野生化した馬たちが暮らす無人島、北海道のユルリ島についてお話しました!
・野生化した数頭の馬が住む島
・放牧→投げ縄で捕獲!
・これからのユルリ島
ユルリ島HP
エピタフ 幻の島、ユルリの光跡(岡田 敦/amazon)
写真集 ユルリ島の馬(岡田 敦/amazon)
根室・落石地区と幻の島ユルリを考える会
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サマリー
北海道のユルリ島では、現在も数頭の野生化した馬が暮らしています。これらの馬は、大正時代に家畜として持ち込まれ、その後戦後に漁師たちによって放牧されるようになりました。ユルリ島は昆布森に近く、特有の環境が馬の生活を支えていますかつて昆布の引き上げのために放たれた馬たちは、自然放牧状態で生きていました。しかし、ただ生きる道を選んだ結果、彼らの血脈はほとんど途絶えてしまいました。
北海道ユルリ島の紹介
みなさん、こんにちは。自然を愛するウェブエンジニア、セミヤマです。
今日は、北海道ユルリ島の馬についてお話ししたいと思います。
本編の前に、これまでの配信やセミラジオにお便りやコメントをいただいてますので、いくつかご紹介したいと思います。
まず、伊藤亮さんからお便りをいただきました。
せみやまさん、こんにちは。伊藤亮です。先日のポッドキャストアーシス、お疲れ様でした。
初めてお会いし、お話しすることができて、感激でございました。
お声の印象通りの落ち着いた佇まいに、年傘の私は少々気安くなりすぎてしまいました。
番組の方は、分野により毎回聞けているとは言えませんが、これからも応援させてくださいね。
また、お便りの方も紹介差し上げたい本について送りたいと思っております。
また何かのイベントでお会いできる日を楽しみにしております。
毎日暑い日が続いておりますので、どうぞ十分に対策されますように、とのお便りをいただきました。
伊藤亮さん、ありがとうございます。
そう、伊藤亮さんとは先日東京で開催されたポッドキャストアーシスというイベントで初めてお会いしまして、
いろいろとお話しさせていただいたんですが、びっくりしたのが、伊藤亮さんは東北の北部の方の県にお住まいなんですが、
泊まりではなく日帰りで帰られてたんですよね。
自分の中では、その県は東京から日帰りできるエリアという認識はなかったので、とても印象的でした。
移動距離とか大変なことになってると思うんですけど、いやいや、伊藤亮さんすごい行動力ですね。
お気に入りの本についても、いずれお便りを検討してくれているということで、ありがとうございます。
どんな本なんでしょうか。
こちらもあまりにも危険な本でなければ、セミラジオでお便りをご紹介できると思いますので、
お時間のある時にでも送ってもらえたら嬉しいです。
というところで、伊藤亮さんお便りありがとうございました。
僕もまたポッドキャストなどのイベントでお会いできるのを楽しみにしております。
続いて90年代の少年ガンガン会に幸子さんからお便りをいただきました。
ガンガン懐かしいですね。
私は買ってなかったので、そこまで熱い思い出はないのですが、
友人がギャグ王を買っていたので、そちらの方を思い出しました。
マイナーな雑誌ですし、配管になったので知ってる人は少ないかもしれませんが、
作家が駆け持ちしてたり移籍していたりで、そこそこ関係がありましたね。
モアイくんの岩村俊也先生はギャグ王でも連載していたので、そちらの漫画の印象があります。
馬の歴史と生息環境
ギャグ漫画なのに、いつのまにか真面目な路線になってたような。
あと、ゼットマンという漫画は存じていなかったのですが、
しょくころの作者だったんですね。
懐かしい名前かつ想像していないタイトルを聞いて驚きました。
しょくころはとても少年誌で連載する内容ではないので、
どうでもよい話ですが、ガンガンの話題が出ると、
妻が以前にガンガンを読むと手が真っ黒けになるジャンプの日ではないと語っていたことを思い出します。
とのお便りをいただきました。
さちこさん、ありがとうございます。
ギャグ王、ありましたね。
ガンガンを迷子を飼っていた時期に創刊したので、ギャグ王も創刊号からしばらくは飼って読んでました。
ギャグ漫画はメインにした月刊漫画誌ということで、
当時も今でもなかなか他に類を見ないコンセプトの漫画雑誌でしたよね。
岩村敏也の大ボケ超人うっかりまん、僕も読んでました。
そう、記憶が曖昧ではあるんですが、後半はシリアスな展開になってたような気がしますね。
僕が読んでいた頃に連載されていて印象に残っている他の作品だと、
梅干しの謎、アクロバットバカ野郎、幻想大陸、殺し屋ジョージ、すすめダイナマン、
とる猫一家の冒険記、半熟忍法帳、勇者カタストロフ、ハイパーレストランあたりですかね。
それと今ネットで連載作品を確認していて気づいたんですが、
やっと安心宇宙旅行のコミカライズ、ギャグ王で連載されてたんですね。
これは知りませんでした。NHKのアニメですよね。
やっと安心宇宙旅行は僕はアニメは全話見たんですが、
リアルタイムでは見てなくてですね、2000年代に入ってから見たんですけど、
そのタイミングで見た理由としては、以前セミラジオでご紹介したうちの玉知りませんか?のエピソード、
祭林やパラダイスオブカニ館、このあたりを担当した脚本家の林民雄という方がいるんですが、
この林民雄さんがやっと安心宇宙旅行のアニメではシリーズ構成と脚本を担当されているということで、
気になって全話見てみたんですよ。
やっと安心宇宙旅行は祭林みたいな宇宙展開はそんなになくって、笑いあり冒険ありのエンターテイメントとして普通に楽しめる作品でしたね。
そしてゼットマンの作者がショクコロの作者でもあったということなんですが、職業殺しあって、僕は雑誌で立ち読みするくらいだったんですが、
ショクコロって略すんですね。その略は知りませんでした。
青年誌ということもあって、割とエロティックな展開もありましたよね。
自分の中ではゼットマンの人が今こういう方向で書いてるんだと興味深く見てました。
そして幸子さんの奥さんはガンガンを読むと手が真っ黒けになる。ジャンプの日ではないと語られていたということで、
確かにある時期以降のガンガンって分厚くてインクの量も尋常じゃありませんでしたね。
そういう意味で言うと僕が一時期買っていたアフタヌーンという月刊漫画誌もものすごく分厚くて、
毎語を読み終わる頃には手が真っ黒になってました。その真っ黒になった指先を見つめて、
ああ、今月もアフタヌーン読んだな、とか思ってましたね。
というところで幸子さんお便りありがとうございました。
続いて三節根さんに山梨県の吉野家会にXでコメントをいただきました。
吉野家のすごいところは4人でバラバラな注文をしても耳で覚えて正確に提供するところです。
それにどんなに客が空いてても常にせわしなく動いている姿に好感を持てます。
私の標準頭の大盛り卵汁だくだく紅生姜ぶっかけとのコメントをいただきました。
三節根さんありがとうございます。
吉野家の性格でキビキビとした接客が印象的ということで、
そういえば去年東京に行った時吉野家に朝の5時くらいに入る機会があったんですけど、
ホールを店員さんがワンオペでさばいてたんですが、ものすごくテキパキと動かれていて感心した記憶があります。
三節根さんはどんなに客が空いてても常にせわしなく動いているというところに好感を持たれたということで、
確かに暇だからってダラッダラ動いているより好感は持てますよね。
そして三節根さんは吉野家の牛丼を頭の大盛りつまり肉の大盛り卵汁だくだく紅生姜ぶっかけで食べるのがお好きということで、
画像付きでコメントしてくださったんですが、牛丼に紅生姜がてんこ盛りにされていて、なかなか迫力のある絵面になってました。
僕これまで牛丼に紅生姜かけずに食べてたので、かなり意外性がありましたね。
三節根さん、三節根さんほどではないんですが、僕も数日前に吉野家の牛丼に紅生姜たくさんかけて食べてきました。
美味しかったです。
食べ始めてから中盤くらいまで紅生姜の味に圧倒されて、肉の味がよくわからなくはなってましたけど、
紅生姜自体が美味しいので、これもまた一つの形だなぁと思いましたね。
今後自分にとってちょうどいい紅生姜の量を探求するという新しい目標ができました。
ますます充実の吉野家生活という感じではあります。
というところで三節根さん、コメントありがとうございました。
それではこの後はCM、そして本編に行きたいと思います。
豪華ゲストによる特別コラボセッション。
10分おきに様々な番組が混ざり合うミキサータイム。
各番組のグッズが手に入る物販ブース。
計15番組と混ざり合う、東海で今までになかったポッドキャストイベントがここに実現。
声が混ざる、思いが交わる。
ジャンルもスタイルも超えて、ポッドキャストの今が名古屋に集う週末。
話す人も聞く人も混ざって生まれる新しい熱。
7月、ポッドキャストミキサーで会いましょう。
場所は名古屋駅すぐ近く名古野キャンパス。
7月26日13時より開始。
チケットはリッスンチケットページにて。
さあ、推しに会いに行こう。
今回はゆるり島の馬についてなんですが、
色々とご説明が必要なテーマですよね。
まずゆるり島ってどこにある島なのかということなんですが、
北海道東端にある根室市に昆布森というエリアがあるんですが、
そこから約2.5キロほど離れたところにある無人島、
それがゆるり島になります。
島の大きさは約2キロ平方メートルということで、
そんなに大きな島ではありません。
このゆるり島、野生化した馬が生息していることで知られています。
かつては何十頭もの馬が島を駆け回っていた時期もあったんですが、
今現在は数頭の馬のみが暮らしています。
そもそもなぜこのゆるり島に野生化した馬がいるのかということなんですが、
その馬を島に連れてきた人たちや飼っていた人たちの事情とか思いの積み重ねの結果、
今この瞬間もゆるり島に野生化した馬が住んでいます。
もともとはゆるり島には馬は生息していなくて、
馬だけじゃなくて離島であるゆるり島には、
エゾシカとかキタキツネとか北海道本島にいるような哺乳類も生息していなかったんです。
漁師たちと馬の関係
なんですが北海道のねむろ市というのはもともと馬の生産が盛んなところで、
大正時代にはそういう家畜の馬をゆるり島に連れてきて、
島に生えている草をお腹いっぱい食べさせるということがされていました。
ただその大正期の馬たちが野生化したり島に定着したわけではなかったみたいです。
状況が変わったのは戦後でした。
ねむろで昆布漁を営む漁師の人たちが水揚げした昆布を乾かすための場所としてゆるり島を使うようになったんです。
ただゆるり島というのは平坦な砂浜がほとんどなくて断崖絶壁で覆われた島なんですね。
草原を切り開いて昆布を乾かすための場所を確保したとしても、そこに昆布を引き上げるのが容易ではなかったんです。
そこで昆布を引き上げるために馬が使われるようになったんですね。
で、すごいのがこの昆布を陸地に引き上げるために島に連れてきた馬たちなんですが、
漁師の人たちは馬の世話とか扱いに慣れていたわけではなかったので、馬小屋を作ったりそこで世話をするということはせずに島に放牧してたそうなんです。
その日の昆布の引き上げが終わったら島に普通に馬を放ってたんですね。
ユルリ島の馬の歴史
で、放たれた馬はもう自由ですから島を駆け回って草食べたり川で水飲んだり自由に過ごしてたわけなんですよ。
昆布の引き上げをするときはその島を自由に駆け回っている馬たちを追いかけて投げ縄で捕まえて連れてきてたそうなんですよ。
なかなかワイルドですよね。
そんな風にして昆布の引き上げのためにゆるい島に連れてこられた馬たちだったんですが、
時代の流れとともに昆布寮に関する状況も変わって1971年には昆布寮のために島に住んでいた最後の住民がゆるい島を離れて島は再び無人島になりました。
そして馬たちはゆるり島に残されたんですね。
もともとゆるり島で昆布寮を始めた人たちは北海道本島に昆布を乾かすための良い土地がないということからゆるり島を使ってたんですが、
他に昆布を乾かすための良い土地が使えるようになったということも一つ事情としてあったみたいです。
馬が島に残されたということについてなんですが、これもいろんな事情や思いが合わさった結果だと思ってます。
このゆるり島に住んで昆布寮をやっていた人たちは漁師であって北海道本島に馬を放つための広い放牧地とかは持っていなかったわけです。
たとえそれが可能だったとしてもゆるり島以上に自由に馬たちが駆け回って草食べてってできる場所は他になかったわけですよね。
で、現実問題として適当な放牧地が本島にないわけですから、本島に連れ帰ってもせいぜい馬小屋を作って入れておくくらいしかできなかったんじゃないかと思います。
ただ、もしそうしたとして漁師さんたちにとってはもはや昆布を馬を使って断崖絶壁の上に引き上げる必要はないわけで、使う当てのない馬になるわけですよね。
そうなると結局売却するかという話にはなってしまいますよね。
そういう状況の中で漁師さんやそのご家族たちは馬をゆるり島に残すということを決めたんだと思います。
無人島となったゆるり島で馬たちは自然放牧状態となり野生化していきました。
そしてかつてゆるり島に住んでいた人たちはゆるり島で生まれた小馬が1歳になったら本島に連れて行って売却していました。
かつて昆布の引き上げのために使っていたゆるり島を今度は自然放牧場として活用することにしたんですね。
馬たちの未来と新たな試み
なんですが関係者の高齢化にあたってそれすらも難しくなっていきます。
そして2006年ゆるり島にいたオス馬がすべて島から遠ざけられゆるり島の馬はメス馬だけになりました。
この時点でゆるり島の馬たちはゆるやかに消えていくということが決まったわけです。
そしてまたこの時点でゆるり島の馬たちは経済というものから完全に切り離されたただただ生きる馬になったと思います。
このゆるり島の馬たちを15年にわたって撮り続けた北海道出身の写真家の岡田敦史さんという方がいます。
岡田さんは2023年にエピタフ幻の島ゆるりの鉱石というゆるり島の馬の歴史やゆるり島に住んでいた方へのインタビューなどを含むゆるり島と馬たちの全体像を描くような思いのこもった本を発売されました。
そして今年4月には岡田さんが撮りためたゆるり島の馬たちの写真集も発売されました。
岡田さんはここ数年で立て続けにゆるり島の馬についての本を2冊出されたんですね。
ご本人がエピタフについてfacebookでこんな風に書かれています。
ゆるり島の馬の血脈を受け継ぐ者は残り2頭となった。
今後繁殖することもなくすでに島の馬の平均寿命を超えている。
島から馬の姿が消えたらゆるりの草原に小さな火を立ててあげたいと思っていたがそんな声も上がらないのでせめてもの思いでエピタフという本を作りました。
僕はこの岡田さんが出したエピタフと写真集を持ってるんですが
ゆるり島という人工物が目に入ってこない無人島で暮らす馬たちの姿は幻想的でただただ美しいです。
ただふんわり生きているだけでもなくて厳しい自然の中で体一つで生きている生命力もすごく感じます。
全部含めて美しいんですよね。
ゆるり島は原則立ち入りが禁止されているので観光客が馬を見にやってくることもありません。
岡田さんが撮影の許可を取るのもかなり大変だったみたいです。
すごくいいですよ。ゆるり島の馬の写真。
部粋なものが何一つない世界なんです。
そういう場所ってあまりないんじゃないかと思います。
これらの本や岡田さんが解説したゆるり島についてのホームページで
ゆるり島のこれまでや馬たちがいる島の風景の写真を見ることができます。
そのあたりのリンクはすべて概要欄に貼っておきますのでご興味があればぜひチェックしてみてくださいね。
ゆるり島の馬の血脈を受け継ぐものは残り2頭ということなんですが
これは75年前に昆布を引き上げるために島に連れてこられた馬たちの子孫は
あと2頭しかいないし、その系統は途絶える運命にあるという意味になります。
なんですが実は2018年に島と馬たちの歴史が完全に途絶えることを危惧した方たちの手によって
島に新たに3頭のオス1頭、メス2頭の子馬が放たれていました。
この子馬たちはゆるり島で昆布の引き上げをしていた馬たちの直接の子孫ではないんですが
うまくいけば島の自然に馴染み、命をつないでいくと思います。
この子馬の移入を行ったのは、ねむろ落石地区と幻の島ゆるりを考える会という市民団体になります。
こちらの会のホームページも概要欄に貼っておきます。
原則立入が禁止された島のことなので、このホームページの更新も2023年で止まっていて
今その子馬たちがどうしているのか最新の情報は入ってきてないんですが
新しい子馬3頭と元々いた馬たちが仲良く過ごしている数年前の様子もホームページで綴られています。
遠い立ち寄ることができない島に馬たちが平和に静かに暮らしている。
できればいつまでもそういう場所があり続けてほしいと心から願っています。
セミラジオではお便りを募集しています。
Xのハッシュタグセミラジオや概要欄のフォームからお送りいただけると嬉しいです。
今日は北海道ゆるり島の馬についてお話しさせていただきました。ご視聴ありがとうございました。
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