるみたいなとか、
そういういろいろルールがあって、いやこれおかしくないみたいなこともいっぱいあったりとか、
でもやっぱり葬式の時にうちの村独自のやり方があったりとかして、
そういうのとか面白かったりとか、
なんかでもこれって一つの文化やけれども、やっぱりうちも人が減ってきてて、
どんどん簡略化されていって、もうおしめ団をみんなで作ってたのが、
ねえさあ、こうなんで買ってきて、するわけじゃないですか。
なんかね、僕が一番わらわらの上手だったりするんですよ、うちのところで。
あれ?みたいな。
これってなんか、どうなん?って思ったりしてます。
しめ縄の嵐はうちもほんと一緒で、だいたい1月の第2番目の日曜日ぐらいにだいたい凝っていて、
班長さんの家で、その家の中で立派なしめ縄を作るっていうのがあるんですけれども、
もう全然みんなできなくなってて、本当にこれは続くのかなって思うんですけれども、
文化ってどこかの時代では生まれた年があるものじゃないですか。
だからそういうのって、消えていくのも別に、
さっきジェントンが、それはしょうがないというか、当然だよなと。
ただ僕らがそういう新しい文化みたいなのを生み出せるのかっていうのは、
今の現代にもすごくできるのかなと思ってたんだけれども、
あとの人から見ないと、あるいはこれは文化というふうにはならないのかなと思うと、
たぶん生きていることは実感できないんだけど、僕らもたぶんそういう文化を進めて、
移住者を受け入れないような地域は、本当に文化も続かなければ新たに物も生まれなくて、
どんどん失われていっちゃうという地域になったから、
そうやって受け入れてくれる地域は、たぶん残っていくんだろうなという気はします。
本当に文化のこととか、残すということですけど、
どういう文化が残っていくのかって、よく考えることもあるんですけど、
結局やっぱり残したい文化しか残ってないんだから、
残そう、これ大事やから残さんと、みたいなというふうな、
理由的な感じでやっていくと、絶対残さないから、もう使えなくなったなみたいな、
という感じが僕の中ではあって、
誰かがみんなで残したいねって思っているやつとかは結構残っていったりとかする気はしてるんですよ。
あまり詰めらんかもそうで、
うちの地区は隣の地区では結構みんなで年末になったら集まって一緒に笑ったりとか、
いう風に残ってたりとかしていて、うちの地域とかはそんなになかったりとかはしてるんですけども、
でもなんか、うちのワルシャイのスタッフでですね、
シメノワのワークショップをやってるんですよ。
彼女は女の子なんですけど、彼女とかそういうのをやってるのも、
彼女は外出身じゃなくて外から来た子なんですけども、
やっぱりそういうシメノワの文化とかを見て、
何かしらインスピレーション、インスパイアするところが多分あって、
それでワークショップをやっていて、
形はもともとあった形とは多分違うと思うんですけども、
そういう風な感じで少しアレンジ加えた感じだったり、
何かしらの引き継ぐところが引き継いで形変えて、
続いていったりとかするんじゃないかなと思っていて、
多分祭りとかもそうやと思うんですよ。
もともとあったような祭りでは違って、
今風の感じの祭りに変わって、
今もちょっとだいぶ怪しいことがあるんですけども、
でも祭りという儀式だったりとか、
残せるものはやっぱり残したいと思うようになって、
多分今のような形になってるということがあるから、
そういう気持ちでみんな残したやつだけ最後持ってるから、
なくなるものがダメっていう感じの部分もあると思っていて、
でも逆にあれってことはね、
もともとなかったやつが生まれたということだから、
多分またどこかで生まれるんじゃないかなと判断するんですけども。
古文書研究どうなんですか?
古文書研究…古文書研究してるとね、
本当にこんなに昔はこうで今には伝わってないやなっていうこととかがあったりするし、
あとはその地域の話でいうと、
例えばある大原の村に泥棒が入ったんですけれども、
その泥棒は誰かという話し合いをするんですが、
最終的に過数決で泥棒を決めたりするんです。
過数決で泥棒を決めたり?
あります?それ。
でもそれってさ、
なんとなくこの村で、この村の雰囲気にそぐわへん、
立ち振る舞いをしてきた人を村人ちょっと嫌いしてたんでしょうねとか、
例えばそんな…
その人から読み取れる?
あったみたいで。
何の話?って。
なんかすごいそこまでディープになると、
非常にコミュニティとしては強固な形があるのかもしれないけど、
それは嫌じゃないですか、今の時代に。
そんな嫌…
なんかどういう雰囲気でこれからね、
実事者である僕たちが楽しみながら、
そういう文化と文化を残しながらやっていけたらいいのかなとは、
すごく考えるというか、コモジュアル。
で、コモジュアルもそうなんだけど、
今聞いていると、
移住してきた人たちがどういう風になってきたらいいのかな、
みたいな話はすごくよくわかったんですけど、
じゃあそこに農業って僕らどういう風に、
なんだろうな、農的な暮らしってやっぱりそういうところに、
やっぱり必要なんですかね。
僕は必要だと思うんですが。
農業をやっているからこそ地域と関われるんじゃないですか。
デザイナーで移住して地域で、
溝掃除とか、
役に立たないこいつってなるよりかは、
断然役に立つんじゃないかと。
対等に話ができるんだと。
僕は結構なんていうのかな、
里山の美しさみたいなのは、
一時的な自然、本当の自然じゃないんですね。
結局田んぼとかこういう里山の美しさっていうのは
二次自然で人が作り出したもので、
やっぱりそれが手がかけてしまった以上は、
維持していかなきゃいけないから、
阻害もしなきゃいけないし、
もちろん漏れもしなきゃいけないしとか、
田んぼ荒らしてしまったら、
本当になんとなく全てが終わっていくんだろうなと思うと、
今面白い取り組みをしている人がたくさんいるし、
田んぼ大輝ということで、
いろいろ見抜けてくれたりする人もいるけど、
そういった里山の舞台が整っているから、
いいことを知れて美しいっていう感じになるので、
それをどう守っていくのかっていうのは、
本当に今、自分の脳法というか、
勇気ということをもうやめても、
その農地を守っていくっていうふうに
やっていこうかなというぐらいに思っているんですけれども、
自分のところの人たちはどう思われているか、
どういう意味なのかわからないんですけれども、
やっぱり田んぼ荒らされていくのを見るのは辛いというふうに
みんな言っているので、
そこを守っていった作品は多分、
もっといい里山が残ってくるんだろうなというふうに
思っています。
いい関係ができるんですね。
自分の生ゴミを持っててくれる人からだったら、
この人から買うみたいな感じで、
私の育ったものを育ててもらった人が育ててくれたもので帰ってくるみたいな、
というのを実感できると思うので、
どんどんそういう小さなコミュニティがいっぱいできるというのが、
わりと日本はそういうのがあっているんじゃないかなと思うんですよね。
だから商農というのも、これからは科学ではないかなと、
商農推しなんですけれども、面白いなと思います。
その大規模な技術者を増やすというのが、
僕は学校で見れるんですけれども、面白いと思います。
ファッションというのがすごくいいなと思ったというか、
例えば生ゴミ、京都市内の人から生ゴミを大原の農家が受け入れて、
循環させること、多分社会的なインパクトとしてはめちゃくちゃ大きいものではないし、
循環の割合としてはめちゃくちゃ小さいものなのかもしれないけど、
多分里山とか産地じゃない小さいところ、里で僕らがやる意味というのは、
肥農家の方々とアクセスしやすい場所でやり続ける、
そういう農業から派生する何かしらの体験であったりとか、
アイデアを共有しやすい場所にあるというのはすごく大きいなと思っていて、
そうして循環の形を見た人が、
じゃあもっと全体的にはこんなことを考えなきゃいけないのかもしれないねとか、
そういうところに持っていけたりしたら面白いのかなとは思ったというか。
ちょっとファッションの言い方を失礼してみました。
ファッションはいいんですよ。形から入るというのは全然いいんですけども、
本質的というか、本当にやっているところも見えるような場があれば、
結構そこに興味がある人は実際に森道の会場でも最終的にはその土を買って帰る。
オーガンフェスの土を持ってずっと歩いているお客さんが何人かいたりとかもして、
興味のある人というのは少し少なからずにいるんだなというのはあったので、
最初はファッションみたいなのがいいと思うんだけども、
やっているとだんだんそこが増えてくるんじゃないかなと。
まとめに入りかけてですね。
自称の勇気はどうですか、みなさん。
なんとなくやっぱり、多分ある程度の確信とある程度の迷いを持ってやっていると思うんですけども。
確信の部分としては、結構今日話を聞いていて、
それぞれの確信の部分ってあるなというのは、やっぱりあるですよね。
やっぱ常に農家としてどうなのかみたいなこととか、迷うこともありますよね。
対比者を、僕もわずか4年卒業したんですけど、
あのユウちゃんの会社を拠点として作るかという人ってなかなかいるんじゃないかなと思って、
あんなでっかいのが。
僕も踏みとどまったりとかをやって、小さな感じのやつをするんですけども。
そこは慎重にやったほうがいいですね。
あれは大胆すぎましたね。
規模でしたらどうなんですか。もっと小さくてもいいから、
例えば対比を拠点として、そこで人と人がつながったりとかするような場を作るという意味であれば、
そんなユウちゃんとこのほどの立派なものを扱わなくてもいいんじゃないかと。
僕の方だと今はもうすでに足りないんですよ。
あれでも足りなくて。
対比自体で、
ネジするっていう活動があるんだけども、
対比だけではなくていろんな活用があって、
マイオードンであり、ストロークであり、生ゴミでありみたいな。
いろんな幅を持ってやれば全然いけるし、
うち農家としてあれを持ってやれば、
費用代が単純に節約もできます。
ちょうど北海道から切り減らしちゃう中は、
力の職業工場からそういうのを簡単に受け取れるような条件があるんでから、
この人は自分で対比を作っていけば、
本当に農業がもっと純実にできるんじゃないかと。
もう切り減らしちゃいますからね。
とりあえず今からいろいろと考える。
これどう使おうか考えると思うんですけどね。
対比者ファーストで。
とりあえず参っててください。
僕は大丈夫です。
これはね、ウェントアライアファームさんという、
僕もそういうことをやりたいなと思っている農家もいますし、
地域にそういう農家が少しでもいたらね、
また広がっていくのかなとすごい思うというか。
先ほど原田さんのところ見せてもらったんですけども、
すごく配達と回収がセットになっている。
ああいう仕組みがすごくいいなと思って。
僕は配達はとてもお客さんが近くにいないのでできないんですけども、
エンディングに向けて。
はぐれたんですか?
京都と並べはどういう課題ですか?
京都って僕は去年の6月にエキスポで来て、
いろいろしたのがあったんですけども、
本当に手上とか坂の途中とか、
いろんな農家さんがいらっしゃって、
すごい面白いところだなと思って、
今回はそういう話をしてきたんですけども、
これからいろんな新しいことが始まりそうな気がします。
ビアコモですね。
そんなところで一旦、いいですかね。
何の結論も出ていません。
モヤモヤしている農家の話を聞いたということで、
会場の方にどうしましょう。
せっかく農家さん来られているので、
ぶっちゃっていいですか。
一番、萩原さん。
びっくりしちゃったんですよ。
誰か話してもらいたい農家がいるかって言ったら。
大原とか京都の方はご存じない方もいらっしゃるかもしれないですけど、
萩原さんで野良蔵農場といって、
佐久、長野の方ですごい農業をされている有機農業界の
超トップスターみたいな感じで、
ところで僕ら喋って申し訳ありません。
今の話を聞いて、
感想をお願いします。
皆さんおっしゃっていた存在意義というか、
小さいところで存在意義って、
僕なんかも突きつけられるんですよ。
よくこの場で紹介されると大規模とか言われるんですけど、
全然自分で大規模って思ったことがなくて、
一品一品大してやってないですよ。
9ヘクタールはやってるけど、