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よくある自己防衛的ファンタジー
2026-07-10 22:34

よくある自己防衛的ファンタジー

#自己防衛 #認知の歪み #アタッチメント #ニューロダイバーシティ
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サマリー

このエピソードでは、自己防衛的なファンタジーについて、AIの助けを借りて5つのパターンを探求します。まず「いつか本気を出すファンタジー」は、現状の実力不足や怠惰から目を背け、潜在能力を信じることで自尊心を保つものです。次に「もしもあの時ファンタジー」は、過去の選択を悔やみ、もし違う選択をしていたらという思考に囚われることで、現実への対処を避けてしまうパターンです。続いて「悲劇の主人公ファンタジー」は、自分が特別で理解されない存在だと信じることで、凡庸さを受け入れる苦痛から逃れるものです。さらに「白馬の騎士ファンタジー」は、他者に救済を期待し、主体的な行動や失敗のリスクを回避する考え方です。最後に「相手が改心するファンタジー」は、相手が変わることを期待して、関係の断絶や自身の変化といった現実的な決断を避けるものです。これらのファンタジーは一時的な心の支えになり得ますが、習慣化すると問題解決を妨げ、メンタルヘルスに悪影響を与える可能性があると結論づけています。

自己防衛的ファンタジーの探求とAIの活用
Reverse Diverse アタッチメントを探求する。
はい、こんにちは、平林です。 こんにちは、イーノです。
前回は、ファンタジーの話、してましたね。
はい、してました。
それで、それぞれ、お互いに、自分にもファンタジーあるんじゃないの、みたいな話をしてたので、
宿題にしようってしてたんだけど、やっぱり自分のことを理解するのって難しいんだね。
しかもさ、このファンタジーっていうのは、自己防衛的なファンタジーだからさ、
なんていうの、自分は否定したいものでしょう、きっと。
だから、あんまり思いつかないんじゃないかなと思って、AIに聞きました。
AI、よろしくお願いします。
アンチグラビティを使いました。オーバースペック。
Google。Googleの高いやつですね。
AIだから適当だと思うんだけど、一般的な自己防衛ファンタジーの代表的なパターンを教えてくれたんで、
ちょっと一つずつ確認していきません?
いいですよ。
「いつか本気を出すファンタジー」と「もしもあの時ファンタジー」
そういうのないかなっていう。
一番目に出されたのが、いつか本気を出すファンタジー。
あるあるあるある。
だって。
あった。
あった?
こういうふうに書いてあるんです。
現実の自分の実力や努力が不足している時、またはサボっているという事実から目を背けるためのファンタジーで、
まだ自分は本気を出してないだけ。
あるいは環境さえ整えば、自分は本当の本来の圧倒的な力を発揮できるというファンタジーのことだそうです。
それはあんまりないな。
まだ本気を出してないだけっていうのは、若い時には感覚としてあって、それは走ってる時。
全力で走れてない。
それファンタジーなのかな?
分かんないけど。
これまだ本気出せるんじゃないかなって。
だけど体は本気を出せない。
自分にはまだ伸びしろがあるみたいなことね。
あとなんかトランス状態になる時っていうのがあって。
それは若い時?今?
今もたまにあるけど若い時に。
だからそれさえ発揮できればっていうのがある。
それは確かに今のいつか本気を出すファンタジーに近いね。
環境さえ整えば。
ゾーンに入れば。
ゾーンに入れば。
きっとできるはずだ。
そのために操縦から始めた。
最近はそういうのなくなってきた。
やる気はやらなければ出ないという話を
井野さんに教わって実践して
ほんとだって思って。
あー面白い。
ということで一発目から。
井野さんはあるんですか?
ないよ。
ない。
ないないない。
いつも本気だからね。
いつも本気。
いつも本気出してる。
そういう中で精神科医に怒られたやつだよね。
一球一球全力投球してるピッチャーはいないんですよって。
井野さんはね。
いつも全力投球ですからね。
そうそうそう。
一球一球全力投球したら肩壊しますよって言われましたよね。
ということでいつか本気を出すファンタジーっていうのは
自分には秘められたポテンシャルがあるっていう
このイメージを維持して自尊心を守っている
いう風にAIが言ってます。
でもあるよね結構。
井野さんはあったということで。
じゃあ二つ目ね。
二つ目はもしもあの時ファンタジー
言ってるんだけどこれね私あると思うんだよね。
過去の状況がこうだったから今こうなんだ。
だからあの時自分が別の選択をしてたら
今頃はこうだっただろうとかね。
なんかくよくよしちゃうみたいなのはこれに当たるかなと思って。
いつまでもいつまでもその過去にとらわれて
あの時こうしとけばこんな風にならなかったのにとかさよく言ってない私。
言ってる?
うん言ってると思うんだよね。
もう自分の頭の中では結構そればっかりで
あーしとけばよかったなこうしとけばよかったなって言って
平昌さんに井野さんは自己攻略感が高いですねって言われる。
そうしておけばなんかうまくいっていたかのような
その思考を持ってる。
それをやってたとしてもうまくいかなかった可能性もあるのにみたいな。
でも実際そういうのはある。
今の状況、特にこううまくいっていないような状況の責任は
過去の自分の選択とか行為にあるみたいに考えてしまう。
それをすることで、もちろん自分自身が苦しむっていうのもそうなんだけど
自責だから、個人化でしょ。
苦しむっていうのもそうなんだけど
今ここの現実に対処しろよっていうところができなくなっちゃう。
でもしてるよね。
だからそれはさ、長い感性ごとしてできるようになっているんだけど
そっちにとらわれちゃって
過去に逃げ込んでるわけじゃないんだけど
くよくよすることに時間を使って
現実に対応するっていうところに
自分のエネルギーをうまく持っていけなかったところはあったんだよね。
あそこを改善って言ったらおかしいけど
現実に自分の目線を向ける
そのためには現実に向き合うっていうことだよね。
もともとやっぱりさ、恐れ不安型だから
恐れ回避型か。
だから恐れが強い。不安が強いのね。
とてつもなく強い人だったと思う。
今振り返ると。
だから現実に向き合うって本当に怖いことなんだよ。
生きてる人間に得体も知れない、相手が何考えてるのかわからない状況でしょ。
相手に向き合って、相手が何を考えてるか知るって本当に怖いこと。
だからそれを避けようとするところはあって
何かうまくいってないことがあると
それに向き合って解決しよう。
みんなと協力して解決しよう。
そのために意見出し合おうとか。
そういう方に向かわずに
あーしとけばよかった、こうしとけばよかったっていう風に悩む。
くよくよする方だ。
今もそれは自分の頭の中ではある。
私ね、やっぱり記憶力が弱いせいか
ないんですよね。
私あの時こうすればっていう風に
考えるってことはそこに戻るってことじゃん。
もう戻りたくないよね。
戻りたくないし戻っても同じことするだろうなって自分は。
なるほどね。
だから記憶があるって前提がないんだと思います。
あの時こうしておけばって言った時に
じゃあ戻りました。
覚えてないからさ。
だから現実に向き合わざるを得ない。
同じことするだけだよね。
っていう感じの。
ゾーンにさえ入れば。
なるほどね。
面白いね。
「悲劇の主人公ファンタジー」と「白馬の騎士ファンタジー」
このさ、ポッドキャストって隣のニューロダイバーシティで
正反対の2人が対話するっていうコンセプトだけど
またここでも出たね。
そうですね。
結構これって繰り返し出てるような気もするけど
面白い形で出ましたね。
そうですね。
いい質問だってことですね。
AIの。
じゃあ3番目ね。
3番目は悲劇の主人公ファンタジー。
これは自分が凡庸であるという現実を受け入れちゃうと
自分の自尊心を傷つけることになるから
自分は特別な人間である。
悲劇の主人公みたいな感じで特別である。
まだ見出されてないだけ。
そうだね。
そういうファンタジーも一般的な自己防衛ファンタジーとして
AIが挙げたもの。
いつか王子様がみたいな。
そうかな。
だからシンデレラ的な。
悲劇の主人公だからシンデレラは多分次のやつだった。
じゃあこれは。
これはどっちかっていうと
自分は他の人たちとは違って
特別な感性あるいは過酷な運命を背負っているがために
誰にも理解されないんだっていう措置。
なるほど。
あるいは自分の苦しみっていうのはすごく特別で深い意味があって
その周りの他の人たちの苦しみとは全然違うんだみたいな。
誰にも理解できない。
そう。
ないわ。
私の中にもない。
けどそういうのを持ってる人は知ってる。
かなり苦しそうだよね。
そうだね。
だって誰にも理解されちゃいけないわけだからさ。
でも理解して欲しいっていう気持ちとのジレンマだよね。
自分は一生孤独であるみたいなさ。
誰も理解してくれない。
自分のことを理解してくれる人はいないだろう。
理解できるはずがない。
信じ続けないと自分の自尊心を保てないっていう。
なんかもう諸刃の刃みたいな。
確かに。
この人なら分かってくれるんじゃないかっていう人は遠ざけなきゃいけない。
でもアタッチメントの話でもあるよね。
そうですね。
だから私もその恐れ回避型だったっていうか
だからタイプとしては
こういうファンタジーを持ったとしてもおかしくないし
実際に持ったとしたら
自分のそのファンタジーを
現実であるっていうふうに確認しないといけないわけだから
人が近寄ってきたら切らないといけない。
だから最も自分を理解してくれそうな人を遠ざけるとか
攻撃して相手が離れるように仕向けるとか
いうのを無自覚的なのかどうなのかやってる人っているじゃないですか。
そういう人たちは多分このファンタジーを持ってしまう。
この凡庸であることっていうのはなぜそんなに恐ろしいのかっていう。
だけどさ、平均的なところに痛いっていうのもあるじゃないですか。
標準で痛いっていう。
同時にね。
すごいその、相反するものですよね。
だから特別であるっていうことに価値を見出してるから
そうなる。
だけどマジョリティ、オブマジョリティでは痛いっていう。
マジョリティで痛いっていうことではないじゃない、この悲劇の主人公ファンタジーの人は。
だけどそのもともとそういうのがあったから
こういうマジョリティでありたかったけどマジョリティでありなかった
振り切った先がこの悲劇のヒロインなのかなって。
そういう可能性もあるかもしれないね。
ちょっとあんまりそこまで振り下げてもあれだけど。
じゃあ次に。
じゃあ次ですかね。
4つ目は白馬の騎士ファンタジー、あるいは救済者ファンタジーで
これは自分で決めて、自分で行動して
その結果として失敗してしまうかもしれないっていうリスクがあるわけですよね。
で、それって避けたい。
自己責任になっちゃう。
避けたいというところから主体的な行動を保留にして
で、今自分が例えば苦しい状況にあるのは
自分のその才能を見抜いてくれる人がいなかったからだみたいな
あるいはいつかはそういう人が現れて
自分をこの苦しみから連れ去ってくれる、連れ出して助けてくれるみたいな
そういう空想、ファンタジーですよね。
他者依存的なファンタジー。
これもあるよね。
もうちょっとマイルドな感じだといつか見出されるはずっていうファンタジーだと思うけど。
そうですね。
どうですか?あります?自分の中に。
ない。
だって依存的じゃないもんね。
それが嫌だからね。
そういう面があるのか。だから嫌なのか。
あとやっぱり自分で決めて自分で行動して、なんかその結果を見るの好きだよね、どっちかっていうと。
そういうのが面白いよね。
それをさ、やっぱりうまくいかなかった時に、それも平昌さんはデータとして見てるじゃない。
だけどさ、失敗として見ちゃうわけ。失敗として見ちゃう人もいるわけ。
失敗として見ると自分の価値が既存されるじゃん。自尊心が傷つくでしょ。
それを防衛するためにこういうファンタジーを持つ。
なんかさ、失敗は成功のもとみたいなファンタジーもあるじゃないですか。
ファンタジーっていうか。
失敗は悪いことじゃないっていう、だから失敗し続けて最後成功すれば成功になるっていうさ。
そういう思考もあるじゃん。そういう考え方も。
だからその、なんていうのかな、失敗っていうものをポジティブなこととして受け取ろうみたいなのもまたちょっとファンタジー味があるなとは思うけど、
どちらかといえばそっちの方を取りたい。そっちのファンタジーを持ちたい。
私ね、実はね、意外かもしれないけど、この白馬の騎士ファンタジーは自分の中にあるか少なくともあったって思ってて、
具体的にはやっぱりさ、カウンセリングに行ってた頃、一番自分がさ、しんどい時だよね。
身体的にも治療をしていて、それとの関連で多分いろんなメンタル不調に陥って、
ニッチもサッチもいかなくなった時に、やっぱりカウンセラーに助けてもらいたい。
カウンセラー助けてくれるんだろうっていうふうに思ってた。
通ったら、真面目に通ったら、私が真面目に通いさえしたら助けてくれるはずだ。
それは真面目に努力さえしさえすればというような感じかもしれません。
そうね、ちょっとこれのアシュかもしれないけど、
でもそうじゃないんだっていうふうに気づいた時に、ものすごく絶望したけど、
同時に、あ、自分でやらなきゃいけないんだっていう脳が切り替わった瞬間があるんだよね。
それをすごくよく覚えてる。あ、そういうことじゃないんだっていう。
でもその真面目さは報われるからいい。
なんていうのかな、自分で取り組めばいいなって切り替えればいい。
そうなんだね、一応地道には取り組んでるっていう。
ちょっと最後、5番目なんですけど、相手が戒心するっていうファンタジーもある。
「相手が改心するファンタジー」とファンタジーの総括
一般的なファンタジーとしてあるよっていう。
これはいつか相手が悲を認めて、深く反省して、自分に謝罪して、
望み通りの人に変わってくれるっていうファンタジー。
あ、これ苦しくないと思って。
なんかDV被害受けてる人とかさ、よくそういう話するよね。
自分が見捨てないで、ちゃんと忍耐強くいたらとか、
自分が怒らせさえしなければ、相手も反省してとかね。
なんか私は、これはなんていうのかな、対個人に対してはない。
あまり感じないけど、自分が正しいことをやっていればっていうのはあるかな。
正しいことの方がいずれ認められるはずだみたいな。
あ、それもファンタジーだね、確かに。
あるかもね。実際はそういうわけでもないですよね。
正しければそれが広まるわけでもないし、間違っているものが縮小していくわけでもないけど、
なんかあるかもね、それ。
あ、自分の中に。
なるほどね。
自分が信じていることのために頑張ろうみたいな。
いつか広まるはずだ、みたいなね。
なるほど、なるほど。
それはあるかもしれないね。
この相手が改心するというファンタジーっていうのは、結局その現実対応としては、
やっぱりその、お互いのためにというか、もちろん自分のためにが多いかもしれないんだけど、
相手との関係を断ち切るっていうことも大事、距離を取るっていうことも大事だったりするわけじゃない。
だけど、そういうことを避けて、そういう決断も、大きな決断を避けて、
で、その相手が変わるまで自分は動かなくてもいいよね、変わんなくてもいいよねっていう状態を作り出してしまうっていう。
自分のその行動変容に向かうんじゃなくって、現状維持っていうのかな、
現状維持を選択してしまうっていうファンタジーみたいだね。
これ結構難しいことではあるよね。
だってさ、一般的に相手との関係を断ち切るって、
良くないこと、絶好するとかさ、良くないこととか思われてるじゃない。
それもなんかファンタジーなのかもしれないけど、
でも、日常的に絶好してたらそれは問題になるんだけれども、
やっぱり時にはそういう選択っていうのはしなければいけない。
それは自分が決断しなければいけない。
自分が決めて自分がしなきゃいけないし、その結果も自分が引き受けなきゃいけないんだけど、
やっぱりそれを、それは怖いことでもあるから、それを避けるために。
それってさ、自分の立場が弱くて、
例えばDV被害のような事例だとすると、他の選択肢が選びにくいわけですよね。
リソースがないから。
だから単なる現状維持っていうよりは、そういう構造の中にいるから現状維持せざるを得ない。
で、そのファンタジーをサバイブするっていうね、そういう側面あるよね。
ファンタジーっていうのもやっぱりそういうさ、文化的社会的なものに影響を受けるっていうことだろうね、きっとね。
確かに。確かに人間がサバイブするために持ってきた考えの在り方みたいなね。
はい、ということで、いろいろ5つぐらい出してくれたんだけど、今回AIは。
意外と平林さんは自分に当てはまるかもっていうのもあったし、これはないかなとか思ったしね。
でもそのAIによればなんだけど、この自己防衛ファンタジーって私が呼んでいるものは、
現実に対処するための、あるいは現実を変えるための、その行動をしない言い訳として使っているもの、使っているファンタジー。
で、それは一時的には必要だったりするんだけど、それが習慣化しちゃうと、結局問題解決にはつながらないし、
問題解決につながらないってことは、その良くない状態の中にずっと自分の身を置き続けるっていうことでもあるから、
自分にも良くないっていうのかな、メンタルヘルスにも良くないっていうことかなと思った。
面白かったですね。
面白かったですか。じゃあちょっとまた他のファンタジーも見つけたら。
そうですね。ファンタジー辞典。認知バイアス辞典みたいな感じでファンタジー辞典を。
なんかファンタジー辞典の方がちょっと社会的な、認知バイアス辞典は認知心理学的だから、人間の子に対して考えてるけど、
ファンタジー辞典はもうちょっと社会的なものかもしれません。
そうかもしれないね。
じゃあ収集していきましょう。
はい。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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