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#9私はこれでいい
2025-12-11 07:11

#9私はこれでいい

今日のテーマは「私はこれでいい」。
不足ばかりに目が向いてしまう日々の中で、ほんの少し“足りている自分”に気づくためのお話です。

朗読パートでは、私たちが抱えがちな「もっと頑張らなきゃ」「まだ足りない」という思いから、そっと離れる瞬間を描きました。完璧じゃなくても、立ち止まっても、弱い日があっても。それでもちゃんと生きている自分を認めることのやさしさを、静かな語り口でお届けします。

続く心のお話では、人が不足に敏感になる理由や、自分を肯定する力は“無理に好きになること”ではなく“自分を責める時間を少し減らすこと”だという視点を紹介します。夜、そっと自分に「今日も頑張ったね」と声をかける──その小さな習慣が心をあたため、「私はこれでいい」という感覚へと導いてくれるのです。

最後にひとこと。
どうか今日、心の中でそっとつぶやいてみてください。
「私はこれでいい。」
その一言が、あなたをやさしく支えてくれます。
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感想

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00:06
はい、今日は、私はこれでいい、不足ではなく、足りている自分について、ちょっと話していこうかなっていうふうに思います。
長い間、私はこうあるべきに縛られて生きてきました。もっと優しく、もっと頑張って、もっと、ちゃんと、そのもっとを積み重ねるほど、自分が遠ざかっていく気がした。
鏡を見るたびに、まだ足りない、と思ってしまう日々。けれどある日、ふと心に浮かんだんです。
足りないままでもいいのかもしれない。むしろ、足りているものがいっぱいある。ないものではなく、あるものに目を向けよう。
それは諦めではなく、静かな行程でした。
不完全なまま笑っている自分も、泣きながら歩く自分も、弱い自分も、強がる自分も、どれも私で、それでいいんだと受け入れた瞬間、胸の奥が少しだけ柔らかくほどけた気がしました。
自分を好きになる、という言葉はずっと難しかった。でも本当は、無理に好きにならなくてもいい。嫌いじゃない。そんな日が少し増えていければ、それでいい。
笑えている時間が増えればいい。胸がワクワクする瞬間が一つ増えればいい。完璧じゃなくても、立派じゃなくても、今日をちゃんと生きた。それだけでもう十分。
ある夜、自分にそっと声をかけました。
今日もよく頑張ったね。誰も見ていなくても、誰にも褒められなくても、その瞬間胸の奥に小さな明かりが灯り、体温が少し温かくなった気がした。
私は正しい生き方を探していたけれど、今は心地いい生き方を選びたい。焦らず、比べず、判断せず、自分のテンポで進むことこそ、私である、ということ。
人と違っていてもいい。弱い日があってもいい。進めない日は止まっているのではなく、ただ休んでいるだけ。
立ち止まる勇気もまた生きる勇気です。今ならこう言える。私はこれでいい。それは小さな言葉だけれど、生きていくための大きな祈りです。
ちょっと補足していこうかなと思います。
私はこれでいいって言えるようになるまでって、すごい険しいというか、自分と戦うことっていうのが結構多くあるのかなと思っていて、
自分だけじゃなくて、社会の期待だったり、他人の基準だったり、自分自身につけてしまった見えない点数だったり、
03:10
そういったどれも知らず知らずのうちに自分の心だったり体とかを苦しめていってしまうものなのかなと思っていて、
不足には敏感だと思うんですよ。これもないなって目に見えたり心の中でも感じることが多いと思うんで、
そういった足りているものには鈍感になりやすい性質があるっていうのがどうしてもあると思っていて、
だからこそまだ足りないって感じることって決して弱さとか自分が劣ってるとかっていうことではなく、
むしろ成長できる伸びしろがそこにあるっていうか、足りてないなっていう余白がある分また自分でこの余白なんかできるなっていう、
自然に埋めようとする感覚でもあるのかなと思っていて、ただその感覚に飲まれちゃうと自分の価値が見えなくなってしまったり、
心が重くなってしまう時もあるのかなっていうのは思ったりして、ただなんかそんな時に必要というか、自分はこうだったんですけど、
足りてるものに気づくっていうか、それを努力とか根性とかで足りてる足りてるって見つけるんじゃなくて、
ほんの小さな優しさだったり、私ってこんな風にもできるんだっていう、ほんとちょっとした優しさとか思いとか気づきとかで、
そういったものを自分に向けてあげることなのかなっていうふうに思うんですよね。
なんか上でも上でもっていうか、さっき冒頭でも言ったと思うんですけど、なんかその夜寝る前とかにも、
今日がもう頑張ったねっていうような、自分自身を肯定というか優しく包み込んであげるっていうようなことも、
なんというか、足りてるよねっていうような気づきの第一歩にもなるのかなっていうふうに思ったりまして、
なんかその心の奥底に効く魔法のような言葉というか、よりもっと深くに滲み込んでいくような、
その自己肯定感、自己肯定感というか、まあ自己肯定とは大げさなことじゃないんですけど、
なんかそのほんの少し自分を責めるとか、なんかまだまだっていう、その伸びしろを見る時間を減らしていくっていうことだったり、
そういう積み重ねがなんか小さな自信だったり、なんか自己肯定にもつながっていくのかなというか、
まあ自己肯定ってちょっとあれですけど、私はこれでいいっていう感覚につながっていくのかなっていうふうに思ったりもします。
なんか、だからこそその生きるテンポっていうのは人それぞれで、誰かに合わせたりとか、
06:07
あの人見たくならなきゃって合わせる必要って全くないと思っていて、だからこそ自分自身のペースで立ち止まる日があっても、
その日は休息の日とか、あなたがあなたの歩幅で歩くことだったり、僕は僕の歩幅で歩いていくことだったりっていうか、
そういうなんか自分のペースとか自分を大切にするっていうのが優しさの形でもあり、
私はこれでいいんだなっていう認めるというか、受け入れてあげるっていう一歩なのかなっていうふうには思ったりもします。
はい、じゃあちょっと長くなっちゃったんで最後に一言言って終わろうと思います。
どうか今日そっと心の中で言ってみてください。
私はこれでいい。その一言があなたを優しく支えてくれます。
はい、じゃあ今日はここまでにしたいと思います。それじゃあまたね。
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