00:05
はい、今日のテーマは、生活に、かえる、前に進むことよりも、今、生きている感覚に戻る、そんなお話です。
これは、僕が最近感じていることです。ここに答えはありません。
それでも良ければ、少しだけ耳を傾けてください。
最近の社会は、生活をないがしろにしても成り立ってしまう側面がある気がします。
でも僕は、生活にかえるということが、これから生きていく上で、
そして、どこか満たされない心の余白をそっと埋めてくれるものなんじゃないかと思うようになりました。
朝起きて、窓を開けた時の空気、息を吸って、吐いて、
あ、白いなって気づくこと、
今日は雨の匂いがするなとか、お茶を入れて飲むこと、誰かと一緒にご飯を食べること、
お風呂がただ気持ちいいこと、明日の心配よりも、今毛布が暖かいなって感じること、
そういう感覚に戻ってくること、それが生活にかえるということなのかもしれません。
はい、少し補足していければと思うんですけど、
どうしても今の学校だったり、仕事って言われてる、そういったシステムっていうものの中にいると、
どうしても生活にかえる隙間っていうのが感じられなかったり、気づけなかったり、
ないように感じてしまう部分が僕はあるのかなーってちょっと思ったんですよね。
だからこそ、やっぱどうしても次に次にだったり、
成長しなきゃとか、頑張らなきゃっていう、前に進むことっていうのを求められてしまってるような気が僕はしたんですよね。
だからこそ、立ち止まる余白がないなというか、ただ僕が言いたいのって、どっちが良いとか悪いとかっていう話ではないんです。
だけど、ちょっと思っちゃって、僕はそれは苦しいなって思ったのが、
生きるっていうことの中に生活がなかったら、もうそれって機械と一緒じゃんって僕思っちゃったんですよね。
なんかそのただ食べて寝て、そのー、なんていうか、その目的のためだけに動いてるようなものだと、
なんとになんか燃料入れて動いて、携帯のように充電してまた動いてみたいな、
それって本当に人間って言えるのかっていう気が僕はしちゃったんですよ。
03:03
まあそれもなんていうか、僕は吉橋じゃないと思うんですけど、その人間的なもので語りたいわけじゃなくて、
なんというか、その人にはその間があると思うんですよね。間なんですけど、
もちろんその何もしない時間だったり、感じるだけの時間、間ですよね。間というか、
その間を大切にできることだったり、その間を生きるっていうことが、
その人生を生きることだったり、その人間らしさっていうものの、なんていうか、本質というか、
そこにあるような気が僕はしたんですよね。
だからこそ、少しでも生活に帰るっていうことを、僕は許してほしいなって思っちゃったんですよね。
なんか息苦しいなって思っちゃったんですよね。なんていうか、だから、ちゃんと休むことだったり、
ちゃんと感じること、なんていうか、それはもう強制とか義務じゃなくていいんですよ。
味わうというか、じっくり浸るっていう感じですかね。
役に立たなくてもいいというか、なんもないって思うかもしれない時間を、
その、生きていいんだって許してもらえるっていうか、認めてもらえるというか、受け止めてもらえるっていう、
その感覚っていうのを、僕はすごい大切にしたいなって思ったんですよね。
だからこそまず僕が、僕自身に対して、それを許せる、許せたらいいなっていうふうに思ってます。
はい、じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
前に進めない日があっても、それは止まっているんじゃなくて、生活に帰っているだけ。
今日もあなたの暮らしに優しく戻れますように。
はい、今日の放送はここまでにしたいと思います。
それじゃあ、またね。