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今日のテーマは、拡散していく自分、情報の波の中で自分が少しずつ広がっていく感覚についてのお話です。
この現代社会を生きていると、どうしてもSNSや情報の流れから完全に離れることって難しいなって感じます。
学生とか大人とか、そういう区切りも本当は関係なくて、今を生きている私たちは誰でもこの拡散に触れている。
言葉、思想、画像、遠くの国の出来事まで毎日のように流れ込んでくる。
その中で生きていると、自分が知らないうちに少しずつ拡散しているような感覚になることがあります。
本当はもっと、自分の中で熟成させたかった思い、言葉になる前の感情、大切に使いたかった注意や気力、
それらが気づかないうちにどこかへ散っていく感じ、正直少し怖いなと思いました。
でも、同時にこの強制的な拡散があったからこそ、今まで出会えなかった自分や新しい人間の形が生まれているのかもしれない。
そう思うと、ちょっとだけ面白いなとも感じます。
補足していくんですけど、拡散されていく自分っていうのをちょっとイメージしたときに、
何か書きたいなーって思ったんですよね。
もちろん拡散されることについて、物理的にSNSで拡散されるっていうこともなんですけど、
自分が情報とか言葉とかに触れるに際してというか、触れるたびにどこか自分自身が拡散していってしまっているような気がしたんですよね。
だからちょっと考えたいなと思ったんですけど、
でも、拡散されることで思いもよらない自分と出会うことっていうのもあると思うんですよ。
良い出会いもあったりとか、攻撃的なことだったり、もちろん誤解をされることもあると思います。
それによって誹謗中傷に触れることもあるとは思うんですけど、
あまりにも拡散されすぎてしまうと、自分が薄く広くなってしまうような不安を僕は感じたんですよね。
自分のことを発信していくことももちろん尊いことだと思うんですけど、
その出し方っていうのも僕はちょっと考えていかないといけないのかなって思ったんですよね。
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自分を外に伸ばしすぎるとっていうか、
自分の輪郭がぼやける感覚が知ったんですよね。
伸ばすっていうか、そういうことについて。
だからこそ最近僕は思うんですけど、拡散してしまう自分もいるのはいると思うんです。
意識的に自分を集約する時間っていうのもまた必要なんじゃないかなっていうふうに思って、
広がることももちろん広げることも大事なんだけど、
自分を掘っていくというか、自分の中のものを自分の中で、
耕すじゃないけど、大切に自分の中だけにしまっておく時間っていうか、
そういう時間。
言葉でもいいですし、何でもいいと思うんですよ。
誰にも見せない考えとか、言葉にできない感覚とか、
そういう自分の中を深く、静かに、ノイズがない中で、
自分に集約していく時間っていうのは今すごい大切なのかなって思ったんですよね。
だから僕的には、広く薄くっていう拡散するっていうよりかは、
狭く深く自分を掘っていきたいなって思ったんですよね。
もちろん拡散がいいとか悪いじゃなくて、
拡散していった先に、また戻れる道があるというか、
帰り道があることっていうのが、僕は大事なのかなというか、
どこに向かったらいいのかわからなくなったときに帰れる場所があるっていうのもまた、
一つの心の拠り所というか、生きていく上で必要な部分だったりするのかなっていうのは思ったりしました。
最後に一言言って終わろうと思います。
広がってしまう自分がいても大丈夫。
深く戻れる場所を自分の中に一つ持っていればいい。
今日もあなたの心の中にそっと帰ってこられますように。
今日の放送はここまでにしたいと思います。
それじゃあまたね。