で、全体の1割の部分は生活習慣。ちゃんと早寝早起きとかそういった部分です。で、運動とかね。で、残り7割がメンタルだったんです。で、メンタル引き金で食が乱れてとか。よくありますよね。
飽飲飽食する。結局原因は仕事のストレスとか。結局そのメンタルのストレスの部分なんですよね。でもこのメンタルのストレスって今に始まったことじゃなくて、実はずっと過去にこの仕事の中でストレスをためやすい人とためにくい人がいると思うんですよね。
で、その差っていうのは過去にどれだけその種を育ててきたかどうかで分かれてくるんですよね。その種みたいなものがこの間僕の子供がですね。
僕子供に週1回ぐらい寝る前に聴診セラピーをやってあげるんですね。お腹触ってごらんって言って。で、ちょっとなんかこう気になるところとか張ってるところあるって言って聞いたらここってすぐ子供は分かるんですよね。
で、そこをちょっと触ってみて、で、えっと、あ、なんか今日嫌なこととかあったとか聞いてみると、あ、そうこういうことがあったとか話すんですけど、この間、え、あ、なんか今日の嫌なことなんか教えてって言った途端フッてお腹の張ってる固いところがフワッて柔らかくなったんです。
あれ、なんか急に突然解消しちゃったぞって思ったら、えーんって泣き出したんですよね。大泣きしちゃって、どうしたどうしたって聞いたら、ステーキ食べたかったーって大泣きしてるんですよ。
で、このステーキ食べたかったーっていうのが、お昼ご飯の時に、えー、もうあの僕の知らないところで僕の妻と妻の母親と子供たちでカフェに行ってステーキ丼とかをいろんなもの食べてるんですよ。で、そのステーキ丼は自分のところには来なかったんです。子供のところには。
バーバともう一人の弟が美味しそうに食べてた。自分はもうお腹いっぱいでステーキ丼まで手が伸びなかった。でもステーキ丼本当は食べたかったんだーっていうのが残ってて、で、それがずっとねお腹にちゃんといたんです。その未浄化の感情、浄化されてない感情が。
でもちゃんと涙を流すって泣くっていう感情を出すことで、ちゃんとそのお腹の張り張ってた未浄化の部分がちゃんとふわっと解消されてたんです。
でもこれ、たまたまね、こう話を聞いてそういう機会があったから、わーんって言って解消できたんだけど、これずっとそのまま残ってたらどうなるでしょうかっていうことなんです。こんなちっちゃい大したことじゃない話がずっと残ってると、他の同じような周波数のものが引き寄ってくるんです。
他にどんどんどんどん何か似たような出来事があったとしたら、またあの時と同じようにもうどうせ自分には回ってこないんだとか、例えばね、もう自分には、自分もステーキ食べたいけど本当は、本当に食べたいものはもう自分はもうやっぱりやめとくみたいな、なぜか無駄に遠慮しちゃうみたいな。
そんなことが癖になったりするんですよね。こういう小さな出来事がきっかけで、どんどんどんどん子供たちももうなんかいいやみたいな、そんな気持ちになってそういうのがどんどん増幅されていくんです。解消されないまま溜まっていると、どんどん雪だるまのように関係ない別の似たような出来事が引き寄せられて、その感情がでっかくなっていくんですよね。
それが大人になって、さらにおじいちゃん、おばあちゃんになってもそういうのが残ってんです。それが今、高齢者の介護をしていても、そういうのを生活歴とか色々聞いていくと、とってもそれを感じるんですよね。
あ、これってもう幼い時のこの親子関係とかで、これ始まってんじゃない?言ったらもう80年前とか、そんなレベルから、これってずっと歴史、この人の中の歴史ででっかくなってきてるんだ。そういうのがあるんですよね。
こういうのをね、一つ一つ早いうちから解消してあげるっていうことは、すっごい大事だなって思ったんですよね。
自分に気づいてないような感情に気づくっていう、そういったことが大事だよっていうことをね、伝えたいなっていうことだったり、あとそのためにもね、食っていうのももちろん大事にもなってくるなっていう、全部ね、つながってるなと思うんです。
で、子供から高齢者まで、やっぱり大事なものって一貫してあるなっていうのとかね、そういう部分を何かね、お伝えできる場所がないかな、で、YouTube使って、何かね、下手くそでもいいから、ちょっと話しながら自分の中でもね、こう落とし込んでいきたいなって思ったんです。
で、最初はね、下手くそでもどんどんどんどんやって重ねていくうちに、ちょっとずつでもね、何かこう形になって、自分こういうパターンで話していくといいなとかいうのがね、分かってくるかもしれないなと思ったんです。
なので今日もね、早速、もう何も考えずにライブをスタートして、いつもね、だいたいグダグダになっちゃうんですけどね、こんな話をさせてもらってます。で、何かね、始めていかないと、物事進んでいかないなーっていうのとか、あと、流れっていうのは大事にしてます。
今日は一流万倍日って言われてますね。何か今日からスタートしたことっていうのは、万倍になって帰ってくるんだよっていう、そういう日でもありますし、来月になると終分の日っていうのがあります。
終分の日、やっぱり太陽の日照時間っていうのもまた変わってくる、そういうタイミングで何かエネルギーとか気っていうのが変わってくる節目なんですよね。そういう節目、節目のタイミングを上手に使っていくっていうのは昔の日本人はやってたんですよね。
そういうのを取り入れて、自分もね、そこに全部合わせる必要はないんだけども、でもその時に思いだったんだったらやっていこうかなと思って、今日ね、皆さんにこれも、何ていうか、ちょっとね、複数人で、自分だけじゃなくて皆さんの力、たりきをお伝えしたいと思います。
そういうのをお借りすることによって、なんかね、自分ではもう考えつかないような相乗効果っていうのがもしかしたらどんどん出てくるかもしれないな、今自分だけの力じゃお手上げなんです。自分の未来、いろいろ思い描いてることがあるんだけども、全然まだたどり着けそうなね、兆しがない。
でも、それはね、いいんだと。それよりも、何ていうか、行動して、思いはずっと持ち続けて、あとはたりきに委ねる、任せる。そんな感じで、皆さんのね、お力を借りながら、皆さんと一緒に、なんかこう、相乗効果で上がっていきたいなーって思ってます。
そしたらいつの間にやら、景色が変わってくるんじゃないかなって思うんですよね。
ありがとうございます。マスターさん、ボブさんは引き出し多いと思いますよ。ありがとうございます。引き出しね、あの、いざ話せるかどうかまた別問題で、後でね、あーこれ話したかった、これ話せばよかったなんてね、そんなあの、後悔っていうものをたまにしたりするんですけどね。昔はよくしてました。
でも後悔は、無駄なんだよっていうのをね、散々と思い知らされてきましたので、後悔こそ無駄なものはないんだと。後悔するぐらいだったら、なんかね、意味はあったんだっていうふうに、最近はね、思えるように少しずつなってきたんですけどね。
でももう基本、僕は話すのが苦手だからスタンドFMを始めたっていう部分があるので、話すの苦手で引き出しからね、引き出そうとしてもなかなか出てきてくれないっていう、そこをね、ちょっとでも克服したいなっていうのもあって、皆さんとお話しする中で鍛えていこうと思ってます。
今年はなんかね、仕事、ケアマネージャーの仕事でも地域の方にお話し会みたいなことをしたりとかをしたいなっていうイメージを持っててですね。
この同じルートをたどっていくのが悪いわけじゃないんですけど、それでいいのかをちゃんと考えるっていうのが大事なんだろうと思うんですね。今の目の前に起きていることは全て自分がそう信じたものが目の前に映ってるんだ。
漁師理企画ではそういうふうに言われてるんですよね。観測者効果って言いますけど。まささん、100歳まで生きるのが本当にいいのかって思いますよね。中身の充実の方が幸せだと思っていますが、本当自分も同じ意見です。
確かに100歳まで生きる、素晴らしい大王女と思います。その中身ですよね。どんなふうに100歳まで生きたか。60歳70歳でももう幸せに自分のやりたいことはやり切った。後悔はもう何一つないっていうふうに追われるんだったら、それはそれで幸せだろうなと思います。
100歳までずっと一人ぼっちでとか、誰も支える人がいなくて苦しんでとか、それだったらきついかもしれないですよね。苦しい期間が長いかもしれない。
でも、何が幸せかっていうのを考えるっていうのも、終わるかつ終活っていうのをね、考える上でも大事なんだろうなーって思うんですよね。
マサさん、子供の頃は100歳まで生きることが美徳や友達100人できるかなーって言ってましたね。よく聞かされていた気がします。本当、勝手に数字で評価されるっていう、そういうとこってありますよね。
100歳まで生きたら素晴らしいですね。表情みたいにもらえますもんね、100歳まで生きたら。確かにそれはそれでいいんですけど、でもなんかそれは他者の評価なだけで、自分自身でね、自分の寿命はもう90まででもうバッチリだっていう人もいるかもしれないですね。
みんなが100じゃなくていいんですよね。でももうそういう時代でもあったんだと思います。みんなが一律にこうであると同じものをね、あの見て8時代を全員集合をみんなが見る時代だったわけですよね。
それをね、生きてた方からとにすれば、そんなに違和感のない出来事かもしれないですね。でもこれからはどうなんでしょうね。いろんな形があっていいわけだし、いろんな年の取り方があるんだと思います。
そこに柔軟にまた変化していく状況をどう自分たちは支えていくのかっていうのが大事なんだと思います。こうじゃなければいけないっていうものはもうもはやないんですよね。
だから、人としてどう生きていって、最後自分でどうこの人生の閉じまりをするかみたいな、そういうのを考えるっていうのは大事なんだけど考えないんですよね。
もうその、今の時代、今の高齢者の方、だって時代が違うんだもん。100歳まで生きるのが美徳とか、そういう風な世代。なかなかね、最後はもう家族がどうにかしてくれよ、うちの父親はそうでした。
もうそんなね、死ぬ時の準備なんてそんなね、とんでもないみたいな、そういう世代でした。
マサさん、夫婦で話してるんですが、孤独詩ってよくクローズアップされています。本当に孤独詩かどうかなんて本人しかわからないはずなのに、
ああ、本当ですね。一人を希望して謳歌して、しての詩に繋がった可能性もあるって言ってますね。
これね、あの、何だったっけ、何ていう本だったっけ、もう僕大好きなのに忘れちゃった。
そう、あの、そのお一人様で亡くなるっていうこと。むしろこっちの方が幸せだよっていうことを言ってる本があって、それが中身がすごい素敵だったんです。
あの、研修、社内でもね、そういう研修をしたことがあったんですけど、本当にあの、逆に家族がいるとこじれる。
家族の意見が入ってくるから、本当の本当の意味で本人の意思が反映されないまま、家族の意向で病院に行くことになったりとか。
だから、本当はもうね、本人だけの方がよっぽどいいかもしれないよってその本ではね、言ってるんです。
医師の都合とか、病院の都合とか、どんどんどんどんお一人様でも、これ難しいんです。
いろんな人のいろんな都合が入ってきて入り混じってしまうので、本人の希望を本当にね、叶えるってなった時に、どこまで誰が寄り添っていけるかって。
これやっぱりケアマネージャーもこういう部分は意識して関わっていかないと、何かね、支援者側の勝手な都合で歪めてしまう。
本人の本当の最後の老後、お一人様老後の最後っていうのを迎えられなくなってしまう。
障害になってるだけかもしれない。
それはね、意識してないといけないなと思います。
でもなかなか自分で自分でいろいろね、考えるっていうことって負担も大きいなぁと思うんです。
マサさん、一人で過ごす時間は必要だと思っている夫婦なので、余計にそう思ったのかもしれないです。
大家族が幸せ、一人暮らしが不幸っていう価値観は違うと思いますね。
そうですね、これももう一律じゃないんですよね。
大家族が幸せな人はいるでしょうし、一人暮らしが幸せって思う人もいるでしょうし、これだけ真逆なのに価値観って人それぞれ違うわけですもんね。
だから一律になんかこう、就活っていうのもなんかこうエンディングノートとか書いたりとかして、なんかこっちの方に誘導しようみたいな、そういうのがあってはおかしいわけですもんね。
なんかこうあるべき就活の像みたいな、そっちにわざわざ進んでいく必要はないわけで、本人にとって何が一番かっていうのを考える機会を持つことが大事なんでしょうね。
でももう昔はあのコミュニティがあって、コミュニティって言ったらあれですけども、大家族でお父さんとかおじいちゃんとかなんかすごい強い人がいて、その人が引っ張ってみんなついていくみたいな、そんな構造があったと思うんですけどね。
でも周りはついていくので楽だったかもしれないですね。全部責任はそのリーダーが取らないといけないっていうそういう役割なので、でも今はそういうコミュニティとか大きな家族っていうのはもうなくなって、どんどんどんどん個人に責任が渡ってきた。
昔はそうじゃなかったのにどんどんどんどん個人に全部考えなさい、そういう時代になってきたわけですよね。だから今更急に高齢になって、自分で全部最後死ぬ時のことまで考えなさいって突然突きつけられても、これなかなか難しいと思うんですよね。
なんかこう本当そこまで全部自分で考えないといけない時代になったんだっていうことなんですね。
高齢者、昔を知ってる高齢者にとっては酷なことかもしれないなーって思ったりもします。
ただまあこれからの世代の僕たちはもうこういう時代に生まれてきているので、こういう考え方を伝えていく、広めていくは大事なんだろうなぁとは思うんですけどね。
マサさん、就活という概念や価値観、指揮を下げるのが目的で就活活動をしようと思って取り掛かってます。
取り掛かってます。ガッツリやってますよね。マサさん。発信の頻度がすごくて、クオリティもすごくて、頭が下がります。
ぜひぜひコラボライブでお話ししてもらいたいですね。
僕も就活カウンセラーとか持っててもそんな実はまだまだ詳しくなくて、こんな時どうしたらいいんだろうとか未だに迷ったりもしますし、細かいこと聞かれたらちょっと答えきれなかったりするんで、