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S2-010:仮面を外すと見える本当の自分
2026-10-09 28:38

S2-010:仮面を外すと見える本当の自分

仮面と役割を考える大田理英とささもの対話

『毎週さよなら商事』の働く人戦略、第10回では、大田理英とささもが仮面と役割について語ります。仮面を外し、無心になれる場所や時間の重要性を探ります。日常生活や仕事での役割を考え、自分自身に戻るための方法を模索する対話です。

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🎧今週のハイライト🎧

  • 仮面と役割の違いを探る
  • 無心になれる時間の重要性
  • 役割を外し自分に戻る場所
  • 仮面を外すことの意味
  • 生活と仕事での役割の違い
  • 自分自身とつながる感覚
  • 仮面を外すことで得られる安らぎ
  • 大田理英とささもの対話
  • 『毎週さよなら商事』の働く人戦略

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⏱Chapters

- 仮面のテーマを選んだ理由 - 役割と仮面の違い - 家族の中での役割を考える - 無心になれる瞬間 - 動の瞑想としての料理 - 今ここに集中することの大切さ - 自分に戻れる場所を持つ意義 - 役割を意識することの重要性 - 役割と責任のバランス - 頑張る自分と頑張らなくていい自分

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サマリー

大田理英とささもが、家族・地域・仕事など立場ごとに切り替わる「仮面」と役割について語る。法事をきっかけに娘としての自分を思い出した経験や、料理の細かな作業、キャンドルを眺める時間を例に、無心で目の前に集中することの大切さを考える。役割をすべて捨てるのではなく、一度置いて自分に戻れる場所や時間を持つことが、頑張る自分を休ませると話す。生活者としての役割と仕事上の責任の違いにも触れながら、自分自身とつながる感覚を大切にしたいとまとめる。

仮面と役割を考える理由
お疲れさまです。 お疲れさまです。
先週は小林さんと話しましたね。 話しました。いろいろ。
仮面。 実はね、そのあの
小林さんと話す前にも2人で話したね。 そうね、同じテーマについてね。
いや、仮面ってやっぱ難しいテーマだよね。 仮面ってしちゃうとね。
あんまり良いイメージじゃないもんね、仮面ってね。 あいつ仮面かぶってるみたいな感じになっちゃうもんね。
どちらかというとそうなるのか。 なぜこの難しいテーマを
タイトルにしちゃったんだっていう、あれなんですけど。
そうそう、その前に実は笹室とね、2人で話して
ボツになった回がありましたよ。 そうなんですよね。
どうにもまとめられなくて。 でもそこでボツにしたら
それこそ仮面? まとめられない。途中で、途中なのがね、私たちですから。
そうなんです。この番組のテーマでもあるみんな途中という、そんな私たちが多少上手く喋れないからといって
ボツにしていいのかということで。 止まらなすぎていいのかなって思ったけどね。
結構笹も途中止まってたもんね。 思考がね、なんかこう
止まったんだよね。 クルクル回って。
まあそんな様子も出しちゃおうかなって思うんですけどどうですか?
面白がって聴いてくださればと思いますが。 ね、先週と今週のこの違い。
先週もわかんないけど。 でも今週の分はちょっと
私たちも聞くのが若干怖いところはありますが。
行きますか。
笹も、はーい。
家族の中で切り替わる自分
この間ね、お疲れ様。今週もね、いろいろありましたね。
今週法事に行ったのよ。
両親と、自分の両親とね、お寺に行ってきて。
なんかお寺とかさ、そういう法事の場に行くと独特ななんだろう。
あるよね、家族としての自分みたいなのをね、ちょっと思い出すよ。
思い出した。
そう、おばあちゃんのね、大好きなおばあちゃんの13回期だったんですけど。
なんかね、やっぱりそういう、自分がちっちゃい時のおばあちゃんの記憶とかさ。
両親もよく会うといえば会うけど、やっぱり年々年をとってきて。
そういう娘としての自分とかさ、いろんな自分が出てきましたよ。
娘の役割。
いろんな日々あるよね。
仮面ってほどではないけど、
人と役割ごとにさ、自分ってちょっとずつ違うじゃない。
違わないのかな、どうなんだろう。
でも違いはきっとあるよね。
仮面って言っちゃうとさ、偽りの自分みたいな、あんまりちょっと良くない表現かもしれないけど。
でも実際そういう良くないというか、本当に自分を隠して表に出ないといけないみたいな時もあるかもしれないけど。
そこまで大げさじゃなくても、本当に娘としての自分と、親としての自分と、働く自分と、近所の人と、自治会で顔合わせる自分と、なんかそれぞれあるじゃん。
私の中では仮面というかスイッチを。
スイッチか。スイッチの方がわかりやすいか。
今このスイッチちょっと入ってるな。
全部オフにしたり、勝手にスイッチが入るんだろうね。
この人に会った、例えば業者さんに会ったらその対応のスイッチとか、お母さんに会ったら娘のスイッチとかっていうことなのかな。
仮面スイッチ。
でもさ、いろんな役割とか仮面があっても、元の自分は自分のはずじゃん。
なんですか。
でも逆にいろんなスイッチを全部さっきオフにしてっていう言葉があったけど、全部オフにすることってあるの?
無心になれる料理と動の瞑想
オフになってる時もあるんじゃない?無心で何かやってる時とか。
でもそれって、そういう時間とか場があるってすごくいいね。いいと思ったんですけど。
そういう時間大事だよねって思いますよ。
笹本にとってはどういう時?
一番身近なことで言うと、結構両立してる時。暮らしの中で言うとね。
無心になれる?
無心にというか、そこにやっぱり集中してるからなのかな。無心になれてる。
怖くない?無心で。
でも私、ちょっと料理は役割ですよ。本当に無心になったら私は作らないので、作りたくないので。
そうか。
そういう話じゃないのかな。
そういう話じゃない?
どうなんだろう。
無心に。
そういう意味では、本当生活の中っていうことで言うと、私は割とお酒が好きな方で。
家のことが全部終わって、一人でお酒をちょっと飲みたいなーなんて思って飲んでる時は、無心かもね。無心っていうのかな?本当素の自分?
素の自分ね。素の自分で言ったら、料理はまたちょっと違うかな。
素だけど、料理の要素の中にさ、瞑想みたいに刻んだりとか、そういうのを感じる時がよくありました。
でもなんか聞いたことあるよ、それ。動の、動って動く?動く生と動の。動の瞑想。瞑想なのかな?なんかそういうのがあるって。
そう、究極の瞑想料理がありましてですね。
あの、津軽のさ、郷土料理で毛の汁っていう汁があるのね。それを正月の時によく食べるんだけど、毛の汁ってかゆ、かゆの汁がなまってなまってなまって毛の汁っていう言葉になってるんですよ。
さすが津軽。かゆ、かゆ、かゆ、かゆ、けけけけけけ。
なんでかゆの汁かっていうと、お正月っていろんなおせち食べたり、いろんなの食べてさ、お腹が結構、お腹を使ってるじゃない。
ちょっと休めるために、その作った毛の汁を毎日ちょっとずつ食べるわけ。
そうすると、お腹に優しいというかね。いろんなものを食べて、ちょっと働きすぎた身をちょっと整えるみたいな意味合いもあって。
七草かゆはね。
似てる似てる。そういう感じなのかな。
でも毎日ではない。七草は7日目とかに正月食べるのか。
意味合いとしては毎日。毎日煮込んでいくから、だんだんかゆみたいに柔らかくなるっていう意味も含まれている。
でももう1日でなくなるんだけどね。
毛の汁を初めて聞きました。
それがなんで、瞑想に?
それはですね、具材が山菜とか人参、大根、昆布、椎茸、あとシミ豆腐とか、あとは好きな材料、家庭によって違うんだけど、全部5ミリぐらいのサイの目に切る。
すごいね。それは何?年明け、年明ける前に作っておくってこと?
正しくはどうなんだろう。私はお正月の暮れに、私は作るのね。食べたいから。普段でも作る。お正月じゃなくても。大好きで。
それを作る時に、サイの目に切るから、こんにゃくなんかさ、薄く5ミリに切ってさ、それをまた5ミリに切ってさ、それをまた5ミリにするんだよ。
サイの目にするのね。それってすごくね、瞑想なんですよ。
そうだね、それは瞑想。
私その作業大好きなの。
好きなんだ。時間がね、ゆっくりあってそこに集中できるのは確かに、何か豊かな時間かも。
時間がない時でも、だから夜中に作るの私。
えーそうなの?
日中バタバタしてるから。
それがね、私はすっごい落ち着いて好きな作業なんだけど、たぶん嫌いな人は嫌いなの。
そうだね。
だからその人にとっての素になるとかってさ、決して静かだから素になるわけでもないと思うんだよね。
すごい堂が入ってきて素になるとかもあるかもしれないし。
なんかね、ランナーズハイとか、なんか違う話になってきてるかもしれないけど。
もう話し出すと面白いけど。
今ここに集中する時間
そうだね、確かにそういう時って別に、仕事のこととか忘れてね、
明日これをしないといけないとか、来週までにこれがとかじゃなくて、目の前の動作に集中できるっていう。
そう、とにかく今はこれ。今毛の汁を作るっていうことに集中する。
もちろんね、今日は毛の汁の時間を夜にしようっていうのはあるんですけれども。
いやでもなんか最近そのほら、マインドフルネスとかさ、瞑想とかってたまに聞くじゃない。
で、その、呼吸を、呼吸に集中しなさいみたいな。
あれってなんかその、なんだろうと思ったんですけど、最近ちょっとわかることがあって。
わかるっていうか、ごめんなさいわかんないけど。
あーすごくいいなと思ったのが、今の笹間の話もすごく通じるなと思ったんだけど。
なんかやっぱり日々、先のこととかさっきも私が言ったように不安、明日までにこれやんなきゃとか。
来週これがある、うまくいくかなどうしようって不安だわとか。
やっぱりなんか、今ここじゃないところに意識ってすごい行ってるんだなって思って。
で、特にその仕事とかじゃなくてもさ、今インターネット開いたらいろんな人が今の発信をしてるっていうのも、
今私の目の前で起こってることじゃなくてね、どっか遠くに意識が行ったり。
それを、なんかね、私さっきわかったって言っちゃったけど、なんかこういうことかって思ったのがね、
ちょっと知り合いの方に勧められてというか、知り合いの方がやってるキャンドルをね、購入して、
それをただ眺めるっていう時間にそういうのを教えてもらったの。
で、だから何が言いたいかっていうとですね、いろんな過去とか未来とかその場所とかもいろいろ飛び散ってる自分の意識を、
まず目の前のここの日に集中するっていうことなんだなって思ったのね。
それが、そうそうすごくいい時間だなって、その1日5分でもさ、さっきの佐々間の細かく切るっていうのもそうなんだけど、
自分に戻れる場所を持つ
今目の前にないことに意識が行っちゃってるとやっぱさ、忙しいよね、そりゃね、気持ちが。
なんでこんな話すんだったんだっけ。
構え入りをして、自分の役割をね。
役割、そうそうだから役割がさ、あればあるほど多分ね、意識っていろんなところに人のことを考えたりさ、自分のやらないといけないことを考えたりとかいろいろあるけど。
だから自分が、自分に対しての役割じゃないけど、誰かとかじゃなくて、そういうろうそくを眺めてる時間って、本当自分に対する時間だよね。
それがね、5分だとしても私もったいないと思っちゃう方だったの、元は。
ぼーっとできないタイプだ。
そうそうそう。今も若干あるかもしれないですけど。
でもそのことのすごい大切さを分かりつつ、ある今日この頃です。
でもなんかそういう、なんか大げさなことじゃなくてさ。
そうそう。
会社を辞めるとか、例えばこの役割が嫌だから外してもらおうとか、それはね、それで一つの行動としてあるかもしれないんだけど。
その手前というか、一旦自分に戻れる場所とか時間がね、あるといいのかもしれないね。
そうだね。それは大事ですよ。
そう、だから私はこのさよなら生辞も自分にとっては役割の一つではあるのかもしれないけど、でも自分に帰れる場所でもある。
うん。
本当に。でもそういう場所をさ、持つって本当にこれからますます大事になるんじゃないかなと私は思ったりする。
そうだよね。大事だよね。何が自分にとってそういう場所なのかとかね、そういうのも分からないっている人もいるよね。
みんな実は分かってるけど忘れちゃってるとかなんか忙しくて。
ね。だからなんとなくこう、さっきの私の話じゃないけど、お酒を飲んでなんとなく紛らわすみたいな?違うか。
でも楽しい時間なんでしょ。
そうだね、そう。だけどね、そういう役割っていうのを外せる、外せるっていう意識あるだけでも違うのかもね、もしかするとね。
うん。もう無意識にもう役割なん、そうだね。この役割、この役割っていう感じになるのか。
生活と仕事の役割、責任
例えばだってさ、もしイサ様が総理大臣だったらさ、働いてってなるんじゃない?
うん。
でもその、それが良いとか悪いとかではなく。
役割ね。
役割ゼロには絶対ならないような気がするよね。
そうだね。
最近もうちょっと話が違うかもしれないけどほら、若手の社員でマネージャーとかこう、なんていうの?偉くなっていきたくないっていう話が結構あったりして。
はいはい。
それって若い人って言ってるけど、私もちょっとわかるところはあって。
役割ってね、生活者としての役割とさ、会社の中での役割ってまたちょっと意味合いが違うかもね。
やっぱりなんか、役割を持てば持つほど責任も増えるし、仕事も増えるし。
でもなんかね、同じこととしてはその内側には必ず私がいるっていうことだよねきっとね。
仮面を置いて私に戻るっていう風に考えると、仮面を置き去りにしてっていう意味ではないというかさ。
大丈夫?うささまどうした?
いやー難しいなと思って。
うんうん。
仮面を置いて。
え、なんでこれをやってんだろうとかさ、何のためにこの仕事してるんだっけとか、そういうことを考える時間とかがあってもいいのかなーとかね。
あー自分がなぜそれをやっているのか。
うん。
仮面を置いて私に戻りましょう。
ここ、そうだね。なんかやっぱりでも話せることとさ、話せることっていうのはやっぱり私が普段外っていうのはここが家だとしたら、
外仕事の時に話すこととここのさよなら障子で話すことって違う。
私はここが帰る場所の一つだってさっき言ったんだけど、そんなに自分とずれてないというかそういう感覚があるんだけど、なんかそういう場所って。
役割があると、その役割によっては本音はこうだけど、その役割をちゃんと成り立たせるためには本音に押し出していることもある。
そうそう。公共と本音みたいな感じかな。
公共?
本音の反対は嘘とかではなく、本音を出しちゃうと。
いや、相手が本音を求めてないよね。そういう場合は。
やっぱりさ、良くない気持ちというか、ネガティブになることとかネガティブな思いを持つことはあるけど、それを言ったところで何も相手の発展とかプラスにならないことって別に言う必要がないという。
難しい。
でもなんかその本音を出しましょうってことをここで言いたいわけでもなくて、仮面を脱ぎましょうってことを言いたいわけでもない気がするんだよね私。
仮面を置いて頑張らない自分へ
ただなんかその自分自身とつながる感覚っていうか、それをすごく大事にしたいなと思ってて、それを言いたいのかな。
自分のイメージがさ、ちょっとマトリョーシカじゃないけどさ、本当のちょっと自分が一番中にいて、ちょっと役割ごとに上からかぶっててさ、でも中には本当の自分はいるんだけれども
じゃあ例えばA、Aということに対して対応する場合はちょっと2枚目に出しますみたいな。
Bに対するときはちょっと3枚目の私を出しますって。
でも全部私。仮面を置いて、私に戻る場所っていうのはちょっと5枚かぶってたやつをよいしょよいしょって言って、一番の中身を自分に置いて、
なんかもうすごい単純な言葉で言うと、やっぱりその頑張る自分と頑張らなくていい自分みたいな。そんな違いなのかなぁって今も聞きながら思ったかなぁ。
頑張る自分と頑張らなくていい。
やっぱりなんか日々ね、頑張ってる気がするんだよね。それはなんていうのかな、それも頑張ることが悪いとかではなくて、
なんかほら、これをするためにこの自分っていうのをみんないっぱい持ってて、でもそれがいっぱいありすぎると、やっぱ頑張ってる分疲れちゃうから一旦その仮面を置いて、戻れる場所あるといいよねっていうくらいかな。
ちょっと壮大なテーマだったかな。
壮大なテーマだよね。壮大というか、深い。奥が深い。
なんかね、多分、娘としてとか生活者としての役割と仕事の役割をごちゃごちゃで話しちゃったなぁと思って。
それですごい広がるのね。仕事だけで考えるのとね、また仕事してるわけだから、別で考えるっていうのも。
だから、また今後話していきたいけど、それで言うと、例えばほら、親も母も年を取ってきて、やっぱりちょこちょこ会いに行ったり、何か手伝えることがあったら手伝いたいっていう自分も本当の自分だし、
仕事でこういうプロジェクトみたいなのがあって、これを絶対にうまくいかせたいって思ってるのも本当の自分だし、そういう本当にいろんな役割がね、あるよね。
はい、ちょっと何のあれだね、広がりすぎてしまいました。
はい、来週は仕事の種はどこにある?についてお話しします。
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今週もお疲れ様でした。
それでは。
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