1. #サカたび|サッカーと旅を繋げるポッドキャスト
  2. #65 目指すは世界平和?旅する..
2026-02-10 45:31

#65 目指すは世界平和?旅する4代目が描く、伝統工芸の100年後の未来(株式会社山家漆器店 代表取締役 山家優一 ・後編)

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山家優一さんゲスト回の最終章。テーマは「旅」、そして「未来」。

週末に海外へ飛ぶほどの旅好きだった青年は、Facebookがきっかけでミャンマーへ移住。そこで得た多国籍な友人との出会いや、日本では得られない経験が、彼の人生とビジネスをどう変えたのか?

旅で世界を知った今、彼の視線はベトナム、インド、そしてブラジルの日系人コミュニティへと向かいます。

「100年後もこの産地を残したい」そのために、AIなどの最新技術も恐れず取り入れ、「種をまき続ける」という山家さん。彼が語る壮大なビジョン、そして「漆器が世界を平和にする」という言葉の真意とは。

🗣️ ゲストプロフィール
山家 優一(やまが ゆういち)
株式会社山家漆器店 代表取締役。
和歌山県海南市を拠点に、伝統的工芸品「紀州漆器」の製造・販売を行う。4代目として、漆器製品や曲げわっぱ弁当箱など、伝統技術を活かしながら現代のライフスタイルに合わせた製品開発にも注力している。
自身も学生時代からのサッカー経験者であり、現在は「サッカーを通じて地元和歌山を盛り上げたい」との想いから、和歌山県2部リーグに所属する社会人サッカークラブ「FC KISHU」のスポンサーを務める。

✍ 今回のトークテーマ
・週末海外も!旅好きが高じてミャンマー移住へ
・Facebookが繋いだ縁。ミャンマーでの仕事と暮らし
・武器は好奇心。日本人コミュニティの外で得た多国籍な友人との交流
・旅が仕事に。ベトナム、インド…世界へ広がる漆器ビジネス
・ハワイの神社からも注文?日系人コミュニティという巨大市場
・100年後も産地を残すために。変化を恐れず「種をまき続ける」経営哲学
・AIも活用?伝統と最新技術の融合
・究極の目標は「世界平和」。山家優一が漆器に込める想い

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🗣️ パーソナリティ
✅️ 村中 翔一(むらなか しょういち)
旅×サッカーをこよなく”愛”する39歳。サッカー業界10年(東南アジア6年・日本サッカー4年🇸🇬🇲🇾🇰🇭🇲🇲🇯🇵) 。 妻と婚前・新婚世界一周旅・日本一周・東海道約500キロを徒歩など。2024年から静岡県富士市に移住。

✅️ 若林 玄樹(わかばやし げんき)
愛知県出身。33歳。心のクラブは名古屋グランパス。2011年に東日本一周、2014-15年に世界一周の旅を行う。サッカー以外では映画とモータースポーツが好き。メンバー唯一の真っ当な会社員。

✅️ 岡田 浩弥(おかだ ひろや)
サッカーと旅を軸に越境してきた37歳。シンガポールでは6年間、プロクラブの広報・マーケティングや代表チームのプロモーションに携わる。帰国後は国内でクラブ運営やスタジアムを拠点としたまちづくりに従事。現在は妻と多拠点生活を送りながら、岡田伝記株式会社の代表として“サッカーと旅の可能性”を探求中。1999年から清水エスパルスを応援している。

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サマリー

今回のエピソードでは、山家漆器店の山家優一さんがミャンマーでの駐在経験や旅の体験を通じて、伝統工芸の未来や自身の成長について話します。彼の旅好きな性格や海外での生活から得られる楽しさ、新たな価値の創造に向けた意欲が表現されています。山家優一さんは、旅を通じた国際交流や日本の伝統工芸の未来について考えます。異なる文化との自然なコミュニティ形成に取り組み、特に日本食や漆器の海外展開の可能性について具体例を挙げて説明します。彼は、株式会社山家漆器店の未来に対するビジョンと世界平和の理念を語り、伝統工芸を基にした商品の展開を進めています。ネットショップの効果的な活用や国内外の文化に対応した事業展開が、持続可能な成長に向けた道筋を示しています。瑛家優一さんが語る漆器を通じた世界平和のビジョンには、伝統的な工芸品を広めることで争いのない穏やかな社会を目指す思いが込められています。株式会社山家漆器店の山家優一さんは、伝統工芸の未来や100年後の世界平和への願いについて説いています。

旅と仕事の融合
聞くと旅に出たくなる、サッカーを見たくなる、サカたび。この番組はサッカーを愛する3人がサッカーと旅についてダラダラと語り合うポッドキャストです。
ファースナリティの若林です。
ファースナリティの岡田です。
村中です。よろしくお願いします。
はい、今回はですね、ゲスト回第3回ということで、前回に引き続き、株式会社山家漆器店の代表取締役 山家優一さんにゲストに来ていただいています。山本さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。前回は山本さんの会社のことであったり、漆器のことであったりというところを聞かせていただきました。今回も引き続きよろしくお願いします。
お願いします。
はい、ありがとうございます。山本さんとちょっと今回はですね、いろんな漆器とか伝統工芸品とかを中心にいろんな旅のこととかも話をしていきたいなと思っておりますので、よろしくお願いします。
お願いします。
山本さんも結構旅とか旅行とか好きというのは聞いたんですけど、そう思ったんですかね。
じゃがちゃ好きっすね。
好きじゃなかったらミャンマーに行かないですよ、多分ね。ミャンマー駐在もやっぱり行きたくて行ったんで。
あ、そうなんですか。
はい。
さっき英語のね、海外の英語の教師としての経験になるかもっていうところで行ったっていうところでおっしゃってましたじゃないですか。
はい、そうですね。もともと学生時代とかはなんか、まだ僕らの時代ってLCCとかなかったんで、結構気軽に行けなかったと思うんですよ。
なんかスカイスキャナーとかアゴダとかもまだなかったので、結構海外って遠かったんで行かなかったんですけど、なんか社会人になったぐらいからそういうのが出始めてて、
なんか少しずつなんか、そのミャンマーに行く前の会社の時に週末一人旅とかやってましたね。
へー。
銅日月シンガポールとか。仕事終わって関空行って、金曜日の夜着いて、銅日日曜日の晩の乗って月曜日の朝関空着出社みたいな。
うわ、すげー。
こうやってました。
結構タフに旅されてるんですね。
なんかまあその、いわゆるもう社会人になっちゃってましたし、なんかその辞めてどうのこうのするっていうその施策もつぶつぶになかったので、
いわゆるこの会社に居ながらどうやってでも旅したいなって思った時に、なんか週末とかだけで行こうかなみたいな感じで行ってたって感じですね。
挑戦と適応
なんかその時にシンガポールとかインドネシアとか、いわゆる近隣ですね、香港とかそういうところばっかり行ってました。
アジア来てってことですね。
そうですね、はいはい。
ミャンマーをあえて選んだってなんか理由はあるんですか?
いや、選んだというか当時多分ね、僕結構早い段階でフェイスブックやってて、それこそなんだろう、一人旅やってますみたいなことをこうフェイスブックにアップしたい、まだ年頃だったのでアップしてて、
でまあシンガポール行ってましたよとかを23、24ぐらいの時にやってて、
でその時に僕は全然違う大阪で、大阪の小さい会社で働いてたんですけど、フェイスブックっていうとこいいなと思うのが、和歌山の電気工事の会社でミャンマー行ったって言ったんですけど、そこの会社のお姉ちゃんが、いわゆる在家とかで働いてたんですよね。
あーはいはい、なるほど。
で僕は協力隊とかじゃなくて、駐在員として行ったんですけど、その時に在家の方が、弟が働いてる電気の会社が社長がいきなりミャンマーに支店を出すって言ったんやけど、誰も行きたがらないけど誰か行きたい人いませんかっていうフェイスブックの投稿を見つけたんですよ。
でその人を在家の、和歌山の大阪の国際交流コミュニティとかでやってて、その女性と。で、ちょっとお興味あるかもって話をしたら、あ、そうやんな山賀くん絶対行きたいやんな、じゃあちょっと社長に声かけてあげるわって言って、速攻で決まりました。
今日は和歌山出身やし、まあ当時まだ若いし、英語ちょっと喋れるし、ミャンマー行きたいっていう人間いなかったので、じゃあぜひ行ったら。
転職したってことです。
転職して、だから本社ってあんまり行ったことなくて、本社が。で、一番最初の仕事を覚えてるんですけど、ミャンマー人のパートナーが日本に来るから、一緒に韓国迎えに行って、一日アテンドしてほしいからって言って、ユニバーサルスタジオジャパン連れて行ってくれって言われて。
ユニバーサルスタジオ。
ユニバーに行くのが最初の仕事でしたね。
いい会社ですね。
で、本社行って、でもビザの手続きちょっとあったんで、一ヶ月くらいは本社でビザ、当時までビザちゃんと取らなきゃいけなくて、大使館の方にパスポート送ったりとかして、その時にちょっといわゆる電気の仕事知らなかったんで、電気の仕事とかソーラーパネルのこととかちょっと勉強して、で、現地でパートナーと一緒にミャンマーに向かって、もう向こうで住み始めるっていう感じですね。
そうですよね。その業界的にも環境的にも初めての挑戦だったってことですよね。
そうですね。
すごいですね、それで飛び込めるって。
でも当時まだ25でワクワクしかなかったし、でもそれこそ情報がないんで、本当グーグってミャンマースペース生活スペース日本人みたいなの調べて、当時からでもやっぱりミャンマーでブロガーとして活躍してる人とか何人かおったんで、その人のブログ見て、こんなとこだったら進めるかと思って行ったって感じですね。
あるほど。この番組では何回かそのミャンマーの話は何度もしてるんですけど、村中さんもカンボジアを経由してミャンマーに行ったから、耐えれたって言い方してたからですね。
ああ、なるほど。
してましたよね、村中さん。
そうそう、ミャンマーから、当時のミャンマーエアランがね、カンボジアから収集して行って、これがね、新国って言われるような国から行くときっついなと思って、カンボジアがあったから何度も耐えれたんだなっていう話をしてて。
そうそうそう。僕はでも全然大丈夫でしたね。全然大丈夫だったんですね。なんかまあ楽しかったですね。
山かとか全て楽しめそうな雰囲気あるよね。
そうそうそう。
ああ、すごいっすね、確かに。それはすごいな。
楽しかったですよね、はい。
僕らからしたらあの村中さんでさえだって思っちゃうんですよね。
青春と友達
まあ楽しむしかないっていうのもあるもんね、それはすごいね。
まあ確かに。
俺もさ、当時さ、カンボジアからミャンマーに行くときも、カンボジアでも結構フットサル場とかサッカー場あるから、ミャンマーでもあると思ったんだよ。
で、グーグルマップを見ると結構緑だらけだったから、あ、これたくさんサッカー場あるなと思ったらさ、ミャンマーはないんだよ、フットサル場が当時。
ないね、ないない。
というわけでスタジアムの近くにプラスチックの小座みたいなところしかなくて、そこしかなかった、びっくりしたっていう話、ごめんね。
何もなかったんすかね、当時はね。
よく、よくというかそうですね、それすごい、なんだろう、適応できましたね、日本からいきなりって。
そう、でもなんか、なんかやっぱ基本的にその旅が好きなのと、新しいものを見るのが好きなので、で、ミャンマー行ってる間もやっぱり、まあ大変なこともやっぱりあるので、やっぱそこは息抜きというか、やっぱ良かったのが、
一つは、ミャンマーって朝起きたらもう海外なんで、僕からすると、やっぱ毎日が海外なので、そこでワクワクできたという僕の性格っていうのが一つあります。
すげえな、すごいっすね。
また人生100年か80年かわかんないですけど、その中で3年くらい大変な時期があってもいいなと思って、結構ネタできるなと思ったのが一つと、
あとはやっぱ旅がしたかったので、比較的仕事も毎日毎日忙しいわけじゃないんですよね。忙しい期間もあれば結構暇な期間もあったんで、
まあ二部で言ったみたいにちょっと実家の仕事を手伝ってみるかという時期もあったりとかもしましたし、それこそミャンマー国内もそうだし、
だってバンコクとかクアラルンプール行くのなんて、当時エアアジアで40ドルとかでしたからね片道。30ドル40ドルだったんで、
じゃあほんと週末バンコク行こうとか、週末クアラルンプール行こうとか、あの時に近隣の東南アジアほとんど行ってるんですよ。
それもすごい魅力的でしたね。東南アジアで住むっていう魅力的なのがあってました。
なるほど。
なんか大変なことあったけど嫌なことあったら、当時の例というと5000円出せば違う国に行けるなんてもう最高じゃないですか。
という感じで。
海外からちょっと視覚を感じますもんね。
そう、大変だったけど楽しかったなっていう感じですね。
やっぱり山岡さん精神的にタフというか、ポジティブというか、ほんと村上さんさっき言ったように何でも楽しめちゃう性格なんですね。
あとはまあ、自分もそんな強くないんで、結構その、例えば東南アジアとかで、マザーハウスとかってわかります?
カバンのマザーハウスって、バングラディッシュで革製品作ってるカバンの会社とかあるんですよ、日本人の会社で。
こういったマザーハウスの山口恵里子さんっていう女性の社長いるんですけど、その人の本物をずっと抱えてて。
結構日々その人の本を読んで、その人は当時24歳ぐらいとかでバングラディッシュに行って、
学生の時代にバングラディッシュに行って、そのままそこで会社立ち上げて、今すごい日本でも何店舗もあるような会社に成長させてるんですけど、
そういった海外で奮闘する日本人の本とかを結構持って行って見てました。だからよしやるぞみたいな。
なるほどな。
僕もそれはあるね、海外でやってきた先輩、逆に僕は先輩たちの本、例えばミャンマーだったら吉岡先生、ジャパンハートの第2話の吉岡先生と会ったりとか、
一緒にお茶飲んだ時に本を何冊も読んだりとか、他にすごい人たちたくさんいるから、すごい人たちの本とかめちゃくちゃ読んだね当時は。
読んだ読んだ。
確かにその海外に生活していく中で、普段会わない方とかと日本で行ったら会えない方と会えるっていうのは確かにそういう魅力ではあるかもしれないですよね。
日々友達がすごくサッカー部とかもできたんで、楽しかったですね。結構青春やったんですよ。さっき言ったみたいに日本人なんてほんとすごい少なかったし、
サッカー部も30人ぐらいおったんですけど、週4ぐらいご飯食べてました僕正直。
部活の友達みたいな感じしますね。
そんで土日はバー行って、土日だから朝からサッカーやって、お昼食べて、2部でもう一回ここからもう一試合やって、
すげえな。
ずっとマッサージ行って、そのまま晩御飯食べて、そのままホテルのロビーでプレミアリーグ見るみたいな。
マジで3年間やってたんで、楽しい以来ないですよねみたいな。
楽しそうですねそれは確かに。
そうっすね。確かロシアワールドカップもそのとき見たんじゃなかったかな。みんなの家に集まってとかして。
おお。
はい。ロシアかな。
2016年。
2018か。
18、18、16、14、14はなんだ。
14はブラジルです。
異文化交流の楽しみ
ブラジルワールドカップか。
はい、その辺り。
ああ、そうですね。はいはい。
14見ましたね。
確かに。
ロシアワールドカップはもう、そうか村中さんはもうミャンマー居なくってから、たぶん2014年ですよね。
あ、そうか。
14ですねじゃあ。
はい。
ああ、なるほどね。
ええ。
いやほら、誰とでも仲良かったもんね。だから誰とでも仲良くなれる人なんですよ。
誰とでもってなんかすごいハッポビジみたいな。
いやいやいやいや。
いや、才能ですよねそれは。
いやでも本当ね、それこそ僕当時日本人だけじゃなくて、結構インドネシア人とかマレーシア人とかとも仲良くて。
へえ。
そっちのサッカーチームに入ったんですよ。
かけ持ちしてるんですか。
かけ持ちして。で、そっちのメンバーとも飲んだりとかしてたんで、別に日本人以外もいてたっていうのがありますね。
へえ。あ、そうなんですね。
はい。それもすごい楽しかったです。
それは何のコミュニティのサッカーチームなんですか?その外国人の方。
そっちは本当に有志でやってるというか、行く場所なかったんで、行きつけのバーに行けば誰かがいるっていう。
当時、特に2013年とかそんな感じだったんですよね。で、僕もなんかまだ地理はあんまりよくわからないんで、
週に4日ぐらい行きつけのフィフティストストリートバーというね、50番道路にあるバーがあったんですよ。
なるほど。はいはい。
そこに行ってたんですよ。そこでもうビールとピザを食べるっていう生活を毎日やってて。
いい生活だな。
そう、でもビール2杯とピザで1000円でしたからね、出す。そうすると、あれこの子また興味いるなっていうインドネシア人の女の子いてたりとか、
あれこいつ興味いるなっていうスリランカ人の男だったりとかしてて、そのメンバーでバッドミントンやったりとか始まったんですよ。
へえ、めっちゃ楽しんでるの。
めっちゃ楽しんでます、多分僕。
すぐ友達になれちゃうタイプなんですね。
ただ喋る、喋ってみようみたいな感じですね。
なるほど、すごいな。
だから旅でいうとそのマレーシア人の友達の家にみんなで実家で泊まるに行ったりとかしましたね。
だからスリランカ人とマレーシア人と旧正月行っちゃうとか言って行きましたね。
めっちゃ仲良くなってるじゃないですか。
ええ、すごいですね。じゃあ日本人以外とも全然仲良くなってるんですか。
日本の漆器の海外展開
変な話、駐在院さんでそこまで現地人と仲良くなるってあんま聞いたことないですけど。
なんだろう、僕今日もメッセージしてましたね。
珍しくないですか。
多分僕そこが2部でもチラッと触れたかもしれないですけど、ちょっと何者かに慣れてなかったというか。
結構、駐在院というかミャンマーって2局かかって、いわゆる超エリーとか個人で頑張ってる人の2つしかなかったって感じなんですよね。
僕はモノレーターカーワークの時2つの校舎ですごいなと思ったんですよ。
野良みたいな感じで。
野良みたいな感じでやってるし、自分でやってるしってのもあるし、
現地でローカル伝説をやってる方とかもすごいいてて、それはそれですごくかっこいいなと思ったし、
でも例えば僕みたいなサラリーマンになった時に考えると、いわゆる商社とか、金融でいわゆる東大、京大、早稲田、慶雄みたいな人間で、
サッカーやったら全然一緒なんですけど、2人分けたらこいつら2本買えたら絶対俺らと強がっちゃうなって思ってて、
結構俺らここはサッカーとしては楽しいけど、友達になれないんじゃないかなって一瞬思ったりとかして、
でも僕はそこはあんまり、日本人で独特なコミュニティやるじゃないですか、それがちょっとしんどいなと思った時に、
スリランカとかマレーシアとか全然もうU1はU1なわけですよ、僕の名前は。山賀さんとか山賀くんでもなくて、
もう全員フラットな感じがあって、そっちはそうかタラックやったなって思いもちょっとあったりとかしてましたね。
今も全然みなさん、ミャンマー時代の日本人の友達も全然仲良くて、ちょうど先週も東京出張だったんで遊んでましたけど、
当時はちょっとそういう感じで、日本人だけ、むしろ日本人だけがしんどかった時期があったので仲良いって感じですね。
そうですよね、そんな現地の方と仲良くなるところもあんまり多分多くないと思うんで、本当駐在員としてサラリーマンとしてやってる方が。
そうです。
なんかすごいいろんな方とコミュニティを広げられてたんですね。
広げましたね。
なんか一部の方のところで、湿機をお土産に持ってったらすごい喜ばれたみたいな。
はいはい。
話されてたじゃないですか、そういうところでも湿機は活躍してそうですよね、こういうコミュニティを形成するための。
まあそうですね、当時は湿機の人じゃなかったので、そうなんですけど、でも今まで言うと、当時じゃなくて今で言うとすごい旅っていうところで考えると、
やっぱりいろんな海外に展開していってまして、来週も月曜日からホーチミンの方に行くんですけど、やっぱり湿機とか日本食っていうのは当時からどんどんどんどん加速度的に上がっていって、
同じ日本食でも例えばうちのマギーワッパーを使ってみたいとか、今実際バンコクのレストランでも使ってもらってるんですよね。
そういうこともある。
で、ちょっとプレミアムな湿機としてちょっと提案をしたりとか、でうちと連絡することでオリジナルでちょっとデザインを入れるとかそういうことも、
さっきのアルテリーボ若山さんのコラボしたマギーワッパーみたいな感じで、そのお店さん独特の独自の湿機とかも作れるので、そういう提案をちょっとしに行く出張みたいなのは多いですね、今は。
ああそういうことも、なるほど、ビジネス展開の仕方としてあるんですね。
そうですね、はい。
そうかそうか。だからそういうのを逆に求めて、お店の方に買いに来たりとかもしそうですよね、外国人とか。
そうですね、うちはね、お店としては工場がメインで、いわゆるショップってないんですよ、実は。
あ、そうなんですね。
そう、一部ちょっとだけ事務所にポンポンと置いてるんですけども、大体的にどの位置も空いてるわけじゃない、いわゆる受付金でしか仕事をやってないんで、
だからどちらかというとネットショップがメインです。で、ネットショップは今越境ECというか海外にも発送することもあるので、
先月も例えば香港、バンコク、UAE、フランス、アメリカとかからも注文きてて、それも個人の塊で入れれば、そういう和食のレストランさんに対しても発送することもやってますね。
なんかそのECも含めて、全体的なその仕事の引き合いとかも含めて、今どの国が結構そういうの興味持ってるとか熱いとかあったりするんですか。
そうですね、やっぱり日本はまだまだ伸びるなと思ってるんですけど、国でいうと、これ僕ちゃんと今政治に影響されてるんですけど、アメリカは結構良かったんですよね、今。
お土産としての漆器の需要
あ、そうだったんですね、アメリカ。
アメリカはね、やっぱ一番市場として良かったんですけど、やっぱトランプ関税とかの影響を受けてて、めっちゃ注文減りましたね、やっぱり。
へえ、アメリカなんですね、なんかあんまりイメージないですよね。
アメリカ人かもしれませんし、アメリカって日本人めちゃくちゃ住んでるんですよ、確かフランクランシスコとか。
ああ、そうかそうか。
中山院の数ランキング1位とか2位だと思うんですけど、日本食もだからめちゃくちゃ多いので。
なるほど。
日本食レストランにさっき言ったみたいなお盆みたいなの売ってるんで、お盆じゃあ50枚欲しいとか。
身長50枚欲しいけど、アメリカじゃ手に入らんから、どっかないんかなって日本で買うみたいなのに、うちが引っかかって買ってくれるとか、そういうのもありますね。
なるほど、日本食ブームになればなるほど、引き合いも増えていくという傾向があるんですね。
そうですそうです。だからどんどんどんどん日本の会社って海外行ってるので、それは全然どんどん行ってほしいなと思いますし、
逆にまた今政治の影響で言うと中国がどんどん日本企業をこれから撤退とかするんじゃないかとか、今そういう流れになったりとかするので、
やっぱりカントリーディスクとかは影響を受けるんじゃないかなと思っていて、本当はどんどんどんどん日本の企業は外に出て行ってほしいという感じです。
あとその日本の企業は外に出て行ってほしいで言うと、その僕がミャンマーの時にお渡ししたみたいに、結構この駐在員さんとか出張者のお土産として結構買われるんですよね。
はいはいはいはい、いや絶対いいですよね。
そうなんですよ。だからそういう時も割とお箸とか小物とか、この偉いさんに配りたいみたいなところで使っていただけるんで、それも今結構引き合いが多いですね。
うーん、いや絶対いいですよね。
これなんか日本に来てる、それはインバウンドインバウンドで日本に行ってるけど、日本に来る外国の方とかもね、なんか。
そうそう、やるとお土産いいですよね。
だからうちはちょっと弱いのはお土産店とかなんですけど、やっぱり京都とかのお土産屋さんに聞くと、売り上げも過去最高に更新しまくってますからね。
へえ。
京都のお箸屋さんとかはえげつなく売ってますね。
うやましい。
それどっかにそうやって下ろしたりとかは。
もちろんそういう話もあるので、そういうために今度また2月に東京のビッグサイトとかでやるような展示会に出展もして、そういうお土産屋さんとか聞き合いがあればいいなと思って一応行きますし、まあ機会があればなんなりと。
だからそういうお店とかあったらいいなと思ったけど、そういうもんじゃないんだやっぱりなんか。あったら来るとかっていう問題でもないんだ。
やっぱりね、お店ってやっぱ固定費もかかるし、やっぱり運営していくのすごい大変なんで。
そうか。
村中さん出してよそっちに。
フジで、フジで寄集しに。
フジで出してよ。
いやいやそうそう。
出してよ。
変なこと聞いていいですか。
はい、なんでもいい。
今、コテコセECとかで結構いろんなこと売られてるっておっしゃってたんですけど、お父さんまでの世代って職人さんだったわけじゃないですか。
はいはいはい。
どういう、なんか変な話、どういう風に稼いでたというか。
でも本当に加工、要は弊社さんってところからこれを塗ってほしいっていう依頼があって。
そういう仕事の依頼って。
塗ったら一個いくらみたいなところを積んでいく感じなんで、逆に言うと財布レスとかはないんですよね。
なるほど。
ネットショップの活用とビジネスの展開
だから塗れば塗るほどお金になるっていうビジネスではあるので、売上はもちろんすごく低かったんですけど、一応ギリギリなんとかなる。
でもやっぱり塗れば塗るほどって塗らないとたくさんいけないので、じゃあめちゃくちゃやっぱりモーカルとか、天井があるじゃないですか。
はいはいはい、そうですね。
そこはやっぱりネットショップがそこに掻き合わさると、ネットショップっていわゆる売り場を24時間、なんなら全世界対応なんで、
物があればどんどん売れますし、自社で作れない物は横にお会社に作ってもらうとか、一部Cでもできるんで、やっぱり広がるっていうところで今広げている感じです。
へえ、だからほんと職人さんとして、執勤の職人さんとして働かれてたって感じなんですね。
そうですね、一部ネットショップとかもやってたんですけど父親は。でもやっぱり塗る仕事が忙しい、8時間、7時間で塗るので、それ終わってから片手間にネットショップってやってるのは大変なわけですよ。
写真撮って、スページやってとか。
はいはい、そうですね。
そうそう、だからやっぱりなかなか伸びきらなかったっていうところがあるんで。
なるほど、だからそれを山尾さん今入って、いろいろ改革しているような形なんですね。
そうですね、今そういう形で流行ってます。
面白いですね、なんか新しい。やっぱり勢力的にいろんなことをやれてるし、それがアイディアがどんどん形になっていってるような感じしますね、山尾さんのこの会社のやり方で。
でもやっぱり、本当話戻るけど、やっぱり僕は大喜利だと思ってるんで、全部。
それで一回休憩して。
でも本当に僕から結構取り入れてた気がしますね、ネタ書くとかっていうのは。
やっぱりこれ学びになってないんちゃうかなとか、これやったらウケるんちゃうかなっていうのは基本的な根本なんですよ。
なんでなんかあんまりこう、例えばここのネットショップにめちゃくちゃ注力したら売上が倍になるってやっても、あるとするじゃないですか、例えば。
例えば楽天市場にめちゃくちゃ頑張って売るってやって、それが売上が倍になります。
でもそれだけだと多分ライバルもどんどん出てくるなと思ってて、面白くないなと思うんですよね。
だったらワンパックのトーテムする方がライバルいないなと思うんですよ。
結構いろんな方とかに、お前もっとネットに注力したらもっと伸びるのにって言われるんですけど、
それってなんか僕の中では本質的じゃないというか、僕はその結構大切りしてるつもりなんで。
楽天はもちろん食べるためにはもちろんすごい強力なパートナーですし、お客さんにもすごい接点としてあるんですけども、
それだけじゃなんか面白くないなと。それを使ってじゃあ次どういうことで奇襲失機をPRできるかっていうと、
楽天市場で買ってるお客さんって山賀失機で買ったってあんま思ってないんですよね。楽天市場で買ったしか思わないんですよ。
アマゾンもそうですよね。でも自社サイトに来てくれたら自社サイトの方はもしかしたらちょっと山賀失機はわかるかもしれんけど、
一番楽天アマゾンとかのお客さん多い。その時にやっぱりじゃあもうちょっとPRできることって言うとやっぱり、
例えばトーテムをするとか、コラボをするとかって売り上げとしては全然大したことないんですけども、
刺さるそうにはすごい刺さって多分頭の隅に刷り込まれると思うんですよね。
そっちの方が仕事としては意義がたいなと思ってるんで、もちろん経営戦略上もちろんネットショップってすごく大事なんですけども、
それだけをやっててもあんまり意味がないとは思って仕事してるんですよね。
未来の展望と変化への対応
なるほどね。どうかどうかそうですね。
これ奇襲失機って海南市の方に行ったら結構いろんな場所で売ってたりするんですか?
お店としては数店舗ありますね。
数店舗なんですね。
数店舗としては。どちらかというとこの新屋さんでそこから大阪とか京都のお土産に行くとか、
そういう商社みたいな会社の方が多いんですよね。
そうなんですね。なるほど。
そうなんです。
だからこそさっきお話ししてた真ん中というかいろんなところでニーズにも対応してるよっていうのはそういう意味はあるんですね。
そうですね。
分かりました。ありがとうございます。
最後にこれ聞きたいなと思ってるのが、今後奇襲失機という立ち位置とかも、会社としての立ち位置というところもあるんですけど、
山賀さん的にどんなことやっていきたいなっていうか、将来に向けた展望みたいなとかあったりするんですか?聞いてもいいですか?
あんまりないんですけど。
あんまりないというか、やっぱり僕の中では決めきらないっていうのがすごい大事かなって思ってまして、
やっぱり僕もさっき言った、前回とか言ってるんですけど、後継ぎってことを考えると次の50年100年っていう先を見据えたいなと思うんですけど、
それは奇襲失機っていうものが2100年とか2200年だって残ってるっていうのはやっぱり嬉しいなと思いますし、
残すためには多分首先の儲けだけやってちゃダメかなって思っていまして、それをするためには多分変化をし続けるしかないと思うんですよね。
それが今年20年がネットショップやったのかもしれませんし、今だと全然、
例えば盛り付けの映像とかも本当にAI使ってる会社もどんどん出てきてますし、僕も試してみて、やっぱりこれAIを使うことって、
一瞬でフードコーディネーターさんとかの仕事なくなるやんとか思うんですけど、
でもやっぱりまだまだ何も食品が盛られてない湿気の方が多分写真めちゃくちゃ多いと思うんですよ。
やっぱそこまで毛が回ってない、売れてない湿気もいっぱいあると思うんですよね。売れ筋じゃない湿気。
でもそこにやっぱり食品を載せてあげることによって、よりこう見えやすくするっていうのって、
その写真って多分今後売れていけば5年、10年、20年後もその写真使えるかもしれないと思ったときに、
やっぱりAIとかの力を使いながら、どんどんより湿気が見栄えをするようにというか、
使えるシーンを提案するっていうことが大事かなと思うので、
そういったことを変化に対応し続けるっていうことを今後もやっていきたいなと。
だからなるべくですね、僕は仕事と業務って切り分けてるんですけども、業務はなるべく省くと。
いわゆる雑務というか、
ルーティン的な。
ルーティン的なやつはなるべく捨てずに、業は何か種負けたかどうかっていうことを巻き続けないと、
業務だけでもたぶん、仕事っていうのは回っていくと思うんですね、たぶん数年は。
今ネットも売れてますし、それがあると絶対もう衰退しかないんで、
いかにこの仕事、新しいことをやり続けるかっていうことをモチベーションを持ちつつやり続けるかっていうのが今後の課題です。
世界展開と新しい発見
それが今は海外だったりとか、やっぱり一つでも新しい国に行こう。
去年でいうとミラノの展示会に初めて行かせてもらって。
ミラノの展示会。
ミラノの展示会も行きました。
それって別に儲かるのかっていうと、やっぱりなかなか経費もかかったんですけども、
やっぱりそこに行くことによって新しい発見もありましたし、
逆に今年は、来週からホーチミン行くのは行ったことあるので、
もう一回改めて試乗、ここの試乗やったらうちのマギアッパとか弁当箱って受け入れられるんじゃないかなとか、
うちのボンどうかなって反応みたいのもあるんですけど、
逆に2月はまたインド行くんですよ、初めて。
ムーンバイとかニュージーランドとか初めて行くんですけど、
その辺りとかって何がどうなってるんだろうなとか、
逆にインドのネットショップの文化どうなるのかなとか、
いろいろそういうまだまだ惚れるところってたくさんあるなと思ってます。
で、ほんと世界広いなと思ったんですけど、
最近注文来てるのがハワイから注文来てて。
へえ、ハワイから。
ハワイに、それはそうかと思うんですけど、
神社いっぱいあるんですよ。
日経アメリカ人には日経の方たちがいるじゃないですか、
その方たち向けに日本の結構大きな神社さんのハワイ使者がいっぱいあるんですよね。
だからハワイのそういう神社から注文あったんですよ。
で、調べるとブラジルにもいっぱいあるんですよ。
ブラジルってやっぱり日経、ブラジルにもいっぱいあるから。
じゃあブラジルにもめちゃくちゃ証券あるんじゃないかとか。
だからそういうこと考えたら僕の代が終わってきて、
次の代とか次の次の代にはもう山賀支機店、ブラジル支店とか、
そういうことになってるかもしれませんし。
だからまぁちょっとわかんないですね、どうなってるかっていうのは。
でもそれぐらいの規模感で考えないと100年残らないかなと思ってるんで。
とりあえずいろいろ金巻き続けて、回収し続けてっていうのをちょっと僕の代でやり続けようかなという感じです。
へえ、すげえなあ。
経営者って感じですね。
いやいやでも単純に僕、やっぱ行くのが好きなの。
旅、この番組の趣旨旅が好きなので、まず単純に行きたいです。
で、いろんな国に行って、また何のお祭りができるのかなとか、
どういう組み合わせで何ができるのかなっていうのを探りに行きたいっていうのがあるんで、
本当に自分と、今思うと海外が好きになって、ミャンマーに行って、
より海外が好きになって、そこにたまたま日本の工芸品っていう仕事があったんで、
なんか世界どこでもPRは一応できるやんと思って。
だからなんか、今思うと全然当時やる気なかったんですけど、
今はそれが一つの武器、すごい一番大きな武器になって、どこでもいけるなっていう感じですね。
なるほど。ありがとうございます。
はい、すごいですね。
可能性を感じる。
僕これ聞いててもすごい可能性感じるなって思いました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
じゃあ、3回にわたって山岡さんのゲスト回をやらせていただきましたけれども、
改めてお話聞いてみて、村中さんどうでした?
村上 いやこれ完全にラジオつながってんねこれ。
ラジオでしょ。
村上 ラジオそう。いやいや、作家でしょ作家。
作家というかはディレクション何?だってもうストーリー作って、今どんどん仕事振ってるわけでしょ?
村上 そう、そうですね。
ラジオつながってると思っちゃった。
村上 そう、自分でネタ考えて、それを実行してっていうのは。
そうそうそう。
村上 その、考える、このなんていうんですか、思考がもう出来上がってるってことですよね。
村上 うん。
村上 癖として、そういう意味では。
村上 ありがとうございます。
サッカーと地域のつながり
そう、なんかさ、実家のちょっといいシーを触ってたってこと、
ミャンマーチャーとか聞いたことあったと思うんだけどさ、やっぱ知らない話沢山あったからすごい聞いてて面白かった。
村上 ありがとうございます。
どう?これさ、サッカーと旅をコンセプトにした、これかけるビジネスになっちゃったなって思ったんだよこれ。
村上 あ、大丈夫?
めちゃくちゃ、めちゃくちゃためになったもん。面白かった。
村上 いや全然全然。めちゃくちゃ面白かった。
そうそうそう。
村上 やっぱり正直僕ら馴染みのない部分はやっぱ知識っていうのは、
生活に根付いてはいるものの個人的な意識としてはあんまりなかったんですけど、
なんか話聞くだけでちょっと印象すごい変わったなって個人的には思いました。
ありがとうございます。
で、2つクエスチョンがあったんだよこれ。
これ、おかちゃんとげんきんに質問だけど、FC奇襲って今さ、県参部で言ったじゃん。
村上 はい。
どれぐらいの強さで賞獲優勝したか知ってる?
村上 あー、いや、知らなかったですそれは。
え?山子とか知ってる?
村上 知ってるよね。
そう。
村上 うん、知ってるよ。一応リーグは多分結構全勝じゃなかったかな。あ、1回負けたかな。
そう。そしてサッカーゲンってサイト知ってる?
村上 知らない。
サッカーゲン、あのー、もうげんきんとかおかちゃんは知ってるね。
このね、各県の都道府県の若山県参部リーグもしっかり結果全部載ってるんだけど、
8勝1負けでね、総得点35、失点3、プラス32でね、もう8勝なんですよ、全勝っていう強さ。
村上 へー。
そうせつ1年目でね、無敗で優勝。
村上 北野総太の兄貴も入ってるよ今。
え?
村上 北野総太の兄貴も入ってるよ。
あ、そうなんすか。
村上 若山の兄貴も。
一緒にですか?
村上 そうそうそう。
へー、あ、そうなんですね。
村上 銀行員、銀行員となんかやってて、若山で。確か今入ってくれてると思う、北野総太の兄。
すごいじゃん。え、じゃあ結構若いってことですよね。
二十の年齢ってないですよ。
村上 こうぐらいですかね。だから北野総太もだから、北口がセレスト時代に関わってたんで。
あ、そうなんですね。
村上 北野総太は若山出身なんで、ちょっと兄貴声かけてよって言って来てくれてるみたいな。
若山出身なんですね。
村上 北野総太は若山ですね。
へー、あ、そうなんだ。
村上 知らなかったです。
本当だ。
村上 無敗で勝ってるんですね。
得失点数は32ですよ。プラス30。
村上 ってか失点数3なんすね。
これ若山県はもう、若山県リーグ以下はあるってこと?
村上 ないと思う。
あ、そうなんだ。
村上 いや、一応、私も同じ県三部で、一応ね、ワンシーズン過ごした中としては、
簡単に言えば、あのね、若山県三部リーグの再開と同じような成績だからね、
いや一部の強さが、優勝のチームの強さがわかるよ、これ本当に。
うーん。
村上 っていうお話。ところで、山橋機典がスポンサーしてる、
そう、これなんでアンダー15のところにスポンサー?
山橋 ああえとね、それはね、あの、さっきも言ったけど、
いったん優15からスタートしてるよ、このチームが。
だから、FC機種が立ち上げがまず、そんなに金がなかったし、
その登録とかもあったから、プロチームを2年目からやってるのね。
で、俺1年目の最初の立ち上げからやったから、そのまま、そのまま今も言ってる感じ。
そのままでて、まあ2024からね、アンダー15がスタートしたからってこと?
山橋 そうそう、2024アンダーで、で25人多分、
トップチーム。
山橋 トップチームになって、で1年目でも優15したけど、
まあ次どう変えるかってのってまだ分かってない。
まあとりあえずトップは結構大きい会社がバーって入ったから、
まあ金額も結構でかいし、で僕もまあとりあえず優15でいいよって形でやってくれてる。
なるほど、そういうことなんですね。
山橋 そうそうそう。
うーん。
山橋 そうなんです。
山橋 だから立ち上げ機は優15しかなかった。
なるほど。
僕も立ち上げて、まあでも2年目だもんね。
山橋 多いよね。
うんうんうん。
すごい2年目でこんなに多くのスポンサー集まってるんですよね。
山橋 うん、40社ぐらいあるね、30社ぐらいあるね。
山橋 一番でかいユニレクストとかはプーマとかのその、
あのなんだ、ストッキングとかそういうのを作ってる会社なんですよね。
へえ、あ、そういう会社を。
山橋 そうそう、そういうところがガッツリと、たぶんもう、
サンブリーヴだけどここに結構400万という額も出してくれてると思うんですよね。
すごい。
山橋 そうなんですね。
それはすごいですね。
山橋 そう、だからそんな額だからもう、
うちがそんな真ん中とか入れれるわけがないので。
ハハハハ、なるほどなるほど。
山橋 まあでも近いうちにたぶんトップもって話は出てきますね。
山橋 はい、岡さん経営者としてどうですか、お話今回聞いてみて。
岡田 ありがとうございました。
個人的には第1回で話があった後継企業の話は、
自分も結構後継企業には結構興味があって、
後継企業の意義
それこそ四国とか中国地方の後継企業の方と今年結構お会いする機会があったので、
すごい後継企業って面白いなと思って話を聞いてました。
なんかその50年後とか100年後を考えるっていうのは、
後継企業特有というか、スタートアップとかってすごく10年で上場とか、
なんかそういうすごく短期的な利益とか目先の売り上げとかにすごくフォーカスしがちだなと思うんですけど、
後継企業がそういうすごい長い中長期的なところを考えているっていうのは、
なんかそういう文化があるものなんですか。
そうですね、やっぱ後継企業って結構集まったりするんですけど、
だって極端に言ったら、あるんですよね。
化学職人会話にもあるんですけど、後継企業もあるんですけど、
極端に言ったら、例えばネットショップにもあるじゃないですか。
ネットショップもどんどんできるようになってきて、ネットショップという武器が手に入ったら、
もっと稼げる商材あるじゃないですかって話になりません?ぶっちゃけ。
例えばコロナの時にマストめっちゃ売ったらええやんとか、
そういうのをやってる人もいっぱいいるんですよね。ギャーって儲けたみたいな。
でもやっぱそれって、やっぱ僕らってこの湿気をどうするかって商材からありきになっちゃうので、
この商材を、この産地をどうするかっていう話になるんですよね。
で、たぶんスタートアップの会社とか、上場する会社とかってもちろんそういう思いを持ってやってるところもあると思うんですけど、
やっぱりでかくなっていくと、どんどん事業規模とか、事業がどんどん分かれていったりとかして、
でももう儲かるならどんどんやっていこうぜみたいな感じとかでやる会社もどんどんあると思うんですけど、
後継企業ってそういうのがなくて、どの製品だったりとか産地だったりとか、
このものをどうブラッシュアップするかみたいな話になるので、たぶんそれはもう変な話。
逆に言うと2年後、3年後でそんなのちょっともう無理やから、
50年ぐらいちょっと長くスパン持ってゆっくりやっててもいいんじゃないみたいな、
なんかそういうちょっと逃げもあるかもしれないですけど、逆に言うと、
継がせるとか、継ぎたくないかわかんないですけど、
継がせる準備をするのは僕らの責任かなと思ってるんで、
どういうクローズになるかわかんないですけども、
そういう思いでみんなやってるからそういう話、50年後とか30年後とか、
儲からんけどこの生涯をなんとか練るしかないよねみたいな話になってる感じです。
ありがたいです。なんかすごく、第1回の話だったんですけど、
漆器を通じた平和の追求
サッカークラブ特に地域のクラブと相性がすごいいいなっていうのが今回。
そうかと思います。
聞いて確かにいいと思いました。
だからトツギにどっかスポーツチームぐらいにスポンサーした方がいいと思ってるんですよね。
全員に言おうかなと思って。
サッカークラブめちゃくちゃ喜びますよ。
いいと思いますよ本当に、トツギは。
ありがとうございます。
じゃあ3回にわたって山尾さんとのゲスト会やらせていただきました。
山尾さん本当にありがとうございました。
ありがとうございました。楽しかったです。めちゃくちゃ楽しかったです。
僕らもすごい楽しかったです。
またもしよろしければ聞いてください。
そしてまた機会があったらぜひ出ていただけると。
はい、いつでも呼んでください。
サッカーとしてのオファーは待ち添えます。
せっかくなんで、山尾さん会社のPRとかしていただいて。
それぐらいしか僕たち時間割いていただいたのに。
会社のPR、そうですね。分かりました。
ありがとうございました。お聞きの皆さんもありがとうございます。
和歌山県の海南市というところで、
機種漆器の製造とか販売をしている山川漆器店なんですけども、
ホームページでもどんどん楽天とかAmazonとか自社サイトとか売ってるんですけど、
コンセプトとしてはやっぱ漆器で遊ぶっていう最初に言った通り、
漆器で遊ぶっていうのは僕も遊んでますし、
漆器っていうもので遊んでほしいなと思ってて、
遊びっていうとただ遊ぶだけじゃなくて、
遊びがあるっていう意味も含まれてまして、
僕的には漆器を使う人って結構穏やかな人が多いんじゃないかなと。
漆器をみんなが使えば喧嘩しないんじゃないかなと思ってて、
では、喧嘩とかするような人ってたぶん漆器使わんと思うんですよね。
なので、漆器を使えば使うほど、漆器が普及するほど戦争がなくなるんじゃないかなっていうぐらいの思いで、
漆器を世界に広めていけば、多分世界も平和になるんじゃないかと思ってるんで、
それぐらいの気持ちで、楽に漆器というもの、塗り物というものを使ってもらえるような環境を、
これからも提供していけたらなと思ってますので、
気楽に登場させていただいたりとか、機会があれば伝わっていただけたらなというふうに思ってますので、
引き続きよろしくお願いします。
ありがとうございます。山にハウスの家に。
伝統工芸の未来への探求
はい、山が漆器基点で、ネットで検索していただければすぐ出てくるので、
もしよければ、本当にいろんなカトラリーとか器とかから、
あと主食戦機とかにも対応ないろんな箸とか販売されているので、
これ見てるだけでも楽しいホームページなので、ぜひ皆さん見ていただけたらなと思いますので、
じゃあすいません、ありがとうございました。
お時間になりましたので、今回はここで締めたいと思います。
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それでは次回の配信をお楽しみに。聞いてくれた皆様、ありがとうございました。
さよなら。ありがとうございました。
45:31

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