1. Reverse Diverse
  2. 大人の愛着スタイル研究
2026-01-16 23:05

大人の愛着スタイル研究

#アタッチメント理論 #愛着障害 #見捨てられ不安 #親密さの回避

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サマリー

ポッドキャストでは、大人の愛着スタイルとその研究を探求しています。子どもの愛着スタイルの理解を基にして、大人の愛着に関する異なるモデルやその修正について議論されています。大人の愛着スタイルについての研究は心理学的な視点から行われ、特に日本におけるアタッチメント理論の適用や教育現場での課題が議論されています。

愛着の基本概念
Reverse Diverse、アタッチメントを探求する。
こんにちは、平林です。
こんにちは、イーノです。
2026年はですね、1月からポッドキャストを再開しておりまして、
テーマがマシンシーズンということで、
テーマをアタッチメント、愛着を探求するということで、
2人でおしゃべりしております。
今日のテーマ、何にしようかということで、
子どもの愛着のパターンというのが、
ストレンジシチュエーション法という、すごく有名な
実験室での親子の関わりを観察して、
タイプを分類するという方法があるんだけれども、
じゃあそれは大人の愛着のパターンとかスタイルというものに関しては、
どんな研究されてるんだろうねっていうことで、
ちょっとイーノさんがリサーチしてくれて。
不十分ですがまだ。
これ考えながら話してるという、調べながら話している、
そういうものなので。
そうだね。
ちょっと紹介してもらって。
まず子どもの4つの行動パターンというのは、
復習すると、安定型、アンビバレント型、回避型、無秩序型、
みたいな形で一応区分されてた。
これはあくまでも、
その特定の文脈で、特定の相手との関係性において、
子どもだから多くの場合、養育者なんだけど、
養育者との特定の場面において観察される行動のパターンということであって、
どれがいいとか悪いとかいうことではないという話もしたと思います。
大人の愛着スタイルの研究
大人の研究でよく惹かれているのは2つあって、
1つは1991年のバーソロミュート・ホロウィッツさんが出したモデル。
これも4つのタイプに分けています。
2つの軸で4章芸作っているんだけど、
X軸としましょうか。
X軸が自己モデル。
これは自分は愛される価値があるかどうかっていう自尊心に関わるような軸ね。
Y軸が他者モデル。
これは他者は信頼でき、需要的かどうかっていうところに関わる、
その感覚に関わるもので、社交性みたいなものとして捉えられている。
この自尊心が高くて、社交性が高い、ポジティブ、肯定的な人を安定型っていうふうに呼んでいる。
自尊心は高いんだけれども、社交性は低いよっていう人は拒絶回避型で呼んでいる。
ここまでは子供の研究とちょっと似ているんだけど、
ここからがちょっと違ってて、自尊心が低くて社交性は高いよっていう人。
だから承認欲求すごい欲しい人は捉われ型っていうふうに言われている。
プリオキパイル。
自尊心が低くて社交性も低いよっていう人が恐れ回避型っていうふうに分けられていて、
これ1991年の論文の中で、4つのカテゴリーモデルっていうふうに言われてるんだよね。
なんだけど、どのカテゴリーに自分は当てはまるのかとか、誰それを当てはまるのかみたいな考え方自体、
やっぱり問題あるよねという批判はされてるんだよね。
それでその後結構いろいろと修正とかいうのがなされてきたよーみたいなことで、
その修正の一つとして出てきたのが今度1998年かな。
って書いてあるよね。
1998年のブレナンとシェーバーさんの研究で、
この人たちは結局アタッチメントを4つのカテゴリーに分類するんじゃなくて、
2つの次元、ディメンションで測定した方がいいよということを言った人なんだよね。
で、その2つのディメンションっていうのは何なのかっていうと、
1つは親密性の回避がどのぐらい高いか低いか。
で、もう一つは見捨てられ不安がどのぐらい高いか低いか。
これなんかいろいろその因子分析して、結局アタッチメントという概念を持ってね、
これまでその心理学者が捉えようとしてきた因子っていうのはこの2つになるんだっていう、
そこから出てるんですけど。
心理的な背景と理解
だからX軸を親密性の回避、Y軸を見捨てられ不安みたいに置いたときに、
どの分布に自分なりが位置づくのかなみたいな、
そういうものとして修正したみたいですね。
なるほど。確かになんかこっちの方が分かりやすいっていうか、
さっきの初めに紹介してくれた方が自己と他者だから、
なんかこう、自信みたいな、自己攻略感みたいなものとお茶になって、
ちょっと分かりにくいけど、他者もその信頼できる、他者を信頼できるかできないかみたいな。
あとちょっと分かりにくいかなと思ったけど、
他者への回避?
親密性の回避。
親密性への回避っていうものと、
見捨てられ不安。
不安?
ただの多分不安じゃなくて、見捨てられることへの不安とか、
自分は愛されないかもしれないっていうことへの不安っていう、そういうところ。
で、この2つの座標で、さっきの安定型、拒絶回避型、
とらわれ型、恐れ回避型っていうのをもう1回配置し直して、
もうちょっとこう、ディメンションとして捉えようっていうのが。
連続線上にあるっていう。
そうそう。
なるほど。だから真ん中みたいな人も。
そういうことですよね。限りなく恐れ回避型に近い安定型みたいなのに。
なんかね、そういうのもあり得るっていうことだよね、人は。
なるほど。
人と距離を詰めたくないみたいな。
で、なぜ詰めたくないかというと、
信頼しているかどうかとかそういうことがいろいろ関わっているけど、
それをもうちょっと抽象化しているっていう。
だからそこはさ、なぜ回避したいのかっていうところはわからないよね。
この、こういう形での調査。
そうですよね。
検査ではね。
過去にものすごいトラウマティックなことがあって、
で、そこでの学習から避けてるっていうこともあり得るじゃないですか。
そういうほうが整理しやすいですよね。
その行動としてどういう、自分の聞くときも。
理由を聞いてしまっても、そこはそれぞれだけど、
どういうパターンかっていうようなことを聞くってことでしょうか。
だから実際のインタビュー調査なんかだと、
やっぱりいろんな質問を投げかける中で、
何を見てるかっていうと、ストーリーの一貫性を見てるって言ってましたよね。
それで興味深かったです。
なんかその、一貫性、例えばあるエピソードと別に、
じゃあそれについて詳しく聞いてみると、
全然具体的なエピソードが出てこないみたいな。
なんかそういうことから読み取るっていう。
不安ってそういうものだからね、実は。
その不安っていうのは、自分の頭の中にあるものってあって、
自分は嫌われてるかもしれないとか、避けられてるかもしれないとか、
なんか、よく思われてないかもしれないって。
具体的に何かあったのって聞かれても出てこないんですよね。
特に具体的にはないんだけど。
私も精神分析の中で、そういう質問を投げかけられるわけ。
自分の恐れをちょっと話したときに、
何か具体的にあったようでしょうか?みたいなね。
だけど、出てこないんだよ。
それはやっぱり自分の頭の中にあるものなんだろうなっていう。
その時はね、気づいてないんだけど、
すごくやっぱりリアリティを持って感じられるから。
回避の方は、回避というか、見捨てられ不安に対しての、
対してないけど、別の一つの自分の人との距離、親密さへの回避。
親密性の回避。
親密性の回避。
これも、もうちょっと掘り下げて考えてみたいようなテーマ。
例えば?
どういうことだろうって。
何を意味するのかっていうこと?
具体的に考えると、私が愛着の理論を勉強したときに、
自分が関心を持ったのは、この親密性への回避というか。
親密性の回避ね。
親密性の。
へのだとおかしいでしょ。
親密性の回避。
親密、回避っていうか、他者と距離を詰めることへの恐れみたいなもの。
まだよく理解してないかもしれない。
なんかそういう感覚があるってことね。
親密になることを避けようとする自分っていうのがどっかにあるんじゃないかと。
そうそう。
そう、その方、だからそのさ。
それってさ、いつぐらいから自覚したんですか?
やっぱりその学校教育の中でさ、
例えばその女子文化みたいなのがあるじゃないですか。
そういうものを経験する中で感じたんですか?
いやもうちょっと後ですかね。
大学生みたいな、なんかアイデンティティみたいな。
自分のアイデンティティみたいなところを形成するときかな。
今振り返ってみれば。
大学生はどうなった?
もっと早いのかな?
分かんないけど。
学生というか子供のときっていうのは、人間関係をなかなか選べないじゃないですか。
もうそこに投げ込まれてるから。
だからその、あんまり考えてなかったんだけど、
もうちょっと自律的な行動として人間関係を持つっていう。
だから自分から寄っていかないと、そのある人間関係には
接触したりしなかったりするじゃない。
大きくなってくると。
そのときに私はあまり接触していかないよねっていう。
積極的じゃないっていうことでもあるよね。
見かけ上は別にそういうわけでもないんだけど、
そういう感じがしたのかな。
分かんないけど。
逆にさ、すごく積極的に距離を詰めて来てくれる人っているじゃないですか。
言い方微妙になっちゃったけど。
来てくれる分にはいいみたいな。
私結構来るもの拒まず、去るもの追わずっていうタイプなんですよ。
私は結構グイグイ来られるとちょっと。
やっぱりそうすると親密性の回避がありそうな感じがするなってことね。
そう。
そっかそっか。
で、それはなんでかなみたいなふうには思ってたんじゃないかな。
未だによくわからないですけどね。
うん。
だからちょっと掘り下げたいなと。
自分の理解するために。
それでまあ確かに人間というか親密性、
親密性みたいなものは、
なんていうのかな。
全然違う話していいですか。
あれ。
セルフハンディキャップっていう考え方があるじゃないですか。
何かに挑戦しなければ失敗しないっていう。
だから自分であらかじめあまり勉強してないからなっていうことを言っておいて。
で、実際に勉強もあまりしないでおいて。
だからできなくても言い訳が立つっていう。
なんかそれにちょっと似てる。
違うけど、
だからその相手に踏み込まなければ傷つかなくて済む。
なるほどね。
という計算が働いてるのかな。
実際に何かその嫌な体験があるっていうよりは、
そこはちょっとさっきの不安の話と似てて、
愛着スタイルの理解
実態はあんまりないんだけど、
そういう選択を、
自分が得るものとか失うものみたいなことを、
考えて行動してるわけでもないんだけどそこまで。
済む意識だと思うので。
自己防衛だよね。傷つかなくて済むっていう。
そうそう。
その時に別にわざわざ出かけて行って、
別に出かけないわけじゃないんですけどね。
人に誘われれば出かけるし、
ただ自分からあんまり友達に電話をかけて、
みたいなことはなくて、
例えばボランティア活動とか、
何か活動していればおのずとそういう機会はあるし、
そこでの知り合いとこう、
接触する機会はあるし、
その中での行事もあるし、
いろいろ毎日あるわけで、
別にそれで良いかなみたいな感じなのかもしれない。
でも、
なんていうのかな、
距離を取ることで自分を守ろうとするっていう側面は、
多分あるんだろうなと思う。
この回避っていうところに。
回避ってすごくネガティブなものとして捉える必要なくて、
そういう側面っていうのは必ずあるよね。
理論的には、
回避型の人、親密性の回避っていうのが高いよっていう人は、
他者へのイメージが非常にネガティブだ。
だから他者を恐れるから、
近づいたら怖い思いするかもしれないから近づかないでおこうみたいな、
そういう選択をとりがち、
そういうパターンに陥りがちだよっていうことだと思うんだけど。
そうなんだろうね。
そうなんだろうね。
人間関係、めんどくさくなる方が嫌だみたいな。
めんどくさくなる方が嫌だ。
なるほど。傷つかなくて済むっていうだけじゃなくて、
めんどくさくなるのも嫌だ。
そうなんじゃない?
親密性の回避は結構高い方かもしれない。
ただなんか、
すごく、
この親密性の回避の中にもいろんなパターンはありそうな気がするよね。
ありそうな気がする。
いろんなベクトルっていうかね。
あとその領域とかもね。
なるほどね。
私はどうなのかな。
私ね、不安は高いんですよ。
だけど見捨てられ不安っていうのはないの。
見捨てられ不安ではない不安。
そう、だから昨日のポッドキャストでも言ったように、
自分が正しくないかもしれないっていうことへの不安。
間違っているかもしれないっていうことへの不安っていうのはあるよね。
結局、完璧主義だったから、
自分が完璧でないと、自分が正しくないと、
自分は他者にも受け入れてもらえないし、
世界の中に存在する価値がないぐらいに思い込んでるわけじゃないですか。
そこまで言語的に、
認識してるっていうよりは、もっとすごく根底のレベルでね。
だから、間違っているかもしれない、
責められるかもしれないとか、
そういうことへの不安は非常に高い。
で、今もやっぱりそれは、
克服できてないというか、
まだあるなっていう、
責められるかもしれないっていうことへの不安っていうのはある。
すごい身構えちゃう時とかあって、
まだその自分がいるっていう。
自分の一番根っこのところみたいな、
ところには相変わらず居続ける気はして、
だけどそのいろんな大人になるに従って、
日本における愛着の課題
いろいろな別の方法っていうか、
が見出されて、
で、あんまりそこに囚われなくなるのかなと。
で、親密性の回避も低い方だと思う。
どっちかっていうと、
容易に他者を信頼して、
痛い目を見るっていう、
なんかそういうタイプどっちかっていうとね。
騙されやすいっていうのはそっちですよね。
人良しタイプかなと思う。
じゃあ、それはね、
自分が、
自分が、
自分が、
自分が、
じゃあ、それはね、
このタイプ的には安定型に入るけど、
いや、自分のアタッチメントスタイルは安定型じゃないなとかね。
不安みたいなものは高いとすれば、
これは不安が、
特定の不安、ミステラル不安の尺度だけど、
そうじゃない不安にもちょっと広げたとしたら、
恐れ回避型みたいにね、
近づいてくるのかもしれないしね。
そうですね。
そのね、
誰との関係性においてなのか、
どういう領域なのかにおいて、
その辺がこう、
分布が、
どの位置に分布するのか、
変わってきそうな気がする。
そうですね。
これさ、なんかこう、
用語っていうものが、
領域によってずいぶん使われ方が違うみたいな話が、
愛着についてもあるよねっていうので、
どんな風に使われているかっていうのが、
論文で紹介されていたのが、
この話を、
1月2日の時にしてるんだと思うんですけど、
結構こういうのを話す時にも、
なんていうのかな、
自分が思い描く、
なんか、
言葉のイメージ。
例えば、
自立だとか、依存だとか、
信頼とか、
回避もそうだし、
自己否定だとか、
そういうのは、
ずいぶん違う、
人が思っている言葉とは違うことを、
自分は考えているかもしれないっていう風に、
思いますよね。
特にやっぱりこういう、
心理学の研究で、
その概念を用いる時って、
操作概念だから、
非常にこう、
特定の、
特定のものに焦点を当ててるじゃないですか。
だから、
私も、
それは自分の理解とはずれてるな、
みたいなところがある。
特に信頼とかね。
だからやっぱりこういう、
心理学的なものを、
研究のものを、
そのまま日常生活に当てはめるっていうのは、
結構ずれるし、
違うことが起きるのかもしれないですよね。
いや、そうだね。
実際起きてるもんね。
心理学って本当私が、
高校生ぐらいの時から、
すごくこう、
大衆化してきて、
新書なんかでもね、
いっぱい出るようになって、
で、多くの人が、
やっぱりその、
心理学に興味を持つようになった。
そういう時代がやっぱり、
40年ぐらい続いてるのかな。
その中で、
いろんなね、
いろんな問題が起きてて、
このアタッチメントについても、
やっぱり日本でいろいろ、
特に教育現場とか、
子育て支援みたいな領域で、
なんかおかしなことが起きてるぞっていうので、
掘り下げてみようっていう企画にしたので、
まぁちょっと、
丁寧にね、
難しい話になりすぎないようにもしたいけど、
丁寧に掘り下げていきたいですね。
そうですね。はい。
それでは、
本日の、
ポッドキャストは、
大人の愛着のタイプに関しての研究っていうものもあるんですよっていうことから、
少し、
そこで、
どんな尺度みたいな、
もので、
カテゴリー分けというか、
まあ分類というかタイプ分け。
でもそのタイプ分けすること自体の問題というか、
課題も、
あると言われてるみたいなお話をね、
してきました。
また、リサーチしてみます。
はい。ありがとうございます。
それでは、以上になります。
23:05

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