僕、その本にも書かれていると思うんですけど、今、エストニア・ラトゥベリートアニアというバルト三国、
やっぱりそのエストニアが、いわゆるリチュアルと言われるような儀式的なこととか、
他のロシア、フィンランドとまたちょっと違う側面を持っているという話とか、よく聞くので、
なんかその辺をちょっとお伺いしたいなと思いました。
はい、わかりました。
じゃあまず、バルト三国ですね。
バルト海があって、フィンランドバルト海の北側にあるんですけど、
そのバルト海を挟んで南に三国を連なっていて、ほんと団五三兄弟みたいにあって、
フィンランドに一番近い、要は海に全面しているのがエストニア。
そしてその下、ラトビア。で、さらにリトアニアなんで、
もうリトアニアなんかは近くは、ポーランドとかドイツとか、いわゆる王道のヨーロッパの列強国に接しているっていう、
そういう地理なんですけど、
じゃあまずこの三国でそれぞれに持っている城郷の呼び方からいきます。
まずですね、エストニアはサウンって言うんですよ。
めちゃめちゃサウナ似てるでしょ。
それはフィンランド語とエストニア語っていうのがもう本当に兄弟言語だからです。
へー、そうなんですか。
私もエストニアに行って、まあ多分半分はわからないけれども、
まあでもなんか言ってることと書いてることを見たら、なんとなくやっぱわかります。
へー、すごい。
で、一方次のラトビアがピルツって呼びます。
で、リトアニアがピルティスなんですよ。
ということで、このラトビアとリトアニアはもうこれがまた一つバルト諸国って言って同じ言語の兄弟言語なので、
この三国の中で行くと、民族的な意味で近いのってやっぱりラトビアとリトアニア、下二つなんですね。
で、本当その二つは言語も近いし、同じバルト神話って言われる、神話も出てくる神とかほとんど一緒なんですよね。
割となんとなく近くて。
どっち側に近いんですか?イメージとしてそのロシアとかなんか。
いや、でもロシアというわけではない。
その古いもので考えていくと、やっぱりバルト神話ってすごく独特で、太陽神みたいなのを崇めていて。
で、やっぱり小さい文化の。
でも、もっと言うとその時代ってきっちりその国が分かれてたというのは、あの辺りに似たような言語や民族ってたくさんあっていろいろ消滅して、
その結果一つ国家としてできたのがこの二つだったので、あまり国境に囚われてもしょうがないと言えばしょうがないんですけどね。
だからエストニアは結構その意味では本当にフィンランドと海を隔ててるとはいえ結構文化も近いし民族も近いっていう特性が前提としてあるんですけど。
で、例えば18世紀19世紀とかのいわゆる昔ながらの彼らのそのサウナ小屋というか蒸気浴小屋ですね。
私も結構フィンランド人の研究家の方と調査行ったりしてたんですけど、もうほぼ一緒なんですよ。
見た目一緒です。
もう作ってるサウナ小屋。
昔はやっぱりスモークサウナと呼ばれる、要は煙突が作れない、もう部屋自体をスモーキーに温めてしまって後で煙逃す。
ユーリサウナの。
ユーリのスタイルみたいなやつですよね。
あれが当たり前だったので、おもやの一部というよりはおもやとは独立した形で小屋を皆さんお庭に持っていてそれでやってたわけですけど、
その基本的な構造、石の積み方、作りっていうのはもちろんその地域特性はあるにしてもやってたことめっちゃ一緒なんですよね。
だからそこに差異はほとんどなくて、もっと言えばロシアもそうだし、
要はさっき出てきた北ユーラシア大陸の寒い国々の人たちがやってたことなんて歴史上みんな一緒なんですよ。
そんな中で、例えばフィンランドっていうのも1809年にロシアに侵略されちゃうんですね。
1917年のロシア革命の年にフィンランドは独立できました。
このバルド3国のそれぞれの国もその当時のロシア帝国に侵略はされてはいたんですけど、
一旦ロシア革命の後に独立はするので、その後はちょっとは自分たちの文化を編み続けられたし、
ロシア帝国の時代っていうのはそんなに自分らの文化を抑圧されるって感じでもなかったから、
自分たちのやりたいことはやれてたんですよ。サウナ文化もそうだし。
ところがやっぱりソ連っていうものは全然異質なもので、第二次世界大戦直後ぐらいかなに、
バルド3国はどの国もいわゆるソ連に併合されてしまうわけですね。
ここでフィンランドは入らなかったんですよ。フィンランドは確かにロシアと世界大戦では負けてるし、
領土がその後東の国境のあたりは10分の1ぐらい取られたんですよ。取られたけども、ソ連には入らなかったんですね。
これがすごい差で、ソ連に入らなかったからフィンランドは5、60年代の間、自分たちの国として高度経済成長を遂げれたわけですよ。
だからそこで一気にフィンランドっていうのは先進国になれたけども、一方でバルド3国っていうのはポテンシャルがあったとしても、
ソ連ってことはもうあの社会主義の中でみんな同じことをさせられてるんだから、自分たちの文化ってものも抑圧されていたし、
例えばニューヨーク文化の話で言ったら、いわゆるバーニャですよね。の文化っていうのがドッと入ってきたわけですよ。
実際その移民としてたくさんロシア人が来たから、特にそのそれぞれの首都とかに行くと、もうロシア型の公衆浴場、激アツ公衆浴場ですね。
いっぱい作られたんですよ。で、自分たちのアイデンティティの拠り所だった昔ながらのそのウィスキングとか、
ちょっとそのリチュアル的なことっていうのもその時に一回全部もう言ったらサラチになったような感じなんですよね。
だからまず今でもそれぞれの国に行った時に、特に首都に行けば、本当にロシアのバーニャっていうのが今でもいくつか残ってるんですよ。
数えると35年ぐらいですかね。
そうですね。90年代、90年最初ですから、もう30年、この30年ぐらいですよね。
ソビエト連邦崩壊後。
そうですね。崩壊後に。
ある意味で自由、文化的にも自由。
ようやくだからまた自分たちの国を。
そうですね。だからこの30年をどう生きたかっていうので、結局今残っているものが全然違って。
本当そうですね。
首都で見ると、ラトビアの首都、リガーですね。ここが圧倒的にやっぱりまだロシア直っていうのが強いので、それゆえバーニャがいっぱい残ってます。
ちょっとポイントとして、やっぱりバーニャっていうのは激アツなんですか?
そうです。激アツです。ストーブが壁なんですよ。どういうことかっていうと、壁に観音扉みたいなのがあって、かかって開けれるんですけど、その中に押し入れみたいなところにストーブの石が詰まってるんですね。
その壁の輻射熱だけでもすごいから、たぶん普通に部屋の温度100度とかあってもおかしくない中で、水をかける、フィンランドでいうとロールですよね。
だいたいフィンランド人って1回あたり2,3回かけて、2,3倍かけたのを、それを1分に1回くらいの頻度でやるんですけど、ロシア人って1回開けてかけ始めたら30杯くらい入れて、もう暑くて暑くて皮膚ただれそうっていう。
これもよく言う話で、フィンランド人ってサウナハットかぶらないって、実はかぶらないみたいなあるある聞くと思うんですけど、ロシアではあれないと生きていけません。防具です、あれは。
耳とかあれ守っとかなくて。やっぱりみんなかぶる人多いですね。みんなかぶってますあそこは。私なんなら手袋とかスリッパとかも、感度が高いとこ全部守ってます。
じゃあ水風呂はある?水風呂あるんですよ。フィンランドは人工水風呂ってないんですけど、ロシアの灼熱浴場出たときに必ず水風呂。
じゃあ本当に今の日本のサウナの特に若い人が好きな、暑くてめっちゃ冷たいっていう。
お気づきだと思いますけど、私たちが好き好んでやってる日本のサウナは絶対ロシア式だと思います。
30杯は耐えられる気がしない。
無理無理無理もうね。でもやっぱりそれは一つの好みだし、それが当たり前と思っている人たちは、なんでこんな暑いのと聞いてもこういうもんだからとしか言えないわけですよ。
ラトビア。
ラトビアにも首都にはそういうのを体験したければあるし、エストニアにもあります。タリンに行けば2軒ほど昔ながらのあるんで、そういうのはそこで体験できるんですけど、
でもやっぱりそのバルト3国の人たちからしたらそれは自分たちの文化じゃないわけですよ。それはそれで楽しんでるけども、
とりわけやっぱり彼らが昔からやってきたことっていうのはそのスモークサウナの中で行われてきた昔ながらの状況で、
それはもう全然温度もそんなにそもそも上がらないから、暑々のものでもないし。で、ただその中で入るだけじゃなくて、やっぱり昔ながらのサウナっていうのはこれはフィンランドもそうでしたけども、
神聖さとかその儀式的なものと必然的に結びつくんですね。で、それはやっぱりなんでかって言ったらそのサウナとか浴室っていうものを見渡したら中に火があって、
石があって水があって風というか空気の大量があるっていうので、要は自然の4元素が詰まっているものっていうのがその浴室なので、
別にそれは取ってないとやっちゃいけないではないのでいろんな流派がありますから
その国家資格制度を取った純刑派もいればもっと自分たちのやり方を極めてる人たちもいるから面白いんですけど
立派子検定
それでやってるけどでもやってる場所っていうのは基本的にそのちょっとやっぱ自然の中にあって
そこに一軒家としてあってそこにウィスキングマスターがいて
お客さんが来たり募ったりした時にその人たちに施す。
リトアニアもやっぱりそれと基本的にはやってることは一緒で
彼らは国家資格ってわけじゃないけど今度2000年になってからいわゆるバスアカデミーみたいな感じで
その養成講座をNPO法人がちょっと大きく作ったんですね
それはプロとしてやる人用もあるし道楽レベルでも昔自分たちの文化としてやってたことっていうのはちょっと家族にそこでできたらいいでしょとか
それぐらいのライトな講座もあるわけですね
かつリトアニアはそれのちゃんと英語版も作ってるんですよ
国際的に英語で教えてるから今日本人がここにいっぱいいってるんですよね
今リトアニアのバスアカデミーの国際学科に結構日本人何人もそこ行って受講して
それで帰ってきて今日本でウィスキングされてる方が
割と三国で言うとリトアニアがウィスキング文化は抜きに出てるというか
ラトビアとリトアニアはそんなにそこに大差はないと思います
その広げ方としてやっぱりそれは国際的に英語でやるっていうことは一気にそれでスプラッシュするので
注目を集めやすいですけどラトビアでも同じようなことはやってるし
そのテクニックとかやってるものって正直この2国は非常に混じっているので
どっちがラトビアらしさとかでもなく割と似たようなことを似たような感じでやってます
あとはもう教え方の違いとかが出てくるぐらいだし
例えばラトビアって花の国って言われるんですけどすごくお花に感度の高い人たちで
あそこのウィスキングというかそのセレモニー受けると
すごいもうサウナのベンチにいろんなお花や植物を敷き詰めて
寝転んでその上にも植物いっぱいかけられてみたいな
池田さんの写真でそういうのがあったような気がするんですけど
本当に花まみれ植物まみれにより慣れるのはラトビアかな
ウィスキングマスターがそういうのに使っていい植物とかハーブを育てている
ハーブ園も付きのサウナ施設みたいなのもあります
ロシアもあるじゃないですか
ロシアのウィスキング文化とはどうなんですか
ロシアはバーニャと呼ばれるのですけど
実バーニャって多分現代というか戦後からのバーニャって何を指すかって言ったら
いわゆる街角の都会の公衆バーニャの方なんですね
フィンランドにも公衆サウナってありますけど
サウナ自体はフィンランドだとしても
公衆サウナという街角にサウナ屋さんを作るっていうアイデアや
その構造は完全にロシアから輸入してるんですよ
ロシアはモスクワとかサンクトペテルブークとかも
何なら1500年代ぐらいから
普通に公衆バーニャ作って都会の人通ってたんですよね
その公衆バーニャとは別に田舎に地方に住んでる人が田舎に行けば
フィンランドとかラトビアリトリアと同じ小屋があるのです
ウィスキングに関して言うと
公衆バーニャの中では自分たちでやるのが基本です
みんな自分で買ってくるし
必ず公衆バーニャのバンダイには乾燥ウィスクがいっぱい売ってるし
あるいは公衆浴場の前でマッチ売りの少女みたいに
ビキター売っているおっさんとか結構いるんですよね
だから必ず自分で買っていって
センター室でふやかしといて
自分で自分の体をパンパン叩くっていう方が
むしろロシアでは普通です
田舎に行けば確かにやってくれる人もいるけれども
セルフ文化がどっちかっていうとロシアの主流ですね
それに対してリトアニアの人たちって
やっぱり話を聞いていても
そのサウナの中の伝統として
それを継承しているけれども
人に施すっていうことがやっぱり大事なんですね
でちょっとすごくマニアックな話ですけど
リトアニアでウィスキングもやってるし
そういうまさにピルティスの文化の歴史的研究をされている方が
そのピルティスのピルっていう言葉とかって
鳥が負荷をするっていう意味とか
ミツバチがその巣穴の中で子供を守るっていう
その言葉が語源になっているっていうんですね
つまり何かって言ったら温かくて心地いい場所で
かつ誰かが面倒を見るっていう行為は
やっぱりそのルーツの言葉なんですって
だからそのサウナの中でも
誰かにその施してもらって何かをしてもらうとか
あるいは施術してもらったり
あるいは昔は不妊治療とかもその中でやってたんですって
だからそれぐらい生と死にも関わってるし
誰かがその面倒を見るっていうのがベースになってるから
だから今でもそのフィンランド人とかみたいに
一人で入って楽しいではなくて
やってくれる人に身を預けて
そこで生まれるインタラクションが大事なんだよ
っていう話をされていて
それはめちゃめちゃ面白いですね
だから本当にウィスキンだけじゃないですね
スクラブを作ったりとか
もう全部のセッションを考える監督兼アクションみたいなのが