1. Reverse Diverse
  2. 孤独死は悪いこと?
孤独死は悪いこと?
2026-07-03 15:32

孤独死は悪いこと?

#認知バイアス #恐れや不安 #ニューロダイバーシティ #ファンタジー
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6745b22669bc2015d01124cc

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、「孤独死は悪いことか?」や「モテることは良いことか?」といった、社会的に「良い」とされていることや「避けたい」とされていることについて、それが本当にそうなのか、単なる「ファンタジー」ではないかと問いかけます。孤独死を恐れるあまり晩年の人生を不安に費やすことや、モテることを自己価値の源泉とすることのリスクに言及。人は皆、自身の価値を何らかの「ファンタジー」を通して得ているのではないか、そしてそのファンタジーが現実適応を妨げる可能性についても考察します。

「孤独死は悪いこと」というファンタジー
Reverse Diverse アタッチメントを探求する。
はい、こんにちは、平林です。 こんにちは、イーノです。
今回は、前回少し話が出た、私がよく言うという、それってファンタジーなんじゃないの? っていうことについて、
掘り下げて、話してみたいと思います。
どんなことを日々、それってファンタジーだよね?って思ってるんですか?
結構いろいろあって、まず頭に浮かんだのは、孤独死っていうのがすごくダメなこととして、ニュースで掘り上げられたり、
確かにね。
孤独死だけは避けたいみたいな言説を、SNSで見たり、
みんなに見守られて、亡くなるみたいなファンタジーでね、それが幸せな死に方だみたいな。
だけどそれ、そんなに孤独死って悪いことなのかなって。
選べんのか?って話でもあるしね。
そうそう。孤独死を恐れて晩年を生きる方が、すごく性格に悪い。
エネルギーの無駄遣いなんだ、確かに。
でも、孤独死を恐れてる人って一体何をしてるの? じゃあ、その孤独死をしないために。
友達とグループホームをしようとか。
だとしたって。
若い人を自分の家に住まわせて。
だとしたって、完全に避けることはできない。
でも、そういうふうなことを考えてしまう。
その収穫的な文脈で目にする。
それは別に、頭の片隅にあるのは全然、そういうことも考えることもあるかもねって思うけど、
リアルな現実の中でそのために行動するっていうのが、私はちょっと、それより自分の人生を。
今のね。今ここをね。
そうそう。の方が良くない?って思って。
過度なその、孤独死を避けたいファンタジーっていうのを見えか見えない。
なるほどね。
なんかさ、その、あれだね。
マインドフルネスって言葉あるでしょ?
で、あれはさ、ちょっとその、なんかこう心理療法に占有されてるというかさ、奪い取られてさ、
自分の内面を、今ここを見つける、見るみたいになってるけど、
もうちょっとこう、社会的なマインドフルネスっていうのもあって、
今ここの現実にちゃんと向き合って対応しようよっていうさ、
で、そこにはさ、自分とは異なる人というのが何人もいて、
で、その人たちもね、それぞれ心とか持っててっていう。
で、相手とうまくやっていくためには、相手をすごい傷つけたりさ、すごいブレーな態度を取ったりしたら、
人間関係が壊れちゃうから、じゃあどうしようかみたいに考えていくのが、
ある種、なんていうのかな、今ここを生きるっていうことだと思うんだけど、
先を考えてるってこと?
そうそう、未来の心配を。
まあ確かにその、でもその、例えばマンションとか賃貸とかの、
こう見て回ったり、物件を調べたりすると、なんか孤独死物件みたいなのが悪いこととしてさ、
へー。
あ、そういうの書いてはないんだけどさ、そういうその原説があるんだなーって。
でもそれしょうがなくない?って、そういうことはあるよね?
いや、そういうことの方が多いんじゃない?だって。
だってさ、私さ、人は生まれてくる時も死ぬ時も一人だって習ったよ。
うんうん、でも実際そうじゃない人もいるかもしれないけど、そういう人もいっぱいいて、
でさ、死んで、すぐ見つけてもらえなかったら、かわいそうな原説もあるじゃん。
だけど死んだら終わりじゃない?って、その人は死んじゃったんだからさ。
その、後片付けをする人が大変って。
それはそうだと思う。だけどそれはしょうがない。
しょうがないよね。
別にそれを狙ってやってるわけでもないし、できれば避けたいわけじゃないですか。
今を生きててもね。
だけど、そのため、それを避けるためにあらゆることをしなきゃいけないかって。
なるほどね。
なんかだから、自分が孤独死するのが嫌だみたいな、それはすごく寂しいことだっていうふうに思ってる人もいるかもしれないけど、
死んだ後に迷惑かけたくないみたいに思って、就活してる人たちもいるわけでしょ。
なんかそれもすごいところまで考えちゃったねって思う。
そうだよね。
なんかその、今の生活なんとかしたほうがいいんじゃないの?みたいな。
そうだね。
そう、それもさ、だから自己防衛なんだと思うんだよね。
今ここに向き合えないからこそ、そっちを見ちゃうっていうね。
そっちをコントロールしようとする。
自分に向けて、今の生活、だからどんどん物を捨てておこう、みたいなのはさ、まあ別に悪いことじゃないからいいんだけど、
あんまりその未来、いつ来るかもわからないけど、大変だよね、そういうこともたくさん。
大変だよ。
「モテることは良いこと」というファンタジー
まあ研究者なんかさ、ものすごい大量に本とか資料とか持ってて、
で、結構ね、みなさんその引退して亡くなる人も身近でね、出てきてて、大変なんですよ。
本当に倉庫を借りて、一旦そっちに移してとかね。
だけどさ、それはこの人のやってたことが大事だと思った人がいたからそうなるだけで、普通に死んでしまったらガーってトラックのとこに全部詰め込まれて、全部ゴミになるだけ。
それは大変なのかだよ。
でしょ?別に大変ではない。その資料の価値を見出して、資料を整理しようと思ったら大変。
私の話を途中で割り込んで、勝手に自分の話に持ってったんだけど、私が言いたかったのに。
確かにそれだけの膨大な資料があるから、大変じゃ大変な時もあるのね。
私は数年前、あれは何年になるの?もう10年くらい前に、もうちょっと前かな、11、2年くらい前に、これは自分は死ぬなと思った時期があって、長くは生きられない早々。
しかも10年、20年じゃなくて、あと数年みたいな時があって、その時に泣きながら本の整理をしたの。本と資料の整理。ものすごいあったから。
あの時捨てなきゃよかったなって思った。なんであの時捨てちゃったんだろうと。
それはやっぱりその後の人に迷惑が起きて。
そうそうそうそう。
それでどういう迷惑なんですか?
いやー、大量にあるからなーみたいな。
で、なんかやっぱり整理したくなるっていうか、それぐらいしかやることがなかったっていうのはあるよね、実際に。
あんまり上手く働けなくなった時期でもあったし、たぶん鬱でもあったと思うんだけど。
なるほど。
そう、結構大量に処分してさ、あの時にあれ買ったのにないなみたいなのもいっぱいあって、
ああ、あの時にそう処分したんだみたいな。
まあ、なのでね、収穫も大事かもしれないんだけど。
全然収穫を指定してるわけじゃないんです。収穫は。
大量に一気には感情に任せて捨てないほうがいいかもしれない。
ただ孤独しダメなことっていうのはあるし、作られたファンタジー。
そうだよね。そうだと思うよ。
やっぱ迷惑かけちゃいけない系のやつを感じ取ってしまうと、そういうふうに思考遷移されるのかなって。
あとは、私がファンタジーだなって感じること。
もう一個言っていいですか?
やっぱそのモテるのは良いことっていう。
このポッドキャストでもね。
よく言ってるよ。
話したね。
本当に?って思うんだよ。
リスクじゃないかって思うでしょ。
好きな人に好かれることはいいと思うし、それが好かれなかったら悲しいから、
好かれたほうがいいんだけど、じゃあ誰にでもモテたらそれは素晴らしいことなのかと。
あと誰からもモテなかったらそれは人間としての価値がないってことなのかっていうと、両方違うよねって。
そういうことだよね。
孤独死もそうじゃない?一生懸命頑張って生きてきたのに、最後そういう一人で亡くなるってことは、
なんかその価値を否定されることのように感じてしまうのかもしれないよね。
でもそうじゃないよねっていうね。
ちょっと死神的だよね。
そういうさ、自分はさ、自分の人生これで良かったんだって思っていたのに、
周りが。
周りっていうかさ、最後の最後にそういうのがやってきてさ、自分の人生を否定にかかってさ、すごく心を。
本当にそういうふうに思っちゃうとしたらってことね、その人がね。
それが死というものなのかもしれないなみたいな。
死が怖いのはさ、そういうことなのか。
そうだね。
だからやっぱりその自己価値っていうかさ、自分自身の価値が損なわれたくないというふうに思うわけだし、
みんなね、それに自分には価値があるというふうに思いたい。
で、それをどこから調達するか。
だよね。
どういうファンタジーを通して調達してるかっていうところで、
平林さんはモテるほうがいいっていう調達の仕方は、それは私は信じないっていう。
結構リスクもあるよね。
もちろんモテるっていうのは良いことっていうか、
かもしれないけど、そのリスクのほうも見ておいたほうが良いのでは?って思ってしまう。
どういうファンタジーを通してさ、その自分の価値を確認するかだよね、きっと。
だから考えてみたら自分の中にもそういうものはあるはずで、
自分自身の維持してるファンタジーみたいな。
私だったら1年に1本は論文を出すみたいな。
ある種、規範だと思ってるけど、
でもそれによって自分が動かされるっていうことがあるから、
ファンタジーはある意味人間のモチベーションの根源みたいな。
ないですか、そういうの。
ファンタジー?
自分の価値を調達する。
だからあれじゃないですか、私がセミナーの時に申し込んでくれた人が何人になったかなって見たり、
メルマが読んでくれた人何人いるかな、みたいな。
そういう頃ですね、私は。
数字だね、結構ね。
別に10人でも別に価値が既存されるわけではないんだけど。
10人少なかったりすると、その自分の設定の仕方ちょっと良くなかったかなとか。
そういうことだよね。なんかその自分自身の内面的な価値っていうよりは。
たくさんだとそれが少し。
それは危ないよね。
危ないよね。
でも感じる、だから自分で。
そういうところがあるなって。
ファンタジーと現実適応
なるほどね。それリスクじゃない?
リスク?
例えばこのポッドキャスト、今聞いてくれてる人が数十人だから、
いいわけよ、適当に好きなこと言っていられるけど、
これが何十万人とかだったら、もう怖くてしゃべれないかもしれない。
そうですね。だけどさ、それそうなってから考えないと。
そういうことだけど。
私はあんまり量的な、何ていうのかな、いいねの数とか、フォロワーの数とか、
そういうものは気にしないタイプなんでね、ほとんど。
今フェミゼミやってたりとか、
もちろんセンターの仕事として寄付集めとかしないといけないから、
一定程度数字っていうのは気にするけど、
それによって自分の価値が左右されるってことはない。
それはいいことですね。
不思議なことだけど。
ただ私がその…
自閉な感じがあるのかな。
視野が狭めになる。
ここってね、自分のやりたいことはこれ。
なんか私がファンタジーっていう風に表現する時っていうのは、
実際にモテてるっていう時の話を知らないわけですよね。
ファンタジーだからさ、知ることができないことじゃないですか。
フォロワー10万人とかっていうのも、
自分も知ることができないよね、その時点で。
で、それに対していいなーとか、
ありたいなーみたいな、
そういうファンタジーは、
なんていうか、実際にはいろいろ苦労もあるんじゃないの?って
いう風に思うから、それだけを目指して、
そうでなければいけないんだ、とか、
それをどんどん目指していくような思考みたいのは、
あんまり持ってない。
さっき言った、例えばセミナーでの参加者数とか、
ブログのビューアー数みたいなのは、
そんなに強いファンタジーっていうわけではない。
実質的な収入だったり、実質的な影響だったりするわけじゃないですか。
そうだよね。
だから、あまりファンタジーっていうよりは、
なんていうのかな、現実?
そうなるとさ、ファンタジーの話じゃなくなるから、
ちょっと考えてきて、お互い、自分のファンタジーをね。
自分駆動させてるようなファンタジーとか、
あるいは邪魔してるファンタジーもあるかもしれないから、
現実適応を。
わかりました。じゃあ次回までに。
そうそう。宿題というか。
はい。じゃあそうしましょう。はい。はい。では以上です。
15:32

コメント

スクロール