作品名:銀河鉄道の夜
著者:宮沢賢治(みやざわけんじ)
図書カード:https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card43737.html
青空文庫:https://www.aozora.gr.jp/index.html
ブンゴウサーチ for Kids:https://bungo-search.com/juvenile
7・15・23・31日更新予定
#青空文庫 #朗読 #podcast
BGMタイトル: Maisie Lee
作者: Blue Dot Sessions
楽曲リンク: https://freemusicarchive.org/music/Blue_Dot_Sessions/Nursury/Maisie_Lee/
ライセンス: CC BY-SA 4.0
【活動まとめ】 https://lit.link/azekura
著者:宮沢賢治(みやざわけんじ)
図書カード:https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card43737.html
青空文庫:https://www.aozora.gr.jp/index.html
ブンゴウサーチ for Kids:https://bungo-search.com/juvenile
7・15・23・31日更新予定
#青空文庫 #朗読 #podcast
BGMタイトル: Maisie Lee
作者: Blue Dot Sessions
楽曲リンク: https://freemusicarchive.org/music/Blue_Dot_Sessions/Nursury/Maisie_Lee/
ライセンス: CC BY-SA 4.0
【活動まとめ】 https://lit.link/azekura
00:06
九、ジョバンニの切符、もうここらは白鳥屋のおしまいです。
ごらんなさい、あれが名高いアルビレオの観測所です。
窓の外の、まるで花火でいっぱいのような天の川の真ん中に、
黒い大きな建物が四棟ばかり立って、 その一つの平屋根の上に、目も覚めるようなサファイアとトパーズの大きな二つの透き通った玉が、
輪になって静かにくるくると回っていました。 黄色のがだんだん向こうへ回っていって、
青い小さいのがこっちへ進んでき、 まもなく二つの端は重なり合って、
綺麗な緑色の両面突レンズの形を作り、 それもだんだん真ん中が膨らみ出して、
とうとう青いのはすっかりトパーズの正面に来ましたので、 緑の中心と黄色な明るい輪とができました。
それがまただんだん横へ反れて、前のレンズの形を逆に繰り返し、
とうとうすっと離れて、サファイアは向こうへ巡り、 黄色のはこっちへ進み、
またちょうどさっきのようなふうになりました。
銀河の形もなく音もない水に囲まれて、 本当にその黒い速攻所が眠っているように静かに横たわったのです。
あれは水の速さを測る機械です。 水も
トリトリが言いかけた時、 一方拝見いたします。
3人の席の横に赤い帽子をかぶった 背の高い車掌がいつかまっすぐに立っていて言いました。
トリトリは黙って隠しから小さな紙切れを出しました。 車掌はちょっと見てすぐ目をそらして、
あなた方のは?というように指を動かしながら 手をジョバンニたちの方へ出しました。
さあ
ジョバンニは困ってもじもじしていましたら、 カムパネルラはわけもないというふうで小さなネズミ色の切符を出しました。
03:09
ジョバンニはすっかり慌ててしまって、 もしか上着のポケットにでも入っていたかと思いながら手を入れてみましたら、
何か大きな畳んだ紙切れに当たりました。 こんなもの入っていたろうかと思って急いで出してみましたら、
それは4つに折ったはがきぐらいの大きさの緑色の紙でした。 車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、
やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って丁寧にそれを開いて見ていました。
そして読みながら上着のボタンや何かしきりに直したりしていましたし、 灯台監視もしたからそれを熱心に覗いていましたから、
ジョバンニは確かにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。
これは三次空間の方からお持ちになったのですか? 車掌が尋ねました。
なんだかわかりません。 もう大丈夫だと安心しながらジョバンニはそっちを見上げてくつくつ笑いました。
よろしくございます。サザンクロスへ着きますのは次の第三次頃になります。
車掌は紙をジョバンニに渡して向こうへ行きました。 カンパネルラはその紙切れが何だったか待ちかねたというように急いで覗き込みました。
ジョバンニも全く早く見たかったのです。 ところがそれは一面黒いカラクサのような模様の中に
おかしな党ばかりの字を印刷したもので黙って見ているとなんだかその中へ吸い込まれて しまうような気がするのでした。
するとトリトリが横からチラッとそれを見て慌てたように言いました。
おや、こいつは大したもんですぜ。 こいつはもう本当の天井へさえ行ける切符だ。
天井どこじゃない、どこでも勝手に歩ける通行券です。 こいつをお持ちになれや、なるほど。
06:02
こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんかどこまででも行けるはずでさ。 あなた方、大したもんですね。
なんだかわかりません。 ジョバンニが赤くなって答えながらそれをまたたたんで隠しに入れました。
そして決まりが悪いのでカンパネルラと二人また窓の外を眺めていましたが そのトリトリの時々大したもんだというようにチラチラこっちを見ているのがぼんやりわかりました。
もうじきわしの停車場だよ。 カンパネルラが向こう岸の3つ並んだ小さな青白い三角標と地図等を見比べていました。
ジョバンニはなんだか訳もわからずににわかに隣のトリトリが気の毒でたまらなくなりました。
詐欺を捕まえて生成したと喜んだり、白いキレでそれをくるくる包んだり、 人の切符をびっくりしたように横目で見て慌てて褒め出したり、
そんなことを考えていると、もうその見ず知らずのトリトリのためにジョバンニの持っているものでも食べるものでも何でもやってしまいたい。
もうこの人の本当の幸いになるなら、自分があの光る天の川の河原に立って 100年続けて立って鳥を捕ってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙っていられなくなりました。
本当にあなたの欲しいものは一体何ですかと聞こうとして、 それではあんまり出し抜けだからどうしようかと考えて振り返ってみましたら、
そこにはもうあのトリトリがいませんでした。 網棚の上には白い荷物も見えなかったのです。
また窓の外で足を踏ん張って空を見上げて詐欺を取る支度をしているのかと思って急いでそっちを見ましたが、
外は一面の美しい砂ごと白いススキの波ばかり、 あのトリトリの広い背中も尖った帽子も見えませんでした。
あの人どこへ行ったろう。 カンパネルラもぼんやりそう言っていました。
どこへ行ったろう。一体どこでまた会うのだろう。 僕はどうしても少しあの人に物を言わなかったろう。
09:07
ああ、僕もそう思っているよ。
僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。 だから僕は大変つらい。
ジョバンニはこんなヘンテコな気持ちは本当に初めてだし、 こんなこと今まで言ったこともないと思いました。
なんだかリンゴの匂いがする。 僕今リンゴのこと考えたためだろうか。
カンパネルラが不思議そうにあたりを見回しました。 本当にリンゴの匂いだよ。それからノイバラの匂いもする。
ジョバンニもそこらを見ましたが、やっぱりそれは窓からでも入ってくるらしいのでした。 今秋だからノイバラの花の匂いのするはずはないとジョバンニは思いました。
そしたらにわかにそこにツヤツヤした黒い髪の6つばかりの男の子が、 赤いジャケッツのボタンもかけず、ひどくびっくりしたような顔をしてガタガタ震えて裸足で立っていました。
隣には黒い洋服をきちんと着た、 背の高い青年がいっぱいに風に吹かれているケヤキの木のような姿勢で、 男の子の手をしっかり引いて立っていました。
あら、ここどこでしょう。 まあ、きれいだわ。
青年の後ろにもう一人、十二ばかりの目の茶色な可愛らしい女の子が、 黒い外套を着て青年の腕にすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。
ああ、ここは乱花社谷だ。 いや、コンネクテカット州だ。
いや、ああ、僕たちは空へ来たのだ。 私たちは天へ行くのです。
ご覧なさい、あの印は天上の印です。 もう何にも怖いことありません。
私たちは神様に召されているのです。 黒服の青年は喜びに輝いてその女の子に言いました。
けれどもなぜかまた額に深くシワを刻んで、 それに大変疲れているらしく、無理に笑いながら男の子をジョバンニの隣に座らせました。
それから女の子に優しく、カンパネルラの隣の席を指差しました。 女の子は素直にそこへ座って、きちんと両手を組み合わせました。
12:12
僕、大姉さんのとこへ行くんだよ。 腰掛けたばかりの男の子は顔を変にして、
灯台看守の向こうの席に座ったばかりの青年に言いました。
青年は何とも言えず悲しそうな顔をして、 じっとその子の縮れて濡れた頭を見ました。
女の子はいきなり両手を顔に当てて、しくしく泣いてしまいました。 お父さんや菊代姉さんはまだいろいろお仕事があるのです。
けれども、もうすぐ後からいらっしゃいます。 それよりも、お母さんはどんなに長く待っていらっしゃったでしょう。
私の大事なただしは今どんな歌を歌っているだろう。 雪の降る朝にみんなと手をつないで、ぐるぐる庭とこの谷部を回って遊んでいるだろうかと考えたり、
本当に待って心配していらっしゃるんです。 早く行って、お母さんにお目にかかりましょうね。
うん、だけど僕、船に乗らなきゃよかったなぁ。
ええ、けれどご覧なさい。空はどうです? あの立派な川、ね。
あそこはあの夏中、ツインクルツインクル リトルスターを歌って休むとき、いつも窓からぼんやり白く見えていたでしょう。
あそこですよ。ね、綺麗でしょ。あんなに光っています。 泣いていた姉もハンケチで目を拭いて外を見ました。
青年は教えるようにそっと兄弟にまた言いました。
私たちはもう何にも悲しいことないのです。 私たちはこんないいとこを旅して、じき神様のとこへ行きます。
そこならもう本当に明るくて、匂いが良くて、立派な人たちでいっぱいです。
そして私たちの代わりにボートへ乗れた人たちはきっとみんな助けられて、心配して待っている
めいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやらいくのです。 さあ、もうじきですから元気を出して面白く歌っていきましょう。
青年は男の子の濡れたような黒い髪を撫で、みんなを慰めながら自分もだんだん顔色が輝いてきました。
15:03
あなた方はどちらからいらっしゃったのですか? どうなすったのですか?
さっきの灯台看守がやっと少しわかったように青年に尋ねました。 青年はかすかに笑いました。
いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね。 私たちはこちらのお父さんが急なようで、2ヶ月前一足先に本国へお帰りになったので、後から経ったのです。
私は大学へ入っていて家庭教師に雇われていたのです。 ところがちょうど12日目。
今日か昨日のあたりです。 船が氷山にぶっつかっていっぺんに傾き、もう沈みかけました。
月の明かりはどこかぼんやりありましたが霧が非常に深かったのです。 ところがボートは砂原の片半分はもうダメになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。
もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となってどうか小さな人たちを乗せてくださいと叫びました。
近くの人たちはすぐ道を開いて、そして子供たちのために祈ってくれました。 けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子供たちや親たちやなんかいて、とても
押しのける勇気がなかったのです。 それでも私はどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから、前にいる子供らを押しのけようとしました。
けれどもまたそんなにして助けてあげるよりは、このまま神の御前にみんなで行く方が本当にこの方たちの幸福だとも思いました。
それからまたその神に背く罪は私一人でしょって、ぜひとも助けてあげようと思いました。
けれどもどうして、見ているとそれができないのでした。 子供らばかりボートの中へ放してやって、お母さんが狂気のようにキスを送り、
お父さんが悲しいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなど、とてももう腹渡もちぎれるようでした。
そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟してこの人たち二人を抱いて、浮かべるだけは浮かぼうと固まって船の沈むのを待っていました。
誰が投げたかライフVが一つ飛んできましたけれども、滑ってずーっと向こうへ行ってしまいました。
18:01
私は一生懸命で甲板の格子になったとこを放して、三人それにしっかり取り付きました。
どこからともなく、盤の声が上がりました。 たちまちみんなはいろいろな国語でいっぺんにそれを歌いました。
その時にわかに大きな音がして、私たちは水に落ち、もう渦に入ったと思いながらしっかりこの人たちを抱いて、
それからぼーっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。 この方たちのお母さんはおととし亡くなられました。
ええ、ボートはきっと助かったに違いありません。 なにせよほど熟練な水夫たちが漕いで素早く船から離れていましたから。
そこらから小さな祈りの声が聞こえ、ジョバンニもカンパネルラも今まで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して目が熱くなりました。
ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。 その氷山の流れる北の果ての海で小さな船に乗って、風や凍りつく潮水や激しい寒さと戦って、
誰かが一生懸命働いている。 僕はその人に本当に気の毒で、そしてすまないような気がする。
僕はその人の幸いのために一体どうしたらいいのだろう。 ジョバンニは神戸を垂れてすっかり塞ぎ込んでしまいました。
何が幸せかわからないです。本当にどんな辛いことでも、それが正しい道を進む中での出来事なら、峠の上りも下りもみんな本当の幸福に近づく一足ずつですから。
東大森が慰めていました。 ああ、そうです。ただ一番の幸いに至るためにいろいろの悲しみもみんなおぼし飯です。
青年が祈るようにそう答えました。 そしてあの兄弟はもう疲れて、めいめいぐったり席に寄りかかって眠っていました。
さっきのあの裸足だった足には、いつか白い柔らかな靴を履いていたのです。
ごとごと、ごとごと、汽車はきらびやかな林口の川の岸を進みました。
向こうの方の窓を見ると野原はまるで幻灯のようでした。
百も千もの大小さまざまの三角標。 その大きなものの上には赤い点々を打った測量器も見え、野原の果てはそれらが一面。
21:12
たくさんたくさん集まってぼーっと青白い霧のよう。 そこからまたはもっと向こうからか、時々様々の形のぼんやりしたノロシのようなものが
変わる変わる綺麗な貴郷色の空に打ち上げられるのでした。 実にその透き通った綺麗な風は薔薇の匂いでいっぱいでした。
いかがですか。こういう林口はお初めてでしょう。 向こうの席の灯台館主がいつか金と紅で美しく彩られた大きな林口を落とさないように両手で膝の上に抱えていました。
おや、どっから来たのですか。 立派ですね。
ここらではこんな林口ができるのですか。 青年は本当にびっくりしたらしく、灯台館主の両手に抱えられた一盛りの林口を目を細くしたり首を曲げたりしながら我を忘れて眺めていました。
いや、まあお取りください。どうかまあお取りください。 青年は一つ取ってジョバンニたちの方をちょっと見ました。
さあ向こうの坊っちゃん方、いかがですか。お取りください。 ジョバンニは坊っちゃんと言われたので少し尺に触って黙っていましたが
カンパネルラはありがとうと言いました。 すると青年は自分で取って一つずつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがとうと言いました。
灯台館主はやっと両腕が空いたので今度は自分で一つずつ眠っている兄弟の膝にそっと置きました。
どうもありがとう。どこでできるのですか。こんな立派な林口は。 青年はつくづく見ながら言いました。
この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大抵一人でに良いものができるような約束になっております。
農業だってそんなに骨は折れはしません。 大抵自分の望む種さえ撒けば一人でにどんどんできます。
米だってパシフィック辺りのように殻もないし10倍も大きくて匂いもいいのです。 けれどもあなた方のいらっしゃる方なら農業はもうありません。
24:05
リンゴだってお菓子だってカスが少しもありませんから みんなその人その人によって違ったわずかのいい香りになって毛穴から散らけてしまうのです。
にわかに男の子がぱっちり目を開いて言いました。 あ、僕今お母さんの夢を見ていたよ。
お母さんがね立派な戸棚や本のあるとこにいてね 僕の方を見て手を出してニコニコニコニコ笑ったよ。
僕、お母さん、リンゴを拾ってきてあげましょうかって言ったら目が覚めちゃった。
あ、ここさっきの汽車の中だね。 そのリンゴがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ。
青年が言いました。 ありがとう、おじさん。
おや、カオル姉さんまだ寝てるね。 僕、起こしてやろう。
姉さん、ごらん、リンゴをもらったよ。 起きてごらん。
姉は笑って目を覚まし眩しそうに両手を目に当ててそれからリンゴを見ました。
男の子はまるでパイを食べるようにもうそれを食べていました。 またせっかく剥いたその綺麗な皮も
くるくるコルク抜きのような形になって床へ落ちるまでの間にはスーッと灰色に光って蒸発してしまうのでした。
二人はリンゴを大切にポケットにしまいました。 川下の向こう岸に青く茂った大きな林が見え、
その枝には熟して真っ赤に光る丸い実がいっぱい その林の真ん中に高い高い三角標が立って森の中からはオーケストラベルやジロフォンに混じって
なんとも言えず綺麗な音色が溶けるように染みるように風に連れて流れてくるのでした。
青年はゾクッとして体を震うようにしました。 黙ってその譜を聞いているとそこらに一面黄色や薄い緑の明るい野原か敷物かが広がり、
また真っ白な蝋のような梅雨が太陽の面をかすめていくように思われました。
「まあ、あのカラス…。」 カンパネルラの隣のカオルと呼ばれた女の子が叫びました。
27:03
「カラスでない。みんなカササギだ。」 カンパネルラがまた何気なく叱るように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、
女の子は決まり悪そうにしました。 全く河原の青白い明かりの上に黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になって止まってじっと
川の美行を受けているのでした。 「カササギですね。頭の後ろのとこに毛がピンと伸びてますから。」
青年はとりなすように言いました。 向こうの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。
その時、汽車のずーっと後ろの方からあの聞きなれた ヴァンの賛美歌の節が聞こえてきました。
よほどの人数で合唱しているらしいのでした。 青年はさっと顔色が青ざめ、立っていっぺんそっちへ行きそうにしましたが、
思い返してまた座りました。 カオルコはハンケチを顔に当ててしまいました。
ジョバンニまでなんだか鼻が変になりました。 けれどもいつともなく誰ともなくその歌は歌い出され、
だんだんはっきり強くなりました。 思わずジョバンニもカンパネルラも一緒に歌い出したのです。
そして青い観覧の森が見えない天の川の向こうに、 さめざめと光りながらだんだん後ろの方へ行ってしまい、
そこから流れてくる怪しい楽器の音も、もう汽車の響きや風の音にすり減らされて、 ずーっとかすかになりました。
「あ、クジャクがいるよ。 へえ、たくさんいたわ。」
女の子が答えました。 ジョバンニはその小さく小さくなって、
今はもう一つの緑色の貝ボタンのように見える森の上に、 さっさっと青白く時々光って、
そのクジャクが羽を広げたり閉じたりする光の反射を見ました。
そうだ、クジャクの声だってさっき聞こえた。 カンパネルラがカオルコに言いました。
「へえ、30匹ぐらいは確かにいたわ。 アープのように聞こえたのはみんなクジャクよ。」
女の子が答えました。 ジョバンニはにわかに何とも言えず悲しい気がして、思わず、
30:04
「カンパネルラ、ここから跳ね降りて遊んでいこうよ。」 と怖い顔をして言おうとしたくらいでした。
川は二つに分かれました。 その真っ暗な島の真ん中に高い高い矢倉が一つ組まれて、
その上に一人の緩い服を着て赤い帽子をかぶった男が立っていました。 そして両手に赤と青の旗を持って空を見上げて信号しているのでした。
ジョバンニが見ている間、その人はしきりに赤い旗を振っていましたが、 にわかに赤旗を下ろして後ろに隠すようにし、
青い旗を高く高く上げて、まるでオーケストラの指揮者のように激しく振りました。
すると空中にザーッと雨のような音がして、 何か真っ暗なものが幾塊も幾塊も鉄砲玉のように川の向こうの方へ飛んでいくのでした。
ジョバンニは思わず窓から体を半分出してそっちを見上げました。 美しい美しい貴郷色のがらんとした空の下を
実に何万という小さな鳥どもが幾組も幾組も メイメイせわしくせわしく鳴いて通っていくのでした。
鳥が飛んでいくなぁ。 ジョバンニが窓の外で言いました。
ドラッ。 カンパネルラも空を見ました。
その時、あの矢倉の上の緩い服の男はにわかに赤い旗を上げて狂気のように振り動かしました。
するとピタッと鳥の群れは通らなくなり、それと同時にピシャーンという潰れたような音が川下の方で起こって、
それからしばらく静音としました。 と思ったら、あの赤棒の信号手がまた青い旗を振って叫んでいたのです。
今こそ渡れ渡り鳥。 今こそ渡れ渡り鳥。
その声もはっきり聞こえました。 それと一緒にまた幾万という鳥の群れが空をまっすぐにかけたのです。
二人の顔を出している真ん中の窓から、あの女の子が顔を出して、美しい頬を輝かせながら空を仰ぎました。
33:02
まあ、この鳥たくさんですわね。 あらまあ、空の綺麗なこと。
女の子はジョバンニに話しかけましたけれども、ジョバンニは生意気な嫌大と思いながら黙って口を結んで空を見上げていました。
女の子は小さくほっと息をして黙って席へ戻りました。 カンパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込めて地図を見ていました。
あの人、鳥へ教えてるんでしょうか。 女の子がそっとカンパネルラに尋ねました。
渡り鳥へ信号してるんです。 きっとどこからかのろしが上がるためでしょう。
カンパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。 そして車の中はシーンとなりました。
ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども、 明るいとこへ顔を出すのが辛かったので黙ってこらえてそのまま立って口笛を吹いていました。
どうして僕はこんなに悲しいのだろう。 僕はもっと心持ちを綺麗に大きく持たなければいけない。
あすこの岸のずーっと向こうにまるで煙のような小さな青い火が見える。 あれは本当に静かで冷たい。
僕はあれをよく見て心持ちを沈めるんだ。
ジョバンニはほてって痛い頭を両手で押さえるようにしてそっちの方を見ました。
本当にどこまでもどこまでも僕と一緒に行く人はないだろうか。 カンパネルラだってあんな女の子と面白そうに話しているし、僕は本当につらいな。
ジョバンニの目はまた涙でいっぱいになり、天の川もまるで遠くへ行ったようにぼんやり白く見えるだけでした。
その時汽車はだんだん川から離れて崖の上を通るようになりました。
向こう岸もまた黒い色の崖が川の岸を下流に下るに従ってだんだん高くなっていくのでした。
そしてチラッと大きなトウモロコシの木を見ました。 その葉はぐるぐるに縮れ、葉の下にはもう美しい緑色の大きな頬が赤い毛を吐いて真珠のような実もチラッと見えたのでした。
36:03
それはだんだん数を増してきて、もう今は列のように崖と線路との間に並び、
思わずジョバンニが窓から顔を引っ込めて向こう側の窓を見ました時は美しい空の野原の地平線の果てまでその大きなトウモロコシの木がほとんど一面に植えられて
さやさや風に揺らぎ、その立派な縮れた葉の先からはまるで昼の間にいっぱい日光を吸った金剛石のように梅雨がいっぱいについて、
赤や緑やキラキラ燃えて光っているのでした。 カンパネルラが
あれトウモロコシだね とジョバンニに言いましたけれども
ジョバンニはどうしても気持ちが治りませんでしたから ただぶっ切り棒に野原を見たまま
そうだろう と答えました
その時汽車はだんだん静かになっていくつかのシグナルと点鉄機の明かりを過ぎ小さな停車場に止まりました
その正面の青白い時計はかっきり第二次を示し その振り子は風もなくなり汽車も動かず静かな静かな野原の中に
カチッ カチッ
と正しく時を刻んでいくのでした そして全くその振り子の音の絶え間を遠くの遠くの野原の果てから
かすかなかすかな旋律が糸のように流れてくるのでした 新世界恒久楽だわ
姉が独り言のようにこっちを見ながらそっと言いました 全くもう車の中ではあの黒服の丈高い青年も誰もみんな優しい夢を見ているのでした
こんな静かないいとこで僕はどうしてもっと愉快になれないだろう どうしてこんなに一人寂しいのだろう
けれどもカンパネルラなんかあんまりひどい 僕と一緒に汽車に乗っていながらまるであんな女の子とばかり話しているんだもの
僕は本当につらい ジョバンニはまた両手で顔を半分隠すようにして向こうの窓の外を見つめていました
39:01
透き通ったガラスのような笛が鳴って 汽車は静かに動き出し
カンパネルラも寂しそうに星巡りの口笛を吹きました ええええ
もうこの辺はひどい高原ですから 後ろの方で誰か年寄りらしい人の今目が覚めたというふうで
吐き吐き話している声がしました トウモロコシだって棒で2尺も穴を開けておいてそこへ巻かないと生えないんです
そうですか 川まではよほどありましょうかね
川までは2000尺から6000尺あります もうまるでひどい峡谷になっているんです
そうそうここはコロラドの高原じゃなかったろうか ジョバンニは思わずそう思いました
カンパネルラはまだ寂しそうに一人口笛を吹き 女の子はまるで絹で包んだリンゴのような顔色をして
ジョバンニの見る方を見ているのでした 突然トウモロコシがなくなって
大きな黒い野原がいっぱいに開けました 新世界恒久岳はいよいよはっきり地平線の果てから湧き
その真っ黒な野原の中を一人のインディアンが白い鳥の羽を頭につけ たくさんの石を腕と胸に飾り
小さな弓に矢を継がえて一目散に騎車を追ってくるのでした あらインディアンですよインディアンですよ
ご覧なさい 黒服の青年も目を覚ました
ジョバンニもカンパネルラも立ち上がりました 走ってくるわあら走ってくるわ
追いかけているんでしょ いいえ
汽車を追ってるんじゃないんですよ 寮をするか踊るかしてるんですよ
青年は今どこにいるか忘れたというふうにポケットに手を入れて立ちながら言いました 全くインディアンは半分は踊っているようでした
第一かけるにしても足の踏みようがもっと経済も取れ本気になれそうでした にわかにくっきり白いその羽は前の方へ倒れるようになり
42:04
インディアンはピタッと立ち止まって素早く弓を空に引きました そこから一羽の鶴がフラフラと落ちてきて
また走り出したインディアンの大きく広げた両手に落ち込みました インディアンは嬉しそうに立って笑いました
そしてその鶴を持ってこっちを見ている影ももうどんどん小さく遠くなり 伝心柱の返しがキラッキラッと続いて二つばかり光って
またトウモロコシの林になってしまいました こっち側の窓を見ますと汽車は本当に高い高い崖の上を走っていて
その谷の底には川がやっぱり幅広く明るく流れていたのです
もうこの辺りから下りです なんせ今度は一変にあの水面まで降りていくんですから用意じゃありません
この傾斜があるもんですから汽車は決して向こうからこっちへは来ないんです そらもうだんだん速くなったでしょう
さっきの老人らしい声が言いました どんどんどんどん汽車は降りていきました
崖の端に鉄道がかかる時は川が明るく下に覗けたのです 序盤にはだんだん心持ちが明るくなってきました
汽車が小さな小屋の前を通って その前にしょんぼり一人の子供が立ってこっちを見ている時などは思わず
「ほう!」と叫びました どんどんどんどん汽車は走っていきました
部屋中の人たちは半分後ろの方へ倒れるようになりながら 腰かけにしっかりしがみついていました
序盤には思わずカンパネルラと笑いました もうそして天の川は汽車のすぐ横手を今までよほど激しく流れてきたらしく
時々ちらちら光って流れているのでした 薄赤い河原なでしこの花があちこち咲いていました
汽車はようやく落ち着いたようにゆっくりと走っていました 向こうとこっちの岸に星の形とツルハシを書いた旗が立っていました
45:08
あれ何の旗だろうね 序盤にがやっと物を言いました
さあわからないね地図にもないんだもの 鉄の船が置いてあるね
ああ
橋を架けるとこじゃないんでしょうか 女の子が言いました
あああれ工兵の旗だね 河橋演習をしているんだけれど兵隊の形が見えないね
その時向こう岸近くの少し下流の方で見えない天の川の水がギラッと光って柱のように高く跳ね上がり
ドーッと激しい音がしました 葉っぱだよ葉っぱだよ
カンパネルラは小踊りしました その柱のようになった水は見えなくなり
大きな鮭やマスがキラッキラッと白く腹を光らせて 空中に放り出されて丸い輪を描いてまた水に落ちました
序盤にはもう跳ね上がりたいくらい気持ちが軽くなって言いました 空の工兵大隊だ
どうだマスやなんかがまるでこんなになって跳ね上げられたねー 僕こんな愉快な旅はしたことないいいねぇ
あのマスなら近くで見たらこれくらいあるね たくさん魚いるんだなこの水の中に
小さなお魚もいるんでしょうか 女の子が話に吊り込まれて言いました
いるんでしょう大きなのがいるんだから小さいのもいるんでしょう けれど遠くだから今小さいの見えなかったねー
序盤にはもうすっかり機嫌が治って面白そうに笑って女の子に答えました あれきっと双子のお星様のお宮だよ
男の子がいきなり窓の外を指して叫びました 右手の低い丘の上に
小さな水晶ででもこさえたような二つのお宮が並んで立っていました 双子のお星様のお宮ってなんだい
48:00
私前に何遍もお母さんから聞いたわ ちゃんと小さな水晶のお宮で二つ並んでいるからきっとそうだわ
話してごらん双子のお星様が何したっての 僕も知ってない双子のお星様が野原へ遊びに出てカラスと喧嘩したんだろう
そうじゃないわよあのね天の川の岸にね おっかさんお話なすったわ
それからほうき星がギーギーフーギーギーフーって言ってきたね いやだわたーちゃんそうじゃないわよそれは別の方だわ
するとあそこに今笛を吹いているんだろうか
今海へ行ってらー いけないわよもう海から上がっていらっしゃったのよ
そうそう僕知ってら僕お話しよう 川の向こう岸がにわかに赤くなりました
柳の木や何かも真っ黒にすかし出され 見えない天の川の波も時々ちらちら針のように赤く光りました
全く向こう岸の野原に大きな真っ赤な火がもされ その黒い煙は高く貴郷色の冷たそうな天をも焦がしそうでした
ルビーよりも赤く透き通り リチウムよりも美しく酔ったようになってその日は燃えているのでした
あれは何の日だろうあんな赤く光る日は何を燃やせばできるんだろう ジョバンニが言いました
サソリの日だなぁ カンパネルラがまた地図とくびっぴきして答えました
あらサソリの日のことなら私知ってるわ サソリの日ってなんだい
ジョバンニが聞きました
サソリが焼けて死んだのよ その日が今でも燃えてるって私何遍もお父さんから聞いたわ
サソリって虫だろう ええ
サソリは虫よ だけど良い虫だわ
サソリ良い虫じゃないよ 僕博物館でアルコールにつけてあるのを見た
鬼こんな鍵があってそれで刺されると死ぬって先生が言ったよ そうよだけど良い虫だわ
51:07
お父さんこう言ったのよ 昔のバルドラの野原に一匹のサソリがいて
小さな虫やなんか殺して食べて生きていたんですって するとある日イタチに見つかって食べられそうになったんですって
サソリは一生懸命逃げて逃げたけどとうとうイタチに抑えられそうになったわ その時いきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ
もうどうしても上がられないでサソリは溺れ始めたのよ その時サソリはこう言ってお祈りしたというの
私は今までいくつものの命を取ったかわからない そしてその私が今度イタチに取られようとした時はあんなに一生懸命逃げた
それでもとうとうこんなになってしまった はぁ何にも当てにならないどうして私は私の体を黙ってイタチにくれてやらなかったろう
そしたらイタチも一日生き延びたろうに どうか神様私の心をご覧ください
こんなに虚しく命を捨てずどうかこの次には 誠のみんなの幸いのために私の体をお使いください
って言ったというの そしたらいつかサソリは自分の体が真っ赤な美しい火になって
燃えて夜の闇を照らしているのを見たって 今でも燃えてるってお父さんおっしゃったわ
本当にあの日それだわ そうだ見たまえ
そこらの三角標はちょうどサソリの形に並んでいるよ 序盤には全くその大きな火の向こうに
3つの三角標がちょうどサソリの腕のようにこっちに5つの三角標が サソリの尾やカギのように並んでいるのを見ました
そして本当にその真っ赤な美しいサソリの火は音なく明るく明るく燃えたのです その火がだんだん後ろの方になるにつれて
みんなは何とも言えず賑やかな様々の額の音や草花の匂いのようなもの 口笛や人々のざわざわいう声やらを聞きました
それはもうじき近くに町か何かがあって そこにお祭りでもあるというような気がするのでした
54:10
ケンタウル、つゆをふらせ いきなり今まで眠っていたジョバンニの隣の男の子が向こうの窓を見ながら叫んでいました
ああそこにはクリスマストリーのように真っ青な桃皮かモミの木が立って その中にはたくさんのたくさんの豆伝統がまるで千の蛍でも集まったようについていました
ああそうだ今夜ケンタウル祭だねー ああここはケンタウルの村だよ
カンパネルラがすぐ言いました ボール投げなら僕決して外さない
男の子が大威張りで言いました もうじきサウザンクロスです
降りる支度をしてください 青年がみんなに言いました
僕もう少し汽車へ乗ってるんだよ 男の子が言いました
カンパネルラの隣の女の子はそわそわ立って支度を始めましたけれども やっぱりジョバンニたちと別れたくないような様子でした
ここで降りなきゃいけないのです 青年はきちっと口を結んで男の子を見下ろしながら言いました
いやだい僕もう少し汽車へ乗ってから行くんだい
ジョバンニがこらえかねて言いました 僕たちと一緒に乗っていこう
僕たちどこまでだって行ける切符持ってるんだ だけど私たちもうここで降りなきゃいけないのよ
ここ天井へ行くとこなんだから
女の子が寂しそうに言いました 天井へなんか行かなくたっていいじゃないか
僕たちここで天井よりももっといいとこをこさえなきゃいけないって 僕の先生が言ったよ
だっておっ母さんも言ってらっしゃるしそれに神様がおっしゃるんだわ そんな神様嘘の神様だい
あなたの神様嘘の神様よ そうじゃないよ
あなたの神様ってどんな神様ですか
青年は笑いながら言いました 僕本当はよく知りません
57:05
けれどもそんなんでなしに本当のたった一人の神様です 本当の神様はもちろんたった一人です
あ そんなんでなしにたった一人の本当の本当の神様です
だからそうじゃありませんか 私はあなた方が今にその本当の神様の前に私たちとお会いになることを祈ります
青年はつつましく両手を組みました 女の子もちょうどその通りにしました
みんな本当に別れが惜しそうでその顔色も少し青ざめて見えました 序盤には危なく声を上げて泣き出そうとしました
さあもう支度はいいんですか 時期サウザンクロスですから
ああその時でした 見えない天の川のずーっと川下に青や橙やもうあらゆる光で散りばめられた十字架が
まるで一本の木というふうに川の中から立って輝き その上には青白い雲が丸い輪になって五孔のようにかかっているのでした
汽車の中がまるでざわざわしました みんなあの北の十字の時のようにまっすぐに立ってお祈りを始めました
あっちにもこっちにも子供が瓜に飛びついた時のような喜びの声や何ともいいよう ない深いつつましいため息の音ばかり聞こえました
そしてだんだん十字架は窓の正面になり あのリンゴの肉のような青白い輪の雲も
ゆるやかにゆるやかに巡っているのが見えました ハルレア ハルレア
明るく楽しくみんなの声は響き みんなはその空の遠くから冷たい空の遠くから透き通った
なんとも言えず爽やかなラッパの声を聞きました そしてたくさんのシグナルや電灯の明かりの中を
汽車はだんだんゆるやかになり とうとう十字架のちょうど真向かいに行ってすっかり止まりました
1:00:00
さあ降りるんですよ 青年は男の子の手を引き
だんだん向こうの出口の方へ歩き出しました じゃあさよなら
女の子が振り返って二人に言いました さよなら
序盤にはまるで泣き出したいのをこらえて怒ったように ぶっきり棒に言いました
女の子はいかにもつらそうに目を大きくしてもう一度こっちを振り返ってそれから あとはもう黙って出て行ってしまいました
汽車の中はもう半分以上も空いてしまい にわかにがらんとして寂しくなり風がいっぱいに吹き込みました
そして見ているとみんなはつつましく列を組んで あの十字架の前の天の川の渚にひざまずいていました
そしてその見えない天の川の水を渡って一人の光合しい白い着物の人が手を伸ばして こっちへ来るのを二人は見ました
けれどもその時はもうガラスの呼び子は鳴らされ 汽車は動き出しと思ううちに銀色の霧が川下の方からスーッと流れてきて
もうそっちは何も見えなくなりました ただたくさんのくるみの木が葉をさんさんと光らして
その霧の中にたちきんの炎光を持った電気リスが 可愛い顔をその中からちらちら覗いているだけでした
その時スーッと霧が晴れかかりました どこかへ行く街道らしく小さな伝統の一列についた通りがありました
それはしばらく線路に沿って進んでいました そして二人がその証の前を通っていくときは
その小さな豆色の火はちょうど挨拶でもするようにポカッと消え 二人が過ぎていくときまたつくのでした
振り返ってみるとさっきの十字架はすっかり小さくなってしまい 本当にもうそのまま胸にも吊るされそうになり
さっきの女の子や青年たちがその前の白い渚にまだ跪いているのか それともどこか方角もわからないその天井へ行ったのか
1:03:01
ぼんやりして見分けられませんでした 序盤にはああと深く息しました
カンパネルラ また僕たち二人きりになったね
どこまでもどこまでも一緒に行こう 僕はもうあのサソリのように本当にみんなの幸いのためならば
僕の体なんか百遍焼いても構わない
僕だってそうだ カンパネルラの目には綺麗な涙が浮かんでいました
けれども本当の幸いは一体何だろう ジョバンニが言いました
僕わからない カンパネルラがぼんやり言いました
僕たちしっかりやろうね ジョバンニが胸いっぱい新しい力が湧くようにふーっと息をしながら言いました
あ あそこ石炭袋だよ空の穴だよ
カンパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指差しました
ジョバンニはそっちを見てまるでギクッとしてしまいました 天の川のひととこに大きな真っ暗な穴がドーンと開いているのです
その底がどれほど深いか その奥に何があるかいくら目をこすって覗いても何にも見えず
ただ目がしんしんと痛むのでした ジョバンニが言いました
僕もうあんな大きな闇の中だって怖くない きっとみんなの本当の幸いを探しに行く
どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んでいこう ああきっと行くよ
ああ あそこの野原はなんて綺麗だろう
みんな集まってるね あそこが本当の天井なんだ
あ、あそこにいるの僕のお母さんだよ カンパネルラはにわかに窓の遠くに見える綺麗な野原を指して叫びました
ジョバンニもそっちを見ましたけれども そこはぼんやり白く煙っているばかり
どうしてもカンパネルラが言ったように思われませんでした 何とも言えず寂しい気がしてぼんやりそっちを見ていましたら
1:06:09
向こうの川岸に2本の伝心柱がちょうど両方から腕を組んだように赤い腕着を連ねて立っていました
カンパネルラ、僕たち一緒に行こうね
ジョバンニがこう言いながら振り返ってみましたら その今までカンパネルラの座っていた席にもうカンパネルラの形は見えず
ただ黒いビロードばかり光っていました ジョバンニはまるで鉄砲玉のように立ち上がりました
そして誰にも聞こえないように窓の外へ体を乗り出して 力いっぱい激しく胸を打って叫び
それからもう喉いっぱい泣き出しました もうそこらがいっぺんに真っ暗になったように思いました
ジョバンニは目を開きました 元の丘の草の中に疲れて眠っていたのでした
胸はなんだかおかしくほてり 頬には冷たい涙が流れていました
ジョバンニはバネのように跳ね起きました 町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの明かりをつづってはいましたが
その光はなんだかさっきよりは熱したという風でした そしてたった今夢で歩いた天の川も
やっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかり 真っ黒な南の地平線の上ではことに煙ったようになって
その右にはサソリ座の赤い星が美しくきらめき 空全体の位置はそんなに変わってもいないようでした
ジョバンニは一山に丘を走って下りました まだ夕ご飯を食べないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思い出されたのです
どんどん黒い松の林の中を通って それからほの白い牧場の柵を回って
さっきの入り口から暗い牛車の前へまた来ました そこには誰かが今帰ったらしく
さっきなかった一つの車が何かの樽を二つ乗っけて置いてありました こんばんは
1:09:06
ジョバンニは叫びました はい
白い太いズボンを履いた人がすぐ出てきて立ちました
何の御用ですか 今日牛乳が僕のところへ来なかったのですが
なすみませんでした その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶を持ってきてジョバンニに渡しながら
また言いました 本当にすみませんでした
今日は昼過ぎうっかりして格子の柵を開けておいたもんですから 対象早速親牛のところへ行って半分ばかり飲んでしまいましてね
その人は笑いました そうですかではいただいていきます
ええどうもすみませんでした いいえ
ジョバンニはまだ熱い父の瓶を両方の手のひらで包むように持って牧場の柵を出ました そしてしばらく木のある街を通って大通りへ出て
またしばらく行きますと道は縦文字になって その右手の方
通りの外れにさっきカンパネルラたちの明かりを流しに行った 川へかかった大きな橋の矢倉が夜の空にぼんやり立っていました
ところがその十字になった街角や店の前に女たちが七八人ぐらいずつ集まって 橋の方を見ながら何かひそひそ話しているのです
それから橋の上にもいろいろな明かりがいっぱいなのでした ジョバンニはなぜかさーっと胸が冷たくなったように思いました
そしていきなり近くの人たちへ 何かあったんですか
と叫ぶように聞きました 子供が水へ落ちたんですよ
一人が言いますとその人たちは一斉にジョバンニの方を見ました ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました
橋の上は人でいっぱいで川が見えませんでした 白い服を着た巡査も出ていました
ジョバンニは橋のたもとから飛ぶように下の白い河原へ降りました その河原の水際に沿ってたくさんの明かりがせわしく登ったり下ったりしていました
1:12:14
向こう岸の暗い土手にも火が7つ8つ動いていました その真ん中をもうカラスウリの明かりもない川がわずかに音を立てて灰色に静かに流れていたのでした
河原の一番下流の方へ巣のようになって出たところに人の集まりがくっきり真っ黒に立っていました
ジョバンニはどんどんそっちへ走りました するとジョバンニはいきなりさっきカンパネルラと一緒だったマルソに会いました
マルソがジョバンニに走り寄ってきました ジョバンニカンパネルラが川へ入ったよ
どうして?いつ? ザネリがね船の上からカラスウリの明かりを水の流れる方へ押してやろうとしたんだ
その時船が揺れたもんだから水へ落っこったろ? するとカンパネルラがすぐ飛び込んだんだ
そしてザネリを船の方へ押してよこした ザネリは加藤に捕まったけれどもあとカンパネルラが見えないんだ
みんな探してるんだろう? ああすぐみんな来たカンパネルラのお父さんも来たけれども見つからないんだ
ザネリは家へ連れられてった ジョバンニはみんなのいるそっちの方へ行きました
そこに学生たち町の人たちに囲まれて青白い尖った顎をしたカンパネルラのお父さんが黒い服を着て
まっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです みんなもじっと川を見ていました
誰も一言も物を言う人もありませんでした
ジョバンニはワクワクワクワク足が震えました 魚を捕る時のアセチレンランプがたくさん忙しく行ったり来たりして
黒い川の水はちらちら小さな波を立てて流れているのが見えるのでした 河流の方は川幅いっぱい銀河が大きく映って
まるで水のないそのままの空のように見えました ジョバンニはそのカンパネルラはもうあの銀河の外れにしかいない
1:15:02
というような気がして仕方なかったのです けれどもみんなはまだどこかの波の間から
僕ずいぶん泳いだぞ と言いながらカンパネルラが出てくるか
あるいはカンパネルラがどこかの人の知らない巣にでもついて立っていて 誰かの来るのを待っているかというような気がして仕方ないらしいのでした
けれどもにわかにカンパネルラのお父さんがきっぱり言いました もうダメです
落ちてから45分経ちましたから ジョバンニは思わず駆け寄って博士の前に立って
僕はカンパネルラの行った方を知っています 僕はカンパネルラと一緒に歩いていたのです
と言おうとしましたがもう喉が詰まって何とも言えませんでした
すると博士はジョバンニが挨拶に来たとでも思ったものですか しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが
あなたはジョバンニさんでしたね どうもこんばんはありがとう
と丁寧に言いました ジョバンニは何も言えずにただお辞儀をしました
あなたのお父さんはもう帰っていますか 博士は堅く時計を握ったまままた聞きました
いいえ ジョバンニはかすかに頭を振りました
どうしたのかなぁ 僕にはおととい大変元気な便りがあったんだが
今日あたりもう着く頃なんだが 船が遅れたんだなぁ
ジョバンニさん明日放課後皆さんと家へ遊びに来てくださいね そう言いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいに移った方へ
じっと目を送りました ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいで
何にも言えずに博士の前を離れて 早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うと
もう一目散に河原を町の方へ走りました
01:17:54
コメント
スクロール