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はい、今日のテーマは、世界とはオンライン、自分とはオフライン、誰とでもどこでも繋がれる時代に、なぜか自分とは繋がれていない気がする、そんな感覚についてお話ししていきます。
繋がりたいって誰とだろう? 今の私たちは、本当に簡単にどこでも誰とでも繋がれる。
SNSを見ていると○○な人と繋がりたい、そんな言葉をよく目にします。 でもそれを見ながらふと僕は思ったんです。
それって誰かと繋がりたいというより、本当は自分と繋がりたいなのかもしれないなって。
どこか自分とだけ繋がっていない感じ。 だから誰かと会って、誰かと話して、その中でちゃんと自分はここにいるって確かめたくなる。
それも一つの方法だと思う。 でもそれだけだと、なぜか深いところまでは繋がらない気もする。
だからまた繋がりたいって思ってしまうのかなって。 孤独って誰とも繋がっていないってことだけじゃなくて、
自分と繋がれていない感覚なのかもしれないなって思いました。
私っていう概念がはっきりしてから、なんだか全てが自分の責任になってしまったような気がして、
昔は方角が悪いとか、妖怪のせいとか、どこかに責任を預ける場所があったなって思ったんです。
でも今は科学的に説明できないことには、全部自分が悪いになってしまう。 逃げ場所がなくなってしまった気がする。
全部が繋がっている分、全部が自分みたいで、 これはあなたの物語でしょって言われているみたいで。
でも、もし物語なら、妖怪や魔物や説明できないものが出てきてもいいはずなのに、 その余白がなくなってしまった気がしました。
はい。 そのここで言っているその自分と繋がるっていうことって、
その自分探しとか、内省とか、そういう立体的な自分を掴みましょうっていうことじゃないんですよね。
そのもっと手前っていうか、今日美味しかったものとか、なんとなく気になったデザートとか、
風が気持ちいいなーとか、月が綺麗だなーとか、少し寒かったなーとか、
なんかそういうなんていうか、説明しなくてもいい感覚っていうか、 意味にしなくていいっていうか、
そういうなんか心と体と全部を使って、 今ここにいるなって感じることっていうか、
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なんかその昔の人が大切にしていた間っていうもの、その間ですね。
そういったなんか余白があったからこそ、僕たち人っていうものは人間として生きられていたのかなとも思ったり、
なんかそういう余白があったからこそ、自分とちゃんと繋がれていたのかもしれないなっていうか、
ちゃんと距離を置けてたっていう部分もあるのかなとも思うんですよ。
なんかそういう、世界と繋がりすぎてしまって、
なんかどこでもオンラインで繋がってるけど、自分とはオフラインになってしまったというか、
だからこそ自分と繋がるためにはどうしたらいいんだろうっていうのも、
それ自体も意味を探すとかじゃなくて、正解を出さなきゃとかじゃなくてっていうか、
ただただ感じるっていう時間っていうのが、今は必要だったりするのかなと思ってて、
なんかそういう、生きてるんだっていうことを思い出すっていうか、
もっとこう、感じていいよっていうことなのかなと思ったっていう、はい。
今日この頃でした。最後に一言言って終わろうと思います。
もし今、誰かと繋がっているのにどこが空っぽなら、
今日は少しだけ世界から離れて自分に戻ってみてください。
自分と繋がることは、生きていることそのものなのかもしれません。
はい、今日もここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあ、またね。