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はい、今日のテーマは、スマホが世界との壁にならないように、便利なはずの小さな画面が、いつの間にか世界との距離を作っていないか、そんなことを考えるお話です。
スマホがあれば、たくさんの情報が手に入る。知らなかったことも、遠くの出来事も、すぐに知ることができる。
でも、ふと思うことがあります。スマホじゃ、世界とは繋がれないんじゃないかって。
この小さな板の向こうには、情報はあるけれど、体験や感覚はほとんどない。画面を触っている間、世界には触れていない。
外に出た瞬間、周りを感じるより先に、無意識に画面を見てしまうとき、その一瞬で、世界を少し遮断してしまっているのかもしれない。
世界と繋がるって、知ることじゃなくて、感じることなのかもしれない。
触れるもの、匂い、目に入る光、遠くから聞こえてくる音、そういうものを受け取っているとき、私たちはちゃんと世界の中にいる。
世界と繋がるという言葉では、説明しきれない感覚、それは画面の中だけじゃなくて、ここにあるものなのかもしれません。
少し補足していければと思うんですけど、スマホが良い悪いっていう話をしたいんじゃなくて、もちろんスマホっていうものがあるからこそ、物理的に難しい人との距離を繋げられるっていう側面があると思うので、
助かっているっていうか、なくてはない存在だったと思うんですけど、
人間として生きるというか、身体があるものとして、いつの間にかスマホが外に開いている窓ではなくて、壁になってしまっていることがあるのかなってちょっと今日思ってしまって、
世界を見る前に画面を見るというか、感じる前に情報を探してしまうというか、
なんか、それだと、なんて言うんですかね、
頭でっかちになっちゃう気がして、
なんて言うんですかね、世界がこんなに開けているのにそこだけに、そこだけのものでしか感じられないというか、
匂いも感触もないというか、ただの画面しかないっていう、
本当はもっと遠くだったりもっと近くにあるものなはずなのに、
それを感じられなくなっちゃってるのかなって思ったんですよね。
なんかその疲れている時ほど、感覚って鈍くなっちゃうと思うんですよ。
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そういう時こそ少し空を見上げてみるとか、
足元の感覚に、感覚を感じてみるとか、
なんでもいいと思うんですよね。遠く見るとか、風を感じるとか、今聞こえている音とか、
話し声だったり、踏切の音だったり、信号の音だったり、他の人の足音だったり、
なんかそういうのを感じたり気づくだけで、
世界がここにあるんだっていうか、
世界と繋がるというよりかはもう世界と一緒にいるんだっていう感覚が戻ってくるのかなって思ったんですよね。
人と繋がりたいとか世界と繋がりたいって、もちろん思うこともあると思うんですけど、
ただ繋がるっていうよりかはもう、そこにいてくれたっていう感覚なのかなって思ったという。
はい、今日このゴールでした。
はい、じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
スマホを置いたその先に世界はちゃんと待っている。
今日は少しだけ画面より先に世界を感じてみてください。
それだけで十分繋がっています。
今日の放送はここまでにしたいと思います。
それじゃあ、またね。