00:06
八 鳥を捕る人
小声かけてもようございますか。
ガサガサしたけれども親切そうな大人の声が、二人の後ろで聞こえました。
それは茶色の少しボロボロの街灯を着て、白いキレで包んだ荷物を二つに分けて肩にかけた、赤ひげの背中のかがんだ人でした。
「ええ、いいんです。」
ジョバンニは少し肩をすぼめて挨拶しました。
その人はひげの中でかすかに笑いながら荷物をゆっくり網棚に乗せました。
ジョバンニは何か大変寂しいような悲しいような気がして、黙って正面の時計を見ていましたら、ずーっと前の方でガラスの笛のようなものが鳴りました。
汽車はもう静かに動いていたのです。
カンパネルラは車室の天井をあちこち見ていました。
その一つの明かりに黒いカブトムシが止まって、その影が大きく天井に映っていたのです。
赤ひげの人は何か懐かしそうに笑いながら、ジョバンニやカンパネルラの様子を見ていました。
汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と変わる変わる窓の外から光りました。
赤ひげの人が少しおずおずしながら二人に聞きました。
あなた方はどちらへいらっしゃるんですか?
どこまでも行くんです。
ジョバンニは少し決まり悪そうに答えました。
それはいいね。この汽車は実際どこまででも行きますぜ。
あなたはどこへ行くんです?
カンパネルラがいきなり喧嘩のように尋ねましたので、ジョバンニは思わず笑いました。
すると向こうの席にいた尖った帽子をかぶり、大きな鍵を腰に下げた人もちらっとこっちを見て笑いましたので、
カンパネルラもつい顔を赤くして笑い出してしまいました。
03:06
ところがその人は別に怒ったでもなく、頬をピクピクしながら返事しました。
わしはすぐそこでおります。 わしは鳥を捕まえる商売でねえ。
何鳥ですか?
鶴や岩です。 サギも白鳥もです。
鶴はたくさんいますか?
いますとも。さっきから鳴いてますわ。 聞こえなかったのですか?
いいえ。
今でも聞こえるじゃありませんか。
そら、耳をすまして聞いてごらんなさい。
二人は目を上げ、耳をすましました。
ごとごと鳴る汽車の響きと、すすきの風との間から、
コロン、コロン、と水の湧くような音が聞こえてくるのでした。
鶴、どうして取るんですか?
鶴ですか?
それともサギですか?
サギです。
ジョバンニはどっちでもいいと思いながら答えました。
そいつはなあ、ゾウさない。
サギというものは、みんな天の川の砂がこごって、ぼーっとできるもんですからね。
そして始終川へ帰りますからね。
河原で待っていて、サギがみんな足をこういう風にして降りてくるとこを、
そいつが地べたへ着くか着かないうちにピタッと押さえちまうんです。
するともうサギは固まって安心して死んじまいます。
あとはもうわかりきってますわ。
押し場にするだけです。
サギを押し場にするんですか?標本ですか?
標本じゃありません。
みんな食べるじゃありませんか。
おかしいねえ。
カンパネルラが首をかしげました。
おかしいも不審もありませんや。
そら。
その男は立って網棚から包みを下ろして手早くくるくると解きました。
さあ、ご覧なさい。
今取ってきたばかりです。
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本当にサギだねえ。
二人は思わず叫びました。
真っ白なあのさっきの北の十字架のように光るサギの体が
とうばかり少し平べったくなって黒い足を縮めて浮き彫りのように並んでいたのです。
目をつぶってるねえ。
カンパネルラは指でそっと
サギの三日月型の白いつぶった目に触りました。
頭の上の槍のような白い毛もちゃんとついていました。
ねえ、そうでしょう。
とりどりは風呂敷を重ねてまたくるくると包んで紐でくくりました。
誰が一体ここらでサギなんぞ食べるだろうと序盤には思いながら聞きました。
サギは美味しいんですか?
ええ、毎日注文があります。
しかしガンの方がもっと売れます。
ガンの方がずっと柄がいいし、第一、手数がありませんからなあ。
そら、とりどりはまた別の方の包みを解きました。
すると木と青白と真鱈になって何かの明かりのように光るガンが
ちょうどさっきのサギのようにくちばしを揃えて少しへらべったくなって並んでいました。
こっちはすぐ食べられます。どうです?少しお上がりなさい。
とりどりは黄色なガンの足を軽く引っ張りました。
するとそれはチョコレートででもできているようにすっと綺麗に離れました。
どうです?少し食べてご覧なさい。
とりどりはそれを二つにちぎって渡しました。
ジョバンニはちょっと食べてみて。
なんだ、やっぱりこいつはお菓子だ。
チョコレートよりももっと美味しいけれどもこんなガンが飛んでいるもんか。
この男はどこかそこらの野原の菓子屋だ。
けれども僕はこの人をバカにしながらこの人のお菓子を食べているのは大変気の毒だ。
と思いながらやっぱりぽくぽくそれを食べていました。
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もう少しお上がりなさい。
とりどりがまた包みを出しました。
ジョバンニはもっと食べたかったのですけれども
「ええ、ありがとう。」
と言って遠慮しましたら、とりどりは今度は向こうの席の鍵を持った人に出しました。
いや商売物をもらっちゃすみませんな。
その人は帽子を取りました。
いいえ、どういたしまして。
どうです?今年の渡り鳥の景気は。
いや素敵なもんですよ。
おとといの第二元頃なんか、なぜ灯台の火を規則以外に愛させるかって、
あっちからもこっちからも電話で故障がきましたが、
なあに、こっちがやるんじゃなくて渡り鳥どもが真っ黒に固まって
赤子の前を通るのですから仕方ありませんや。
私はべらぼうめ。そんな苦情は俺のところへ持ってきたって仕方がねえや。
バサバサのマントを着て足と口との途方もなく細い大将へやれって、
こう言ってやりましたがね、あっはっは。
すすきがなくなったために向こうの野原からパッと明かりが射してきました。
詐欺の方はなぜ手数なんですか。
カンパネルラはさっきから聞こうと思っていたのです。
それはねえ、詐欺を食べるには…
鳥取はこっちに向き直りました。
天の川の水明かりに十日も吊るしておくかね。
そうでなけや砂に三四日うずめなきゃいけないんだ。
そうすると水銀がみんな蒸発して食べられるようになるよ。
こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょ。
やっぱり同じことを考えていたとみえて、
カンパネルラが思い切ったというように尋ねました。
鳥取は何か大変慌てたふうで、
「そうそう、ここで降りなきゃや。」
と言いながら立って荷物を取ったと思うともう見えなくなっていました。
どこへ行ったんだろう。
二人は顔を見合わせましたら、
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灯台森はニヤニヤ笑って、
少し伸び上がるようにしながら二人の横の窓の外を覗きました。
二人もそっちを見ましたら、たった今の鳥取が、
黄色と青白の美しい輪光を出す一面の瓦箱草の上に立って、
真面目な顔をして両手を広げてじっと空を見ていたのです。
「あそこへ行ってる。ずいぶん期待だね。
きっとまた鳥を捕まえるとこだね。
汽車が走っていかないうちに早く鳥が降りるといいな。」
と言った途端、ガランとした桔梗色の空から
さっき見たような鷺がまるで雪の降るように
ぎゃーぎゃー叫びながらいっぱいに舞い降りてきました。
するとあの鳥取はすっかり注文通りだというようにホクホクして、
両足をかっきり60度に開いて立って、
鷺の縮めて降りてくる黒い足を両手で片っ端から押さえて布の袋の中に入れるのでした。
すると鷺は蛍のように袋の中でしばらく青くペカペカ光ったり消えたりしていましたが、
おしまいとうとうみんなぼんやり白くなって目をつぶるのでした。
ところが捕まえられる鳥よりは捕まえられないで無事に天の川の砂の上に降りるものの方が多かったのです。
それは見ていると足が砂へつくや否やまるで雪の溶けるように縮まって平べったくなって、
まもなく陽光炉から出た銅の汁のように砂や砂利の上に広がり、
しばらくは鳥の形が砂についているのでしたが、
それも2、3度明るくなったり暗くなったりしているうちにもうすっかり周りと同じ色になってしまうのでした。
鳥取は20匹ばかり袋に入れてしまうと急に両手を挙げて兵隊が鉄砲玉に当たって死ぬ時のような形をしました。
と思ったらもうそこに鳥取の形はなくなって、
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かえって
ああ、せいせいした。
どうも体にちょうど合うほど稼いでいるくらい良いことはありませんなあ。
という聞き覚えのある声がジョバンニの隣にしました。
見ると鳥取はもうそこで取ってきた詐欺をきちんと揃えて一つずつ重ね直しているのでした。
どうしてあそこからいっぺんにここへ来たんですか?
ジョバンニがなんだか当たり前のような、当たり前でないようなおかしな気がして問いました。
どうしてって、こようとしたから来たんです。
全体あなた方はどちらからおいでですか?
ジョバンニはすぐ返事しようと思いましたけれども、さあ全体どこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。
カンパネルラも顔を真っ赤にして何か思い出そうとしているのでした。
ああ、遠くからですね。
鳥取はわかったというように造作なくうなずきました。