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きっちりさんへのイメージが変わったズボラさん
2026-09-04 18:36

きっちりさんへのイメージが変わったズボラさん

#となりのニューロダイバーシティ
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サマリー

このエピソードでは、「きっちりさん」と「ズボラさん」という対照的なタイプについて、平林さんとイーノさんが自身の経験を交えながら語り合います。平林さんは、かつて「きっちりさん」に対して「決めたことを続けられる人」という固定観念を持っていましたが、イーノさんの習慣作りや整理整頓の様子を見る中で、そのイメージが更新され、「心地よい環境を常に作り変えていくこと」という新たな捉え方に変わったと語ります。また、自身の「ズボラさ」についても、単に片付けができないのではなく、物の置き場所が分からず一時的に置いてしまうという、一般的なイメージとは異なる側面を明かします。さらに、物を買う際の「必要性」や「セルフケア」という概念についても掘り下げ、それぞれの価値観の違いが浮き彫りになります。

「きっちりさん」と「ズボラさん」のイメージ更新
Reverse Diverse アタッチメントを探求する。
はい、こんにちは、平林です。
こんにちは、イーノです。
前回はですね、夏休みについて話してきました。
はい、私の夏休みの過ごし方。
夏休みになると学校というものがなくなって、いろんなことができ、まあ習慣がなくなるっていう。
それに対して、イーノさんは日頃から相対も多かったから、自分で組み立ててきた。
まあ、今振り返ればそういうことだったんだなっていう整理だけどね。
それがもう自分の人生を作り上げてきたっていう感じがするよね。
それを通して、改めてこのポッドキャストは、イーノさんはきっちりタイプのきっちりさん。
私はズボラさんということで全く違うタイプなので、その違いについてしゃべってきているわけですが、
前回の話から、きっちりさんとズボラさんだけど、
実は私はそのきっちりさんっていうものを誤解していたかもしれないっていうことを少し後半でお話したんですよね。
そういうのも、私にとってきっちりさんっていうのは、決めたことをずっと続けている人。
一度決めたらそれを、あきらめずにできるみたいなイメージがあって、
それは自分にはできないよね、みたいに。
それってどのぐらいのスパンだとできないのかってあるの?
いや、単に具体的な文脈じゃないので、目指すところに目指しはしないっていうこと。
きっちりさんは自分には無理だなって、そこを目指して生きていくのは無理だなって思ってる。
あー、きっちりさんというある種のイメージは、自分は目指しても無理だなって。
そうそう、それに憧れはあるんだけれども。
あー、そうなんだね。
そうできたらいいなっていう気持ちはあるけど、できないねって。
子供の頃から思ってたっていうよりは、大人になって、大人になる中で自分はそういうふうにはなれないかもしれないな。
そこを目指すのはちょっと難しいから、ちょっと違う道で、みたいなイメージは持っていて。
だけどその井野さんのきっちりさんっていうものについて、いろいろ対話を重ねたり、日常の習慣の作り方とか、整理・整頓の仕方を間近に見る中で、
私のきっちりさんイメージはやや更新されているところがありまして、
そうか、きっちりさんというのは常に新しく作り変えて、自分にとって心地の良い環境を作っていくことなのかもしれないな。
それだったら私も目指したいかもしれない。
自分を支えてくれる、助けてくれるものが習慣だから、それならできるかもなって。
取り込んで、一部やってもいいかもな、必要なものは取り込めるかもしれないっていう感覚ですかね。
「ズボラさ」の具体的な現れ方
私のそのズボラさっていうのも、片付けは苦手は苦手なんだけれども、どのように苦手かっていうと、片付けないとかではないんですよね。
片付けはするんだけど、片付け方がわからなかったり、置く場所がわからなくてその辺に置いちゃう。
手には取ってる。その手に取ったやつをどこに置いてるかっていう問題で、どこに置いていいかわからないから適当なところに置いたり、それを積み上げたりする。
だから、なんていうのかな。一般的なズボライメージとは違うのかなと。
そうですか。
イメージのものですか。
いや、ズボラっていうのかどうかわからないけど、掃除、片付けができないみたいな人は基本的には似てるよね、とは思う。
元の場所に戻さない。
戻さないんじゃないんですよ。
決まってても戻さない。
戻せないなり。
だから、そこの戻せないっていうところにいくつかの、なんていうんだろうな、パターンというかがあるなとは思ってるの。
まずその決まったっていう認識をどこまで覚えていられるかっていうことがありますね。
記憶力ね。もともとその置き場所決まってないっていうのがまず一つ目のパターンでしょ。決まってないから戻せない。
決まっててもそれを覚えてないから戻せない。
平林さん見てると、どこにしまうかは覚えているんだけれども、途中で忘れるっていう。
なんかちょっと置いといたりするんですよね。
そのちょっとが結構いろいろ積み重なるんだ。
違うことに気を取られて。
そのちょっとが積み重なると、もうちょっと途端に良くなって積み重ね始める、いうように見えてる。
あとそのあるのにまた買うみたいな。
そこに把握してないから。
それ全部さ、私が避けてることなんだよ。
なんで物を数えるの?なんで把握するの?って言ったら、2つ目を買わないっていうことだよね、基本的には。
だって無駄じゃん。
使い切ってから買う。壊れてから買う。
それってさ、お店やってる人とかもそうだと思うんだよね。
在庫を確認するわけでしょ。
やっぱり元の場所にちゃんと戻す。
だから覚えてないっていう人のためには、もう書いとけばいいと思うんだよね。
国用にさ、国用のオフィスに行った時にさ、文具、やっぱみんながさ、放り投げちゃうから、共有なのに。
店がいくらあっても足りなくなるっていう。
だから絵書いてあるんだよね。ここにホッチキスを置くみたいな感じだよね。
ああいう風にしておく必要はあるんだろうなと。
なんかさ、あそこまでもう決まっているオフィスみたいな風になれば、それはできる。
それを別に自分の部屋でやってもいい。
それをクリエイトするところができない。
そういうことだよね。
なんかそれをクリエイトしてもこれでいいのか、確信が持てないっていう感じかな。
「強いられる」感覚と自己防衛
そういうものだけどね、確信があってのことじゃないか。
やりながら調整していくってことですよね。
国用の仕組みはいい仕組みだと思うけど、でも結局誰かが作った枠組みだから、自分はその枠組み作ってないっていう人は不満出てくると思うんだよ。
そういうよりは、なんかこう強いられている、学校と同じものとして認識されちゃいますよね。
これでおかげで快適だっていうものとして、ルールなんだから戻せみたいなね。
だからそういう風にね、外から強いられているものとして返還されちゃうことがあるんですよね。
分かります。
それ本当は自分たちを助けてくれるものなのかな。
自分が作り出すっていうこともそれを増やすんじゃないかっていう。
自分を縛るもの。
それは結構深い話だね。
なるほど。
それが増えていって把握もできないし。
だから、自己防衛、防衛規制か。
防衛規制の話でもあるよね。
なるほどね。
それを常に更新していいんだっていうことが、もうちょっと自分に染み込んでくればいいのかもしれない。
だけどね、なかなかね、染み込んでないですよね。
そこはもう解禁症の私には難しいのかもしれないよね、確かに。
なるほどね。
でも学校にずっと通っていても、それはできる人はいるんだと思う。
自分でクリエイトしていくっていう。
それは単に環境だけの話でも。
うん、それはそうだろうね。
環境から何を読み取ってしまうかっていう。
何をその規範として読み込んでいるかっていうことかもしれないし、
なんかそういうものと結びついてる。
後ろ目たさみたいなものとね、結びついてるんですよ。
そうか。
なるほどね。
だからさ、やらせられてるっていう風に、
ルールを押し付けられてるみたいに思っちゃうと、
人間というのはうまくパフォーマンスできないと思うんだよね。
私はね、少なくとも。
自分のことよく、多分そういう意味では理解してるから、
そういうものは無視する。
読み替えてるかもしれない。
だからさ、それをちゃんと認識する必要がありますよね。
それがだから本当に外から強いられてるのか、
自分でクリエイトしていいものなのかっていう。
強いられてるものって実はそんなにはないと思うんだよね。
日中生活の中でね。
「必要性」に基づいた消費行動
自分家だからね。
職場だったとしてもさ、そこまで強いられてる、
やめるしかないよね。
その気持ちでいっぱいだったら、
それはもうさ、働くために必要な何かが大きく欠けてると思う。
その状況自体。
だからそこまで強くないわけ。
そんなに強くない。
そうなんだ。
だってずっとそこにいられるんだから。
あ、そういうことね。
そっか。
私たぶん強いられてるって思ったらそこにいられると思う。
強いられてるっていう表現が、
だからちょっと私と井上さんには違うんかもしれないけど。
なんか強さが違いそうだね。
なんかまた増えるみたいな感じで書くかな。
もし自分が。
負担になる。
だけどその便利なものっていうのを共有すると、
あ、これは便利だね、この整理便利だねっていうのはあって、
それは取り込んだりするわけですよ、もちろん。
なるほどね。
だけど、あ、自分でもクリエイトできたらなって思うんだけど、
そこまでは行かないね。
自分の中の何だろうね、まだちょっと掴み切れてませんね。
だからさ、こんまりみたいな人が出てくるんじゃない?
あ、そうですよね。
最初のさ、デフォルト設定を作ってあげて、みたいなね。
そこを伴奏する人が必要だったりするのか。
井上さんがさ、シーズンが終わったら着なかった服は捨てればいいんだよ。
だけどさ、そんなことやっていいの?って思っちゃうんですよ、どうしても。
でも着てないんだよ。
そう、なんかすごいどっか罪悪感。
うーん、だったら着ろよって話ですよ。
そうなんですよ、それはわかってるよ、言ってること。
なんだけど、それを、なんていうのかな、実際に実践するときの心のハードル。
そうか。
物の所有と「罪悪感」
だから、セカンドハンドスターに着ろでもって売るっていうのは、まあいいんでしょうね。
着るほどないけどね、私は。
いや、だからさ、買うときもそれを考えて買うから、これ着るだろうか、どういうシチュエーションに着るだろうか。
具体的に考えてから買ってるもんね。
そうですね、井上さんはね、数々あるからね。
それをやっぱり実行するんだよね。
それがセットだってことですよね。
だからよくさ、平昌さんがいろいろ悩んでるときにさ、
今日着たいものを買ったらいいよってよく言うじゃん。
それは効果的かなとも思うけど、逆に自分の持っているものを把握していない中、それは難しい。
そうね、そうなのよね。
裏表なんて。
本当ね、なんかこう、もどかしいね。
物が多いとさ、把握もしにくいし、把握できるものの数にしたいと。
なんかさ、ミニマリストの映画家なんかで一度、家の近くのガレージみたいなところに全部物を入れて、
1日1個ずつ持ってきていいみたいな話。
なんかそういうのをするとスッキリすると思いますよね、やっぱり。
実際に自分が使ってるものってそんなにないんですよ、私。
いつもだいたい同じ服着てるし、使ってるものも結構決まってる。
ガジェットはいろいろ使ってるけど、でも使ってないものもあるわけだから。
それなんか捨てることへの罪悪感。
捨てちゃいけないと思ってる。
粗末にしてはいけないと。
粗末にするっていう感覚なんだね。
「セルフケア」と「衝動買い」の境界線
だからちゃんとメルカレで売れると嬉しい。次の人に引き渡せたみたいな気持ち。
だから1個使い切って次を買うっていうのは大事だから、
それを取り込めばいいですよね。
でも次買っちゃったりっていうのは、自分の持ってるものを把握していないからって。
そうだね。
まあでも多くの人はそうなんだろうね。
私のようなタイプは珍しいと思うよ。
どうなんでしょうかね、自分の持ち物を把握してて、
決して無駄なものは買わないっていう。
昨日さ、私、英語の勉強しててね、
そのスキットでね、出されたのが、
すごい買いたい靴があるんだ。
で、この靴買うのはセルフケアだと思う?それとも散財?無駄遣いだと思う?
衝動買いか、衝動買いだと思う?っていうスキットなのね。
それはさ、今履いてる靴を見せろと思ったの。
穴が開いてるならそれはセルフケアよりっていうか必要なもの。
でも穴開いてないならまだ履けるんだから不要なもので、衝動買い、散財である。
私の中ではクリアなのね。
だからその設定自体が全然受け入れられなくて、いろいろ考えた。
でも結構その発想ならないね。
今、履いてる靴を見せろという発想?
なるほどって思ったけど。
そこはね、やっぱりそのセルフケアの幅が、
所有もまたセルフケアみたいな。
良くないよね。
感覚がある。
新自由主義の中で、本当に良くないと思う。
自分へのご褒美とかさ、そういうものもセルフケアに入れてるけど、
そうじゃないから、セルフケアっていうのは。
穴が開いた靴とか、そこにひびが入って、雨の日、水ビシャビシャに入ってくるみたいな靴は、
さすがに私も買い替える。
靴としての機能を果たしてないからね。
あと足が濡れるともう、私は死ぬから。精神的に。
終わるからね。
今日の1日はもう終わりだ。
そういう中でラインを持ってるよね、きっと。
物を買うっていう時。
すごいケチなんだと思うけど、単なるケチでもないっていうか、
必要じゃないって思ってる。
必要じゃないものは要らない。
なかなかね、興味深いですよね。
極端にね。
でも学びが多いので。
靴の選び方と「乾かす時間」の必要性
でもね、本当靴は2足交互に履き替えた方が長持ちするよって聞くよね。
以前はそうしてたんだけど、大して変わんないんじゃないかと思って。
だいたい同じ時期に2足ともダメになるのね。
それはそうじゃない?
そうすると2足買わなきゃいけないんだよ。
でもそのトータル比べてないから。
でも今1足でいいと思って。
1足と長靴。
多分、外に出かける時間だと思いますよ。
長いとかなり足からの水分が靴に行くから乾かす時間が必要。
次また履くとまたそこに残留していくわけだから、
乾く時間が必要なだけで、つまり2足必要なんじゃなくて、
乾かす時間がいるっていうふうに考えた方がいい。
今の私の生活スタイルを考えると、1足で十分ってことですね。
そうですね。同じ長時間。
次回予告:靴下について
でもね、私ね、全然話違ってきちゃうんだけど、
靴下だけはやっぱりちょっと多いの。
靴下はすごい自分とって超大事なものなんだなって最近気づいたから、
今度その話したい。
全然アタッチメントとかいけないけど。
番外編隣のニューローバイバーシティーですので、
夏休みの間は。ではまた次回よろしくお願いします。
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