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はい、今日のテーマは、人生の静と動、ということについて話していこうと思います。
生きていくためには、まず癒すということが基本としてあって、でもそれと同時に癒した後に体を動かしていくことも大切だよなぁと思って、
人生にとっての、その静と動ってすごく大切だなって思ったっていうところから、今回お話しできればなというふうに思いました。
人生には、静と動、どちらも大切だよなっていうふうに、今日朝、ジャンリングしてて思ったんですけど、
その中で、じゃあまず、静って何だろうって考えた時に、僕の中では、それは癒す時間なのかなと思ったんですよね。
その癒す時間って、じゃあ何だろうってことなんですけど、それってそのお風呂に入ることだったり、ご飯を食べることだったり、寝たり、散歩をしたり、
ぼーっとしたり、あとは深呼吸をしたり、そういうその温度を感じたり、その食感を味わったり、その毛布の気持ちよさに包まれたりだったり、
誰かの声にほっとしたりっていう、そういう自分を整えている時間、その力を抜いて安心する時間っていう、
その自分の内側に戻ってくるようなことっていうのが、静ということなのかなと思ったんですよね。
じゃあ、どうって何だろうって考えた時に、体をめいっぱい使うことだったり、声を出したり、歌ったり、表現をしたり、運動をしたり、
誰かのために動くっていうような、その心が燃えて外に向かっていくような感覚というか、声は自分に戻っていくけど、
胴は逆にその前にどんどん外に出ていくようなエネルギーっていうのが胴なのかなと思ったんですよね。
で、僕この2つしかないというか、2つを大事にしていればいいなと思ったんですけど、
でも、その間ってあるなって思ったんですよね。それと同時に、声と胴の間というか、間の時間っていうんですかね。
それもすごく大切だなと思って、その食後の少しの時間だったり、お風呂上がりのぽわっとした感覚とか、
眠る前の静かなひとときっていうような、その声と胴の間にあるその名前のない時間っていうか、
綺麗には分けられていないけど、ちゃんと感じるというか、なんかそこもすごい、声と胴にはない豊かな時間というか、
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なんか午後と午前の正午みたいな感じというか、なんかそういう間の、なんか生きていくっていうことってそのグラデーションの中であるというか、
そういう連続のことなのかなって思ったんですよね。なんかこれって結構、いや当たり前のこと言ってませんか?みたいなこと思われるかもしれないんですけど、
ただその、この声と胴と間っていうのを、その繰り返せていること自体が本当はすごく幸せで、とってもありがたいことなのかなとも思ったんですよね。
なんか、また寝れて、目が覚めて、動けて、また休む。それをそのなんていうか、できる喜びというか、繰り返せる幸せというか、
なんかその大きな幸せじゃなかったとしても、そのじわっと広がる温かさ、温度感というか、そういったものが体に、心に、そのなんか少しずつこう染み込んでいくような感覚っていうのが、
いや大切だよなぁと思って、なんか、そんな日々が続いてったら、それってもう、いや私これ幸せに生きてる、だなって言っていいんじゃないかなってちょっと思ったんですよね。
なんかもちろん目標に向けて頑張ることだったり、すごいそれもとっても素敵な生き方の一つだと僕も思うんです。なんか、そういう日があったり、なんか頑張りすぎる日とかもあってもいいし、むしろその何もしない日もあってもいいというか、
その本当にどれが正しいとかいいとかじゃなくて、そのせいもどうもまも全部ひっくるめて、あの人生なんだなっていうか、なんか今日はそんなどんな時間だったんだろうっていうのを少しだけ感じてみるっていう時間を設けてもいいのかなって思った。
はい、じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
はい、今日の放送はここまでにしたいと思います。それじゃあ、またね。