まあ楽しむしかないっていうのもあるもんね、それはすごいね。
まあ確かに。
俺もさ、当時さ、カンボジアからミャンマーに行くときも、カンボジアでも結構フットサル場とかサッカー場あるから、ミャンマーでもあると思ったんだよ。
で、グーグルマップを見ると結構緑だらけだったから、あ、これたくさんサッカー場あるなと思ったらさ、ミャンマーはないんだよ、フットサル場が当時。
ないね、ないない。
というわけでスタジアムの近くにプラスチックの小座みたいなところしかなくて、そこしかなかった、びっくりしたっていう話、ごめんね。
何もなかったんすかね、当時はね。
よく、よくというかそうですね、それすごい、なんだろう、適応できましたね、日本からいきなりって。
そう、でもなんか、なんかやっぱ基本的にその旅が好きなのと、新しいものを見るのが好きなので、で、ミャンマー行ってる間もやっぱり、まあ大変なこともやっぱりあるので、やっぱそこは息抜きというか、やっぱ良かったのが、
一つは、ミャンマーって朝起きたらもう海外なんで、僕からすると、やっぱ毎日が海外なので、そこでワクワクできたという僕の性格っていうのが一つあります。
すげえな、すごいっすね。
また人生100年か80年かわかんないですけど、その中で3年くらい大変な時期があってもいいなと思って、結構ネタできるなと思ったのが一つと、
あとはやっぱ旅がしたかったので、比較的仕事も毎日毎日忙しいわけじゃないんですよね。忙しい期間もあれば結構暇な期間もあったんで、
まあ二部で言ったみたいにちょっと実家の仕事を手伝ってみるかという時期もあったりとかもしましたし、それこそミャンマー国内もそうだし、
だってバンコクとかクアラルンプール行くのなんて、当時エアアジアで40ドルとかでしたからね片道。30ドル40ドルだったんで、
じゃあほんと週末バンコク行こうとか、週末クアラルンプール行こうとか、あの時に近隣の東南アジアほとんど行ってるんですよ。
それもすごい魅力的でしたね。東南アジアで住むっていう魅力的なのがあってました。
なるほど。
なんか大変なことあったけど嫌なことあったら、当時の例というと5000円出せば違う国に行けるなんてもう最高じゃないですか。
という感じで。
海外からちょっと視覚を感じますもんね。
そう、大変だったけど楽しかったなっていう感じですね。
やっぱり山岡さん精神的にタフというか、ポジティブというか、ほんと村上さんさっき言ったように何でも楽しめちゃう性格なんですね。
あとはまあ、自分もそんな強くないんで、結構その、例えば東南アジアとかで、マザーハウスとかってわかります?
カバンのマザーハウスって、バングラディッシュで革製品作ってるカバンの会社とかあるんですよ、日本人の会社で。
こういったマザーハウスの山口恵里子さんっていう女性の社長いるんですけど、その人の本物をずっと抱えてて。
結構日々その人の本を読んで、その人は当時24歳ぐらいとかでバングラディッシュに行って、
学生の時代にバングラディッシュに行って、そのままそこで会社立ち上げて、今すごい日本でも何店舗もあるような会社に成長させてるんですけど、
そういった海外で奮闘する日本人の本とかを結構持って行って見てました。だからよしやるぞみたいな。
なるほどな。
僕もそれはあるね、海外でやってきた先輩、逆に僕は先輩たちの本、例えばミャンマーだったら吉岡先生、ジャパンハートの第2話の吉岡先生と会ったりとか、
一緒にお茶飲んだ時に本を何冊も読んだりとか、他にすごい人たちたくさんいるから、すごい人たちの本とかめちゃくちゃ読んだね当時は。
読んだ読んだ。
確かにその海外に生活していく中で、普段会わない方とかと日本で行ったら会えない方と会えるっていうのは確かにそういう魅力ではあるかもしれないですよね。
日々友達がすごくサッカー部とかもできたんで、楽しかったですね。結構青春やったんですよ。さっき言ったみたいに日本人なんてほんとすごい少なかったし、
サッカー部も30人ぐらいおったんですけど、週4ぐらいご飯食べてました僕正直。
部活の友達みたいな感じしますね。
そんで土日はバー行って、土日だから朝からサッカーやって、お昼食べて、2部でもう一回ここからもう一試合やって、
すげえな。
ずっとマッサージ行って、そのまま晩御飯食べて、そのままホテルのロビーでプレミアリーグ見るみたいな。
マジで3年間やってたんで、楽しい以来ないですよねみたいな。
楽しそうですねそれは確かに。
そうっすね。確かロシアワールドカップもそのとき見たんじゃなかったかな。みんなの家に集まってとかして。
おお。
はい。ロシアかな。
2016年。
2018か。
18、18、16、14、14はなんだ。
14はブラジルです。
変な話、駐在院さんでそこまで現地人と仲良くなるってあんま聞いたことないですけど。
なんだろう、僕今日もメッセージしてましたね。
珍しくないですか。
多分僕そこが2部でもチラッと触れたかもしれないですけど、ちょっと何者かに慣れてなかったというか。
結構、駐在院というかミャンマーって2局かかって、いわゆる超エリーとか個人で頑張ってる人の2つしかなかったって感じなんですよね。
僕はモノレーターカーワークの時2つの校舎ですごいなと思ったんですよ。
野良みたいな感じで。
野良みたいな感じでやってるし、自分でやってるしってのもあるし、
現地でローカル伝説をやってる方とかもすごいいてて、それはそれですごくかっこいいなと思ったし、
でも例えば僕みたいなサラリーマンになった時に考えると、いわゆる商社とか、金融でいわゆる東大、京大、早稲田、慶雄みたいな人間で、
サッカーやったら全然一緒なんですけど、2人分けたらこいつら2本買えたら絶対俺らと強がっちゃうなって思ってて、
結構俺らここはサッカーとしては楽しいけど、友達になれないんじゃないかなって一瞬思ったりとかして、
でも僕はそこはあんまり、日本人で独特なコミュニティやるじゃないですか、それがちょっとしんどいなと思った時に、
スリランカとかマレーシアとか全然もうU1はU1なわけですよ、僕の名前は。山賀さんとか山賀くんでもなくて、
もう全員フラットな感じがあって、そっちはそうかタラックやったなって思いもちょっとあったりとかしてましたね。
今も全然みなさん、ミャンマー時代の日本人の友達も全然仲良くて、ちょうど先週も東京出張だったんで遊んでましたけど、
当時はちょっとそういう感じで、日本人だけ、むしろ日本人だけがしんどかった時期があったので仲良いって感じですね。
そうですよね、そんな現地の方と仲良くなるところもあんまり多分多くないと思うんで、本当駐在員としてサラリーマンとしてやってる方が。
そうです。
なんかすごいいろんな方とコミュニティを広げられてたんですね。
広げましたね。
なんか一部の方のところで、湿機をお土産に持ってったらすごい喜ばれたみたいな。
はいはい。
話されてたじゃないですか、そういうところでも湿機は活躍してそうですよね、こういうコミュニティを形成するための。
まあそうですね、当時は湿機の人じゃなかったので、そうなんですけど、でも今まで言うと、当時じゃなくて今で言うとすごい旅っていうところで考えると、
やっぱりいろんな海外に展開していってまして、来週も月曜日からホーチミンの方に行くんですけど、やっぱり湿機とか日本食っていうのは当時からどんどんどんどん加速度的に上がっていって、
同じ日本食でも例えばうちのマギーワッパーを使ってみたいとか、今実際バンコクのレストランでも使ってもらってるんですよね。
そういうこともある。
で、ちょっとプレミアムな湿機としてちょっと提案をしたりとか、でうちと連絡することでオリジナルでちょっとデザインを入れるとかそういうことも、
さっきのアルテリーボ若山さんのコラボしたマギーワッパーみたいな感じで、そのお店さん独特の独自の湿機とかも作れるので、そういう提案をちょっとしに行く出張みたいなのは多いですね、今は。
ああそういうことも、なるほど、ビジネス展開の仕方としてあるんですね。
そうですね、はい。
そうかそうか。だからそういうのを逆に求めて、お店の方に買いに来たりとかもしそうですよね、外国人とか。
そうですね、うちはね、お店としては工場がメインで、いわゆるショップってないんですよ、実は。
あ、そうなんですね。
そう、一部ちょっとだけ事務所にポンポンと置いてるんですけども、大体的にどの位置も空いてるわけじゃない、いわゆる受付金でしか仕事をやってないんで、
だからどちらかというとネットショップがメインです。で、ネットショップは今越境ECというか海外にも発送することもあるので、
先月も例えば香港、バンコク、UAE、フランス、アメリカとかからも注文きてて、それも個人の塊で入れれば、そういう和食のレストランさんに対しても発送することもやってますね。
なんかそのECも含めて、全体的なその仕事の引き合いとかも含めて、今どの国が結構そういうの興味持ってるとか熱いとかあったりするんですか。
そうですね、やっぱり日本はまだまだ伸びるなと思ってるんですけど、国でいうと、これ僕ちゃんと今政治に影響されてるんですけど、アメリカは結構良かったんですよね、今。
あ、そうだったんですね、アメリカ。
アメリカはね、やっぱ一番市場として良かったんですけど、やっぱトランプ関税とかの影響を受けてて、めっちゃ注文減りましたね、やっぱり。
へえ、アメリカなんですね、なんかあんまりイメージないですよね。
アメリカ人かもしれませんし、アメリカって日本人めちゃくちゃ住んでるんですよ、確かフランクランシスコとか。
ああ、そうかそうか。
中山院の数ランキング1位とか2位だと思うんですけど、日本食もだからめちゃくちゃ多いので。
なるほど。
日本食レストランにさっき言ったみたいなお盆みたいなの売ってるんで、お盆じゃあ50枚欲しいとか。
身長50枚欲しいけど、アメリカじゃ手に入らんから、どっかないんかなって日本で買うみたいなのに、うちが引っかかって買ってくれるとか、そういうのもありますね。
なるほど、日本食ブームになればなるほど、引き合いも増えていくという傾向があるんですね。
そうですそうです。だからどんどんどんどん日本の会社って海外行ってるので、それは全然どんどん行ってほしいなと思いますし、
逆にまた今政治の影響で言うと中国がどんどん日本企業をこれから撤退とかするんじゃないかとか、今そういう流れになったりとかするので、
やっぱりカントリーディスクとかは影響を受けるんじゃないかなと思っていて、本当はどんどんどんどん日本の企業は外に出て行ってほしいという感じです。
あとその日本の企業は外に出て行ってほしいで言うと、その僕がミャンマーの時にお渡ししたみたいに、結構この駐在員さんとか出張者のお土産として結構買われるんですよね。
はいはいはいはい、いや絶対いいですよね。
そうなんですよ。だからそういう時も割とお箸とか小物とか、この偉いさんに配りたいみたいなところで使っていただけるんで、それも今結構引き合いが多いですね。
うーん、いや絶対いいですよね。
これなんか日本に来てる、それはインバウンドインバウンドで日本に行ってるけど、日本に来る外国の方とかもね、なんか。
そうそう、やるとお土産いいですよね。
だからうちはちょっと弱いのはお土産店とかなんですけど、やっぱり京都とかのお土産屋さんに聞くと、売り上げも過去最高に更新しまくってますからね。
へえ。
京都のお箸屋さんとかはえげつなく売ってますね。
うやましい。
それどっかにそうやって下ろしたりとかは。
もちろんそういう話もあるので、そういうために今度また2月に東京のビッグサイトとかでやるような展示会に出展もして、そういうお土産屋さんとか聞き合いがあればいいなと思って一応行きますし、まあ機会があればなんなりと。
だからそういうお店とかあったらいいなと思ったけど、そういうもんじゃないんだやっぱりなんか。あったら来るとかっていう問題でもないんだ。
やっぱりね、お店ってやっぱ固定費もかかるし、やっぱり運営していくのすごい大変なんで。
そうか。
村中さん出してよそっちに。
フジで、フジで寄集しに。
フジで出してよ。
いやいやそうそう。
出してよ。
変なこと聞いていいですか。
はい、なんでもいい。
今、コテコセECとかで結構いろんなこと売られてるっておっしゃってたんですけど、お父さんまでの世代って職人さんだったわけじゃないですか。
はいはいはい。
どういう、なんか変な話、どういう風に稼いでたというか。
でも本当に加工、要は弊社さんってところからこれを塗ってほしいっていう依頼があって。
そういう仕事の依頼って。
塗ったら一個いくらみたいなところを積んでいく感じなんで、逆に言うと財布レスとかはないんですよね。
なるほど。
だから塗れば塗るほどお金になるっていうビジネスではあるので、売上はもちろんすごく低かったんですけど、一応ギリギリなんとかなる。
でもやっぱり塗れば塗るほどって塗らないとたくさんいけないので、じゃあめちゃくちゃやっぱりモーカルとか、天井があるじゃないですか。
はいはいはい、そうですね。
そこはやっぱりネットショップがそこに掻き合わさると、ネットショップっていわゆる売り場を24時間、なんなら全世界対応なんで、
物があればどんどん売れますし、自社で作れない物は横にお会社に作ってもらうとか、一部Cでもできるんで、やっぱり広がるっていうところで今広げている感じです。
へえ、だからほんと職人さんとして、執勤の職人さんとして働かれてたって感じなんですね。
そうですね、一部ネットショップとかもやってたんですけど父親は。でもやっぱり塗る仕事が忙しい、8時間、7時間で塗るので、それ終わってから片手間にネットショップってやってるのは大変なわけですよ。
写真撮って、スページやってとか。
はいはい、そうですね。
そうそう、だからやっぱりなかなか伸びきらなかったっていうところがあるんで。
なるほど、だからそれを山尾さん今入って、いろいろ改革しているような形なんですね。
そうですね、今そういう形で流行ってます。
面白いですね、なんか新しい。やっぱり勢力的にいろんなことをやれてるし、それがアイディアがどんどん形になっていってるような感じしますね、山尾さんのこの会社のやり方で。
でもやっぱり、本当話戻るけど、やっぱり僕は大喜利だと思ってるんで、全部。
それで一回休憩して。
でも本当に僕から結構取り入れてた気がしますね、ネタ書くとかっていうのは。
やっぱりこれ学びになってないんちゃうかなとか、これやったらウケるんちゃうかなっていうのは基本的な根本なんですよ。
なんでなんかあんまりこう、例えばここのネットショップにめちゃくちゃ注力したら売上が倍になるってやっても、あるとするじゃないですか、例えば。
例えば楽天市場にめちゃくちゃ頑張って売るってやって、それが売上が倍になります。
でもそれだけだと多分ライバルもどんどん出てくるなと思ってて、面白くないなと思うんですよね。
だったらワンパックのトーテムする方がライバルいないなと思うんですよ。
結構いろんな方とかに、お前もっとネットに注力したらもっと伸びるのにって言われるんですけど、
それってなんか僕の中では本質的じゃないというか、僕はその結構大切りしてるつもりなんで。
楽天はもちろん食べるためにはもちろんすごい強力なパートナーですし、お客さんにもすごい接点としてあるんですけども、
それだけじゃなんか面白くないなと。それを使ってじゃあ次どういうことで奇襲失機をPRできるかっていうと、
楽天市場で買ってるお客さんって山賀失機で買ったってあんま思ってないんですよね。楽天市場で買ったしか思わないんですよ。
アマゾンもそうですよね。でも自社サイトに来てくれたら自社サイトの方はもしかしたらちょっと山賀失機はわかるかもしれんけど、
一番楽天アマゾンとかのお客さん多い。その時にやっぱりじゃあもうちょっとPRできることって言うとやっぱり、
例えばトーテムをするとか、コラボをするとかって売り上げとしては全然大したことないんですけども、
刺さるそうにはすごい刺さって多分頭の隅に刷り込まれると思うんですよね。
そっちの方が仕事としては意義がたいなと思ってるんで、もちろん経営戦略上もちろんネットショップってすごく大事なんですけども、
それだけをやっててもあんまり意味がないとは思って仕事してるんですよね。
なるほどね。どうかどうかそうですね。
これ奇襲失機って海南市の方に行ったら結構いろんな場所で売ってたりするんですか?
お店としては数店舗ありますね。
数店舗なんですね。
数店舗としては。どちらかというとこの新屋さんでそこから大阪とか京都のお土産に行くとか、
そういう商社みたいな会社の方が多いんですよね。
そうなんですね。なるほど。
そうなんです。
だからこそさっきお話ししてた真ん中というかいろんなところでニーズにも対応してるよっていうのはそういう意味はあるんですね。
そうですね。
分かりました。ありがとうございます。
最後にこれ聞きたいなと思ってるのが、今後奇襲失機という立ち位置とかも、会社としての立ち位置というところもあるんですけど、
山賀さん的にどんなことやっていきたいなっていうか、将来に向けた展望みたいなとかあったりするんですか?聞いてもいいですか?
あんまりないんですけど。
あんまりないというか、やっぱり僕の中では決めきらないっていうのがすごい大事かなって思ってまして、
やっぱり僕もさっき言った、前回とか言ってるんですけど、後継ぎってことを考えると次の50年100年っていう先を見据えたいなと思うんですけど、
それは奇襲失機っていうものが2100年とか2200年だって残ってるっていうのはやっぱり嬉しいなと思いますし、
残すためには多分首先の儲けだけやってちゃダメかなって思っていまして、それをするためには多分変化をし続けるしかないと思うんですよね。
それが今年20年がネットショップやったのかもしれませんし、今だと全然、
例えば盛り付けの映像とかも本当にAI使ってる会社もどんどん出てきてますし、僕も試してみて、やっぱりこれAIを使うことって、
一瞬でフードコーディネーターさんとかの仕事なくなるやんとか思うんですけど、
でもやっぱりまだまだ何も食品が盛られてない湿気の方が多分写真めちゃくちゃ多いと思うんですよ。
やっぱそこまで毛が回ってない、売れてない湿気もいっぱいあると思うんですよね。売れ筋じゃない湿気。
でもそこにやっぱり食品を載せてあげることによって、よりこう見えやすくするっていうのって、
その写真って多分今後売れていけば5年、10年、20年後もその写真使えるかもしれないと思ったときに、
やっぱりAIとかの力を使いながら、どんどんより湿気が見栄えをするようにというか、
使えるシーンを提案するっていうことが大事かなと思うので、
そういったことを変化に対応し続けるっていうことを今後もやっていきたいなと。
だからなるべくですね、僕は仕事と業務って切り分けてるんですけども、業務はなるべく省くと。
いわゆる雑務というか、
ルーティン的な。
ルーティン的なやつはなるべく捨てずに、業は何か種負けたかどうかっていうことを巻き続けないと、
業務だけでもたぶん、仕事っていうのは回っていくと思うんですね、たぶん数年は。
今ネットも売れてますし、それがあると絶対もう衰退しかないんで、
いかにこの仕事、新しいことをやり続けるかっていうことをモチベーションを持ちつつやり続けるかっていうのが今後の課題です。
それが今は海外だったりとか、やっぱり一つでも新しい国に行こう。
去年でいうとミラノの展示会に初めて行かせてもらって。
ミラノの展示会。
ミラノの展示会も行きました。
それって別に儲かるのかっていうと、やっぱりなかなか経費もかかったんですけども、
やっぱりそこに行くことによって新しい発見もありましたし、
逆に今年は、来週からホーチミン行くのは行ったことあるので、
もう一回改めて試乗、ここの試乗やったらうちのマギアッパとか弁当箱って受け入れられるんじゃないかなとか、
うちのボンどうかなって反応みたいのもあるんですけど、
逆に2月はまたインド行くんですよ、初めて。
ムーンバイとかニュージーランドとか初めて行くんですけど、
その辺りとかって何がどうなってるんだろうなとか、
逆にインドのネットショップの文化どうなるのかなとか、
いろいろそういうまだまだ惚れるところってたくさんあるなと思ってます。
で、ほんと世界広いなと思ったんですけど、
最近注文来てるのがハワイから注文来てて。
へえ、ハワイから。
ハワイに、それはそうかと思うんですけど、
神社いっぱいあるんですよ。
日経アメリカ人には日経の方たちがいるじゃないですか、
その方たち向けに日本の結構大きな神社さんのハワイ使者がいっぱいあるんですよね。
だからハワイのそういう神社から注文あったんですよ。
で、調べるとブラジルにもいっぱいあるんですよ。
ブラジルってやっぱり日経、ブラジルにもいっぱいあるから。
じゃあブラジルにもめちゃくちゃ証券あるんじゃないかとか。
だからそういうこと考えたら僕の代が終わってきて、
次の代とか次の次の代にはもう山賀支機店、ブラジル支店とか、
そういうことになってるかもしれませんし。
だからまぁちょっとわかんないですね、どうなってるかっていうのは。
でもそれぐらいの規模感で考えないと100年残らないかなと思ってるんで。
とりあえずいろいろ金巻き続けて、回収し続けてっていうのをちょっと僕の代でやり続けようかなという感じです。
へえ、すげえなあ。
経営者って感じですね。
いやいやでも単純に僕、やっぱ行くのが好きなの。
旅、この番組の趣旨旅が好きなので、まず単純に行きたいです。
で、いろんな国に行って、また何のお祭りができるのかなとか、
どういう組み合わせで何ができるのかなっていうのを探りに行きたいっていうのがあるんで、
本当に自分と、今思うと海外が好きになって、ミャンマーに行って、
より海外が好きになって、そこにたまたま日本の工芸品っていう仕事があったんで、
なんか世界どこでもPRは一応できるやんと思って。
だからなんか、今思うと全然当時やる気なかったんですけど、
今はそれが一つの武器、すごい一番大きな武器になって、どこでもいけるなっていう感じですね。
なるほど。ありがとうございます。
はい、すごいですね。
可能性を感じる。
僕これ聞いててもすごい可能性感じるなって思いました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
じゃあ、3回にわたって山岡さんのゲスト回をやらせていただきましたけれども、
改めてお話聞いてみて、村中さんどうでした?
村上 いやこれ完全にラジオつながってんねこれ。
ラジオでしょ。
村上 ラジオそう。いやいや、作家でしょ作家。
作家というかはディレクション何?だってもうストーリー作って、今どんどん仕事振ってるわけでしょ?
村上 そう、そうですね。
ラジオつながってると思っちゃった。
村上 そう、自分でネタ考えて、それを実行してっていうのは。
そうそうそう。
村上 その、考える、このなんていうんですか、思考がもう出来上がってるってことですよね。
村上 うん。
村上 癖として、そういう意味では。
村上 ありがとうございます。
そう、なんかさ、実家のちょっといいシーを触ってたってこと、
ミャンマーチャーとか聞いたことあったと思うんだけどさ、やっぱ知らない話沢山あったからすごい聞いてて面白かった。
村上 ありがとうございます。
どう?これさ、サッカーと旅をコンセプトにした、これかけるビジネスになっちゃったなって思ったんだよこれ。
村上 あ、大丈夫?
めちゃくちゃ、めちゃくちゃためになったもん。面白かった。
村上 いや全然全然。めちゃくちゃ面白かった。
そうそうそう。
村上 やっぱり正直僕ら馴染みのない部分はやっぱ知識っていうのは、
生活に根付いてはいるものの個人的な意識としてはあんまりなかったんですけど、
なんか話聞くだけでちょっと印象すごい変わったなって個人的には思いました。
ありがとうございます。
で、2つクエスチョンがあったんだよこれ。
これ、おかちゃんとげんきんに質問だけど、FC奇襲って今さ、県参部で言ったじゃん。
村上 はい。
どれぐらいの強さで賞獲優勝したか知ってる?
村上 あー、いや、知らなかったですそれは。
え?山子とか知ってる?
村上 知ってるよね。
そう。
村上 うん、知ってるよ。一応リーグは多分結構全勝じゃなかったかな。あ、1回負けたかな。
そう。そしてサッカーゲンってサイト知ってる?
村上 知らない。
サッカーゲン、あのー、もうげんきんとかおかちゃんは知ってるね。
このね、各県の都道府県の若山県参部リーグもしっかり結果全部載ってるんだけど、
8勝1負けでね、総得点35、失点3、プラス32でね、もう8勝なんですよ、全勝っていう強さ。
村上 へー。
そうせつ1年目でね、無敗で優勝。
村上 北野総太の兄貴も入ってるよ今。
え?
村上 北野総太の兄貴も入ってるよ。
あ、そうなんすか。
村上 若山の兄貴も。
一緒にですか?
村上 そうそうそう。
へー、あ、そうなんですね。
村上 銀行員、銀行員となんかやってて、若山で。確か今入ってくれてると思う、北野総太の兄。
すごいじゃん。え、じゃあ結構若いってことですよね。
二十の年齢ってないですよ。
村上 こうぐらいですかね。だから北野総太もだから、北口がセレスト時代に関わってたんで。
あ、そうなんですね。
村上 北野総太は若山出身なんで、ちょっと兄貴声かけてよって言って来てくれてるみたいな。
若山出身なんですね。
村上 北野総太は若山ですね。
へー、あ、そうなんだ。
村上 知らなかったです。
本当だ。
村上 無敗で勝ってるんですね。
得失点数は32ですよ。プラス30。
村上 ってか失点数3なんすね。
これ若山県はもう、若山県リーグ以下はあるってこと?
村上 ないと思う。
あ、そうなんだ。
村上 いや、一応、私も同じ県三部で、一応ね、ワンシーズン過ごした中としては、
簡単に言えば、あのね、若山県三部リーグの再開と同じような成績だからね、
いや一部の強さが、優勝のチームの強さがわかるよ、これ本当に。
うーん。
村上 っていうお話。ところで、山橋機典がスポンサーしてる、
そう、これなんでアンダー15のところにスポンサー?
山橋 ああえとね、それはね、あの、さっきも言ったけど、
いったん優15からスタートしてるよ、このチームが。
だから、FC機種が立ち上げがまず、そんなに金がなかったし、
その登録とかもあったから、プロチームを2年目からやってるのね。
で、俺1年目の最初の立ち上げからやったから、そのまま、そのまま今も言ってる感じ。
そのままでて、まあ2024からね、アンダー15がスタートしたからってこと?
山橋 そうそう、2024アンダーで、で25人多分、
トップチーム。
山橋 トップチームになって、で1年目でも優15したけど、
まあ次どう変えるかってのってまだ分かってない。
まあとりあえずトップは結構大きい会社がバーって入ったから、
まあ金額も結構でかいし、で僕もまあとりあえず優15でいいよって形でやってくれてる。
なるほど、そういうことなんですね。
山橋 そうそうそう。
うーん。
山橋 そうなんです。
山橋 だから立ち上げ機は優15しかなかった。
なるほど。
僕も立ち上げて、まあでも2年目だもんね。
山橋 多いよね。
うんうんうん。
すごい2年目でこんなに多くのスポンサー集まってるんですよね。
山橋 うん、40社ぐらいあるね、30社ぐらいあるね。
山橋 一番でかいユニレクストとかはプーマとかのその、
あのなんだ、ストッキングとかそういうのを作ってる会社なんですよね。
へえ、あ、そういう会社を。
山橋 そうそう、そういうところがガッツリと、たぶんもう、
サンブリーヴだけどここに結構400万という額も出してくれてると思うんですよね。
すごい。
山橋 そうなんですね。
それはすごいですね。
山橋 そう、だからそんな額だからもう、
うちがそんな真ん中とか入れれるわけがないので。
ハハハハ、なるほどなるほど。
山橋 まあでも近いうちにたぶんトップもって話は出てきますね。
山橋 はい、岡さん経営者としてどうですか、お話今回聞いてみて。
岡田 ありがとうございました。
個人的には第1回で話があった後継企業の話は、
自分も結構後継企業には結構興味があって、
それこそ四国とか中国地方の後継企業の方と今年結構お会いする機会があったので、
すごい後継企業って面白いなと思って話を聞いてました。
なんかその50年後とか100年後を考えるっていうのは、
後継企業特有というか、スタートアップとかってすごく10年で上場とか、
なんかそういうすごく短期的な利益とか目先の売り上げとかにすごくフォーカスしがちだなと思うんですけど、
後継企業がそういうすごい長い中長期的なところを考えているっていうのは、
なんかそういう文化があるものなんですか。
そうですね、やっぱ後継企業って結構集まったりするんですけど、
だって極端に言ったら、あるんですよね。
化学職人会話にもあるんですけど、後継企業もあるんですけど、
極端に言ったら、例えばネットショップにもあるじゃないですか。
ネットショップもどんどんできるようになってきて、ネットショップという武器が手に入ったら、
もっと稼げる商材あるじゃないですかって話になりません?ぶっちゃけ。
例えばコロナの時にマストめっちゃ売ったらええやんとか、
そういうのをやってる人もいっぱいいるんですよね。ギャーって儲けたみたいな。
でもやっぱそれって、やっぱ僕らってこの湿気をどうするかって商材からありきになっちゃうので、
この商材を、この産地をどうするかっていう話になるんですよね。
で、たぶんスタートアップの会社とか、上場する会社とかってもちろんそういう思いを持ってやってるところもあると思うんですけど、
やっぱりでかくなっていくと、どんどん事業規模とか、事業がどんどん分かれていったりとかして、
でももう儲かるならどんどんやっていこうぜみたいな感じとかでやる会社もどんどんあると思うんですけど、
後継企業ってそういうのがなくて、どの製品だったりとか産地だったりとか、
このものをどうブラッシュアップするかみたいな話になるので、たぶんそれはもう変な話。
逆に言うと2年後、3年後でそんなのちょっともう無理やから、
50年ぐらいちょっと長くスパン持ってゆっくりやっててもいいんじゃないみたいな、
なんかそういうちょっと逃げもあるかもしれないですけど、逆に言うと、
継がせるとか、継ぎたくないかわかんないですけど、
継がせる準備をするのは僕らの責任かなと思ってるんで、
どういうクローズになるかわかんないですけども、
そういう思いでみんなやってるからそういう話、50年後とか30年後とか、
儲からんけどこの生涯をなんとか練るしかないよねみたいな話になってる感じです。
ありがたいです。なんかすごく、第1回の話だったんですけど、