理科っぽい視点で身の回りのことを見てみませんか? そんない理科の時間 第682回
そんない理科の時間をお送りいたしますのは、よしやすと かおりです。よろしくお願いします。よろしくお願いします。
今日はですね、サイエンスコミュニケーションみたいなことを喋ってみたいと思っています。 サイエンスコミュニケーション。そうです。
コミュニケーション能力ってこと?それとも、科学的にはしようぜってこと? というか、科学について
やり取りをするっていう感じなんですけど、 この前の週末、サイエンスアゴラというイベントがありまして、こちらに行ってきました。
アゴラってどういう意味? アゴラ、広場かな? 何語? ギリシャ語?
で、結構ね、どんな人でも出展できますよっていうのが一つ売りで、 一応ですね、サイエンスアゴラっていうのはコンセプトってところを読むと、サイエンスアゴラとはあらゆる人に
開かれた科学と社会をつなぐ広場の総称です。 サイエンスアゴラは異なる分野、セクター、年代、国籍を超えた関係者をつなぎ、
様々な人たちが各地で主体的に推進する活動の広場です。 この広場に集まる人たちが、多様な価値観を認め合いながら、
対話、共同を通じて、これらの社会と共にある科学と、 科学と共にある社会の実現を目指しますということで、
いろんな発表が、ブースがあって、そこでいろんな人が発表するっていうのと、
あとは、ブースで発表するだけじゃなくて、 セッションっていうトークセッションみたいなのもあって、
そちらのトークセッションの中に、 12日にはポッドキャストシンポジウムっていうのがありまして、
科学系ポッドキャスターズって書いてあるんですけど、
結局そういうのがあるってことは、ポッドキャストとかSNSで活動している人たちだけではないってことね、その参加者っていうのが。
参加者はですね、本当に多種多様で、
高校とかの科学部とかが出してたりとか、 あとはジャックさんみたいなところも出してたりとか、
あとはね、教育出版とかね。 テーマがあったりするの?今回はこれについてですとか。
ないです。 それもないの?ないです。
何でも自分たちがまとめたというか、何か人に発表したいとか、何かそういうのがあったものを出展できるわけね?
そうですね。一応ね、推進員さんが見て、変なのじゃないっていうのだけピックアップするだけだと思うんですけど、
出展料が無料らしい。 なるほど。
高校とかそういう部活動としても参加しやすいわけね。
一つの発表の場としてね、その学園祭ではないけど。
そう。だから、三層圏の横に科学部がいたりとかっていうのがいたりとか、そういう感じもあるし、
あとは、科学系の本を出している出版社もあれば、あとは気象キャスターネットワークっていう気象キャスターの人たちが有志でやってるっていうのもあって、
その中の一つに、さっきも言ったポッドキャストシンポジウムっていう名前で、
サイエントークっていう番組のレンさんと、ものづくりのラジオっていうところの支部長さんがお話をするっていう、それぞれにゲストを呼んでトークをするっていうのをやりましたと。
そこのお手伝いに行ったのと、
2日間あるんですけど、2日目の朝には、科学系発信者が集結サイエンスもしも会議っていうのがありまして、
こちらはVTuberさんが集まって、それと会場をつないで、もしも不老長寿が実現したら、あとは実現すると思うかみたいな話とか、
火星に移住することになったらどうしましょうみたいな話をするっていうね、そういうのをやって、そこも少しお手伝いをしてきました。
両方ともね、なんていうの、ややアマチュアっぽくやってるんで、現場に行って1日目は何か手伝いますかって言って、
最初は椅子を並べるとかって言ってたんだけど、結局プレゼンテーションのページ送りとかを任されまして、
で、お話に合わせて送ったり戻したりとかっていうのをやったりして、
2日目は、こちらは結局、現場はVTuberさんをパソコンでつないで、それを現場のテレビに出すってやってたんですけど、
VTuberの方は現場にはいないわけね。
いない。
なるほど。現場にいるのはポッドキャストの人がいるわけ?
現場にはね。
でもその人たちもそれは全然違うわけ?
現場には、SCユニバースっていう集まりのところで名古屋で研究してる人とか、
あと、佐伯啓太さんっていう人知ってます?俳優さん兼サイエンスコミュニケーターっていう人と、
さっき言ったポッドキャストのレインさんと支部長さんっていう人と、酒井さんっていう方がいて、
そこで現場にもカメラがあって、
そのカメラを左、真ん中、右とかに、
司会者が右にいて、現場でマイク持っていろんな人に聞くみたいな進行の人がまた左にいて、
真ん中にも机があってっていう、カメラ3台じゃなくて、
右と左と真ん中っていうのをパンする?右とか左にカメラを向けるっていうのをやらなきゃいけなくて、
それをやってくださいって大勢使って、結構大変じゃないかと思って、
台本も何も渡されずに、
頑張っちゃった。
っていうのをやりました。
結局、こういう価格のイベントっていうのを主催というか、やってるのが、
科学技術振興機構っていう、政府の外閣団体みたいなところでやってるんですけど、
これでも結構長くて、20年以上やってるんじゃないかな?
私は隔年ぐらいで行ってまして、一番最初に行ったのは10年ぐらい前かな。
っていうのに行っていて、
要は、科学とか科学技術がもっともっと社会とうまくつながるっていうのが、
やんなきゃいけないよねっていうコンセプトでやってるんで、
いろんな人といろんなお話をして楽しかったんですけど、
今私がやっているこの番組もある意味科学コミュニケーションじゃないですか。
コミュニケーションですね。
そう、サイエンスコミュニケーション。
今手元に本が2冊あって、
1つが、科学を伝え社会とつなぐサイエンスコミュニケーションの始め方っていう本が1冊ありまして、
こちらは国立科学博物館で出してるやつ。
もう1個が、このサイエンスアゴラに出していた、
ヨード社っていう羊の土の会社って書く、
ヨード社のサイエンスコミュニケーション講座から学ぶ科学が伝わる技法っていう本がありまして、
この2冊が手元にありますけど、
こちらにもいろんなことが書いてあって、
サイエンスコミュニケーションは何のために?っていうので、
この科学のサイエンスコミュニケーションの始め方の方には、
本書では、サイエンスコミュニケーションとは、
個々人ひいては社会全体が、
科学を活用することで豊かな生活を送るための知恵、
関心、意欲、意見、理解、楽しみを身につけ、
サイエンスリテラシーを高め合うことに寄与するコミュニケーションですと紹介してるんですよ。
みんなそんなにサイエンスのことを知らなきゃいけないんだっけっていう気もする一方で、
私とかはね、理科っぽい見方すると面白いんじゃないかっていう風にやってるんですけど、
この辺の話を少し今日はしたいなと思っています。
で、そうそう、サイエンスアゴラで面白かったことをいくつか出し物を紹介すると、
さっきのね、ポッドキャストの話もあるんですけど、
加速キッチンっていうグループがあって、そこはね、大学の先生が、
高校生とかにもっともっと科学に親しんでほしいって思って、
いろんな活動してたんだけど、大学ではお金がなかなか出せない。
研究にお金出してくれるけど、高校生と科学実験をするみたいなところにお金が出ないわけ。
で、自分で会社を立ち上げて、そっちは高校生の科学教育を支援するみたいなことにして、
そこに助成金をもらうんだけど、大学の肩書きも残しておいてっていうので活動していて、
女の子が多かったのかな、高校生とかが、
高校生とか大学生が加速キッチンっていう名前のところで、いろんな出し物を出したりして、
あと、科学系のデザインのアクセサリーっていうのがあるんですけど、
私がデザインフェスタとかに行って、自分が科学Tシャツを作ってるのもあるんですが、
そういった科学の構造式だったり、あとは物理の法則だったりがアクセサリーになっているやつがあって、
ベンゼン管みたいなやつね。
ベンゼン管みたいなやつが結構多いんです、実は。
ベンゼン管はみんな好きでしょ。みんな大好き、ベンゼン管。
化学の科学や生物はアクセサリーが多いんですって。
昔、私、プラナリア好きなのね。
プラナリアについて結構語れるんだけど、
某雑貨店の店長って人がプラナリアのガチャガチャくれたの。
ガチャガチャの景品でプラナリアがあったのよ。
発狂するよね。うわっほー!ぐらいなのさ。
変な話。生物と科学は多いけど、物理のアクセサリーは少ないんですって。
動きに回るって聞いてんの?
それは数学でしょ。物理の法則とかのアクセサリーは少ないんですって。
それをやってる人がいて、
加速キッチンっていうところの人にお話を少ししてたら、
なんかどっかで見たことがあるなと思ったら、前回のデザインフェスタで
元素キーホルダーとかを売ってた人で、
あの時見た人だったんだみたいな話をしたんですけど、
そこは宇宙船とか放射線を探知するセンサー付きのものを作っていて、
売り物ではないんですけど、それでデモをしてたのね。
あなたも宇宙船が感じられますよみたいな。
ハンドパワー的な感じね。
宇宙船が入ってくるとブルブルって震える箱とかね。
あとは切り箱っていうのが、科学館とかに行くとあるんだけど、
卓上の切り箱みたいなのを作ってたりとかっていうのがあって、
科学を面白いって思ってくれる子を育てるっていうのをやっていて、
加速キッチンっていう名前で、皆さんエプロンをしてデモをしているというか。
キッチンだからね。
そうそうそうそう。
っていうのがちょっと面白かったなっていうのとか、
高校とか中高一環の学校の科学部とかの少年少女たちの語りが熱い。
ねえねえ聞いてくれます?これこんなに面白いんですよって言って。
いい社会。
で、どこだっけな。
世田谷の方にあるどっかの学校の女子が生物の標本というか。
だから毛皮とかね。あとは骨とかね。
そういうのについて熱く語ってくれて。
油コウモリ触ります?みたいな。
こんなにふわふわなんですよとか。
あとこれって何の骨だかわかりますか?鳩の骨軽いんですよみたいなのを一生懸命話してくれて。
おじさん胸圧みたいな。
胸圧っていうかパワーあるなって思いながら。
でもそういうね、科学とか理科っぽい話、あと技術の話。
あの頃なんだっけ。核融合炉、実験炉を作っているところの人とかの展示とかだと、
それなりのおじさんとかおばさんがいて、何か質問すると、
お姉さんって言いなさい。
じゃあお兄さんやお姉さんもいて。
お兄さんはどうでもいいじゃん。
それは差別だな。
別々。
1を聞くと10答えてくれるみたいな人たちがいるわけですよ。
昔からさ、よくも悪くもオタクって言い方をしてたでしょ。
なんか一つのものにハマって、わーっとすごい知識を持っている人ね。
昔はそれがちょっと危機的な人だっていう。
ちょっとおかしなって言い方変だけど、変わってるって感じだったけど、
最近はすごく探究探究授業っていうの。
自分でいろいろ調べましょうっていうのを目標にした授業が、
授業がやらなきゃいけないのかな。
探究という時間は、教育課程っていうか指導要領の中にあるんでしょ?
そうそう。だから、よくも悪くも自分でいろいろ調べましょうっていう風になってるんだよね。
昔は変わった人って見られた人の本領発揮のところだよね。
自分で興味があるところをわーっと調べて。
結局探究って授業があるってこと。
先生にでも友達にでもまとめて発表する機会があるわけじゃない。
自分の知りたいことを知るだけじゃなくてね。
なので、もともとそういう素質があった人、素因があった人にはすごく合ってる授業なのかなと思う。
でも核融合炉の人たちはオタクなわけじゃなくて仕事だからね。
でもさ、やっぱり好きなんじゃないの?
それはそれなりに好きなんじゃないですかね。発表にスタッフで来てるっていうのは。
原子がドカーン、バフーンってさ、フフフって感じで。
もう少し落ち着いてますけどね。
ホホホって感じ?
ただ、そこにはそういうのを聞くのが大好きな人が目を輝かせながら質問してる人たちもたくさんいて。
だからもうそこに探求の目がいっぱいあるわけですわね。
そう。私はその人たちでいっぱいなんで、ちょっと外でボケっと待ってたのね。
少しすくまで待ちましょうとか思って。
そしたらおじさんが声かけてきてくれて。
何かご質問ありますかーって。何でも答えますよーって。
奥の方いっぱいなんで、ちょっと待っててもらえますかって。
あ、そう。ひそこにいろっと。
だからそんなに変な話じゃないです。
で、いくつかだけ質問させてください。ポスターの一枚一枚の説明はいいのでって言って、
2、3個質問して、あ、そうですかーみたいな話をして、そこは過ぎたんですけどね。
やっぱさ、子供電話相談室みたいなののリアルバージョンってことだよね。
目の前に専門的というか、そういうのをやってる人がいて。
本職の人ね。
もしかしたら高校生かもしれないけど、すごく勉強した人とかがまとめた人がいて、
それをいろいろ出展というか発表していて、興味があったらその人にいろいろ聞いてみる。
目の前でいろいろ聞いてお話ができるってことでしょ。
面白そうね。
という感じでですね、本編では科学コミュニケーション、サイエンスコミュニケーションって何でしょうって話をいくつかの面からしてみたいと思います。
ということで、学校で学ぶ理科とか科学じゃなくて、
勉強じゃなくて、社会の中の科学とか知って楽しいみたいなことをするのって思ったより機会がないんじゃないかと思ってまして、
私は結構積極的に博物館とか科学館、あとはこういうイベントに行ってますけど、
多くの人はこういうのに触れることがあまりないんだろうなってちょっと思いつつも、
サイエンスアゴラ自体は結構盛況で、
小学生とお母さんみたいな組み合わせとかね、
子どもを科学に触れさせたいみたいな人がたくさんいたし、
出し物というかブースの方も小学生とかが楽しめるようなものを工夫して出したりとかして、
科学に触れさせたいって思う人っていくつかパターン分けができるのかななんてちょっと思った。
だから違う言い方をすると、小学校って今、理科の時間は3年生からしかないじゃないですか。
そうなんですよ。3年生からしかないよね。1年生と2年生はなんか総合っていうんだっけ、なんかそんなのがあって。
生活。
生活とか総合みたいのがあって、だからその時代とかその年代でも、
理系なこと、科学とか技術に触れさせたい親御さんが子どもと来るっていうところで、
マインクラフトで学ぶほにゃららみたいなやつが大受けだったりするわけ。
マインクラで何々をやろうみたいな。だから洪水が来ます、マインクラで土手を作ったら洪水から逃げられるかみたいな話を
ワークショップでやってるのとかがあって、結構大変だったり、そもそも川の流れを変えてみたらどうなるかみたいなので、
説明の人が江戸時代にトネ川っていうのは東京に来たのを調子に流し変えたんだよみたいな話をしてるのを横目で見ながら通り過ぎたんですけど、
みたいなところと、あとは科学好きの少年少女みたいな、親と来てるわけじゃなくて中高生でそういうのが面白いなって思う子が来てるのと、
あとはやっぱりね、おじさんっていうカテゴリーもあって、研究者なのか科学好きなのかわかんないけどっていうのが結構ありまして、
だからこういくつかパターンはあるんだけど、いろんな年代でいろんな性別でいろんな目的でこのサイエンスアゴラに来てるなって思って、
さっきちょっと読んだね、サイエンスコミュニケーションの始め方みたいな話は、
サイエンスアゴラの年代や人種を問わずみたいなことが書いてあったんだけど、いろんな人に科学を知ってもらうっていうのがある程度実現できてるのかななんて思った。
一方でこういうのをやらないとやっぱり科学と親しむ場ってあんまりないのかねっていうのも思っていて、
ほら地域のスポーツ教室とかいろいろあるじゃないですか、リトルリーグがあったりとかさ、ちっちゃいサッカーチームがあったりとかってあるんだけど、
あんまりこう、科学サークルって地域とかにそんなにないよね。あんのかな。
科学学職をやっている、なんていうの、ある意味業務って言ったら変ですけど、ビジネスとしてやってるところがいくつかあったりするけど、
草のね、科学サークルってスポーツに比べると少ないんじゃないかと思っていて。
スポーツに比べれば少ないだろうね。
でもなんか、科学教室みたいなのが多い気が、増えてる気がするんだよね。
増えてるかもね。
だからそういう体験できる場所は増えてる印象があるよな。
私が小さい頃はそんなのないわけですから、でもなんだろうな。
その反面、田舎だったこともあって、家にノコギリとかね、いろいろあって、なんか物作ろうと思えば作れたりとか、
別に観測するってわけじゃないけど、夜になれば星が見えて、天気が変わってみたいなやつで、
科学っぽい本とかと自然があれば、ある程度、なんとなく興味は満たされた感じもあったりもするんですよ。
でもなんか、今って科学をとか技術をっていうと、どっかに行かなきゃっていう感じもちょっとあるじゃないですか。
昔は普通に日常生活というか、当たり前にできたことが特別なことにはなってしまったっていうのはある気がする。
そこで聞いたのかな。最近はワークショップとかをやるにも大変ですみたいな話をしてました。
違うところでも聞いたんだ。
まずですね、小学校の理科の時間にマッチで火をつけるっていうのをやりませんと。
なんでかっていうと、マッチを使うところからして、できるとかできないとか、危ないとか危なくないとかっていうのを注意しなきゃいけないから、
理科の実験用ガスコンロというかカセットコンロがあって、それを使っちゃうっていう話をしていて、
あと工作とかでもハサミを使ったりっていうので、カッターやハサミを使うのに、やっぱり小学生とかになってもハサミで自分の指を切りそうになる子がいるとかって話をしていて、
別に何でもワイルドにすればいいと思ってるわけじゃないんだけど、
なんか自分が小さい頃当たり前だった道具を使うとか、そういうのが特別になったり、
本当だったら都会でも星も見えるし、太陽も出るし、月も出るし、雨も曇りもあるはずだから、
そんなに苦労しなくても自然ってどんなのっていうのは見えるはずだけど、
なんとなくそれもどっかに行かないと見えないみたいな感じがあったりするのがちょっと気にはなっていて、
科学をもっと知ろうっていう勢いが昔よりも科学コミュニケーション、サイエンスコミュニケーションしなきゃっていうのがある一方で、
気軽に科学とか理科に触れるっていうのが変に少なくなってるなっていう気もしてるんだよね。
今日なんですけど、結論があるわけじゃないです。
なんとなく科学コミュニケーションっていうのをネタにちょっと思うところを喋ってみるっていう感じで、
そもそも理科とか科学を知るのが良いことですっていう風に私今雰囲気的に話してるじゃないですか。
まあ良いこと、そうね。
だけどよく三角関数なんて大人になってから使わないよっていうのと同じように、
知識とか科学的ものの考え方なんて知らなくても大人にはなれるじゃないですか。
でもなんで科学とか知らなきゃいけないんですかね。
知らなきゃいけない。
私はね、理科っぽい視点で世の中を見るとこれまでと違って見えるから面白いよねって思って、
この面白さをみんなに味わってほしいから番組をやってるようなもんなんで、
だからこの番組を聞く前と聞いた後で、星を見てもなんか違って見えるとか、
太陽と月とかでも月を見た時に、あ、明日はここじゃなくて違う場所にあるはずだとかっていうのが分かったりとか、
この前のメールの回だと植物は葉からね、乗算する分だけ根っこから吸い上げてるみたいな話をすると、
その辺に生えてる草とか木が、あ、そう言われてみると今水が根っこからずっと上がっていくんだなみたいなのを意識したりとか、
そういうのができるのが面白いんじゃないかと思ってやっている一方で、
面白くなくてもいいなっていう人もたくさんいて、
特に最近というかさ、私が小さい頃は面白いことが少なかったわけ。
いわゆるゲームとかテレビとかっていう娯楽って意味ね。
娯楽、ポータブルゲームもなかったし、テレビだって家に1台だけで家族でシェアしてたし、スマホもなかったし。
リモコンなんてなかったからね。
あ、そうそう。だからフットワークが軽い方がチャンネル権を取りやすいっていうのあったんですけどね。
それを権力でニュースを見るんだっていうお父さんがいたりとか、
でもね、うちはね、プロ野球をどうしても見るっていうのはなかったんで、その辺は平和だったかな。
そうそうそう。話を戻すと、別に知識とか理科っぽい視点がなくても、
ちょっとだけ人生が面白みが少ないだけで、そんな変わんないんじゃないのっていう考え方もあるじゃないですか。
ていうか多くの人はそんな気にせず生きてるんだろうなと思っていて。
で、ちょっと前にツイッターで読んだのかな。
中学校の先生が卒業式で、校長先生が卒業式で、物事を知らないっていうことは視野が狭くなることで、
自分の知らないところが広いけど、そこを埋めるのに勝手な理屈で埋めてしまって、
良いことと悪いことが正しく見られなくなる。
知識があると見方が広がって、何が良い、何が悪い、何が正しいっていうのが、
もっともっとよく見えるようになるっていう話をしてくれたっていうのが載っていて、
つまり騙されにくいとかね。今はそんな話あるわけないじゃんって言えるっていうね。
あと算数が少しできると、それは詐欺っぽい理屈じゃないかっていうのが分かったりね、みたいなところもあったりして、
ちょっと陳腐な言葉ではあるけど、視野が広くなっていろんなものが見えるだけじゃなくて、
人生を豊かにするっていうのが、何かしらを学んだ時にあるんじゃないかっていうのを、
その先生は言ってたんだろうなと思って、
豊かで楽しいっていう話と生活に役に立つっていう両方があるからこそ、
小学校、中学校は義務教育つって、みんなお揃いの授業を受けさせられるわけなんだよね。
それに足して、もっともっとサイエンスとかテクノロジーを知ったらいいのにっていうのって、
どんな意義があるんだろうなっていうふうに思っていて、義務教育だけでは足りないのか、
それとも義務教育は押しつけがましくて楽しくない人に話をしてるけど、
もっともっと自分から知りたいっていう人を小学生、中学生の時には嫌いだったけど、
ちょっと大人になってみたら楽しくなってきたみたいな人に、
もっともっと知ってもらうみたいな話もあるんじゃないかと思っていて、
私、博物館の案内とかを勝手にするじゃないですか。
特に科学館とか。
そういうのも、科学館を一人で楽しむよりも、
これって何なのって聞いて答えてくれる人がいるっていう状況で楽しむ方がずっと楽しいんじゃないかと思っていて、
それ実感あるじゃないですか。
読んでもわからないことを気軽に聞ける。
あと結構あるのが、こうだよねっていうのに対して、そうだよっていう答えが欲しい。
こうなのかなと思ってる時に、ちょっとあやふやだとすると、正しいのかなって思っちゃうことがあるから、
そこに答えが欲しいなと思うことはあるよね。
あと私が思うのは、やっぱり見方、考え方がちょっとあるとまた違って見えるんじゃないかと思っていて、
美術館に行って絵を何百枚も並んでるところで、常設展とかで見ても面白くないっていう話がある一方で、
テーマを決めると面白いっていうのがあって、
よく言うのは、一枚だけ家に持ってって飾っていいって言われたらどれにするって思ってみるとか。
盗賊になって夜一枚だけ盗みなんだとしたらどれとかね。
多分なんだけど、そういった見方をしてぐるって回った後、お友達とかとお話したらお話が盛り上がるんじゃないかと思うのよ。
何にもテーマがなくて、なんか良かったのあるかななんとかって言うだけじゃなくて、
なんであなたあれを自分の家に飾りたいのっていう視点があるとずいぶん違うじゃないですか。
そうねそうね。確かにそうね。私はこうだったからこれが好きだよっていうのはありね。
私は美術館とかで作品見るときには、製作年をなるべくチェックするようにしていて、
同じ作家さんのやつが並んでいても年代順じゃないときあるじゃないですか。
そのテーマごとになっちゃってるとね。
そうなんですけど、なんとなく私は同じ学科の人だったら年代を意識しながら、
これはこっちより上手い、これはこっちより後みたいな感じで何が起こったんだろうみたいなのが見たかったり、
あとはその時の社会、たくさん知識があるわけじゃないけど、日本で言うと幕末だったんだみたいな。
なるほどね。時代背景って言うとちょっと言い過ぎなのかもしれないけど、
それを知ってるとまた見方が変わってくるような気は。
そう、なので製作年をチェックするようにはしてるんだよね。
同じように博物館の展示も見方を提案するだけで楽しいんじゃないかと思うし、
国立科学博物館を案内するときには、同じものでもちょっと違った見方だったり、
もう一個違った見方を説明するといいんじゃないかと思っているところがあって、
あとすごく大事で面白いところがあるはずの展示なんだけど、
博物館がすごいお金とか手間をかけてるはずなんだけど、みんなが関心のない展示とかもたくさんあるのよ。
そういう展示が不便でならなくて。
そうなんですよ。
特に国立科学博物館の実験装置は、
私が小学生の頃、科学の本とか読んで、偉い先生がこんなことやりましたとかっていうのがあるじゃないですか。
そういうのがちゃんと実験になってたりして、
キャベンディッシュの万有力係数を求める実験とかっていうのとかが、
こんなことやってたんだみたいなやつが科学にあって、
これだこれだって思ったけど、誰も見ていかないみたいな。
子供がボタンがあったら押していくだけで。
光の速度みたいなやつも、ここに2kmのグラスファイバーがあって、
行って帰ってくるやつの明るさが変わるでしょうみたいなのがあるんだけど、
明るさどこ見ていいかぼんやりしていてわかんないとか、
そういうのとかもちょっと説明するだけで、そういうことかっていう話とか、
1秒間に30万キロ進むっていうのが、それよりもちょっと遅いかもしれないけど、
体感できるみたいな話とか、そういうのがいろいろあるのになって思いながら、
どう楽しんでいいかわからないものをこうやって見ると面白いよって言ったり、
これは日常生活のここと関係してるよって言ったりっていうのが、
やっぱり見る目が変わるんじゃないかなって思っていて、
ゲームのように楽しみ方が作られた仕組みじゃないですか、ゲームってある程度。
それと違って、いろんな見方をすると違った楽しみができるっていうのが、
こういう理科系、社会系のすごいいいところだと思ってるんで、
そういうのを私は知ってほしいって思うし、
さっきのね、サイエンスコミュニケーションっていう中で、
科学リテラシーって書いてあったりするんですよ。
リテラシーってわかります?
リテラルっていうのは文字ね。
だから、そのまま言うとリテラシーっていうのは文字が読めるかどうかなんだけど、
今はリテラシーっていうのはあるものを活用して、
自分のものにして使えるかどうかっていうのをリテラシーっていう風に言っていて、
例えば、科学リテラシーとか、ITリテラシーとか、
そういう言い方をするんだけど、
科学っぽい目で世の中を見られると、
別にエコに生きなきゃいけないとか、SDGsがどうこうっていうつもりはないんだけど、
世の中の仕組みが面白く見えるんじゃないかと思っていて、
エネルギーが流れてくる話とか、
空気が、だって小学校3年生の理科の教科書に、
校庭に降った雨はどうなるでしょうっていうのがあって、
当たり前だけど、なくなるよねって書いてあるわけですよ。
流れていくよっていうのとなくなるよっていうのがあって、
私たちはね、道にある水たまりがなくなっていくの知ってるけど、
で、それが蒸発してなくなるのも知ってるじゃないですか、理屈としては。
でも、普段意識しないよね。
そうね。
昨日までベチャベチャあったのが、今日はカラカラだなっていうのしか意識しないけど、
朝起きたらもうそうなってるって感じよね。
昨日雨だったけど、今日は晴れてるからもう乾いてるっていう。
でも小学校3年生とか4年生で、乾くってどういうことみたいな話をみんな思い出せるはずで、
そうすると、それで湿度が高いんだっていう話とか、
昼間、お日様に照らされると温度が高くなって蒸発が早いんだみたいな話とか、
雨の日の次の日の朝は、遠くが霞んでるのは水蒸気が霧状になってるからだとかね、そんなのとか。
あとは、私が上海とかジャカルタに行ったときに、朝早めに目が覚めて、
そろそろ日の出だな、この部屋、東側が見えるから見ようって思ったけど、全然日の出が見えずに、
真っ赤で、どこに地平線があるのか分かんないところから日が出てきて、
あ、もしかしてこれってスモッグっていうか、町の肺炎っていうの?
空気が汚いからこんなになってるんだっていうのが分かったりするわけですよ。
とかっていうのもあって、やっぱり見えるものが違うと楽しいじゃない?って思うんだよね。
結構さっきのね、私は蒸発とかそういうときにね、
よくお風呂から上がるときに、なんとなくお風呂の中、煙じゃない?
湿度高いですね。
だから最後に水をかけると、当然部屋のあれが下がって、ちょっと湿度が、湿度が下がるとは言わないけど、
ちょっとなんかすっきりすると思ってたんだけど、
蒸発ってことを考えると、温度が高いほうがやっぱりだから蒸発しやすいわけじゃない?
そう、だからね、お風呂の入った後、熱いお湯で壁を流すのがいいのか、
冷たい水で壁を流すのがいいのか問題はね、あるんですよ。
そうそう、それを熱いやつでやったほうが、なんだ?すっきりするわけではない。
すっきりする?
熱いお湯でやっておくと、それなりに水分はあるわけですから、
湿度が高い状態が長続きしちゃいます。
そう?
そう。
どうしたらいいの?
冷たい水で冷やすと、一瞬湿度が高くなります。
なんでかっていうと、温度が下がるから飽和水蒸気量が下がって、
同じ水の量でも湿度が上がるわけ。
なんだけど、熱い状態にすると飽和水蒸気量が高くなる。
だから、同じ水の量でも相対的に湿度が低くなるんだけど、
空気中の水の量は、熱いやつでジャーってやったほうが多いんで、
うん。
なので、冷たいほうでやったほうが早く水分はなくなると思います、部屋の中の。
あら、まじっすか。
そう。で、豆にやるんだったら、熱いお湯で一遍ジャーってやって、
飛び散った石鹸とかね、シャンプーとかを流して、
そっちのがよく落ちるんで、その後冷たい水で流してあげると、
たぶん一番早くすっきりするんじゃないかと思います。
絶対的な水分量、空気中の水分量下がるんで。
みたいな話が、なんで?
それも結局、そうだよね、科学でね。
そういうことです。そうなんですよね。
で、ちょっとだけね、私が分からないことは、
私ずっとこういう理科とか、世の中の仕組みを知るっていうのが楽しくてやってきたわけですよ。
で、たまには押し付けになってしまうこともあるんじゃないかと思っていて、
ほら楽しいだろうっていう感じがね。
なんだけど、あんまり関心のない人は、こういう仕組みとかが分かっても、
そんなに楽しいって感じないのか、その辺をね、聞いてみたいんだけど、
かおりさんはどっちかっていうと、生物は好きだったけど、
あと化学もあったけど、物理はあんまり好きじゃなかった?
そうね、物理は算数だったからね。
物理の理屈は嫌いじゃないのね。
これはこうやってこうなってるんだっていう理屈は嫌いじゃないんだけど、
高校の物理って算数じゃない?数学じゃない?
テストはね。
結局そこに数字が入って、じゃあこれは何になるかっていうことを求めさせられて、
それがだから苦手だった。
算数自体も理屈は嫌いじゃないんだけど、そこが計算になってしまうことがすごくダメだったというか。
あんまり理科とかが好きじゃない人は、こういうのってどう感じてるんだろうなって、
そのサイエンスアゴラみたいなところに行っても、
だいたいつまんない、つまんない、つまんないってなっちゃうのか、
テーマによって面白いと思うのか、
実はちょっと聞いてみたらみんな面白くなるのかっていうのが、
どうなんだろうなっていうのが、私には想像がしにくくて。
自分が楽しいからね、自分は楽しいからね。
そうそう、自分は楽しいと思っちゃうからね。
そうね。
なので、そういうところの話は、もしメールとかしてくれたら嬉しいなと思っています。
どうしても視点が違うからね、自分はこう思っちゃうからっていうのは、
聞かないとやっぱり他の人の考え方がわからないからね。
そうなんですよ。
っていうのとかがあって、私が見る本には、
みんなが価格に照らし、高くなればいいのにってたくさん書いてあるし、
私もそう思ってるけど、いやいや、みんなはそんなわけないじゃんだって、
そうじゃないから、今こうなってるわけですから、世の中がっていうね。
多分ね、他のところは他のところであると思うわけよ。
歴史のお話こんなに楽しいのに、なんでみんな歴史を学ばないんだとか。
経済学こんなに面白いのに、なんでみんなもっと金儲けのことを楽しめないんだとか。
そうね、結局学問になってるものっていうのは、
視点を変えれば、どっかしらやっぱり面白い、面白みはあると思うんだよね。
なので、そういう意味で、そこを好きな人の話を聞くのはとても楽しいよねと。
そうそう、だから面白がってる人の話を聞くと楽しいことが多いよね。
そうそう、自分には理解できないけど、そこが面白いんだっていうのはあったりして。
それはあるかもね。
ってことは、結論その1は面白がって話す方がいいってことね、まずはね。
そうね、だから喋ってる人が絶対的に面白いんだなっていうのがわかるのはやっぱり大切というか。
楽しげにしてる感じが伝わってくるのが大事。
うん、と思う。
なるほどなるほど。それはそうだね。
あと、この番組は良いサイエンスコミュニケーションになってるんだろうかっていうのも考えちゃうことがあって。
考えてもね、改善できるわけではないのですが。
ちょっとね、この辺の今持っている本とかでは、もう少し社会的意義を考えましょうとかって書いてあったりするんですけど。
社会的意義。
とりあえず好きなこと喋ってるだけなんで。
とはいえ、さっきも言った科学的リテラシー、科学を読む力、科学に興味を持つ話とか考え方を学ぶっていうのはある程度伝わってるんじゃないかなとは思っているんですが、どうなんだろうね。
そうね、特にこの番組はすごく科学のことをとても詳しく教えてる番組ではないじゃない。
じゃないです。
やっぱり身近なものもこういうふうにこういうもんだよっていうのを言っているので、比較的そういう意味では、とっつきやすいんじゃないかなとは思うんだけどね。
そうね、最新の論文とか取り上げないしね。
それはそれで楽しいのかもしれないんだけど、それよりも浴室はどうやったら早く乾くのっていうところの方を、そこをこうした方が早いですっていう結論だけじゃなくて、水蒸気がね、温度が高いとね、低いとねっていうのが別にその知識もすごく難しい知識ではないよね。
本当にたぶん小学生とか中学生の早いうちに学んだだろうし、学んだことも覚えてなくても感覚的には理解できる程度の、すごい一番基礎的な考えでもゆっくり考えていくと理屈がわかるから、
結論としてはこうだよって言うかもしれないけど、その裏も見えて、そこが科学だよねっていうところがわかるので、そういうところはいいのかなと思う。
でももしかしたら、よく聞いてもわかんないけど楽しそうに喋ってるっていうのもありなのかもねっていうのはちょっとあるけどね。
そうね。
以前かおりさんがそんな話をしてた気がするんだよね。
そう?
話がわかんないけど楽しそうに喋ってるっていうポッドキャスト番組面白いんだよねって話をしてた気がする。
でもね、それは思う。本当に。で、ある日突然それも理解できたりはするから。
わかったらもっと面白いのにって思ってたのが、なんだわかるじゃんっていう日が来ることもあるし、歴史でもそうで、戦国時代で何とかと何とかがいついつ戦って何とかだったじゃんって話をして、
織田橋場というか豊臣徳川しか知らなかったのが、あ、こんな武将がいたんだとか、あの辺って誰々がいたんだみたいなね。
上杉っていうのは北陸だったよなとか、だんだんわかってくると、あ、そういうことかみたいなのが見えてきたりとか。
でも、知らなくても、戦国時代のことを面白そうに喋ってる人たちの話聞くのは楽しかったりとかね。
そうね、それは絶対的にあって。で、あとは旅行とか行くとまたそれもいろんなことがもっとわかってきたりもするし、実際に動くことによってねとか。
いろんな、それもそこを目的にした旅行である必要はないと思うんだよね。
で、よく私は最近お城を見に行くことが多いんだけど、お城って別にお城好きじゃない人も観光名所だからよく行くじゃない?
まあ行きますね。
っていうだけでも、それが例えば大河ドラマに出てきたら、あ、ここ行ったことあるとかね。
それだけでもなんか、やっぱり実際に足を運んだっていうのは結構大きいだろうなと思うし。
簡単な説明見るだけでも、あ、これって幕末になくなっちゃったお城なんだなとか、再建のお城なんだなとか。
あと、徳川のようになったら、一つの藩でお城は1個しか持っちゃダメっていう規則ができたんだなとか。
そうそうそうそう。っていうのがなんとなくわかってくると例外が出てくるとかね。
特別感。
そう。これはだから、こういう理由があったから例外です。へーぐらいな。
そうね。ツイッターで関ヶ原のけとか、江ノ島の野とか。
あー、はいはい。
っていうのは、あれは記号なのか文字なのかみたいなのがちょっと盛り上がっているときに、関ヶ原は昔どうやって描いてたんだろうなと思ったわけ。
戦国時代にね、すごい有名な場所じゃないですか。
で、その頃は、不安の関っていう関所があるんですけど、これすっごい古いんですけど、
飛鳥時代ぐらいからある関所というか。で、その近くの原っぱっていう感じで、不安の関の原みたいな感じの言われ方をして、
だから関原とかっていうあまりこう名前決まってなかったんだけど、
戦国時代に合戦があったんで関ヶ原っていう呼び名が定着したんじゃないかみたいな話があって、
っていうのを聞いて、関ヶ原のちょっと観光に行って、記念館とかね、ここが誰々が不審したところとかって回った後、
ちょっと時間があったんで不安の関っていうのを寄ってみたんですよ。
で、今から思えば、不安の関に寄っといてよかったわ、あれが語源だったんだって思って。
地名のね。
そこで繋がったわけね。
そうそうそうそう。
その時は単にここら辺にこういう観光名所?観光地があるらしいぞって言っても。
まあ、史跡がある感じね。
ただね、不安の関のちっちゃい博物館みたいなのがややしょぼかったっていう思い出があります。
あー聞いてたらごめんなさい。
観光地は結構、金銭的な意味でしょぼいところはそれなりにあるよね?
そう、だから石書団ってさ、有名なんだけど、
どこだっけ、小田原じゃなくて箱根の石書でさえ10年前ぐらいに再整備されたんだけど、
その前まではそんなにすごい観光地っていう感じでもなかったんだよね。
今度、碓氷峠の石書に行こうと思ってるんですけど、そこも石書跡が残ってるだけらしい。
ちょっと離れたところに博物館あんのかな。
かといっていろんなところにいろんなそういうのができたとしても、やっぱり維持ができないのよね。難しいなと思うのは。
話が結構それちゃったんで戻すと、やっぱりさっきの歴史もそうなんだけど、
誰かがみんなとこの知識って分け合いたいよね、知ってたら楽しいよねっていうのをやらないと、
どんどんどんどん廃れていってしまうものなんだなっていうのを石書の話で再認識しました。
この番組がいい価格コミュニケーションになってるかっていうのは、
まあまあ100点ではないと思うけど、それなりに頑張ってる感じもあるんじゃないかと思ってるし、
この番組を聞いてる皆さんには、他の科学系ポッドキャスト番組も聞くといいんじゃないかと思ってるし、
だからあれです、サイエンスアゴラでお手伝いしたのは、サイエントークっていう番組と、ものづくりのラジオっていう番組でした。
ぜひ聞いてください。
他の番組も聞くとまた視点が広がるんじゃないかと思うんだよね。
そうね、だからそのいろんな番組がいろんな視点で物語を作っている、番組を作っているので、
うちとはまた違うアプローチをしているので、
それはそれでありだと思うっていう方もいるんだけど、楽しみだと思います。
他にも楽しいのがあると思うし、今この番組を聞いてない人にも紹介してあげてください、この番組を。
そうですよ、だって新しくリスナーが増える理由あんまないんだよね。
だから新しいポッドキャスト番組を見つけるってさ、一番最初にポッドキャストを聞き始めるとあれが面白いんじゃないか、これが面白いんじゃないかって見つけるとか探すじゃないですか。
だんだん定番が決まってくると新しく探すってしなくなるんですよ。
まあそうね、時間もかかるしね、聞くのにね。
そう、良いか悪いか判断するのに時間がかかるっていうのがあって、そうすると評判を見るか誰かに紹介されたかってなるんですよね。
なのでこれ聞いてる人は他の人にも紹介してあげてくださいっていうことです。
ということで取り留めもない今日話をしてきたんですけれども、科学のことをいろんな人に伝えて、
社会とつなぐっていうと大げさですけれども、多くの人の科学リテラシー、科学的ものの見方、楽しみ方っていうのが上がるといいなと感じたサイエンスアゴラに行った週末でございました。
皆さんのご意見をお待ちしておりますのでぜひメールを送ってください。
ということで今日はこんな感じにしたいと思います。
この番組では皆様からのメッセージを募集しております。
メールの宛先はrika.jp
また私たちの番組はそんないプロジェクトというグループで配信している番組の一つです。
この番組の他にそんなことないっしょやそんない雑貨店という番組も配信しておりますのでそちらも聞いてみてください。
私たちのウェブサイトそんない.comではポッドキャストでは100回分ぐらいしか聞けないんですけども、その前のすべての配信本源が聞けるようになっておりますし、ブログなどもやっておりますので遊びに来てみてください。
ということでそんないりかの時間第682回お送りいたしましたのはヨシアスとカオリでした。
それでは皆さん次回の配信でまたお会いしましょう。さようなら。
ごきげんよう。