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ママの予定は子どもと家族の予定しかはいっていない。それでいい?
2026-10-21 20:16

ママの予定は子どもと家族の予定しかはいっていない。それでいい?

「ママの役割を脱いで、自分の人生を歩んでほしい」


それって、ママをやめることじゃない。
家族を大切にする気持ちと一緒に、
自分の希望も予定に入れていいということ。


聴き終えたあと、
今日の自分に「本当は何がしたい?」
と聞くきっかけになればうれしいです。

タイムスタンプ
夕飯の支度中に考えた「ママの役割を脱ぐ」とは
家族の予定は言えるのに、自分の希望は言葉に詰まる
ママをやめるのではなく、自分の希望も予定に入れる
「お兄ちゃんだから」と頑張る息子を見て思ったこと
愛情は伝わっているはず、と思っていた私
ママの希望には審査が厳しい?「しなきゃ」の奥を考える
今日の小さな選択から、自分の人生を歩く

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\「私、どうしたい?」がわからなくなったママへ/

誰かを優先するうちに飲み込んだ、
「本当は嫌だった」
「私はこうしたかった」を、
日常のモヤモヤから拾い直すラジオです。

私自身、ママになって
「ちゃんとしなきゃ」の中で、自分がわからなくなりました。

今は4歳・0歳を育てながら、
「ちゃんとしてるのに、なんか苦しい」ママが
自分の気持ちを置いていかずに生きるための発信と対話をしています。

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00:01
こんにちは、私だもの。|ママの本音を言葉にするラジオこと、しょうこです。
今日はね、今、ながら作業、ながら作業というか、お夕飯の準備、仕込みをしているながらで、少しちょっとお話ししようかなと思って。
収録もいいかなと思ったんだけど、まあライブでもちょっとしてみようかなって、このライブにもね、慣れたいという思いもありますし。
はい、こんにちは、しょうこです。
何を思って、ふっとね、こう、舵をしながら降りてきたものがあって、なんかこう、今日は私がこの、
ママになって、そのママの役割を脱いで、私の人生を歩んでほしいっていうね、思いを持ってママに対して活動を始めているんだけれども、
なんかね、こう、抽象度も高いし、それってどういうことなんだろうなっていう話を、なんかね、ちょっと話しながら、私自身にも納得させるようにしてやりたいなって、話したいなって、
大きなテーマなんだけど、私の中ではビッグドリームなんだけれども、なんかね、そういうふうに、ママに寄り添う、伴奏するっていうのは、そのママの人生を変える話ではなくて、
なんかその中でも、私、ママという役割を脱いでね、私の人生を歩んでほしいっていう、そういうママを一人でも増やしたいという思いの中の一つとして、
なんかこう、ふと思ったことが、子供に対しては、子供に対してというか、子供の予定だとか、家族の予定、
それに対しては、すぐ出てくるのに、今日は何するかとか、
今日だったらね、保育園、今日はすぐ出るって言いつつね、今日はハロウィンパーティーの準備があるとかね、
明後日は幼稚園の遠足だから、そろそろ遠足用のお弁当の準備しなきゃとかね、
旦那は今日夜遅いからオペカとか、そういう子供の予定とか家族の予定っていうのはすぐスラスラと出てくるし、
メモにも残してあったりだとかすると思うんだけど、
質問を変えると、あなたは何がしたいですか?
今日はあなた何する?って聞かれた時に、結構言葉が止まる人多いかなぁなんて思って、
私自身もね、いきなり、今日息子ちゃん何してるの?って言われたら、
今日はハロウィンパーティーの準備をやってるみたいだよとか、
じゃあ今日しょうこ何したい?って聞かれると、うんって言葉が止まってしまう。
そんな経験ありませんか?
そういうところも言葉に詰まる。
そういうところも、私が自分の気持ちをちゃんと見れていないとか、
03:02
そこにも繋がるんじゃないかなって。
よかったらね、今日このライブで私も自分への腹落ちみたいなところもあるけれども、
一緒に皆さんも聞いて、自分事として自分に質問してみるといいかもしれないです。
あなたは今日何がしたいですか?
あと、ママの役割を脱いで私という人生を歩んでほしいって、
じゃあこのママの役割を捨てるの?という話ではないんですよね。
ママであることも大切にしてほしいし、
私っていうね、あなた自身の私の希望も予定表っていうかね、そういうのに消さない。
そうしてほしいんだよなって。
じゃあもし、今日そんな中で1時間だけ、
あとね、これから夕方から寝かしつけ、夜の時間ってちょっとあるかもしれないけれども、
1時間だけ、1時間長い?30分くらい?だけ、
誰にも何も頼まれなかったら、何がしたいですか?って。
何したいですか?すぐ浮かびますか?
浮かぶかな?
ママの役割を脱ぐってね、私も言っているけど、
言い続けてきた時に、ママの役割を脱ぐか、
パッと聞いたら、どんな風に思うかなって、いきなりね。
ママという役割を脱いで、私らしい人生を選ぶママを増やしたいんですって。
私そんな活動しているんですって言った時に。
じゃあ、ママの役割を脱ぐって、子供を置いて、家庭を差し置いて、
自分勝手にするみたいな、そんなイメージにも聞こえることがあるなって、この言葉遣い。
でも、私が話したいのは、ママを辞めることとか、そういうことでもなくて、
ちゃんと役割は役割として、自分の中の一つだからママって存在がね、それはあると。
ママとして、今まで通り子供のことも考えるし、家事・育児ってね、そういうことはすると。
そうなの。
でも、じゃあ一方で、私にも、息子だってさ、嫌だとか、嫌嫌って言ったり、
旦那だって今日ゴミ捨て行ってって言ったら、ちょっと嫌な顔するだとか、
今日?朝から会議なんだけど。
そうやって、みんな好き嫌いとか言ったりだとかさ、やりたいこともそうだけれども、
今日は逆にね、やりたくないっていうこと。
急いでるからちょっとやりたくないとかさ、気分が乗らないからやりたくない。
みんなそういう気持ちを言ってるわけじゃないですか。
だけど、そこをママだからって、じゃあ私はそこを吸い取って、みんなのね、家庭の中でも蓋にしよう。
私のなかったこと、好き嫌いだとか、今日やりたくないなって気持ちは、蓋しとくかとか。
06:00
その気持ちを我慢とかさ、なかったことっていうことにしたくない。
あ!レイさん!こんにちは!聞いたよ!ありがとうございます!先日はすいませんでした。
レターも送らさせていただいたんだけど、本当ごめんなさいでした。
もしね、お優しいレイさんのご都合が良ければ、なんて思います。
なんだかんだでね、先週末もまた息子上の子が入っちゃって、
でもね、なんかお腹痛いとかって言った日があってね、
ちょっとね、上の子もしかしたら、今ベビー音符しながらやってるんですけど、
ちょっとね、お兄ちゃんっていうのを気張りすぎてるっぽくて、
なんかね、言ったんですよね。
お兄ちゃんの君って、お兄ちゃんとしての〇〇くんじゃなくていいんだよって言って、
〇〇くんのままで、私、ママは助かってるんだよなんて言ったら、
なんかね、ちょっとここ、お兄ちゃんだからなんて言って、ぽそっと言ったんですよ。
なんかね、ちょっと、なんだろう、頑張りすぎてたのかなって、
頑張りさせちゃってるのかな、自分もなんてちょっと思ってたりします。
ね、大事。
そう、なんかね、どうしてもね、
目の、やっぱさ、こう、二人いるとまだ私も、
二人のママとしては、なってから、ありがとうって、
あっ、ありがとうって言いました。
〇〇くんがいてくれてるから、
ママ助かってるよ、いつもありがとうって、そう言ったんですよ。
でもね、やっぱし、そうする、その、
あっ、大好き?うん、好きだよって、
あっ、大は言ってないかな、大好きって今日言おうかな、好きだよって、
朝起きた時と、夜寝る時には言ってる。
愛してるか。
そうね、愛してるも言おうかな。
ね、なんかさ、やっぱしそういう言葉って、
言わなくても、わかるでしょうのスタンスはダメですね。
ちゃんと言葉にしないと伝わるものも伝わらないしね、
ママ何考えてるんだろうとか、
4歳なりにこう、ママ、ベビーのお世話で頑張ってるから、
僕も頑張ってるなんて、そんなこともポソッと言ってたから、
レイさんと一人私も、ちょっと、
自分の気持ちっていうのをね、そこで伝えたいかなって思います。
子供はさん、愛の。
そうですね、なんかこう、いただいてる。
息子から本当に、愛を毎日毎日いただいてるんだなって、
なんかね、それを毎日感じれてないんだなって、ふと思った。
それが大体、そういう子供が体調を崩す時だとか、
そういう時にこう、自己ケオにかかれちゃったりしたなって思います。
本当はさ、自分も毎日、ママだから子供のことを考えてる、
09:04
イコール、子供への愛は毎日注いでるなんて、
勝手にね、自分で伝えてるつもり、感じているから伝わってる、
って思っちゃってる節があるなって思った。
でも、違うよねって、レイさんみたいにそうやって口に出して伝えて、
抱きしめたりだとか、そういうことをね、やっぱり私もするようにしています。
今日もね、私自身はそのママになって、
ママという役割、大事だけれども、その役割を脱いで、
私に帰った時に、私は何したいの?だとか、
あなたは何したいの?って聞かれた時に、
私は私の人生もあるから、私の人生もちゃんと歩んでいきたいだっていう、
そういうママに向けての、私もこういう発信をしているから、
ちょっと自分でもね、言い聞かせるというか、
しょうこ、こういう活動してるんだよな、みたいなところを、
自分でも、ちゃんと腹打ちというか、もっとね、
自分の中でも言霊のように言いたかったから、
ちょっとこの夕飯作りながら、少しライブをしていました。
このママとしてね、子供のこととか、家のことだとか、仕事もそうだけれども、
みんなが家族の中でも、今日はちょっとやりたくないとか、
好き嫌い、嫌って言った時に、
じゃあママの私は我慢しよう。
私は何も言わないでおこう、家族のために。
じゃなくて、それをなかったことにしないっていうのも必要なのかなって。
ママだからこうするっていうのは、確かに毎日の中で必要なことも、
たくさんあると思う、私も。
だけど、手も繋いであげて。
そうですね。
霊は抱きしめてもらったことも、手も繋いだこともないし、
そうなんだ、そっか。
そういう記憶って、霊さん、やっぱり残るんだよね。
旦那とかはまだ4歳だから、そんな覚えてないよとか言うんだけれども、
やっぱり愛情って、肌のぬつもりとかって覚えてるもんだよね。
ママだからこうするって、毎日それだけで頑張っちゃうと、
私はどうしたいっていう、その感情がなくなっちゃうんじゃないかなって。
なくなるというか、キャッチしにくくなるかなって。
ママのみなさんも、霊さんもだけどさ、
自分の予定だとか、希望を考えるときに、何が浮かぶかなって。
これがやること終わったらだとか、相手に迷惑がかからなければとかさ、
子供が大丈夫ならとかさ、条件が結構多い気がするんだよね。
ママの希望って、審査厳しいかなみたいな。
ママのその条件わかるけどみたいな。
自分の条件、希望を伝える。
12:02
考える前に、できるかどうかの審査っていうのが、
結構超えるべき壁が何個もあるなっていうのがある。
寂しいって気持ちってな、ずっと残るんよ。
そうだよね、霊さん。
親にもらえんかったものを恋人に求めるようになるんよ。
幼少期のね、カラカラだったこの愛情っていうコップをどうやって埋めていこうかっていうのは、
やっぱりさ、大人になったから自分でそこを埋められる。
そうね。
葵の君ね。
確かに。
注いでもらえなかったものを注がれるべき時に注ぐものだよね、愛情。
私もそれは心がけよう。
皆さんも最近の1日思い出した中で、
何々しなきゃっていうのって何個あったんだろうなって。
何かしなきゃっていうタスクって、
自分は何を守ろうとしているのかななんて、
私はちょっとそういうことを感じるようになったんですよね。
家が回ることかもしれないし、
誰かに迷惑をかけないことだとか、
子供が困らないとかね、
旦那がちゃんと仕事に行けるように。
だからといって、自分自身のタスクをしなきゃ。
それが悪者だから、私は自分の希望が伝えられないんだ。
じゃなくて、
それをしなきゃっていうのは、
私自身もあなた自身も必要だからやってるっていうこともあると思うんだよね。
ただ、その奥の自分の気持ち。
あとは、その気持ちが、
周りの期待に添えようとしての気持ちになってない?って。
今日しなきゃいけないこと、仕事しなきゃいけないこと、
家事もしなきゃとか、
リビング私散らかってるんですけど、
でも綺麗にしとかなきゃいけないな。
だけどそれって何のため?って。
家族が戻ってきた時に、
気持ちよく過ごしてほしいとか、
そういうことを言ってるのかな?とか、
自分の中でね。
そういうふうにすり替えてないかな?って思ったりするんだよね。
みなさんもそう、どうかな?なんて思って。
とは言いつつ、もうすぐ保育園のお迎えになっちゃうので、
15:00
リーさん、聞きに来ていただいてありがとうございます。
すごく愛情、愛の深さ、重さっていうのがね、
すごい大切だっていうのはやっぱりあるよなって思った。
だけどその愛情の向け方、
矢印を、自分で自分を愛するっていうところとか、
自分で自分を選択するとか、
それって結構、
自分の人生を歩くにも一つ通ずるのかなって、
リーさんと話してて思ったりもした。
大きすぎるかもしれない。ちょっと抽象的かもしれないけど。
今日はさ、この家族の希望だとか、
何々しなきゃとか、ママとしてね。
あとは仕事の自分、仕事としての自分としてね。
そういう人の希望を聞いた後に、
でも自分は何がいいかっていうのを考える。
みんながいいからとか、みんなのためだからだけじゃなくて、
その選択肢の中に、
でも私はこっちもいいんだけどな、こうしたいんだけどなーなんて、
そんなことを選択肢に入れてもいいのかなって思いました。
じゃあどんなことかなっていうと、
私の中ですけど、すごいちっちゃいけど、
今日夕飯の時に食べたいもの、自分が食べたいものを一つ作るだとか、
お惣菜でもね、これちょっと食べたいから買っておこうかなとかさ、
だからスーパー行ってからお迎えに行こうと思います。
なんかね、ちょっと鼻声なんだけれども、
やる気もないから、夕飯作りはもうちょっとちゃちゃっとやっちゃって、
なんか好きなもの買おうかなーとかさ、
誰も見てない時に息子と旦那がお風呂入っている時に、
ちょっと食べれるデザート買っちゃうだとか、
誰かのためでなく自分がしたいこととか、
テレビとか見たいものとかでもいいと思うんだよね。
逆に今日はもうやらないとか、それもいいと思う。
今日はもうママお休みしますとかさ、
それだけで人生が変わっていくとかは言えないけど、
でもそれをちょっと思うだけで、
自分の希望っていうのを一度自分の中で見つめ直すというか、
聞き直す、問い直すっていうのかなっていうのをしてみると、
今まできっとそれを後回しにしていたことってあると思うから、
1日1回だけでも聞いてみるとか、
その積み重ねをしていくと、
私って本当はこういうこと好きだったんだとか、
ママ気持ち悪いです。
ありがとうございます。
女の子も大事にして、ママでも。
確かに、女の子としてのママを大事にしようって、
積み重ねで自分を後回しにしない、
自分の希望を自分自身でするっていう選択が積み重ねで、
自分が何を望んでいるのかっていうのが、
18:00
少しずつ見えやすくなったりするんじゃないかななんて思いました。
レイさんもね、何を選ぶときの自分が一番好きだとか、
何をしているときの自分が好きだとか、
そういうのがあるといいですよね。
つらつらお話しさせてもらったけれども、
今日の話、私が思うのは、
自分がママの役割を抜いて、
私という人生を歩んでほしいという中では、
ママである自分を、ママの役割を抜くっていうのは、
ママである自分を否定することではなくて、
ママとして大切にしていることって多分みんなあると思うから、
それは置いて、横に置いてね。
じゃあそれに、私はどうしたいっていうのも、
一緒に置いてあげるのもいいかなって。
何がしたいっていうのが難しければ、
これ以上何したくないとかさ、
それでもいいのかななんて思いました。
やっぱり、自分の人生って大きく抽象的に言ったけれども、
今日の小さな選択、自分の選択っていうの、
それでも始められるんじゃないかなって。
私はこのママたちに、ママっていう役割を捨ててほしいんじゃなくて、
役割の中に埋もれている私っていうね、
女の子の私っていうね、そういう声、
それも大事にして聞こえるようになってほしいなぁなんて思います。
今日も聞いてくださってありがとうございました。
この夕方のね、バタバタしている時だとか、
そんな時にこうやって、私のところに配信に来てくださって嬉しいです。
じゃあね、私もこれからお迎えに行ってきます。
レイさんもね、また頑張ってくださいね。
今日もありがとうございます。
ママでもな、女の子やね。確かに。
本当にありがとうございました。
こちらこそです。ありがとうございます。
じゃあ今日はこんな感じで終わりにしたいと思います。
じゃあまた。
それではお疲れ様でした。
さようなら、しょうこでした。
失礼します。
20:16

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