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2024-08-27 25:17

【LIVE】介護の仕事でやっていこうと思ったキッカケ


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00:07
皆さん、おはようございます。
今日はですね、昨日はライブちょっとしてなかったんですけど、
今日はしてみようと思います。
介護に興味のある方、おられますかね。
介護職の方とかもスタイル多いなと思いますけど、
僕がですね、介護の仕事を始めたキッカケっていうのをちょっとね、
お話ししようかなと思います。
これはですね、今まで収録っていうのかな、
ライブ以外で話したことは何度かあるんですけど、
ライブで一人でちゃんと話したことってないかもなと思ったので、
長くならないように簡単にお話ししようかなと思います。
僕がですね、もともと最初は着物屋さんをしてたんです。
着物屋の、これはもう雇われの仕事で、
サティって知ってます?大型スーパーみたいな、
イオンみたいなとこですね、が香川県の高松市にあったんですけど、
そこの中の一角のですね、着物屋さんだったんですね。
そこで毎日着物着て、着付けをしたりとか浴衣、
男は完全に着付けできないんですけど、
着物をね、興味ありませんかって、
ショッピングモールを歩いてる方に声が出て、
ちょっと入ってみませんか、イベント今やってますとか、
そんな感じでね、引き込みしてたんです。
そこが4ヶ月で倒産して、
その後、印刷業だったりとか、
不動産の会社での営業だったりとか、
全部ね、その後も営業の仕事やってたんです。
ですけど、行くとこ行くとこ、
もう倒産したり、事業所がなくなったり、色々あって、
自分も営業向いてないなって思いながら、
バリバリできてた方じゃないので、
営業じゃない仕事ないかなと思って、
その営業時代の部長から、
お前介護の仕事とかでもやってろ、みたいな、
これ悪い、みたいな、
お前はそんなことしかできんだろう、みたいな、
上から、しかも介護職人、なんという失礼な言い方だと思うんですけど、
やっぱね、そういう見方をしたんですよ、その上司は。
だから、逆に絶対行くもんかって僕も思ってたんです。
給料低いって分かったから。
だけど、その後も居酒屋のバイトしたりとか、
03:00
色んなバイトして繋ぎつつですね、
ボランティアでちょっと色々やってたんです。
いろんなボランティアしてたんですけど、
そのうちの一つがデイサービスでの
慶長ボランティアっていうのをしてたんですね。
お話を聞くっていう。
その時初めて介護の仕事に接したんですけど、
そこのデイサービスの施設長が、
すごい素敵な方で、
なんかね、人気があって、
すごい利用者さんに対して、
言葉遣いだったり目線だったりが、
なんかこの人素敵だなってちょっと好きになったんですね。
好きって憧れな感じで。
で、その後、仕事としてはやらないって思ってたんだけど、
ある時パッと、
どっかで仕事をやらないって思ってたんですけど、
パッと、
どっかでちゃんとした仕事をつけたいけれども、
それ言うとバイトに浮かんないんですよね。
長く働いてほしいからバイトの人も。
で、どうしようってやばいなって思ったら、
ヘルパー2級が取れます。
ここで働くとっていうね。
半年間働くとヘルパー2級取れますよっていうところがあったので、
じゃあもうそれなら資格も取れるし、
もう資格だけ取ってやめよって思ってたんですね。
で、ある病院の看護助手っていう形で入ることになったんです。
で、そこで働いた時の衝撃が結構大きくて、
それで今介護をしようっていうことになったと思うんですが、
その時ですね、
デイサービスに来てる方って割といくら車椅子だとしても元気でお話できて、
今の自分たちの知ってるおじいちゃんおばあちゃんの延長線上にいるような、
そんな感じで病気になったらこんな感じになるんだろうなみたいな、
そういう方がデイサービスのボランティアしてた時はいたんだけども、
病院の看護助手になったらもう全然違うんですよ、風景が。
今の特別養護老人ホームもそんな感じかもしれないんですが、
もう寝たきりの方がたくさんいて、
で、体が硬縮、縮こまって固まってカチンってなって、
なんかこう、失礼な言い方なんだけど、
何ていうか、虫が、今僕がカブトムシ育ててるもんで、
カブトムシがひっくり返った時に足が折りたたまって、
カチンってなってるような感じの姿勢。
体ってこんなになるんだ、みたいな。
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そしてずっと上しか向けなくて、
寝てるのにグーッと上を向いてるんです。
で、え、生きてんの?みたいな。
いつも何を考えて、どんな風に過ごしてんの?って思ってですね。
声掛けても何も返答はないし、
でもおむつ交換とかするとき、
ちょっと反応するんですよ。
ゴロゴロさせやがってて怒ってんのかな?みたいな。
何この人?っていう衝撃があったんですよね。
この人はどういう風に何考えていつも、
毎日毎日過ごしてんだろう?っていう風な。
とか、認知症で、
普通にお話しできるような方ではなくて、
もうね、はちゃめちゃなんです。
何話しても、
手ぬぐいをください、手ぬぐいをください、
手ぬぐいって何ですか?みたいな状態なんで。
あ、ニコさんおはようございます。
ニコさんおはようございます。
ニコさんおはようございます。
手ぬぐいって何ですか?みたいな状態なんで。
あ、ニコさんおはようございます。
来ていただいてありがとうございます。
僕が今日介護の仕事を何で始めたのかなっていう話を
ちょっとさせていただいてます。
僕の話は別に参考にならないかもしれないんだけども、
ちょっと話したくなったもんで。
僕も原点に戻ろうかなと思ってですね。
病院の看護助手からスタートしたんですけれども、
その時の衝撃の話をしてました。
何を考えてるんだろう、
どんな風に今を感じて過ごしてるんだろう、毎日っていうね。
もうなんかハテナがたくさんだったんです。
そして、
今思えばそんな思わないんだけども、
当時営業職点々として、
突然この介護の現場に入ると、
洗い物したり、シーツ交換したり、
そういった作業が多いわけですよ。
それで、
何も営業成績とか関係ないし、
これでお金もらっていいの?みたいな。
って思ったんですよ。
いくら給料は高くないとはいえ、
これでお金もらっていいんだ、みたいな。
そんな感覚が当時ありましたね。
でもね、
実際仕事を覚えていくと、
大変だって後で思ったんですけどね。
お物交換して、
便とかの処理したり、
お風呂入れて洗ったり、
機械浴っていうね、
ベッドの状態で洗えるようなものがあるんですけど、
09:01
そこで洗ったりとか。
その時の、
教える係の方がみんな、
めちゃくちゃ怖い厳しい人だったんですね。
女性の方で、
おばちゃん、おばちゃんって言うとあれですけど。
まあ厳しくて、
毎回その人に当たったら可哀想だねって言われるらしいんですけど、
ああ、辞めていくねって思われてたらしいですね。
いつ辞めるの?みたいな。
でもね、
言うことは、
ごもっともだなって思うようなことは、
例えば、
おむつ交換する時とかに、
ちょっと片手を使って、
片手が塞がってるので、
片手で利用者さんの体をちょっと動かしたりとか、
なんかしてる時期があったんですけど、
ちゃんとね、
両手を使いなさい。
片手で体をね、
片手だけで支えるとか、
言うのはありえない。
確かに、
利用者さんに、
片手間で仕事をあなたはしてるの?利用者さんの体に対して。
って言われたんですね。
それを片手間なのよ。
片手間でやってるっていうのと同じなのよ。
ちゃんと両手で添えて、
やりなさい。
とかね。
で、あと、
何か呼ばれた時は、
第1優先、あなたは何の仕事をしてるの?とか、
その方に対して、
お仕事をね、あなたはしてるわけだから、
呼ばれた時は、
もう第1優先で行きなさい。
という風にね、
言われました。
いや、ほんと。
本当に。
本当に。
本当に。
本当に。
本当に。
本当に。
本当に。
いや、ほんと。
今思えば、僕もそういう部分は、
僕のケアマネージャー、今してますけど、
入ってきた人に、
そういう風に伝えたいなとは思います。
介護をしていて、
これが理由で今やってるんだろうなって思ったのは、
ちょっとでも、
わがままに過ごしてほしいみたいな、
いうのはちょっとあるんですよね。
だって、
病院で見た人たちは、
もうわがままもクソもないわけですよ。
もう、自分で体をまともに動かせない、
自分で考えることが、
なかなか客観的に考えることができない、
そういう人たちに、
そんな中で、全て管理された状態で過ごしてるんですよね。
普段本当に何考えてるんだろうとか、
何を楽しみに日々生きてるんだろう。
12:00
僕なんてね、
ちょっと帰ってきて、
ビールとかね、
ワインとか日本酒とか、
なんかでちょっと、
ちょこっと飲んで、
ああ幸せみたいな、
甘いもの食べて幸せみたいな、
甘いものを食べて幸せとか、
そんなことないんですよ。
ただ、お腹から栄養を入れられてとか、
あと、病院食をただ口に詰め込まれてとか、
そんな生活をやらざるを得ない状況になって、
今いるけれども、
この人にとっての幸せって一体何だろうとか、
そういうのをひたすら考えさせられたんですよね。
でも、毎日日々忙しくて、
作業的になっていく自分もいる。
そんな風に冷静になったら、
この人との幸せとか考えるんだけど、
たぶんその時現場で働いてるその瞬間は、
全然そんなこと考えられないんですよね。
忙しくて。
もう次やることはいろいろあるから、
次何しないといけないんだっけ。
利用者さんから長話聞かされそうになっても、
ちょっと待ってね、みたいなこともやっぱりあったんですよ。
まともな良い介護職では決してなかったなって思います。
そんな中で、途中で老健という施設に行ったんですけども、
何でかというと、
この病院って全部、薬も食事も何もかも管理されて、
治療することが優先な場所なわけですよね。
でも、それから在宅に帰るとか、
そういう役割の場所に行きたいということで、
上司に言って看護師長さんが、
じゃあうちの系列の老健に行ってみたら、
合ってるんじゃない?って言って、
行かせてもらったんですけど、
そこでも結局、
医療的な管理するという考え方は同じだったんです。
だから、やっぱりね、
何か、もう1日の流れが全部決まっていて、
何か特別な楽しみとか、
その人がちょっとやりたい、
なんていうかな、
体に悪いけど、食べちゃうものがあって、
体に悪いけど食べちゃうものとかってあるわけじゃないですか、みんな。
でも、体にちょっと悪い、食べちゃダメ、
っていう風になっちゃうこの環境から、
何か離れる、離れた支援をできないかなと思って、
いろいろ考えたんですけど、
僕にできることは、その時はね、
食事とかに関しては何もなくて、
やっぱりドクターとか看護師さんが優先になってくるからですね。
15:01
じゃあ、僕はハーモニカとギターがやり始めたばっかりで下手くそなんですけど、
下手くそなりにちょっとやってみようって言って、
みんなで歌歌ったりとか、
そんなことを自分にできる何かっていうことでやってたんですね。
レクレーション、自分が担当の時は、
じゃあみんなで歌をしましょうとかね、
それじゃあ僕も持たないので、
別の日は、
僕は経済学部だったので、大学の時、
ちょうどアベノミクス、
安倍さんが首相だったんですよね、その時は。
アベノミクス三本の矢はどんな意味かということで、
それの時事ニュースを交えながら解説をしたりとかね、
結構聞いてくれる方は聞いてくれたんですよね。
やっぱり政治に興味のある方って多いんですよ。
で、安倍さんが何を政策としてやってるのかみたいな、
そういったのを話すと、
全然興味ない人はふむふむって寝てるんですけど、
中には興味持ってくれた、
あ、よかったよかったって思ったりね、
いろいろ試し試しで、
その日その日ちょっと特別、
他の方とはちょっと違う何かみたいな、
をやってたつもりなんですよね。
それが良いか悪いかは分かりません。
さらにね、
その介護の仕事として、
本当にまたやりたいことがあって、
もう一つが、
二つエピソードがあって、
あともう長くなっちゃったんで、
簡単に言うと、
弁執勤をした方の弁を変えてる時に、
あなたそれね、
後回しにしなさいって看護師さんに言われた、
その一言がちょっとショッキングで、
その後、
その後、
その時に早く変えてあげたかったから、
変えてたんだけども、
看護師さんにめちゃくちゃ怒られた。
でも、
看護師さんも、
他に優先することがまだあるんだよっていうのは、
確かにあったんですよ。
でも、
なんていうか、
僕の最初に教えてくれた、
あのー、
あの、
あの、
怖い上司、
その方の教えを守ってたつもりだったので、
いや、でも、
これって優先の中でも第一優先でしょって、
その時思ってね、
また若造なりに反発ちょっとしちゃったんで、
よくなかったんですけど、
でも、
それが一つ、
その気持ち悪いとか、
臭いとか、
18:01
そういったのを、
第一優先にしたいなって思ったのが一つ。
で、もう一つが、
あのー、
えー、
あ、そうそうそうそう、
薬漬けにされちゃったっていう方がいたんですね。
で、
認知症で、
もう徘徊しまくるので、
手足を縛って、
薬強いのを入れて、
で、
動かんくなったんですね。
で、
そしたらその時の、
ケアカンファレンスで、
看護師さんたちのカンファレンスに、
介護の僕たちも入るので、
その時に、
ADLが落ちましたねって、
看護師さんが言ったんです。
で、ADLっていうのは、
あのー、生活動作のことなんですけど、
日常のね、
こう生活動作、
歩いたりとか、立ったり、座ったり、
で、あのー、顔洗ったり、トイレ行ったり、
で、それが、
できなくなりました。
落ちましたねって、
言ったんですね。
いやいやいや、
ADLを下げたんでしょ?
って僕は思ったんですよ。
で、それはね、
当然みんな思ってて、
分かってることだと思うんですけど、
そこに対して、
なんかこうザワザワっとした、
僕好きな方だったんです、
その利用者さん。
で、好きで、
まあもう、認知症で大変だけど、
でも好きだったんですよ。
みんなそうだったと思いますけどね。
で、だけど、
もうそうせざるを得なかった。
で、お薬でドローンとなって、
動かなくなっちゃった。
で、
それはもう動けなく、
あえて、
したわけですよね。
だけどなんかその、
偶然になっちゃったみたいな言い方をしたから、
はぁ?と思ったわけですよ。
ADLが下がりましたね。
下がりましたねじゃねえだろう。
で、
その、なんかこう、
お薬で、
薬漬けになったことで、
その人は、
どんどんどんどんその後、
スーッと、
悪くなって悪くなって、
段階を経て、
亡くなりました。
そういうのを見てると、
何なんだろう。
介護って何なんだろう。
医療って何なんだろう。
なんかこう、
人の生き死にも、
コントロールできちゃって、
だけど、
コントロールしちゃいけないから、
あー、なっちゃいましたね。
みたいな。
それで済ませちゃうような。
なんかそういう部分が、
あるなーっていう気がしたんですね。
今も、
感じます。
今も、
倫理上、
倫理上、
できないから、
ちょっとずつ、
21:01
体に負担のない程度にとか言うけれども、
でも、
ずーっと薬は続いていくし、
増えていく人は増えていくし、
どんどん、
普通に薬処方されている方だとしても、
本当の意味で、
自立した体の健康っていうのは、
できてないよね。
結局薬に管理された、
範囲内での、
事実。
そんな感じがするんですよね。
健康な方でも同じ話だと思います。
それに対して、
なんかね、
違和感、
ある。
今もあるんですよね。
だからこそ、
今度ね、
ケアマネになったのは何でかっていう話をね、
また今度知りたいなと思うんですけど、
そういう介護を始めた、
元々のきっかけは、
転職、
営業の仕事が、
もう向いてなくて、
で、
たまたまボランティアとかで、
たまたまこっちの方に、
ひょこっと入ってきた。
で、
そこで入った後に、
ヘルパー2級が取れるから入ったんですけど、
入った後の衝撃、
のおかげで、
もう辞めるはずだった介護の仕事が、
今も続いちゃってるっていう感じなんですね。
その衝撃っていうのが、
この人の幸せって何だろうが一つですね。
そして、
弁とか、
弁をそのまんまに放置するのが、
良しとするような、
この、
生活優先じゃなくて、
医療優先の、
こういう環境に、
え?と思ったこと、
薬漬けのね、
これも医療に関することだけど、
薬漬けになって、
そのまんま、
自分たちでそうしたにもかかわらず、
そうなっちゃったね、
っていう風な、
この風潮だったのが、
ムカついたっていうね、
簡単に言うと。
この3つが大きな、
要因だなって今、
思っています。
で、これをね、
今ケア真似してても、
じゃあ完璧にできてるのかって言ったら、
歯向かうこともできず、
何も手立てが、
ない。
やっぱり、介護保険の中でも、
主治医がトップなんですよ。
主治医・医健所を、
元にしてケアプランを作らないといけない、
という構図になってるんです。
どんなに生活が、
優先生活モデル、
って言われてたりしても、
そうなんですよ。
これもまたおかしいなぁと思うんですけどね、
病気がないと介護を受けれないんですよ。
おかしくないですか。
病気じゃなくても、
介護の状態になったりすると思うんですよ。
24:01
ただ弱ってくる。
老衰の方で弱っていく。
これ別に病気じゃなかったりするわけですよ。
でも、病気に当てはめないといけない。
これもなぁ、
って思ったりするんですよね。
まぁ、
いろいろつらつら話しちゃいました。
皆さんはね、
介護職の方、もし聞かれてたら、
介護職の方、皆さんは、
どういう理由で、
介護の仕事を始めたんだろうなぁ、
僕はもう気になるところです。
もし、
コメントとかで、
これアーカイブ残そうと思うので、
僕はこういう理由です、
私はこういう理由です、とか、
もしあれば、
コメント欄書いてくれたら嬉しいですし、
なんか、
介護職じゃない方でも、
何かね、こう、
感想とか、何かあれば、
いつでもコメントください。
では、今日はこのくらいで、
終わらせていただきます。
あ、ニコさん、途中からだったので、
またアーカイブで聞き直しますね。
聞き直しますね。ありがとうございます。
長い話なのに、
ありがとうございます。いつも。
今日も来ていただいて、
皆さんありがとうございました。
お仕事、僕も今から頑張っていきます。
25:17

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