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はい、シェアする落語のシケです。 6月28日日曜日、新宿無何有におきまして、キコウのラクゴ、笑福亭希光さんの一人会、第37回だそうです。
希光さん、今月2回この会をやったのかな? なんかそんなことをおっしゃってたような。いつもの感じで、喋らなきゃじゃないな、喋りたくてしょうがないという話題を、まくらというか漫談というか、
とうとうと語って、その話が全部面白いというですね。 しかもここでご紹介するようなことが難しいという感じでしたけども、
ある大ネタを教わる、教わらない、教わることになったというその経緯の話ですね。めちゃめちゃ面白かったですね。あれはないわ。
というようなお話がありましたが、大ネタ来年あたりね、かけられたりするんじゃないかなと思うんで非常に期待をしております。
ということで、1席目はですね、最近やる人が少ないような気がするという前置きの中からですね、『大安売』ですね。希光さんの相撲のものは、相撲物はなんか初めてかな。これの上方バージョンも初めてかなと思いますね。やっぱりこの噺も多分上方から移ってきたもんなんでしょうね。
やっぱこういう軽いネタは音楽性っていうか、滑らかにスーッと聴かせてくれる方が僕は好きなので、希光さんのこの感じはですね、すごくいいですよね。
で、2席目がですね、これはね、珍しい良いものを聴きました。『天王寺参り』。ザッツ上方落語ですね。
これは後でお話をお伺いしたんですが、六代目松鶴、六代目って言ったらもう松鶴なんですけども。笑福亭松鶴がですね、松鶴一門のお家芸、とりあえずやっておけみたいなことを言っていて。で、鶴光師匠から希光さんが教えていただいて、今やってるという噺なんですね。
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非常に難しい話です。何でかっていうと、ほぼ半分以上が天王寺参り、観光案内っぽいんですよね。で、そこにそのなかなかその情景を思い浮かべるっていうことは、難しいところがあるんですが、
でもさすがそこは希光さんなんで、なんだかのその情景が思い浮かんでくるんですよね。で、やっぱりね、行きたくなります。行って、そのイメージのズレみたいなものをね、頭の中の、僕の頭の中の天王寺参りと実際の天王寺の違いというのを見に行きたいなっていうふうに思います。
これ全く余談なんですけど、宮崎外骨という人を僕は尊敬してるんですが、この方が大阪で展開していた滑稽新聞という、その筋では大変有名な明治時代ですよね。
の天王寺の話、確か警察に取り締まられたんじゃないかな。よく警察と戦ってた人なんですけど。なんかね、それを思い出しましたね。
セリフを聴いてるとね、江戸じゃないんですよね。明治大正まで行くのかなぐらいの話で。でもなんかね、あのそういう観光案内的な要素が半分なんですけど、もう半分はやっぱり滑稽噺で、しかもなんかちょっとね、あのシュールな、
戒名の話とかが出てくるんで、とても不思議な感じがあって、これちょっとね、もう一回聴いてみたいなっていうふうに思いました。
仲入りなしで3席目。これはね、僕がね、希光さんのネタで一番好きなやつですね。茶屋迎え。茶屋迎えは江戸だと『不幸者』ですね。前半はちょっと『木乃伊取り』みたいな感じなんですけども、やっぱ『不幸者』なんですよね。
江戸の不幸者に比べると、最後の方のあの、何でしょうね。再会してラブラブになるシーンっていうのがちょっと尺が短い。逆に江戸はちょっとそこが長い。江戸東京はね。という違いはあるんですが、落語の世界には珍しい、古典落語の世界では珍しい、男女間のほろ苦い愛情みたいなところが伝わってくる。そこはもう隠し味みたいなところではあるんですけども。
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これがね、いいんですよ。まあ大人の落語だなと思いますね。こういうその大人の感じっていうのはすごいやっぱ希光さんに似合うなという気がいたしました。
着々とですね、自分のやれることを増やしながら磨きながら、まだちょっと先だと思いますが、真打昇進に向けて芸を磨いているなというところをですね、見ることができて。
まあそんな偉そうなこと言わなくてもね。単純に楽しい回でございました。ということで、シェアする落語の四家でした。ではまた。