おっ、宣伝会議賞。第63回の宣伝会議賞の結果が、今収録日が2月の22日になるんですが、4日前ですかね、2月の18日に
ほやほやですね。 発表されましたということで、収録時点ではほやほやでございますと。
まず受賞者の皆さんおめでとうございます。 いやおめでとうございます、本当に。
聞いてくださっている中にもきっといらっしゃると思うので、はい。 そうですね、今年は全部で応募総数が56万点ですね、一般部門で。
56万点。 56万点。すごいね、もう50万点を超すことが
もう 通例になってきてしまったんですね。
宣伝会議賞は。 まあその中で今年も数ある選ばれしコピーが、受賞作が決まったということで、
そうですよ。 今日はそれについて語っていきたいなと思っているんですが。 はい、ぜひ語っていきましょう。
一応ね、このスピーカーの我々は、 私が59回のコピーゴールドで、
谷口さんが63回のビデオ&オーディオゴールドということで。 昨年ですね、僕は。
あ、ごめんなさい、63回じゃなくて、63回じゃないね、失礼しました。 62? 62なの? 62回だね。
丸山が59回のコピーゴールドで、谷口さんが62回のビデオ&オーディオゴールドの受賞者ということで、
まあちょっと、一応受賞者という立場でもあるので、 結果を見ながらお話をさせていただければなという回にしたいと思っております。
一応その谷口さんは、結構前から宣伝会議賞を追ってたっていうことなんですけど、 僕ちょっと、
あのちょっと蔵書式の日がリアタイできなかったんで、 まあどうせならということで、今谷口さんと新鮮な気持ちで話そうと思って、
マジで受賞結果見たてのホヤホヤの状態でお話しようと思っております。 一応ね、あのXでタイムラインとかでチラチラ見えているところで、
その限りでは情報が見えていたところはあったんで、 三谷さんがコピーゴールド受賞して卒業されたということでおめでとうございます。
ちょっとそこは把握しておりました、僕も。 そこだけはね、もうタイムラインにあふれかえってましたからね。
タイムラインにあふれかえってたんで、 ちょっと把握をしてしまったんですが、
一旦ちょっとね、グランプリとゴールドとシルバーと共産企業省に加えて、 今年もファイナリストのサイトで公開されたっていうことで。
アドタイ側で、はい、公開されてるみたいですね。 ね、公開されたっていうことで、これスペースでも話せるねと。
ということで、ここについてもちょっと触れられたらいいかなと思っております。
なのでまずはグランプリとゴールドとシルバーの作品を見てて、 それぞれ気になったものをお話ししていけたらいいのかなと思っております。
で、そこからまた共産企業省とかファイナリストから 気になった作品を拾って語っていければなと。
はい、じゃあ早速グランプリの方から見ていきましょうか。
グランプリ、今年はコピーでしたね。 去年はCMでしたから。
コピーでしたね、確かに。
今年もあれなんですよ、結構ファイナリストで揃った時点で CM作品が多かったんですよ。
あ、そうなの?
割とね、点数的に少ない年だとファイナリストの CMがもう3点とか4点ぐらいしかない年もあるんですけど、
今年はね、もうちょっとあって。
本当ですね。アドタイの記事で今合算したら7件のCMでしたね。
応募総数の55万件がCMじゃないや、コピーで、残りの1万件がCMっていうことなんで、
その中でファイナリスト7件、ラジオっていうのは、ラジオというかCMっていうのはだいぶ点数が多いですね。
確かに。
豊作だったとも言えるのかなと思うのですが、
そんな強いCMたちも抑えてグランプリになった作品をぜひご紹介お願いします。
はい、山沢勝友の山沢ぱぱっとちゃんとこれうまつゆという商品を手に取りたくなるコピーということで、
あの状態からよく立て直せたな、というコピーです。おめでとうございます。
おめでとうございます。グランプリです。
グランプリ風格があるね。
これね、僕ファイナリストに出揃った時点で、コピーの中では結構上位に来るのではないかと予想していました。
あの全部、今日それを言えば受賞を予想してたって言えちゃうぐらい事前に何も言ってないんで、
あのずるいんですけど、
それずるいな。
あのコピーの中では気になっていました。
なるほどね。
なんかファイナリストのコピー、いろいろいいコピーばっかりあったんですけど、
なんかこのコピーの目立ち方としては、
なんかこう客観的なコピーライティングじゃなくて、
ちょっとその主観的なセリフっぽい感じというか、
誰目線やねんっていうか、
そのあの状態からよく立て直せたなっていう言葉自体には、
醤油とかプロダクトっていうものは関係ないっていうか、
言葉はよくある。
なんか他でも使うような言葉を、
なんかここに持ってきていることによるパワーというか、
そういう感じでちょっと目立っていた感じがして、
結構上位いくかもなって思ってたコピーがグランプリに選ばれましたね。
いやーすごいっすね。
なんかこれ、僕過去のグランプリ作品とかで、
応募者だった時に分析して考えたんですけど、
冒頭に代名詞を持ってくるっていうコピーの書き方、
これあの状態から、あのから始まるんです。
なるほど、はい。
そう、僕結構ここに着目してて、
最初に代名詞持ってくると、
結構その振り落ちとして、
強いコピーが作れるんじゃないかっていうのを一時期考えたんです。
それめちゃくちゃ構造派の丸山さんの分解の、
すでになんか、
でしょ。
もう、ヒップス的に冒頭飛び出しましたね。
そうそうそう。
いきなり代名詞から始まると、
そもそもこの代名詞って何を代名してるのかがわかるじゃないですか。
文脈がないからね。
そう、文脈がないから。
で、いきなりあのとかそれとか言われると、
まずそこでその違和感が作れる。
確かに。
で、その違和感をきっちりその後のコピーで回収できると、
この問いと答えのある意味クイズのひらめき的なエクスタシーがあって、
印象に残りやすいんじゃないかというふうに私は思っているわけです。
でもそれめっちゃいい指摘っすね。
本当?
コピー単体で戦わないといけない宣伝会議賞って、
やっぱりビジュアルを早期させられるかどうかって、
すげえ重要だなっていうのがまあ、
僕が思うというよりか一般的にあるじゃないですか。
となった時に絵がない状態で、
あの状態からっていうことを書くことによって、
その読者があの状態っていうものを何かしら想像するっていうことなので、
でまあそういうのコピーだってわかった後からも、
またそこにあの映像の輪郭がこうそれぞれ人によって想像が膨らむというか、
そういう感じになっているのが確かに言葉としての、
持っている情報量の大阪を、
読み手の想像力を引き出すことによって広げているみたいな感覚はあるなと思います。
あのビジュアルがもしあったら、
あの状態じゃなくてこの状態からとかになると思うんで、
あのっていうのは言葉だけで見た時の想像の距離感が一番出しやすいのかなっていうのは、
表現派の観点で今の丸山さんのコメントを拾うとそんな感じなのかなと思いましたね。
そうだね。アサヒ広告書とかをやる時って、
基本的にビジュアルでクイズを作って、
つまりちょっと違和感のあるビジュアルを作って、
それをコピーとかロゴで回収するというか、
問いとアンサーの構造によって1秒で回答を得られる、
回答を閃けるカタルシスを与えるみたいなことによって印象に残そうとするじゃないですか。
でもこれ宣伝回収は言葉だけだから、
コピーがちょっと違和感のあるクイズになってて、
それがクライアントが山下翔央のパパッとちゃんとこれを読む末裕のコピーですっていうことで、
これが答えになる、問いとアンサーになるっていう関係性っていうのが、
エクスタシーを生む上で大事なクイズになってるんじゃないかなと。
そうですね。
実際過去のグランプリの作品とかでも、
そうか、こういう内容の迷惑メールだなってやつ。
これも最初に2発代名詞来てるんで、そうか、こういう内容って来てるんで。
で、これコピー単体だとまだクイズなんだけど、
でもクライアントのサービスがここにポンと置かれることで、
問いと答えとしてクイズが成立するという考え方ができると。
で、このコピーはクイズですよっていうわかりやすいフラグが、
最初に代名詞を持ってくるということなんじゃないのっていうのを僕は思っていたわけです。
めちゃくちゃ切れ味鋭いですね、1個目から。
本当ですか?
もともと受賞に向けて頑張って研究してた時のストックがあるから、
あ、そのパターンじゃんってパッと見た時にも気づいたってことですね。
そう、割とね。
こういうこと言うとあれですけど、構造化した時に、
確かにこのコピーはいいコピーだよねって思える、再現性のあるコピーだなと思っていたわけです。
これもう来年のエントリーに代名詞から始まるやつ増えちゃうんじゃないですか。
これやばいじゃないですか。
でもそこをね、横展開するっていうのは結構大事だと思って、
例えば、ホースの代わりってないっていうコピーがグランプリ取った年があったじゃないですか。
あのコピーがグランプリ取ると、やっぱりこの何々ってないっていう言い方って強いなと思って、
何々ってないってコピーを書きたくなっちゃうじゃん、どうしても。
なんだけど、実は本質ってそこじゃないよねっていうことをいかに導けるかっていうか、
言い方の部分じゃないよねっていう。
このあの状態からよく立て直せたなっていうのも、
実は、例えばこのよく何々できたなっていう言い方が強いし要因が残るから、
ちょっとここをレートリックとして真似したくなっちゃうみたいなことに書き手としてはなっちゃいそうだなって僕思ったんですよ。
応募してたら僕が。
なんだけど、ちゃんと紐解くと、これ実は最初にあのから始まってるのがコピーとして本質的なレトリックなんだっていう。
そこを導くと、意外とかぶらないけど横展開できることができるんじゃない?
なるほどね。だからそういう構造で分解しないと、このあの何々から何々したなみたいなその何だろうな、
そのセリフ感のあるこういうコピーを考えようって思っちゃうんだけれども、
そうじゃなくて、あのっていう次次第名詞からの広がりっていうものでその想像力を膨らませているコピーなんだなって思うと、
別によく立て直したなは、この醤油の課題においての組み合わせがベストだっただけで、
他の課題で考えていくときには別にあのっていうこととかそのみたいなことから何かが言えないかって言って考え始めると、
他のコピーがそこからまた生まれていくよねってことですよね。
まさにそうです。だから僕も応募者だったときは、まず全ての課題で、あれとこれとそれから始まるコピーをまず1本ずつ書いて、
で、代名詞のコピーを全部書き切ってから他のレトリックを考えるみたいな順番でやったんですよ。
で、まあ代名詞から始めたコピーもちょろちょろ通過したりしてた記憶はあるって。
まあ確率性は高いと、まあ精度は高いだろうと。
そうそう。ある程度再現性はあるんじゃないのと思っていたと。
で、意外とこのあの状態からよく立て直せたなっていうのは、
実は類似コピーは、それではお聞きください川端康成で伊豆の踊り子だし、
あるいは、そうかこういう内容の迷惑メールだったのか、だし。
まあでもまとってるオーラは一緒ですよね。なんか似てますよね。
そうだよね。そうそうそう。
だからわかりやすくクイズですよっていうフラグを最初に立ててるコピーっていう、そういう分類ができるんじゃない?
そこをなんか1個切り込みたいんですけど、Xでそのグランプリ決まってから、
特に今年、今の文脈にかなり近いと思ったんで切り込むんですけど、
宣伝会議所が大喜利化している問題みたいなことで、
なんか賛否というか、ちょっと議論が行われているみたいなのを見てて。
え、面白、なにそれ。
その件について丸山さんはどう思いますか?っていう。
え、なんかセンシティブな話題を急に、ずいぶんちょっとコメントしづらい感じの。
なんで賛同を決めましょうとか、スタンスを決めましょうっていうよりかは、
なるほどね、個人的にどう思うかみたいな。
なんか今のその3つの類似の雰囲気って、まあちょっと大喜利っぽいっていうのは事実あるなっていうのは、
なんかじゃあ大喜利っぽいって何なんだろうみたいな、今度言語化も必要になってくるっていうか。
確かにね。
わかんない、ちょっと元のコメントされてる人がどういうニュアンス言ってるのかわかんないんで、
ごめんなさい、ちょっと僕そのツイート把握してなかったんで、
あんまりちょっと元のニュアンス分からずに言うんですけど、
まあ個人的には僕はコピーが大喜利であることは良いことなんじゃないかなと思って。
特にこのあの状態からよく立て直してたなって、
なんかその一本グランプリとかでフリップに出してそうな感じじゃないですか。
え、それめっちゃ良くない?
多分人によって、大喜利化しているからそれってコピーじゃないっていう、
多分スタンスの人も中にはいるのかなみたいな。
ああなるほどね。
まあコピーに対する考え方いろいろあるでしょうし、
僕もコピーライターとしてはまだまだ全然未熟者なんで何も言える立場ではないんですが、
なんか僕は結構そのコピーが大喜利であるっていうことってめっちゃ良いことなんじゃないかなと思って。
っていうのは、今まさに谷口さんが言ってくれた通り、
そのフリップを描いて人の手で出している感じっていうのがあるっていうのが、
多分大喜利っぽさみたいなものだと思うんですよ。
で、それって今の世の中めっちゃ大事な話というか、
まあこのAIで何でも作れる時代に、画像でも言葉でも何でも、
これAIが作ったんじゃね感が出ると一気になれるじゃないですか。
そうですね。
そう。で、それが実際にAIが作ってるかAIが作ってないかが問題じゃなくて、
その出てきてるアウトプットが、なんか量産されてる門切り型のものかどうかっていうことでAIかどうかって判定されちゃって、
で、AIっぽいなって判定された瞬間に、それが見る気を失わせるというか。
っていう、この人のアテンションがいかに取れるかっていうところにAIっぽいかどうかっていうのがすごく関わっている世の中だと思うんで、
その大切り感みたいな、なんか人が頭ひねって面白いことを考えようとしたんだなっていう空気が既にまとっている時点で勝ちなんじゃない?って僕は思うんですよ。
出てくるじゃないですか。
実際のところそう、今コンテンツの中に本質的に求められているものそのものなんじゃない?みたいな。
その大切り感みたいな。人の手でちゃんと作られてる感みたいな。
大切り感をその人の手で作られている感っていうふうに解釈すれば、
多分なんかそこはまたちょっと違う文脈になるのかなっていう気はしましたね。
やっぱりそのコピーっていうものが、やっぱりただのお笑いではなくて課題解決であるべきだし、
っていうことが多分強く出た時に、これ本当に課題解決してんの?みたいな観点とかもあって、
その大切りらしいっていうものがなんか良くないことなのではっていう方向性の多分意見もあると思うんですけど、
なんかまあクリエイティブジャンプっていうのもいわゆるね、こう来たかっていう膝ポンみたいなところに対してのものだったりするから、
この言葉をこの課題に持ってきて、なるほどね、そう来たかっていうことが大切り感なのだとしたら、
それは視点のアイデアでありクリエイティブジャンプでもあるから、そこは純粋にクリエイティブの世界にも大事なことだよねっていうふうには捉えられるかなと思うので、
僕もなんか大切り化しているみたいなことはあんまり正直わかんないけど、それだけで何かどうってことではないのかなとは思いますね。
ただやっぱりこういうコンテストって普通の広告作りではなかなか表現しにくいようなことにチャレンジしていける場でもあるし、
そういうチャレンジされた作品を選びたいっていう審査員の気持ちもあると思いますから、
そういう新しい視点があったりジャンプの角度が高い方が選ばれやすいっていう傾向はあるんだろうなっていうのは実務との距離感で言うと思ったりはしますけど、
どっちが良い悪いとかではないと思うんで。
さすが綺麗な回答ですね。
ありがとうございます。
っていうグランプリでも語り尽くせないですけど、コピーゴールド、CMゴールドぐらいまではこの前編の回の中で触れておきたいので、
ちょっとこの流れでコピーゴールドいきますか。
ロジューラクリエイティブ。
じゃあコピーゴールド、松井翔権。
松井翔権で積み立て投資をしたくなるアイディア。
俺、小学1年生。
で、小学が少ない学で小学と。
ということですね。
これが三山さんのコピーゴールド作品ですね。
おめでとうございます。
三山さんらしいコピーですね。
そうですね。
いやー、うん。
これも大喜利問題みたいな感じの話をしちゃった後にお送りしてるのもあって、
これも強烈な、大喜利が良くないと思ってる人からすると嫌なのかもしれないですけど、大喜利感もあるっていうか。
これもフリップっぽいですよね。
フリップっぽいよね。
でもやっぱり、こういう方が良くない?って思って。
なんか、この大喜利感を、僕もなんか割と仕事とか、今実務で作ろうとしてるものに、大喜利感をあえて乗せようとしてるんですよ。
頑張って。
それはこう、人の手で、ちゃんと人の頭をひねって、人の手で考えた感みたいなものを感じられる方が、やっぱ見たくなるし、面白いと感じるじゃないですか、みたいな。
で、この小学1年生っていうレトリックに、俺っていう髪の毛をつけるのって、人しかできないから。
松井翔けんの講座を開けば、誰もが小学1年生になれます。は、AIでもかけちゃうかもしれないじゃないですか。
まあ確かに、確かにね。
だけど、小学1年生っていうレトリックも、だいぶ人の手が、かなり入ってる感じはするんで、すごいなと思うんですけど。
大人を子供に見立てる。
で、子供に見立てたときに、ここでダジャレが成立するっていう、ある意味二重のジャンプをかけないと、この小学1年生って生まれないから、ここもだいぶ人の手が入ってる気がするからすごいなと思うんだけど、
もしここまでAIが到達できたときに、最後の俺、小学1年生ってレトリックにするところまでは絶対に行き着かないだろうなっていう確信があるんですよ。
俺、小学1年生って言って、松井聖堅の積み立て投資って伝わんねえだろってAIは判断する気がするというか。
でもこの不思議なバランス感というか、このレトリックでなぜか積み立て投資の話ですっていうふうな回を与えられたときに、あ、なるほどねってなる。
この点と点がちゃんとつながる感じの絶妙なバランスって、たぶん人の手でしかできないし、これをまさに得意とされているのが僕は三山さんだなとずっと思ってるんですよ。
なるほどね。いや、めちゃくちゃいい分析だなと思いましたけど、僕もなんでこう2点ポイントがあるのかなと思ったんですけど、
1個はその小学1年生っていうのを見つけてきてるっていうことと、もう1個はその俺っていう、意外とその意外とというか、毎年この宣伝会議所の分析、去年もやりましたけど、
やっぱりディティールの詰めっていうか、この言葉の組み合わせじゃないといけない感というか、そこまでいってるものがやっぱり上位にいくから、
小学1年生っていうキーワードを見つけてる方は、たぶん他にもいらっしゃった気もするんですけど、Xとかも見てても、でもやっぱりそこの言い方一つで受賞のありなしが変わってくるっていうのが、
結構その証明でもあると思うんですけど、なんかコピーのすごい基礎に立ち返った時に言いたいことを、いろんなことを言いたいんだけど、一言でそれが言えているっていうことが、一番コピーのオーソドックスなというか、原点にあるべき考え方じゃないですか、
っていうのがめちゃくちゃだからできている。小学1年生っていうことで積み立てていくっていうことが、1年生から6年生とかっていうのが上がっていくものであるっていう既存の認識があるからコツコツ積み立てていくっていうことが、たった3文字で言えてる感じもするし、
なのでその全体のそれを一人称として俺って言ってることも、流通性を高める言葉としての、その言葉の流通性を高めているから、これを多分三山さんは感覚的にやっておられると思うんですが、
本当だよね。勘弁してほしいよね。
らしいコピーではあるなっていうのはやっぱり思いますよね。
そうですね。
丸山さん、蔵書式見られてないってことだったんですけど、やっぱりずっとグランプリ目指してやられてたので、ゴールドでも卒業。僕と丸山さんもね、同じくゴールドで卒業した身なので、その悔しさ感みたいなことも共感するところはありつつ、やっぱり挑戦されてきている熱量と歴史が圧倒的に違うので、
やっぱりコピーゴールドでの卒業は悔しいっていうのは壇上でもお話しされていて。
まじっすか。
どちらかというと、僕も丸山さんも、そんな悔しいというよりかは嬉しい、わぁみたいな気持ちが、50%以上はそっちだったと思うんですけど。
でも100%ですよ。
今あえてぼかしたの。
すいません、優しさを踏みにじってしまったんですね。
まじっすか。すごいっすね。それ言えないわ。
そう、壇上でね、ゴールドで、ゴールドもすごいから、それはもちろん。
でもやっぱり自分に正直になった時に、やっぱ悔しいっていう思いがありますっていうのを、正直に話されていることもすごいっすよね。
いやー、それちょっとかっこいいね。かっこいいなー。それ、僕も壇上あがった時言えたらよかったなって思ったんですけど、僕はもう、ようやく解放されたーって思うしかなかったんで。
そうですね、来年から出さなくていいんだーってね。
あ、そう。ようやく呪いから解き放たれたーって思うしかなかったから、僕は。一瞬もそんなことを余儀になかったな。
いやーもう、すごいっすね。まじで尊敬します、それは。
ちょっと、そうですね。でもそう、三山さんのこのコピーの真髄感が出る。特にこの、小学1年生、小学1年生というレトリックもありながら、俺、小学1年生っていう言葉で伝わるっていう判断をするっていう。
そうですね、引き算の美学というかね。
ここのゴーサイン。ここのゴーサイン。
割となんか、なんだろう、いい意味で大喜利的なコピーとかダジャレ的なコピーみたいなものの名手として、専念会議所のプレイヤーの中では三山さんのコピーって知られていると僕は思っているんですが、
僕はね、三山さんの真髄そこじゃないと思ってるんですよ。そこじゃなくて、去年とかだったら、お葬式じゃなかったら選ばないようなものを選んでいませんかっていう、
三羽物産の桜風、棺のコピー。
去年も分析しましたね、こうやってね。
書かれておりましたけど、そう、お葬式じゃなかったら選ばないようなものを選んでいませんかって言ったら、人の思いがこもった棺選びっていうものの良さが伝わるだろうっていう、ここの判断でゴーサインを出せることが三山さんの本質なんですよ。
いや普通これで、これじゃ伝わんねえだろって思っちゃうというか、僕は少なくとも思っちゃうんですよ。
これで言いたいこと伝わんねえだろって。
なんだけど、これが伝わると思ってシンプルに送り出せちゃう、この本能というか判断力、そこが三山さんの真髄だと思っているので、
俺、小学1年生っていうレトリックにまとめた、小学1年生というダジャレじゃなくて、俺、小学1年生っていうレトリックにまとめて、小学1年生というダジャレを使っているのに、ここをもう一個レトリックを入れてでもまだ伝わるだろうっていうところまでひねった、ここの技術がコピーゴールドなんだろうなと思います。
ほんとそうだなと思いましたね。
そうだよね。
なんだろう、それはたぶん書き手として読み手の人を信じている態度なのかなって思いましたね、僕は。
そうだね。それすごいよね。
やっぱり、自分で考えて、自分の課題と向き合って持っている感情とかを、やっぱりすべてそのまま説明的に出してしまうとエンターテイメントではなくなるっていうか、説明になってしまうっていうものを、人を楽しませるとか、人に興味を持ってそれを届けるっていうことになったときに、
やっぱり勇気というか、そこで聞き算の美学が生じてくるのは読み手のそれを楽しんでもらうとか、読み手がこれを解釈してそこと結びつけてくれるであろうという、計算でもあるんだけれども、信頼でもあるっていうか、それはそのコピーグラとかコピーのコンテスト開かれているような立場だからこそ、そこの感覚がよりここ数年で研ぎ澄まされているっていうのは、
背景としてあるのではないかなっていうのも、ちょっと丸山さんの話聞いて思ったりしましたね。
いや、間違いない。もう、読み手を信じるっていうのがすごいですよね。僕自身が読み手として読み手として読解力がなさすぎると自分で自覚してるんで、読み手のこと全く信じられないですよね。
これはずっと今までも話してきた、丸山さんはそもそも自分の内からクリエイティブが生まれてるわけじゃないタイプじゃないですか、社会とか周辺にあるものから手繰り寄せてものを作ってるタイプですけど、僕も結構内から湧いてくるものでクリエイションしてるんで、
自分が感じているこの感情はきっとみんなにも感じ取れるはずだっていうことを信じて、それを世の中に放っていくっていうプロセスがクリエイティブなので、そこがやっぱ違うんですね。
全く理解できない。全く分からない。何を言っているのか全く分かりません。
1年間話してきたのに通じてないですか?
頭では理解してるんですけど、余計理解できなくなってますね。ずっと話してきて。
いやーもう聞けば聞くほど何か生み出す、生み出す基礎が全く違うんだと思います。
そうですね。もう別のアルゴリズムで生きてる感じかと思いますが。
別のアルゴリズムで生きてるんで、僕は俺小学1年生は一生描けないですって思いました。
僕も描けないんですけど、大きな島では一生のところにいると思いつつ。
コピーゴールドでも悔しいというところはおっしゃっていましたけど、
それも分かんないしな。
卒業もおめでとうございますと。
おめでとうございます。