1. 介護がいらなくなるラジオ〜ケアマネの気付き〜
  2. 【介護375】無農薬栽培から教..
2025-08-18 18:18

【介護375】無農薬栽培から教わるこれからの介護

#無農薬栽培 #菌ちゃん農法 #介護 #ケアマネ
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5f8595f7f04555115da02af2

サマリー

無農薬栽培の実践を通じて、介護の現場における経済的な課題や、利用者への配慮の重要性について語られています。福岡市から糸島市に移住した経験を基に、自然と人間の関係を重視した生活が描かれています。無農薬栽培から得られる教訓が介護現場における新しいアプローチに影響を与えていることが話されています。また、小規模の介護施設が持つメリットにも触れられ、効率と自由のバランスが求められていることが示されています。

無農薬栽培の体験
どうもボブです。今日はですね、無農薬栽培の畑を紹介してもらって、そこに行ってきました。
そこで行ったときの、また話がすごく素敵なお話を聞けて、そして僕自身も何かこの無農薬栽培の
この状況と介護とか、社会の仕組みの状況がリンクすることがあるよねっていうので、ちょっとね、ふと思ったものでシェアさせていただきたいなと思います。
今月8月1日にですね、僕が福岡市から糸島市に引っ越しをしまして、田舎の方に移住したような感じなんです。
子供たちと伸び伸びとね、自然の多いところで暮らしたいなということで、本当にその通りの生活が今できてて、すごく気持ちがいいんです。
その中で、そろそろ糸島の地元の方と繋がりたいな、地元の方で、無農薬栽培とか金ちゃん農法とかやってる方だったり、
あとマルシェだったり、何かこう得意なことを活かした集まり、そういったのを出展してみたいなって思ってるんで、そういう人たちとの繋がりができたらなーって思った途端ですね、
その思った翌日に、そういう方とちょうど出会う機会があって、向こうも僕のことを紹介してくれてる方がいて、
あ、あなたが、みたいな、ちょうど今日それこそ会いたいなって話をしてたとこなんだよっていう感じで意気投合してですね、
2回目、昨日お会いした時、まだ2回目なんだけども、もう数年来の中のような感じで、ちょっと君に教えたいところがいろいろあるんだということで、
伊豆島の金ちゃんファームっていうね、ご存知ですかね、農薬で栽培畑をやることを提唱している吉田利光さんという方の提唱する金ちゃん農法っていうのを使って、
もう肥料を全く使わない形で作物を作る、そういう畑が近くにあったんです。そこを主催している、そこをやってる人がマルシェだったり、その方自身も霊気ヒーリングとかができるようなそういう面白い方で、
そういう特技を持った人たちが集まるマルシェとかやってるそうなんです。だから今度何かあったら紹介するよって言ってくださったんですよね。子供たちもね、その畑連れて行って養蜂とか蜂をね、蜂蜜作ってたりとかしてて、蜂さんを見てわーって驚いてたりとか、いろいろ経験させてもらいました。
経済と福祉の課題
またその近くに、それこそ金ちゃん農法じゃないんだけど無農薬栽培でほったらかし農法みたいな雑草生え放題の畑をやってる方とも出会わせてもらって、そこでですね
いろいろお話し聞いたのがすごくなんか僕としては感動的で、その農家の方、もともと福祉職だったんですよ。障害者の施設で働いていたんだけども、何かやっぱり経済優先の部分があって、経済は大事なのはもちろんそうなんだけど、でも置き去りになっているものがたくさんあるよねって思って、そこは一旦やめて
で、無農薬の畑を今やっているっていう感じなんですね。いろんな他に経緯はあるんだけれども、全部端折って今無農薬の栽培をしているっていう感じで、その方が言っていたのは
今、道の駅だったりスーパーだったりそういったところに卸そうと思ったら、なかなか無農薬で作るって難しいんだよね。農家さんだってみんなもう無農薬で育てることできるってことは知ってるんだよ。
ただ、数、一定数を定期的に出荷できて、そして品質、虫食いとかが少なくて、形もある程度大きいものが揃っていて、そういう風なお野菜が作れないとやっぱりお金にならないわけですもんね。
だから、仕方なく農薬を使っているんだと。使わざるを得ないわけですよね。でも、もし定期的に一定量を出荷しないといけないという概念がなければ、無農薬で普通においしい野菜育てられるんだよって言ってたんですよね。逆に言うと。
じゃあ、でもそれじゃ食っていけないじゃないか、になるじゃないですか。そう、食っていけないんです。それだけでやっていこうと思ったら、もちろん食っていけない。
本当はベーシックインカムだったり、ある程度の食べていける、最低限食べていけるぐらいのお金がもらえておいて。
で、だったら、もしかしたら、もっと本当はね、合理的にするためにこの野菜を選んだけど、本当はこっちのこの野菜が好きだからこれ育てたいんだっていうのって、やっぱあるらしいんですよね。
でも、もうやむなくこっちをね、大変だから楽な方を選んだなんてこともあるので、もしかしたら、そういう制度がもしあれば、やりたいこともっとできるかもしれないっていうのは言ってたんですね。
まあ、それに頼ったって仕方ないわけで、その収入の収入口は複数あった方がいいし、みんなで共同で畑をやっていくっていう、そういう形が無理なくできるんじゃないかなって。
もうお手伝いに来るのも無理にね、この時に絶対こうしてくださいとか、そんなの必要ないよ。
僕は自然とお友達になってほしいんだって言ってたんですね。
今、やっぱりこう何か分断されたような、農家さんは農家さんで、全然離れた、生産者は消費者とすごくね、生産者と消費者が離れた距離感なのをもっと近くなって、
こんな風にね、もう野菜が高くなった高くなったって言ってるけど、こんな手間をかけて一生懸命作ってくれてるんだっていうのを知ってもらうだけでもいいし、
あとその野菜とか土とかね、畑っていう命を作っていくっていうものだったり、虫だったりね、こういったミミズとかモグラとか、そういったのも
自然の一部として、この畑を作ってくれる一員として、農薬や殺虫剤で殺すんじゃなくて、一緒に生きていくような、そういう世の中を自分は目指したいんだ。
だから僕は子供たちを昨日連れて行ったんですけど、もうバッタ捕まえたりデントムシ捕まえたりね、
結局そこにいるだけで大喜びしているのを見て、こういうのが嬉しいんだよって言ってくださってたんですよね。
でも介護とか福祉の現場もなんか似てるなっていう部分で僕はちょっと思ったんですよね。あくまでここからは僕のあくまで一感想なんですけど、
なんかそのスーパーに出荷を一定量しないといけないとか、そこでやっぱり経済、お金を稼いでいかないといけない、経済成長していかないといけないという、そういうものがあるから
無農薬っていうのができないんだということなわけですけど、福祉の現場も施設の経営もしっかりお金を稼いでいかないといけないから、大規模運営をして経済成長を右肩上がりでやっていかないといけない。
だからある程度の入居者を施設の場合は確保しておかないといけないし、職員が多少減ったとしても埋め合わせはなかなかできないまんま、入居者は同じ人数を頑張って持っていかないといけない。
そんな感じでみんな時間がなく余裕がなくヒーヒー言ってるわけですよね。もうちょっと余裕があればもうちょっと余裕があればって言いながらみんなヒーヒー言ってるわけです。
そこでね、改善しろ改善しろって言うんだけれども、その改善するアイディアとかそういったのももうちょっと余裕がないと生まれないと思うんですよね。
とにかく今をこなすだけで精一杯な状態になっている。これによって何が起こってるかといったら最終的にはその利用者さん自身がなんかこう元気ないわけです。満足できない。
ある程度利用者さんが求めていることをやるっていうよりもこちら側がやりたいやりやすい方法に相手を合わせるそういうふうなやり方をやってないだろうかなって思うんですよね。
利用者への配慮の重要性
作物が育ちたいように育たせるんじゃなくて人間がなんかエゴでね、管理をして無理やり成長させるとか無理やり何か形を綺麗にさせるとかそういうふうにして整えていく外部の力でね、でもそれによって本当に
お野菜のエネルギーって上がってますか?本当に高齢者の方々ってイキイキしてますか?施設のお風呂も芋洗い式って言われたりしますけどね、もう次から次へとボンボン入れて、入れる人と着替える人と着替えさせる人とあと誘導する人とまた役割分担で
もう一つ一つの場所を機械作業のようにねこなしていくみたいな。ある三吉春樹さんっていうね介護の有名な方なんですけど、この方はそれを否定していてもう一人の人が最初から誘導するところから最後洗って気持ちよかったねってお着替えをして戻すところまで一人の人がやるっていうのが
本当のお風呂の満足感を得られるよっていうふうに言ってあるんですよね。本当にでもそれはそうかもしれないなーって思うだけれども、いやいやいやいやそんなことやってられないよっていう声が当然出てきそうですよね。施設としてはそんなことやってたら、もちろんそれやりたいけどそんな時間ないんだよってなるわけですよね。
でも方や小人数の小規模デイサービスとかだったら一人一人お風呂入れたりしてるわけですよね。小さい小風呂に。それできるんですか?って言ったら、いや人数少ないからできるんですよってね言ってたり、小規模多機能施設でね、夜ドライブに行ったりするんですって。
夜ドライブ?夜こそ施設だったらおむつ交換とか勝負の時間なわけですよね。いかに早くスピーディーにお薬飲ませて、おむつ交換して寝かせる。それが勝負なわけですよ。どうやってドライブ行くんですか?まあまあ3、4人ぐらいだから車に乗せてドライブ行って、ちょっと眠くなった頃に帰ってトイレ行って寝るだけです。
小人数で、寝たきりの方とかいないからなんとかできるわけだけども、車椅子の方でおむつとかパッドとかしてる方でもできますよと。人数多すぎるからですよね。
これからの介護ってもしかしたら小さい規模のものがポツポツポツポツたくさんある方がいいのかもしれないなって思ったりもするんですよね。まあまあ効率を見たらもう一変にね、一箇所にでっかいところに入れた方がもちろんいいとは思うんですけど、でもそれじゃあ職員もなんかね、疲弊してしまいそう。
でも小さい場所の、それじゃあね、やっていけないじゃないかってなるかもしれないんですけど、一旦ちょっとそこは僕も分からない。置いといて、小さい規模で農家さんと同じでですね、無農薬の農家さんもまあその大規模じゃなく小さい規模で虫に食われてもいい。
でも元気な作物がちゃんと生まれるようにするっていうそういう形をとってっていうのはリスクがあったとしてもいい。
もし転倒したりとかなんかね、あったとしても、でもそれは抑制をするよりも自由にさせて、でもまあちゃんと見守りはしつつだけど、それでも転倒したりとか入院とかなってしまうとしても、それもね、やむなし。
だけどそれでもね、小さい規模で本人の自由な形でやっていくっていうのを目指すみたいなね、そういう風に一致するかもしれないなって思ったんですよね、意味としては。
あとそこだけでやっていこうと思ったらやっぱり難しい。今の経済に当てはめるとベシックインカムなんて待ってられないわけだし、だから副収入を別で介護保険だけじゃない収入を作っていくっていうのが別で必要っていうのもね、学べることかなと思いました。
あと竹井光三さんっていう自然経営と書いて自然なんですけど、そこで言われてたことを今思い出したんですけど、そこでは何でもかんでもね、自然の作物って成長が早いものもあれば成長が遅いものもあったり、竹の高いものもあれば低いものもある。
いろいろあるわけで何でもかんでも成長して大きくなればいいっていうもんじゃやっぱりないわけですよね。
会社とかもそうでずっと経済成長を求められてますけど資本主義社会で、でも何でも成長していけばいいっていうよりもある程度もうシーズンが過ぎたものは消えていって仕方ないわけですよね。
新しいものがまた生まれていくっていう。だから意地でも何かこの会社を残していこうとか、意地でも成長していかないといけないっていう概念っていうのは自然界には存在しないんだっていうことなんですよね。
だから自然界に存在しないものを無理にやっていこうとしたらどっかでひび割れが起こるんだっていうふうに思うんです。だから何かこう自然に学びつつ自然と調和したものを経済の中でやっていかないとこれからもしかしたら何か今行き詰まっている感じがあると思うんですよね。
何か職員も働いている人たちの心もすさんで病気になっている。心も体も病気になっているような状態。これをどうにかしていくには自然に学ぶっていうのが一番手っ取り早いようなわかりやすいような気がします。
ということでちょっとね、無農薬栽培のこの農法から今の福祉とか介護の現場との共通点というか学ぶことっていうのを教わったような気がしたのでシェアをさせていただきました。正しいかは合ってるかわかりませんけどね。
共感できたなっていう方がいたら是非いいねを押してもらえたら嬉しいです。ではではご視聴ありがとうございました。
18:18

コメント

スクロール